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五代友厚さんといえば。NHKの朝の連続ドラマに登場している五代友厚。その五代さんの銅像といえば人生の壮年期の時代にあたる鹿児島市泉町にあるものが有名[こちら]なのですが、もっと若いころの姿を模したものとして、鹿児島中央駅東口広場にある「若き薩摩の群像」のなかのひとりとして制作された像があります。 ということで鹿児島中央駅東口広場にいってまいりました。ところがです。[いまの鹿児島中央駅と改称される前の、西鹿児島駅という名前のころに設置された]この高さ15メートルはあろうかと思われる作品に登場する留学生一行の像のそれぞれには、10年ほど前にきた時と同じように、いまだに[どの像が誰なのかの]解説がない。したがって見る側としては作品の解説版にある実際の顔写真から、あるいはそれぞれが手にしている ブドウだとか楽器だとか 書籍だとかから、はたまたそれぞれの像のとるポーズから そのひとのひととなり を 推察して、そして “あの像があの方なのかな” と空の方向を見上げて思うしかないのです[像を想像しちゃうわけですね/笑]。ということで、どの像が五代さんなのかわからないままに ええいままよと、いろいな方向から 「若き薩摩の群像」を撮ったものが こちら ↓ 。の の ちなみに上段の中にある五代さんの写真は 作品の解説版にあるもの。英国に留学したころの時代のものということになっている ということです。そして、その後。帰宅してからネットで検索したところ、この作品の中の五代さんの像が 判明しました。それがこちらの角度。ののののののの作品の名前の前。中央で椅子に座っている人[ぞう]が、五代友厚。[あなたの推測は、あたりましたか?] 幕藩体制の中、 それぞれに変名を使い・密航という かたちでの英国留学に出発した“薩摩スチューデント”。 その出発地である串木野にある記念館は こちら。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.29

「渋柿がはいる温泉」『渋柿がはいる温泉』柿を食べたいのならなら、甘柿を植えれば済むこと。 ではなぜに渋柿が、わざわざ植えられているのでしょう。それは、柿の実が甘いと実をすぐに動物たちに食べられてしまう・・・そのことを防いできたなごりからではないかといわれています〔たしかに渋柿は実が良く残っていますよね〕。そう、動物たちとちがって、渋柿を諦め切れなかった人間は、古来よりいろいろな渋抜き法を開発してきた歴史があるのです。 そんな脱渋ですが・・・日本でもっともおこなわれている脱渋は、炭酸ガスやアルコールを使って渋を抜く方法です。柿の実を酸欠状態におき、窒息させると渋みがぬけというわけですね。 このように酸欠状態をつくればよいのですから、過去いろいろな方法が試まれてきました。変ったところでは、 ■ 寒い地方では、庭先に柿を埋めて凍結させた ■ 生石灰を水で溶いたものに柿を入れて密閉する ■ 太目の竹に柿を詰め、竹の筒の中に線香の束を入れて密封する といった方法もあります。まあでも普通は、焼酎を使ったやり方などがもっとも簡単ですけれど/笑。 『ダンボ―ルに新聞紙を敷き詰め、 どんぶりに焼酎をいれ、その中に 柿を浸します。ヘタを上にしてダンボ―ルに詰め、その後ダンボ― ル箱をクラフトテ―プで目張りし7日後に開封。やわらかい柿は除 いて、再び焼酎に浸け直しをして5日位で完了。』 みたいなやり方ですね。 では、もうひとつ、温泉に漬けても、渋みがぬけるのをご存知ですか? 開湯して800年といわれる 紫尾温泉でおこなわれている方法で、脱渋は「あおし」・脱渋された柿は、「あおし柿」とよばれています。毎年10月頃から始まり、しぶ柿を専用温泉浴槽に一晩浸しておくと、翌朝には渋みがとれて独特の甘さと色つやを持った柿に変身するというわけですからうらやましいかぎり。 紫尾温泉の秋の風物詩だといえますね。 紫尾神社の拝殿下から源泉が湧き出でてできた温泉ですので、通称「神の湯」とも呼ばれている紫尾温泉。まさに霊験あらたかな湯といったところでょうか。 紫尾温泉のページは こちら 。ちなみに、紫尾温泉の泉質は単純硫黄泉だそうですよ。以上、柿のおいしい時期になってきたということで2010年分 ↑再掲載でした。 里山が荒れると、里山の生き物の種類が変わります・・。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.24

