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「サンカ」について昨夜ブログに書いたのが思わぬ反響があり出雲大社に行く記事を書く前にこの「サンカ」をめぐる出来事について今夜は書くことにします。この「サンカ」と言う言葉がこんなに 日本人の心の奥底に眠る何かを揺さぶるとは思わなかったのですが 反響にびっくりしました。 そもそもこの「サンカ」と私の出会いですが 出雲での滞在を終えて 喜楽天道さまと大阪行きの高速バスに乗っていた時のことです。東京からケータイ電話連絡があり かねてよりご縁があったヒーリングダンサーの一行が東京公演を終えて京都に向かっているという連絡を出雲の阿国さまたちが(私は彼女達のことをそう呼んでいます)してきてくださいました。その時隣の席で 喜楽さまが 「予定変更というメッセージが来ていたのだが それはこの事だったんだなあ、 彼女たちに会うことになっているようだから東京に帰るのを一日遅らせます。」といわれたのです。「ところで さっきから『サンカ』という言葉が来ているんだけど ひめさん この『サンカ』について知っていますか?」そう聞かれたのが このサンカという言葉との出会いでした。それまで この言葉については知らなかったので 知らないですと喜楽さまにはお答えしました。さて昨夜は夜もふけて 自然に始まったお茶会の内容もだんだんと深い内容になっていきました。ヒーリングダンスのとても良いところを聞かせていただいたり また反対にヒーリングダンスではカバーしきれない部分を話し合っていた時のことだったと思います。喜楽さまが出雲の阿国は「サンカ」という集団の一員だったのではないか、 彼女達は全国を巡業しながら諜報活動を行っていたのではないか そしてその集団のトップには首長が居て その首長の命令に彼女達は命がけで従っていたのではないかと切り出されたのです。阿国さまも 日ごろのヒーリングダンスの深いトランス瞑想の中で それらの過去生があったことに気づいておられるようでした。お二人の話が くの一の話になり 彼女達の心の解放の話に及んだ時 横で聞いていた私の身体に2体のエネルギーが入ってきました。サンカ族の女性だとすぐにわかりました。 特徴的なのは 首の後ろにコノ字型の楔のようなものが打ち込まれており首の後ろが痛いのと 喉の下に重く何かが詰まっていて声が出ないのです。「言ってはならない!」という強い呪縛の声が聞こえます。そして 喜楽さまの話によって 天のサポート存在が 阿国様たちが共通して抱えているサンカの女性の心の解放にむけて光を放ち始めると 私の頭がどんどん痛くなりました。私の頭(2体の霊の頭です)が それが喜楽さまが語られる自由への概念を受け入れようと考え始めると それを阻止するものが頭の中で動き始めるのです。まるで孫悟空の頭の輪のように キリキリと彼女達の頭をしめつけて 思考をストップさせているようでした。それでもどんどん光は入ってきますので ついにその輪がはずれ 私は凄く咳き込み喉につかえていたものもなくなりました。 そのサンカの女性のエネルギーを通して私はあるビジョンを見ました。--------------彼女の目は寺の門を見ています。 彼女は彼女達の頭目を愛しています。頭目は男性ですが 頭目の命令は絶対であり 頭目も彼女達をある意味では強く愛しています。彼女達が隠密として敵の手に捕まるときは 必ず自害することになっています。一人のくの一は 理由があって彼ら一族の場所を離れることになりました。彼女はその一族にとって大切な秘密を握っています。 彼女は黙って静かに余生を送ることもできたのに自害しました。 自害して 彼女の口を敵に割られる可能性をゼロにすることによって彼女の頭目への愛を表現したのでした。特殊な集団の中の特殊な愛でしたが その集団はまだ その仕組みの中に死んでなお縛られているようでした。 その頭目も其の時代の中で彼が信じる主君に命がけで仕えているのです。--------------出雲の阿国様たちは 昨夜大切な気づきを得られたようです。彼女達が気づくことによって 彼女達にゆかりの踊りの神々や霊たちも気づいていくのでしょう。さて「サンカ」という文字ですが これほど沢山の情報を含んでいるとは思いませんでした。たとえば「サンカ」と言う言葉をインターネット検索するときに「サンカ 空海」 とか 「サンカ 出雲の阿国」 とか 「サンカ ユダヤ」とかインスピレーションの赴くままに打ち込んでみるとその人に縁のあるサンカの情報がでてくるのかもしれません。私の場合は昨夜のビジョンから どうしても頭目という首長のことが気になっていました。それから 阿国さまから 自分達は山のなかでツタを編んでかごを作るといっておられましたので それらの言葉を入れてみると「アヤタチ」という言葉が引き出されたのです。以下に貼り付けますね。「サンカ研究家の三角寛氏は、昭和23年に東京で文立丹波(あやたち・たんば)から次のような、伝承を採録しています(アヤタチというのは、サンカの最高権威者)。 『アヤタチの祖先は、スサノヲ(=須佐之男命)が、イナダヒメ(=櫛稲田姫)と結婚する前に、スサノヲに帰順した出雲族である。別名アヤツチ、スガツチともいう。この「ツチ」というのは、イナダヒメの両親であるアシナツチ、テナツチを祖先とする丹波地方、出雲地方の箕作りの称である。』」手摩槌 足摩槌は櫛稲田姫の母、父です。そうだったのか と思いました。またインターネット検索をしている時に この「サンカ」について書かれた小説では五木寛之の 「風の王国」 が有名であることが分かりました。実はこの本ですが 私が生駒山に行く前に 奈良県の事件を担当されていたある検事さまが奈良の二上山(にじょうざん)が気になるからと言ってわざわざ 持ってきてくださった本なのです。まだ読んではいなかったのですが近いうちに読ませていただきます。なぜ 私の元に 「サンカ」についての情報が集まってくるのかはまだ わかりません。このサンカの民は山の民とも言われ 自然の中で自然の食べ物を採集して生活します。海の幸 山の幸を食べるのでしょう。私達はいつのころから この貨幣経済に縛られる世界を作り上げてしまったのでしょう。そんなことを考えて居る時 ふと隣においてあった新聞の記事が今 目に入りました。奈良県橿原市の藤原京で最古の貨幣・富本銭9枚や水晶などを入れた出土し 奈良文化財研究所が29日発表した。森郁夫:手塚山大教授(歴史考古学)の話「平城京でも陰陽師がたびたび地鎮を行っており その前の藤原京の中枢部でも行われていたことが証明された。 富本銭を入れたのは地の神から土地を買う意味があったのだろう。」今この出来事が発表されたのは 重大ですね。ここでもさまざまなことがリンクします。明日は いよいよ出雲大社に詣でる話を書きたいと思います。
2007年11月30日

出雲の車移動の中では常にトランス状態になりました。こんなことはそうしょっちゅう起きるものではないのですが 何処かの神社に行こうとするとその神社のエネルギーが来るのです。そのエネルギーとの交流をするために意識が特別な状態になったようです。そしてその神社についてお詣りしている時は大丈夫なのですが また次の神社に向かい始めると次の神社のエネルギーが来るのでトランス状態になりました。これは神社に関することだけではなく他のエネルギーに関することでもおきたのですが今回神社のエネルギー圏で頻発したのは 出雲の神々と話す事がたくさんあったのでしょう。私が後部座席でそういう状態になると前の助手席の喜楽天道さまは 私の状態が後ろを見ないでも判りますので 私の状態を運転中のゆうきりな様と稲荷さまに伝えてくださいます。それで何が起きているのかが判るので 皆は私の様子を安心して見守ってくれていました。私が向かいあっていた問題は 私に向かってきているこのエネルギーは一体何なのだ?それらは出雲神族と本人達が名乗るグループのように思われました。スサの一族のことを良く思わないこのグループが 過去に起きた出来事をめぐってあまり良くない残存思念を残しているのであれば それを聞いてみようと思いました。出雲族についてですが この出雲には長い歴史のなかで様々な人々が住んでいたと思います。しかしながら出雲神族と自ら呼ぶグループがいるのなら 彼らが崇めていた神さまにお参りして話し合ってみようと私は思いました。こうして 出雲滞在二日目は出雲神族の祖神であるクナトノ大神を探すことにしたのです。まずは 午前中は出雲大社の神在祭の最後の日ですので そちらに行く事にしました。出雲大社にはいくつかの謎があります。近くに住む人の話によると出雲大社に大国主命がお奉りされているのではなく封印されており 実は人々はスサノオを奉っているのだといっておられました。また神在祭でおこなわれる 蛇を殺す神事はいったい何を意味するのでしょうか?出雲の中では様々な神社がその勢力エネルギー圏を形成しているようで それが複雑に入り組んでいるようなのです。私の上の存在はその神々のそれぞれの意見を聞いてまわっているようでした。まずは その大きなスポットである出雲大社に私たちは向かうことにしました。出雲大社では 神在祭の神事がおごそかに行われていました。(つづく)----------------------------昨夜お知らせをしました今日のお茶会ですが お昼からいれかわり立ち代り懐かしい方が来てくださいまして それぞれの気付きをシェアーすることができました。今 午前1時ですがまだ 続いています。私はとなりの部屋でこのブログを書いていますが ニーナカロライの居間では喜楽さま、阿国さまを中心に本当に素晴らしいお話合いが続いているところです。最初から何かテーマがあってその話を継続して深めていくお茶会もありますが今夜は先日のスピコン~生駒山~出雲 とつづく学びになっているようで 大切なキーワードがサポート存在から次々にもたらされ 私達や今夜ニーナに集まってくる存在たちが必要な部分の解放にむかってどんどん光が降りてきているようです。今ちょうど『サンカ』と呼ばれる民について皆で心を寄せているところです。出雲の阿国はサンカであったとも言われています。空海さまと共に活躍した人々 また隠密として働いた民 それらの民の苦しみを私は感じて涙しました。 『もう自分を許してください 互いに許しあってください。』 過去の負のエネルギーを自分が手放すだけでなく まだ苦しんでいる人々が手放せるように心から祈ります。たくさんの人々が楽天のブログで書いておられるように あっさりと負のエネルギーを手放すことはできるし そうしたいと私も願いますが一方で 過去の歴史の中にあまりにも強く閉じ込められて苦しんでいる民がいて その苦しみが解放されるには その悲しみと苦しみの深さを十分に補うだけの光をいれることが並大抵ではないことも事実のようです。全ての生きとし生けるものに天からの光があまねく振りそそぎ 今まで差し込まなかった負の部分にも愛の光が差し込むことを祈ります。
2007年11月29日
一晩中続くラップ音と共にある臭いに乗って恨みの念がやってきました。後から聞いたところによれば 隣の部屋で休んでおられた京都から来られている稲荷さまは一晩中胸などの痛みに襲われて眠れなかったそうです。さて 私の助けてという叫びを聞くまでもなく 喜楽天道さまには 「この恨みはらさずにおくべきか~」という思念は伝わっており彼はこの家に光のエネルギーを送っておられたようです。すると今度は 私の身体がどんどん寒くなってきました。このゲストハウスは ゆうきりな様が来年オープン予定で借りられたばかりで 宿泊者が泊まるのはその夜がはじめてのことでした。この日からこのゲストハウスの浄化大作戦が土地の浄化とともに始まり 私たちがこの家をおいとまして京都に戻る頃には 出雲の神様達の気が降りてくる素晴らしい癒しの場とかわりました。これにつきましては またゆうき様の楽しいお話をお聞き下さい。しかし この夜は様々な要因が重なって この家は次元の違う場に繋がるポータルを開けてしまっていたのです。そのポータルは 北西にあるトイレと南東にある風呂場をつなぐ 水のラインに開いたようで私はちょうどその上に寝ていました。喜楽さまが頼んでくださって降りてきている光の恩恵を受けない別の次元に入り込み その夜 出雲に集まっていたたくさんの者たちに囲まれていました。「戦いはもう止めてください!」 何度も何度も私は彼らにそう泣きながら呼びかけていました。この夜はおりしも出雲大社で行われていた八百万の神々の会議の夜 神在祭の最終日の前夜でした。大国主命の国ゆずりの美談の背景には その土地にもとからいた一族の間に起きた摩擦と人々(今では神々と呼ばれていますが)の想いがあるようです。戦いに敗れた方は どのような形で降伏したかによって それが後に名を留める形で穏便に処理され また徹底抗戦した者は 悪として後の世に残されるか 歴史から抹殺され封印されたようです。いずれにしても歴史は征服した者に都合の良い形で 書きかえられているように感じます。どの立場から出来事を見るかによって全く違う様相を現すので これが真実の歴史だ!と言うものはないように思います。私は今回は自分の魂の故郷である出雲に戻ってきたという感覚の中で出雲入りしたにもかかわらず 出雲族を滅ぼしたスサの王についた裏切り者としてあちらこちらから攻撃の念が送られてきて 神在祭のこの夜は戦いにつぐ戦いが生み出した悲しみと怨みの世界に入り込む事になったようです。もっともいつもはこの世界にリンクする事はそうないと希望するのですが今回はこの学びが必要だったのでしょう。「戦いはもう止めてください!」この言葉は 戦いの中で政略結婚によって嫁いでいった女性の悲鳴でした。 父や母を愛しながらも 敵勢力に嫁ぎ その中で夫を心から愛し子供を生んで育てていく。 しかしながら時代はそのような愛にはまだまだ過酷な試練を与えていたのです。長い間の豪族たちの離反と集合が互いの一族の血をも交えあわせながら複雑に絡み合って深い深い悲しみのエネルギーを出しているのでした。それぞれの民の背景には全く違うエネルギーが大陸から(実は宇宙から)持ち越されているように感じます。出雲においては 「蛇の民」と「牛の民」 これらの相反するエネルギーをどう和合させ今世に残る残留思念を光の中に解き放ち 『和解』に向かって大きな一歩を進めるかが全国から集まった八百万の神様達の解かねばならないテーマであったのかもしれません。---------------------------先ほど 出雲から京都ニーナカロライに戻ってきました。今夜の内容が難しい内容だけにどう書こうかと迷っておりましたが留守番電話に残っていた鹿児島のお若いご夫妻(こちらに旅行にこられていたようですね)のひめのさんのブログをいつも楽しみにしていますのメッセージで元気がでて今書いています。 お名前もお聞きしませんでしたが ありがとうございました。それから 出雲から京都に向かう高速バスに載っている私に 東京から電話がありました。以前にこのブログでご紹介した 全国を踊ってまわっているヒーリングダンサーの方からで明日から京都公演だそうです。 明日(11/29)の夜7時ごろニーナに立ち寄られる事になりましたのでもしよかったらご縁がある方はニーナにお越し下さい。私たちは出雲で出雲の阿国の存在とご縁を感じてきましたので喜楽さまも東京に帰られるのを一日のばして 明日は 喜楽さま 阿国様たちとの交流になりそうです。 もちろん出雲の土産話もあります。ご縁がある方は このメールで もしくは電話連絡の上 (075-411-8571) お越しくださいね。
2007年11月28日
皆様こんにちは。 今 出雲の須佐神社のとなりの温泉のインターネットをお借りしてこのブログを書いています。 須佐神社の綺麗なバイブレーションにふれ 温泉にはいりやっとのんびりしたところです。実は 生駒山に行ってほっとするまもなく 出雲にいくことになりましてそれも今日までおこなわれていた出雲大社の「神在祭」(八百万の神様の会議)にまにあうように いくべし!とのことで 25日の早朝 米子行きの高速バスに飛び乗りました。宿泊地は今度新しく出雲にゲストハウスをオープンされる予定のゆうきりな様の新居です。ゆうきさまが 米子まで迎えにきてくださり 彼女の車で出雲に向かう道中 ここと思う神社やスポットに寄って行く旅となりました。出雲は私のゆかりの場所で 大変期待して心弾ませていたのですが 行く神社行く神社どうやら歓迎されていない印象をうけました。どうやら私のこの神様の時代の転生と 私が出雲に持ってきたエネルギーによるものだったようです。この歓迎されていないピークは 夜 みなが寝る時に絶頂を迎えました。ゆうきさまのとても広くて素敵な部屋の天上からラップ音があちこちから 聞こえ始め「裏切ったなあ~」の思念とともに さまざまな恨みのエネルギーが飛んできたのです。同行されていた 喜楽天道さまを起こして 助けてもらったのですが、今まで経験したことのない恐ろしい感じです やがて 私の心のある場所がその恨みの念とリンクしたので うえ~~~~んと 泣き始めて 私はあとは天に任せて眠りました。朝 起きたら他の人たちも 巻き添えにしたようで みな 笑い顔で「昨夜はすごかったねえ」と言っておられました。そんなことがあって いったい彼らは誰だろうということで 今日は出雲大社にお参りしその謎を探求することになったわけです。あ~~~! 皆が お風呂から上がってきました。 次の場所に行かないといけないのでこの話しの続きはまた 今度。元気にしています。 そして お世話になったゆうきりな様はじめ皆様には ひめのさんと一緒に居るとこんなにたくさんの面白いことが起きるんだ~♪と喜ばれています。それではまた。
2007年11月26日

喜楽さまが大黒さまとお話されている間 私は自分が出会いたいものを探していました。 それがこの奥の院にあるかと思っていたのです。ご縁がなければ見つからないだろう そう思いながらも 奥の院のお寺の方にこの寺に13に関する塔がないか聞いてみると お寺の方がとても親切に古いお寺の会報に載せられた13段ある塔の写真を見せてくださいました。それは奥の院にあがる途中の延命水の右にある ウスサマ明王に守られる(?)形になって奥まった所に安置されていました。場所としては 聖なる岩の真下にあることになります。この供養等は お寺の方のお話によると 大変古いもので 寺が創建されたときにバラバラに散乱していたものを集めて安置したとのことでした。私はこの塔に 自分が過去生に生きていた時にご縁があった人との思い出を感じました。 其の部分をどうしても癒したかったのです。私の後ろでは この宝山寺に私たちを案内してくださった方が 喜楽さまに ひめのさんは何をしているのかと聞いておられます。喜楽さまは ひめのさんは過去の人たちとお話しているのですよ、、、もう重いエネルギーなんだから、、、とぶつぶつ言っているのが聞こえてくるので私は「もう外野はうるさいなあ。」と笑いながらお話を続けておりました。私にすれば大切なひと時だったのです。さて 生駒山をおりて私たちは 生駒山の麓にお住まいの癒し手であり修験道の密教修行者の方のお家に行きました。この方は とても美しい写真を撮られる方なのですが この方が私に見せてくださった写真集のトップが 飛鳥の石舞台古墳の写真でした。これを見て私は感無量でした。 以前私は自分探しの旅をして飛鳥に行き甘樫の丘と石舞台古墳に行こうと思った時にどうしても近づけずに結局藤原京の近くばかりを廻らされておりました。それがやっと石舞台古墳に行き着けたという感じがしました。それとともに もうこの時代の修正を終えて 先に進んでよいのだというメッセージが届いたのです。この一年たくさんの人たちと出会い 多くのことを教えてもらいました。本当に 全ての人々に感謝の気持ちを心から抱くとともに空海さまが教えてくださった それぞれが学びの途中でありそれが宇宙を構成しているという曼荼羅の世界を大切にしたいと感じました。
2007年11月24日

生駒山に行くメンバーが生駒の駅に到着しました。このメンバーの人たちはそれぞれに違う霊団の守護を受けている人たちで 通常であれば一緒に動くという事はないことを感じました。 だからこそ共に相手の世界を判りあえるようにまずは この3次元にいる私達が認め合う喜びを見出すのです。私は共に行ってくださる方たちから 天河神社の神様の舞について教えていただいたり 密教の行者様から 色々な事を教えていただいたりする喜びを素直に感じていました。生駒山の宝山寺に着いてまず山を見て感じたエネルギーは 役小角のエネルギーでした。けれども表に出ているのは 全国から集まってこられる御商売をされる方たちが 歓喜天(聖天)を信心されているエネルギーです。 より俗世に近い喜びです。さらに上に登っていくと 実にさまざまな仏さまがそれぞれのお堂に御奉りしてあるのです。 それぞれの仏が独特のエネルギーを放っています。全体を連ねているのが空海のエネルギーでした。 とても大きな包容力のあるエネルギーでした。そこで私が感じたものは それぞれの人が安心して それぞれに信じるものを信じて良いという大きな安心感でした。其の中で最初は信心する側がやがて 周りの人々に幸せを与えていかれる存在になっていかれるのでしょう。ただ ここは私の行きたい場所ではないなあという感じがして私は階段を登っておりました。すると懐かしい人が私のことを呼ぶのです。こっち こっちと。 呼ばれるまでに左に曲がるとそこには 湛海和尚さまがおられました。それからは湛海さまに導かれて 一番上にある奥の院まで気持ちよく登らせていただきました。奥の院のご本尊さまよりも もっと上にお堂があり だれのお堂かと思うと大黒様でした。私はここには喜楽さまに 来て頂かなければと思って彼を呼ぶと しばらく喜楽さまは大黒さまとお話になっておられました。(つづく)
2007年11月24日
生駒山に行きました。 何日か前までは行く予定は無かったのですがそれがコダマ凛さまの山の民についての言葉を聞いて そして行く決心をしました。それまでにおきていた流れとしては 私のゲストハウス、ニーナカロライに喜楽天道さまがいらっしゃって不思議な形で彼のセッションの予約が入ったことから始まります。それまで喜楽さまは御自分の内面の旅に時間を使っておられたので 表にはでてきておられませんでした。それが今回 京田辺市の方から呼ばれる形でこの旅が幕開けしました。セッションの日程のなか 彼は何度も変だ、変だ、 今回は変だとつぶやいておられました。ちょうど11月11日を境に地球全体にわたる波動の変化があり 京都もそれを人々の中でまた土地として体験する事になったのです。彼が変だとつぶやいておられたのは セッション申し込みの動きでした。琵琶湖から淀川にそって すべての予約が入りました。 そしてそれ以外での場所の設定やホテル予約までが すべて後からわかったところによれば メールが届いていないなどの遮断する動きにより 彼は当初予定されていた 大阪神戸での動きを止められて完全に京都に張り付き 琵琶湖から京都を通って大阪湾にいたるところに住む人たちと共同の素晴らしい光のワークをおこなってくださったのでした。一方私のほうは 一年前に京都の地場の浄化ということに 気づかせていただきながら自分の想いがあってその光の柱をたてるという方向に 踏み出していく事ができませんでした。私は自分でいうと おこがましいかもしれませんが いったん決めたことはどうしても自分で納得がいくまでやってみたい性格なのです。私が引っかかった事はCDにも吹き込みましたがこの土地に結界を張った人があったとしたらその人たちの想いを知りたいということでした。そんな時に天が次に遣わしてくださったのが 隠れの学び舎の北牛さまだったのですね。そうしてこのワークを通して 京都の歴史のバックで大きな影響を与え、現代の社会構造にまでおよんでいる 飛鳥時代の出来事とその時の人々の想いを追求する事ができたのでした。それには同じご縁で集まってきてくださった人々の大きくて忍耐強い協力がありました。また4月より私はずっとニーナカロライに篭っていましたので いつもであればこうして外に出ることはありませんでした。けれどもあの11月11日に学び舎本校の北牛さまがひめのさん好きに動いて良いですよと言ってくださって 学び舎の先生たちのグループを抜けて独自の動きをすることになったのです。この背景には 京都守護職の鞍馬山のサナトクマラの強力なエネルギーが働いていましたしまた 王仁さまからの10日夜に 琵琶湖から京都、淀川にそって大阪湾まで一気に清らかな水のエネルギーを流していくようにとのメッセージが降りており様々な事がリンクして 上のほうからの動きがあってその大きな流れの怒涛の中に流されていったのです。この大きな動きとは私が感じてここに書いているだけのことではなく それぞれの人たちがそれぞれにこの大きな動きの中に大切なことを学びより光としての輝きを放ち始める旅を進めた動きであるように思います。この間私は 自分の心の動きが間違っていないかどうか 常に謙虚であろうと思いました。間違っていれば この動きは何処かでブレーキがかかるだろうと思いました。でもその度に 例えば 私たちの車の前に369ナンバーの車があり 裏の車を見ると同じく369ナンバーの車があったり また自然界のほうも鳳凰の雲や素晴しい虹を何度も見せてくださるなどの動きがあったのでした。私達の動きのなかを流れている大きなテーマは「和解」です。 このテーマの流れにそってどんどんそれとリンクする人たちが集まってきている。その中で今回の生駒山行きが起きたのだと感じています。 (つづく)
