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ふと思いついて、大分前に書いた日記を久しぶりに読み返してみたら、「身も心も軽やかで、守りに入らず潔い、そんな女性になりたい」というようなことが書いてありました。人生には、予期せぬことが風のように舞い込んでくることがままあることや、それに身を任せてみることの面白さに気づき始めた頃のことです。その頃仲良くしていた、やはり「守りに入らない」生き方をしていた男性が、こんなことを言ったことがあります。女房は、僕の型破りなところに惹かれて一緒になってくれたんだけど、結婚して家庭を持つと、女性って変わるんだろうね。安定を求めるようになって、時々、合わないと感じることがあるんだよ……。その時、私はひそかに心に誓ったものでした。自分は、結婚して家庭を持っても、そういうふうにはなりたくない。夢ややりたいことを追い続け、夫となる人の夢もサポートして、二人で軽やかに生きていくんだ、と。しかし、結婚してわずか一年で、その気持ちを遠くに追いやりつつあった自分に気がついて、ちょっとショックでした。結婚を機に退職した私は、就職して以来初めて、自分の収入がないという状態に直面しました。毎月、あたりまえのように入ってきていた収入が突然とだえると、それだけで何となく不安になるものです。住み始めた国は、それなりの食材を買おうと思うと、東京以上の物価高。しかも、自家用発電機用を回すためのガソリンやら、始終壊れる家の中のものの修理代やら、ごくふつうに快適な暮らしを送るために、意外な出費もかさみます。夫の収入の大半は、二人で決めた別の目的にまわしています。私にも在宅の仕事が入ったりしましたが、それでも、初めて就職した時よりも、一人暮らしを始めた時よりも窮屈な状態。そんな中で、私の思考は、徹底して「守りに入って」いったようです。こんなふうにキリキリすることなく、ごくふつうの快適な暮らしを送りたいなあ。その思いが頭の中を占めていました。気がつくと、夫に対しても、「安定を求める妻」になっていました。○○国にこんな面白い仕事があるらしいんだけど、と言われれば、○○国には行きたくない、せめて、電気と水の心配のないところにしてほしい、と否定したり。貧しい知り合いの赤ちゃんが病気になったので、お金を送ってあげた、と言われて、そんなお金があったら家計にも少しまわしてほしい、とひそかに思ってしまったり。(イヤな奴ですね......)少年のように好奇心の赴くままに行動したり、あとさき構わずに困っている人たちを助けたりする夫が大好きだったはずなのに。しかし、不思議なことに、昨年は、期待していたよりも多くの仕事が入って、生活費にも日本への旅行代にも困ることなく、ちゃんと帳尻が合ったのでした。そして、白紙で迎えた今年も、大きな仕事が入りそうな様子。心配してもしなくても、なるようになるのかもしれない。そう信じて、もう一度、「守りに入らない」生き方を思い出そう。かつて夢見たように、夫婦でやりたいことをやりながら、軽やかに生きてみよう。そう思っているところです。
2007.01.30
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昨日の日記に、私の中で何かが変わってきているらしいと書きましたが、私の周りでも、ちょっとした変化が起きているようです。まずは、夫。彼は今までの上司とはソリが合わずに、苦労していました。また、よくモメている同僚もいて、昨年はその二人との人間関係にけっこう悩まされていました。そこへ、今年初めの組織変更で上司が変わり、新しい上司は仕事がしやすいと喜んでいました。さらに、ウマの合わなかった同僚も、2月に転勤になることが決まったそうです。「一番苦労した二人が相次いで異動になるなんて、不思議だ。」と言う夫を見て、彼の中でも何かが変わったんだろうなあ、と思います。仕事がしにくい中で、考えて、苦労して、何かを乗り越えたから、きっと二人と離れることになったのだろう、と。もう一人、変化が起きているのは、「我が家の便利屋さん」のジョン。我が家の門番をしてくれている彼は、以前の日記に書いたように、頭が切れて、いろんなことをよく知っていて、誠実な人柄です。門番にしておくのはもったいないくらいだなあ、と、私もかねがね思っていました。