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中丸美絵さんの「嬉遊曲、鳴りやまず」新潮文庫を読んでいます。日本の西洋音楽黎明期に、セロ弾き(チェリスト)から、指揮者へ転身し、今日の日本の音楽界の基礎を作った人の物語です。昔、TVで小澤征爾の「ボクの音楽武者修行」を演ったことがある。小澤役は、野村義男。その中のシーンで、場所は確か桐朋学園、ほんの30秒だけモノクロで、ベーヤンの6番シンフォニー「田園」が演奏されるカットが流れた。指揮は、今日の指揮のように派手な動きで華麗なタクトではなかったが、正確に曲の表情を導き出すかのような豊かな動きだった。指揮者の固い表情は、楽員たちがつむぎだす調べを満足とも、不満足とも計り知れない鋭い眼光で睥睨する。まっすぐに伸びた背筋までが頑固な性格を表していた。指揮者斉藤秀雄である。タクトを振る前は、チェリストであった斉藤秀雄は、自己には厳しく、まるで「セロ弾きのゴーシュ」のごとく自らの技術を追い求めた。同時代を生きた宮沢賢治は、西洋音楽に傾倒し、自らもギコギコと下手なチェロを弾き、「ゴーシュ」は推敲に推敲を重ね、書き終え没したが、モデルは当時あこがれた斉藤秀雄であったろうと言う声もある。優れた指導者でもあった斉藤はまた、後年、子供のための音楽教室を企画し、多くの若者を指導した。彼の下で学んだ小澤征爾、秋山和慶は世界各地の斉藤門下生を集め、「サイトウ・キネン・オーケストラ」を編成した。過去に録画したビデオを見直してみると、一人一人が、世界中でソリストとして認定された、世界最高編成と呼んでもいいオーケストラだろうと思われる。近衛秀麿、別宮貞雄、山田耕筰、渡辺暁雄、田中路子、遠山一行、柴田南雄、井口基成、吉田秀和・・・・同時代に交流のあった、錚々たる顔ぶれとの日々、読み進みながら、日本音楽界の歴史を学んでいます。著者の中丸美絵さんは、いたずらに美化せず、むしろ抑えた表現で、等身大の人間臭い斉藤像を求め、世界中に取材したそうです。読み返し、読み返ししているので一両日、この本にとらわれそうです。
2006年10月31日

今日のお出かけ先は来日山。さぞかし、日の出の光景は美しいだろうと思われる。次回、海底人さんをご案内するスポットかな。秋の落ち葉を踏みながら、競輪マンさんと男二人で(^^;、展望台から麓に伸びる円山川を望む。この後、城崎温泉街を散策。2泊3日のミニ旅行、競輪マンさん、お疲れ様でした。次回は雪の但馬へいらしてください。
2006年10月29日

昨日から、競輪マンさんが遊びに来ています。京都府京丹後市網野町に出かけました。訪れたのは「Cafe KANABUN」元文具店ですが、土壁手造りの素敵なカフェでした。マスターから地元情報をいただいて、泣き砂の琴引浜にある温泉(無料)に向いました。行ってみれば海岸砂浜の露天風呂。海パンなしには入れません。(写真左真中)で、温泉探しで一路西行し、途中立ち寄った八丁浜はサーファーのメッカ、他府県ナンバーの客でにぎわっていました。結局湯に浸かったのは、水平線の広々と見える「浅茂川温泉浴場・静の里」でした。今月は毎週友人が訪ねてきてくれます。いや、今日も楽し。
2006年10月28日

