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鼡径部に小指大の「しこり」が出来て根治しない。痛くも痒くも腫れた様子もなく直立すればプクリと突出し仰向けになれば触手しても体内に引き込んでしまってどこに隠れたのやら探っても分からない。「ヒョッとしたらガンか?」と悪い予感がすると一層尻込みしてしまう。「決死の覚悟」で大学病院の診断を受けることにした。●診断結果は下記である「鼡径部の腹膜が弱くなり、お腹の中の内容物が突出している状態で鼡径ヘルニアと診断する。放置した場合、最悪の場合、腸が壊死してしまう、自然治癒はなく、手術を勧める」と判定がでた。例えるなら「バケツの底の一部が弱くなって破れかかっている状態です。重いものを長年にわたり取り扱ってきた人に多い症状です。今まで良く働かれた証拠で男の勲章だと思って下さい」とまで付け加えられたには驚き入った。「そんなら、昔の百姓は全部鼡径ヘルニアだ!」とは言えなかった。良かった! 助かった! 闇夜に光明を見た思いであった手術は緊急性を要しないが野良仕事も近くなったので早急にお願いする事にした。術前の検査(胸部、腹部レントゲン、心電図、血液、、尿)を受けて手術日を決定する由とのことで種々説明をうけ病院を後にした。病院の玄関からは伯耆大山がはっきりと見えて我家に帰ってからも今日ばかりの大山は守護神のように見えてならなかった
2007/01/30
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近所の姉からPCの調子が悪い●立ち上がりまで長時間を要す●CTRL+ALT+DELでも受け付けない等があって、様子を見てくれと言うことだ。当方も専門外なので解らないがPCのデフラグ、スタートアップの一部のソフトCUT、MSCONFIG上での停止作業、フリーウェアーソフトのINSTしての実行(すべて自分のPCで実施済みのもの)を行ってヤットそれでも「まあまあ」の状態になった。悪戦苦闘で4Hでもかかったかな・・・・・それよりもまだMODEMO契約というから驚いた。使用時間もAM8時~PM9時までらしい。ADSLにしたらつなぎっ放しだからこれを勧めておいた。出来るものはインターネット検索アクセス(ファイルのダウンロード&INST未経験)、メール授受、MS-WORD機能の気が生えた程度の文書作り程度だ。デジカメ、CDは持っていても使いこなせない? PCに取り込めないらしい。この程度だから、最低契約でいいのかもしれないが、それよりも70歳の近くにもなってPCを続けている事に感心せねばならない(同期の桜で退職時にPCをやろうといった連中の殆どが投了したらしい)たしかに、そんなにPCは優しいものではない、奥が深く何処が沼底なのか解らない。まさに「化け物」に操られている現状だ「精神衛生上あまりいいものではない」それより 青空の下「自然を相手にのびのび生活したほうがより人間的だし過去の先輩たちは営々とそれを子孫に伝え継承してきた」「文明はロマンを破壊する」常時PCの悪口をいう気はしないが時々は言わなければ気がすまない。「長時間ジッとPCとにらめっこは」よくないことだ。
2007/01/29
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例年なら雪が降ったり止んだりの「冬景色」なのだが暖冬続きの毎日である。農家にとってはさほど冬仕事はなく冬篭りに近い生活が続く。時々ではあるが「農業ハウス」に出かけて趣味の「アマチュア無線」で全国の愛好家との交信を楽しんでいる。自宅の寒い部屋でストーブを炊かなくてもハウスの中はポカポカ陽気だ。ところが交信中に「面白そうな事をお楽しみのようですが、おじゃましてお話を伺ってもいいですか?」と某地方TV局が機材を抱えて4人やってきた一定地区に限定しないで各地区の話題の発掘取材のようだ。かってはアマチュア無線は「King of Hoby」といわれた時代もあったのだが全盛期が過ぎ去り(最盛期は昭和40年代~平成初期)当時の愛好者は携帯電話に乗り移った感じがする。所詮 アマチュア無線と携帯電話を同じレベルで比較するのは無茶というものだ。アマチュア無線の醍醐味はただ意志疎通が出来れば良いといったものではない。本来の目的はもっと他にあるのだ。せっかくの交信を中断してそれからは「アマチュア無線は楽しい」というような対談をして取材予定時間30分が瞬く間に過ぎ去ってしまった。願わくば多くの人々がアマチュア無線を楽しんで欲しいものだと思った。
2007/01/25
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本日は、明治以来継続してきた「愛宕講」の祭典であった。といっても、信者が京都「愛宕山」に参拝するわけではない。この行事は長くて恐縮だが下記のような地区の歴史がある。明治初期、当地区(30戸)で火災が発生して折から春の乾燥し南風にあおられて4戸瞬く間に全焼した。とその猛炎最中のときに燃え盛る屋根に上がった「勇猛果敢なるご婦人」が身の振り構わず真っ赤な「腰巻き」を剥ぎ取り下半身ストリップ姿でその腰巻きを竿竹に巻いて大きく振り回して風向きを誘導するや不思議や不思議、たちどころに火炎の向きが大きく変化して鎮火に向かったと古老からの伝承である。その尊厳新たかな「腰巻き」は京都愛宕権現から授かったものであった。それ以来100数十年間、村人は世帯が交代しても「愛宕講」と称して1回/年 この季節に祭礼をしてお礼参りをしてきた。30戸の中から「参拝クジ」を引いた4人が京都「愛宕神社」に参拝して「お札」を受けて各戸に配付して1年の無火災を祈ってきた。この慣習は明治、大正、昭和、平成7年まで山頂参拝は継続されてきたが、少子高齢により、きりのいい年で終焉となって来年で解散となることとなった思えば過去130年の長期にわたり「火の神様」と敬われた愛宕神社とお別れするのは淋しい限りだこの間、この地区を長年にわたりお守り戴いたことに感謝するとともに「火の用心」を心がけるよう参集の皆の衆が硬く誓いを新たにした。<余談だが>天正10年(1582年)5月、明智光秀は戦勝祈願のために愛宕神社に参蘢し、本能寺の織田信長を攻めるかどうかを占うため籤を引き、3度の凶の後、4度目に吉を引いたという。翌日、同神社で連歌の会を催したが、その冒頭に詠んだ歌「時は今 あめが下しる 五月哉」は光秀の決意を秘めたものとされている。
2007/01/24
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午後からは、自治会新年恒例の「新年度役員総会」であった当自治会は**市にほど近く過疎地区ではないのだ戦後28世帯数が5戸増えただけでほとんどが御馴染みの「向こう三軒両隣り」である苦い経験上から役員交代は「順番製度」をとってからは出席者は「当家の当年の役当番」を承知して出席されているから、選考はスムースに進行してめでたく「新役員決定」となった例外として「スポーツ、体育」役員がいないのは困ったものだ少子高齢化で、税金も思うように集まらない、予算も無い・・・・として最近行政当局から聞いた言葉は「人間の価値は金銭を度外視してどれだけ社会奉仕したかで決まる」と言い放った。だから、「若い時の苦労、ボランティアは金を出してでも買え」という意味か?この言葉が終戦直後、言われていたらもっと輝いた言葉であった事だろうと思わず笑ってしまった
2007/01/21
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司馬遼太郎氏の傑作「坂の上の雲」がNHKで来年から「大型大河ドラマ」として3年間放送されるということで主役の発表があった。失礼ながら私はその役者が誰であろうと知ろうともしないし名前にも覚えが無いし興味も無い。この日露戦争についていささか思う事がありしたためておかねばと思いブログ記事となった。司馬遼太郎氏の大河TVドラマは「竜馬が行く」「国盗り物語」「花神」「翔ぶが如く」「徳川慶喜」「巧妙が辻」と観てきたがやはり小説を読んだ者としては、いまいち物足りなさが残った。小説を読む楽しさは主人公、作者の心理描写、当時の社会状況、そして余談・・が特に秀でて気に入れば何回でも部分を読み直し「よくこれほどまで調査してあるものだ」と思わず感動、絶句したものだった。「司馬史観」という言葉が流行したのも至極尤もなことであったろう。明治維新を遂げたわが国は「富国強兵」「殖産興業」で明治という近代日本を築いていったが20世紀の幕開けは帝政時代絶頂期?で世界が領土拡張主義時代であった。いわずと知れた小説「坂の上の雲」は秋山真之兄弟、正岡子規の友情をサブテーマとして帝政ロシア大帝国の南下政策に抵抗した日本とロシアの「日露戦争」を描写した歴史超大作である。我々の祖父、祖祖父が戦場にかり出された徴兵戦士である。参加した日本陸軍は110万人、ロシア軍の機関銃によって多くの戦死者を出した。死傷者の総数は38万人(戦死者:12万人)といわれ、15億3千万円の戦費を費やした大戦争であった。司馬遼太郎氏もやがてはこの小説が大河ドラマの舞台に上がることを懸念して「ドラマ化しないように」と生前は強い注文をつけておられたと聞き及んでいる。どういう過程でお許しを得たのかは解らないが「物騒な世の中だのに史実を述べるといってもやはり、国によっては触れてもらいたくないことだってあるはずだ。「日露戦役」から約100年 たとえドラマであったとしても史実に基づいて描写せねばならぬのは至上の命だ。まだまだ、当時の関係者の子孫もいらっしゃって日露戦争の史実の悲哀を客観的に描写するのは時機早尚であると思うし我家も戦死者を出している自分としては「坂の上の雲」は小説でのみ止めて欲しかった(続)
2007/01/20
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午前中は「男の料理教室」出席しました。メニューと材料は下記のとおりです。1.白菜とホウレン草の胡麻和え 材料:白菜1/2 ホウレン草1束 削りかつお ゴマのたれ2.ぶり大根 材料:ぶりのあら800g 生生姜50g 白ネギ1本※ぶり大根はとても美味しかった。今日も暖冬で小雨模様であったが粉雪紛々なら、なおさら風情があってより美味しかったことであろう講師曰く「煮れば煮るほど味が出る」この季節はぶりのカマは需要がたくさんにあってなかなか高額とやら・・・・本年初会で一杯欲しいところだったがなのでグッと我慢して10人の会員は帰省した。午後からはシニアネットPC教室のアシスタントに出かける。昨日はwordで文書作成、今日はインタネット、メールの操作方法で今日は皆さんお疲れのようであった。インタネットさほど抵抗が無くて面白そうだが、メール設定(アドレス帳、署名)、添付Fの送受及び保存となると何がなんだかわからない らしい。受講回数は1ケ月午後2回だから仕方ないかもしれない。今日は阪神淡路大地震から12年午前、午後とも亡くなられた方々のご冥福を祈った。
2007/01/17
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毎日暖かい日の連続である。まるで梅、桜の開花を連想するような暖冬である。今年の元旦の日出は「苦い経験」をしたが今日の大山は視界も良く終日まる見えだったデジカメを持参して農道をぶらついてはみたものの野花という花は何も無い。ただあるのは春を待つ雑草の芽だけであった。こう見えても、やはり季節は「冬真っ最中」だなあと思う。何年ぶりでロウバイの開花が見えるのもうれしい。ちょうどこの頃開花するので、厳冬に会えばふっくらとした蕾が霜にやられて未開花のままボロボロになって落下するのはなんとももったいないのだが、今年はこのような心配は無用でありそうなのだ。
2007/01/15
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新年になったが年度的には4/4期でこれから3月まで××総会、××会、予算決算会、××ミーティング等やたらと会合の多い季節となる。おまけで、新年会も予定がある。寒いので出難いが、だからといって多忙な時期は出席率も悪いので自然と年度末ということになろうか?1年度の反省と成果を協議し来年度に反映することになるのだが、自治会を筆頭に色々なサークル活動に入っている人は大変だなあと思う。ましてや、役員ともなれば事前準備、資料作成、会合案内等でてんてこ舞いに違いない又この時季に、所得申告時期とも重なって「てんやわんや」である。そういう意味で私も2つの役を仰せつかっている関係上、そろそろ準備をしなくてはならない。いやな季節がまたやってきたものだ。
2007/01/11
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周囲には雪が無い。例年は雪の中の正月であるがいささか拍子抜けである昭和時代は「暖冬異変」とわざわざ異変を付けて表現したものだが当たり前になってしまった。大山の積雪も40cm程度でスキーリフトの夜間照明の光跡が見えなくて淋しい事だ。この時季は農業者にとっては外仕事はなく、専ら内仕事であったが高度成長時代から物資も豊富になり、自家生産しなくても安価で入手することができるようになった。正月の「しめ縄」さえも購入で済ませる家庭も増えてきた。今年の「とんど焼き」行事も7日に終えて、これで正月気分はなくなって、普通の生活に戻った。「猪突猛進騒ぎ」ぐらいで災いのない1年であって欲しいものだ・・・・・・
2007/01/09
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北日本では昨日から大荒れの天気だとTVで見る。昨年初冬からいつもこのパターンのようだ。竜巻、突風は記憶に新しい出来事であり、またしてもか!と思う。すべてが「地球温暖化」とは無関係だろうが低気圧が異常に発達して台風同等の勢力をもって暴風雪の襲来とは困ったものだ。 明治後期あの「八甲田山遭難」もこの低気圧であったらしい。私は夏山には興味があるが冬山登山にはとんと興味が無い、戦後2,30年代に多くの冬山登山の犠牲者を出したが、現在の登山技術、装備、計画、通信手段さえ整っていたら・・・・・と思うと残念である気象庁は2~3日前から日本海、太平洋低気圧の合体して猛吹雪を予測していたのはさすがである。遭難は天候の急変からまず起こるということを肝に銘じることだ。快晴の日であっても「雪崩」の危険があり安心は禁物だ。冬山は雪解けまで警戒怠りなきように
2007/01/08
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正月の好天続きを打ち壊すように吹雪の中の「とんどさん」行事だった。昭和30年代「新生活運動」が全国的な流れであったかと思うが、行事は新暦で行うというのが原点であったかと思う。「庚申さん」、「××講」、「××祭」 家庭には数多の神々が宿り、種々のお札が神棚に祭ってあったものだ。それに伴って廃止、統合、簡素化された行事は多い。とんどは例年7日としていたが、少子高齢化で参加者が少ないので「5日を過ぎた日曜日」に行うようにしている。各戸がそれぞれ正月お飾りを持ち寄ってそれにをつけて、移動神社(祭神)に拝礼して、今年の安全、五穀豊穣を祈った。それからは、集会所(公民館)で新年会となるのだが、当番さんが大変だという理由でこの習慣も最近廃止となった。なんとなく淋しい「とんどさん」となってしまった賑やかな「とんど祭り」はTVで拝見する事にしよう
2007/01/07
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新年5日は11時から「お日待ち」の行事である。徳川時代は知らないが奉納札によれば明治以降毎年欠かさず行っている伝統行事である。名前の由来がイマイチ判然としないが念頭にあたって幸せを願う祭典には間違いがなかろう近年までは氏子一同(といっても1戸1人だが)お篭り堂に参集して氏神様の御前で宮司さんのお払いを受け五穀豊穣、家内安全、一陽来復(※)をお祈りしてお神酒とおせちを戴いたものだった平成になって、予算の関係で氏子30戸だけの自主参加となったが、お世話する当番さんは自主参加とうことにはならない。当番さんは前日から祭壇、お供物の準備、境内の清掃、当日の参拝客の接待をしなければならないからだ。この重責を少しでも軽くするために、参拝者は11時~12時迄としその間を当番さんがお世話をするというように改正して現在に到っている。せっかく、古来からの氏神さまがいらっしゃるのだから「出雲の三社参り」だけに行くのはバチあたりというものだ。神さまは賑やかなこと(歌舞音曲)がお好きなようなので時間中テープを流して雰囲気を盛り上げるここまでご機嫌を執ったので今年もきっと豊年満作だろう。ただし豊作貧乏にならないようにくれぐれも宜しくとお願いして締めくくった※「冬至から畳の目だけ陽がのびる」といわれるように、冬至から日ざしが日一日と長くなり、一日あたり二分ずつ昼が長くなってゆく。一陽来復である。
2007/01/05
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もう、御用始めとなってアッという間にもう4日となったが、相変わらずTVはまだ正月気分でやたらと「大声を出してお笑いをやっているようだ」もう、ウンザリしたので、近場をドライブしてきた。さすがまだ車は乗用車ばかりで貨物営業車はまだ見かけなかった。近所の人とも久しぶりだ!ジッとして寝正月は健康にも精神衛生上良くない、充電も完了なのでそろそろ動き出さなければならない。明日は「お陽待ち」という行事がある。冬至が過ぎて「新年来福」という事らしい農家は自然相手の祭礼だ。今年一年の豊作と家族の健康を願う行事である。神社は(といっても祠だが)拙宅から徒歩で2分のところにある。明日のお世話の当番さんがその準備で多忙だったようだ。
2007/01/04
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出雲大社には厄年、祝い年にお参りしてお払いを受けて御かげさまでこの齢となった出雲は神々の住む国であって3社参り(出雲大社、熊野大社、八重垣神社)といって特にこの正月はバスツアーが組まれて賑やかである。大変結構なことである。若い頃、松江に4年ほど勤務したが遠来の出張者には最終日は仕事は休んでもらって市内見物、3社参りには観光案内をしたものだった。遠来のお客様もそれを期待していた。それが、阿吽の呼吸というものであって、会社が多忙でもそれを優先していた楽しい良き時代の思い出である。それが「人をねぎらう優しさ」だと教えられたものだ。今年も3ケ日さぞかし神々の故郷は賑やかなことであったろうと想像する。ところがである・・・我が「伯耆の国」R180,181,183線沿いには有名な、知れ渡った神社がないのは一体どうした事だろうか? 郷土史家とやらに一度問うてみたいものだと思っているがまだ解決していない。好みではないがPC万能時代だからこの疑問には答えるサイトでもあるだろうかなあ?なんて正月から「浮世ばなれ」な空想をしている「温泉もない、有名な神社もない!」日本を細分化してその部分を見れば多かれこんな地方がかえって多かろう? だからこそ人は自分の地方にはない癒し「行楽地、名所、旧跡、温泉、山岳等」を求めて旅をするのであろうか。古人曰く「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」さて、今年は何処に旅するかと思案中である。
2007/01/03
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<これは台紙です、後4年で干支の達成です>日本アマチュア無線連盟主催「New Year Party」の日だ。20局以上のアマチュア無線愛好者と無線を使用して「新年の挨拶」を交わします。相手のコールサイン、交信日時、受信感度を本部に報告すると干支のシールが送ってくる。それを12年間継続すれば「干支の達成」で記念の盾がもらえる。というもので、競争、コンクールといった優劣要素はまったくない。見事に継続達成という自己満足の証だ。1年でも怠ったらそれまでの実績がパーとなるので、「これだけは参加しなくてはならない」という人が結構多いのもこの企画の面白さかもしれない。昭和の御世には「king of Hoby」とまで言われたアマチュア無線も現在では大多数が「携帯電話」に取って代られて寂しい思いだがそれでも中年、シニアには根強い人気があるのは心強いアマチュア無線の通信内容は秘話となってはいないが(ブログに似ている)それだけ趣味の友人もたくさん出来るのだ。携帯電話と単純には比較は出来ないが年間500円が電波使用料でコーヒー1パイ分だ。願わくば、ヤングの諸君の奮起を期待してやまない。遠く北海道から九州までの常連のフレンド、久しぶりの方々と新年の通信を交わして今年一年の友情を約束した
2007/01/02
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大晦日は快晴で夜半は冬の星座のオンパレードであった。天気図も高気圧の中で条件は揃っていた。徒歩3分の場所だから出かけてみると5人のカメラファンが既に三脚を据付て今や遅しとその瞬間を狙っておられた。遠く南東の大山の裾野はあかね色に染まっていた「ご来光」のわくわくする感動の瞬間だところがなんということか 日出3分前から薄雲が広がりだして、あかね色も色あせたではないかこれは4分前の光景である。という有様でここ一番というところでご来光撮影は失敗に終わった大急ぎで帰宅し「おせち」を戴いて再度外出したらお陽さまは既に昇りきってギラギラと輝いておられた。なんとも皮肉な事だ自然(天文現象)はままならないことをまたもや思い知らされたひと時だった。ご来光が拝められるのは当地山陰では4~5年に1度程度だ、冬の晴天率は望めない。降雨でなくても「夜空の天体観測」になると年間通じてお勧めできない地方である。若い頃天文現象、天体観測写真等趣味としたが このような理由でいまは「長期休眠状態」であるTVから全国的に「ご来光が拝まれた」というニュースが入ると余計に腹立たしいどうも新年早々「悪たれ」をついたようだ。
2007/01/01
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