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2026.08.09
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『孔明と一杯 ~三国志に学ぶ現代リーダー学~』

孫権仲謀編 第一話

第八杯

店長がいなくても、線は切れない

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

孔明は、先ほどの問いをもう一度口にしました。

「我が君」

「人を育て、点と点をつなぎ、それを一本の線にする」

「しかし、その線は――」

孔明は静かに盃を置いた。

「店長がいなくなったら、切れてしまわないのでしょうか」

俺は少し笑いました。

「孔明先生」

「実は、その答えになる出来事があるんです」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それは、俺がかつて店長を務めていた店での出来事でした。

ある日の閉店前。

営業終了まで、もうそれほど時間は残っていません。

店内では、少しずつ片付けへ入り始めていました。

厨房でも同じです。

営業中に使っていたものを整理する。

すぐに使わない食材やトッピングを片付ける。

翌日に向けた準備も始める。

飲食店では、ごく普通の閉店前の光景です。

このまま大きな波もなく、静かに閉店時間を迎える。

誰もが、そんな営業の終わりを思い描いていたことでしょう。

ところが――。

その日は違いました。

突然、お客様が来店された。

五名様。

続いて二名様。

さらに一名様。

その後も、

六名様。

二名様。

また二名様。

さらに五名様。

短時間のうちに、二十名を超えるお客様が次々と来店されたのです。

閉店へ向かっていた店が、一瞬にしてピーク営業へ逆戻りしました。

しかも、その時の店内は――。

ホール一名。

キッチン三名。

そして、

店長である俺は、その場にいませんでした。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

こういうピークは厄介なんです。

昼時や夕食時のように、

「これから忙しくなる」

と分かっているピークなら、最初から準備できます。

食材を揃える。

ポジションを確認する。

人員も、ある程度その時間を想定して配置されています。

ところが閉店前となれば話は違う。

少しずつ片付けに入っている。

気持ちも営業終了へ向かっている。

そこへ突然、

二十名を超えるお客様が押し寄せる。

当然、一気に仕事が重なります。

お客様をご案内する。

お冷を出す。

飲み物を提供する。

オーダーを取る。

先にいらしたお客様のお会計もある。

厨房では料理を作る。

出来上がれば、すぐに提供する。

そして、新しいオーダーがまた入る。

一つひとつは、普段から行っている仕事です。

ですが、

それらが一斉に押し寄せれば、

店は簡単に詰まります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

こんな時、

全員が自分の持ち場だけを見ていたらどうなるでしょう。

ホール担当は、

「俺はホールだから厨房のことは関係ない」

厨房担当は、

「俺は料理を作る人間だから、ホールのことは知らない」

レジが詰まろうが、

料理提供が遅れようが、

お冷が出ていなかろうが、

「それは俺の仕事じゃない」

そう考えていたら、店は回りません。

そして、

誰も全体を見ることができなければ、

やがて、

「誰が何をする?」

「次はどうする?」

「誰か指示を出して!」

という状態になります。

ですが――。

その日の彼らは違いました。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ホールスタッフが、お客様のオーダーを取る。

