ミサイルより恐ろしい…北朝鮮「浸透工作員」とは何者なのか
2017-10-8
竹内 明 現代ビジネス
「北の工作員はすでに日本にいるのは間違いない。我々が全容をつかめていないだけだ。いま我々がやらなきゃいけないのは、最大限の人員を投入して市民を装って潜伏している工作員を洗い出すことだ」 ( 警視庁公安部捜査員 )
「日本は簡単に入国できる天国です。 『タバコを買いに行ってくる』と言って出かける工作員もいるほどだった」 ( 元北朝鮮工作員 )
すでに日本国内に浸透した北朝鮮工作員は、多数存在していると考えられる。
昨今「核ミサイル」「武装難民」などという単語ばかりが強調され、日本国民の恐怖心が煽られているが、 工作員たちが闇夜に乗じて日本を出入りしているという不都合な真実からは、相変わらず目が背けられたままだ。
本稿では、私が実際に出会って取材した、元北朝鮮工作員たちの証言を伝えることで、彼らの実像に少しでも迫っていきたいと思う。
ケース 1 :金東植の場合
激しい銃撃戦だった。逃げ場がない。雑木林に潜んでいるときに、銃撃を浴びた。金東植 ( キム・ドンシク ) は逃げようと思い、その場から駆け出した。だが、地を蹴るはずの左足の感覚がない。そのまま転倒し、気を失った――。
意識を取り戻したときには、韓国軍の兵士に取り囲まれて引き起こされていた。左足が熱い。何か熱湯のようなものがふくらはぎを流れている。血だ。
左足で体を支えようとすると、膝から下がなくなってしまったかのようにバランスを崩した。痛みはまるで感じなかった。
一緒に逃げた仲間・朴の姿はない。朴が銃撃戦の末、死亡したと聞かされたのはしばらくたってからだった。
1995 年 10 月のことだ 。金東植は、忠南扶餘郡石城面にある正覚寺で仲間と「接線」 ( 接触すること ) しようとしていた。だが、そこに韓国国家安全企画部の要員が待ち伏せしており、銃撃戦となったのだ。
金東植に会った目的は、「伝説の女工作員」の話を聞くためだった。
女工作員の名前は李善実 ( イ・ソンシル ) 。北朝鮮の権力序列でトップ 20 に入るという、最高位かつ辣腕の工作員だ。 1990 年に、ソウルで李と同居しながら彼女を補佐し、最終的に北朝鮮に連れ帰ったのが金東植だった。
日本は身元ロンダリングの地
李はかつて日本にも潜伏し、極めて大胆な手法でその足場を築いていた。
1974 年に、工作船で日本に密入国、「申順女」 ( シン・スンニョ ) を名乗った。 実在した申順女は在日朝鮮人で、 1960 年に帰国事業で北朝鮮に永住帰国したまま消息がわかっていない人物だ。女工作員・李はその身分を乗っ取ったのだ。
実は、李は北朝鮮で、本物の申順女から親類縁者に関する情報を聞き出し、順女にはまだ一度も会ったことのない、異母弟がいることを知ったのだという。
そして李は、兵庫県高砂市にいた、その異母弟に接近し、「私はあなたの姉だ」と騙して同居を始めた。東京・荒川区に住む在日の親戚を保証人にして、特別在留許可も得ていた。
その後、李は在日朝鮮人・申順女の名前と身分をかたったまま、異母弟とともに韓国訪問団に混じって ソウルを合法的に訪問 する 。ソウルでは、高齢で視力の衰えた順女の実姉を訪ね、姉の名義でソウル市内に家を買うことに成功した。
女工作員は、こうしてまんまと工作拠点を手に入れ、 1980 年頃から「南韓朝鮮労働党中部地域党」という地下工作指導部を構築 した。
日本は、李善実にクリーンな身分を与える、偽装工作の場所として利用されたのである。
生ける伝説の「孫」になって
私が話を聞いた、金東植・元工作員が李と同居を始めたのは、それからさらに 10 年ほど後の、 1990 年だった。彼は私にこう語った。
「私は 1990 年に、ソウルで李善実と半年間一緒に暮らしました。彼女は当時 75 歳。私は 20 代だったので、祖母と孫を装いました。
李善実は当時、すでに北の権力序列で 19 番目。しかも政治局候補委員でした。もう 10 年間も南 ( 韓国 ) に浸透して活躍した、生ける伝説でした 。個人的な会話を交わす関係ではなく、彼女の隣の部屋にいて、お世話をさせていただいていました」
同居中の金元工作員の主な任務は、本国の工作本部への連絡だった。
城南市内に「盆唐 ( ブンダン ) 中央公園」がある。都心ながら 42 万㎡もの敷地を誇り、かつての王宮を再現した場所もある有名な公園だ。そこにある丘の中腹には、韓山李氏の墓があるのだが、そこが 通信機器を隠しておく場所 だったという。「深さは 20cm 。超短波のトランシーバを埋めて、その上に目印の石をおきました。
1 3 桁の暗号数字を打ち込んで工作状況の報告をしました。指示を仰ぐことが多かったように思います。
例えば、政府要人の包摂 ( 味方として取り込むこと ) がうまくいっていないとか、仲間の工作員の所在が確認できないとか……。
通信は一方通行ですから、本部からの指示はラジオ電波で 5 桁の乱数放送で飛んできました。『この乱数はメモを取ってはならない。頭に叩き込め』と教わっており、記憶して換字表で文章に変換しました」
秘密道具から、戦争並みの重火器まで・・・ 工作員には、通信機器や偽造身分証明書の他に、必携の道具があったという。
「消音機付きの拳銃、手榴弾、そして毒銃器を持っていました。
この毒銃器はパーカーの万年筆の形をしていました。その中に毒が塗られた弾丸が 1 発だけ入っていて、 2 ~ 3m の至近距離から発射して命中すれば、相手は毒が回って死にます 。
万年筆の後ろの部分をまわして、ボタンを押すと発射される仕組みでした。誰にも知られずに人を殺すことができる。そんな道具です。
そしてもう一つ 必ず持ち歩かねばならないのが、自殺用の毒薬アンプルです。ボールペンの先に青酸カリ入りのアンプルを仕込んでおいて、捕まりそうになったらそれを噛んで死ぬように と言われていました」
まさにスパイの「七つ道具」といったところだが、北朝鮮工作員たちが扱うのは、こうした小型の秘密道具ばかりではない。
2001 年、九州南西海沖で北朝鮮の工作船が海上保安庁に発見され、銃撃戦の末、沈没した事件があった。 このときに工作員らが所持していた武器は以下のようなものだった。
5.45 ミリ自動小銃 (4 丁 ) 、 7.62 ミリ軽機関銃 (2 丁 ) 、 14.5 ミリ 2 連装機銃 (1 丁 ) 、ロケットランチャー (2 丁 ) 、 82 ミリ無反動砲 (1 丁 ) 、携行型地対空ミサイル (2 丁 ) 。
工作員たちは戦争並みの重武装で日本近海にいて、躊躇いもなく海保の船を攻撃したのである。これらの武器を、彼らが日本国内に持ち込もうとしていたのかどうかは、明らかになっていない。
「洗脳」の恐ろしさ・・・それは(一度し… 2026.08.08
これでも北朝鮮の(蛮行)を容認するのか… 2026.08.07
恐ろしい事実が、明らかになった! 北朝… 2026.08.04
PR
カテゴリ
コメント新着
キーワードサーチ
フリーページ
カレンダー