ハエトリ、なう。ジリジリと間合いを詰めてき、朝の低温でハエの動作が鈍いと判断するや、一転して いっきにイエバエにとびついたハエトリグモ。のの逃げようとするイエハエ。逃がすまいと力を込めるハエトリグモ。脚をばたつかせていたハエの動きが じょじょにスロウになってののののののひさびさの食事となる獲物を捕えてホッとしたような、それでいて勝ち誇ったような様子の クモのたたずまいがこちら。のののいま。 キイボードを打っているパソコン の傍ら で おこったできごと。 飼っているハエトリグモにハエを与える行為 を、 “御鷹狩り”と称して好んでいたという大奥の女性 たち。どこか人なつっこいハエトリグモの愛嬌の あるふるまいには、たしかに応援したくなる感ありあり。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.23

冬に桜が咲くときは。GB夏から秋にかけての台風の強風で、葉が飛んでしまったサクラ。そんなサクラの樹の枝に、晩秋になってお花がつく[開花する]のは、九州では珍しいことではありません。だから先週、この東京のサクラの樹の開花をみたときにも、 東京にもしょっちゅう台風がやってくるようになったんだなぁなんて、花よりもむしろ[気候の変化による]台風の進路の変わり様をおもって感慨にふけってしまったのです。ののののののののののの のしかし、事情がちがいました。ここ赤坂の桜は、フユザクラ。毎年11月から開花しはじめる、そういったサクラの品種だったのです。びっくり。しました。「秋のサクラは台風のせい」だとばかり思い込んでいたもので。この珍しいサクラには、ただただ 驚かされ、じっと見入ってまいました。のののののののののののののの 来年の1月まではお花がたのしめるという、この赤坂のフユサクラの樹は、赤坂見附交番の横に植えられていましたよ。台風の来襲による秋サクラを見慣れている 西日本の方には、とくにおすすめのサクラかと。 機会がありましたら、ぜひ。 「フユサクラはマメザクラとヤマザクラの自然交配種です」と いう看板に気がつかなければ、いまでも 台風のせいで咲いた ソメイヨシノだ とおもいつづけてますね、 わたくしは きっと。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.21

七人塚。その後。いまの鹿児島県の垂水に根付いた平家の落人である平野氏一族を狙ってやって来た源氏方の七人の刺客があり。しかしその刺客の全員を、平野家の剣の達人がすべ成敗し、その七人の亡骸が祀られている場所、それが垂水の牛根地区にある七人塚です。こちら。その七人塚にいったとき。いまは整備されてずいぶん明るくなっておりますが・・・この塚の入口を塞ぐかのように枝の張りだした、まるで来る人を拒むかのような二つの巨樹の姿を見たときに、ついつい連想せずにはおられなかったのは、鬼太郎の「妖花」の回のおはなしでした。そう、鬼太郎のテレビシリーズが始まるたびにストーリーがプチ・リニューアルされつづけて8月15日の終戦記念日/お盆前後に放送されていた、あの不思議なお花をテーマとした あの回です。それは土の成分が植物の生育に与える影響を見続けてきたがゆえの、職業病的な感覚なのかもしれませんけれど、あの妖花の主のように、この塚の主達は まわりの人々になにかを訴えたかったのではないのだろうかと、わたくしは思ってしまったのです。 → 土の成分ってホラーな回 は こちら。七人塚が建立されたのは800年以上も昔の源平の合戦後のころといいますから、常識的に考えれば葬られておられる方々の肉体の成分などは もちろんほとんど分解されているはずなのに、です。なんとも不思議な感覚でした。そして後日。そんな違和感が解決するようなお話を聞かされました。じつは鹿児島の大隅出身の方とお会いする機会があり、その方に七人塚の話をお伺いしたとき、あの場所にあった説明板の解説とはちがう由来を聞かされたのです。それは・・・いまの鹿児島県の垂水に根付いた平家の落人である平野氏一族が、ある日訪れてきた七人の侍たちを”平家落人を追ってきた源氏”だと勘違いして一人づつ刺殺してしまい[その後追っ手ではないという事実が判明したあとに]その七人をお祭りしたのが、あの塚なのだと。それだっ、800年の時が過ぎても訴えたかったのは、それなんですねと、[もちろん前後の事情など知る由もない]その方におもわずいってしまったのですが、驚かせてしまって申し訳なし/笑。 それはさておき、東宝怪獣のギドラかマンダのようなおろち 系のヤマモモの枝ぶりと、ビオランテが地中からその触手ズ を伸ばしたかのような 七人塚のビジュアルは なんといっ て見る価値大です。大隅の垂水にお出かけの節は、ぜひ。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.19

亜熱帯雨林のなかに。 七人塚。秋晴れの午後だ というのに、誰もみかけない山道。のの [垂水の豪族である平野家に匿われていた]宇喜多秀家公が住まわれていたという屋敷あと を 訪ねようと、その山道をのぼっていくと、 二股の分かれ道。その標識の示す左手には・・・のの歩道の上に覆いかぶさるようなかたちで[龍か大蛇を連想させられましたよ]巨樹/ヤマモモの枝が空中に大きく張り出しており、その枝をくぐったところにのの“七人塚” の解説板が ありました。その解説を読み、案内の矢印どうりに左手に回り込んでいった先にあったのが こちら。 七人塚 です。のの[失礼とは知りつつ]いっけんすると巨樹の根元に見えますが、こちらは南九州に多いアコウという樹。いろいろな鳥たちが実を食べることによって運ばれ、その種子がもともと生えていた樹木の上に落ちて発芽し、成長していく過程で気根を伸ばし最終的にもともとあった木を覆い尽くし枯らしてしまうアコウの樹です。そのアコウの樹[大人七人の両手を繋いでも抱えきれないような]に、いまや飲み込まれてしまったかのようにしておられるのが、 この “七人塚” なのでしょう。よくよく拝見すれば、そのうねった気根のなかに、飲み込まれた石塚の一部が見える気もします。それにしてもの、この光景。秀家公の屋敷あとが、天に向かってまっすぐ延びたスギの木が点在していただけに[曲線と直線・暗と明・無機と有機・未分解と分解といったような]なんとも対照的なたたずまいでありました。そして静寂です。南国の明るい亜熱帯の林のなかにいるはずなのに、トリの声ひとつしない静けさ。平野家の子孫の方々のお家も点在するはずだというのに、ちょっとした別世界の観あり。 ちなみにこちらは秀家公家臣のお墓 → この地にかくまわれているあいだ、七人塚に毎日御参り されていたという宇喜多秀家公。そのときの塚の近辺は いったいどんな風景だったのでしょう。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.13

秀家も 見ていたのかなと思った ホトトギス。次回の資料として、10月25日分再掲載です。 ↓『秀家も 見ていたのかなと思った ホトトギス。』錦江湾をはさんで鹿児島市の向かい側にある垂水市。その垂水市の巨大なヘゴシダが自生しているような亜熱帯ともいえる牛根地区の樹林の中で、の ← 3mはありそう まだまだ暑い気候のなか、 元気に開花しているホトドスのお花をみました。ののの ホトトギスのお花の花言葉、それは『秘めた意志』『永遠の若さ』。お花が咲いていたこの場所が、関ヶ原の合戦のあと薩摩に匿われていた 宇喜多秀家の住まわれていた場所であっただけに[なんだか秀家の心情をあらわしているようで]とっても感慨深かったです。の家康の当時の年齢を考えれば、戦に負けたとはいえまだ20代後半であった秀家だけに、心中期するものがあったにちがいない・・・なんてことを勝手に思わずにはおられませんでした。 垂水市側から見た桜島 ↓のの元気の象徴ともいえる、あの錦江湾に浮かぶ活火山である桜島の姿を朝な夕なに見ていれば、だれでもきっとさう思う気がして。 → 竹中半兵衛のお墓編は こちら 。 関ヶ原から時代がくだって、大坂夏の陣のあとに流行っ たという、“花のようなる秀頼さまを 鬼のようなる真田 がつれて 退きも退いたり加護島へ” という俗謡。 この謡は、秀家の鹿児島滞在も踏まえての希望的観測だ ったのでしょうね、きっと。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.13

まるでゴキブリ駆除マシーン。手水鉢を占拠していた、ちいさなアシタカグモ。あれほど小さかった個体も、夏を越して すっかりたくましくなりました。そのたくましい顎と強力な牙の犠牲となったもの、それが こちら。のののののなんだか判別しがたい、もともとの形/原形をとどめていないもの。この物体の正体は、なんとコガネムシ。昨晩アシタグモに捉えられたのは・・・金属のような光沢の・あの硬い装甲を持つコガネムシ だったのです。捕まえられた直後の映像が こちら ↓のののののの なんとも運の悪いコガネムシですよね。街頭の光に誘われて飛来してきたのはいいのですが、運悪くゴキブリの通り道で・じっと待ち伏せしていたアシタカグモ の守備範囲に入ってしまった。その結果が、上の状態となったわけです。四肢[8本足ではありますが/笑]を広げると、ほぼ大人の手の平の大きさと同じくらいに成長したアシタカグモ。[今回のようにときどきはコガネムシやカナブンなども捕食しながら]この夏もしっかりとゴキブリを駆除してくれたようです。感謝。。 ゴキブリ駆除用に、アシタカを養殖して売り出したら 売れないものかしらん/笑。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.05

