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数々の人気テレビドラマを手掛けてきたシナリオライター秦建日子による初の小説。 本作は、作中に幾度も使われるフレーズ「アンフェア」というタイトルで、篠原涼子主演のテレビドラマとなった。粗筋: 会社員と女子高生が、同じ現場で殺害される。 2人の被害者には接点が無く、被害者それぞれにも殺害される程の恨み持つ容疑者は浮かび上がらなかった。変質者が会社員をまず殺害し、その場に偶然居合わせてしまった女子高生が巻き添えを食らって殺された、と警察は判断し、捜査を開始。 捜査一課の女刑事雪平夏見も捜査に借り出される。 そんな中、事件をそのまま小説化した原稿の一部が、出版社に送り付けられる。「犯人は自分であり、次の被害者を出したくなかったら、残りの原稿を落札しろ、T.H.」といった手紙が添えられていた。 単なる猟奇殺人は、これにより劇場犯罪の様相を見せる。 出版各社は、落札のメリットとデメリットを天秤に掛けながら動き始め、警察も次の犯行を阻止すべく動き始める。 そんな中、編集者が出版記念パーティーで毒殺される。 この殺人も「T.H.」と名乗る犯人により原稿となって、各出版社に送り付けられる。落札価格は引き上げられていた。 編集者の殺害状況から、犯人は出版業界に何らかの関わりというか、恨みを持った人物だと推測された。 そんな中から、ある人物が浮かび上がる。平井唯人。大学のミステリ研究サークルに属し、イニシャルがT.H.で、作家志望ではあったが目が出ず、出版業界に恨みを持っていた。が、2年前から失踪していた。 警察やマスコミは血眼になって平井唯人を探すが、行方が掴めない。 雪平は、事件に関係のある出版関係者の間を巡っている内に、犯人は編集者瀬崎一郎だと気付く。 平井は2年前、瀬崎に持ち込み原稿をボツにされたのを恨んで、まるで瀬崎が直接手を下したかの様にも見える形で自殺した。警察沙汰に巻き込まれるのは困ると考えた瀬崎は、平井の死体を処分してしまう。 瀬崎は、これをきっかけに精神を病み、自身が殺人に手を染めるに至る。 瀬崎は次の被害者である女児を誘拐するが、雪平が現場に駆け付け、射殺する。解説: テレビドラマの原作本、という触れ込みだが(つまり本作が出版された後にドラマが制作された)、キャラクターの設定や、文体からすると、ノベライズを読まされている気分になる(ドラマが予想以上に好評だったので、急遽予定に無かった書籍化を慣行、といった具合)。 シナリオライター、という著者の経歴を見れば、当然の事かも知れないが。 主人公雪平夏見は、「三十代、子持ち、離婚暦有り、未成年の犯罪者を射殺した過去有り、酒を浴びる様に飲む、煙草も吸う。私生活は乱れており、自宅はゴミだらけで、寝る時は素っ裸になってしまう事が多い。しかし刑事としては優秀で、しかも無駄に美人」となっている。 テレビドラマの場合、映像化されるのでこれらは「面白いキャラクター描写」という事になる。が、小説の場合、文章でしか描写するしかないので、単なる性癖の羅列になってしまう。主人公に深みを持たせる要素にはなっていない。 大体、「三十過ぎで、子持ちで、酒も煙草もガンガンやります」と説明された後、「実は美人です」と付け加えられても、違和感しか抱かない。顔だけで「美人」と判断されるのは、グラビアアイドルや女優等、「表」の姿しか見せない(見せてもらえない)女性だけ。私生活等、顔以外の判断材料が提供された場合、見てくれがいくら良くても、「美人」とは見なされない(今をときめくグラビアアイドルや女優らも、私生活が完全に暴かれた場合、「美人」と評されるのは一握りになってしまうだろう)。 そもそも、主人公を作中で「美人である」と言い切ってしまうのも、著者の文章力の無さを露呈している。登場人物を美人に見せたかったら、主人公の言動から読者がそう思えるようにするのが本来のやり方。「私が生み出した主人公は美人なんですよ」と著者の主観や趣味を押し付けられても、読者としては困るだけ(ドラマでは篠原涼子が主人公を演じたが、「美人」を連呼出来る程の美貌の持ち主とは思えない)。 作中で、雪平が優秀な刑事である事が著者によって幾度も述べられているものの、言動からは伝わらない。あくまでも奇妙な性癖を持つ女刑事なのである。 他の登場人物も、名前によって辛うじて区別が可能、といった程度で、印象に残るのは無い。 言動に特徴を持たせたらしいのがいるが、結局性癖を連呼しているに過ぎない。 文体も分かり辛い。 視点が、何の前触れも無く変わっていく。 様々な登場人物の視点、作中作が法則無く入り混じっているのである。 著者は、ミスリードのつもりでやっているらしい。最初は注意して読むが、何度もやられるので、中盤以降は「流して読む部分」と化してしまう。後になって「この部分こそ重要でした」と指摘されても、記憶に殆ど残っていないので、ますます分からなくなってしまう。 ストーリー展開も納得出来ない部分が多い。 警察があまりにも無能なのである。 これだけ大胆に犯行が繰り広げられているのだから、捜査に進展があってもおかしくは無い筈なのだが、「証拠が無い」「動機が不明」といった発言が繰り返されるだけで、犯人が行動してくれるのをひたすら待つに留まる。犯人が行動したら、したでまた「証拠が無い」「動機が不明」とのたうつ。 蓋を開けてみれば犯人は警察が複数回に亘って接触していた編集者。有力容疑者の一人に挙がっていても不思議ではない筈なのに、何の制限も受けずに行動出来てしまっている。警察の目を掻い潜って犯行を実行していた、という様子でも無い。 犯人が特定されたのは単なる偶然で、雪平は特にこれといった捜査も推理もしておらず、最後の犯行の場に雪平が居合わせられた経緯もよく分からない。 ラストもとって付けた感じの、テレビドラマみたいなもので、映像化を前提にしているというか、映像以外では成り立たない。 大風呂敷を目の前で広げられるだけ広げられた後、バタバタと畳んで持ち去られた気分。 本作は、通信機器やネット等、流行の用語が盛り込まれているのが特徴。 話題性を狙ったものと思われる。 ただ、流行はあっと言う間に古くなる。 本作で述べられている通信機器やネット用語の中には、死語と化しているものも少なくない。当然ながら最新の機器や用語は載っていないので、ただ古臭く感じるだけになってしまっている。「推理小説はフェアでなければならない」「推理小説にはリアリティがなければならない」といった、読者が勝手に抱いている常識を打ち破る、という目標を掲げて、本作は書かれたらしい。 フィクションとはいえ、犯人が読者を意識してフェアプレイの精神で行動するのはおかしいし、読者を納得させる為だけの動機で犯行を繰り広げるのは無意味だ、と。 野心的な試みとは言えるが……。 本作が推理小説として成立している感じがしない。 殺人事件が発生して、警察が捜査に乗り出す展開になっているからといって、「推理小説」を名乗れるかというと、そうではないのである。 本作は、出版業界(中身の無い本をひたすら出すだけの割には収益についてはとやかくうるさい)や、最近のベストセラー作家(ゴーストライターを使って「ベストセラー作家」の地位を維持している)について、あれこれ批判してみせている。 が、本作も、テレビドラマ化された、という後の経緯を考えると、業界にコネが出来ていたシナリオライターが、ドラマ化が確実だったシナリオを小説化し、出版社に売り込んだだけの様に見える。 というか、本作は、テレビ局、出版社、そして著者が絡んだメディアミックスの一環の臭いがプンプンする。 テレビ局は出版社からの協力を得られ、テレビ以外からも宣伝してもらえる。出版社は、名の売れたシナリオライターによる小説を出版出来、ドラマ放送が開始すれば本の売り上げ増加も見込める。著者は、「ベストセラー作家」の仲間入りが出来、印税も得られる。 割を食うのは、計算ずくで出された単なるノベライズを買わされる読者。 出版業界全体や、他のベストセラー作家について、ケチ付けられる立場に無い。寧ろ、ゴーストライターを使っている輩の方がまだ可愛い、と思ってしまう。 結局、この本自体が業界全体の「アンフェア」振りを象徴する代物に。 成功したんだからいいじゃないか、という見方も出来るが、単に利益を一極集中させているだけで、業界全体の底上げには繋がっていない。 常套手段になると(既になっている)、本やテレビ離れは、今後ますます進みそう。人気blogランキングへ【楽天ブックスならいつでも送料無料】推理小説 [ 秦建日子 ]価格:637円(税込、送料込)
2015.05.13
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ヨーロッパ諸国の歴代王朝とその歴史を、国別に解説。 それなりに分かり易く書かれているものの、現在の欧米諸国と歴史上の欧米諸国は合体・分裂・消滅・再興を繰り広げている。 例えば現在のイギリス王室の歴史がそのままイギリスの歴史なのか、というとそうでもない。イギリス王室の章を読み進むにも、フランスやドイツの王室を読み返さないと訳が分からなくなる、という事態に。 同じ人物が複数の国の王を兼ねている事もよくあり、その国ごとに呼び名が変わるので、一層複雑。 約10カ国の1500年分の歴史を300ページ程度の本にまとめるという無謀な試みの結果、大半の王は数十年間に及ぶ統治が「王位を受け継いだ」という一文で総括され、次の文ではその次の王について述べている、という構成になっている。 若干肉付けされた年表を読んでいる気分。 ヨーロッパにはこういう王室があった、というのを知る分には悪くないが、歴史全体を把握するには物足りない。 これは、本書の問題というより、ヨーロッパの王室の歴史がそれだけ長く、複雑極まりない事の証しかも知れないが。人気blogランキングへ【楽天ブックスならいつでも送料無料】ヨーロッパの「王室」がよくわかる本 [ 造事務所 ]価格:699円(税込、送料込)
2015.05.10
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西内ミナミによる絵本。 絵は堀内誠一が担当。粗筋: 象のぐるんぱは、汚く、臭かった。 見かねたジャングルの象達はぐるんぱの身体を綺麗にし、町に働きに出す。 ぐるんぱは、人間の世界でビスケット屋、皿作り、靴屋、ピアノ工場、自動車工場と、様々な職場で物作りに没頭するが、象の視点で作ってしまうので、人間が利用するには大き過ぎる物ばかり。結局作った物を手切れ金代わりに解雇される。 途方に暮れていた所、子供を大勢抱える女性に声を掛けられる。これまで作ってきた物が有効活用される。 ぐるんぱは、幼稚園を開く事を思い付き、好評を得る。解説:「働いている奴こそ偉いんだ」という、滅私奉公の精神を子供に叩き込む絵本と言える。 人間が自身の生活の為に働くのは当然だが、労働は自発的にやるべき事であり、他人(社会や世間とやら)が強制するものではないし、特に偉い事でもない。 にも拘わらず美徳であるかの様に描くのは、高度成長期真っ只中の1960年代ならではの絵本。 日本社会は現在もこの手の社蓄根性を良しとする風習が未だにまかり通っているので、罪な絵本でもある。 ぐるんぱは、寝てばかりいるから、という理由で他の象に非難され、人間社会に送り出されるのだが、ぐるんぱを非難した他の象は、どんな仕事をしていたのか。ぐるんぱと同様、ビスケット屋、皿作り、靴屋、ピアノ工場、自動車工場等で働いていた訳ではあるまい。ある意味、ぐるんぱが一番の働き者だったと言える。 他人を散々非難しながら、非難する連中も結局大差は無い、という有様。 絵は水彩画風で、分かり易いタッチになっている。 極端に上手い、と感じる絵ではない。人気blogランキングへ【楽天ブックスならいつでも送料無料】ぐるんぱのようちえん [ 西内ミナミ ]価格:864円(税込、送料込)
2015.05.09
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湯本香樹実による絵本。 絵を担当したのは酒井駒子。粗筋: くまは、最愛の友達であることりを亡くしてしまった。 その死を受け入れられないくまは、ことりの亡骸を箱に収め、どこにでも持ち歩く。 周囲の動物らは、「時間が過ぎれば、悲しみも忘れられる」といった慰めの言葉をかける。 そうした言葉を受け入れられないくまは、他を拒絶し、家に引き篭もるようになる。 そんなところ、やまねこと出会う。 やまねこは、くまに同情し、ことりの為に、バイオリンで曲を弾く。 くまは、曲を聴いている内に悲しみが薄れていくのを感じた。 やまねこは、共に旅をしないかと持ち掛ける。 くまは、自分は楽器が弾けないというと、やまねこはタンバリンを渡す。 そのタンバリンは新品ではなく、誰かが長い間使っていた痕跡があった。 やまねこも自分と同じ様に大切な友達を亡くし、その形見をずっと持ち歩いていたらしいのをくまは悟る。 くまとやまねこは、音楽隊として各地を巡るようになった。解説: 子供用の絵本の様だが、テーマは死。 身近な者の死をどう受け入れるか、どう乗り越えるか。 子供には重過ぎるテーマ。全く理解してくれない、というのも困るが、あまりにも深刻に受け止めてもらっても困る。したがって、親からすれば、この本を子に与えるべきかどうか、迷うだろう。 どちらかというと、大人向けの絵本と言える。 絵も、黒と白を貴重とした独特のタッチで、絵によっては目を凝らさないと何が描かれているのか分かり辛い。パッと見て可愛い、と思える絵ではないので、その意味でも子供向けとは言い難い絵本である。 どん底にあって、誰が何を言おうと落ち込んでいたくまが、やまねこと会ってからはあっと言う間に立ち直る展開には、少々驚く。 大人向けと言いつつも、仮に近親者を亡くしたばかりの者に本作を読ませた場合、どう思うのかね。ラストの様に立ち直るか、冒頭の様に全てを拒絶して落ち込み続けるか。人気blogランキングへ【楽天ブックスならいつでも送料無料】くまとやまねこ [ 湯本香樹実 ]価格:1,404円(税込、送料込)
2015.05.06
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パン屋を開業したゴリラの奮闘振りを描いた絵本。 文章は白井三香子、絵は渡辺あきおによる。粗筋: ゴリラがパン屋を開業。 腕は確かなのだが、何しろ強面のゴリラが店主。 訪れる客はいるが、店主の姿を見て怖がって逃げてしまう。 ゴリラは優しく接しようとしたり、そっと顔を出したりと反省の上に色々工夫するのだが、目が出ない。 そんなところ、動物の子供がやって来る。 ゴリラが指人形を使って子供の気を引いていたところ、キツネの子供が割り込んで来て、指人形をぽかりと殴る。ゴリラが「こらあ」と大声を上げて叱ると、キツネの子供は驚いて逃げる。 ゴリラは、キツネの子供どころか他の子供も脅かしてしまった、と後悔。 が、他の子供らは逃げず、客としてパンを買う。 子供相手に商売をしている内に、大人の間でも評判になる。 最終的には、一度は叱って追い返したキツネの子供も客となった。解説: ゴリラがパン屋として成功する過程を描いている。 同様の絵本に、ぎょうれつのできるパンやさんがある。 ぎょうれつのできるパンやさんの店主は、人が滅多に訪れない山奥にあえて開業しながら「客が来てくれない。何故だろう」と悩む他力本願主義なのに対し、こちらの店主は客が彼を見て怖がって逃げる度に「今日の自分はこれが駄目だった。次はこうしよう」と反省・行動している。 要するに、自分で自身の問題を分析し、解決しようと試みる。最初は裏目に出るが、努力の甲斐もあって成功する。 ぎょうれつのできるパンやさんの場合、山奥に店がある事態は変らないので(移転しない限り)、ブームがさればまた苦境に立たされ、店を畳む羽目になりそうだが、このゴリラのパンやさんはブームが一段落してもまた反省し、あれこれ試みて営業し続けられそう。 ビジネスの書としても成り立つ内容になっている。 強面のゴリラが主人公とあって、絵に可愛さをあまり感じられないのが欠点。 ゴリラは強面で怖い動物だ、という偏見を与えがちな内容も問題。実際のゴリラは、確かに強面だが、大人しい動物らしい。寧ろ霊長類の中で凶暴なのは、サーカス等で芸を披露する事で人気のチンパンジーだという。飼われているチンパンジーは調教されているが、野生のは人間くらい平気で襲うとか。人気blogランキングへ
2014.09.08
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からすのパン屋の奮闘振りを描いた絵本。 文章・絵の双方をかこ さとしが手掛ける。粗筋: からすの夫婦がパン屋を経営していた。 そんな中、四羽の赤ちゃんが生まれる。 夫婦は子育てに気を取られ、パン作りはおろそかに。その結果客は減り、夫婦は苦境に立たされる。 四羽は大きくなり、パンの失敗作をおやつとして食べる。からすの子供らの間で、パンは評判になる。彼らの意見を取り入れ、夫婦は様々な種類のパンを作り始める。 四羽の子供らもパン作りを手伝うようになり、パン屋は再び繁盛する。解説: 40年以上前に出版された絵本だが、未だに版を重ねているらしい。 キャラクターグッズも販売されている。 ただ、絵は漫画っぽく、絵本らしい温かみはない。 文章も長く、ページの大半を文字が占めている、という部分もあり、幼児が読むには難しいのでは、と感じた。逆に、ある程度文字が読めるようになると、内容が幼稚過ぎて読みたくなくなりそう。 対象年齢が分かり辛い。 夫婦経営の店が、子供が生まれたからといって経営がおろそかになり、仕事がないがしろになってしまう、というストーリーもどうかね、と思う。 その程度で店の経営が傾いていたら、夫婦経営の店では子供なんて作れなくなってしまう。人気blogランキングへ
2014.09.07
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パン屋の様子を描いた絵本。 文章・絵の双方を著者ふくざわ ゆみこが担当。 主人公は人間だが、動物が人間と同様に行動し、主人公がその事について全く疑問を持たず、ファンタジーの要素が見受けられる。粗筋: ある男性がパン屋を開業。 しかし、店は町から遠く離れた場所にあるので、訪れる客はいない。 客が来ない、困った困った、と悩んでいたところ、森に住む野生動物が客として来店。男性は、動物にパンを分け与える。 動物らは、お礼として森の中の木の実等を提供。パン屋は、それらを使って新たなパンを作る。 こうして、森の動物の間でパン屋は評判に。 しかし、森の動物らは現金での支払いは出来ないので、パン作りに必要な小麦粉は買えない。小麦粉がなくなったらパン作りは出来ない、と男性は悩んだ。 そうしている間、人間の町でペットとして飼われていた動物らにも、評判は伝わる。 ペットの動物らは、飼い主の家から抜け出し、パン屋へ向う。 ペットの飼い主らは、ペットを追いかけている内に、森の奥にパン屋がある事を漸く知る。 現金でパンを買ってくれる人間の客により、パン屋はやっと軌道に乗る事が出来た。解説: 色鉛筆で描いたと思われる、物凄く細かいながらも温かみのある絵が特徴。 子供でも大人でも安心して読める。 ただ、パン屋(もしくはその他の商売)を開業したい、という者からすれば、あまり参考にならない。 人が全くいない山奥でいきなり開業したところで客が来ないのは百も承知の筈なのに、「客が来てくれない! 困った、困った」と悩むのはおかしい。 動物の間で評判になり、最終的には人間の間でも評判になったのは、運が良かっただけ(パン作りの腕は確かだった様だが)。 絵本は「パン屋は漸く軌道に乗りました。めでたしめでたし」で終わっているが、山奥にあるパン屋へ、いくら美味しいとはいえ、いつまで客が訪ねに来るかは疑問。人気が一段落したらどうするつもりなのか、と心配してしまう。人気blogランキングへ
2014.09.06
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ハードボイルド作家生島治郎のギャンブル小説。 元は近代麻雀という月刊誌に連載されていたもの。 1985年に単行本化された。粗筋: 出版社を辞めた辺見は、辞めた出版社の社長から賭け麻雀に誘われる。そこで辺見は大負けし、住んでいたマンションを譲り渡す羽目に。 その直後、辺見は一億円入りの鞄を拾う。 一億円は、どうやらまともな金ではないらしい。警察に届けず手元に置いていたら、一億円の所有者である老婆が現れる。 老婆は、表向きはまっとうな事業を手がける女事業者だったが、実は裏社会にも通じていた。 老婆は金を返せと命じるが、辺見は応じない。 そんな態度に出る辺見を、老婆はどういう訳か気に入り、好きなようにしろ、と言い出し、その上孫娘まで預け、彼女も好きなようにしろ、と言い出す。 あまりの態度に違いに戸惑う辺見だが、一億円で大勝負に出てみようと考え、老婆の孫娘と一緒にマカオで行き、カジノで勝負。 辺見はカジノで数々の勝負を繰り広げ、最終的にはマカオのカジノホテルを手に入れる。解説: 連載されていた雑誌がそういう内容なのだから、仕方ないのかも知れないが……。 賭け事好きのファンタジー(というか妄想)そのもの。 ストーリー展開に、現実性が全く見られない。 賭け麻雀で何もかも失ってしまった主人公。どうするのか、と思っていたら……。 ふとした事で、1億円を拾ってしまう。 これで、金欠問題は一挙に解決。 1億円の持ち主が現れる。本人こそ老婆だが、裏社会に手を染めていて、やばい手下がいくらでもいる。主人公は絶対絶命の危機に。さあ、どうする? と、思っていたら……。 老婆は、どういう訳か1億円を返す事を強硬に拒否する主人公の根性を気に入る(それまでに主人公は多少痛め付けられるが)。1億円を早々と諦め、主人公に対し「好きな様に使え」と言い出す。それどころか、自身の孫娘(美人、という設定になっている)を与える。 これで、最大の危機を脱出。 主人公はその孫娘とやりまくった後、1億円を元手にマカオのカジノで一儲けしようと考える。老婆とその孫娘を引き連れ、マカオに。1億円という軍資金こそあるものの、マージャン程度しかやった事がない主人公にとって、カジノは不慣れ。雰囲気に飲み込まれそうになる。さあ、どうなる、と思っていたら……。 アメリカ人のプロのギャンブラーが現れ、主人公と「日米連合軍」を結成し、カジノを相手にガンガン勝ってしまう。 これで、不慣れなカジノも克服。 業を煮やしたカジノ側は、オーナーでもある「伝説のギャンブラー」が登場し、勝負を要求。勝てばカジノホテルを丸ごと与えてやる、負けたら全てを寄越せ、と。主人公はこの危機をどう乗り越えるのか、と思っていたら……。「伝説のギャンブラー」は既に勝負勘を失っていて、結局主人公に負ける。 これで、人生最大の大勝負も乗り切る。 ……こんな訳で、主人公が特に何もしなくても、解決法が向こうからガンガンやって来て、主人公が願う方へ事が進んでしまう。 他人の金を軍資金として湯水の如く使えるのだから、賭け事も楽。勝てば自分の手柄、失っても、本人は痛くも痒くもない。 結局主人公は苦労せずカジノホテルを手に入れてしまう。 麻雀くらいしかやった事がない主人公が、カジノのゲームで「自分にはツキがある。相手はツキを逃している」程度の理由でガンガン勝ててしまう、というのもおかしい。 これだと、他のカジノプレーヤが勝てないのは余程運と腕に恵まれていない事になる。何の為にカジノなんかにいるのか。 本作では、麻雀を始め、様々な賭け事のシーンが盛り込まれている。 それらのゲームのルールを知っている者なら、それなりの緊迫感を感じられるのだろうが(もしくは馬鹿馬鹿しく思うか)、知らない者からすれば意味不明の展開で一喜一憂しているだけの場面を延々と読まされる羽目になる。 主人公も、ギャンブルについて大した才能も知識ないのに(冒頭の賭け麻雀でボロボロに負けているし)、何故か「ギャンブルとは」「ギャンブラーの心得とは」といった精神論をやたらと語りたがる。 共感には値せず、「負けて痛い目にあっちまえ」と思うようになる。 寧ろそういう展開になった方がストーリー的に良かったと思うのだが、そういう期待に反して、ふとしたところから援軍を得て楽勝を続け、また「ギャンブルとは」「ギャンブラーの心得とは」と偉そうに語る。 魅力の薄い主人公である。 本作では他に出版社の社長、老婆、その孫娘、アメリカ人ギャンブラー等、様々なキャラが登場。 いずれも堅気ではなく、ろくでなしばかり。 そんな事もあってか、同じくろくでなしの主人公をやけに気に入り、助けては捨てられていく。 捨てられても「ま、そんなもんさ」と大して怒りもせず退場していくのだから、ますます主人公の思惑通りである。 ストーリー構成や、設定や、キャラは前世紀そのもので、古臭さを感じる。 現に、マカオは中国に返還されてしまっているし。 馬鹿馬鹿しい小説ではあるが、女流小説家が闊歩して、「女性の視点」から世界を描いた退屈なものが増えてしまっている現在、こうした「女性読者の事等念頭にすら入れていない男の為の男の小説」はそれなりの価値があるのかも知れない。関連商品:人気blogランキングへ
2012.07.18
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解説 恋愛は当然ながら自分次第だが、守護霊も重要、と説いている。 恋愛に関する記述はそれなりに説得力を持っているものの、それに守護霊だの、神通力だの、悪霊だの、インチキ宗教・霊媒師めいた事をグダグダと述べるので、説得力が半減。 迷える者にとりあえずこうした本を読ませて興味を引かせ、著者が主催するセミナーとやら団体とやらに引きずり込ませよう、という魂胆が見え見え。 藁にもすがりたい者はこうした書物が救世主からの言葉に聞こえてしまうのだろう。 自分はそこまで困っていないというか、冷めているので、こういうのを読んでもますます冷める。関連商品:人気blogランキングへ
2010.04.21
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ゆうきりんのペンネームで数々のライトノベルを手がけた作家が、ペンネームを結城一樂に刷新して出したノベル。 Talioとは、被害者が受けたのと同じ内容の危害を加害者に与える事を意味する。粗筋: 伊田桜は、警視庁の若手刑事。ある夜、恋人でテレビアナウンサーの北山桃から電話を受ける。ドキュメンタリー番組の取材中、暴漢に襲われた、と。 伊田は直ちに桃がいる病院へ向かう。 桃の話によると、暴漢とはドキュメンタリーの取材相手である中村竜太らしい。中村は、過去に少女を拉致監禁して殺害する、という罪を犯していたが、服役を終え、出所していた。が、世間の目は当然ながら冷たく、生活は苦しかった。桃は、いくら犯罪者とはいえ刑を終えた後も社会が罪人扱いするのはおかしい、という視点で――つまり中村の事を思って――取材を進めていたのだが、思惑に反して中村はますます阻害されてしまっていた。中村は、それを不満に思い、桃にはもう付きまとわないでくれ、と申し出ていたのだが、桃が執拗に取材を申し込み続けたので、堪忍袋の緒が切れ、襲撃したのだった。 中村は、その後行方不明となった。 伊田は、中村の確保の為、直属の上司である墨田と共に捜査を進める。 しかし、中村は「ある者」によって既に処刑されていた。 伊田らはそんな事を知る由がない。 そんなところ、ある女性が暴行を受ける。目と耳を潰され、舌を切り取られ、指を全て切断される、という惨い仕打ちを受けていた。この女性は、中村とは顔見知りであった。中村に犯罪歴がある事を近所に触れまくったのは、彼女だったのである。 伊田らは、この暴行も中村の仕業だ、と判断し、中村の確保にますます急ごうとする。 そんな中、桃が拉致される。彼女も同様の惨い仕打ちを受けてしまった。 中村を秘密裏に処刑していた「ある者」は、女性暴行事件の犯人の見当が付いていた。伊田の前に姿を現し、共に犯人を追う。 犯人は中村の妻だった。中村とは彼が服役中に知り合い、出所後に結婚したが、近所の者や桃のお陰で中村の過去が暴かれてしまい、平穏な暮らしは不可能になっていた。それを恨んで、近所の女性や桃に惨い仕打ちを決行したのだ。 伊田と「ある者」は、中村の妻を確保する。「ある者」は、伊田に正体を明らかにする。上司の墨田――正確には墨田のもう一人の人格――だった。墨田は娘をある事件で失ってから多重人格になり、もう一人の人格が犯罪を繰り返す者を処刑する秘密結社Talioの一員になっていたのだ。 現在の法律に不満を抱いていた伊田も、Talioのメンバーになる事を決意する。解説: 本作は、位置付けがよく分からないのが最大の問題。 本の装丁や、中の口絵や、キャラクター設定から判断する限りでは、若者が手にするライトノベルであるのは間違いないのだが……。 テーマは暗く(刑罰は犯罪者をきちんと裁いているか、刑期を終えた人間を社会はどう扱うべきか)、ストーリーは暴力的で性描写もあり(女性が素っ裸にされ、辱めを受け、一生回復出来ないほどの重傷を負って精神的に病む)、読み終えた後に爽快感はない(ヒロインも素っ裸にされ、辱めを受け、一生回復出来ないほどの重傷を負う)。 その意味では「大人の読み物」である。 若者向けのライトノベルに徹するなら、テーマは暗いままでもいいし、暴力の描写は多少あってもいいが、性描写は省き、結末ももう少し希望を持てるものにすべきだった。 成年向けにするなら、秘密結社の部分は完全に省いて純粋な警察物とし、「正義とは結局何か?」といった説教ぶった部分は省略すべきだった(それだとTalioというタイトルそのものが意味を成さなくなっていただろうが)。 どちらが読んでも良いように、という思惑であれこれ放り込んでしまった結果、若者向けにも成人向けにもなっていない代物になってしまった。 主人公の伊田はひたすら無能で、結局恋人を悪の手から守れなかった。彼はこの事件を秘密結社Talioに加わる事になるが……。 加わっても大した活躍は期待できそうもない。 ヒロインの桃はどうか、というと……。 最終的に物凄い酷い仕打ちを受けるので(目と耳を潰され、舌を抜かれ、指を全て切り落とされる)、同情してしまうが……。 それまでの行動があまりにも自己中心的で、共感に値しない。本人は元服役者の為を思って動いていると信じて疑っていないが、全て裏目に出てしまった。もし彼女がつまらないドキュメンタリーなど手がけなければ、中村夫婦は世間の目に怯えながらもそのまま大人しく暮らしていただろう。中村は桃を暴行する事はなかっただろうし、中村の妻も凶行に及ぶ事はなかった。ある意味、彼女が最大の悪人。 その報いとして最終的に惨い仕打ちを受けた、と考える事も出来なくもないが……。 作品全体において後味の悪さを演出しただけ。 その意味でも彼女は罪深い。 秘密結社Talioも、作者は超法規的な組織として描いているようだが、こちらとしては自己中心的な、幼稚な組織としか写らない。 出所した後に罪を繰り返す犯罪者を処刑する、というのは一見そう悪い事ではないように思われるが……。 政府機関ではなく、秘密結社の勝手な基準でやられてしまうと、この秘密結社も結局犯罪者たちと変わらなくなってしまう。むしろ組織でやっている為、性質が悪い。 共感できる秘密結社としては写らなかった。 Talioには、警察官は勿論、政治家などの有力者もメンバーだという。 それだったら法改正するなど、合法的な手段で対処しろや、と思ってしまう。 本作ではどんでん返しがいくつか用意されているが(服役を終えた犯罪者らを処刑していた者が冴えない刑事墨田だった、女性を暴行していたのは出所した犯罪者の妻だった、など)、取って付けられた感があり、整合性に欠ける。 そもそも最初の女性が暴行された時点で、警察の捜査線上に中村の妻が浮かび上がらなかったのはおかしい。もし警察がもう少しでも賢かったら、桃は最初の女性と同じ仕打ちを受ける事はなかっただろうに。警察は何をしてたんだろう、と思わざるを得ない。 文体も、説教臭さが目立つというか、「賢い俺(作者)が無知なお前ら(読者)に色々と知恵を授けてやるからしっかり読むんだな」という態度が滲み出ている。 非常に鼻に突くのである。 普通に、淡々と書けないのか。 この傾向は、何もこの作者に限らず、多くの作家で見られる。 作家が自作を通じて自身の思想や理念を読者に伝えるのは結構だが、あからさまにやるのは避けるべきだろう。 出版社は、そういったものを読者が望んでいると思い込んでいる節があるので、作家らもそれに応えるしかないのかも知れないが……。 現実には、読者は引くばかりである。 小説はテーマや社会性(というかテーマや社会性の押し付け)などではなく、ストーリーで勝負してほしい。 本作はシリーズ第一作として発表されたようだが……。 その後シリーズ作は発表されていない。 内容的に既に行き詰っているので(ヒロインが植物人間に近く、ヒーローと共に行動できない;テーマも同じのが繰り返されるだけになるなど)、出そうにも出せないのだろう。関連商品:人気blogランキングへ
2009.12.30
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第1回「島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞作。 著者松本寛大のデビュー作でもある。 この賞は推理小説界の鬼才島田荘司が唯一の選考人となっているのが特徴。受賞作はそのまま出版されたのではなく、島田荘司の指導により大幅に手直しされた、とのこと。解説: 真相は次の通り。 遺体をリリブリッジ宅で焼却処分していたのはサリー。 しかし、殺したのはサリーの母親イルマだった。 イルマは、実はクロフォードの弟ジェニングスの娘エドナだった。が、60年前、列車事故に巻き込まれた。その事故では、クロフォードの幼い娘アディソンが死亡し、クロフォードの妻マリオンが失明していた。クロフォードは、娘が死んだと知ったら妻はショックを受けるだろうと考え、生きていた弟の娘を自分の娘とした。そして、死んだのは弟の娘であるように装った。まだ赤ん坊だったので、すり替えは可能だった。すり替えの事実を隠す為、クロフォードは別の場所にいて列車事故に巻き込まれなかった弟を殺害してもいた。クロフォードと弟は元々不仲だったのでできた行為だった。 エドナ・クロフォードとして生まれながらもアディソン・クロフォードとして育てられ、後にイルマ・リアリーとなったイルマは、ふとしたことで殺人を犯すことになり、娘にその遺体(クロフォードの息子だった)を始末させたのだった。 ……正直、自分で入力していて訳が分からなくなっている。 というか、上記がどこまで正しいのかも分からない。 絶対全てを把握していないだろう。 把握していないところで、正直痛くも痒くもないが。 本作は、新人作家のデビュー作、とのことだが……。 その割には既視感がある。 そう。島田荘司の新作を読んだような既視感。本作で取り上げられている相貌失認という病も、やけに奇病を小説に盛り込みたがる島田荘司そのもの。 仮に相貌失認がなかったとしても、作中に双子が登場し、お決まりのすり替えがあるので(双子同士のすり替えだけではないが)、それだけで既視感を抱いてしまう。 新人作家のデビュー作であるにも拘わらず、フレッシュさがあまり感じられない。 一番の問題点は、本作で取り扱われている事件そのもの。 本来なら、「コーディ君、君は不審人物が遺体焼却を目撃したんだね? その不審人物とは誰だね?」「知人のサリーさんです」「そうか。じゃ、彼女から事情を聞こう」で済んでいた事件。 にも拘らず、非常に稀な、大抵の人には何のことだか分からない疾病を持ち出して「これは物凄い怪事件ですよ、読者の皆さん!」と著者だけが勝手に騒いでいる。 こちらとしては、「そんな病本当にあるのかね。この小説の為に作り出した架空の疾病では?」という疑いが最後まで晴れず、のめり込めなかった。 登場人物がどれも特に印象に残らないのも問題。 主人公は結局誰だったのか。 バロット刑事は、最初は頻繁に登場するが、トーマが登場するのと同時に脇役に甘んじてしまう。 では、謎解きに挑むトーマが主人公なのか、というとこれもちょっと疑問。 あまりにも普通なのだ。 いわゆる新本格推理にありがちな変人奇人が主人公だと、読んでいる内に主人公の言動が鼻について本を閉じたくなる。一般感覚を持ち合わせた普通の人間を主人公にできなかったのかと願うようになってしまう。 小説の主人公が凡人であってはならない、という法則はない。主人公がごく普通の人間であっても、不都合はないのである。 が、本作のトーマほど平凡で、特徴がないと、登場人物というより単なる記号になってしまい、全く感情移入できない。 先程のバロット刑事も、人物像がまるで掴めず、結局は記号の域を超えていない。 目撃者のコーディも、精神疾患を抱えているということ意外はこれといった特徴がない。 登場人物が全て記号なのである。 記号でも、識別できる程度の少人数なら結構だが、この小説、やたらと登場人物が多い(舞台が現在、17世紀、1960年代と飛ぶから)。途中で区別が付かなくなる。登場人物のリストが提供されているのがせめての救い。 こういうこともあり、登場人物らに関心が高まることはなかった。 せめて主要な登場人物に親近感を沸かせる特徴を持たせることはできなかったのか。 親近感でなくてもいい。共感。いや、共感ほどでなくても、理解。もしくは納得。 それくらいできるキャラクターにできなかったのか。 好印象を与えられるキャラを創造するのが難しいのは理解できるが(アメリカの小説にありがちな仕事でもプライベートでも難問を抱え込んだ高血圧症まっしぐらの人物だと馬鹿馬鹿しくて共感が沸かない)。 ストーリーのテンポもあまりよくない。 コーディが検査を受けては「この子は人の顔を識別できない」という診断が下される場面が何度も描かれていて、その間にバロット刑事の捜査の模様が描かれているのだが……。 単純な事実を解明するのにやけに時間がかかっている感じ。 そもそも、なぜバロットが早い段階で次のように考えなかったのかが理解できない:「死体を焼却していた不審人物は、コーディに気付いた。なぜ不審人物はコーディを捕まえ、殺すとかしなかったのだろう? 体力的に劣っていたから? 大の大人が11歳の少年より体力的に劣っているとは思えない。もしかしたら不審人物はコーディを知っていたのではないか。そしてコーディが相貌失認という疾患を抱えていることも。そう。顔を見られても警察に証言できないことを知っていた。だから捕まえて殺す必要がなかったのだ。コーディの疾患について理解している人は少ない。親か、知人のサリーくらい。だから犯人はそれらに絞られる」 ……こう考えられたら、コーディの目撃証言に頼ることなくサリーを追求していただろう。 150ページで充分事足りる事件捜査の描写に370ページもかけているので、非常に間延び感がある やけに間延びしていて、核心になかなか向かわないので、これでどうまとめるのかな、と思っていたら、最後になってドタバタと様々な「真相」が暴かれ、事件は解決。めでたしめでたし。 間延びしたストーリー編に、ドタバタした解決編。 ギャップがあり過ぎて、読んでいる方は完全に置いてきぼり。 その意味でもストーリーのテンポの悪さが際立っていた。「ある廃墟で殺人事件が発生。その場に偶然にも居合わせた少年がいた。少年は犯人の顔を目撃していた。しかし、ある精神的な疾患で、人の顔を記憶できなかった。犯人を再び目の当りにしたとしても、証言できないのである。警察は真相をいかにして究明するのか?!」 ……という発想で生まれた今回の小説。 一見すると、着目点が良かったものの調理の仕方がまずかっただけの感があるが、よくよく考えてみると着目点がそもそも良かったのかも疑問に思う。 どう調理すれば面白く仕上がっていただろうか。「目撃者の病状について知らなかった犯人は、目撃者を始末する為少年を追う。逃げる少年。少年の運命は? 犯人は一体何者なのか?」 ……というサスペンスタッチの展開にしてしまったら、そこらに転がっているアクション物になってしまい、新鮮味がない。少年を相貌失認にする必要性もない。 結局、どう調理しようと無駄だったと思われる。 本作は、上述したように、「島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞作。 一般的な新人賞は複数の選考員がいて、協議の結果受賞作が決まる。 協議すると、どうしても選考員の間で遠慮したり、妥協したりしてしまう。一人の選考員が「これはこれは!」と思う応募作に出会ったとしても、他の選考員の反応が鈍かったら、その応募作は落とされ、日の目を見ない。 この新人賞はそうした事態を回避する為、選考員は島田荘司一人とした。 これにより、選考員が「これはこれは!」と思ったものは直ちに受賞作になれる。 ようするに、受賞作は妥協の産物として決まるのではなく、選考員の意思がストレートに反映されるのだ。 それはそれで喜ばしいことなのだが……。 今回においては、選考員の意思(というか思想)がストレートに反映され過ぎた感じ。 小説界に新風を巻き起こす新人を世に出したというより、自身も小説家である選考員島田荘司の小説作法や創作論を新たな形で表現しただけのようなのだ。 島田荘司が「実は松本寛大というのは私の新たな筆名なんですよ! どうです、皆さん! 驚きましたか? ハハハハハ!」と後々発表する大どんでん返しが待っていたとしても、不思議ではない。 そうなったらまさに「真実は小説より奇なり」であるが。粗筋はこちら:関連商品:人気blogランキングへ
2009.08.12
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第1回「島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞作。 著者松本寛大のデビュー作でもある。 この賞は推理小説界の鬼才島田荘司が唯一の選考人となっているのが特徴。受賞作はそのまま出版されたのではなく、島田荘司の指導により大幅に手直しされた、とのこと。粗筋: アメリカ・マサチューセッツ州の小都市コーバン。 そこにはかつてガラス製造業で財を成した富豪クロフォード・リリブリッジが、謎の死を遂げた廃屋敷があった。 11歳の少年コーディ・シェイファーは、その屋敷を探索中に死体を焼く不審人物を目撃する。不審人物との視線が合ったコーディは、直ちにその場から逃げ出した。 コーディの知らせを受けた知人サリー・リアリーの通報で、コーバン警察は直ちに現場に駆け付け、焼け焦げた遺体を確認。殺人事件だと断定した。 コーバン警察のバロット刑事はコーディに犯人について証言するよう、頼む。 が、問題が。 コーディは少し前に交通事故に遭っていた。それ以降、「相貌失認」の症状を抱えていた。視覚自体に問題はなく、対象の顔形が見えてはいるものの、その識別ができないのである。ある人物の顔写真を手渡し、その顔写真の人物が目の前に立ったとしても、目の前の人物と顔写真が同一だと認識できないという。 コーディは、犯人の顔をしっかりと見ているにも拘わらず、「男性らしい」「怖い顔をしていたようだった」くらいの証言しかできない。仮に犯人を再び目の当りにしたところで、そうと認識できる可能性は低かった。 バロット刑事は、直ぐ解決すると思っていた事件は難航すると悟った。目撃者から何とか証言を聞き出さないと、事件解決の可能性は低い。バロットは近くの大学の心理学部の教授に相談する。 そこで紹介されたのが日本人留学生で、心理学を選考しているトーマだった。教授は、トーマならコーディの疾患にもどうにか対応できる、と太鼓判を押した。 トーマは、自分が役に立てるとは思えないと感じつつも、調査を開始。 一方、コーバン警察も捜査を別方面から進める。 遺体は、事件現場となったリリブリッジ宅の出身者であることが判明。 事件は、単なる殺人・遺体遺棄事件ではなく、60年前のリリブリッジ家の謎にも迫る様相を見せてきた。 60年ほど前、富豪クロフォード・リリブリッジは後に事件現場となった屋敷で隠居生活を送っていたが、自殺する。彼が屋敷に閉じこもるようになったのは、一族を巻き込んだ列車事故がきっかけだった。この事故で、双子の弟ジェニングスの妻クララとその幼い子エドナは死亡し、クロフォードの妻マリオンは失明してしまっていた。マリオンはその後まもなく死去。妻の死をきっかけに、クロフォードは精神的に蝕まれたのだ、とされた。 それから30年後、既に廃墟となっていたクロフォード宅にヒッピーらが勝手に住み着き、その内二人が死亡するという事件も起こった。 そんなことから、クロフォード宅は幽霊屋敷扱いされていたのである。 バロットの捜査により、重大な事実が判明。コーディの知人で、通報者でもあるサリー・リアリーの母イルマの夫ハーバートは、クロフォード・リリブリッジの元使用人で、クロフォードが亡くなった後その双子の子供を引き取っていた時期があったのだ。 バロットは、サリーやイルマに嫌疑の目を向けるが、物的証拠に乏しい。目撃証言も、相貌失認の者が目撃者では決め手に成り得ない……。解説はこちら:関連商品:人気blogランキングへ
2009.08.12
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特命武装検事黒木豹介シリーズ。 前作「黒豹ラッシュ・ダンシング」の最後で瀕死の状況に陥った黒豹こと黒木豹介のその後を描いた作品。粗筋: 大阪にある高級レストランで、女性が食事していた男性四名を射殺した。 一方、東京では、男性が政財界の重鎮らを日本刀で斬殺した。 大阪府警と警視庁は、それぞれ殺戮魔を追う。 双方の犯人は、間もなく見付かった。 死体として。 殺戮魔の遺体を解剖してみると、いずれも脳がドロドロ状態だった。検査の結果、脳が何らかのウィルスによって犯され、正常な精神状態ではなかったことが判明。 問題は、この二人の男女はどこでどうやってウィルスに感染したのか。なぜ何人もの人間を拳銃や日本刀などの凶器で殺戮するに至ったのか。 警視庁の本郷幸介警部が捜査を開始。 銃殺犯と斬殺犯は、いずれも同じ場所で観測船を見学していたのが判明。日本政府が最高の技術を結集して建造した深海巡航探査艇である。遺品には、謎の外国人と共に写った写真もあった。本郷がその外国人を調べたところ、国際的な犯罪組織デストラクションと繋がりがある者と判明。 そうこうしている間に、深海巡航探査艇の設計者伊端が何者かに拉致される。 本郷は、国際テロ事件に巻き込まれてしまったのである。 本来は一警察官の手に負える事件ではないが、警察官の意地で捜査を続ける。 無論、政府はただ見守っている訳にもいかず、ある人物の復活を要請。 過去に数々の国際的な事件を解決してきた黒木豹介……。解説: 本作は、タイトルに「黒豹」の二文字があり、帯にも「黒木豹介 遂に動く!」となっているので、黒木豹介が大活躍してくれるのかと思いきや……。 黒木豹介が登場するのは下巻から。 上巻(340ページにも及ぶ)には、作中に黒木豹介のクの字も出てこない。カバーだけである。 本郷警部が謎の組織を追い続ける模様をひたすら描いているだけなのだ。 下巻で黒木豹介がようやく登場するので、主役が本郷から黒豹へバトンタッチするのかと思いきや、本郷は主役の座を降りない。 結局、黒豹は人質事件の犯人7名を一気に射殺するだけ(凄い技であるのは事実だが)。その後も登場するが、本郷の捜査の合間に助手の高浜沙霧とひたすら会話するシーンが挿入されているだけで、全く動かない(最後の最後まで)。アクションシーンにおいては、むしろ沙霧の方が色々やっている。 本作では、黒豹は脇役。全く登場しなかったとしても何とか成立したような。 ……作者が国際テロに関する小説を書き始め、出版社に見せたところ、「黒豹作品として出した方が売れるので、黒木豹介が登場するものに書き直せないか?」と言われてしまった。作者としては、半分以上書き上げてしまったので、今更最初から書き直す訳にはいかない。が、出版社の要望には応えなければならないので、仕方なく残りの部分で黒木豹介が登場するよう、ストーリーに手を加えた……。 ……そんな感じ。 したがって、何となくちぐはぐな部分が見受けられる。 また、作者は外国語(特に英語)を作中に盛り込むのが好きなようだが……。 英語には不自由しない自分だが、それでも読み易いとは言い難い。 日本語の小説なのだから、日本語で書いてほしいものである。 作者は、英単語を多用することによって、自身の英語力を誇示したかったようだ。が、ネイティブからすると、作者の英語のセンスには首を捻りたくなる部分が多い。 今回登場する国際的テロ組織の名はデストラクション(DESTRUCTION)。「破壊」を意味する単語だが……。テロ組織の名前としては、違和感があるというか、センスがないというか、微妙なズレがあるというか。そもそも、国際的テロ組織となれば、英語圏より中東系やアフリカ系が一般的。テロ組織の名も中東系になる筈(実在するテロ組織アルカイダはアラビア語で「基地・基盤・座」を意味し、英訳すると「The Base」になる)。犯罪組織が英語名を持つのは有り得ない。英語圏にある犯罪組織も、英単語をそのまま組織名にするのはあまりない(「マフィア」はイタリア系。「クー・クラックス・クラン」もいずれも一般的な英単語ではない)。 ようするに、作者は英和辞書でカタカナ表記すると格好いい響きになる単語をピックアップし、そのまま使ったような。ネイティブ・スピーカーの意見を聞くことなく。仮に自分がこの作者から「国際テロ組織の名前として『デストラクション』はふさわしいと思うか?」と訊かれたなら、「あまりセンスが良くないからやめた方がいい」と教えてやっただろう。 この作者、こういうことが多い。 別の作品では「Q」という攻撃ヘリを登場させている。「攻撃ヘリQ」というのは謎めいていていいじゃないか、と思っていたら、「このQとはquick(素早い)の意味である」と完全に蛇足的な説明を付けてしまった。「quick」というのは、ヘリの名としては正直みっともない。無駄な説明を付けない方が良かったのに、とその時は思った。 ストーリーの流れもよく分からない。 本編は、何名もの人間を殺戮した男女が、脳味噌がドロドロになった死体として発見される。 脳味噌をドロドロにしたのはウィルスだった。他人が行動を自由に操ることを可能にするウィルス。 この衝撃的な事件はどうなるのかと思って読み進んでいたら、捜査はいつしか探査艇の技官を巡るものになっていて、冒頭の殺戮事件はすっかり忘れ去られていた。 デストラクションがウィルスを使って殺戮を繰り広げたらしいのだが、なぜそんな手の込んだことをやったのか、そもそも何の為に殺戮を繰り広げたのか、結局分からないままなのである。 デストラクションは実はロシアの軍事諜報組織GRUと繋がっていて、技官の妻は実はGRUの工作員だった、という事実が判明する。が、それが探査艇とどういう関係があるのか、よく分からないまま終わってしまう。 無論、冒頭の殺戮とどう繋がるかも分からなかった。 ストーリーに問題があっても、登場人物に魅力があれば、少しは面白く感じるのだが……。 登場人物も、これといった魅力というか、個性がない。 本郷警部はずっと登場するので何となく区別できるのだが、他の捜査官はどれも似たり寄ったりで、区別が付かない。どれも正義感が強く、誠実で、優秀なのである。実際の警察官が正義感がなく、誠実でもなく、優秀でもなかったら大問題だが、ここは小説なのだから、そういった要素に多少強弱を付けてもいいと思うのだが。 それができないというのなら、登場人物の数を減らすべきだろう。 作風にも違和感が。 とにかく説教臭い部分が多い。 作者が日本の政治家や一般市民の平和ボケに憤りを感じているのは理解できるし、共感できるが、それを作中に何度も何度も述べられるといい加減腹が立つ。共感もしたくなくなる。 そうした説教は1回で充分なのである。 小説は、作者の持論を読者に押し付ける媒体ではない。 読者にも作者の持論を受け流す権利があるし、そもそも読者は説教を受ける為に小説を手にする訳ではない。 もう少し淡々とストーリーを進めてほしい。 もう一つ作風で気になるのが、どの視点で書かれているのか分かり難いこと。 第三者の視点で書かれているようなのだが、やけに無能というか、何が起こっているのか分かっていないような部分が所々に見受けられる。 戦前の江戸川乱歩作品のように、「さあ、読者諸君!」という風に読者に直接語りかけるようなことはしないが、何となく古臭い。 本作は、面白くなる要素がいくらでもあったものの、作者の文体、作者の持論展開、ストーリー構成、登場人物の書き分けができていないことなどで、イマイチになってしまった。 初期の黒豹シリーズのように単純明快なれなかったのだろうか。 本作は、黒木豹介の復活の模様を描いたものだが、本作が事実上最終作となっている。 作者はこのキャラクターというか、分野に興味を失ったらしく、2009年現在では時代小説を発表している。関連商品:人気blogランキングへ
2009.04.02
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本格推理短編を一般公募した結果出版された短編集。9編収録されている。 編者が鮎川哲也から二階堂黎人に交代した際、「本格推理」から「新・本格推理」にリニューアル。残りはこちら粗筋:「歪んだ鏡」:成重奇荘 あるファッションデザイナーが、浴槽にガラス板を貼り付けてその中で死んだ。ガラス板は内側からテープが貼られており、密室状態だった。警察はこれを自殺とほぼ断定したが、死者の妹を一応事情聴取。妹は告白する。姉の名前で出された作品は全て自分のもので、自分は近々独立するつもりだった。姉はそれで悩んで自殺に至ったのだろう、と。 ……当然ながら、妹が犯人。「姉の名前で出された作品は全て自分のもの……」というのは実は嘘で、姉から「お前は私の作品を模写する才能しかない」と言われたことに逆上して、殺害した。浴槽密室は、推理作家志望だった学生時代の知人が考案したトリックをそのまま真似たものだった。ただし、妹はトリックを崩壊に導く為のディテールまで真似てしまった為、やはりトリックがばれてしまう。 本作品は、「なぜこんなのが採用されたの?」と首を傾げてしまう作品。 第一に、こんな不自然な状況で死んでいるにも拘わらず自殺で処理したがる警察はおかしい。 第二に、妹は、嘘ではあるものの、姉を殺害する動機を述べている。にも拘わらず、警察は特に動かない。「姉は妹である私の作品を自分のものとして発表していた」と述べた瞬間に「じゃ、あんたに殺す動機はありますな」と言わないのはおかしい。 第三に、密室トリックが解けていないからといって、最有力容疑者である妹を尋問しないのは異常。裏付け捜査ができるのだから、まず最初に最も疑わしい者の身柄を確保するのが当然だろう。日本の警察が「全ての謎が解けるまで動かない、動けない」と考える訳がない。 本編は、浴槽密室に重点を置き過ぎた感じ。単に「推理小説をヒントに犯罪を犯したが、小説で犯人逮捕のきっかけとなる部分まで真似てしまった為自分も逮捕されてしまった」というストーリーにしていれば良かったのに、と思う。編集者が求める「本格推理度」は下がっていただろうけど。 また、警察が推理小説好きの親戚に意見を求める、というストーリー展開の為、作品そのものが陳腐に見えてしまっている。「詭計の神」:愛理修 新興宗教がインチキだ、と告発した雑誌記者が殺された。犯人はその宗教の教祖。教祖は、自分が殺した、と認めたのだ。ただし、問題が。教祖がいた場所は報道陣が囲んでいて、教祖は一歩も出られない状態だった。教祖はどうやって雑誌記者がいる場所まで出向いて殺したのか……。 ……報道陣は建物の外から監視していたが、教祖は部屋を写した大型の写真を使って、部屋の一部を遮断。報道陣が「教祖は部屋から出ていない」と思っていたが、実は外に出ていて、犯行に及んでいたのだった。 本編も、警察の無能過ぎる。死体には教祖の手形がしっかりと残っていた。教祖が犯人であるのは間違いようのない事実なのだから、普通だったら警察は逮捕し、教祖が報道陣に対して講じた「トリック」は取り調べで聞き出そうとするだろう。「全ての謎が解けていない限り逮捕はできない」と警察が考える訳がない。裁判になっても、犯人の手形が残っている以上、有罪になる可能性は高い。報道陣が「教祖は一歩も出ていない」と主張しても、裁判では「報道陣の監視に落ち度があったのだろう」で済まされると思われる。 本編の作者は、本シリーズと旧シリーズに数編発表しているが、今回のはそこまで優れているとは思えなかった。特に大型写真を使ったトリックは真新しくもない。「ホワットダニットパズル」:園田修一郎 近々芸能界を引退するお笑いユニットが、公演に出る。そこで死体が発見された……。 ……お笑いユニットは、実は複数の人形を操る腹話術師。三人ではなく一人だった。 ……という、何を言いたいのか全く分からない一編。 前述したように、「〇〇だと思われていた人物は実は××だった」という文章トリック(読者を引っ掛けようとするトリックで、登場人物らを引っ掛けようとしていない)は、綾辻行人のでうんざりしているので、特に感心しない。 編集者二階堂黎人は二重丸を与えていたが……。なぜこの程度のトリックを凄いと思うのか、理解し難い。 本編の作者はこれまで数篇が採用されている。新・本格推理05で採用されていたのより読み易くなっているが、読んで楽しいか、というとそうでもないし、結末を知らされても感心できない。「イルクの秋」:安萬純一 旧ソ連時代。中央政府の捜査官が、イルクーツクにやってくる。監獄から忽然と姿を消した凶悪犯を追う為だった。 監獄は当然ながら警備が厳重。囚人が易々と逃げられる状況ではない。 捜査官は、地元で犯罪稼業に手を染めている凶悪犯の弟を訪れる。元々犯罪稼業は凶悪犯が手がけていたものだったが、逮捕されたので、弟が引き継いだのだった。しかし、弟は兄がどこにいるか知らない、と白を切った……。 ……凶悪犯は、監獄を出入りしているトラックの横に貼り付いて監獄を脱出した。当然ながら、手を貸した看守がいた。凶悪犯は弟の下に戻った。彼が逮捕されたのも、弟が裏切ったからだった。それ以降、凶悪犯は弟を通じて犯罪稼業を再開していた。警察が数回家を捜索していたが、凶悪犯は机の中に隠れ、病弱の弟を机に付かせ、捜査官が机の中を捜査しないようにしていたのだった。「絶対に脱出できない監獄」が、実は穴だらけだった、というのは肩透かし。 また、ソ連時代の警察が、「動きの取れない病人が付いているから」といってその病人が使っている机の中を改めない、というのはおかしい感じが。ソ連時代の警察だったら、がさ入れする時はもっと徹底的にやっていたと思う。 今回の「新・本格推理」は、途中で挫折するほどつまらない作品はなかったが、「これはこれは!」と絶賛したくなるものもなかった。 編集者二階堂黎人が自画自賛しているほどの傑作が収録されているとは言い難い。 編集者二階堂黎人は、「空前の本格ミステリーを求む!」と叫ぶ一方で「本格ミステリーとはこういうものです! それ以外は認めません!」とつまらぬ持論を展開したがる。他の編集者だったら採用されていたであろう良作が却下され、二階堂黎人の極端に狭いストライクゾーンにしか入れない小粒なものしか採用されていない気がする。初採用でない作者が増えてしまっているのも、それが原因だろう。 また、二階堂黎人は不採用となった作品のトリックを解説で詳細に述べてしまっている部分が多々ある。不採用作品とはいえ、推理小説のトリックをばらしてしまうのは、推理作家(二階堂黎人は推理作家でもある)としてはルール違反ではないか。「自分の目に適わなかった作品だから、今後日の目を見ることは絶対ない。だからばらしたっていいじゃないか」という考えか。 解説は、二階堂黎人のインテリ振った(インテリではない)嫌味な性格が滲み出ていて、「こんな奴に編集者が務まるのかね」と疑ってしまう。 個人的には二階堂黎人が採用することに決めた作品の短編集より、不採用となった作品の短編集を出してもらいたい。 そうした方が本シリーズが活性化すると思うが。関連商品:人気blogランキングへ
2007.04.01
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本格推理短編を一般公募した結果出版された短編集。9編収録されている。 編者が鮎川哲也から二階堂黎人に交代した際、「本格推理」から「新・本格推理」にリニューアル。残りはこちら粗筋:「暗黒の海を漂う黄金の林檎」:七河迦南 宇宙空間に浮かぶ宇宙ステーションで、ある博士がテレポーション技術を開発していた。ようやく完成した装置はまだ不安定な部分が多く、成功率は3分の1とされていた。実験体として、博士の三人の娘が申し出る。博士は彼女らを使ってテレポーション実験を行うことに。そんなところ、一人の娘が早々と実験を強行。テレポーションした場所に急ぐと、その娘は死亡していた。ただし、実験が失敗したからではなく、首を切り落とされ、殺されたからだった。ここで疑問が。殺害が成立するには、テレポーションが完璧だった、というのが大前提となってしまうのだ。動揺している間もなく、第二、第三の殺人が発生する。 ……テレポーションの概念そのものが失敗だった、テレポーションは実現しようがない、と気付いた博士が自らの命を絶つ、という理由で起こした犯罪だった。博士は娘らを道連れにしたのだった。 ストーリーの探偵役として登場する人物が、実は宇宙ステーションのコンピュータだった、というのは何となく読めてしまったので、驚きは少ない。「このコンピュータは、人間を生きていようと死んでいようと「1人」と数えるので、元々死んだ状態で運ばれてきた博士の妻も「乗員」の一人してカウントしていて、それが文章トリックに使われた」というのは、ストーリー成立の為にこじつけた道具に過ぎず、不自然な印象を残してしまった。 とにかく、「〇〇だと思われていた人物は実は××だった」という文章トリック(読者を引っ掛けようとするトリックで、登場人物らを引っ掛けようとしていない)は、綾辻行人のでうんざりしているので、特に感心しない。「床屋の源さん、探偵になる―生首村殺人事件―」:青山蘭堂 ある村で、首と指を切り落とされた死体が見つかる。身元は比較的簡単に判明したが、村の床屋、推理小説マニアのの源さんは、推理を展開。これはすり替え死体ではないか、と。この被害者は、以前犯罪を犯していて、恨まれていたのだ。被害者と思われている者が実は犯人で、犯人と思われている人物が実は今回の死体なのではないのか、と。 そんなところ、推理作家が現れ、事件は急展開を見せる……。 ……実は源さんが犯人だった。源さんは、犯人でありながら探偵役を演じて、事件捜査を混乱させようとしたのだった。発見された死体はやはり当初から被害者と思われていた人物のもので、すり替え死体ではなかった。 編集者二階堂黎人は本編に二重丸を与えていたが……。 ストーリー構成が江戸川乱歩の蜘蛛男そっくりで、新鮮味が全くない。 問題の床屋が実は被害者がいた場所から程近い場所にあったことが「真相」が語られる部分で明らかにされるなど、フェアとは言い難い。 作者は本シリーズで数回採用されているが、下手に手馴れてしまったような感じ。「黄金に沈む、魔術師の助手」:如月妃 他人の死を予知する能力を持つ占い師を、マジシャンとその助手が訪れる。そのマジシャンは、ショーで実際に人を殺しているのでは、と噂されていた。自分はいつ死ぬのか、とそのマジシャンが尋ねたので、占い師は答える。近々死ぬだろう、と……。 ……魔術師は単なる操り人形的な存在で、助手こそ本物のマジシャンだった。ショーで人を殺していたのも事実だった。 ゴシック的な雰囲気のある、奇妙な短編。編集者二階堂黎人は、「本編がいつ、どこで起きたのかきちんと説明すべき」と指摘していたが……。所詮短編なのだから、何もかも説明しなければならない、というのはおかしい。あえて時代や地域が分からない小説、というのもあっていいのだと思うが。 後味があまり良くないのが難点か。「くるまれて」:葦原崇貴 病弱な少女が、見知らぬ男性と文通する。その中で、彼女は自分が目撃したと思う使用人の殺人事件について告白する……。 ……文通していた相手こそ、使用人殺人の犯人だった。犯人は少女の運転手だった。問題の使用人が少女の下着を盗むなどしていたので、殺害したのだった。 本編の最大の「トリック」の問題点は、虫によってくるまれた葉を開いてみたら血が付いていて、それが殺害現場特定の決め手となっていること。葉に血液が付着し、虫がその葉を丸め、人がそれを発見して葉を開くのがほんの数分だったら、「葉に付いているのは血液だ」と一目で分かっても不思議ではないが、そうではないようである。葉を広げた人物が乾燥して変色している筈の血液を見て「これは血液だ」とどうして分かったのか分からない。文章やストーリー構成について細々と指摘する編集者二階堂黎人がなぜこの「トリック」の不自然さに気付かなかったのか、よく分からない。「密室の石棒」:藤原遊子 考古学者が密室の中で死んでいた。警察は事故死だろう、と推測したが、考古学者の助手だった女性はそうでないのは知っていた。彼女は数時間前、不倫相手でもある考古学者と会っていたのだ。考古学者の妻が訪ねることを知ったので、急遽その場を後にした。その直後に死んだのだった。 ……新・本格推理05で初採用されている作者の作品。編集者二階堂黎人は、「プロの域に達している」と絶賛しているが、前回を含めて、そこまでべた褒めするほどのものではない。プロだとしたら、毎月本棚に並べられては読み捨てられていく、印象に残らない小説を出版社の事情で書き飛ばさなければならないプロのような感じ。あえて読みたい、というものではない。「警察が死体が発見された部屋の検分に終始し、他の部屋の検分はしなかったので、不倫の証拠となる弁当箱をゴミ箱から回収して持ち帰ることができた」というのは有り得なさそう。警察がそこまで無能とは思えない。 問題の密室トリックも、山村美紗のを拝借したようなもので、特に感心させられるものではなかった。犯人がとっさにこのトリックを考え付いた、というのもストーリーを不自然にしている。いっそ密室殺人事件にしない方がよかったかも。ま、それだと編集者の採用ストライクゾーンからそれていたかも知れないが。関連商品:人気blogランキングへ
2007.04.01
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日本国の諜報員草薙丈二が活躍するKiller Crowシリーズ第六巻。最終作でもある。粗筋: マラッカ海峡で海賊による強奪事件が多発していた。日本も標的となった。海峡周辺の国々と、日本は、共同で海賊の相当を図ることにした。 日本は、海上自衛隊艦船、海上自衛隊特殊部隊、そして実戦経験を持つ諜報員草薙丈二を派遣することとなった。 海賊問題を担当する部局は多国籍艦隊を編成し、海賊に乗っ取られたと思われる船を追跡する。しかし、敵は彼らを待ちかまえていた。情報が漏れていたのだ。敵はアッと言える間に多国籍艦隊を殲滅する。草薙は捕虜となって海賊のアジトへ連れて行かれる。 草薙は、寝返った振りをして敵の全貌を掴もうと考えるが……。解説: 草薙は実戦経験のある優秀な諜報員とされている。必要となれば、本編のように、味方もためらいなく殺す。 ただ、本編では、実は無能じゃないのか? と首を捻りたくなる場面が多い。 海賊に乗っ取られた船に乗り込むものの、あっさりと逆襲されて捕まってしまう。本当に寝返ったかの試験として、銃を敵側から渡され、また味方を殺せと命じられるが、この時彼は銃弾の数を確認しながら、空砲であることに気付かない。その為、反撃しようとするが弾が出ず、寝返りが偽りであったことが発覚してしまう。 今回草薙が生き残れたのは、敵側の女を自分の下半身で寝返らせられたから。敵側の女がニンフォマニアでなく、もう少し理性的であったら、草薙は海上での戦闘で殺されていただろう。 敵は、圧倒的な戦闘力と資金と情報収集能力を持っている、となっていた。なのに(自衛隊艦船を撃沈している)、最後の場面になると、草薙一人によって幹部が全て簡単に殺され、組織は瓦解してしまう。その点では、敵も無能だった。これまでよく海賊なんて出来たなと疑いたくなった。 本編も、車に関する蘊蓄がたっぷり。草薙は高級車をためらいなく破壊しまくっている。 本作は300ページを超えていて、シリーズ最長作といえる。にも拘わらず、最後の部分の展開が急がされた感があり、しかも「え? もう終わり?」といった感じで終わるので、最終作としては物足りない。 なぜたった六冊で終わってしまうのか。著者の他のシリーズ(処刑捜査官や連合艦隊シリーズ。読みたい気が起こらない)は延々と続いているのに……。 残念。 ま、設定が破綻しかけているし、ネタ切れ感もあるので、完全に破綻する前に終わらせた方がいい、ということでもあったのかも知れない。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.07
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著者田中光二がフレミングの007シリーズに刺激されて創造した殺し屋カラスシリーズ第五弾。粗筋: 日本のロケット開発者が誘拐された。犯行グループは、身代金としてダイヤモンドを持ってこい、と要求する。 日本の防諜機関JSAの諜報員草薙は、ダイヤを持ってサイパンへ飛んだ。すると、犯行グループは日本だけでなく、中国、台湾、そしてインドの諜報員まで招待していた。ロケット開発者をオークションにかけるつもりだったのだ。 中国諜報局の代表は、本シリーズ第二弾で登場した白麗華だった……。解説: 第二弾では味方だった白麗華は、今回は悪役として登場する。また、インドや台湾も悪役だ。日本は周辺諸国とここまで敵対していてもいいのか、と思ってしまう。ま、諜報の世界なんて、この程度は当たり前なのだろうが。 本作品で、草薙はアウディTTクーペを乗り回す。これまでは日本車を乗り回してばかりいたので、意外である。 門田泰明の黒豹は海外にも展開したが、これまで殺し屋カラスは海外展開していなかった。ほんの僅かな期間だが、本作品は海外に出ている。この点はよかった。 ただ、本作品からシリーズの背景が破綻し始めている。 JSAの長綾小路には後宮百合子という秘書がいる。が、彼女は、実はダブルゼロ諜報員007だった、ということになっているのだ。これにはちょっと首を捻ってしまう。なぜこんなことしたのかと。 意外な展開を演出したつもりなのかもしれないが、これはやり過ぎ。三流スパイ小説になってしまったではないか。実戦経験のない諜報員をダブルゼロにするなんて……。 適度の自制力を持った安定感のあるシリーズだと思っていたから、残念である。 ネタ切れか……?関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.07
