しあわせのかたち

しあわせのかたち

2006/05/17
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 まだ偏頭痛が抜けない。

 歯医者行きたくないなあ。。。

      ※

 村上春樹がノーベル文学賞を受賞するのでは? という話がでている。

 3月に産経が報じ( ここ )、かなり文学通の友人からも「そろそろだと思う」と聞いた。
 産経のソースは村上が今年の「フランツ・カフカ賞」(チェコのカフカ協会が選出)に選出され、同賞の直近受賞者2人(04年のエルフリーデ・イェネク、05年のハロルド・ビンター)が連続してノーベル文学賞にも選出されたことを挙げている。

 友人はそれに加え、村上の世界的評価の高さと、「そろそろ日本人にも」というタイミングを考慮して予想していた。村上の作品は20カ国語に翻訳されており、欧米やシナ、南米などでもミリオンセラーになっている。受賞が決まればノーベル文学賞の受賞は川端康成、大江健三郎に続いて3人目。



 この件について報じ、論考を加えるサイトは多々あるが、私が「ほほう」と思ったのは例に漏れず内田センセの記事。 こちら で「村上文学には“父”が登場しない」と書いている記事だ。

 この場合の「父」とはなにか。
 内田の論考を借りればそれは、その社会の秩序の保証人であり、その社会の成員たち個々の自由を制限する「自己実現の妨害者」であり、世界の構造と人々の宿命を熟知しており、世界を享受している存在。である。

 キリスト教世界ではそれは「神」であり、イスラム社会圏では「預言者」であり、コロニアルでは「宗主国の文明」であり、たとえば自然主義文学では「家父長制度」というような形態をとる。

 村上は自身が形作る世界のなかで、その「不在」を描くことで「父がいない世界のなかで、人々はどう過ごしていくのか」を提示してきた、と内田は分析する。

 上記のような定義に拠れば、父とは「補助線」である。それは原理的に個々人の自由を侵害する存在であるが、自身の立脚点を示すことになる。それが存在しない世界とはどんなものであるか。そこで人々はどう生きていくのか。
 それが村上が描く世界観の本質だ。
 そうした世界観の造形において、村上とカフカに共通点が生まれる。

<上記内田のサイトより引用開始>

「父のいない世界において、地図もガイドラインも革命綱領も『政治的に正しいふるまい方』のマニュアルも何もない状態に放置された状態から、私たちはそれでも『何かよきもの』を達成できるか?」

「善悪」の汎通的基準がない世界で「善」をなすこと。
「正否」の絶対的基準がない世界で「正義」を行うこと。
それが絶望的に困難な仕事であるかは誰にもわかる。
けれども、この絶望的に困難な仕事に今自分は直面している・・・という感覚はおそらく世界の多くの人々に共有されている。

<内田樹の研究室、 「村上文学の世界性について」

 まさしく我々が直面せざるを得ない、文学的ポストモダンの精髄である。
 無限に相対化され続ける個々人の「善悪」や「正否」を、相対化されたうえでも選び取っていかなければならないためには。

 村上文学に登場する「僕」のような生き方は、私はどうにも好きになれないのだが。それはたぶん、その世界には葛藤もカタルシスもないからだ。善悪や正否は、あらかじめ決めといてほしいんだけどなあ。

 探しものはまだ見つかっていない。

 ただまあ、「わかりやすいもんばっかり享受してるとバカになる」とは思っている。





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Last updated  2006/05/17 09:38:41 PM


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