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我が家の夫は、かなりはっきりとした寝言を言う。これはかなり昔の話だけど・・・。車好きな夫は、昔峠の走り屋さんだった。(わかるかな?今のドリフト族とはちょっとちがうんだけどね)で、社会人になってからは、趣味でショップが主催するサーキット走行会とかによく行ってた。実は、私の弟が学生時代に、バイクのアマチュアレースをやってて、私も良く手伝いをしていた。そんなことから、走行会でのラップ計測はお手の物だったので、私は必ず付いていってたんだけど、子どもが産まれたばかりの頃は、さすがについていかれなかった。そんな、私が走行会についていかれなかった日の夜のこと・・。夜中に誰かが私の足を踏みつけてくる・・・。痛い!なに?と思って起きると・・。夫が私の足を踏みつけながら怒っている<もちろん布団の中で寝た状態で。「くっそ~、またアイツに抜かれたぞ!」だって・・。夫は、私の足をクラッチだと思って踏みつけて、夢の中でサーキットを走っていたのだ。それから出てくる、出てくる。夫をズバズバ抜いて行った車の車種がぞろぞろ・・・。あはは、相当悔しい思いをしたんだな~。と思い。これ以上私に被害が及ばないようにと、その日はちょっと離れて寝ることにして、一件落着。それから、またちょっと経ったある夜のこと。夜中に、布団をパッパと払っている人がいる。「ん?誰」と思うと、隣に寝ている夫が。。。。寝ながら菓子パンを食べていた(もちろん夢を見ているらしい)夫は、布団に仰向けに寝たままの状態で・・・。ちゃんと菓子パンの袋を開けて、パンをムシャムシャ食べて。。。布団に落ちたパンくずをパッパと払っていたのだ。私が「パン美味しい?」って聞いたら。夫は、パンを食べながら、満足げに深々と頷いた。「ぎゃー、もうだめぇ~。」私は可笑しくて・・・。でも、声出して笑ったら起こしてしまうと思うから、呼吸困難になりそうになりながら、笑いをこらえていた。そう、夫の寝言&パフォーマンスがかなりリアルで時には寝言だとは思わなくて、思わず会話してしまうこともしばしば・・・・。で、翌日話すと機嫌悪そうに「知らない」と答える夫。「え~、だってあんなにはっきり応えたじゃない!」(唖然)寝言に答えてしまうと疲れるので寿命が縮まると聞いた事がある。「お前密かにオレの命を狙ってるだろう?」と夫。冗談じゃない、こっちは真面目に会話したのに<気がつけよって感じ?ところが、この寝言&パフォーマンスというものは、しっかり遺伝するらしい。我が家の子ども達は二人とも、かなりはっきりと寝言を言う。しかも・・・。二人で同じ夢をみてるのか?と思うことも。姉「いや~、やだやだ。もぉ~やめてよ!!やめてったら、○○(息子の名前)君!」弟「ψ( ̄▽ ̄)ψイヒイヒイヒイヒ、もっとやってやる!」もちろんある晩の子ども達の寝言である。こんな調子で、私は夜中に娘とも、息子とも会話をしたことがある。というか、してしまうのだ。だって・・・。娘「ママ、あしたね。部活だから・・。※@♪★・~持って行くから。」私「は?何もって行くって?」娘「だから・・・。雑巾と・・。※@♪★・~」私「ん?雑巾?・・・。」と、翌日の朝、私は用意した雑巾を渡そうとすると「は?雑巾持ってくなんて言ってないよ!」と娘は言い残して登校してしまった。・・・・。夜なべして、雑巾縫ってた私って。。。そんな私の寝言被害の中でも、一番酷かったのはやっぱり夫。ある日の朝、いつものように夫を起こしにいくと・・・。「南の角が60度だから、今日は起きなくていいんだよ!」と突然怒鳴られた。もう一度「ねえ、朝だよ。起きなくていいの?」と聞くと。全く同じことを答える。夫は仕事の関係で、お客さんの所に直行することがあり、そのときは、ちょっと遅く自宅を出ても大丈夫なので、今日もそのパターンかな~と思い、そのまま寝かしておくことにした。でも、しばらくしてから。「やっぱ、南の角が何度でも、朝は起きなくちゃだめだよな~」と思いなおして、「ねえ、もう朝だよ。7時半になったよ」と起こすと・・・。「へ?・・・あっ、何でいつもの時間に起こさないんだよ!」とかなり怒られた。その日夫が帰宅後、私がこっぴどく叱られた事は言うまでもない。そう、あれは寝言だったのだ。寝ぼけたの?と聞くと、起きてなかったんだから寝言だろう本人は言う。夫は今でも時々、朝起こしに行くと寝言を言うことがある。子ども達も、寝言で夜中に話しかけて来るが、しかし、私は心に誓ったのだ!「もう絶対、寝言にはだまされないぞ!」**************************************************<追記>コメントいただいた方々ありがとうございました。でも、みんなそれぞれ、笑いにはまるツボが違うんですね~。私はやっぱり、「菓子パン」かな~ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆もう現場で見ていた私は。。。。かなり大変でした。(布団の中で笑い声をこらえてピクピク・・・)
2004年11月30日
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12歳の我が家の息子は、海外の通販番組が好きらしい。なにか新しい商品の放送見るとてぐすね引いて待っていて、「ママ、すごくいい物を宣伝してたんだよ、今日。あれ買いなよ!」と、勧めてくる。 同じ内容の番組を、何回もやっているせいか、息子は、大体の商品の売り口上も覚えていて、そっくり通販番組を再現しては勧めてくる。或る日、一緒に通販番組を見ていると、また例の如く、息子が番組と一緒になって商品を売りつけて来た。全てを網羅しているものだから、番組よりも先に、商品の特徴やらなんやらを私に説明してくる。そして最後に「ね?すごいでしょ?買いなよママ!」と言って、タレントさながらの笑顔でコッチを見るのだ。その日は、なんだかんだ言い逃れをしてその場を凌いだのだが、またあの勢いで勧められたのではかなわない。 数日後、また通販番組が始まった。息子は、また例の如く売りつけようと、チラチラとコッチを見ている…。さて商品の説明が始まり、「これはこんな風に使えるんです、すごいでしょ」と司会者が観客に同意を求める。すると、私は間髪入れずに、その商品の宣伝文句を、ことごとく否定して行ったのだ。つまり、「○○な時にも便利!」といわれれば、「○○な事なんか起こらないし、起きても今ある△△があるから、新しい物は買わなくてもいい」という具合である。 最初は、「ママ変!」なんて言ってた子供達も、私がことごとく否定していく時の理由のつけ方が面白い!と言い出し、息子も、テレビすっかりコピーの売り口上は言わずに、ゲラゲラ笑い出して、しまいには「ママには負けたよ?!」と言った。するとその時、電話が掛かってきた。なにやら、子供の教材を買いませんか?という宣伝の電話だった。私が、さっきの通販番組の売り口上を否定するような感じで説明して、「要りません」と言って電話を切ると「ママに、物を売ろうなんて、百年早いね」と娘が言った。 しかし私は過去に、この我が家の「売る男」から、まんまと物を買わされたことがある。 もう8年くらい前の話だ。当時娘は幼稚園に通っていて、息子は3歳くらいだった。その日は娘の友達が遊びに来て、娘とリカちゃん人形で遊んでいた。その横で、息子は一人でウルトラマンと怪獣の人形を闘わせて遊んでいたのだが・・・。「ビィ~、ギャンギャン、ドッァカーン!!」とウルトラマンと怪獣を闘わせている息子に向って、いきなりリカちゃんのお母さん達(娘と友達)が抗議を始めた。「ちょっと、ウルトラマン!赤ちゃんが寝てるのよ、もっと静かに怪獣を倒しなさいよ!正義の味方でしょ!!」いきなりの抗議にかなり驚いた様子の息子だったが、「正義の味方」といわれれば、赤ん坊の昼寝の邪魔をするわけにもいかないと思ったのか?ちょっと静かになったな~、と思ったら。正義の味方のウルトラマンの息子はささやくような小さな声で「ヤァー!タァー!」といいながら、静かに怪獣を倒していた。(う~~ん、ウルトラマンよりリカちゃんのほうが強いのか~) しばらくすると、なにやら和やかな雰囲気の会話が聞こえてくる。そっと覗いてみると?ウルトラマンは、リカちゃんのうちにお茶に招待されていた。 なんでも、赤ちゃんのお昼寝を邪魔することなく、無事に怪獣を倒したご褒美らしい。ま、一件落着でよかった。 と思っていると。今度は、息子が娘達の遣いとして、私のところにやってきた。「なに?なにか御用ですか?」と聞くと。「ママに買って欲しいものがあるんだけど」と息子。それでも、なにか気が進まないのか?息子はもじもじしながら一言言うたびに、扉の向こうからこっちを覗いている姉に助けを求めるような視線を送る。陰で息子を操る娘は、息子がチラッと見るたびに、ホラホラというようにして、息子に「行け、行け」と合図を送る。 仕方ないといった表情の息子は「だから、買って欲しいものがあるの」とまた私に向って言った。「なに?お菓子?ジュース?」と聞くと、息子は首を大きく振って、また無理無理・・と、いった様子で娘を見る。しかし娘は、あっちあっちと私の方を指差している。「あのさ~、りんご買って」と息子。「りんご~?買ってあるけど剥く?」と聞くと。「ちがうの。このりんご買って欲しいの」と、おもちゃのりんごを差し出して来た。娘のおままごとのりんごである。「え~、でも本物あるしな~、今日はいいや」と断ると、息子はそそくさと娘のところに戻って行った。 それから数分後。また息子が私のところに派遣されてきた。姉になにやら入れ知恵をされてきたらしい。さっきと違って、ちょっと自信をつけた様子で話始めた。「ねえ、このりんごやっぱり買ってよ、美味しいよ~」「だって、もうあるんだもん、いらないよ」と私が言うと。「このりんごは、その辺にあるりんごと違うんだよ!お買い得だよ」と勧めてくる。「ふ~ん、どこが違うの?」と聞くと「これはね、毒りんごなんだよ~」と息子。いかにも美味しいよぉ~と誘うような口調で「毒りんごなんだよぉ~」と笑顔でいう息子の姿に、噴出しそうになるのをこらえて「え~、毒りんごなんでしょ?じゃあもっと、買わないよ~」と私が言うと。「あのね、ただの毒りんごじゃないんだよ!あの、白雪姫も食べた毒りんごなんだよ~。お買い得だよ~」「・・・・。」もうだめだ、お腹の皮がよじれそうだった。どこでこんな売り口上を覚えてきたのかしらないけど、「白雪姫も食べた毒りんごだよ」と真面目に売りつけてくる息子の姿に、私はやられてしまったのだ。「わかった、・・・白雪姫の毒りんごください・・。」私は、まんまと毒りんごを売りつけられ、隣の部屋からは子ども達の「やったー!」という声が聞こえてきた。 もしかしたらあの日から、息子は売る男になって、私は買わない女になったのかもしれないと思う。でも実は、子供が見ていないところでは、ママは結構衝動買いをしているのだ、ということを、子供達は知らないのだった。
2004年11月29日
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息子が友達一家と一緒に、海釣り公園に釣りに行くので、5時前に起こされて・・・。頭ぼぉ~~~~~~~~~~~~・・・・・・としています。とりあえず、ご訪問いただいた皆様おはようございます・・・。ペコリ(o_ _)o))たぶん、もう一度寝ます。で、復活してから書けたら日記更新する予定です・・・。ではでは・・・・。ちょっと追記・・・私は結構おっちょこちょいで、ワードで日記かいて、スペルチェックしてからアップするんだけど、ちょっとしてから読み返してみると、なんか言い回しがへんだったり、誤字があったり、いい足りなかったり・・・ということで、修正をかけることになります。(あ、カテゴリ変更とかの場合もあるし、たまたま目についた、前に書いたものの修正をすることもあります。)で、何度も更新してしまうことがあって。。。(前に書いたものの更新だと、トップで見てもなぁ~にも変わって無いんだよね・・・ほんと申し訳ありません)そのたびに見に来てくださる方に対して、ひジョーに申し訳ないと思っています。いつも読みに来てくださる方々。本当にありがとうございます。************************************<追記>今日も、前に書いたコラムアップしました。コラム15 少子化時代の子どもと社会 「神経質で無神経」 それと、前から書きたかったと思っていた。以前書いた童話の解説・・・?というかあとがきもアップしました。あとがき 童話「雨上がりのにじ」 よろしかったら、感想聞かせてくださいね。
2004年11月28日
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前に、どこかの日記サイトで書いていたときに、違うHNで二つのページでかいていたことがあった。一つは、どたばたお気楽ママ日記と育児関係ほのぼのエッセイで、もう一つは、私の皮をミカンみたいにペロンと剥いてポロッと出てきた実の内の一つって感じだった。だけど、あるとき。同じ日記サイトの仲間に、そのもう一つ方のHNが見つかった。別に嘘をついていたわけじゃないんだけど。私の「ママ」の顔を良く知っている人には、あまり人に言いたくなかっただけだったんだ。だけど、どうして私だとばれてしまったかというと。彼女曰く「人には、指紋や声紋があるように、書く文章にも「文紋」があるみたいで、文章読んだらすぐわかった」らしい。確かに、いろんな人の日記を見て回ると人それぞれに、特徴があって面白い。もしかしたら本当に、文紋っていうのが存在するのかもしれない。中には、日記とは呼べないような、まるで文豪が書いた小説みたいな見事な文章でとうとうと綴られた日記もあるし、大人っぽい、ステキな言葉達が奏でるように連ねられて、もう、詩をも超越してしまっていて読むとため息しかでないような日記もある。そういう見事な日記を読むたびに。私はふらふらと自分の部屋に帰ってきて、自分で書いた日記をみて。。ふかぁ~いふかぁ~い、マリアナ海溝よりも深いため息をついてしまう。これが、仮にもライターとか言ってるやつが書いてる日記かぁ~?・・・・、言葉がでないって感じだよな~~。だけと私もライターの端くれ!よっしゃいっちょやってみようと、あれやこれやと考えて。考えて、考えて、考えて・・・・一応、ちょっとカッコつけて、なんとなく眉間にしわを寄せた感じでちょっと大人びた感じの言葉や文章を書いて見るんだけど。あちゃ~、だめだ。まるで、大人のブカブカのカクテルドレスとハイヒールを足に引っ掛けて、カタカタ歩いてるお子ちゃまみたいだ・・・。はい、やり直し。無駄と知りつつ挑んだ結果は・・・・結局無いものはない。そう無い袖は振れないし。無い知恵はペンを走らせないそういう、大人チックな感性とか色気とかそういうものが、私の体の隅から隅まで探しまくって、絞りに搾りだしてみても、ただの一滴も出てこないのだ。そういえば、私はどんな風に日記やエッセイを書いてるんだっけ?とちょっと思い起こしてみる。まず最初に、胸の中に散らかってる、思いの欠片をかきつめて小さな想いの玉みたいなのものを作る。それを一回取り出してみて、あっちこっちから眺めみてあれ、ココが出っぱってるとか、あれ、ちょっとココがへこんでるとか、あーとかこーとかいじくりまわす。時にはそっと耳に当てて、想いの声を聞いてみたり、時にはそっと頬に当てて、想いのぬくもりや感触を確かめる。そして。まあ、なんとか丸くなったかな?と思ったら、もう一度それを、胸の中に飲み込んで、心の中に沈めてみるんだ。想いの欠片の丸い玉は、一回ボドンと胸のなかに沈んでいって、ゆっくりゆっくり、残りの欠片を吸い付けながら、ゆらりゆらりと上ってくる。私はそれをまた眺めながら。。ああ、まだあそこの形がへんだな~とかあ、あれがくっついたから、あそこも変えようとかいろいろ、くるくる考える。ようやく、浮かび上がってきた想いの玉をまるで牛が何度も反芻するみたいに、眺め回して、口の中でもブツブツ繰り返して読んでまたもう一回飲み込んで、飲み込んだときの喉越しが、すっと通りやすくなるまで何度も何度も繰り替えす。もうそろそろいいかな?そんな風に思えたら、形が崩れないよう、とおっと取り出して弾ませてみる。想いの玉が上手くはずんで、まるで真球の実験でも見ているたいにキレイな放物線を描いたら。私はそれを、パソコンの中に投げ入れて文字という形に起こしていく。出来れば私は、誰が読んでもスッとわかるようなそんな文章が書きたいんだと思う。私の書いた文章が、誰かの心の表面にフワンと軽く触れただけでも、温度や感じや雰囲気が、心でスッと感じられるようなそんな飲み込みやすい文章を書こうと思っているんだ。だから多分、私には難しい小説は書けなくて、お布団の中で読み聞かせるような、そんな音に乗り易くて、耳になじみやすい童話なら書けそうな気がする。だけど、どんなに偉い文豪だって、生まれて初めて触れた物語は、きっとお布団で聞いた童話だろう。どんなにすごい作曲家だって生まれて初めて触れた音楽は、きっと母の子守歌だっただろう。始めから難しいものなんて、目指していたわけじゃないだろう。まだまだ駆け出しのひよこライターの私なんだから、難しい言葉で書く必要はないか?ってそんな風に思えてきた。どこかの偉い学者さんが、文紋を調べる機械を作って、私の日記を分析したら・・・。へらへら笑ったおたまじゃくしが、いっぱい出て来てしまいそうだ。
