JINさんの陽蜂農遠日記

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2020.06.17
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​6月12日(金)に旅友Sさんを誘って熱海海岸のジャカランダを愛でに行って来ました。
数日前にテレビのニュースで、満開に近いと知ったのでした。
6:30にSさんの愛車で熱海に向けて出発。
前日の雨もなんとか上がり、富士山の姿も。



西湘バイパスを進む。相模湾上空の雲。



西湘バイパス、小田原市・御幸の浜近く。



そして早川出口から一般道へ。手前に新早川橋が姿を表した。



国道135号線を進む。前方左手に真鶴半島、そして三ッ石の姿も。



「都道府県をまたぐ移動は慎重に」との表示が。







そして熱海城が姿を表す。



ショウワパーク熱海に駐車しジャカランダを愛でに。
熱海のマンション群、正面にゼファー熱海ビーチタワーが。



ジョナサン前のジャカランダの花。



ジャカランダ(Jacaranda)の花はノウゼンカズラ科。
カエンボク(火炎木)、ホウオウボク(鳳凰木)と並んでシウンボク(紫雲木)と呼ばれ、
世界三大花木のひとつとされているジャカランダ。自生地では10mを超す高木になるのだ。
花一つ一つをよく見ると、なるほどノウゼンカズラの花に似ている。
花径5㎝くらいの釣鐘状の花を枝の先に塊のように咲かせるので、遠くから見ても存在感がある。
ジャカランダの木は枝を横に広げる樹形なので、高木の枝いっぱいに青紫色の花をいっぱいに
咲かせる姿は息を飲むほどの美しさになるのだと。




さしずめ紫の桜といったところ。ポルトガルではジャカランダの紫色の花が満開になる頃は
ちょうどイワシ祭りというお祭りの時期。
賑やかなイワシ祭りと、ジャカランダの満開の花を見る為に海外からもたくさんの人が
訪れるのであるというが今年は??。



こちらが、南アフリカの首都・プレトリアのジャカランタの並木。

これも天候、土地の質等が微妙に影響するのであろう。



前日の強風で花は落ちて。



こちらは比較的花のボリュームが多いジャカランダ。



「ジャカランダ
世界三大花木(カエンボク・ホウオウボク・ジャカランダ)の一つで、いまでは熱海の初夏を
告げる花となりました。街路樹がジャカランダなのは温暖な熱海だからこそ、本州では珍しい
風景です。また、ジャカランダの日本での認知度は、海外のリゾート地への渡航者増加に伴って
広がりつつあります。熱海での開花は折しも傘の花開く梅雨のシーズン。
ラッパの形をした小さな青紫色の花がブーケのように熱海の梅雨空を彩ります。」



ラッパの形をした小さな青紫色の花。



こちらは、ブットレア・ブラックナイト。
蝶やミツバチの集まることでよく知られた花木。



こちらは、ブラシの木。



再びジャカランダの花をカメラで追う。



ジャカランダは、樹木が大きく生長しないと花が咲かないのだと。
樹木が生長するには温度と日照等の必要条件があり、日本では冬を越せず生長できないので、
開花が難しいと言われていたのであったが。



ポルトガルのジャカランダは、ポルトガル人が大航海時代にブラジルから持ち帰ったものだと。
緑豊かな南米の国で霞むように咲き誇るジャカランダの花は、ポルトガル人たちの心を
癒したのだと。
ポルトガルはヨーロッパの最西端に位置するため、夏はとても暑くなるのだ。
よってブラジルから持ち帰ったジャカランダがそのまま育ったのだ。



緑の芝生に花びらが散って。



熱海市の汚水マンホール。
明治時代に熱海温泉を一躍有名にした尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の名場面と「お宮の松」、
そして背景の夜空には「花火」を図案化したもの。



葉は鳥の羽のように繊細で細かく、非常にやわらかな感じが。



ジャカランダとブーゲンビリアのコラボ。



青紫というよりは藤色か。



「カスカイス市・熱海市 国際姉妹都市提携紀念樹木」。
カスカイス市は、ポルトガルのリスボン県の都市。
市内には、国際的なリゾート地であるエストリルを含む。
また、ユーラシア大陸最西端のロカ岬へのバスがここから発着しているのだと。
お宮緑地のこのジャカランダは平成2年7月にポルトガルのカスカイス市と国際姉妹都市提携を
記念して植樹された木であるのだ。