すると厨房の一人が店内の状況を見る。

ホールが追われている。

お冷がまだ出ていない。

その状況を見て、

誰かから命令されたわけでもないのに、厨房からホールへ出る。

お客様へお冷を配る。

そのまま必要と判断すれば、今度はレジへ入る。

会計を済ませる。

別の厨房スタッフは、

出来上がった料理を持ってホールへ出る。

料理を提供する。

最初にフォローへ出たスタッフは、

レジが落ち着けば、今度はオーダーを取りに行く。

一つの仕事だけを抱え込むのではない。

その瞬間、

一番必要とされている場所へ動いていく。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

しかし当然、

厨房から人が出れば、

今度は厨房の人数が減ります。

ホールを助ければ助けるほど、

その分、厨房には負担が掛かる。

最後には、

鍋を振っていた一人が、

ラーメンも作る。

餃子も焼く。

鍋も振る。

次々と入ってくる料理を、一人で支える状態になる。

それでも慌てない。

文句を言うでもない。

今、自分がやるべき仕事を淡々とこなす。

料理は上がっていく。

ホールへ運ばれていく。

お客様へ届いていく。

店は止まらない。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

俺がこの話で一番大切だと思っているのは、

誰か一人が、すべてを指示していたわけではない

ということです。

「あっちへ行け」

「お前はレジ」

「次は料理提供」

「オーダーを取れ」

「もう厨房へ戻れ」

そうやって、一手一手を誰かが動かしていたわけではありません。

状況が変わる。

すると、人が動く。

人が動けば、また状況が変わる。

今度は別の場所が苦しくなる。

すると、また別の誰かが動く。

その動きによって店全体が少し落ち着けば、

必要な役割もまた変わる。

一見すると、

最初からすべて決められていたように見えるかもしれません。

ですが、

実際には違います。

その瞬間、その瞬間で、

必要な場所へ人が動いている。

これが大事なんです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

そして、

ひと波が過ぎる。

突然押し寄せたピークも、やがて落ち着いていきます。

すると今度は、

「もう戻っていいぞ」

と言われるわけでもない。

ホールへ出ていた者は、自然に厨房へ戻る。

料理提供へ回っていた者も、元の持ち場へ戻る。

そして店は、

何事もなかったかのように、

いつもの形へ戻っていく。

後に俺は、その時の様子を知りました。

その話を聞いた時――。

嬉しかったですね。

もちろん、

突然のお客様をきちんと迎えられたことも嬉しい。

店が崩れなかったことも嬉しい。

でも、

俺が一番嬉しかったのは、そこではありません。

俺がいなかった。

それでも、

線が切れていなかった。

そこなんです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第七杯で、

一人ひとりが「点」で仕事をしていてはいけないという話をしました。

まず、

自分に与えられた役割を果たす。

自分の仕事をきちんと完成させる。

そして、

次の人が仕事をしやすいようにつなぐ。

困っている仲間がいれば、必要に応じて助ける。

その仲間が、また次へつなぐ。

そうして、

点と点が結ばれ、

一本の線になっていく。

しかし、

ここで一つ考えなければならないことがあります。

その線は、

誰がつないでいるのか。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

店長がいる。

店長が全部を見る。

店長が、

「あれをやれ」

「これをやれ」

と指示する。

スタッフは、

「はい!」

と返事をして動く。

これはこれで、

店は回ります。

外から見れば、

非常に統率の取れた店に見えるかもしれません。

ですが、

もし店長がいなくなった瞬間、

「次、何をすればいいですか?」

「誰が決めるんですか?」

「自分は何をやればいいんですか?」

となってしまうなら――。

それは本当に、

点と点がつながっているのでしょうか。

俺は、少し違うと思っています。

それは、

店長という一本の線に、すべての点がぶら下がっているだけ

なのかもしれません。

店長がいるから、つながって見える。

しかし、

その一本を抜いた瞬間、

全部の点がバラバラになる。

それでは、

まだ強い店とは言えません。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

店長がいる時だけ、

大きな声で返事をする。

店長がいる時だけ、

一生懸命動く。

店長から言われたから、

仲間を助ける。

言われたから、

掃除する。

言われたから、

次の準備をする。

言われなかったら、

何もしない。

それでは、

自分で仕事をしているように見えて、

実際には、

店長から次の指示が出るのを待っているだけです。

もちろん、

新人の頃は、それでも構いません。

最初から何もかも判断できる人など、ほとんどいません。

まず教わる。

やってみる。

失敗する。

