バックマンの思考と試行

バックマンの思考と試行

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ハク1980

ハク1980

コメント新着

実践哲学者 倉本圭造 @ 生きてるかなあ。 希望を失わないようにね。
バックマン@ 続き 漫画にある「何かを背負った者同士の戦い…
バックマン@ あっと こんにちは、本物のバックマンです。 …
実践哲学者 倉本圭造 @ なんつーか。 なんとかしてあげたいけど、他人になんと…
実践哲学者 倉本圭造 @ ふーむ。 今ひさびさに発見したんだけど・・・・ま…

フリーページ

2005年10月04日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日気づいた5つのことを個別に書こうと思います。

その1
僕は仕事中余裕のあるときは骨格イメージしたり、筋肉イメージしたり(骨格に比べてイメージするのは難しい)イメージの中で骨や内臓を分解してみたりやってたんですが、昨日ふっと思ったのが「コレちがうんじゃないかな?」と思いました。

イメージだけになってきているんじゃないかと、身体の内部感覚を磨くことが重要でイメージはその補佐的役割に過ぎないんじゃないかと。
「今この筋肉が動いている」と体感することが重要でイメージはわかりやすく体感を具現化するために身体の地図のようなものなんじゃないかと。

イメージばかりに頭をとらわれ過ぎていて身体の体感を感じていなかった気がします。反省です。

その2
考え事や不安や緊張、忙しかったりすると頭ばかりが回って身体の声に耳を向けられないことが多々あり、頭じゃなく身体だけに任せるとミスをすることがあり、頭で判断し行動は身体に任せるという頭と身体のバランスが重要なんだと思いました。

その3

実際高岡方式の方が自分流になってきた方法より効果がありそうなので今後注意しようと思う。

その4
PQ禅は無努力、無無理感で行うために海に沈むような感覚になることが重要で(最初コレもイメージでやっていた)
イメージじゃなくて感覚、さらに言うなら自分というブラックボックスの中に沈み感覚でやればイイんじゃないかと思った。

その5
高岡方式で身言葉というのがあって腰で担ぐなど目配りなど、ああこういうことをする場合腸腰筋に意識を集中させたり、表現されている身体の部位を意識して使えばいいんだなと思っていたけど、それは倉本さんのいう身体の問題を身体運動によって解決しようとしていることであるんじゃないかと思いました。

つまりもともとそういう身体意識が組まれている人(天才)にはいいけど、
身体意識の組まれていない(凡人)には一時的に楽になるだけなんじゃないかと(それに意識し続けるというのは神経使うし)
凡人にはより高い次元からのアプローチ(身体意識を組み込むこと)が重要なんじゃないかと。

それには「偉人なんて楽勝宣言」で自分に設けて自己イメージによる制限を外し、「解剖図フォトリーリング」で身体地図を自分の潜在意識の中に創り
「身体との会話」で身体地図に意識を通し、その他もろもろの方法で問題中毒を解決することが凡人が歩むべき道だと、その道の先には意識などしなくても眼の耳も腰も身体全ての部位がそれぞれ正しい使い方(自然な使い方、拘束の取れた使い方)ができ身体意識も自然と形成されるんじゃないかと


今まで使ってきた「意識して身体を動かすことにより天才になる」高岡方式を完全に捨て、「ダメな身体パターンを創り出す意識自体を変え、自然性を取り戻し天才になる」というPQ開発一本に打ち込むきっかけとなるいい気づきになりました。

「くさい臭いは元から絶つ」って感じですかね。

いろいろ書いてはみましたけど全部自分の判断なので違うと感じたらコメントください。

「写真版身体解剖図」と「究極の身体」届きました。
解剖図メチャグロイです。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年10月04日 12時45分11秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: