JINさんの陽蜂農遠日記

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2026.04.28
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カテゴリ: JINさんの農園
「両国駅西口」を左に見ながら、「国技館通り」沿いの歩道を南に進む。



右手にあったのが「 両国駅西口喫煙所 」。
このガラス張りの喫煙所は、「北斎アート」がデザインされた屋外型の喫煙スペース。
西口の公衆トイレ向かいに位置し、2021年12月に設置された。
葛飾北斎の「冨嶽三十六景」をモチーフにしたデザインが特徴で、周辺の観光や
国技館利用時に便利なスポット と。



すみだ✕アート✕福祉
みんな北齋プロジェクト
小さなひとも大きなひとも。外国のひとも日本のひとも。
障がいのあるひともないひとも。たばこを吸うひとも吸わないひとも。
みんな違うから、違いがあるから、おもしろい。
時空を超え、あらゆるものを自由に描いた葛飾北斎。
北齋が生きたすみだでは漫画家しりあがり寿氏とともに、
障がい者アートでひととひとをつなぐ
「みんな北齋プロジェクト」をすすめています。」



「両国西口公衆トイレ」前にあったのが、相撲力士をイメージさせる外形の
両国観光案内 」地図。



横綱手形のモニュメント 」。



近づいて。
元横綱鶴竜関のご協力のもと、手形レリーフをJR両国駅前のモニュメント台座に設置した。
レリーフに手を当てて大きさを比べてみてください と。



横綱の手形 が。



第69代横綱・ 白鵬 横綱在位 平成19年~令和3年 」。



第71代横綱・ 鶴竜 横綱在位 平成26年~令和3年 」。



照ノ富士 横綱在位 令和3年~令和7年 」。
第70代横綱 日馬富士の手形は何故かなかったが・・・???



「総武線」のガードを潜り、「両国駅西口」交差点の右側にあったのが
ちゃんこ霧島 両国本店 」。
東京都墨田区両国2-13-7。
元大関・霧島(陸奥親方)が創業した陸奥部屋直伝の本格ちゃんこ鍋店
鶏ガラと豚骨ベースの秘伝「霧島味(醤油・味噌・塩のブレンド)」が特徴 で、
両国駅近くの本店は連日賑わう人気店  と。



「ちゃんこ霧島」や「ジンギスカン霧島」を運営する株式会社霧島の代表取締役は、
進藤 晴彦(しんどう はるひこ)氏。元大関霧島(陸奥部屋)の監修による本格的な
ちゃんこ鍋を提供しており、東京都内(両国・御徒町・新橋など)に店舗を展開中。
優勝額「 優勝 大関 霧島一博関 平成三年一月場所 」もあった。



ガード下には「 神輿庫 両武会 」があった。



そして隅田川に向かって歩くと「一の橋通り」沿いにあったのが​ 中村部屋 ​👈️リンク。 
東京都墨田区両国1丁目18−7。
師匠    中村雅継(なかむら)  〈委員〉
しこ名   関脇 嘉風(よしかぜ)
本名        大西雅継
生年月日  昭和57年3月19日生
出身地     大分県
生涯戦歴  649勝642敗30休
受賞歴     優勝0回/殊勲賞2回/敢闘賞4回/技能賞4回


隅田川テラス入口 」に向かって進む。
隅田川テラスは、隅田川の両岸約47kmのうち約28kmに整備された遊歩道で、浅草や両国、
中央区エリアなど多くの橋の階段・スロープからアクセス可能。
主要な入口は、JR浅草橋駅(徒歩5分)、蔵前駅(A1出口から徒歩10分)、
森下駅(徒歩5分)周辺にあり、スカイツリーを望む散策が楽しめます と。



隅田川」テラス入口 」。



そして「 隅田川橋梁 ( 総武本線) 」を見る。
総武本線を両国駅から御茶ノ水駅まで延長するために隅田川に架けられた橋(1932(昭和7))で、
両国駅と浅草橋駅の間に位置している。
■橋の概要
上部構造は3径間で隅田川を渡り、連続プレートガーダーのうち側径間(1径間目・3径間目)に
ヒンジを設けた ゲルバー桁を基本 としている。さらに、 中央径間にはアーチ部材を組み合わせた
ランガー桁を採用 し、本橋の外観上の特徴となっている。
ランガー桁は、桁とアーチの双方で荷重を支える補剛アーチ形式の一つで、 日本では
本橋に初めて採用 された。
・種別 - 鋼鉄道橋
・形式 - 3径間ゲルバー下路式ランガー桁
・橋長 - 172m
・支間 - 38m + 96m + 38m
・線数 - 複線
・活荷重 - KS-15
・鋼重 - 1,365t
・着工 - 1931年2月
・竣工 - 1932年3月(昭和7年)
・施主 - 鉄道省
・橋梁設計 - 田中豊
・橋桁製作 - 横河橋梁製作所  と。



そして下流側に見えたのが「 両国橋 」。



流れる川は「 隅田川 」。



「小型キャビンクルーザー(ウォークアラウンド型)」が上流に向かって。



隅田川左岸防潮堤に『 隅田川テラスギャラリー 』が。
上流に向かい「 隅田川橋梁 ( 総武本線) 」下を潜ると大きな錦絵が現れた。
歌川国虎 「江戸両国橋夕涼大花火之図」



「両国橋の西側から、花火の夜の賑わいを描いたもの。この絵の一番の特徴は、
なんといっても西詰(にしづめ)に広がる茶店と、そこに集う人々の活気に満ちた描写である。
画面向かって左には「水菓子(みすがし)」という赤い行灯(あんどん)を置いて、西瓜、瓜、梨
等の果物が売られている。
画面中央には、半月型の西瓜をほおばる少年の姿もみえる。このほか、飴売り、水売りなど、
さまざまな店の様子がわかっておもしろい。」 



隅田川の「主な潮位記録
■A. P. (Arakawa Peilの略)
明治6年10月、現在の中央区新川ニ丁目地先の隅田川に設置された霊岸島量水標の
最低潮位をもって定められた水位を基準とした高さの表示方法です。」 
▼A.P. +5.02m
    伊勢湾台風級が来た場合
    昭和34年9月(名古屋)
▼A.P. +4.21m
    高潮 大正6年9月
▼A.P. +3.55m
    台風20号 昭和54年10月
▼A.P. +3.15m
    台風15号 平成13年9月
    (キティ台風) (昭和24年9月)



豊国三代「東都両國川開之圖」 」 



「隅田川の西岸から、芸者が舟に乗り込もうとしている。岸に寄っている屋形舟には、既に
数人の女性達が乗って、何か話しかけているようだ。画面に向かって左からは、提灯を下げた
女性と料理の皿を持った女性もやってくる。田川に舟を浮かべて、料理を食べながら花火を
楽しむのは、江戸の夏における最高の楽しみであった。両国橋の下の舟に、作者の名前
「歌川」の文字を入れた提灯が下がっている。」 



喜多川重政 両國橋納涼圖 享和3年(1803)頃



「両国橋は万治2年(1659)に完成した(寛文元年(1661) の説もある)。
当初は「大橋」と名付けられていたが、のちに新大橋か架橋されたため、俗名であった
両国橋が正式な名称となった。
詞書によると、とても暑い日は隅田川に船を浮かべて涼む人達がとても多く、
陸地と水面との境が分からない程の賑わいであったという。」 



再び総武本線が通過する「 隅田川橋梁 ( 総武本線) 」を見る。
屋形船が橋の下を通過。



そして隅田川テラスには、 手摺に刻まれた「相撲の四十八手 が紹介されていた
くじきだおし 」。
相撲の「四十八手(しじゅうはって)」における「くじきだおし」は、日本相撲協会が定める
現代の「決まり手八十二手」には含まれない、江戸時代から伝わる古風な四十八手の一つ。 
技術的には、相手の差し手を抱え込み、上手から前へ攻めて(あるいは捻って)倒す技を
指します と。



のぼりがけ 」。



ひさごまわし 」。



しきこまた 」。



しぎのはがえし 」。



きぬかつぎ 」。



橋本貞秀 東都両國夏景色 」。



「花火で賑わう両国橋界隈の様子を、西側から大胆に湾曲した構図で描く。橋に向かって右側、
つまり下流側に大きく花火と煙が上がっている。上流には遠く筑波山を望む。壮大な光景と
なっているが、見る者が最も驚かされるのは橋の上をびっしりと埋め尽くす人の頭と、川面を
覆うおびただしい数の船であろう。手前に広がる西岸の水茶屋(みずぢゃや)の前も人であふれ
かえっている。両国花火の大混雑は、今も昔も変わらない。」




                                  ・・・​ もどる ​・・・



                    ・・・​ つづく ​・・・




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Last updated  2026.04.29 19:51:25
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