そこへ、夫の運転手兼アシスタントが別の仕事を受け持つことになり、彼の今までの仕事を引き継ぐのに、夫はジョンに白羽の矢を立てました。今は「訓練期間」なので、日替わりで門番をして、翌朝、(本来なら家に帰って休むところを)引き続き運転手としての仕事をこなし、翌日再び門番を務める、というハードスケジュールをこなしています。でも、当のジョンはやる気満々。張り切っているのが、はた目にも明らかです。(もちろん、門番より運転手兼アシスタントのほうが、ランクも給料も上ですから……)例えば、私を買い物に連れて行ってくれた時。いつも、私が買い物から帰って来ると、買ったものをキッチンに運んでくれるので、何を買っているか把握しているのでしょう。「奥様は○○がお好きなようですが、買い足さなくてもいいのですか?」「△△は大丈夫ですか?」などとアドバイス(?)してくれたりしました。欲しいものが見つからなかったら、「別の××スーパーへ行ってみましょう。」と言って連れていってくれたり。日本人の感覚だと、少々やり過ぎだと感じられなくもないのですが(笑)、好意で一生懸命やってくれているのが分かるので、ありがたくアドバイスを受けることにしています。身の回りの人たちが次の段階へ進む時期が来ている。そんな感じがして、私まで嬉しく感じています。
2007.01.26
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皆さん、こんにちは。大分ご無沙汰しました。ここのところ、自分の心の持ちようが以前と少し違ってきたように感じています。それをじっくり観察してみたくて、ブログのほうも少しお休みしていたというわけです。2週間ほど前に帰国してから、以前と同じような暮らしが続いていました。特にしなくてはならない仕事があるわけでもない、ぽっかりと空いた時間。度重なる長い停電や水の問題。家の中のものが壊れて修理を頼まなければならないのも、相変わらず。でも、なぜか、以前ほどイライラしたりイヤになったりしないで、そんな中に淡々と身を置いている自分がいるのです。例えば、朝の6時から夜の10時まで、丸一日停電があった日。自家用発電機はあまり長時間回せないのと、ガソリン代節約もあって、朝の10時ごろから夕方の6時半ごろまで、ずっと発電機を止めて、電気なしで過ごしていました。現代の生活に慣れてしまうと、電気なしでできることって、本当に少ないのですね。その日は一日、本を読んだり、テラスでくつろいだりして過ごしました。もちろん、好ましい状況ではないし、「ああ幸せ!」と言えるわけはない(笑)。ただ、ごく自然にその状況を受け止めて、その中でできることを普通にやっていました。さしあたって「やるべきこと」がないことにも、以前のように焦燥感を感じない。のんびり何もしない一日を過ごしたり、新しい料理やお菓子作りに挑戦したり、けっこう楽しくやっていました。初めは、たまたま鷹揚な気持ちになっている時期なんだろう、と思いました。クリスマスから新年にかけて夫の実家で楽しい休暇を過ごして、バッテリー充電したからかもしれない、と。でも、どうもそれだけではないようです。何が変わったのか、どうして変わったのか、自分ではよく分かりません。強いて言えば、クリスマス前に夫の実家へ旅した時の一連のハプニングにすっかり疲れてしまって、自分がどうあがこうと、どうにもならないことが沢山あるのが身に染みて、もう、なるようになれ!というような気になったのが、きっかけだったかもしれません(笑)。気がついてみると、夫とケンカすることも少し減っているようです。以前だったら口論になっていたようなことを話しても、なぜかケンカにならずに済む。不思議な感覚です。さらに、上記の超長時間の停電以来、頻繁に起こる停電も、あまり私たちを困らせないような形でやって来るように思えます。ごく短時間で電気が戻ったり、外食する予定のある日に起きて、帰宅したら電気が戻っていたり。自分の中で何かが変わると、それが外の世界に投影される。以前の日記にそう書いたことがあります。もしかして、それが自分にも起こりつつあるのかもしれない……そう思うと、ちょっぴり今後が楽しみです。
2007.01.25
