JINさんの陽蜂農遠日記

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2023.12.18
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カテゴリ: JINさんの農園
「岡田美術館」を後にして、車で5分強の場所にあった「 箱根強羅公園 」に到着。
正門から入園する。
神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300。



550円で入園券を購入して。




「強羅公園」は、正門は標高約574m、西門は標高約611mという傾斜になっている。
季節を通して様々な花が咲く園内には、様々な施設があるのだ。
冬でも暖かい熱帯植物館や、歴史ある茶室、カフェ、工芸体験クラフトハウスなど、 1日中楽しむ




まずは「 熱帯植物館 」に向かって坂を上る。



」の花であっただろうか?



見事な紅葉が青空に映えて。



青空を背景に紅葉が輝く。



「山粧う(やまよそう) いや 園粧う



そして「 熱帯植物館 」を訪ねた。



フィリピン原産の常緑小低木。樹の高さは2m前後で分枝が多いで魂濃緑色の大きな蕓をもち、




咲き始めたものをズームして。



名前は「 熱帯ノボタンメディニラ
東南アジア、熱帯アフリカ、太平洋諸島に150種類以上分布する
低温にも耐えるが、生育するには、10℃以上の温度が必要です。」と。



バナナに似た木であるが。




芭蕉 」であっただろうか?



こちらは「 ピンポンノキ 」と。



ピンポンノキ
ピンポンのような実がなるので「ピンポンノキ」じゃないよ
中国の言葉で「ピンボーノキ」、それがなまって「ピンポンノキ」になったんだ。にてるでしよう?
タネを焼けば甘い「栗」のような味がするので「栗子(くりこ)」ともいうよ。
白ガラス細工のようなきれいなオハナが咲くよ。」とネットから。



花の写真もネットから。



こちらが「 バナナの木 」。



太く短いバナナが。



「熱帯植物館」内にも小さな滝が設置されていた。



「熱帯植物館」内の湿度 を上げているのであろうか。



赤いツヤのあるハート型の花がユニークな「 アンスリウム 」。



食中植物・ ウツボカズラ(ネペンテス?



アナナス
多年草で、果実以外はアナナスと呼ぶこともあります。
和名は「鳳梨(ほうり)」」といいます。
苗を植えて2年目以降の充実した株に実をつけ、花は紫色の花がまとまって咲きます。
このパイナップルは、観賞用で食べられません。
花言葉:あなたは完璧 完全無欠」。



アナナスの実。



この大木は?



強羅公園 標高590M 」と。



こちらは白の「 エンジェルズトランペット 」か。



キダチチョウセンアサガオ 」とも言うと。
朝顔のようなラッパ状の白花を咲かせるチョウセンアサガオ(朝鮮朝顔)の一品種 と。



ブーゲンビリア 」。



近づいて。



ピンクの花も。



「ハイビスカス」。



「企画展
関東大震災と箱根
箱根町立郷土資料館
令和5.10.14(土)~12.10(日)」



ちびゴジラデジタルパズルラリー!in箱根 」。



ストレリッチア(極楽鳥花)



ストレリッチア(極楽鳥花)は、極楽鳥が羽ばたいているような姿をイメージさせる植物。
その花姿はとても鮮やかでエキゾチックな魅力。



そして噴水。



そして屋外に。



白雲洞茶苑入口 」。



「「白雲洞茶苑」は、箱根強羅の巨岩怪石の間に、深山のおもむきを保存して、見るからに
山家の風情の濃い茶室群です。 ここは大正時代のはじめ、利休以来の茶人と称された
鈍翁・益田孝(三井コンツェルンの設立者で男爵)によってはじめられ、特に白雲洞は、翁の創案
になる田舎家の席として貴重な茶室とされています。大正11年(1922)、この茶苑は
三渓・原富太郎(横浜の富豪で美術品収集家として著名)に譲られ、この時三渓はあらたに対字斎を
増築しました。 昭和15年(1940)、茶苑は再び原家より耳庵松永安左衛門(電力界の重鎮、
松永コレクション創設者)に贈られ、こうして茶室は、明治・大正・昭和と3つの時代を代表する
3人の茶人の間に伝えられてきたものです。」と。



鈍翁・三渓・耳庵の遺席
登録有形文化財「白雲洞茶苑」ご案内
ここに保存される三棟の茶席は大正時代のはじめ鈍翁・益田孝によって創始され、ついで三溪・
原富太郎、耳庵・松永安左ヱ門と近代の三代茶人と称される人々に継承されてきたものです。
益田鈍翁による開席当時、ここには不染庵、白雲洞の二席が営まれ、これに寄付と白鹿湯が
附属していました。これらは一代の数寄屋師とうたわれた仰木魯堂の設計と言われています。
大正11年原三溪に伝えられ、新たに対字斎一棟が増築されました。ついで昭和15年松永耳庵に
受け継がれました。耳庵自筆の「白雲洞の主人となるの記」によって知られます。耳庵没後次第に
荒廃していましたところ、当社に移譲されより全面的に補修の手を加え昭和57年5月に旧観に
復しました。
全苑の構成には山中の岩かげに建つ山家の趣が深く、岩上に根を占める巨桜の下に軒を低く
佇むのは不染庵です。また囲炉裏に自在釣を掛け粗朶で瀗縁のある田舎家の席は白雲洞です。
茶道界に鈍翁創案の田舎家の茶席はあまりにも著名ですが、現在その多くは失われここ白雲洞は
唯一の遺構としてかけがえもなく珍重されています。
益田鈍翁、原三溪、松永耳庵という偉大な茶人であり、明治・大正・昭和の日本経済に大きな
役割を果たした稀代の経済人たちが遺した「白雲洞茶苑」は近代数寄の茶道の風雅を偲ぶ
茶室群です。
                         箱根登山鉄道」。



紅葉に囲まれた「 白雲洞茶苑 」を望む。
茶苑は比較的高いところに建てられ、白雲洞、不染庵、対字斋、白鹿湯から四つの席から構成
されていると。そして巨岩の間に点在していた。



これぞ日本の秋!!



ここも!!







こちらは「白雲洞茶苑」の裏口門であっただろうか。



パンパスグラス 」か?
 パンパスグラスは、『しろがねよし(白銀葭)』や『しろすすき(白薄)』とも呼ばれている。
周囲に「和の植物」があると和風映えし、和風料理店や日本家屋、旅館の庭にもよく映えるのだ。
穂が強風?で倒れてしまっていたが。



この一面に黄葉した樹の名は??




                                 ・・・​ もどる ​・・・




                   ・・・​ つづく ​・・・






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Last updated  2023.12.18 10:32:05
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