移動してくれたら助かるのにな、小さなアシタカ。H次回の参考資料として再掲載です。 ↓あるときは事務所の中の神棚付近、あるときは害虫[ゴキ]の湧きやすい肥料倉庫のなか、そしてあるときは[ヤネホソバの成虫がやってくる]外灯の灯る建物の側面・・・というふうに温暖であるがために、ほおっておくと害虫が大発生することがありがちな南九州にあって[あたかも街と市民を人知れず護るバットマンやスパイダーマンのように]とくに夜間に活躍してくれて人を守護してくれているのが[害虫駆除のために 人為的にインドから移入されたという説もある]アシタカグモなのです。そのよき友人ともいうべきアシタカグモですが、5月から6月にかけてのいまの時期になると、今春に孵った個体たちが家屋内外のいろいろな場所に陣取りはじめます。それはそれで、よろこばしくたのもしいかぎりではあるのですが、いま困っているのが、こんな場所がお気に召した この個体。そう、倉庫の外に設置してある男性用の野外トイレの横にある手洗い用のの水道の鉢のなか・・・・。のののののののののののののののののののののよほどこの場所がお気にいったとみえて、これがまた何度もいくども追い払っても・言い聞かせても、いつのまにやら舞い戻って/苦笑。結果・・用を足した人間のほうが別の場所の水道まで移動して手を洗わせられてしまうという事態に。まあ屋外ですので、たとえば台風の風雨や低気圧の横殴りの大雨でも降れば、そのうち移動するはずだとみているのですが、結果やいかに。ということで今回は、つるべをとるのは朝顔ですが、タカアシだってお気に召せば手水を占拠しちゃうというおはなしでした。 こちらは 井戸を占拠しちゃったアロエ の おはなし。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.05

咲いたお花はバシバシ利用します。いま時分に利用している切り花、それが エメラルドセージ です。 → ラベンダー編は こちら気温の高い南九州などでは とかく栄養成長に走りがちで ● 大きくなりすぎて咲いても倒れてしまう ● 切り花にしても 水が上がりにくい ● お花が ぽろぽろ落ちてしまう といった、このエメラルドセージなのですが、 ■ 夏場に、いちど半分ほどの大きさに刈りこむ ■ リンサンと苦土[マグネシウム]分の多い肥料を使うなどといった対処法で、ほどよい長さの・花持ちのよいお花ができますよ。ののの ののの ということで今回も車に積んで、飾っていただけるところへ ゴー♪のののののの セージといえばスカシバ といえるほどに 煩雑に蜜を吸いにきていたホバリングの名手 のスカシバ類が、最近なぜかめっきり減っ てしまって、ちょっと心配しております。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.03

咲いたラベンダーは ばしばし利用します。次回分関連で再掲載です。 ↓挿し木で増やしているラベンダー。咲いたら、ばしばし 活用します。の 取立てのストエカスラベンダー。 午前中に行く美容室さんへの手土産です。 この量で 切るのに30分、 調整するのに 10分といったところでしょうか。つづいて ヘルムスデール にかかりまーす。さあ、ひきつづき朝の花壇。 花壇でみるとヘルムスデールの花色もずいぶんちがいます。 日光のもとでは ブルーがかってみえますから不思議なものですね。の ヘルムスデール、カットしてまいりました。 ストエカスに比較すると すこしばかり小ぶりな品種です。 の それにしてもの、このビロードのような 花の触感。。 ・・・・ 豪華です!つづいて ビースティ・ボーイズ(RUN DMCでも可っ/笑)かけながらラッピングにかかりまーす。 袋状にした農業用の不繊布を濡らし、ラベンダーを中にいれます。 そのうえを 家庭用ラップでくるみます。輪ゴムでとめて・・・の 終了ですね。 基本的にはこれでおわりなのですけれど、せっかくのシーズン最初の 贈り物ですので、 もう少し見栄えをよくしてみましょう。。の 用意したのは、 各種ラベンダーの色に合わせた カラー輪ゴム + 紙紐 です。 一度買っとけは、普通のご家庭では 数年もちます。 あ、英字新聞紙を留めるシール・ラベルも、あれば お花が引き立ちます。のさささっと捲いて・縛って これで完成ですね。 そして、ポイントはこれから・・・・ 時間制の美容室。。 せっかくのお花も、予約の時刻に間に合わなければ台無し。 これは社会人としてのルールですよね/笑。では、いってまいりまーす。。 剪定して揃えるときに出たラベンダーの端[はした]は、 お風呂に入れて入浴剤がわりにしたり、 乾燥させて ポプリにしたり。ハーブって つくづく・・・便利。。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.11.03
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