2004年11月27日
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最近私は自分のことを、昔話の「ウサギとカメ」のウサギなのかな?と思うことがある。物語の中に出てくるウサギは、足が速いと自慢する、高慢ちきな嫌なやつで、カメのことをバカにして勝負なんかいどんじゃって、勝手に負けたりしちゃうアホなやつで、私にはそんな風に自慢できるほど自分に自信はないけどさ。カメに勝負を挑んだウサギは、途中で自分の勝利を確信して、優雅に昼寝なんか決め込んで、結局寝過ごしてカメに負けてしまう。でも、ホントにウサギは昼寝なんてしていたのだろうか?ホントはウサギは、全速力で走り回ってようやくゴールにたどり着いたらカメがとっくにゴールしてたんで、つい強がりで昼寝してたって言ったんじゃないだろうか?誰か、ウサギが昼寝していたのを見ていたひとがいたんだろうか?それとも、ウサギがそう言ったから、みんなは信じただけなんだろうか?カメは歩く速度は遅いけど、でも、きちんと地面に足をつけて、きちんと歩く道を見定めて、一歩一歩踏みしめていくでも、じっとしていられない性格のウサギはただ走り回るしか能がなくて、道がどこだか見る前に、ただ自分の目の前だけを見て、全速力で駆け抜けて結局回り道してしまった。それだけのことなんじゃないだろうか?そんなふうに考えると、私はだんだん自分のことが、あの物語のウサギに思えてくる。一生懸命走っているのに、誰よりも誰よりも、精一杯走る努力は出来るのにただ走り回っているだけで、結局回り道をしているだけ。そんなふうに思えてくる。こんなふうに、ウサギの肩をもってしまうのは、私が、ウサギに縁があるからか?それとも、私もウサギみたいに昔は足が速かったからかな?でもホントにあのウサギは勝負のさなかに、昼寝なんてしてたんだろうか?本当は、汗をいっぱいかきながら自分が出せる精一杯の力をだして、一生懸命必死になって走っていたんじゃないだろうか。
2004年11月26日
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今日はクライアントさんへ、出来上がったレポートの納品と打ち合わせのために出かけた。このクライアントさんの仕事を請け始めて7ヶ月が過ぎた。この7ヶ月、私なりに精一杯無い知恵を絞って積極的にアイデアや提案をさせてもらった。おかげさまで、担当の方は、私の発言にも素直に耳を傾けてくださり、アイデアも積極的に取り入れてくれた。今回も、出来上がったレポートを見て、クライアントさんは喜んでくれた。そして・・・「これとこれのデータから・・・・。って出来ますか?」つまり追加作業の依頼だった。私は昔から営業がニガテである。営業というほどではないがファーストフード店で「ポテトもいかがですか?」という一言を言う自信もなかった。「必要なら、自分で注文するはずだから、そんな売り込み出来ないッ!」と思ってしまうのだ。普段はおせっかいな性格なくせに、どうも、営業がらみになると急に口が重くなってしまうので、学生時代から、バイトは、ベビーシッターとか事務ばかりしてきた。そんな私が、いきなり営業トークをしなくてはいけなくなった。汗をかきかき、追加の作業に対しての要望を聞き、その要望が一番把握しやすいレポートの形式を即座に考えて提案して、説明をすると。追加を払うから御願いしますということになった。「ありがとうございました」と深々と頭を下げて、荷物をまとめて帰ろうとすると・・・。担当の方が、私の前に細長い紙袋をすっと差し出してきた。見るとワインが一本入っていた。「ボジョレーです。いつもお世話になっているので」驚く私に、担当の方は笑顔でおっしゃった。お世話になっているのは私の方だ。ここのクライアントさんで仕事をさせてもらうようになって、他の仕事も少しずつ入ってくるようになったのだもの。「お荷物かもしれませんが、お持ちください」ともう一人の担当者の方もそう言ってくれた。私はまた、深々と頭を下げてお礼を言って、頂いた袋をカバンに収めて帰路についた。ライターなどと勝手に名乗っていても、雑誌でかいているわけでもなく、ライターと呼べる仕事なんて殆ど出来てない。でも、このクライアントさんの依頼のようにレポートを請けることで、コラムなどを書くときの物を見る目をいかして、「書く」ということを仕事にしてる。でも、なんとなく自分では、こんなことでいいのかな~って、ちょっと自信をなくしてた。人一倍、量は書くようにしてきたけど。それが、実質的な仕事には繋がらないそこが、なんとも歯がゆくて、ちょっと下を向きかけていたんだ。だけど、今日は本当に嬉しかった。帰り道、ワイン一本分だけ重くなったはずの私のカバンはもっとずっと、ずしりと重く感じられた。だけど私には、その重みがとてもありがたいものに感じていた。ホントは私はお酒が飲めないんだけど。今日帰ったら、頂いたボジョレーで、夫と二人で乾杯しよう。久しぶりに飲む赤ワインは、ちょっと渋く感じるかもしれない。私にもまして素直じゃない夫のことだから、きっと美味しいなんて一言だって言わないで、「なんか渋いな」って言うだろう。そうしたら私も、真っ赤な顔でニコニコしながら「うん、そうだね」ってこたえるからね。だって今夜は、君と乾杯したい夜だから。
2004年11月25日
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仕事の打ち合わせに向うために早足で駅に向う私の前に鮮やかに色づいた落ち葉が、ヒラヒラと舞い降りてきた。そっと手を差し伸べると、落ち葉はそっと私の手のひらに乗った。そのきれいな茜色を見ていたら、脳裏にある光景が浮かんできた。これはもう5~6年前の秋のこと。子ども達はまだ、小学校の低学年だった。私がお風呂に入ろうと思ったら、湯船に落ち葉が浮いていた。いかにも娘が好きそうな、小さくてきれいな色と形をした葉っぱだった。そう言えば、どこかに秘密基地を作っているとかで、昼間私の目を盗んで、二人でガムテープを持って行ったっけ?きっと、角のお酒屋さんに頼んで、ダンボールを分けてもらったのだろう。私にもそんなことをして遊んだ遠い記憶がある大人の目を気にして、高い梢に秘密基地を作ったのは良かったけど、小さな弟が登れなくて、お猿のお姉ちゃんは泣いてる弟をおんぶして、するすると木を登ったとさ。浮いてる葉っぱを、そっと両手ですくってみると、小さな葉っぱは、私の手のひらでくるくるくると回った。その姿が、子ども達の遊んでいる風景と重なって見える。ダンボールだけでは、雨に当たったらひとたまりもないだろう。いらないビニールシートを、捨てるフリして出しておこうかな?昼間仕事している私の代わりに、子ども達のおもりをしてくれている秘密基地だ、そのくらいの出資は仕方がないか?翌日、案の定ビニールシートは忽然と消えて、夕方子ども達のドロドロの洋服が山になっていた・・・。私は、きれいな茜色の落ち葉を手帳の間に挟みこむと、また足早で駅に向った。茜色の葉っぱが、運んでくれた思い出のせいか、駅に向う私の足取りが、さっきより少し軽くなったような気がした。*****************************************<追記>今日は小春日和ですね。ということで、これから打ち合わせに行ってきます~。******************************************************<追記の追記>ただいまです~~。 う~~、でも仕事がまだぁ~~~ってことで、頑張ります!レス付け遅くなったらゴメンナサイです。
2004年11月24日
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ココで日記を書き始めてから、もうすぐ1ヶ月になります。なんか、あっという間でした。おかげさまで、更新するといつも見にきてくださる人や、コメントをつけてくださる方もいて、とても書くということに対しての、励みを感じる毎日を過ごせています。いままでも、他のHPやメルマガでエッセイやコラムを書き散らかしてきました。そこで、ココでその過去に書いたエッセイやコラムを掲載していこうかな?と思っています。(ちょっと仕事が忙しくなりそうなんで、日記の代わりでしょうか?)数えてみたら、メルマガに連載したコラムだけで、60篇以上ありました・・・。エッセイは・・・日記のようなエッセイのような?なのでまだ数えていません。たぶん、過去の日付に掲載することになると思います。もし、お暇な時間がありましたら。読んでいただけるでしょうか?できれば、コメントなどをいただけると幸いです。***************************************************<追記>えっと、過去に書いたコラムをアップすることにしました。(私って乗せられやすくて、結構ずうずうしい性格かも~~^^^)2004年7月1日の日記から、掲載順にアップをしはじめました。つたない作品ではありますが、お暇なときにでも読んでいただけると幸いです。
2004年11月23日
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我が家は、14階建てのマンションの1Fに住んでいる。1Fには、猫の額ほどではあるが庭がついている。実は、我が家の息子は高所恐怖症で(ここだけの話だけど)高いところがニガテである。また、ここを購入した当時は、共稼ぎで昼間子ども達だけで留守番をしていたので、火事などが起こった時に、庭にも逃げ道があるというところも気に入って、1Fにすることにした。この小さな庭は、布団を干したり、テラスでカーペットを洗うだけではなく、子ども達が食べた後の果物の種を投げたものが芽を出したり、花火をしたりとそれなりに重宝するのだが・・・。上の階からの落下物もやたらに多い。洗濯物やベランダ用のサンダル、子どものおもちゃ等など。隣のマンションでは、強風にあおられて、なんと物干し竿が落下して、庭に1mも刺さったというから、笑い事では済まされない。ある時などは、休日の朝にいきなりチャイムが鳴り、対応すると・・・「すいません、○階の者ですけど、子どもがベランダで飼っていた、ハムスターを投げてしまったらしくて」「・・・・。」ハムスター?!もしかしたら、うちの庭でハムスターがつぶれてるかもしれないの?・・・・マジぃ~~^^^で、恐る恐る見に行くと・・・、幸いにもハムスターはいなかったので、訪問者の方には丁重にお断りをしてお帰り願った。そう、落ちてくるのは「物」ばかりとは限らないのだ。本当は、うちのマンションでは、ベランダの柵(?)に布団を干してはけないことになっている。なぜなら、隣のマンションで、布団が落下して庭で遊んでいた子が怪我をしたからだ。それでも、一向に布団を干す人は減らない。布団を干せば、叩きたくなるのが人情である。(ちなみに、私は叩かずに、掃除機かけますけど)で、バンバンバンと布団を叩くと、当然出るのは埃・・・ということで、夕方にもなると、夕日に照らされた埃たちが、まるでスターダストのようにキラキラと舞ってくる(サイテー)布団の埃はまだいいほうで・・・・ペットを飼っている方は、ベランダの外でパンパンとはたく・・すると、その布についていたペットの毛が、家の庭に舞い落ちてくる・・・。そのせいか、家ではペットを飼っていないにも関わらず。庭のテラスに水を流して掃除すると、酷いときには野球のボールくらいの大きさの毛玉ができるほどだ。私には、花粉症と猫アレルギーがあるので。(猫は大好きで、つい触ってしまうんですが、そのあと蕁麻疹がでて大変なのだ)仕方がなく、ベランダの洗濯物を干す側だけに、細かいネットを張って対処している。しかし、そんなことで驚いてはいられなかった。先日日記でも書いたが、今年の夏の終わりのこと、なんと、生きたまま片方の羽をもがれたセミがぼたぼたと落ちてきた。それも、1~2匹ではない。2~3日続き、酷い日には10匹近く落ちてくることもあった。私は、洗濯物を干したり、庭に打ち水をしに行くたびに、ジージーと芝生の間で鳴きながらもがくセミを、近くにある大きめの木の幹に止まらせてやった。そして、半月ほど前には、小さなクワガタが落ちていたのだ。幸いクワガタは無事我が家の住人となり、今でも元気に過ごしている。クワガタの時は、落ちてくるときに庭に居合わせたわけではないが、都会のマンションの庭においてある、空の植木鉢の中に片方の羽がもがれてしまったクワガタがどこからか飛んでくるとは考えづらいこともあり、きっとセミと同じ犯人の仕業だろうと思う。他にも、ベランダのガーデンニングの手入れの際に、間引いたと思われる、ツルランのような葉や、小さな根と土がついた観葉植物も落ちている。不精な私は、ガーデニングなんという器用な事はできないので、我が家の庭には、その手の植物は生えていない。隣接するお宅にも、同じ植物はないことから、上から落とされたのだろうと推測できる。そして、また今日。庭にスニーカーが片方落ちていた。子供用ではあったが、私が庭に出ているときだったらと思うと、背筋が寒くなった。すると、少ししてから管理人さんが尋ねて見えた。どうやら、そのスニーカーを落とした人から、もらってきてくれないかと依頼を請けたらしい。しかし、故意であるか否かは別として、なぜ自分が落としたものを、他人に取りいかせるのか?私にはどうしても解せない。しかも、このように管理人さんが取りに見えるのは、今回一回のことではない。逆に言えば、本人が謝りに来たり、取りにくるケースの方がはるかに少ないのだ。私は、スニーカーを管理人さんに渡しながら、庭に落ちてくるさまざまな物のことについて話をさせてもらった。かなり前にも、一回話をしたことがあった。管理人さんも、張り紙をして注意を促してくれたりしているので、余り、苦情のようなものを持ち込みたくはなかったのだが、ここのところ、目に余るようになってきたので、セミのことや、根っこ付の植物のことなどを話させてもらった。管理人さんは、かなり驚いて「もっと遠慮せずに話してくれて良いんですよ」と仰ってくれたが、やはり私は、「これくらいのことで」と思ってしまう。しかし、話を聞けば、家だけではなく1Fのどこの家でも、同じようなことで悩んでいるのだという。上の階の方にしたら、ベランダの外は、「外」なのだ。でも、1階に住む私たちにすれば、その先数mまでは庭なのだ。どうも、このテリトリーの感覚の差が、なかなか理解をしてもらえないのだと思う。細かい話だが、庭は占有所有ということになるので、管理費は面積に応じて上乗せになる。管理費は、階上の方が利用するエレベーターの電気代や補修費用まで負担が入っているが、私は年に1回エレベーターを利用するかしないかだ。当然のことながら、上と比べたら日当たりも良くない。1Fは気に入ってはいるのだが、なんとなく腑に落ちないところも否めないのは、私だけだろうか?
2004年11月22日
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昨日取材してきた科学館には、もう10年位前に、幼稚園に上がる前の子ども持ったお母さん達といっしょに運営していた育児サークルで、遠足と称して遠出をしたときに行ったことがある場所だった。当時娘は4歳、息子2歳だった。科学館という名前から、「難しくて無理かな?」と思っていたが、行った事のあるお母さんが、「すごく面白いから行こうよ!目からうろこが落ちるから!」といわれて門をくぐった。宇宙がテーマの科学館なのだが、宇宙に関連する、電波や重力という、普段目には見えないと思っているものをあっさりと、わかりやすい形で見せてくれる展示方法で小さな子ども達は、意味がわからないなりにも、喜んで大騒ぎだった。別料金になってしまうが、プラネタリウムもあった。特に印象的だったのは、恐竜の人形(剥製のようにリアルなもの)があり、実際に触れたり乗ったりすることができた。そう、ココはこどものための科学館ということをきちんと意識して展示がされていたのだ。ここでは、隕石や南極の石など、普通ならガラスケースのなかに収まって展示してありそうなものまでもが、子どもが安全に触って、重さやにおいや質感を自分の手や目で確認できるように展示がしてあった。恐竜の人形も、そのコンセプトにきちんと沿っての展示だったので、子ども達は自由に、恐竜の人形に触り、乗ってみることで大きさなどを体感していた。さすがに10年も経ってしまうと、展示物が変わってしまい、もう恐竜にあうことはできなかった。しかし、前回は「これはちょっと難しいよね」と飛ばしてしまった、宇宙や電波に関しての展示物も、今回はくまなく見学してきた。一般常識として、月は地球の衛星で、地球の遥か上空にあるということは知っている。平面図で、地球や月や太陽などの大きさ比べを目にして、「へえ~こんなに大きさが違うのか」と思った方もいると思う。実は私は昔、天文学者になりたいと思うほどの天文少女で、お小遣いをためて自分で購入した天体望遠鏡を毎晩覗いては、宇宙に想いを馳せていた。つまり、宇宙のことに関しては、他のお母さん達よりはちょっと詳しいと自負があった。しかし、今回科学館に行って。私の頭の中にあったのは、机上の理論だけだったのだ、ということが実感された。その一番の展示物が、地球と月の比較だった。壁展示された地球の模型をみていると、スタッフの方が声を掛けてきた「これが地球の実際の大きさだとしますよね?すると、月はあれなんですよ」と指差す先を見ると・・・。建物の対角線上の角の方に、月の模型が吊り下げてあった。「え?あんなに遠くて、小さいんですか・・・。」そう、地球の大きさが、直径60cmくらいだとしたら、月までの距離は20mちょっとになり、月は、バレーボールより少し小さいくらいの大きさしかなった。その瞬間、私は、自分が壮大な宇宙の真ん中にポツンと投げ出され、右手に青い地球。左手に灰色に輝く月を見ているような気になった。私は、一番初めに見たその展示物のおかげで、科学という壮大でロマンチックな魔法のとりこになってしまった。どんな現象でも、出来るだけ子ども理解しやすいよう見せ、実際に触ったり体感したりさせることで納得させる。まずは、「子ども達に、これってなんで?とか。面白いと思ってもらうことなんです」と、説明してくださったスタッフの方は笑顔で仰った。知識のどこかで、わかったように思っていたこと。でも、それをマジックの種明かしでもするように、するするとキレイに解いて見せられることで、大人でも、思わずうなってしまうほど、感心し納得してしまう。体感するとはこういうことを言うのだろう。そして、心の底から納得できたときの快感!これが、学習意欲という言葉に自然と繋がっていくキーワードなのかもしれない。一つ一つの展示物の周りで遊ぶ子ども達の顔は、ただ遊園地で遊んで楽しい、という楽しさだけではなく。なにかに熱心に取り組む時の面白さや、興味を持って物を見るときの瞳の輝きがあった。「説明を聞いている、親御さんの方が熱心になって。興味をもたれる場合が多いんですよ」とスタッフの方は言葉を重ねた。私に限らず、そう感じる人は多いだろうと思う。それは、大人になって理解力が増したから良くわかるということではないだろう。もし、同じ内容のことを、学校の授業として行われたとしたら。大人になって、もう一度同じ授業を聞いたからといって、果たしてこれだけの理解ができるかどうか?それは疑問だ。しかしココの展示は、「理解をするということはどういう事なのか?」という部分に対して細かい配慮がされ、それをよりわかりやすく見せるための工夫がされているので、きちんと理解することができるからだろうと感じた。百聞は一見にしかずとは、まさにこのことだろう。これだけすぐれた教育方法のノウハウを、もっと学校教育にも活かしてもらうことができたら、子ども達の学力低下という問題も、簡単に解消されるのではないだろうか?そんふうに思えてしまう施設だった。
2004年11月21日
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今日は、朝から弟夫婦と姪っ子と娘を連れて、育児系のガイドブックの取材に行ってきました。昨年の取材の時には、うちの子でもギリギリモデルに出来たんですが、もうさすがに大きすぎて・・・ということで、小学校1年生の姪っ子をモデルに借りての取材でした。某市の施設の、子ども向けの科学館だったんですけど。とてもいい施設でした。宇宙のことや、電波や光などのことが子どもが関心を持ちやすいような形で、展示してあり、しかも、殆どのものが実際に触って体感できるようにしてあるんです。隕石なども、普通はガラスケースの中にあるのに、触って、しかも持つこともできて重さや質感などが実感出来るところは、他には無い特色だと思いました。見たり触ったりするだけではなく、宇宙飛行士の方の訓練にも使われるという運動器具なども体験することができ。全身を使って、しかも子ども自身が考えながら体験できることで、自然と子どもの関心や興味を引き出すつくりになっていることは、とても工夫されていると思いました。言葉で説明をしたら、ものすごく難しいことでも、見せ方を工夫しただけで、これほどまでに実感して納得することが出来るのだと親が実感することも、とても意味があることではないかと思いました。しかも、施設のあちらこちらにはたくさんのスタッフの方々いて、子どもの遊びをさえぎることなくしかも、子どものちょっとした目の動きや表情を読み取って、自然な流れの中で説明や補足をして下さる様子は、親としても、とても良いお手本を見せてもらったように思いました。子どもだけではなく、親もいっしょになって丸々一日、楽しく遊びながら、科学を身近に感じたり考えたりすることができる場所でした!姪っ子も、かなり気に入ったらしく朝10時に入館してから、夕方までとても元気に、活き活きと遊んでいました。実は今日、義妹が途中で具合が悪くなってしまいました。体調があまり良くなかったところを、無理してくれたらしいんです。そこで、弟夫婦には先に家に帰ってもらうことにしました。義妹は、さすがにパパもママもいない状態では・・と不安そうでしたが、姪っ子は娘にとてもなついていたことと、彼女がもう少し遊びたいと思っている気持も大切にしてあげたかったので、娘と二人で預かることにしました。小学1年生の姪っ子にしたら、パパもママもいない状態で長時間の外出は学校以外では初体験でした。でも、とても楽しい施設と、娘のおかげで寂しいと泣くこともなく。帰りも、長時間電車での帰路でしたが。疲れて眠いのにも関わらず、頑張って最後までぐずることもありませんでした。私も、久々に小さな子のお母さんになって姪っ子といっしょに、ジャングルジムのような迷路を駆け上ったり、ゲームをしたりして、ちょっと若返った気分でした。でも・・・、明日体が動かなかったらどうしよう?とちょっと不安です。さて、科学館の方は、あまりにいいところがたくさんあってさて、どれをピックアップして記事にすればいいのか?かなり悩んでしまいそうですが、それくらいの方がいい記事がかけるので、頑張りたいと思います。まだ、私の担当する施設がもう一箇所残っています。また姪っ子と楽しく取材をしたいと思っています。
2004年11月20日
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我が家の居間には、もう10年以上使ってきた壁掛け時計がある。近頃は、さまざまな家電製品に時計がついていることが多く。特にビデオのデジタル時計は、自分で勝手に正しい時刻に修正をしてくれるという賢さだ。ところが、長年ご愛用の壁掛け時計は、まっすぐかかっていないと遅れ・・・電池のご機嫌によっても、早くなったり遅くなったり・・・。しかも、我が家には「あまのじゃく」と呼ばれる母がいて(私?)一番目立つところにあるその壁掛け時計を、家族に内緒で5分進めておいたりする。しかし、一日もしないうちに、「あの時計は5分進んでいる」という認識が、家族の間に定着して・・・。時計の長針が指す時刻にだまされるのは、張本人の母だけになってしまうのだ。そんなこんなで、最近居間の壁掛け時計はすっかり信用をなくしていた。それでも、どの時計よりもはっきりと大きく時を示してくれるので、日常の中で大まかな時間を把握するには問題はなく、そのままかけたままにしてあった。だが、時計というのは、人間様の都合などはお構いなしに、ただ淡々と時を示し続けるので、時には、「へ?こんな時間だったのぉ」なんて驚かされることにしばしばある。こちらの気持が、急いていれば急いているほど、時計は無情に進み続ける。そんなことの繰り返しの中で、いつしか私は、自分が時や時計に縛られていると感じることも多くなった。「ああ、時間を気にしない生活がしたい。」とか「時計のないところへ行きたい」とか、漠然と頭の隅で思いながら、日々を過ごしていたのかもしれない。そんな私のわがままを、時計はどこかで聞いていたのだろうか?ある日時計は、長針を動かすことをやめてしまった。それでも私は気づくこともなく。横目でチラッと時計を見て「あ、もうこんな時間だ」などと言っては、家事をやったり、夕飯の買い物に出かけたりしていた。夕方になり、家族が居間に集まる時刻になってから、夫が、時計の長針が動きいていないことに気がついた。なんとか直そうと試みたが、長針はぶらぶらと垂れ下がるばかりで、もう直すことは出来なかった。そして、長針が時を指さなくなってしまった壁掛け時計は、はずしてしまうことになった。しかし、時計をはずしてしまったことが、頭ではわかっているのに、ついつい、元時計があった場所を見て時刻を確認しようとしてしまう。今日も朝から何回となく、チラッと見ては・・・時計の形にぽっかりと、スペースの空いた壁をみて、「あ、そうだった。」とつぶやいた。時間と時計に縛られて暮らしているのだとばかり、思い込んでいたけれど、ホントは、時計に頼って暮らしを進めていたのかもしれない。10年近く、家族と一緒に時を刻み、引越しをしてきた壁掛け時計は、私の心の奥にあった、わがままで小さな願いを、そっとかなえようとしてくれたのかもしれない。*******************************************<追記>明日は朝から、一年ぶりの取材に出かけます。弟夫婦と姪っ子を連れて、あと娘を子守に同行しての取材です。なんか取材久しぶりなんで、結構嬉しいかも!取材用の準備完了!う~~、なんかドキドキしてきた。
2004年11月19日
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「4枚の男」シリーズ(?)好評なので(と勝手に思っている)、こうなったら最後まできちっとご報告しようと思います。お付き合いください。さて、一夜明けて・・・朝、窓の外を見てみると。昨日とはうって変わって、低い雲がしかめっ面をしてこっちを見ている。しかも天気予報では、お昼頃から雨が降るという。慌てて日光の天気を調べてみると、最高気温は7度で、前日比マイナス4度。(内心、あちゃ~と思う私)だがとりあえず、現地で雨が降るのは夕方以降らしく、どうにが雨だけは逃れたようだ。しかし、いきなり4度も気温が下がったら、かなり寒いだろうと思われ・・・。ちゃんとトレーナー着たかな?できれば、息子に内緒でリュックの底に入れておいた、長袖のTシャツも着てくれていると良いんだけど・・・。息子が帰ってくるのは夕方の5時過ぎになる。雨が降るという予報を受けて、夫が午後早退して、車で迎えに行ってくれることになった。はてさて、どんな顔をして帰ってくるでしょうか?夕方になり、息子が我が家の最寄駅に着く時間が近づいたので、夫が家を出ようとすると・・・。雨が降るといってたけど、なにもこんなに降らなくてもといいたくなるほどの土砂降りだった。これでは、駅前に車を停められないかもしれないので、急遽私も行くことに。時間通りに改札口に現れた小学生達の中に息子の姿があった。整列して添乗員さんや、同行してくれた校長先生や養護の先生に全員でお礼を言ってから解散になった。私の姿を見つけて、なんとなくだるそうに歩いてくる息子は、昨日送り出したときよりも、少しだけ大きくなったようにみえた。いかにも疲れたいう感じで息子が下ろしたリュックサックも、昨日渡したときよりも、ずっと重くなっているような気がした。息子は、とりあえず酷い風邪を引くことなく帰ってきた。やっぱり向こうは寒かったらしく、ちゃっかり長袖のTシャツも着ていた。息子は帰宅するなり、リュックから買ってきたお土産を取り出して見せる。修学旅行で男子が買う定番の木刀は買ってこなかったらしい。理由を聞くと・・・。今回木刀を購入したのは、殆どが女子だったらしい。それを見た男子一同は・・・、なにやら背筋に寒いものを感じて怖くて、木刀を買う気にはならなかったのだそうだ。なんだそりゃ?とも思ったが、まあ、賢い選択だともいえるかな?その代わりに、息子が買ってきたのは横笛。「なんで、横笛?」と聞いたら。「吹いたら楽しそうだと思ったから!」息子はそういうなり、横笛をピーヒャラ吹きながら、まるで蛇使いが蛇を操るようにして、器用に買ってきたお土産を袋からだしていく。その他に買ってきたものは、おじいちゃんへ「絵葉書」と「五重の塔」の小さな置物。家族のみんなへ、「日光」と大きく書かれたチーズケーキとバタークッキー。(どっちも食べたくて、一つに絞れなかったらしい)お姉ちゃんへ、東照宮の形をして「日光」と書いてあるキーホルダー。そして、自分用にまるで水戸黄門に出てきそうな印籠(小物入れ?)まがたま型のキーホルダー(友達と一緒に持つことにしたらしい)と、木刀の代わりなんだという、キレイな飾りのついた剣の形のキーホルダー。そして・・・。なにやらキレイな青い玉にチェーンがついているもの(これもキーホルダー?)「なにこれ?」と私がその青い玉を指差すと・・「あ、ねえ。これちょっと覗いてみて!」と目の前に差し出された。言われるままに覗き込むと、玉の中に何か文字が書いてある「んー、強運?」「そう!すごいでしょ!運が良くなりそうだと思わない?」「・・・・・。」自分がこのお土産を選ぶのにいかに苦労したのかを機嫌よくハイテンションで話しているところをみると、かなり楽しい旅だったようだ。そしてかなり疲れたのでしょう。早々にお風呂に入って、大好物をたらふく食べて、大好きなおねえちゃんとも軽くじゃれてケンカして・・・。あれ、静かだな?と思ったら、布団の中で夢の国を散歩しに行ってしまいました。ということで、みなさんお疲れさまでした。***************************************************私も今日ははやくねよ~っと。なんか・・・・やっぱり疲れた=3おやすみなさい
2004年11月18日
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今朝、息子は無事に修学旅行に出かけて行った・・・・はずだった。が!・・・・息子に散々、忘れ物はないか確認するように言ったのに・・・。「ちゃんと見たから大丈夫!!」と息子は、「うるさい」と言わんばかりだったのに・・・。最後に私が渡したお弁当を、現地行動用のナップザックにしまうときに、使い捨てカメラを、一回出したらしくて・・・見事に、それを忘れて行きました。帰って来てから、撮った写真を使ってレポートを作らなきゃいけないのにどうするんだろ?はぁ・・・・。使い捨てカメラは・・・・息子にとっては5枚目(管轄外)ということだったんだろうか?なんか、送り出してから、いきなり忘れ物を見つけてしまったせいか<でも届けて間に合う時間じゃなかったし。急に、気が抜けてしまった感じだった。それでも気をとりなおし、いつものように仕事に取り掛かると、いつものような時間が流れ出した。そして、日が暮れて、外が暗くなってきた頃、娘が帰宅。そこでつい「あ、息子のやつまだ帰ってこないでもぉ~」と私。「なに言ってるの?今日は修学旅行じゃない。」・・・そうでした。習慣とは恐ろしいもので、なんとなくもう一回ドアが開くのをどこかで待っているような気がする。そうこうしているうちに夫が帰宅して、3人で夕飯を食べに出かけることにになった。娘が修学旅行に行った時にも、息子と夫と3人で外食した。家では、子供のうちどちらかが自然教室などで家にいないときには、残っている方の子が食べたいものを食べに行くということになっている。なぜそんなことになるのかというと・・・。息子には「4枚の男」ならではの、食べ物に対してのこだわりあることが原因だった。息子は小さいときから、妙に食べ物の趣味が渋い。例えば、ケーキより水ようかん。ステーキよりマグロ。イチゴより、スイカ。きゅうりはサラダより、おしんこで。おやつは、ポテトチップより納豆ご飯<お腹が空くから。肉じゃがより、さといもの煮転がし。などなど・・・ところが、娘はケーキ大好き、ステーキ大好き!なので、いつも意見が食い違うしかし、無理(息子)が通ると、道理(娘)が引っ込むので・・・。結局、息子の食べたいものを食べに行くことになってしまうのだ。そこで今日は、娘が食べたいものを食べに行くことになった。しかし、私の3倍は食べる大食漢の息子がいないせいか?やけにあっさりといつもよりもずっと短時間で外食TIME終了・・・。あれ?まだこんな時間・・・でも、特によるところもないので、そのまま帰宅する。(なんか物足りない気が・・・)家に帰って、いつものようにテレビを見るが、家の中はやたら静かである。ふと、誰かと目が合うと「今頃なにしてるかな」という話題になる。たった一人欠けただけなのに、なんと我が家の広いことよ。たった一晩いないだけなのに、やけに我が家の静かなことよ。きっと今、この屋根のしたにいる誰もが、きっとそう感じているだろう。明日の夜には、またあの逃げ出したくなるような、喧騒の塊が帰ってくると思うと。この時間を大切にしたほうが良いようにも思えてくるし、「帰ってきたら、また全力で相手をしてやるから、早く家に帰ってこい!」とも思う。家族ってなんだろう・・・・。親子ってなんだろう・・・・。キーボードを叩く音が、妙に大きく響いて聞こえる部屋の中で、私は、明日が来るのを待っている。
2004年11月17日
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我が家の息子は小さいときから色が白く、髪の毛もやわらかくて茶色かった。そのせいか、小学校へ上がってからも、どんなに男の子っぽい格好をさせていても、「お嬢ちゃん?」と聞かれることが良くあった。ところが見た目と中身は大違いで、息子は男気の溢れる男の中の男を目指して驀進中だったのだ。これは、息子が3歳くらいの時、駅前のスーパーに買い物に行ったときの事。当時我が家が暮らしていたところは、JRの乗り継ぎ駅から程近いところだった。その駅に乗り入れているローカル線の沿線には、私立の高校などがとても多く、夕方の駅前は制服の波が出来ていた。ところが、当時の息子は(今でも?)いわゆるコギャルが大嫌いだったのだ。色白でよく女の子に間違えられ、しかもかすかに茶髪がかっている息子の事を見たコギャルたちは、駆け寄って来ては「キャ~~カワユイヾ(≧▽≦)ノ」とはやし立てる。すると、男気満々の3歳児は、猛然とコギャルに食って掛かる。「オレの前を横切るなァ!」しかし、目の前でいきなりジタバタと息子が騒ぐ様子をみたコギャルたちは、「キャ~~。怒ってるゥ~~^^^。かわいいぃ=3」と、キャアキャアいいながら、通り過ぎて行こうとする。すると・・・。男気満々3歳児は、コギャルの後を追いかけて。目の前に立ちはだかって、仁王立ちになり「オレに向って、かわいいというなぁ~!蹴ってやる!」(どう見ても届くはずのない短い足を、ピョコピョコと上げて蹴るまねをする)しかし、3頭身のちび助がいきがっている様子は、どう控えめに見ても、滑稽の枠から出ることはない。「キャハハ、蹴ってる、蹴ってる~~・・・・。」とコギャルは大笑いしながらそのまま歩いて行ってしまう。「ハイハイ、そこまでそこまで。買い物行くよ!」「・・・・・ハイ。」こんなことが毎日のように起こっていた。そんなある日のこと。普段は床屋嫌いな息子がいきなり髪の毛を切ると言い出した。自分が女の子に見られるのは、髪型が原因なのだと思ったのだろう。なんせ、しばらく髪を切っていなかったので、ジャニーズ系も真っ青なほどすっかり伸びてしまっていたのだ。しかし、床屋に行くのは絶対嫌なので、ママが切ってくれといってきた。(床屋のニオイが嫌い。おばちゃんが、坊やと呼ぶのが嫌い。最後にシッカロールをはたかれるのが嫌い・・・etc.)「え~~~、ママが切るのぉ~~」しかし自分の息子とはいえ、天下の跡取り。おじいちゃんのお気に入りである。下手に虎刈りなんかにしちゃったら・・・。と尻込みをする母などお構いなく、なにやらせっせと自分が髪を切ってもらうための用意を始める男気満々3歳児。「わかった、じゃあどんな髪型にするの?」「えっとね。○○レンジャーのXXみたいな髪型!」「・・・・。申し訳ないけど、出来ません。」「仕方ないな~。じゃあ、○○<アニメの主人公>みたいな髪型」「・・・・・。(汗)」今まで美容院で、いかに自分が「わがままで人迷惑な」オーダーの仕方をしてきたのか。。。思い知らされるような、息子の注文。それでもいろいろ話しているうちに、どうやらスポーツ刈りがしたいらしいということがわかって来た。「じゃあ切るよ」と鋏を慎重に入れて行く私。なんせ素人仕事。バリカンでもあれば簡単だったのかもしれないのだけど、当時は鋏しかなかった我が家で、おとなしくしているはずもない息子のことを抑えながら、「あ。こっちがちょっと短いかな~。」「あ。今度はちょっと切りすぎたから、こっちを切って調整して・・・」丁度季節は今頃で、寒さに向おうとしていた頃だった。いくら息子の希望がスポーツ刈りでも、短すぎたら寒いだろうから・・・と、かなり長めに切ったつもりだったのだが。あっちこっちと調整のために切っていたら。見事な丸坊主が出来上がってしまった(大汗)いや、正確には坊主というほどではなかったんだけど、なんせかなりやわらかくて薄っ茶色の髪質なんで、頭皮が透けているように見えて、結果的には坊主に見えたのだ。それでも、鏡を覗き込んだ息子は上機嫌♪「これでオレも、本物の男になったぜぇ~!」などと大声で叫びながら、おじいちゃんに見せに行った。しかし、翌日・・・。急に髪を刈った息子は風邪を引いて熱を出してしまったのだ。そうなると、世間は(おじいちゃんは?)母に甘くなかった。「これから寒さに向うというのに!こんな丸坊主にしてしまって!一体どういうつもりなんだ!」(その他喧々諤々・・・)私は家族一同から、非難の嵐を受けてしまったのだった・・・。そんなことがあってから、そろそろ10年近く経とうとしている。男気満々の3歳児は、無事12歳の「4枚の男」(参照:11/15日記)に成長し、今日学校から帰宅したら、明日の修学旅行に備えて、床屋で髪を切ってもらいに行くという。まあ、あの頃から思えば、随分と大きくなったし、なにより自分で行くというのだから仕方ないと思うのだが。秋になって、落ち葉がカサカサ音を立てる季節になると・・。あの日鏡の前で、刈りあがったばかりの自分の頭を、満足げに撫で上げて、ニタニタと笑う息子の顔と、烈火のごとく怒っている、おじいちゃんの顔を思い出す。****************************************<追記>息子は、遊びから帰宅するなり、イソイソといつもの床屋さんに、髪を切りに行きました。しばらくしてから、すっかり、スッキリ、見事に一回り頭が小さくなった息子は、かの日のように、満足そうな笑みを浮かべて、自分の頭をゾリゾリと撫で上げていました。明日は、7時半にはお弁当を持って出かけるそうです。
2004年11月16日
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17-18日に1泊で息子が修学旅行に出かける。小学校の修学旅行の行き先は日光だ。晩秋の日光は、平地の我が家からみたら随分と寒いのだろうと思う。しかし、我が家の息子は11月に入っても、相変わらず平気で半袖、半ズボンで登校している。この前授業参観で学校に行ったら、クラスの殆どの子は長袖のTシャツにトレーナまで着ているというのに・・・。しかし、息子は汗っかきで、遊びながら下校してくるためなのか、半袖を着ているにも関わらず、毎日汗をびっしょりとかいてくる。私が修学旅行の準備をしようと、大きなリュックに長袖のTシャツだとかトレーナーとか、長ズボンだとかを詰め込んでいたら、息子は怪訝そうな顔をして「え~、それを着ていくの?暑くて死ぬよ!」と言い出した。テレビでは、日光ではもうこんなに木々が色づいて・・・と毎日のように伝えられているのにも関わらず、やっぱり寒いという実感が無いのだろう、こんなに着れるか!と文句をたれるのだ。慌てて私は、ネットで日光の天気を検索してみせる。「家の辺りは最高気温が16度くらいあるのに、日光市では8度だって、ほらやっぱり寒いでしょ?」息子にそういって画面を見せるが、息子は「8度なんて、そんなに寒くないよ」と、やはり長袖は着て行きたくない様子である。息子は、私に勝るとも劣らないと思われるほど、頑固者だ。自分でこうと決めたら、てこでも動かないとはこのことを言うのだろうと、あきれてしまうことがある。そんな息子が、小さい頃から行っている塾でつけられて来たあだ名がある。それは「4枚の男」だその塾では、プリントをやって勉強を進めていく方式を取っている。普通なら指導の先生が、子どものやる気や理解力などをみて、その日、やるプリントの枚数を決めるのだが・・・。息子の場合は少し違うらしい。先生曰く、「どんなに簡単なところで、スイスイできてしまうプリントでも、どんなに調子よく問題が解けていても、一日4枚って決めているらしいんですよ。でもね、どんなに難しくて一枚にものすごく時間がかかっても、一日4枚はきっちりとやってから帰るんですよ」こういう場合は、褒めるべきなのか?それともなにかもっと注意をするべきなんだろうか?親としてはちょっと微妙である。息子の「4枚の男」ぶりは、何も塾でばかり発揮されているわけではない。カートの練習の時もそうなのだ。朝、練習を始める前に、タイムだったり、乗り方だったり、回数だったりなにか目標(いわゆる"4枚”)を決めるらしいそして、それがクリアできた段階で、息子はスパッと練習を切り上げてしまう。その点娘は、目標がクリアできても、「あともうちょっと。もう一回」と時間いっぱいまで練習をする。一見すると娘の方がきちんとできているように見えるのだが、モータースポーツは体力勝負なんで、疲れて集中力が低下してくると、かえって変な癖やイメージがついてしまったりして、効率の良い練習が出来るとはいえない。そう、息子はなにに対しても、自分なりの基準をちゃんと持っていて、それも基づかないとテコでも動かない奴なのだ。さて、話は修学旅行の準備に戻るが、どうやって息子に寒さを実感させるか。それが今回の焦点になってきた。確かに、大人でも「明日は○度気温が下がります」とか、「明日の最高気温は○度になります」といわれても、どのくらいの気候なのか、ピンとこないことがある。過去の経験から、なんとなくこれくらいかな?と洋服を調整しても、結果的に、暑かったり寒かったりして、出先で後悔することがある。う~~ん。どうしよう・・・・。仕方が無いので、一応息子の希望する洋服に、母のたっての願いのトレーナーを入れさせてもらってどうにか交渉が成立した。送り出す親としては、ただひたすら、旅行中は、極端に暑かったり寒かったりしませんように・・・どうか酷い風邪だけは引いて帰ってきませんようにと願うだけだ。
2004年11月15日
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ここの日記を始めてから、殆ど毎日のように日記やエッセイを書いている。書き始めてから、自分でも驚くほどに、「私はこんなにも書きたいことがあったのか」と思うほど、書きたい事が沸いてくる。だけど、なぜそんなに書きたいと思うのか?それはたぶん・・・、私の中に不安やとまどいがあるからだと思います。コラムなどで、えらそうなことばかりを書いていますが、果たしてそれがどれだけ真実を捉えているのか、読んだ人にどれだけ伝わっているのか、そしてどれだけ共感してもらえているのか・・・それが見えなくなっているのです。それはメルマガという、いわば一方通行な方法で書いているからかもしれません。ココで毎日のように、日記やコラムを書いていると、それを読みに来てくださる方がたくさんいます。日記を更新するたびに、見に来てくださる方もいらっしゃいます。でも、コメントを下さる方は本当にごく一部の方に過ぎません。通りすがりだとしても、見に来てくださる方がいることはとても幸せなことなのだと思うのですが、その方たちが私の日記を読んだその視線の先に何が見えているのだろうか?と不安でたまらないのです。一部の方でも、コメントを下さる方々がいてくれてその方々が、いろいろな想いを形にして現してくれて私がまた、それを読むことで、私の不安は少しづつ溶けて行きます。それだけでも、幸せだと思わなければいけないのだとわかっていてもいつまでも不安は拭い去れないのです。なぜ不安なんだろう?そして、なんて私はわがままなんだろう?そんな想いが、ぐるぐると頭のなかを駆け巡っています。たぶんそれは・・・私が一番欲している言葉を持っている人が、言葉をかけてくれないからだろうと思います。目の前にいて、たわいない話は、毎日いろいろしているけれど意地っ張りで照れ屋で意気地なし私は、肝心なところで勇気がなくて、いつも、いつも、心の中に何かをしまいこんだまま「でも、楽しいのだからいいじゃない」と、自分に言い訳をしているのです。そしてきっと、ずっともらうことは無いだろうと思う言葉の代わりを探して、みんなからもらう言葉を一生懸命かき集めているのかもしれません。「一生懸命頑張っている」からとか、「昨日より上手く出来たから」とかなにかそういうことをクリアしなくても、だめなままのそのままの私のことを、無条件で欲してくれて、無条件でしっかり抱きとめて欲しいとそう思っているのかもしれません。でもきっとそれは、私の内にある、わがままな想い誰でもきっと、そんな想いと戦いながらだけど、なんでもないように普通に平気な顔をしてきちんと暮らしているんだと思います。こんなことを不安だとか言ってる私には、私以外の全ての人が、私よりもずっと頑張って生きていて、そしてずっとまともに、きちんと暮らしているんだとそう思えてきてならないのです。こんなにちっぽけな私だけど、こんなちっぽけな私が書いている日記だけど、いつもコメントを下さる方々、本当にありがとうございます。あなた達が私に届けてくれる言葉の一つ一つに、私はとても励まされ、私は元気をたくさんもらいそして私は、明日もまた書き続けていきたいとそう思うことができるのです。本当にいつもありがとう。※11/13に行われたコンサートのレポートはこちらから⇒子どもの音楽の祭典 レポート(2004.11.14)
2004年11月14日
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「子はかすがい」と世間では良く言うけど、私はあまり「子はかすがい」だとは思ってない。確かに、子どもが居ることで、その場が和んだり、親として、夫婦で力をあわせていかなきゃと思えたり、家族としての幸せを感じることが出来たりする。でも、子どもが居ることで、夫婦の意見が食い違ったり、派閥争いのようになって、取り合いをしてしまったり事がかえってややこしくなったり・・・・という部分も否めないと思う。そういう意味では、子どもがいるという事は諸刃の刃的な部分はあると思う。例えば、「結婚しているから幸せ」とか「子どもが居るから幸せ」とかって単純に言い切れないように、子どもが居るから夫婦が仲良く円満に暮らせるというものではないと思うのだ。結婚していようが、子どもが居ようが要は、その人が置かれた環境で、いかに楽しく暮らすようにしているか?そこなんじゃないかと思う。子どもと同じように、孫だってそうなのかもしれない。孫が生まれたことで、喧嘩別れしてまっていた親と和解することが出来たとか親やお姑さんの態度が変わって、暮らしやすくなったという話も聞くことがあるが、孫の取り合いをしてしまう場合もあるし、孫の教育方針が食い違うことで、いさかいが起きてしまうこともあると思う。我が家の場合がそうだった。娘が産まれたときには、そうでもなかったんだけど、息子が産まれた途端に、お舅さんの態度が変わってしまった。息子=待望の跡取りなのだ。しかも、夫は一人っ子なので、夫の両親は男のしか育てた事はない。つまり、息子の方が自分達の経験上扱いやすかったということもあるだろう。しかし、その変貌ぶりには驚いた。息子が産まれたとき、娘は2歳になったばかりだった。それでも、女の子はおませなので、もうすっかり小さなお母さん気分。息子の世話はなんでもやりたがる。しかし、おじいちゃんにしたら待望の跡取りに傷でもつけられたら大変と息子を抱えて離さず、まとわりついてくる娘に辛く当たりだした。それでも、一言もおじいちゃんのことも弟のことも「嫌い」と言わない娘に、私はとてもやるせない思いを感じていた。少し子ども達が大きくなるとおじいちゃんの息子びいきは酷くなる一方。一緒に3人でかくれんぼをしていても娘が隠れている間に、息子とおじいちゃんは抜け出して買い物に行ったりお散歩に行ったりしてしまう・・。なんと子どもじみたことをする人なんだろうと言葉を失ってしまうようなことが何度もあった。実を言うと、夫の実家を私が出ることになったのも、このおじいちゃんの行動が、最終的な引き金になった。そうして別居をしてからもう数年が経つ。人というのは、忘れるというとても便利な機能を持っている。別居したときには、二度と顔も見たくないと思ったけれど、少しづつ状況も変わり、年を重ねるにつれて丸くなって、少し小さくなったお舅さんを見るとああ、私も、忘れた振りをしなくてはいけない年になったかな?と思うようになってきた。ここ数年、ずっとカート三昧の日々が続いたので、遠い辺鄙な場所にあるカート場に来てもらってレースを見てもらうことが出来なかったが昨年から娘が吹奏楽部に入ってから、少し事情が変わってきた。娘が上がるステージは、比較的交通の便がよいところが多い。つまり、おじいちゃんにもみてもらうことが出来るのだ。そして今年の夏。駅前に新しくオープンしたかなり大きなホールで娘の中学も演奏をすることになった。私は、夫に言っておじいちゃんを呼んでもらうことにした。当日私は、親戚の法事が入ってしまい一緒に聴くことは出来なかったのだが、お舅さんと夫と息子の親子3代で仲良く娘の演奏を聴く機会がもてたので、それはそれでよかったかな?という感じだった。おじいちゃんは、結構気に入ったらしく、後で聞いたら、娘の演奏だけではなく、最後まで他の中学や高校の演奏を聴いて帰ったらしい。そして今日、娘がまたそのホールのステージに上がる。今回は、中学校単位ではなく、市内の吹奏楽部からの選抜メンバーとしてあがることになったのだ。市の記念行事の一つとして行われるコンサートということで、チケットの割り当ては2枚のみ。前回のこともあったので、私は夫におじいちゃんと二人で聴きに行ってもらうように頼んだ。夫も、「そうだな、そうするか。」と同意してくれた。そして私がおじいちゃんに電話をすることになった。「もしもし、あのまた同じところでコンサートがあって、チケット2枚もらったんですけど。でも、息子は遊びにいくって言うんで、私が家を空けられないので、お義父さん代わりに行ってもらえますか?」と私が頼むとおじいちゃんは喜んで行かせてもらうからと返事をくれた。そして・・・最後に「ありがとう」と言ってくれた。「子はかすがい」だと人は言う、だけど私は「孫はかすがい」だと思う。******************<追記>なんか、チケットもう1枚もらえました!(娘が持っていたのを渡すの忘れてたらしい。ヾ(- -;)ということで、私もコンサートに行かれることになりました。息子は遊びに行くようで出かけたので、息子がお昼を食べに帰ってきたら、ご飯食べさせて、私も夫達に合流します。コンサートのご報告は、また後で13:20息子にご飯食べさせ終わった!では、私も着替えて娘のコンサートに行ってきますね!16:30ただいまです~。コンサート行ってきました。うちの区と隣の区の高校生と中学生の選抜メンバー約100人による吹奏楽と、市内の小学生から高校生による合唱がありました。2回ぐらいしか合同で練習しなかったのに、とてもきっちりと合っていて、良い演奏会でした。写真をアップします。どの子が娘なのかは内緒です♪ ステージ上が吹奏楽のメンバーで、ステージ上の客席部分に、市内の小学生から高校生までの合唱メンバーが位置取ってコンサートを行いました。おかげさまでおじいちゃんは、「良い演奏が聴けた」ととても喜んでくれました。*****************************************<追記の追記>娘のコンサートに向う電車の中から、見えた景色です。雲の切れ目から、日の光が差し込んでいて、すごく幻想的でした。「エンジェル・フラッシュ」とか、「天使のはしご」と呼ばれている現象だそうです。 ※写真が少しでもきれいに見えるように、修正して載せなおしました。それでなんども更新してしまいました。何度も見に来てくれた人、ゴメンナサイ********************11/14昨日のコンサートの様子をアップしました、下記にトラックバックします。
2004年11月13日
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「負けず嫌いで、意地っ張りで、諦めが悪くて、照れ屋で、笑い上戸」なんか一見すると、性格が破綻してしまっている人みたいだけど、じつはこれは私の性格だ。昔から、不器用な癖して負けず嫌いで意地っ張り、しかも諦めが悪いと来ている。もう処置なしの頑固者って感じ。だから、「できません」とはなかなか言えない。いっぱいかな~と思っても、相手が「出来もしないくせに」というような態度に出られると。「よござんす、やってやりましょう!」とけつをまくってしまうのだ。(けつをまくるというのは、あまりお行儀の良い言い方ではないですね。開き直るというかんじでしょうか?)これは結婚したばかりの頃。私は、昔から編み物はすごく好きで、学生時代には、クラスメートが彼氏のために編むセーターなんかを、途中で投げ出しそうになると、私が代わりに編んであげてた。噂は、噂を呼ぶモンで・・・じゃあ、私も御願いできる?と他の友達も言って来て。もちろんボランティアだったけど、私はせっせと編んでは友達に渡してた。でも、なんだか洋裁はニガテだった。中学の時に、家庭科室にあったミシンが、みんなお粗末なのばっかりで、何度縫い直しても上手くいかなかった。それがちょっとトラウマになっていたのかも?私の母は、私がかなり大きくなってからも、私の洋服を縫ってくれていたので、私も縫えるようになりたいと思ってはいたんだけどね。そして、お姑さんも洋裁とか編み物とかが得意な人だった。ある日、私はあんまりつわりが酷かったので、体にあまりフィットしない洋服が欲しくて、マタニティウエアを買いに行こうとしていたんだ。そこへお姑さん登場!「あら、マタニティウエアなんか縫えばいいじゃない。あれって買うものだったの?」なんてのたもうた。いかにも「最近の嫁はだめ嫁だ!」言わんばかりの口調だった。これには、ちょっとカチンと来た。は?こんなにゲーゲーしているのに、私に洋裁しろってか?よごさんす、縫って差し上げましょう!と思ったけど。さすがにそのときはあまりにも体調が悪くて出来なかったので、子どもが生まれて少し落ち着いてから、自分で洋服を縫うことにした。もともと男っぽい性格の私。なんとなく洋裁って、「女ぽくってニガテだ」なんて勝手に言い訳してたけど。実際にやってみると、布を原料にプラモデルを作っているような感覚で、私にも結構楽しく縫えることが判明。すると、私が洋裁を始めた事を知ったお姑さんは、なんと、自分の姪っ子に縫ったベルベットのよそ行きのワンピースを(4歳児くらいの大きさの物、あげた姪っ子さんは当時24歳らいだった)わざわざ妹さんの所から持ってきてもらって、当時1歳にもならない娘の所に持ってきた・・・。なにやらお姑さんが使わなかったらしい、布もダンボールいっぱい持ってきた。「いくら縫ってるって言ったって、布を買うのもバカにならないでしょ?買ったほうが早いときもあるしね!」ダンボールをあけてびっくり。お姑さんがはこうと思ったのだろう、裁断してまちばりを打ったまま、放置されてる布まであった。。これで1歳児の洋服作れってか?よござんす、やりましょう!無い頭を、1回、2回、3回、4回・・・と数限りなくひねり回して、私は娘用にリバーシブルのジャンパーを縫った。当時私が縫っていたのは、綿の普段着ばっかり・・・。当時ベビーエイジという雑誌に、型紙がたくさん載っていたので、図書館で借りてきては型紙を取り、それをちょっとアレンジした。そうこうしているうちに、私はすっかり洋裁が得意な人になっていた。そうなると凝り性の私。一時はまっていた、ディズニーのミッキーやミニーが着ているドレスが欲しいと子どもがいうと、ビデオを穴があくまでよぉ~くみて、そこから自分で製図して型紙起こして・・・縫いました。お姑さんからもらった布のなかにあった、赤いベルベットをつかって、クリスマスバージョンのドレス。子供用とは言え、裾がサーキュラー(広げると完全に円になる形のスカート)になっていて、4mくらいあったから、かがるだけでもえらい時間がかかったけど。さすがに、このディズニードレスアップセットを縫い上げた時には、お姑さんも「まあ、良くやったわね。」と言ったけど。ふふん♪私だってやればできるんだよん♪転んでもただ起きない性格というんでしょうか?その他いろいろ、負けず嫌いで意地っ張りがこうじたエピソードは山のようにある。ただね、例えば。そのときに、嫌な思いしたとか、こんなに大変な思いをして辛かったとか・・・。誰かと面と向ってしまうと・・・。なんか照れくさくて、普通に話せなくなってしまう。根が笑い上戸なもんだから、なんかお笑い芸人が、自分の不幸をネタにして笑いを取ってるときのような話し方になってしまう。そうそう、これは私が学生時代。バイト先で、かなり悲惨な目にあって、それを友人に話していたときの事。だまって聞いてた友達が、なんかプルプル震えてる。うう、泣いてくれてるんだ、持つべきものが友達だ~と思って顔を上げて彼女を見ると。「あのさ・・・、あんたのその話・・・、冷静に聞いたらかなり悲惨だと思うんだけど・・・・。」(ん?「ど・・・。」)「それを話してるあんたの姿は・・・・最高に笑える!!」ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆「・・・・。(汗)」(なんだそりゃ。)と、いつもこんな感じ。素直じゃないというのか、なんというのか。素直に甘えるとかはできない・・・。でも、最近少しだけ、けつをまくるのをやめました。そろそろ、そういうことにパワーを使うのが疲れる年になってきたんです。だから、最近少しづつ、一人で抱え込むだけではなくて、周りにもすこし愚痴を言ったりして、還元することにしました。この年になって思うのです。やっぱり人は、一人で生きているんじゃないんだなって。だから、一人でけつをまくって抱え込んでしまわないようしています。そして、私の周りで、家族とか友達とか、日記を読みに来てくれる人達とか、コメントをくれる人達とか、そいう人達とのつながりが、少しずつ私を支えてくれていることを、ゆっくりじっくり、そしてじんわり感じながら、今日も何とか元気に過ごせているんだなと思います。だけどやっぱり私の性格って、「負けず嫌いで、意地っ張りで、諦めが悪くて、照れ屋で、笑い上戸」だなぁ~と、実感することも多いこのごろです。**************<追記>今日の日記って、なんというか、うちわ受けネタでしょうか?私のことを良く知ってる人はきっと、バカ受けだと思うんだけど・・・。あんまり一般受けするネタじゃないかな?でも、こんなやつです。これからも、よろしくね。よかったら、コメントで感想聞かせてくださいね。
2004年11月12日
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もうちょっと・・・、えっとそのもう少し前のこと、私は夫と大喧嘩をした。正確に言うと、夫と喧嘩したのではなかったけれど、結論的にはそうなってしまった。私は、それまで同居していた夫の実家から出る決心をした。夫にも、離婚をして欲しいと申し出た。自分ではもう解ききれないしがらみが、いくつもいくつも絡み付いて、それが、私一人だけではなく。夫にも、夫の両親もみなそんな状態だったんだろうと思う。絡みついたしがらみは、耳をふさぎ目をふさぎ、心を締め付けていく・・・そんな状態だった夫の実家から出る時にも、事はそんなにすんなりと進むわけがなかった。そのために私はストレスから、腎盂炎になり、たった1週間で体重が10キロ近くおちた。後で娘の幼稚園のママ友に聞いた話では、私がストレスから胃がんになったらしいという噂まで立ったらしい夫は、私と離婚はしたくないといい、私たちに先に家を出るようにいった。そして、自分は後から合流すると言った。それから一ヶ月、私は父一人だけが残った自分の実家に帰る勇気がなく。親戚の家でお世話になっていた。しかし、あとから私たちと合流するはずだった夫はそのまま実家に居続けるままで、次第に連絡も来なくなった。意を決して電話をすると・・・、お姑さんに乗り移られたような夫が電話にでた。夫が話すことに対して、私が何か質問をしてもまともな回答が帰ってこない。夫は自分の頭と意思で話をしているのではなく、すべてお姑さんの受け売りであることを、自然と暴露していたのだ。やっぱり離婚するしかない・・。そういう思いが私の中に強くなった。見かねた私の親戚が、間に入るからと無理やり夫を呼びつけて、話をする機会をくれた私が言うことも、少しは理解しているらしい。でも、それを理解しているという意思表示をすることは、自分の親を裏切ることになるのでは?夫の中にそんな思いが駆け巡っているのが見えた。私も子ども達も、彼も、そして彼の両親も・・・・全ての人が被害者なのかもしれない人はそれぞれに、思惑を持って生きている。その思惑が、上手く重ねられなかったときには、特に犯人がいなくても、事は起きてしまう・・・・そんな気がした。まだ子どもも小さいことだし、もう一度やり直してみれば?という親戚の人の言葉に促されて私たちは、夫の実家ではない場所でもう一度暮らし始めることになったしかし、私はハッとした。このまま一緒に暮らしても、夫のためにご飯を作ることはできない!とそう思ったのだ。毎日、毎日、食事の支度をしていると、面倒だなとかサボっちゃおうかなと思う事もある。でも、そのときはそんな感じじゃなくて、「この人のためにはご飯は作れない」と思ったのだ。私は、もう一度夫にそのことを話すことにした。私の言葉を聞いて夫は、驚いた顔をして、それから少し悲しい顔をして・・・、そっと私の手を握った。そして一言・・・「ごめん」と言った。夫の「ごめん」は・・・小さな小さな雨粒のようになって、私の心の中に振り注いできた。後で友達に話したら、「え~?たったその一言で許しちゃったの?甘いわね!」とかなりこっぴどく叱られたのだが、そのときの私の心は、砂漠みたいにカラカラで・・・その夫の、たった一言のごめんという言葉でも、しみてくるのがハッキリと感じることができたんだ。それから、私が口を開く瞬間まで、随分長い時間が経っていたように思う。でも、私が「お腹すかない?なに食べようか?」と言った時。夫は、ちらっとこっちを見て、子ども達は「私もお腹すいた~!」とか「オレ、ハンバーグ!」などといいながら抱きついてきた。本当は、もっといろいろ話し合って、もっといろいろ言えばよかったのかもしれないと今でも時々思うことがあるけれど、そのときはそれでよかったんだと、なんとなくそう思う。秋の日は短いから、もう少ししたら日が暮れて子ども達も帰ってくる時間になる。今日の夕飯はなんにしようか?と、毎日献立を考えるのは面倒だけど、みんなの、いただきますが聞けるから。みんなの、ご馳走様が聞けるから。だから私は、今日もご飯を作るのです。***************<追記>う~ん、読み返してみると、やっぱり今日もコメントつけづらい内容だよね?私の日記ってあんまりコメントつかないのって、私の文章が難解だからなんだろうか?すこし悩み中・・・
2004年11月11日
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中学2年生の娘は、今吹奏楽部で頑張っている。親ばかなようだけど、確かに頑張っていると思う。娘の中学の吹奏楽部は、結構有名でいろいろなコンクールで賞を取っていて、毎年市の代表にもなっている。そのために、市が主催で行う中学生のマラソン大会とか総合運動会とかに呼ばれて演奏することが多い。また、地域の小学校とか、団地とかからも演奏の依頼が来る。どんな小さなステージでも、上がるとなれば「本番」ということなので、事前に練習など準備が必要になり、それだけ部活の時間が長くなる。そのために、毎日6時45分には家を出て学校へ向うのだ。娘が吹奏楽部に入るに当たって、私は娘と何回も話をした。なぜなら、我が家は小学校の低学年の時から、レーシングカートをやって来た。レーシングカートは、エンジンつきのゴーカートでレースをするというかなり本格的なものなので、専用のサーキットに行かないと練習ができない。我が家のカート暦もかれこれ6年になり、娘はもう大人の人と一緒にレースをしているしかも、レースをするカートは、カートだけでも約80kgぐらいあるので、親がメカニックとして全面的に協力をする必要がある。カートをするまでは、殆ど子どもと話すこともなかった夫だったが、子ども達の姿を見ているうちに、どっぷりとカートにはまり、この6年間は、年間を通して毎週末カートコースに通って練習をしていた。これは子どもだけでなく、実際にカートを持ち上げたり、メンテナンスを中心的に行っている夫にとってはかなりの負担だったと思う。それでも、子ども達がやりたいということをサポートしてやりたいと、夫婦で共稼ぎをし、カート以外の部分は極力節約をし、経費を節約するために、夫は子ども達のヘルメットのデザインや塗装を自分でした。そうして、毎週末、早朝に家をでてカートコースに向かい家族一丸になって、まるでプロジェクトのようにやってきたしかし、吹奏楽部の演奏はどうしても週末に行われるので、カートと重なってしまうのだ。6年目に入り、ようやく大人の人とのレースでも毎回入賞を果たし、表彰台にも乗れるようになってきた娘には、来年全日本ジュニアの出ないか?という声までかかっていた矢先の事だった。ただ、今までこんなに大変な思いをしてきたんだからとかこんなにお金をかけてきたんだからということで、娘がホントにやりたいと思う道に進ませないでカートをやらせる、ということもしたくなかったので、娘がどうしたいのかを、何度も話し合うことにした。娘にとっては、カートはいわば生活の一部のようになってきていた。小学校でいろいろあったので、カートに乗っているときは別人のように輝ける!と自分でも言っていただから、やめたくはないのだ。でも、部活もやりたいのだ。それは、正直な気持ちだと思う。娘は、小学校の時にいろいろあって私に心配かけたことなどを気にしているので、親に対して、お金がかかっているから、とか迷惑かけるからとかいって、自分の要求をあまり言わない子だったのだが、それを押して、きちんと自分の思うところを話してくれたのは嬉しかった。そうして、中学1年の時は、カートと吹奏楽部のバランスを取りながら続けるという結論がでた。しかし、それからはかなり大変だった。朝7時前に学校に行くために、娘は6時に起きるのだが、私は仕事などで夜更かしをすると、朝起きてやれないことがある(これはとっても反省しています)でも、一人で目覚ましをかけ、他の家族を起こさないように静かに準備をし、出かける直前に私を起こして娘は出かける。夕方も、きっちり部活をしてから帰宅するので、毎日6時7時は当たり前、で、土曜日は早朝からカートの練習に行き、丸一日コースできっちり走りこみをして日曜日は、また朝から夕方まで部活にいく。こんな生活が、夏休み中もずっと続いたが、娘は「私が決めたことだから」と愚痴一つ言わず、お弁当をつくる私に「お休みなのに、ほんとごめんね、ありがとう」と言ってくれていた。そんな生活を一年以上続けてきたが、最近は娘も中心メンバーになり(トロンボーンのパートリーダーだそうです)殆ど吹奏楽部中心の生活に変わりつつある。前置きが長くなってしまったけど、これから本題で、これは昨日のこと「あのさ~、27日にね、○○小学校に演奏に呼ばれているんだけど、行ってもいい?」と聞いて来た。「なんでそんなことママに聞くの」というと「2日が期末テストだから、その日は部活禁止時期なの。だから、顧問の先生が親御さんに了承をもらってきなさいって」「はぁ?なに言っちゃってるの?」それが私の素直な感想だった。「あのね、親御さんが了承してくれたら、演奏に行こうって先生が・・。」それって、親が承諾したんだから、テストの結果が悪くなるとかあっても文句いうなってこと?別に子ども達のことを、テストの点だけで評価しているわけではないけど、そろそろ高校受験をにらまなくてはならない時期に入っている。それより、なんで中学生なんだから、演奏の依頼が来てもテスト前なんでと断れないの?それを、親の承認が得られるなら出ようって、学校としてもう少しきちんとした態度がほしいと思うのは、私だけ?それに、テストの点が悪ければ、娘の事だから親が怒る以前に自分が落ち込むだろうと思う。だとしたら、それを補えるだけの努力が娘にで出来ると思うならOKだし、出来ないと思うならNOでしょ?と私は思う。いわゆる自己責任?安易に親に判断をと仰ぐ前に、もっと顧問の先生と部員で話し合うべき問題なんじゃないかとも思う。どちらにしても、「ママがいいって言うなら」ってところが一番気に入らないのだ。私は娘の人生を牛耳ろうとは思っていない。冷たいかもしれないけど、成績に関してもどういう道に進みたいか?という部分では話しをすることはあるけどでも、ちょっとでも頑張ったなと思えば、たとえ周りより悪くても褒めるし、点が良いいからといっても褒めるとは限らない。それは、カートの時もそうだった。水物であるレースの結果に固執するんじゃなくて、レースでの走りの内容を評価してきたんだけど、娘にはわかってなかったのか?それとも、娘はそう思っても顧問の先生に言われてそうせざるを得なかったのか?娘の方を向いた私の顔は、結構怖かったと思う(娘がかなり引いてたから)「あのさ、あんたはどう思うの?ママがああしろ、こうしろって言うことじゃないと思うけど?」娘はちょっと考えて「ウン、わかった」と言って部屋に戻っていった。なんかな~とちょっと複雑な気持ちだった。**************<追記>なんか怒ってる口調の日記ですいません。この日記は、ライターというよりかなり素で書いてるって感じです。コメントしづらいですよね・・・・なんか愚痴ともいえない感じでスイマセン