ひとつの花房に50~90コの花を付けるのだと。



陽光があれば藤色が更に神秘的に輝くこと間違いなし。



こちらはカシワバアジサイ(柏葉紫陽花)。



「熱海八景
画家、山本光一は、天保13年(1842)江戸下谷に生まれた。名は信教。
明治36年(190)10月6日、61歳で没した。
墓は臨済宗南禅寺派の月州寺(東京都台東区竜泉2丁目2-15)にある。
山本家は代々江戸で儒学を教授していたが父素堂は二男で画もまたよくし、生涯を画家として
終えた。光一の兄、学半も画家を志した。評価は2人とも不明である。
光一は熱海の風土が好きだったにちがいない。度々来遊して、明治21年には「熱海梅園之図」と
「改正熱海市全図」を、翌22年には「伊豆の浦づたい」と第する絵入りの和綴本を刊行し、
熱海の紹介に努めている。
「この熱海八景色紙」は明治21年の刊。八景とは、かって成島柳北(1837~1884)が選んで
話題となっていた景勝の地8ヵ所、すなわち梅園の春暁、来宮の杜鶘、温泉寺の古松、
横磯の晩涼、初島の漁火、錦浦の秋月、魚見崎の帰帆、和田山の暮雪を、版画にしのであろう。
現今の風景と比べて興味津々たるものがある。今を去90余年前の熱海である。」



「サンゴシトウ」。
サンゴシトウはオーストラリアのシドニー植物園で、アメリカデイゴと北アメリカ原産の
ヘルバケア(Erythrina herbacae)を交配して作られた園芸種です。
アメリカデイゴと間違われることがありますが、別名をヒシバデイゴというように葉の形が
菱形に近いことと、アメリカデイゴと異なり、サンゴシトウの旗弁は完全に開かずに
花が筒状になることで見分けられます とネットから。



この花の蕾はキング・プロテア(King protea) 。



プロテア(Protea) とは、花の王様と賞賛される南国のヤマモガシ目ヤマモガシ科プロテア属の
常緑低木です。 花色や形、大きさ、感触、光沢などが異なる多数の種類があります。
中でも、このキング・プロテア(King protea) は、代表的な品種とされ、 南アフリカ共和国の
国花ともなっています。 熱帯植物なので日本では高価な花でありあまり生花では使われませんが、
ハワイではホテルやレストランのフラワーアレンジメントの花材としてふんだんに使われています。
とこれもネット情報から。



キング・プロテア 説明板。



そして「貫一・お宮の像」に到着。



「尾崎紅葉記念碑」。



「紅葉山人記念 金色夜叉の碑」
「宮に似た うしろ姿や 春の月 風葉」。



「「お宮の松」の由来。
お宮の松は、尾崎紅葉の小説「金色夜叉」に由来し、命名されたものである。
この松は、江戸時代前期(1645年頃)、智恵伊豆と呼ばれた老中松平伊豆守信綱が伊豆を
巡視した際に植えさせた松の一本といわれている。この松は、その姿が美しかったことから、
「羽衣の松」とも呼ばれていた。
1897(明治30)年から読売新聞に連載された「金色夜叉」により、熱海海岸の場が登場した
ことから人気を集め、また、演歌師のつくった「金色夜叉の歌」が流行し、熱海温泉の名は
一躍脚光を浴び、天下の熱海温泉を不動としたものである。このことから、1919(大正8)年熱海に
別荘を持っていた「煙草王」村井吉兵衛や土地の有志によって、横磯に「金色夜叉」の碑が
建立された。この碑には、紅葉の門人であった小栗風葉の句「宮に似たうしろ姿や春の月」が
刻まれ、羽衣の松のかたわらに建てられたことから、いつしか「お宮の松」と呼ばれ、
熱海の新しい名所となった。 また、この碑も女性的な感じから川端康成は、
「石そのものも可憐な女の後姿に似た記念碑」と認めている。
1949(昭和24)年、キティ台風により道路が崩壊されたことにより道路の拡幅が行われ、
海側に伸びた大枝が切られ、また、観光地としての発展に伴い、自動車の排気ガス等により
とうとう「お宮の松」は枯れだした。(初代「お宮の松」の樹齢はおよそ300年で、
現在のつるやホテル前の歩道から海に向かって約2メートルの場所にあった)。
市では、市民皆様の協力を得て、二代目「お宮の松」の選定を始めた。
その結果、50数本の候補から、熱海ホテルにあったクロマツを「お宮の松」に選定し、
国際興業の社主であった小佐野賢治氏により寄贈を受け、小田原市の本多大四郎氏の所有する松を
添松とし山種証券の山崎種二氏等の寄附並びに市内関連団体の多大な協力により、
1966(昭和41)年現在の場所に二代目「お宮の松」として完成したものである。
「お宮の松」の樹齢は、2001(平成13)年現在でおよそ95年、添松はおよそ75年になる。」



再び「貫一・お宮の像」とその後ろに熱海城。



「熱海城」をズームで。



「お宮の松」。



「初代のお宮の松」。
現在のお宮の松は昭和41年に植えられた2代目で、初代は排気ガスの影響などで枯れて
しまったとのこと。
2代目の脇に展示されている初代の切り株をみると相当大きな松の木だったことが
分かるのであった。




                  ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2020.06.17 17:47:20
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