2007年11月24日
先ほど今日の生駒山の日帰り旅行から帰ってきました。いつもはすらすらと書ける日記が書けないです。こんなことは初めてです。 生駒山での出来事をどの切り口から書くかによって 違うストーリーができあがります。今日 電車で京都まで帰ってくる中で 喜楽さまと話していたのですが毎日毎日これだけ違うエネルギーが来て 色々なことが起きるともうエネルギー酔いしてへとへとになるね、だからニーナカロライに帰るともうブログを書く気力がなくなるけれどもだからと言って今日の出来事を明日ブログに書けるかといったら 明日は明日の出来事が非常に濃い様相を見せてくるから もう今日の出来事ははるかかなたの過去の出来事になってしまうね と。皆様の周りでも毎日がどんどん濃くなってきていませんか?今日は生駒に行けて そこのエネルギーととても良い形で交流することが出来てなんだか とっても幸せです。
2007年11月23日

『琵琶湖の蓬莱山へ行ってください。』その導きの声によってとにかく琵琶湖の蓬莱山が見えるところまで行こうと思いました。蓬莱山は琵琶湖の西にあります。 其のうち 現在ニーナカロライにご宿泊の喜楽天道さまがなんだか草津にいくのが良いかもと言われて それから琵琶湖の地図とにらめっこしてそして琵琶湖の東側にある 三上山にエネルギーを感じるからここに行ってみようと決めたのが 今朝の午前3時ごろでした。 最初は二人の予定が 縁ある人々が次々に集まってきてくださって一緒に行くことになりました。午前10:30 京都ニーナカロライ出発 京都の北山にかかる低くて大きな虹を見ました。(1回目) 下賀茂神社の近くをとおり 比叡山のそばを抜けて 滋賀県に入りました。琵琶湖の西岸沿いの堅田(かたた)まで来たときに これから行こうとする蓬莱山の方にかかる虹を見ました。(2回目)途中地元のウイング様が合流してくださって おそらく地元の人しか行かないのではないかと思われる山の中の還来神社にまずは参拝しました。この還来神社ですが 私も行ったのは今日が初めてでした。蓬莱山のエネルギーを引いているお堂があって そのお堂から 今日は登ることのできない蓬莱山にご挨拶をすることにしました。其のときに引いたおみくじが『笑う門には幸い来る。寝てもさめても にこにこと つとめて にこにこ笑いましょう。天岩戸は笑いであけた、笑う門には福来る。』 というもので この半年は 自分の中にある岩をどうしてなくし 天の岩戸を開けるかということにフォーカスしていたので そうか、、 天の岩戸は笑いで開けたか、、、と思わずにっこりしてしまいました。仲間達も皆 大笑い。そして 昼食に入ったレストランで案内された席の前にこんな絵が。マグダラのマリアらしき人が寝てるやんか となんだか皆でまたまた ほがらか笑い。このレストランでは 皆久しぶりの再会でしたので この何ヶ月かの間にどのようにすごしていたかの話になりました。離れていたからこそ その人に必要なことを学んで そしてまた再会したときには以前よりももっと深いレベルで互いを理解し会えることを私は感じました。そして 先日の11月11日に彼らも大きなシフトを経験していて 今はまさに過去にたとえどんな因縁をもった相手であったとしても 互いに相手の立場にたって 許しあい和解していく方向にあるのを感じました。さて 昼食が終わり 山を降りた私たちを迎えてくれたものは 琵琶湖の東側ちょうどウイング様のお住まいの近江八幡の方向に現れた虹でした。(3回目)私達は琵琶湖を南に下りていきました。すると今度は 琵琶湖西岸の蓬莱山の側から 琵琶湖東岸にかけての琵琶湖をまたぐ虹が現れたのです。 (4回目)虹が大きいので 蓬莱山側は取れませんでした。さて次は琵琶湖大橋を渡って琵琶湖の東岸にある 三上山に向かいます。三上山は 近江富士とも言われる山で 平野にぽつんと立っているので凄く分かりやすいです。その間一部しんどいエネルギーの 滞っているところを抜けた時 三上山の右に虹が立ち上がっているのを見ました。(5回目)やっと三上山の近くまできましたが どうも私には合わないエネルギーなのです。そのエネルギー自体は おそらくはそれを信仰する人々にとって 元気の出るエネルギーだと思いますが 私はなぜか この山は苦手でした。同行した人たちのほとんどが 中国大陸のエネルギーを感じるといっていました。そこで 山を守っている御上神社にお参りしました。*御上神社資料「祭神天之御影神(天照大神の孫)が三上山にご降臨になり、神孫の御上祝(神主)等が三上山を清浄な神霊の鎮まる神体山として崇め祀ったのが起源とされている。 その後、奈良時代初期 (718年)に藤原不比等の勅命によって初めて現在の地に榧(かや)の木で本宮を造営して祭神を移し奉った。」 こんな時はいちもくさんにおまいりして ご挨拶をするほうが良いのを体感していますので鳥居からぴゅ~っと本殿まで駆け抜けて行きました。同行されていた喜楽さまも 同じものを感じられているようで あっという間にご挨拶を済ませてお先に失礼しますね~っといって すたこらさっさと戻っていかれました。私は 三上神社の神様に以下のようにご挨拶しました。『私は京都の姫野ゆめと申します。今 私は 過去に起きたさまざまな出来事からくる諍いを乗り越えて互いに相手の立場に立つことの大切さ、和解することの大切さを感じております。そのように感じて動いておりますので どうぞよろしく御願い致します。』そうご挨拶をすると先ほどまでの重苦しさが取れ、 随分身体が楽になった。とはいえ やっぱり合わないものは合わないので 大慌てで車に戻りもと来た道を帰ろうとして 先ほどの三上山を振り返るとあ! ここでも虹がでた! それも飛び切り大きな虹が三上山の上空にかかっています。(6回目)私達は 今日は様々な場所で6回 虹がかかるのを見ました。こんなことは本当に初めてです。また 今日は何回か雲が鳳凰の形になって 清らかなエネルギーを発しているのを皆 感じました。そして 最後の極め付けが 琵琶湖から比叡山~京都方向に現れた金色の光の空です。地面近くで光っているので 建物が邪魔をして写真に収めることはできませんでしたがとにかく素晴しい金色の光をはっきりと見ました。其の光は 金色に輝く鳳凰を感じさせるとても美しいものでしたが その前には暗雲が低く立ち込めて 其の光がそのエネルギーを発するのを妨害しているかのようでした。今の状況を象徴しているかのようでした。明日はいよいよ生駒に向かいます。
2007年11月22日
スピコン裏話の続きのような夢を見ました。昨夜は鬼と言われた山の民の話をしたんでしたね。 今の流れは生駒山に向かっていますが この夢の中に出てきた主は生駒山に私が行くのを知っておられたようです。----------------------------------------霊界百話『丹生都比売』第十八話目の前に古代の着物を着た男性が座っている。どうやらここは小さな舞台ホールのようだ。其の男性が自分のことを 天之御中主神(あめのみなかぬしのみこと)と名乗った。『貴女は今 琵琶湖から京都~大阪に至る水脈の浄化をしようとしている。そのサポートの瀬織津姫(せおりつひめ)と共にあるのはわかる。しかしながら 水は大地を通るゆえに 大地が汚れておればそこを通る水の清らかさは損なわれてしまうのです。この者を共にお連れなさい。この者の名は丹生都比売(にゅうつひめ)。 瀬織津姫とはもとは同じ自然を司る神でありながら人々をより鉱物のなかでサポートしている存在です。』天之御中主神の神の前に 二人の美しい神様が立っていた。「この方は このごろ現れている山の民の神様ですか?」私が問いかける。『彼らの中には 水銀などをつかさどる神として丹生都比売を信仰するものも居ます。いずれにしても 生駒に行く折はこの丹生都比売を共にお連れなさい。二人の神が協力します。』