2004年11月10日
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息子がはまっているあるアニメの中で、心の力をパワーにして、術を発動して戦うというものがある。心の力を利用するのだから、なんか無限にパワーがありそうな気が私にはしたのだが、アニメの中では、ある程度心の力を消耗してしまうと、回復を待たないと術が使えない。そのために、その心の力を復活してくれるアイテムがあって、それを敵味方で争奪していた。まあ、魔物が戦うお話だから、パワーが無限じゃ話しにならないし、そんなアイテムがあったら良いけどね~。。。などと思ってみていた。話は変わるが、これは先日のこと・・・私は、メルマガに掲載するためのコラムを書くために、情報収集をしたり、掲載許可をもらったりするためにメールでやり取りをして、いろいろ考えて悪戦苦闘してようやくコラムを書き終えた。で、提出したら・・・・いろいろあって、掲載不可になってしまった。これは結構ショックだった。自分なりに意義を持って書いたコラムだったので、掲載不可になってしまう要因も、一応認識していたのだが、実際にそうなってみると、自分の無力さなどがこみ上げてきて落ち込んだ気分になって、抜け殻状態に近かった。「もう、書くことをやめたほうがいいのかな~?」なんて思ったりもした。そのとき、ふと脳裏にあのアニメの「心の力」のことが浮かんできた。心の力が尽きてしまうってこういうことなのかな・・・なんて。どちらにしても、ちょっとの間は書けそうもないと思ったので、ちょっとテレビでもみようかな?とつけてみると丁度、新潟で起きた震度5の余震のことをやっていた。少しづつライフラインが復旧し、学校も再開されたという矢先に、また大きな余震に見舞われる・・・。インタビューに応えてくれた人は「やっと片付いたと思ったら、またこれで一からやり直しって感じで」とため息をついていた。小学校の校庭で、先生に誘導されて非難をした児童の横顔にも、もう、怖いという感情もハッキリと表現できなくなっているのかな?と思うほど、無表情にどこか遠くを見つめている子もいた。やっぱり心の力は無限じゃない・・・。しかも、そんなことが度重なれば、回復するための期間を取れば、自然と復活するものでもないだろう。ボーっと遠くを見つめる子ども達の顔をみていたら、「ココロの力」を復活できるアイテムが本気でほしいと、大人げもなく思ってしまった私だった。
2004年11月09日
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昨日の夕方、子ども達と一緒にドラマをみていた。するとそのドラマの中のある女性の台詞に、「私、あの子を産んで本当に良かった!もうこのまま死んでもいいと思った」と言うのがあった。それを聞いて私がボソッと「う~~ん、私はそうは思わなかったな・・・。」と小声でつぶやいた。すると、娘がクルっと私の方に振り返って、「『この子がいるんだから、頑張って生きなきゃ!』って、そう思ったでしょ?」と言ってウインクした。「え?うん・・・なんで分かったの?」私は、なんか娘に心の中を見透かされたようで驚いた。「いや~別に。ママならそう思うかな?って思ったから」と娘が言うと、一緒に振り返った息子も、小さく頷き何事も無かったのようにまたテレビの方を向いてしまった。それから少し経ってから、私はなんとなく嬉しい気持ちがこみ上げてくるのを感じた。なんでだろう、突然の娘の言葉にしばらくあっけに取られていた感じだったのだ。別に、「あなた達のために私は生きているのよ!」と常日頃から言い聞かせているわけではない。特に最近は子ども達も大きくなってきて、仕事が忙しいこともあり、あまり良い母親とは言えなくなってきていると思うのだが・・・。それでも子ども達が、家族のぬくもりとか思いとかを、感じながら育ってくれているんだなと、私には思えたのだ。毎日いろんなことがあって、時々ひどく落ち込んでしまったりするけれど、こんなささやかな幸せと、ひょっこり出会うことができるから、また明日からも頑張ろう!って思えるんだな。
2004年11月08日
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午前6時半起床いつもと同じ時間に起きた。なぜなら、お休みの日でも娘は部活があるので、お弁当を作らなきゃいけないし、今日は、息子が友達と朝から釣りにいくというので、ゆっくり寝てはいられなかったのだ。というか、娘が中学に入って吹奏楽部に入ってから、土日でもほとんど部活がある。そうなれば当然お弁当を作ることになるので、前の日仕事で深夜に寝ても起きる時間はいつもどおりということになる。だんだん寒くなってくると、特に。休みの日くらいゆっくり寝ていたいと切に思う。午前8時半娘と息子を送り出して、家事を開始する。まずは洗濯機を回す。そのあと、ネットに繋いでメールチェックと巡廻をする。月曜日がコラムの納品日なので、そのための情報収集、裏づけ取り、掲載許可のためのメール書きなどをする。そうこうしているうちに、洗濯終了合図が鳴る。あわてて洗濯物を干してから、またパソコンに向う。午前10時半 夫起床起きてきて私の顔を見るなり「コーヒーある?」え”ちょっと待って・・・。とあわててコーヒーを淹れる。一応朝淹れたんだけど、もう仕事とかしながら飲んじゃったんだよね。いつ起きてくるかわかんない人のために、コーヒーを常備しておくほど、私も暇ではないもんで・・・。(それから夫は、ゆっくりコーヒー飲んでテレビ観て、ノート開いてネットして・・・。と優雅な休日を過ごす。)コーヒーを淹れてから、私は息子が散らかした居間を片付け、掃除機をかける。午前11時半テレビを観ながらネットをしていた夫が「お腹すかない?」と聞いてくる。え?もうこんな時間^^^とあわててお昼ごはんの準備に取り掛かる。洗濯2回目も終了していたので、ついでにそれも干してしまう。正午 昼食一回遊びに行ったら、鉄砲玉の息子にはまた別のものを食べさせることにして、とりあえず、夫と二人でお昼ご飯(昨日お鍋だったんで、今日のお昼はおじやでした)午後1時半 息子帰宅今日は珍しく何匹か釣れたらしい。でも前回、それを持ち帰ってきて(そのときはハゼとエビ)私に「なんで持ち帰ってくるかな~?信じられない!誰が世話をすると思ってんのよ!アホちゃうか?キャッチ&リリースが基本でしょ?!」などと、マシンガンのように文句を言われ挙句の果てに釣果をリリースしに行かされたので、今回は、ちゃんとリリースしてきたらしい。うん、ちょっとは成長したじゃん、と思っていたら。ベランダに、釣りの道具一式を放りだしたまま、すぐに遊びに行ってしまった。う~ん、まだまだだね┐(-。ー;)┌ヤレヤレ午後2時半 買い物行くそういえば今日は近所のスーパーの特売日だったことを思い出す。あわてて買い物に出かける。一応夫に「荷物もちしてくんない?」と聞いてみるが、あっさり「いってらっしゃ~い(=⌒ー⌒=)ノ~」といわれ、仕方が無く一人で出かける。クソ~~^^^聞いた私がバカだったとちょっと反省。午後3時半 買い物から帰宅スーパーについてから、「あ、そういえばあっちのお店も安かったんだ~」などと、数件はしごをしてしまったために、思ったより時間がかかってしまった。普段家で仕事をしていて、半径数十mの範囲で暮らしているために、ちょっと買い物に行くと、歩くし荷物は重いしで結構疲れる。普段の運動不足を自覚する。ヤバイ~~午後4時 お風呂の掃除をする買い物から帰って、まとめ買いをしてきたお肉を冷凍庫にしまったり・・・と、いろいろ片づけをしてからお風呂の掃除をする。今日、娘はどっかの団地での演奏に呼ばれているらしい。屋外での演奏なので、いつもより早く帰宅するかもしれない、息子も、釣り&?で表で一日遊んで帰ってくるので、帰宅後すぐにお風呂に入れるように準備。午後5時 夕飯の支度開始ちょっとメールチェックをしてから、夕飯の支度を開始する。程なく娘帰宅。おっと・・・、やっぱり息子の方が帰りが遅い。そろそろ日暮れが早くなって来て、5時にはもう表は真っ暗だ。もうちょっと早く帰ってくるように、もう一度ちゃんといわなきゃいけないな~。午後6時 息子帰宅玄関先で、「どなたですか?」と聞くと、「オレオレ」と応える息子。「はぁ?オレオレ詐欺さんですか?間に合ってますから結構です」と無情にもドアを閉めようとする私。「あ”~~あの、ちょっと待って^^^」と息子。「あのさ~、今何時?」と私が尋ねる。「えっと、多分5時過ぎ」と息子が答える。「ブッブ~。不正解です。残念でした」とまたドアを閉めようとする私。「あ、あのスイマセン、スイマセン。多分6時ごろです」とドアにすがり付いて息子が答える。「ハイ、そのとおりですが、お約束の時間はとっくに過ぎておりますので、今日はもうこの玄関は使用できません。あしからず」と、私はまたドアを閉めにかかる。「あ”・・・遅くなってゴメンナサイ」と息子。「コラァ~、わかってるんならもっと早く帰って来い!つーの。」と軽く卍固めもどきでお仕置きをされてから、息子は無事(?)入室許可が下りる。午後7時 夕飯昼間から、ずぅ~~~~~~~~~~~~~と、テレビ観て、ネットして、お昼ごはん食べて、テレビ観て、ネットして、お菓子食べて、テレビ観て、ネットして、焼酎のんで(一応日暮れをまって敢行)と、優雅な休日を過ごした夫は、遊び疲れてしまったらしく(いや、すでに酔っ払ってしまっただけでしょ<By娘)居間で夜寝をしてしまっている。一応「ご飯だよ」と声を掛けるも反応なし^^^洗濯物を片付ける振りをして、洗濯物を取り込むかごを、コチンとぶつけてみるも・・・反応なし・・・洗濯物をたたむ振りして、かなりバタバタやったり、ひじでつついてみるも・・・・反応なし。まいっか?もう先に食べちゃおう!と、寝ている人が悪い!という子ども達の声援を受けて夫は起こさないまま、夕飯に突入。(今日の夕飯は、シュウマイとほうれん草のおひたしと、しょうが焼きとお味噌汁でした)午後7時半 夫の目が覚めるご飯のにおいがしたんでしょうか?いきなり起きてきて、ご飯食べました。まあ、いっぺんに片付いたので私としては良かったかな~?午後8時 新撰組をみる。何事も無かったのように、夕飯を食べ終わった夫は、新撰組を観はじめる。息子はお風呂に、娘は部屋へ、そして当然私は夕飯の後片付けをする。午後9時 あるある大辞典を家族で見る筆跡による性格鑑定に、盛り上がる!すると・・・・自分勝手という性格診断の下った夫が、「ママ、コーヒー」う~~ん。私も飲みたいから淹れるか・・・・。午後10時 娘入浴昨日の朝、娘の膝に変な腫れがあること判明、娘曰く「押してもなにしても、痛くも痒くもないんで放っておいた」・・・;(こんなに腫れてるのに、と母絶句)あわてて病院へいくと、バイ菌が入って腫れていると言われる。「膿んでいるですか?」と聞くと、「いや、まだ膿んではいないけどね」と先生。「そっか良かったね♪」と明るく娘に向って私が言うと、「よくないですよ!これで膿んでしまったら切ることになりますから」その一言で、母娘の顔から血の気が引き、借りてきた猫のようにおとなしくなる。お医者さんに、月曜日まではガーゼをはがさずそのままで、濡らすことも避けてくださいと言われたので、娘がお風呂に入る前に、傷口を覆ったガーゼのうえから、ラップを巻いて、防水作業をする。(結構てんやわんやで大変だった。夫は相変わらず、テレビ鑑賞中)午後11時 子ども達就寝夫 お目当てのテレビが観終ったらしく、お風呂へ・・・ようやく私の一日も終わりそうです。ネ、やっぱり休日の主婦って忙しいでしょ?それとも私だけ?