市立図書館に行ってきました。といっても、今日はボランティアの打ち合わせ。視力障害の会員さんたちの、朗読会の送迎を今年も実施します。この図書館は、かなり蔵書数も多く、CDやビデオの貸し出しとブースでの視聴も出来る。司書や係員の対応もお気に入りです。先日、持ち家の話を書きましたが、個人情報を記入する場合、持ち家か、マンションかなどの記入欄のほか、趣味を問われることもある。そんな問いに対して、趣味は「読書」と書きますか?ちょっと古い調査ですが、18歳以上で「本(雑誌・マンガを除く)を読む」と答えた人は59パーセント。すごい読書人口だと思いますが、読まれている本のジャンルの内訳は「趣味・スポーツ」が一位。「健康・医療・福祉」が二位。三位は「日本の小説」。四位は「育児・料理・生活」。読書量は月に0.8冊だそうです。じつはこれ、平凡社刊「趣味は読書。」斉藤美奈子さんの本に載っていたお話。なんじゃ、これ。趣味は音楽鑑賞、趣味は映画鑑賞の調査記録があれば、ついでに見たいですねぇ。打ち合わせが済んだ後、今日は児童の本コーナーから「セロひきのゴーシュ」を借りてきました。宮沢賢治の本は初めてですが、この件についてはまた書きましょう。
2006年10月26日
先日、海底人さんと、竹田城址を訪れましたが、あの朝のご来迎が見事に再現されました。すごすぎる。きれい。なんまんだぶ、なんまんだぶ^^
2006年10月25日
さて昨日の続きです。昨日は建築家A藤先生の論理について、壇ふみさんの著作から一部を要約しました。驚いたのは、それはW先生の論法と、そっくり同じだったのです。W先生の作品は、我々が依頼した店舗イメージを基に描かれ、パースデザインは、素人の私には是非を問うことの出来ないものでした。なんじゃ、こりゃ。店舗運営側から見ると、実に非効率で、クレンリネスオペレーションは最悪のものである。これでは教育予算も修正が必要だ建設業界がそうなのか、お二人の先生に共通点があったのかはわからない。学んだことは、デザイナーズブランドはハイコストであると言うことだけでした。まさにそれは一方的な市場原理で成り立っているではありませんか。市場経済は、需要と供給のバランスの維持によって成り立つ。建築発注は、芸術と利益追求の反目によって対立する。なのに、最終的には、建築家のエクスキューズと、説き伏せられてブランドを手に入れた施主のサティスファクションによってバランスを維持してるんですなぁ。ふ~む。で、紹介状はもう要りませんか。
2006年10月24日
もしも~、わたしがぁ~、いえをたってたなら~♪ちいさないえをたてたでしょぉぉ~。夢に見たマイホームを建てるとき、あなたは誰に、どこに建築を依頼しましたか。昔といっても、少し前ですが、A藤忠雄さんさえいなければ、この人が関西では一番に、名前のあがる人だろうなぁと思われる、W先生という建築家とお付き合いしていただいた時代があります。業界でも数々の賞を獲得され、大きなビルから、各種建造物、店舗、個人の邸宅にいたるまで、まぁ、紹介状さえあれば、設計料は、かなりなものですが手がけていらっしゃいました。紹介ですか?やめた方がいいですよ。例えばですね。そう、照明で言えばですね、どこから落ちるのか淡くて素敵な光が部屋を満たします。でも、読書には暗く、玉切れ交換には天井は高く、おまけに電球の前にあるオブジェを取り除くのに技術が要る。スライダックスですか、あれで明るくすればいいじゃないかって、いえいえ、そんな生易しいものではありません。何故かって?それは以前に書いた壇ふみさんの「父の縁側、私の書斎」に書いてあるんです。狭い屋敷の真中に中庭が作られた。各部屋を往来するのには中庭を通らなければならない。雨が降れば、もちろん傘が必要です。寒いときも大変です。夜中のお手洗いも同じです。そんな不便な設計なら、施主は建築家に言えばいいじゃないかって?だから、生易しいものではないんです。建築家はこう答えるのです。「でも、太陽の恵みや、四季の移り変わりを肌で感じることが出来るでしょ。」「春が待ち遠しいでしょ、春になるとうれしいでしょう。」「家とは、自然をねじふせるものではない、自然との語らいが大切なのです。」どうでしょう。理にかなっているような、いないような・・・・・その後、依頼主である施主は、たいてい有り難がって、建築家せんせぃを、全面信頼し、工事は進むそうです。明日に続く・・・・
2006年10月23日

昨日、海底人さんが但馬に遊びに来てくれました。お話してみると、蕎麦好き、温泉好きということで、バッチリ、ようこそ熱烈歓迎。早速、出石で蕎麦を食べた後、但東シルク温泉に行ってきました。どちらも気に入っていただけたようで合格点でした。今回の来但目的は、応仁の乱で有名な、山名宗全の開いた兵庫県和田山町竹田城址の撮影。懐かしい前職での思い出話もそこそこに、いつもより早めに就寝。今朝、4時半に起きて、出かけてきました。桜の木と雲海の向こうからご来迎。おてんとさまの前に出られぬ不良の私めは、ちょっと隠れて撮影。霧にかすむ石垣。見事な雲海の、写真は次回、海底人さんがアップされたらご紹介しましょう。太陽が昇りきったところで、撮影を終了し、次の目的地、砥峰(とのみね)高原に向いました。到着してみれば、すすきの穂に落ちる朝日で一面の銀世界。全方位、すすきに囲まれ、奈良の曽爾高原のよう。高い青空と、快い風にそよぐ高原で楽しい時間を過ごしてきました。海底人さん、今日はお疲れ様でした。また、紅葉の但馬にいらしてください。お待ちしています。
2006年10月22日
TVをつけて見ると、画面では、嵐山渡月橋をパトカーが走っている。秋の新番組「おみやさん」 京都府警鴨川東署に勤務する通称「おみやさん」を主人公とするミステリー(?)だそうです。だめですね、この番組。過去にもこのシリーズは放送されたらしくて、このだめな原因は、どうだったのか知らないけど。舞台は京都のはずが、京都弁、関西弁が一言も出てこない。主演の渡瀬恒彦をはじめとして、脚本、監督、スタッフ全員は番組の不自然さに気がつかないのかな。石ノ森章太郎原作では、確か草壁署だったような。わざわざ、秋の京都を舞台にする必要があったのかしら。テレビ朝日は、同時間枠で「京都迷宮案内」「京都地検の女」とともに京都を舞台としてこの時間枠のドラマの舞台を京都シリーズにして、時間枠の統一感を形成している、とある。まぁ、安易な付け焼刃の方言を聞かされるのもつらいけど、こういう番組戦略でテレビ朝日、大丈夫?ワンクール終わったら、製作スタッフ何人か沙汰ありでしょ。
2006年10月19日
昨日、TVで「恍惚の人」を観ました。老人社会が進み、有吉佐和子さんが原作を発表されてから、福祉も大きく変わりました。ドラマの中に出てくる舅のような挙動は、近頃は珍しくなくなったのかもしれません。在宅介護に追われる家族から、茶の間で放映できないような悲惨な状況も見聞きする今日です。ただ、初めて家族の一員に異常を感じた人は、戸惑いを覚えるかもしれません。慌てず、市町村の福祉課、あるいは福祉事務所を訪ね、症状やご家庭の事情にあった介護法を選択するのがいいと思います。医療・福祉関連の仕事に就くと、病・老・死はドラマや小説の世界ではなく、隣り合わせの日常にある。昨日の「さて、あなたは?」といい、「恍惚の人」、それに今読んでいる帚木蓬生さんの「安楽病棟」。ジジイ臭が臭ってきました明日からは、「アレもしたい、コレもしたい」と欲望に身を任せ、また不良オヤジに戻ります。
2006年10月18日
う~ん、例えばですねぇ。貴方の家族で、がん宣告を受けた人がいるとします。初期段階で、手術によって一度は回避できるかもしれない程度の症状。本人の死生観は、人生はいつも、誰に対しても未完である。死を恐れ病に苦しみ、それでも生きながらえるのは本意ではないし、無為の延命はしたくない。家族に感謝の言葉を残し、死後の弔いは無用にしてくれと書置きを残して、自らの命を絶ったとします。残されたあなたは、どう考えますか。本人の意思を尊重して、思い出になった故人を偲びますか。それとも身勝手な選択だと恨みますか。残された者の悔いは残るでしょう。故人に尽くすこともまた、限りはなく未完だから。先日、数人で話しているときに、何がきっかけか、そういう話題になりました。私は本人の意思尊重に立って話しましたが、酷薄だと反論の嵐に晒されました。さて、あなたはどう思いますか?
2006年10月16日

しばらく更新しないと、友人から、「元気ですか?更新してませんねぇ、ネタ切れですか」という、便りが来ます。ふふふ。ネタ切れではないのです。今朝の夜明けは昨日のものではないし、風は昨日より穏やかだし、雲も、箒で掃いたようにたなびいてる、空の青さは・・・。でも、何も考える暇も無く、何も感じないで、時間だけがあっという間に過ぎてしまうんですね。私には一日は10時間くらいしかないのかな。さて、今日は利用者さん待ちで、COOPの喜久屋書店に立ち寄りました。(懐かしい店名です、新京極の喜久屋書店に、良く行きましたね。)読みかけの壇一雄さんの「火宅の人」を忘れてきたので、次の本探しです。見つけた本は、壇ふみさんのエッセイで、「父の縁側、私の書斎」。冒頭部分を立ち読みしていたら、あっと驚きました。昨日の「ばぐら2さん」のコメントにあった能古島の家の見取り図が出ています。ただ、能古島の家とともに、父壇一雄を描いた本かと思ったのですが、どうやら、これは冒頭部分のみで、住まいとしての「家」にまつわる本のようです。気まぐれにしか帰宅せぬ父親に、「チチ帰った?」「うん、帰った」「もう、ドッコも行かん?」「うん、ドッコも行かん」「ドッコも行く?」「うん、ドッコも行く」残した妻や、子供の生活を顧みず、放蕩の限りを尽くす父。これが常態であった壇家で育った、ふみさんのエッセイ。ふ~ん、この親父にして・・・いや、親父が済んでから、ちょっと読んでみましょう。
2006年10月13日