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皆さん、こんにちは。お久しぶりです。これまでの日記に書いたように、クリスマスと年末年始の休暇を夫の実家で過ごした後、無事帰国しました。長旅で多少疲れたものの、週末をのんびりと過ごしたので、夫も私も元気です。今日は、この滞在の間に気がついたことのひとつについて書いてみたいと思います。誰にでもあることかと思いますが、夫と結婚してから、小さなことで腹が立つことがいくつかありました。モノを出したり使ったりした後、出しっぱなしでしまわないとか、平気で人と約束している時間に遅れたり待たせたりするとか、私から見たら申し訳ないと思うような(そして、自分でできるのに、と思うような)ことまで当然のように人に頼むとか。夫がそういうことをするたびに、周りの人への配慮が足りないように見えて、私はイライラしたり、ヒヤヒヤしたりしていました。実家でも、夫は自分の家族に対して同じようなことをします。でも、彼らはそれをとりたてて不愉快に思うこともなく、ごく普通に受け止めているようなのです。彼らは、私が「彼ったら、あんなことして」とボヤいたりすると、別にたいしたことじゃないのに、とでも言いたげな様子で、多少困ったような笑みを浮かべます。私があたりまえだと思っていたこと、非常識だと思っていたことが、ここでは必ずしも、そうではないんだ。そう思い知らされました。「忙しそうにしている人にものを頼むのは申し訳ない」「自分のことはなるべく自分でやるもの」「家の雑用は家族みんなが手伝うもの」といった私の「常識」がくつがえされていき、「できる人、気がついた人がやる」「できるときは互いに惜しみなく助け合う」にとって代わっていきました。気がつかないうちに、助け合ったり、大切な人たちと気持ちのいい時間を過ごしたりすることよりも、自分を守ることが大事になっていたんだなあ、と思いました。そして、もちろん、出来ないときは出来ないと言うけれど、いちいち、「なぜ、こんなことを私に頼むの?」「こんなことくらい、自分でやってよ」などと言わずに、頼まれたこと、できることを一人一人がおおらかにやって、ものごとが回っているのは、案外気持ちいいものなんだなあ、とも。これからは、夫の実家の「常識」を我が家にも取り入れて、夫婦で気持ちよく助け合うことを大事にするよう、意識していこう。そう思いました
2007.01.15
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明けましておめでとうございます。夫の実家でクリスマスと新年を迎え、家族みなで楽しく過ごしています。前回の日記に書いたように、ここへたどり着くまではハプニング続きでしたが、着いてからは、すっかりリラックスモード。夫の家族は面倒見のいい人たちがそろっているので、「こんなものを手に入れたいんだけど」とか、歯医者に行きたいとか、相談すれば何かと力になってくれます。それに、入れ替わり立ち代り、義姉や義弟が姪を連れて来たりするので、なかなかにぎやかです。義理の家族っていうのも、いいものだなあ、とつくづく感じます。夫と私は、いずれ、この街で暮らしたいと思っているので、少しずつ、その時の様子が思い描けるようになっているような、そんな感じです。そうこうしているうちに、今住んでいる国での暮らしが、だんだんと遠く感じられるようになってきました。あと8日ほどで帰国する予定ですが、何だか実感がわきません。今年の計画がほとんど決まっていないのも、その一因かもしれません。年の瀬が迫るにつれ、私は、新年の計画とか、少なくとも「こういう年にしよう」という方向性みたいなものは持っておいたほうがいいように思い始めました。でも、一人でゆっくりと自分と向き合う時間が取れないまま、新年を迎えました。そして、今思うのは、あえて白紙の状態で新しい年を始めてみるのもいいかもしれない、ということです。今年は夫と私にとって流動的な年になりそうなことだし、何年かのちにどんな人生を送りたいか、そのイメージは頭の中にとどめながら、流れに身を任せて、やってくるものを受け止めてみる。そんなふうにこの年を過ごしてみようかと思っています。
2007.01.02
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