-----------------------------------丹生都比売とは一体だれなのだろう? そう疑問に思って今日調べてみました。それによると丹生都比売を祭る丹生族の人々は、奈良と和歌山の北部を巡り、稲作を伝え、最終約1700年前に、天野の地にやってきたそうです。空海上人がこの地に来られた時、丹生都比売が高野山を譲り、密教を守護する事を約束し空海上人は丹生都比売を高野山真言宗の守護の神として崇敬し、高野山にも丹生都比売をお祭りしたのです。高野山のご神紋は左三つ巴(右頭三つ巴)。この紋は高野山真言宗の守護の神である丹生都比売のご神紋だということが判りました。四国お遍路では、昔はこの途中にある丹生都比売神社に立ち寄り、遍路の無事を報告し、守って頂いた丹生都比売にお礼言って高野山に登りました。そのような丹生都比売となぜ 生駒山に一緒に行くようにとのメッセージだったのかまだわかりません。生駒山の宝山寺は 修験道のお寺ということです。 また役小角のゆかりのところでもあるようですから 鬼といわれた山の民の地場でもあったのですね。ところで今日は ニーナの近くのねぎ太郎でオフ会を開いていましたがその会に大阪から 昔々さまといわれる方が素敵な奥様と一緒に参加してくださいました。この昔々さまのお家が 丹生都比売神社と物凄く縁がある家系で 私が知らないことまでネットで検索しきれなかったことまで 今夜は先ほどまで教えていただいたのでした。謎は深まります。 でも なんだか ウキウキ楽しいですね。* 2007ひめのメッセージ
2007年11月21日
さて今回のすぴこんではそれぞれに素晴しいストーリーが裏というか別な所で展開していたと思います。 私は京都のすぴこんの主催者のまりさまの素敵な物語を聞かせていただきました。 彼女は今後また素晴しい活動を展開されることと思います。私のほうは実は 二つの所から私にエネルギーが来ているのを感じた京都すぴこんでした。一つは山の民のエネルギー もう一つは琴座、リラ星の古いエネルギーです。今夜はその山の民のほうのエネルギーについてお話しましょう。後から考えれば11月11日に大きな衝撃波があって 私が変わらなければいけなくなって其の時にサポートしに来ていた 京都北部の鬼に関するエネルギーとも関連があったのだと思います。喜楽天道様はこのエネルギーが大江山から来ているといわれました。それまでに本当は気づくべきだったのが 私が気づけないために メッセンジャーとしてコダマ凜さまがそれを気づかせに大阪から来てくださったのでした。コダマ凜さまは3年前に一度お会いしたきりで その後お会いしたいと何度も思いましたがいつもすれ違いで今まで別々の道を歩いていました。彼女は 鬼と呼ばれる山の民のことを話されました。 彼らは4大元素を扱う民であり古代の天皇制の衰退とともに 山の中に追いやられ一時空海さまによって世に出ることもありましたが 今も山に追いやられていること。そして大阪の生駒山に行くことを薦めてくださったのです。私は コダマ凜さまを通して彼らが強く私にアプローチしてきているのがよく分かりました。彼らは私と物凄く縁がある一族です。 彼らが何を教えてくれているのか また 何を望んでいるのかはまだ分かりません。ただ 今 世の動きは全てのものが和解してともに次元上昇をする方向にあるなかで彼らも動いていることだけは理解できます。この頃は 神事をするために神社をまわることから離れていた私ですが今回はまず 彼らの言葉を聞くために生駒に行ってこようと思います。生駒山は旧六次元の魔界の跡であると聞いたことがありますが凜さまはこう言われました。『わたしは生まれる前に この世に沢山の灯りがともっているのを見てそしてこの世に生まれ出ました。 幼い頃から親に連れて行ってもらって見た生駒山からの夜景は その沢山の灯りを思い出させるのです。』と。私が生駒山に思いを馳せる時 修験道の行者に結びついたエネルギー、商人達の欲望のエネルギー、イスキリの愛のエネルギー、 山の民のエネルギー、 飛鳥のエネルギーなどの 様々なものを感じます。たとえそれらが複雑に入り組んで絡まっていたとしても 今、大切なことは 過去の悲しみを愛の学びであったと捉えて和解することであると痛感します。生駒山に沢山の天の愛のエネルギーが降り注ぎますように 心より祈ります。* 2007ひめのメッセージ
2007年11月20日
昨日久しぶりに京都すぴこんに出店してきました。今回の京都すぴこんは樋口まりさま主催の最後のすぴこんとお聞きしています。思えば丁度1年前に まりさまがいらっしゃって京都ですぴこんを開催することになったのでその会場のエネルギー浄化の係りを御願いしたいと申し出てくださってそしてひでろうさまとニーナの仲間達と共に頑張って裏方をしたのがこの京都すぴこんの始まりでした。この1年間 それぞれの学びの中で頑張っていた人々が 昨日はそれぞれの思いでまりさまの元へまた集まってきていました。とても感慨深い一日になりました。昨日は 2年前や3年前に 大地のワークや宇宙のワークでお会いした懐かしい人たちも来てくださいました。それぞれに思い出があります。途中で皆 違う道に進むために 別れを経験しました。それなのに それがあったがゆえに 以前よりももっと深いレベルでお互いの絆を確認することが出来て 私の魂は心から喜んでいます。互いに信じることに一途であったために まったく違う道をあるいた人たちもあの時は哀しいさようならであったにもかかわらず 今 会ってみると心から互いの命の喜びを確認できることは本当に素晴しいことです。言葉では上手く説明できませんが 人間の素晴しさがまた一段階深く理解できた一日でした。今まで出会った全ての人たちに ありがとうを叫びたい気持ちです。ありがとうございました。* 2007ひめのメッセージ
2007年11月19日
王仁三郎さまが いつもの私のメッセージの場所ではなくここに掲載せよといわれますので今夜はここに王任さまからのメッセージを書かせていただきます。 ご縁のある人は見てくださいね。『いいかい 良く聞くんじゃぞ。これはこの文を読んでおる者に語っているのではのうてこの文を読んでおる者の守護霊団に向かって語っておるのじゃから。すべての存在たちがその学びの為にそれぞれの方法で動いておるのは天も認めるところなのじゃ。ゆえに主(ぬし)らが自らの縁ある者を導いておることは それで良いのじゃ。しかしながら 時節は単体での学びからすでに複合での学びに変わっており守護霊団自体が他の守護霊団の良さを学び統合しながら3次元世界の者達を導いていく時節にかかっておるぞ。ひめのが説いておることは汝らを滅ぼそうとしているのではないぞ。守護霊団達でさえも さらなる光の中でその霊団が持つカルマを解き放って上昇していくことにあるのだ。皆が皆 どのような存在達もうち揃いて上昇していくことが肝要ぞ。汝らがその小さな規範の中で 守護しようとすれば戸惑うのは 汝らに守護された3次元世界の者達であるぞ。汝らがその狭き枠を外す勇気と真の愛を示さずしてどうするのだ。恐れる必要はないぞ。ただほんの少し 周りを見て 我こそが全体である すべてであると信じていた枠を広げれば良いのだ。どのような存在も全て学びの途中ぞ!』
2007年11月17日
今午前2時半です。先ほどニーナカロライから自宅に戻ってきてお風呂に入り ちょっと一休み。これから眠るとまた違う次元での仕事が始まりそうで 其の前にちょっとコーヒーでも飲んでおこうかなあと思っています。今日は一年前の私が何をしていたかをお知らせしてくださるメールがあって其の当時の私やニーナにいた人々のことを思い出していました。色々なことがあったので たった1年しかたっていないなんて嘘みたいですね。今まで出会った全ての方が 大切な学びを運んできてくださったのがよく分かります。今この3次元の世界がとっても 愛おしく感じられて 今までにない輝きを感じてすごさせていただいています。自分がやりたいことができる。 好きな食べ物も食べれるし 好きな音楽も聴けるし好きなところへも行けるし またお掃除だって買い物だってなんだってできる。こうして皆様と交流をすることもできるし ニーナで楽しくお話することもできる。なんでだろう こんな風に思えるようになったのは。たぶんあの日 自分の中で住んでいる次元の逆転が起きたからかもしれません。この世界を今エンジョイしている私がいます。そういえばこの前から ホームページの勉強をしているのですよ。 一人で操作できるようになろうと思って頑張っています。それから今日は初めて Adbeフォトショップで 自分のCDのチラシを作ってみました。説明書無しでやってみましたが何とかできました。 今回このCDを自分でつくることでお店の人に聞いたり インターネットで調べたり随分楽しく学べて まるで学生時代に戻ったように楽しいです。それから CDについている隠れの学び舎の夢ワークの体験コース3日間の講師もしていますがそれがウキウキと楽しいのです。3日間のコースですから 皆様どんなだろうとウキウキ楽しみにして夢を書いてこられるのですが そのエネルギーがこちらにも伝わってくるのでしょうね。それがなんともいえない喜びになっています。もしCDをご購入の方でまだの方がありましたら 学び舎の本コースにこないといけないと思わなくても大丈夫ですから 軽い気持ちでこんなのもあるんだあという感じで受講してみてください。この頃本当にたくさんの素敵なことのある世界に居させていただいているだなあとつくづく思います。 さてもう午前3時です。 私の部屋の窓からは 夜空にひときわ美しく光るオリオンが見えています。牡牛座のアルデバランも赤く輝いています。そろそろ眠らないといけないですね。みなさま おやすみなさいませ。
2007年11月16日
11月11日の衝撃波以来 眠りは別の次元での活動を意味し けっして休息にはならない状態になってしまっている。眠れば眠るほど この世界の身体は疲れてくる。そういえば 私はどちらかといえば今までこの3次元にフォーカスして生きてきたのでした。それが 今違う次元での活動を開始したとしか思えない状況になってきた。以前東京のあるオフ会に参加したとき Kさんがそっと打ち明けてくださった言葉があった。「私は時の門を守る働きをしています。 私の天のサポートは私がこの3次元世界においてただただ 安全にすごしてくれるように願っています。」また私の大好きな愛おじさんは 私にこう話してくださった。「私は宇宙の中の目です。 ただただ物事を見つめている目なのです。」今になってみれば 彼らがそっと打ち明けてくれた言葉がよく判る。世の中には普通のおじさん、おばさんをしながら 黙って宇宙のある場所を守ってくれている人々が というより人々の姿をした存在がといってもいいのでしょう、が存在するようです。そのような人たちは えらそうな事をいわないで静かに隠れていらっしゃるようですが私、ひめののような新米は ちょっとなにか発見するとわ~い、わ~いということですぐにおしゃべりしたくなるのが 良いところでもあり軽率なところでもありなんですね。私の仕事の一つとしては なんでも自分で体験して そこでぶつかって転んでまた立ち上がって歩いて行くという体験レポーターのようなものですがやがては これからは今まで黙々と 宇宙を支えていた方たちが すこしづつメッセージを発する世になってくると思います。ところで昨夜は 夢のなかで サナトクマラとセオリツ姫が 二人で京都の鞍馬の山にたって京都の町を見ているのを見ました。大禊が起きてくるのかもしれないと感じました。
2007年11月14日
今日私に届けらた歌を このページに飛んできてくださった方とシェアーしますね。微笑みにして (夏川りみ)眠れ、眠れ 嬉しいことも哀しいことも微笑みにしてきれいなものに出逢うと誰か隣に欲しくなるのは一人で生まれ一人で死んでゆくこと知っているから青い空 青い海に 素足に広がる星の砂誰のため なんのため静かに瞳を閉じて眠れ、眠れ 嬉しいことも哀しいことも微笑みにして人は、人は 出会いと別れ 繰り返しながら幸せになれるね誰もが救われるはずねぇこの星が回ってるなら沈んだ夕陽はきっと別の闇夜の朝陽になる踏むたびに きゅっと鳴いてやさしく励ます星の砂白い都会(まち) 彷徨って誰もが道を探すの行こう、行こう 嬉しいことも哀しいことも微笑みにして雨も、風も 受けとめながら 強く輝く…紅い花のように歌おう、歌おう 嬉しいことも哀しいことも微笑みにして愛は、愛は 涙の粒を包み込む海なんてあたたかい
2007年11月14日
ある出来事がきっかけとなって心と身体に強い衝撃波が走った。夢の中に出口なおさまが現れる。『辛いじゃろうが耐え忍んでくだされよ。』そう言い残すと地面に落ちたおが屑や汚れた紙を拾い集めていく。 手があか切れで血がにじんでいる。痛々しくて見ていられない。なおさまと 声をかけようとすると 向こうからこう言われた。『わしはもう何千回も人々に呼びかけてきた。 同じ言葉で何度も何度も呼びかけてきた。其の中でわしのことを理解してくれたものはおらん。一人ぼっちが辛いと思う心境も修行の途中なんじゃ。こうして紙を拾うておるのも 地に落ちた神を拾うためではないぞよ。吾身がそれをできるとは決して思うな。それでは何ゆえにこのぼろ紙を拾うておるのかというと地に落ちた神を拾うてくだされという 祈りなんじゃ。それがかなえられるか、かなえられぬかは 天のみぞ知る。どのような時もけっしておごるではないぞ。人に働きかけるのではなく 自分の穢れを払うんじゃよ。そして それを子供達に言うても詮無きことじゃ。できる魂が出来るようにすればええんじゃ。わしはそれを子供達に押し付けて可愛そうなことをさせてしもうた。おのれがやろうと思えばやるがよい。地に落ちたどの神も愛しい、かわいいと思える心境になりたいもんじゃ。』目が覚めるとニーナカロライに宿泊中のゆうきりなさまが 出発の準備をされている。ひめのさんと喜楽天道さんからいただいたものを持って出雲に向かいますと笑顔で言ってまずは今日は夢に現れたコノハナサクヤ姫に会いに行くと富士山に向かわれた。私と同じく変化の時を過ごしていた 彼女は私の泣きはらした顔を見ながら微笑んでいる。同じく昨夜ご宿泊の喜楽天道さんが 降りてこられる。「朝方ニーナのエネルギーを感じていたんだが どうも 私はひめさんの変化の時にニーナにくるようになっているなあ。」そう言って何かを感じている様子。「ハートを貫いていたエネルギーが離れて其の分ハートにぽっかりと穴があいていますよ。長い間一体化していたのが 無理に切り離されることになると痛みが普通は続きます。おやっ? サナトクマラと京都の北部から鬼に関係するエネルギーと それからなぜか毘沙門天のエネルギーが ひめさんのサポートに来てますよ。通常このような状態になると時間がかかるけれども 彼らが短時間で終わるようにエネルギーを入れている。上の方でひめさんのエネルギーを総入れ替えしているようです。ひめさんがこのままだと困る状態が起きていてそれで 上が動いているようですがもともと本来は ひめさんはたのしい嬉しいのエネルギーに知恵がそなわって収束することなく動かねばならないのが そのエネルギーが滞って困る事態が起きているようです。」私はだんだんと眠くなってきた。夢の中で私は西陣織の白い着物を着て立っている。 私の両サイドには大きな柱があって その両方の柱から大きなしめ縄が私の頭上に張られている。私はすごく自然な流れで 手に持っていた刀でそのしめ縄をばっさりと切り落とした。すると 目の前のスクリーンに色とりどりの色が入っていたのが さあ~っと色が抜けていく。 PC上でファイルが イレース、デリートされているかのように凄いスピードで色が抜けて また次の画面になりその画面からさまざまな色が抜けていくのをしばらくは繰り返していた。意識が朦朧として起き上がると 喜楽天道さんが「ひめさん リセットされましたね。」と笑っている。「今日はまず スサノオさんにご挨拶に行かないといけないと思っているんだがひめさんがこの状態だとニーナカロライの磁場が不安定だから ちょっと動けないなあ。」彼は考えているようだ。庭から空を見上げると 京都上空の空はにわかに黒い雲がたちあがっていた。急に雨が降ってきて 私達はニーナを動けないでいる。やっと小ぶりになって 外に出てみると「うわ~ 虹だ!」今まで見たことの無いくらい大きな虹が 京都の北山の山々をそのアーチの下に収めて丁度東西にまたがってかかっていた。喜楽天道さんが 喜んでいる。「虹は見ようと思ったって見れるもんじゃないですからね。 ひめさんの今回のリセットが決して悪いものではないということなのでしょう。」一連の出来事の後で やっと いつもの王仁さまの声がした。『ちと荒療治じゃったが なんとか1週間も休んでおればもとにもどるじゃろう。それにしても世話のかかるお嬢さんじゃのう。(笑)』王仁さまのその言葉に まだ弱弱しくはあったけれどもやっと 私に微笑が戻った。
2007年11月12日
この頃予期せぬゲストが連日ニーナカロライにいらっしゃいます。ご本人もなんとなく 不思議な感じで突然にいらっしゃいます。(ちゃんと事前に電話連絡メール連絡はして来られますよ。)出口王仁三郎さまに導かれてとか 尊天(鞍馬山の魔王尊)に導かれてとか、、それからヤマトタケルの命に導かれてという人もあります。あちらも不思議そうですが 私も不思議に思って 出会う前は何を話すのだろうと思うのですがでもお会いすればやっぱり同じ話をシェアーできるようです。ブログでは書ききれないことも多くありました。その分今回新しく出したCDがフォローしてくれているのかもしれません。また メールを下さる方たちのメールの内容も変わりました。皆さま 積極的に御自分のお考えを述べてくださって向き合って話が出来る感じがします。それは 互いにどのような考えを持っていたとしてもそれぞれが学びの途上にありそれぞれの学びのスタイルを理解しあいながら 互いを尊重して そして励ましあっていけるような感じです。今夜は疲れてはいますが でも 嬉しいなと感じる夜を過ごしています。皆さまはどのような夜をお過ごしですか? 明日は というよりもう今日になりましたが 11月11日素敵なことがありそうなそんな日ですね。
2007年11月10日

さて久しぶりに霊界百話です。今夜の話は 高次の世界からこちらの3次元の世界を見るとどうなっているかという夢です。霊界百話『高次元映写室』第十七話私は映写室にいる。映写室は長方形をしており 左に映写機があり右端に映像を映し出す白い壁がある。私は映写機の前に立って壁を見ながらつぶやいている。「私は今、光源の前に立っていて 光のもとは私の後ろにありその大元からの光が後ろから発せられている。私は霊であり 意識であり その意識の投影があの向こうにある壁に映し出されている。あの壁は3次元であり その壁にいたる空間にはたくさんの次元がある。各次元が連なった空間には それぞれの私の意識が生み出した模様があり その模様がついたレイヤーが重なっていくので次元が下がるにつれて その模様は複雑になってきている。」そうつぶやきながら 私は光源に近いところから 順に各次元のレイヤーを眺めていた。それぞれのレイヤーが今問題を抱えている。 私はずっと先の壁に映し出された映像に目をやった。今 3次元の私があえいでいる。私は各レイヤーをどの角度からも見ることができるので 彼女がいる3次元も良く見ることができる。 高次と繋がる事は難しい。私はもう一人の3次元にいる私に呼びかけた。『聞こえますか? 今 こちらからもどうしたら過去の間違いを修正できるのか考えているところです。 私の声が聞こえますか?』彼女(3次元の私)は きょろきょろしている。かろうじて何かを感じているようだ。この宇宙の光源に近いところから見ると遥かかなたの壁までエネルギーをとどけるには 狭い配水管のなかに水を通すようなものだ。途中にいくつもの詰まりがあるので 3次元まで届かせるのが難しい。私は3次元で不安そうにしているもう一人の私に向かって大声で叫んだ。『いいですか、良く聞きなさい! こちらでも頑張っています。ですから いつも こちらからの通信が聞き取れるように必死で耳をかたむけて メッセージを聞き取るようにしてください。それが先決です。 心を素直にして 聞き取るのです。』彼女はなんとか私の声を理解したようだ。-----------------------------------私達はいつもこの3次元から 上の世界(それをある人は宇宙と呼びある人は天と呼びますが)を見つめていることがほとんどです。ただ私の感覚では 私達は多次元の世界に生きていて この世界はパラレルワールドになっているように思います。多次元の私を感じたときに いつもは下から見ている世界を上から下を見下ろす形で見ることができるようになるようです。これはちょっとしたことにも応用できます。いつもよりも高い所から 俯瞰したような目線でものを見ると意識が変わるのを経験された方も多いのではないでしょうか。意識を変える すると先程とは違う世界になる。物凄く単純なことですが 私達はこの壁をまだ心の中でつくっていて依然として不自由な世界に生きているようです。
2007年11月08日

私たちは毎日の生活のさまざまな瞬間に気づきの連続を行っていると思います。はっと何かに気づいたりすることは誰でもありますね。その気づきを一歩進めて メッセージとして受け取ることも知らず知らずのうちにおこなっているように思います。メッセージを受信するということは誰でもできることなのだと感じています。私は専門家ではありませんので いつものように自分の体験からお話しますね。私のメッセージ受信の方法は 一つは言葉として受信。もう一つは映像で受信するものです。最初の言葉による受信のケースですが いくつかのケースがあります。1.文字が画面下からスクロールアップしてでてくるケース。この字幕のようにあがってくる文字のスピードは たいていは物凄く速くてまるでPC上のデータのダウンロードのような速さで読めないケースが多いです。読めるケースもあります。 たとえば先週の例では西暦600年から西暦1000年までの事件が箇条書きにでてきたので それは短いので何とか読めるスピードの範囲でした。2.文字が沢山でてくるのではなく 一字とか二字とか音が出てくるケース。ただしその一字を見たとたんに その音の後ろにある深遠なる世界が広がってそして伝えられた内容がストンと心に落ちるケースです。 この世界は素晴しいです。けれどもその内容を誰かに説明しよと言われても まったく説明できません。該当する言葉が 見当たらないと言う感じです。3.それから同じ文字といっても音声で伝えられるケースもありますね。これは伝えてくる人によって 少し言葉を変えて話し言葉として私はこの日記に書いています。『』とか 「」とかメッセージを伝えてくる人によって 変えています。次は 二つ目の映像で受信する場合ですが1.其の映像を映画のスクリーンで見ているように見るケース。2.其の映像を登場人物として実際に体験するケース。私の場合は2のケースが多いです。 リアルにほんとに体験したかのように身体が疲れます。宇宙空間で星と星が爆発しているシーンとか 地球の内部の溶岩がどろどろに溶けているところとかそういう映像を見たときは 3次元の自分が体験しているのではなく 多次元の自分が実際に体験していることが この3次元にもいくばくかの影響を残しているように感じます。つまり自分と言う宇宙空間の中で起きていることを 体験しているような感じです。どうも私は映画館で見るようには見れないようです。黙示録を書いたヨハネはどうだったのだろうとよく思うのですよ。彼は偉いなあとつくづく思います。この世の最後に起きてくる凄い映像を彼は見ているのですが これって凄いことだと思うのですね。私が彼だったら このお役をしろと言われても ヤダ~っと逃げ出すでしょうね。身体がいくつあっても足りない位の凄まじい映像を彼は下ろしました。無償の愛がなければできないことだと思います。メッセージとはもともとはそれぞれの魂の気づきを促すもので 個人的なものです。メッセージを下ろす人は そのメッセージを下ろしている姿よりもむしろメッセージを下ろしていない時の姿で 本物かどうかわかるのだと思います。素晴しいメッセージも体現しなければ なんのためのメッセージかわからなくなります。スピリチュアルのスの字も言わないけれども ちゃんと天のご意思を体現して生きているそこらのおじちゃん おばちゃんのほうがよっぽどスピリチュアルなのですね。反省反省です。 (笑)今日の私のメッセージはちょうど メッセージを感じるアンテナのことでした。ひめのメッセージはトップページから もしくはこちらから飛んで行ってください。
2007年11月07日
今日は寄り道して梱包用のエアバックを買いに行くつもりが 交差点を右折できなくてそのままニーナカロライに直行することになりました。ニーナに到着するとすぐに電話が鳴って 「これからひめのさんのCDを買いに行きたいのですが、 今ニーナカロライから10分のところまで来ています。」あらまあ なんとタイミングの良い人なのかしらと思いました。あの交差点でちゃんと右折して買い物をしていたら この方の電話はとれなかったのですから。実はこの方は『flamingo cafe』と言う名前のカフェを大阪で営まれているマスターさんなのですが 11月3日に「生國魂神社」に急に行くことになり そこで出会った 出口王仁三郎さまの器と王仁さまの写真を見ているうちに どんどんエネルギーがわいてきてあれよあれよというまに 導かれてこのニーナにCDを買いに来ているとのことでした。不思議なこともあるものですね。私は昨日ブログで 世の中に王仁三郎さまに導かれている人は多いのではないでしょうかと書いたばかりです。実はこの『flamingo cafe』では スピリチュアルワーカーの人たちがセッションなどをする精神的な集いの場所になっているそうです。マスターさまがあのう、、、。 と何か聞きたそうなので なにかしらと思っていると『flamingo cafe』では 5つのスピーカーがあるそうですが そこでひめのさんのこのCDを流しても良いかというご質問でした。皆でいっしょにカフェで聞きたいのでということでした。私のCDはカフェでお茶を飲むバックに流すような綺麗なものではないので私のでよいのかしらと思っていると 仲間のスピリチュアルワーカーの人やお客さまたちで 皆で一緒に聞くとのこと。僕達が今一番にするべきことは このひめのさんのCDを聞くことだと思いまして今日は来ましたと言われたんですね。私はとても嬉しく思いました。なぜなら 私のこの失敗談はスピリチュアルといわれる分野で仕事をしている人に是非聞いていただいて そして更に良いお仕事をしていただきたいと願っているからです。今回のように 何人かで気づきをシェアーしながら聞いていただけるのは大変よいですね。真心を持って互いの考え方を聞いて気づきあっていくことは 本当に得がたい経験かと思います。「ひめののCDを一緒に聞く日」はまだ決まっていないようでしたが お近くにお住まいの方で一緒に聞きたい人はどうぞいらしてくださいとの事でしたので直接連絡を取ってください。最寄駅は 大阪 地下鉄四ツ橋線北加賀屋駅だそうです。 大阪の住之江区というところです。フラミンゴカフェ様のブログはこちらからどうぞ。ところで このマスター様ですが 今月11月24,25日と綾部にて くにうみまつりというイベントがあって そちらで王仁さまゆかりの方のお話を聞きにいかれるそうです。素晴しいご縁が広がっていき 皆で幸せを求めていければいいなあと心からそう思います。
2007年11月05日

今日は私のCDの最後の巻『番外 地獄編』についてです。第五巻 (番外編) 『インナートリップ 地獄編』 ●地獄の審判 ●閻魔様の悩み事 ●復興観音さまのご登場●スサノオ銀行と牛頭エアライン ●帰還私のこの日記は自分が体験したことをありのままに書いているのですが 内容によっては読み手にプレッシャーを与える恐れがあったり だれか特定の人を非難しているように受け取られてしまう恐れがあるものについては どうしたらいいかと考えることがあります。私がCDの4巻での経験をしていた頃 かなり厳しい状況の中で 自分の魂の修正を行っていましたがそれをそのままストレートに書いてしまうのははばかられました。自分の身体が鳥に引き裂かれるような感覚を経験したりまた溶岩としてどろどろに解けてしまう経験をしたり また一晩中飛行機の墜落のシーンを体験したりということもありました。そういった時は この生身の身体も物凄い痛みと疲れとを受けるわけです。一時は 心臓が痛くて痛くて「求心」を手放せなかったりの状況もありました。また肉体疲労の激しい時は 近くのコンビ二さえ行けなくて 誰かが食料を持ってきてくれないかと願ったりもしました。しかし それをそのまま書くわけにもいかず、また、どんなに厳しく落ち込むような状況でも なんとかユーモアを交えて あはははっと笑いながら乗り切りたいという願いを私は基本的に持っています。かなり辛い状況の中で 笑い飛ばして書いたのが この地獄編です。また、この頃から出口王仁三郎さまが 少しづつ現れてくださるようになりました。私は最初はこの方が誰か分からなかったのですが この方は (良くは知らないので大本などの専門家に聞いて欲しいのですが) とてつもなく大きなスケールの方のようで厳しさの中に 今まで経験したことの無いようなユーモアがあってほっとするのです。霊界百話も王仁さまの影響かもしれませんね。この方から指導を受けておられる方が 現世にはたくさんおられるのではないかと推察します。私はほんの少し 指導していただいているだけですが それでも随分救われました。厳しいメッセージの中にどこか温かみがあって そして包み込まれるような安堵の感覚で辛い状況も乗り越えていけるような言葉をいつもかけてくださいます。この王仁三郎さまのことを知ってこの五巻を読むと 実は知る人ぞ知るの言葉がたくさんちりばめられていることに皆様は気がつかれるかもしれません。また 沢山の登場人物を 私一人の声で吹き込んでおりますので 吹き込む方としてもとっても楽しかったです。一部朗読を無料視聴できますので 興味のある方は トップページのバナーから入ってCDをご視聴ください。
2007年11月04日

今日ブログのアクセス数がどんどんあがっていくので何でだろうと思って 足跡の履歴を見てみるとほとんどが携帯電話からのアクセスでした。 時間は午後一時前です。 そうか~ お昼休みにケータイで見てくれている人達がいるんだ~と思いました。お昼休みのお食事が終わった後で このブログを見てくださっている人があればお仕事ご苦労さまです。 皆様のことを思うと私も励まされます。今月に入ってブログを再開して いただくメールの多くが 「励まされます、ありがとうございます。」と言う内容です。ただ単に 経験したことを書いているだけの日記ですが それが良いのかもしれませんね。難しいことを書いているわけではなく すべて自分の体験したことですから これって書くのは結構楽なんですよ。ただ かっこよく書こうと思うと書けなくなります。 いつも 専門家の人がみられたらひめのはまた馬鹿なことをやっているなあと 思われるだろうなあと 心の隅では思いながら書いているのですが 本人はこれでも一生懸命学んでいますので 許してくださいね。さて 『魂を探す旅の物語』の第3巻は物語の起承転結 でいうと『転』にあたりましてスピリチュアルワーカーのひめのゆめが どんどん華々しく活動して上り詰めていく辺りですね。第三巻 『癒しの町家ニーナカロライ誕生』 ●若きライトワーカーたち●スピリチュアルが抱える問題●人生とは登山 その8.9合目が危ない●天使に遇うては天使を切る 龍神に遇うては龍神を切る!?このころ私は このニーナカロライをスピリチュアルスペースとして どんどん発展させていきます。全国から スピリチュアリストたちが ニーナにセッションをしにやってくるようになります。また そのセッションを受けに来る人々もドンドン増えて 私のセッションの申し込みで3ヶ月待ちの状態も出てくるほどになりました。けれどもそれには重大な落とし穴があったのですね。今 まだまだスピリチュアルのブームです。この世界に足をつっこんで 自分でも無料のアチューメントや遠隔ヒーリングなどを行うようになってきた人がおられるかもしれません。また神々のメッセージを下ろすことが始まって にわかスピリチュアリストになってきた人がおられるかもしれません。それはそれで皆がスピリチュアルに目覚めて行く流れでいいのですが 重大な落とし穴もあるのです。それを知らないと 人の為に良かれと思っているスピリチュアリストさんたちがどんどん本来の方向とずれていくことが起きてきています。この様な事態を自分自身の失敗談を通してこの3巻では取り上げて書いています。 また 運気がなかなか向上しない人や病気などでツライ日々からなかなか抜け出せない人にもぜひ聞いて欲しいことを盛り込みました。この巻はアチューメントやエネルギー伝授をする人たちに聞いていただいてさらに良い方法でご活躍していただけたらと思います。このCDは特典付録が二つもついたPC版と 私の話だけの収録のCDプレーヤー版の2種類があります。詳しい事はこちらをご覧ください。* 2007ひめのメッセージ
2007年11月01日
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