また教わる。

少しずつ経験を積む。

できることを増やす。

最初はそれでいい。

問題なのは、

いつまで経っても、

「言われなければ動けない」

状態から抜け出せないことです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

店長がいなくても、

一人ひとりが自分の役割を果たす。

そして、

自分の持ち場だけを見るのではない。

今、

店のどこが苦しいのか。

何が詰まり始めているのか。

自分がそこへ入った方がいいのか。

逆に、

自分が動けば自分の持ち場が止まらないか。

誰が今、一番動けるのか。

どこへ一人入れば、

店全体が一番楽になるのか。

そして、

状況が元へ戻ったなら、

自分も元の役割へ戻る。

誰かに言われたからではない。

自然に、それができる。

そこまで来て初めて、

店長がいなくても、線は切れない。

俺はそう思っています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

孔明は、しばらく黙っていました。

盃の中の酒を見ながら、

何かを考えているようでした。

やがて、

静かに口を開きます。

「我が君」

「ひとつ、分からないことがあります」

「何でしょう?」

「店長である我が君は、その場にいなかった」

「そして、誰かが細かく指示を出していたわけでもない」

「それなのに――」

孔明は俺を見ました。

「なぜ皆、自分が次に何をすべきなのか分かったのでしょう」

俺は思わず笑いました。

「孔明先生」

「そこなんですよ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

人は、

「周りを見ろ」

と言われただけで、

周りを見られるようになるわけではありません。

「自分で考えろ」

と言われただけで、

自分で考えられるようになるわけでもない。

「もっと気を利かせろ」

と言われたところで、

何を見て、

何を考え、

どう動けばいいのか分からなければ、

結局は動けません。

「フォローしろ」

と言われ続けたからといって、

本当に必要な瞬間に、

自然と動けるようになるわけでもない。

では――。

なぜ彼らは動けたのでしょう。

なぜ、

自分の持ち場を越えて動くことができたのでしょう。

なぜ、

誰かから命令されなくても、

その瞬間に必要な仕事を判断できたのでしょう。

そして、

なぜピークが終わった時には、

また自然と元の持ち場へ戻ることができたのでしょう。

偶然でしょうか。

たまたま、その日のメンバーが優秀だったからでしょうか。

俺は、そうではないと思っています。

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孔明が少し身を乗り出しました。

「では、何が彼らをそう動かしたのですか」

俺は盃を口元へ運び、ひと口呑みました。

「それには、ちゃんと理由があるんです」

孔明が笑います。

「ほう」

「では、その理由を聞かせていただきましょう」

俺も笑いました。

「いや、孔明先生」

「今日はここまでです(笑)」

「ここで全部話したら、また徳利ごと空けることになりますから」

孔明も声を上げて笑った。

「これは一本取られましたな」

俺は残った酒を飲み干しました。

店長がいなくても、

線が切れない店。

それは、

偶然できたものではありません。

では、

どうすれば、

人は言われなくても動けるようになるのか。

どうすれば、

自分の仕事だけではなく、

店全体を見ながら動けるようになるのか。

そこには、

ちゃんと理由があります。

その話は――。

また次の一杯で。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

🍶 孔明語録

「店長がいる時だけ回る店では、まだ強い店とは言えない。店長がいなくても線が切れない時、その教えは初めて店に根付いたと言える」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

では、また次の一杯で。

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【次回予告】

「周りを見ろ」

「自分で考えろ」

「もっと気を利かせろ」

言葉で命じることは簡単です。

しかし――。

なぜ、それができないのでしょう。

そして、

どうすれば、

指示を待つ人から、

自分で考えて動く人へ変わっていくのでしょう。

店長がいなくても線が切れなかった店には、

偶然ではない理由がありました。

ただ、

その答えをすべて一度に注ぐつもりはありません。

次の一杯では、

その理由をもう少しだけ。

人が、

「言われたから動く」

ところから、

「自ら動く」

ところへ進むために、

指導者は何をすべきなのか。

次の酒席で、

また少しだけ酌み交わすことにいたしましょう。

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最終更新日  2026.08.09 21:36:59 コメントを書く


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