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この4月から始まっている公民館の同好会の一つに「電子工作」があります。この発足についての裏話はいつか書きました。おかげさまで受講生の皆さんは意欲満々で今日までやってきました。2週間に1回の活動(土曜日)ですがBLOGアップについては専門的になることもあってなかなかUP出来なかったのですが少しばかりUPします。興味がなかったら文章は飛ばして写真でも見て下さい。最初から用意ードンでは興ざめなので20分ほど「電気諸々の講義」を行います。永井講師と私で交代しながらやりますが今回は私の担当です--------------------------------------------------※1 自家用車の蓄電池が悪くなったので買い替えようとしました + -どちらの電極から取り外しますか また、取り付けする際には・・・・?※2 配線用遮断器、漏電遮断器について---------------------------------------------------20分なんてお喋りしだしたらアッという間ですね予定したレジメの半分も話せませんでした終わったらドッと汗が出てきました、慣れないものですからね~後の講座は永井先生にバトンタッチして写真を1枚今回の作成テーマは<アラーム音発生回路の制作>です目的はICとトランジスタを使用し警報音を発生する電子回路を制作することですこれでは何がなんだかサッパリ解りません、もう一枚基盤配線図があってそれでもって組立、作成していきます。ハンダとハンダ鏝をもって部品を基盤に取り付けるものですから最低3本の手が必要となります。それは知恵を働かせてガムテープ、洗濯バサミ等を利用します(本来なら便利ツールとしてハンダ作業用クランプ、万力があるのですが・・・・)いろいろと知恵を働かせるのも力量というものでしょうか子供たちはそうはいきません、幸いのことに永井講師の教え子が今回からアシスタントに来てくれることになりました今までは2人の生徒をフォローしてきたのですがこれで殆んどマンツーマンとなって作業も一段と楽になりました<出来上がり> 配線は裏面で行っていますから表面では見えません実益には程遠いのですが「男のロマン」なのだ・・・と皆さん男意地をはって頑張っていらっしゃいます。ただ作成しただけでは工作でしかありません、「こんな波形でこのような役目をしている」あまり先を急がずにグラフ用紙に「特性図」を描いて回路の意味を納得してもらったらこの上もない喜びだと思いますね子供たちの様子を撮ろうと思っていたのですが私の方が熱中してしまい1枚も撮ることを忘れてしまっていました(笑)<蛇足ですが> 「アースをとる」と近年まで云ってきました。一般的に”とる”とはメモをとる、教鞭をとる、指揮をとる・・・・の「とる」であってけっして取り去る、除く、撤去するという意味ではありませんところが時代も変われば解釈も変わるのでしょうか、「アースをとって使って下さい」と言われて設置してあったアース線を取り去ってしまって「感電事故」を起こした人もあるというのですから驚きですですから、昔の表現は誤解を招くので「アースを付ける」という表現に変更されたという事です。
2011/06/27
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入梅中とはいえさほど降りものもなくドンヨリとした天気が続いています。九州地方、東北では記録的な降雨量のようですが山陰にはまったく影響がありません。夕方家屋敷周りの掃除、草取りをするとあの縞々模様の藪蚊がうるさくつきまといます。気候的に例年と変わりないのですが特に今年は目立ちます。地形的に南側が雑種地となっていますのできっとこのせいではないかと思われます。確かなことは解らないのですがね。-------------------------------------------今年の元旦の大雪で竹藪の竹がメチャクチャに折れそれがそのままとなっています。そのまま枯れているのもあったり、曲がったまま将棋倒しのように倒れ掛かっていますがその葉っぱの笹が落葉してその厚さが3,4cm程度にもなってその中がしっとり濡れて恰好な藪蚊の繁殖場所になっているのではなかろうかと思います。6月初旬頃は刺されてもそんなにかゆくはなかったのですが最近になって急に刺された跡も暫くは残る有様になってきました。もっと早く後始末をすれば良かったのですが隣家であったがために気が付かなかったのです。毎朝、毎夕1時間程度働いて7日ほどかかりました。「持っているものは辛い」ですね、こんな土地なんか少しも欲しくありません無用の薮となっていますからなおさらジャングルそのものです。時期的に蜂はいませんでしたがこれが8月頃になると危なかったですね(勿論敬遠しますけどね)笹も片づけて大袋(25kG入り)に10杯あってこれは畑のツル物の敷物と使用しました。とんだ災難でいつ終わるかと心配したのですが怪我もなく終えました。アッ藪蚊・・ですか? 水稲のカメムシ消毒用の殺虫剤(トレボン粉剤)を昨年は未使用でしたのでこれを下水、ドブ、雑種地に背負い式動力噴霧器で一気に散布するつもりでいます。 「藪蚊、撲滅作戦」です。報告は後日にて・・・・・・
2011/06/21
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もう6月も半ば早いものですね・・・春の孟宗竹(食用たけのこ)、田植えが終わったと思ったら真竹(まだけ)が生える季節となりました。この真竹、約1月にわたって竹藪のあちこちで我が物顔で生えて困ります。畑は勿論、家屋敷からニョッキリと・・・・この真竹、20数年前までは重宝だったのですが石油製品にお株を奪われてしまって今では無用の長物となってしまったことは以前のBLOGで書かせていただきました。「愛犬さくら」を連れて一丁の鍬を担いで(用心棒)、一日の始まりは早朝の「水田の見廻り」から始まります。毎日見廻る必要はありません、但しそれは平野部の水田のことで丘陵、山間地となったらそれは状況が異なるからです。 高台に水田があるのです ・漏水個所はないか・・・・放置しておくと水田の崩壊につながります・入水状態はいいか・・・・入水開閉器にゴミが詰まっていないか、詰まっていたら乾田となり困るのです平野部ではこの2つには無視して良いではありませんが漏水が少量なので(水持ちが良いのです)さほど神経質にならなくてもいいのです。<余談ですが>高台の代掻き作業は用水を入れながらトラクター作業で練り上げて田圃の底面を目詰まり状態にするのです。入水を放置しておくと、水田の彼方此方で漏水が起こります。漏水だけならいいのですがそれは一つの土壌浸食ですから畔崩れ、崖崩れ、水田流出につながりますね。<水田流出発生>それは平成6年の春のことでした。快晴が続いた春の田植え時の頃「水田流出災害」が発生したのです。それは私たち集落の上流2km山間地で起こりました当時この水系の理事を仰せつかっていたので「臨時招集」があって現場に行ってみると・・・・その水田は・・お気の毒に ※(水田はおおむね4辺で(四角形)出来ていますね1.三辺は同レベル(標高)程度の隣接水田でした。2.1辺は傾斜角約45度、高低差15m(この部分が土石流崩壊したのです)3.下が民家でなかったのが唯一の幸いでした(水田、畑でした)崩壊部は水田の1/3がザックリと削り取られ眼下の田畑に覆いふさがり土砂だらけ、聞けばダンプ50台分の土砂とか・・・・ちょうどあの火山の(クレータ)の高いところから火口を眺めている不気味な感じで理事の皆さん絶句・・・・です聞けば(確認したわけではありません)何者かによって水門が開けられていたんでしょうか?下流の方が田植のために入水されたので当然この水田の用水路を通ることとなりますね。運の悪い事は重なるもので家族総出の2泊3日の旅行中だったんだそうです。「災害扱いか、怠慢か?」問題となりました・水田を元にかえすのか?、被害を被った組合員への弁償は、現況復帰等 種々議論が交わされましたが結論は三役一任で私には最終結末は解りませんが解っているのはただ一つ・その流出水田は流出を免れた場所で区切られて小さな水田になり変わっていたこと。・被害を被った田畑は現況復帰していた。ことぐらいです。 この復旧工事何百万円 掛かったのでしょうかね? 基本的には降雨もない場合は(非災害扱い)全額個人負担になっているのですだから、高台の水田は要注意なんです、大雨が降ると畔も傾斜をもっています。その畔もコンクリートで出来ているものではありません、普通の土砂なんですね。 台風、大水で「用水の見廻りに出かけて帰って来ない」というニュースがありますね危険な河川に行くのは敬遠しなければならないのですが「全部が一概に」という訳にはまいらないのです。<余計なことですが>棚田です google web より借用しました 日本の懐かしい風景ですね。眺める人にとっては癒しの対象になるのでしょうが・・・ 維持管理側のサイドで見た場合には 米作期間中は大変なご苦労が要ることであろう・・・と同情しています 私たち集落も以前は棚田があり丘陵地帯に点在していましたが耕地整理によって一気に解消されました。みなさん時の声を揚げて喜んだものです・・・