近頃は、ちょっとした竹野浜ウオッチャーになっている。少し早く起きだして、夜明けの変化や海の表情を見に行く。今日の竹野浜は、高波が海面に霧を広げ、煙ったような姿を見せていました。途中、空港の山越えは、頂上では冷気が漲り、澄んだ空気の中を走行していたが、麓に下りると、濃いミルク色の霧の中。近いうちに、海底人さんと、霧に包まれた竹田城跡の写真を撮りに行く予定だが、当日、山の頂に霧は発生するのかどうか。まだ、霧の習性を知るまでには地元人になっていない。今、「家宅の人」を読んでいる。私小説と言われるこの小説は、酒、女、放浪、全ては芸術と愛のためと放埓の限りを尽くし、完成までに20年を費やして、さっさと死についた壇一雄の遺作長編。これについては、また下手な感想文を書いてみよう。
2006年10月09日

和田山ジャスコ(ローカルですな)に移送で出かけました。今日の利用者さんは、若い女性4名さんのお買い物。日頃、通院する方ばかりお送りしていると、お買い物のための移送が、贅沢な行為に思えてならない。車内は屈託の無い話題と華やいだ雰囲気、おまけに何やら密かに漂う香水の甘い香り。誰に文句があるわけではないが、いつもの移送とは天地の違いがある。4名さんごめんなさい。無事お送りした後、ベーグルカフェに立ち寄りました。私立病院の移転に伴い、最近開発が進んでいるこのエリア、こちらには珍しいベーグルメインのお店です。ベーグルには少なからぬ思い入れがある。当時、関西ではベーグルが珍しく、NYではビジネスマンの朝食に、欠かせぬ食材ということで人気があるという評判を聞いて、わざわざ渡米研修して、京都で3店舗の開店に関わったことがあったからだ。まぁ、それはさておきベーグルカフェ。店名は「BUBO(ブボ)」さん。お昼はサンドメニューも豊富に用意されていたのですが、私めは、プレーンのバター無し、素焼きで、珈琲をいただいてきました。ベーグルも珈琲もお気に入りの味でしたが、近隣の読者さんが無いようですので残念です。メニューは、BLTサンド360円、バナナサンド320円など、珈琲、オレンジペコ380円等など。そろそろ、但馬珈琲マップなどを作ってみようかな。Buboさん、お気に入りにキープしておきましょう。ごちそうさまでした。
2006年10月08日
例えば、プレゼン用に一生懸命パワーポイントをいじくりまわして、ふ~っと一息ついたとき、めったに褒めない上司が通りかかって、「うん、美しい」と一言漏らしたら、まぁ、コレは喜んでいいでしょう。ひょっとしたらこれをきっかけに、いい仕事が回ってくるかもしれないし、下手すれば、部内で手こずっている厄介な仕事の後処理をあてがわれるかもしれない。得意先とか、クライアントが「悪くないですねぇ。」と感嘆の声を上げたら、あなたの企画力も、まずまず評価をいただいたと思っていいかも知れない。ところが、「悪くはないですね」と、言われたら結果的にはダメをいただいたと思った方がいい。この辺の機微が難しい。「は」が一語入るだけで、これまでの努力は徒労に終わったことを知るべし。男子聞き逃してはならぬ。こういう表現はランクがある。「う~ん、どうなのかなぁ」とくれば、相手の要求にこたえる能力を疑われたと感ずべし。さらに厳しいのになると、「じゃ、まぁ、いい感じにしといてよ」と言われれば、もう丸投げ、どうしようもない無能者の烙印をいただいたかもしれんねぇ。いや、ほんと、甘くは無いねぇ。新潮文庫「オトナ語の謎」糸井重里監修 とても面白いですなぁ。身に覚えのある話が満載です。で、お~い、daimajin 今日終わってから時間あるかぁと、声がかかりました。さて、吉と出るか凶にはまるか。いってきま~す。
2006年10月03日
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