2004年11月07日
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家族や人をあらわす熟語とか言い回しっていろいろあるけど、三という数字はあるけど、四という数字は聞いたことが無い。例えば、親子が仲良く眠る様子を表した、「川の字になって眠る」という言葉があるけど。三本川というように、親子は3人って事になってる。他にも三人三様とか、三人寄れば文殊の知恵とか・・・でも、家は私と夫と娘と息子の四人家族。しかも、私の血液型がA型で夫がB型、そして娘がAB型で息子がO型と、家族なんだけど、だれも輸血ができないというなんとも不便な家なのだ。最近よく、血液型別の行動分析をテレビなんかでやってるけど、血液型が違うと、結構行動パターンが違うことがよくわかる。我が家は全員血液型が違うんで、そんな番組を見ているときには、「ほら~、やっぱB型ってわがままジャン!」とか、「A型って本音と建前が結構あって、優柔不断だよね?」とかそれぞれの血液型の長所短所を指摘しあって、てんやわんやの大騒ぎになる。一般的に考えて、血液型がばらばらな4人が集まったら、行動がバラバラで収集がつかなくなる。でも、我が家はそんな4人が一つ屋根の下に暮らしているんだ。時々、「まったくみんなわがままなんだから!」とちょっとイライラしたりする。でも逆に、「そっかそんな考え方もあるんだ~」と感心させられることもある。お互いが違う性格や、考え方を持っている事は、お互いの足りない部分を補う事が出来るということなんだと思う。だから、我が家は四人四様で、四人四色で、それなりになりたっているんだと思う。***************Σ(〃゜ o ゜〃) ハッ!!またやってしまいました。800キリ番 自爆してしまいました。前も何回かやってます。ショック・・・
2004年11月06日
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洗濯物を干そうとおもっったら、窓が結構汚れているのに気がついた。「あらら、嫌なことに気がついちゃったな~」ここのところ、仕事がそれなりに忙しくって、今だって、わたしに開けてくれるのを待ってるファイルと、書いてもらいたがってる原稿がパソコンの中で待っている。だけど私は昔から、なんか気になることがあると、他のことが手につかないタイプなんだ・・・仕方が無い、いつもだって原稿は家事をしながら頭の中で大まかな原稿を書いてからパソコンに向うんだから、窓を拭きながら原稿をやっつけてしまえばいいか?半ば、現実逃避(原稿逃避?)とも思われるような行動に、誰にともなく言い訳がましい理屈をこねて、私は窓を拭き始めた。我が家はマンションの1階にある。うちのマンションはよく出来ていて、お日様が高く上る暑い夏には、日差しはベランダまで差し込んでこないんだけど、お彼岸を過ぎる頃から少しづつ、日差しが部屋の中まで遊びにくるようになる。冬至の頃には、なんと居間の一番奥までしっかりお日様の光が届いて、昼間は結構ぽっかぽかなのだ。多分、私が今日窓の汚れに気がついたのも、日差しが窓に当たるようになって、汚れが目だって見えたからだろう。ぽかぽかの陽だまりで、私は鼻歌交じりで窓を拭く。はっきり言って家事は得意なほうではない。特に掃除はかなり嫌いな家事の一つだ。でも今日は、なんだかとってもウキウキして、窓を拭くのが楽しかった。私が一回手を動かすたびに、窓で日差しがキラキラと踊り、居間のポカポカが増えたような感じがした。本当は隣の部屋の窓も拭きたかったんだけど、パソコンが、メールが来たよとうるさく呼ぶので、今日は居間の窓だけでやめて、私は急いでパソコンの前に座った。風でカーテンがふわりと舞うと、差し込んだ日差しも一緒に踊って気持ちが良かった。でも、もう冬がちかい今の季節は、あっという間に日が暮れてしまう。子ども達が家に帰ってきた頃には、せっかくピカピカに磨いた居間の窓には、もうカーテンがかかっていた。いっか、明日の朝は気がつくだろう。昼間、キラキラでポカポカでとっても嬉しかったせいか、私は結構機嫌が良かった。ところが、次の日。朝、カーテンを思いっきり開けてみても、誰も窓がキレイになったことに気がつかない!結局私は、いつものようにバタバタと家族を一人づつ送り出してから、「まったく、誰か気づいてもいいようなものなのに!」と一人でコーヒーを飲みながらブツブツ言っていた。すると・・・、そこへパァーっと朝の爽やかな日差しが差し込んできて、私が昨日磨いた窓が、またキラキラと輝きだした。そっか、今頃の季節はお日様がちょっと寝坊するんだ、だから窓に日差しが当たってなくて、誰も気がつかなかったんだな。そっか、この昼間のポカポカの日差しのことは、私だけが知ってるんだ。そう思ったら、なんだか得した気分になった。家事は家族のためにやってるんだと思っていたけど、案外自分のためにやっているのかもしれないな、木漏れ日がゆらゆらと揺れる食卓で、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、私は一人で、クスりと笑った。
2004年11月05日
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今日は、まさに小春日和と言った感じで、気持ちよく晴れて温かかった。ちょうど娘にも買い物を頼まれていたので、駅前までちょっと出かけることにした。すると・・・。路地の向こうからとてもいいにおいがする。スーパーの店頭で、焼きたてメロンパンの移動販売をやっていたのだ。うららかな日差しのせいか、メロンパンの甘い匂いのせいか、空気まで、温かなクリームイエローに染まってしまったようだった。いつもなら黒山の人だかりが出来ているはずなのに、開店直後で、スーパーにはまだ人気もまばらな感じそんな中で、メロンパンを買い求めるのは、なんとなく勇気がいるような気がした。それでも、メロンパンの香りが私においでおいでと誘ってくる。子ども達のおやつにしてもいいんだし、う~ん、やっぱ買っちゃえ!と、3個買い求めた。焼きたてアツアツのメロンパンは、袋の上からでも熱くてもてないほどだ。あ、これからまだまだ買い物しなくちゃいけないのに・・・。しかも、子ども達が帰宅するのは夕方だから、焼きたて買っても意味無かったかも?自分の計画性の無さにちょっと反省する私。メロンパンは、私のトートバッグの中からも甘い匂いを漂わせる。すれ違う人達にもその匂いが届くのだろう。みんな立ち止まったり、振り返ったりしてこっちをみていた私は、メロンパンの甘い香りを、駅前のあっちこっちに振りまきながら、あれやこれやと買い物をした帰宅してあわててメロンパンの袋を開けると、消えしまったと思っていた甘い匂いが、再びふわりと私を包んだ
2004年11月04日
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日本プロ野球組織(NPB=日本野球機構)は来季からパ・リーグに参入する球団を、楽天とすることを正式に決めた。このニュースを聞いた息子は、「何だよ!」と怒っていた。息子はライブドアを応援していたのだ。別に始めから楽天が嫌いだったわけじゃない。ただ、NPBのあまりにも楽天よりの姿勢をみているうちに。「はじめに手を挙げて、頑張ってきたのはライブドアなのに!」と、新規参入のための公開ヒヤリングのやり取りがニュースで流れるたびに、怒りをあらわにしていた。ニュースでは、すでに楽天の球団の首脳陣が決まっていて、選手獲得のために動き出していることも伝えていた。するとそれをみていて。「あんな変な会議(←公開ヒヤリング?)で決めないで、楽天とライブドアで試合をして、勝ったほうが参入できるようにすればいいんだよ、サッカーみたいに。強いチームが入んなくちゃ意味ないしさ」と言った。「確かに一理あるけど、まだチームが出来てないから、選手がいなくて試合できないんだよ」と私が言ったら。「じゃあ、今の楽天とライブドアの社員でやればいいじゃん!」は?それじゃ、プロ野球じゃなくて、社会人野球・・・いや、草野球でしょ?その後、楽天の参入が決まった要因をいろいろ息子に説明したけど、息子は納得しなかったらしい。しかし、同じような思い持っている人は多いかもしれない。現にTV番組で、仙台市民の方にどちらが参入して欲しいか?とアンケートをとった結果ライブドア支持が80%を超えていた。今回の決定に納得できないという人も、70%くらいいた。プロ野球は、あるいみ人気商売だと思う。強ければファンが付くのかもしれないけど、ファンに愛されて、たとえ負けていても心から応援してもらえるような球団になるためには、今回の参入劇は、マイナスの効果しか生まなかったように思う。しかもその原因の多くは、NPBが作ってしまったのではないだろうか?一部報道では、老害と称されたNPBにとっては、今回の新規参入騒動は、ある意味汚名挽回のチャンスだったはずだと思う。にも関わらず、そのチャンスをみるも無残に打ち砕き、しかも、信頼の失墜に加速をかけるようなことをしてしまったことに、彼らは気づいてないだろう。それはきっと、NPB自身が、ファンの存在に対して、きちんとした気遣いをしていない証拠だと思う。こんなことを繰り返して入れば、いずれ日本のプロ野球で野球をしたいという選手がいなくなってしまう日が来てしまうのではないか?と思うのは、私の思い過ごしだろうか?
2004年11月03日
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私は男の子のような性格で、基本的にメカ大好き人間だ。パソコンでも、ビデオでも、勝手に取説読んでは、なんでもいじりまくっている。昔、私の母は典型的なメカ音痴だった。取説を読んでもチンプンカンプンだったらしい。そこへ、不器用な父登場!「なにやってるんだ貸してみろ!」とえらそうに登場はするものの、面倒臭がりの父は、取説なんてものは読まないので、思うように設定が出来ない。挙句の果てに「もういい、面倒だ!」と投げ出してしまう始末だった。仕方が無く、真打のヒロイン(←私)が登場することになる。というか、メカ音痴な両親を持ったために、私がやらざるを得ない環境だったのだ。そのために必然的に私はメカに詳しくなっていった。まあ、もともと好きだったから、プラモデルからラジコン、挙句の果てには鉱石ラジオなんてものまで、自分で秋葉に部品を買いに行って組み立てていた。当時女子高に通っていたにも関わらず、夏休みの宿題にその鉱石ラジオを提出して、先生や友達にあきれられた経験もある。かくして、メカ好きな母(←私)が誕生した。ビデオなどの設定はもちろんのこと、調子の悪くなったテレビデオを分解して修理したりもする。(※本当は素人が勝手にバラスと危ないので、良い子はまねをしないでください)つまり、家の中でのメカ関係のことは、私が勝手に一手に引き受けてやってきたのだ。そしてこれは先日の話。子ども達がテレビ番組の留守録をしたいと言って来た。でも、私は夕飯の支度で手が放せなかったので、「そんくらい自分でやれば?」とつき返した。すると・・・・30分後、ビデオにとるはずの番組と、もう一つの番組を、隣の部屋のテレビで変わり万古に視ている子ども達の姿があった。「???なにやってるの?録画予約は?」と私が聞くと。「いろいろやってみたんだけどね、なんかうまく出来なくて、放送が始まる時間になっちゃったのよ」と娘。「いいじゃん、こうやってみれば一緒だよ」と、ちょっとムッとして答える息子。え?まじ~~?うちの子ってビデオの録画予約も出来ない子だったの?夫が帰宅してから、今日の出来事を話すと「お前がなんでもやっちゃうからだよ。だってオレだって、どうやって録るんだか知らないもん」え?それって私のせいなの?ビデオの録画予約なんて誰だって出来るもんだと思ってた・・・。これからは、手を出したくなるのをグッとこらえて、なんでも子ども達にやらせよう!と堅く心に誓った母でした。
2004年11月02日
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我が家の娘と息子は2歳違い。つい最近まで、ずっと身長が10cm差で二人で同じように伸びてきた。ところが、昨年くらいから、息子の身長の伸びが加速を始めて、今では殆ど変わらなくなってしまった。私にも2歳違いの弟がいるが、こいつが今私より30cmも背が高い。私は、弟が中学1年生の時に追い抜かれた。これから、子ども達はどんどん背が伸びていくのだろう。最近の子ども達は身長が高い子も多いので、身長が159cmの私の背を、追い越すのも時間の問題なのかもしれない。親として、子どもに身長を抜かれるのはなんとなく微妙な気持ちである。でも、周りの子達とのバランスを考えると、それなりに伸びて欲しいと思うけど・・・。もう少しの間だけ、子ども達よりちょっとだけの上の目線から物を見て、ちょっとだけ親らしく偉そうなことを言ってようかな?
2004年11月01日
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