2011/06/18
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前回は揚水発電所のレポートでしたマイクロバスの中で考えてみました毎秒300トンの放水でポンプ水車を回し7時間で池の水は空っぽになると貯水量は・・・・?300t/秒×3600(1時間…秒)×7H(7時間)=756万トンとなりましたパンフでは670万トンとなって少し違いますが、7時間でダムの水を空っぽにするなんてダムの底を覗いてみたいです ※ちなみに黒部ダムは2億トンとケタ違いですねそれと今回聞いた話ではないのですがこの俣野(またの)ダム建設による埋没集落は1戸もなく例外は氏神さんだけだったと誇らしげに語っていた社員の説明も忘れ難いです30分ほどの大山ハイウェーイ?を走り昼食は「大山おこわ」付の美味しいご馳走でした------------------------------ 午後の研修は 「円流寺、重文阿弥陀堂」の寺院見学です。<余談ながら> 大山の発音について大山と書いてほとんどの方はオオヤマ、ダイサンと発音されるのではないでしょうか?山をセンと発音するのは仏教伝来の頃での呉音の発音であってその後遣唐船往来の頃入ってきた漢音に乗っ取られサン、ヤマという現在の発音になってしまいました。「せん」というのは古い言い方、呉音がそのまま現在でも使われているということです。論語では呉音では孔子さんの事をクジと発音したんだそうですね~以上はNHKラジオ第二放送、カルチャーアワー「漢詩への誘い」講師(石川忠久氏)の解説です(西暦2001年放送)「船上山」を地元の方はセンジョウセン、岡山県境に「蒜山」という山がありますがヒルセンと発音しますがこれも同じ由来によるものです。----------------------------------<大山寺について>中国地方最高峰大山は、古くは山岳仏教信仰の対象とされてきました。ポツンとした独立峰で日本海からそのまま上陸したような山、「天空から降りてきて神さまが宿っているに違いない・・・と」古代の人は考えました 小生の想像です(笑)早くから山岳修行者が入り「修験の山」として知られるようになりました。大山の中腹の大山寺は奈良時代の養老2年(718)の創建と伝えられています。大山寺は中世に最盛期を向えたといわれ近年、憎坊の一つが調査され14,5世紀頃の豊かな経済力、文化交流を示す出土品が多数確認されています。隆盛時は三院四十二坊もあったというから驚きです寺領内では鳥取藩とは異なる独自の政治体制が敷かれ地蔵信仰はもとより、牛馬信仰も盛んとなり、大山寺博労座で開かれる牛馬市は日本三大牛馬市と云われたそうです。 幕藩体制が崩壊したその後寺領を失った大山寺は明治政府太政官令「神仏分離令(廃仏毀釈運動)で大山寺号は失われて栄枯盛衰・・・・僧侶の多くは大山寺を去って行きましたがもともと「葬式寺」でないがため実入りが乏しくお布施、宿坊賃で維持を図っていたらしく僧侶も数名で維持をしていたと記されています。現在では隆盛時42もあった宿坊のうち、当時の面影を残す茅葺きの建物は5棟のみとなっています。大山寺領内を散策するに彼方此方石垣のみが残り青く苔むした姿をみるとその栄枯盛衰を垣間見る思いが致します-----------------------------------------<大山寺円流院>大山寺円流院は夏山登山口の近傍にありました。老朽が進みH21年再建されました、詳しい事は解りませんが落慶のお祝いにかどうか本堂の天井にはびっしりと水木しげる先生の「ゲゲゲの妖怪絵」が隙間なくはめ込んでありました。<妖怪画天井> 10列×11行=110枚 1辺90cm杉板の直筆ですご本尊は「地蔵菩薩」です くどくど説明するより前回同様HPでどうぞ (汗) 大山寺円流院HP寝転んでたっぷりと妖怪画を堪能し次は長い坂道を(15分)歩いて最高齢88歳の方は勲章ものですね------------------------------------重要文化財「大山寺阿弥陀堂」へ着きましたこの阿弥陀堂は室町末期(1552年)の建物で大山寺境内に現存する最古の建造物です正面、奥行各5間(8m)の正方形平面で造られており頂上部は地面から7mとなる屋根は柿葺きの宝形造りで森閑とした佇まいの中に在りました。 <阿弥陀如来坐像>この木造阿弥陀如来坐像は丈六(1丈六尺)266cmの仏像で製造は1131年、栃の木をくりぬいて一木造で作られたものである。写真では一部しか映っていませんが両脇侍像は、正面に向かって左側が勢至菩薩立像、右が観世音菩薩立像です。<阿弥陀如来とは>私たちの今際の際に枕頭にお見えになり極楽浄土への往生成仏のための身近な礼拝対象として信仰されています。若いのに仏教世界に堪能なお坊さんの説明にしばしうっとりして聞き入りました。住職さん「遠慮は要りませんよデジカメ全盛時代ですからね、たっぷりと撮影して下さい、良かったらお賽銭もお忘れなく・・・」 帰り道は枡水高原の「ミルクの里」でゆっくり下界を眺め冷たいもので喉を潤しました。 午前中は科学技術、午後は歴史探訪と内容の濃い研修会となりました次回は今月22日 健康講座「目の話」です フロンガスによる「オゾン層破壊」による ・白内障 ・皮膚がん が増えているそうですねその白内障のお話が聞けるのではと期待しています。柄にもないレポートで眼も疲れました・・・それではこのあたりで
2011/06/12
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わが校区では公民館主催で公民館大学「まなびや会」なる講座が開講しています。新年度の5月から12月でまで月平均1,2回合計10会の開講が行われています簡単に今年度のテーマを見てみますと5月:人権講座「拉致被害者の人権 家族の思い」6月:健康講座「目の話」7月国際理解講座「イスラームの国 パキスタンで暮らして」 ・ ・ ・ ・12月:音楽講座:「歌ってゆれて楽しいコミュニケーション」となって興味あるテーマを毎年考え講師の手配も大変だと思いますさて、先日6月9日 現地学習講座「揚水発電所」 大山寺園流院、需要文化財阿弥陀堂」に出かけてきました。春の農繁期も一段落、行き先がお隣り大山町、江府町で近いという事でしょうかマイクロバス2台満車で出かけることとなりました鳥取県の山間に昭和59年開業の西日本一の発電量(120万KW)を誇る県境にある巨大地下発電所「俣野川発電所」です。この揚水発電所、ちと風変わりな水力発電所なんです。つまり水力発電にはなんら変わりはないのですが使用した水量を何回も再利用する「揚水発電所」なんです。簡単に説明すると県境を隔てて(標高差500m)1対の池(ダム)があって標高の高い岡山県側を上池、500m低い鳥取県の俣野ダム(下池)を用意します。水力発電機は両池を結んだ直線状の山の中にあって(岩盤をくり貫いて巨大な洞窟の中にあるのです・・・・5階建です)上池から下池に放水して水車を回して発電するのです。当然その水力で発電機は運転し発電機を回した水は下池に貯めておきます(川に流してしまわないところがミソですね)説明によると日中の発電で4台の発電機が7時間発電するのだそうです。(7時間で水が無くなるのでしょうね)よく聞いてみると毎日の昼間に必ず運転するのでなく需要が切羽詰ったところでピンチヒッター的存在なんだそうですさて、下池に溜まった膨大な貯水は島根原発の夜間電力の余り分で水車を日中とは反対に回転させ上池に汲み上げるのです。500mもの高いところに・・・・スゴイ圧力でしょうね ですからこの方式は夜は発電所ではないという事ですね(笑)中国山地は山峡もありませんので巨大な貯水ダムを作ることはロケーションがないという事です。 いかにも日本人らしい発想だと思います。今回は生憎とその発電設備が工事中というのでトンネルを通って発電所を見学することは出来ませんでしたが屋外で案内ホールで社員の方から説明をうけました実のところ・・・・私は現役の頃は電気関係の職についていましたのでこの設備には何回か見学もし詳しい説明も聞いていたのですがリタイアーして10年・・・・どうなっているのかという事もあって参加した次第です。観光地でもありませんしポツンとした場所で連日の訪問者もなく結構「お暇まなホール」であったような記憶をもっています。折しも今は非常時、あの東日本大震災、東京電力福島原発事故で関心はことのほか皆さんにはあるという事で当事者もわざわざこのために説明に来られていたようでしたが話されることはすべてTVで毎日みるあの説明でした1回だけでは揚水発電の仕組みすら解らないのに原発の被災状況をペラペラ喋られてもサッパリ解らない方ばかりではなかったかと思いますねしかし、この原発事故で国内の原発の再点検、安全施策を説明してくれたのは有意義でしたがこれも先日報道されたものの再周知の感がしました。<主な質問は>1.地震と共に発電機は停止したなんて格好いいこと言うけど発電機は止まるのは当然のこと それよりも停まっていないのは核分裂なんですからね、いつまであの状態が続くのですか?2.原発は大量の海水で冷却するので海の傍に建設せざるを得ないのだが、海が近ければいいのならもっと高台に原発を立てればどんな津波にも安全ではないのか?3・周波数50、60HZとはいったい何なのか? 東西で応援できないのか?となかなか厳しい質問も・・・・・ でもここは揚水発電所なんですからね(笑) 文句を言うのはこの程度にしておこうとということになったようでした。時はお昼時、腹の虫の鳴るのを我慢してマイクロバスは一路20km先の大山に向かいました 残念ながら写真はありません、施設見学出来なかったのが残念でなりません お暇でしたら俣野川発電所のHPでもどうぞ 次回は大山の「阿弥陀堂」・・・重要文化財の報告の予定です。
2011/06/10
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我家ではミニ睡蓮が咲いています春の一連の農繁期(繁忙期はなくなったのですが・・・)を終えて一段落していますしばらくUPしてなかったのですが久しぶりに「男の料理教室」をとりあげてみました。4,5月は春の山菜を材料として行いましたが・・・<今月の献立> 1.焼きギョウザ 2.ニラの卵焼き 3.木犀湯(ムースタン) この焼きギョウザは過去にも2,3回実習をしているのですがほとんど忘れていますしお店には既に冷凍餃子があるものですからヤッターマンで終わっています 冷凍餃子事件がありましたね・・・・ギョウザの具(50枚)は次の物を使用しました(量は省略です) ☆材料:豚ミンチ、キャベツ、ニラ、玉葱、ニンニク、生姜 ☆調味料:醤油、砂糖、鶏卵、コショウ、ラード、胡麻油キャベツをミジン切りにし塩を振りかけ全体を混ぜておくと水分がでるのでそれを捨てよくもんで再度水分をとります。玉葱、ニラはミジン切りとし生姜、ニンニクはすりおろす。この材料と調味料をボールに入れ粘りが出るまで混ぜ合わせる。 ☆すっかり右手がきれいになりました<先生のお手本です>左手の平に皮を乗せ、ヘラで具を少量とって皮の上に乗せて少し広げる二つ折りににして左手の親指、中指、人差し指で横長に持つ親指は立てる(皮の手前は少し狭く、向こう側は広く右手の指(親、中、人差し指)を使って外側にひだを作り半月状に形作る ☆総入れ歯のような恰好ですね・・・と誰かがさすがに先生の出来上がりを拝見するとヒダヒダが10コもありました私たちはせいぜい5コ止まりですなかなか思うように包めません会員は「悪戦苦闘」です・・・・2,3は省略して<いただきます>こんなに食べれませんので持ち帰りとなりました 思い出しました事前にわかっていたら持参したんですが帰って探したら・・・・ ありましたありました これぞ「文明の利器」 百均の「手動式ギョウザ製造機」です 男性用トイレではありませんゾ-------------------------------------------------2週間も早い入梅でしかも台風付きで3,4日も寒かったですね。夏野菜の日照不足が心配ですがここ2,3日はまずまずの日和です今日は「大山夏山開き」です、昨夜は恒例の「たいまつ行列」がありました 登山者ら約2千人が松明を手に参道を練り歩き、荘厳な炎の列を浮かび上がらせた大神山神社奥宮で神事が営まれ、シーズンの安全を祈願。午後7時半、竹筒に火をともして神社境内を出発、旅館街まで1.5Kmを行進、幻想的にゆらめく炎が杉木立や石畳を照らした。ふもとの博労座に到着すると、東日本大震災の復興の祈りを込め、たいまつで「元気」の文字を描き、被災地にエールを送った。 <以上、日本海新聞より> 若い頃、1回ほど参加したことがあるのですがその後とんとご無沙汰です目と鼻の先なのですがね、これが「灯台下暗し」なんでしょうかね それでは、また
2011/06/05
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