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著者田中光二がフレミングの007シリーズに刺激されて創造した殺し屋カラスシリーズ第四弾。粗筋: 北朝鮮が日本で生物兵器の実験をするという情報を掴んだ日本の防諜機関JSAは、直ちに諜報員の草薙に捜査を命じた。 草薙は、華僑の有力者が絡んでいることを知る。 一方、生物兵器となると手に負えないと感じたJSAは、米国のCIAに支援を要請した。CIAはなんと呪術師(?)を送り込んできた……。解説: 本作品の最大の悪役は、第一弾にも出た北朝鮮工作員が再登場する。第一弾では草薙の追跡を逃れられたが、今回はさすがに駄目だった。 著者田中光二は北朝鮮を敵対視しているらしい。北朝鮮が悪役を務めるのは今回で三度目。ま、日本の周辺には他に敵にできる国がいないから、仕方ないかもしれないが。 本作品も車の蘊蓄が盛りだくさん。今回、草薙はホンダS2000を乗り回していた。NSXを下取りに回したということになっている。 生物兵器は天然痘なので、天然痘に関する蘊蓄もやはり凄く、感心させられたが、やはりくどい。 007シリーズを意識した本シリーズだが、今回は「Live and Let Die」を特に意識したようだ。処女の呪術師が出てくるのだから。本作品のエキータは、007シリーズのソリテアとは一味も二味も違っていたが。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.06
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著者田中光二がフレミングの007シリーズに刺激されて創造した殺し屋カラスシリーズ第三弾。粗筋: 北朝鮮の工作員グループが日本に潜入した。そのグループのリーダーは、仲間の五人を殺し、日本に亡命したいと申し出る。 日本の防諜機関JSAは、その亡命希望者を当然のことながら信じなかった。しかし、日本に潜入している他の北朝鮮工作員をあぶり出すには絶好のチャンスだと判断した。 亡命工作員を、目立つ形で輸送することにした。予想通り、北朝鮮工作員は、亡命希望者を始末しようと襲いかかるのだが……。解説: 著者は中国をかなり好意的に描くのに、北朝鮮は辛辣に描く。最近の北朝鮮の情勢を見るとそれも当然なが、ギャップが激し過ぎるように感じる。 本作品もスカイラインGT-Rなど車の蘊蓄が相変わらず凄い。くどい! と思うほど。 真新しいことはないし、歴史に残る名作ではないが、頭を空っぽにして楽しむには悪くない小説。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.06
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著者田中光二がフレミングの007シリーズを強く意識して創造した殺し屋カラスシリーズ第二弾。粗筋: 中国の朱首相の訪日まであと数日。草薙丈二が属する日本の諜報局JSAは、中国内部の反政府工作員が日本に潜入したことを知った。日本の防諜機関JSAの諜報員草薙は、中国の女性諜報員白麗華と共に中華街を回り、反政府工作員の捜査を開始する……。解説: 門田泰明の黒豹シリーズでも思ったことだが、日本の作家はなぜか親中派が多い。黒豹シリーズでは、アメリカはボロクソに叩かれているのに、中国は好意的に描かれている。 本書も、中国政府はかなり好意的に描かれている。 自分みたいに北米滞在経験が長く、「反共教育」を受けた感のある者としては、ちょっと理解し難い。 ここ十年でアメリカも親中派に転じてしまったので、自分みたいな者は単に頭が古いのだろう。時代の移り変わりを感じてしまう。 本作品も、車に関する蘊蓄が凄い。というか、くどい。しかし、日本防諜機関の名称がJSAとは、今となっては笑える。朝鮮半島の38度線にある共同警備区域(Joint Security Area)の略がJSAだからで、それがタイトルになっている韓国映画が公開されたからだ。 白麗華は第五弾では悪役として再登場する。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.06
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連合艦隊シリーズや、処刑捜査官シリーズの田中光二が放った諜報アクション。粗筋: 草薙丈二は黒人在日米兵と沖縄女性の間に生まれたハーフ。元警察SAT部隊所属で、イギリス特殊部隊SASに所属していたこともある。現在は、警察庁と内閣情報室が共同で設立した防諜機関JSAのダブルゼロセクションに属している。彼のコードナンバーは002。 草薙は北朝鮮からの工作員が日本に潜入したことを掴み、調査を開始する。どうやら日本で何かとんでもないことを計画しているらしい……。解説: 著者は、イアン・フレミングのジェームズ・ボンド・シリーズをかなり意識して本書を書いたようだ。 ボンドはMI6。草薙はJSA。ボンドのコードナンバーは007。草薙は002。ボンドのボスはM。草薙は綾小路。Mにはマネーペニーという秘書がいて、綾小路には後宮百合子という秘書がいる。 ボンドはベントレーなどの車を乗り回していたが、草薙はホンダNSXを乗り回す。 ここまでくるとはっきり言って呆れる。無論、著者の独自の味付けもしてあるが。 石油満載のタンカーをハイジャックして日本国政府を脅迫するなど、ストーリーは小説のボンドより、映画のボンドを意識しているようだった。 本作品で感心したのは、ストーリーそのものより自動車に関する蘊蓄。著者田中光二はレーシングの経験でも持っているのだろうか? とにかく詳しい。ま、本書で書いてあったことは普通に運転している者にとっては常識なのかも。 自分みたいなペーパードライバー(運転や車にはそれなりに興味があるが、実際にハンドルを握る機会に恵まれない)は、運転や自動車に関する何でもないような情報にも感動してしまうのだ。 この手のシリーズには、門田泰明の特命武装検事黒木豹介シリーズがある。自分としては、著者自身が創造したキャラに萌えていない分(あくまでも特命武装検事黒木豹介シリーズと比較して、だが)、本シリーズの方がまともに思えた。 ただ、007シリーズを意識し過ぎていることに変わりない。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.05
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著者の処女作。粗筋: 1982年。イギリスのサッチャー首相は中国を訪問。当時香港はイギリス領だった。サッチャーは、その時点では香港を中国に返還するつもりはなかったが、訪問から2年後、イギリスは無条件で香港を返還することに合意する。なぜイギリスは方針転換をしたのか……。 サッチャー訪問から10年。返還まであと5年。日本の外務省職員が、イギリスと中国が交わした密約について知る。公になったら香港返還に支障が出ると思われた。 中国系のハリウッド女優、CIA、香港マフィア、日本の政界の黒幕……など、米中英日の四ヶ国が密約を巡って動き出す……。解説: 圧倒的な取材力によって構成された、密度の濃いという触れ込みの国際スパイ小説。ジャーナリストの櫻井よしこも絶賛した。 ただ、自分は、誰もが中国政府のエージェントといった親中的な内容で呆れた。 また、最後の場面で、安置された毛沢東の遺体が撃たれ、バラバラになるが、遺体は影武者だった。また別の毛沢東の遺体が当たり前のように準備される。 当然のことのように二重スパイや三重スパイが出てくる辺りや、安置された遺体の代わりがいくつもあるところは、下手なスパイ映画のようだった(トム・クルーズ出演のミッションインポシブルを髣髴させる)。 強気で勝ち気な女がゴロゴロ出てくるところは、まさに女性作家による作品といったところ。女性が読むにはいいかも知れないが、自分みたいな野郎にはどうもね。結局野郎は野郎向け、女性は女性向けの小説しか書けないんだな、とまたもや思い知らされた。 とにかく、諜報小説イコール多重エージェントや身代わりという構図はやめてもらいたい。スパイ小説が一時衰退したのも(というか今も盛り上がっていないが)、こういった安易な「ひねり」を連発したからである。 香港が中国に返還されてしまった現在、本作品は古くなってしまった。 本作から、櫻井よしこはスパイ小説を理解していないんだな、と知った。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.05
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第13回メフィスト受賞作家による第三作。 前作の美農牛MINOTAURで初登場した名探偵石動戯作と助手のアントニオが再登場する。粗筋: ある会社社長が、石動を雇いたいという。寺の中に隠されている筈の仏像を探してほしいと。石動は依頼を受けることにした。二人は寺のある福岡へ向かう。 一方、福岡では奇妙な殺人事件が発生した。死体が身元不明で、現場には指紋一つ残されていないのだ。死体が発見された部屋には生活感がまるでなかった。例外は、黒い数珠……。 石動は気付いていなかったが、彼の依頼と、この殺人事件は、裏で繋がっていた……。解説: 背の部分に「本格ミステリ新時代の幕開け」と記されていたので、てっきり本格ミステリだと思って読んだ。 しかし、本作品はダーク・ファンタジーだった。 真犯人が妖怪だったのだ。時間を遡って殺人を犯し、石動が犯人だと指摘した人物に罪を着せるのである。 あまりの馬鹿馬鹿しい展開に本を投げ出したくなったが、その頃には最後辺りだったので、結局読み通した。 名探偵石動は一見主人公のようだが、実は脇役で、くせ者はアントニオ。妖怪と対決できるほどの力を持っている。が、彼はそんな戦いに関わりたくないと言い、去ってしまう。そこで本作品は終わるのだ。 最近、この手の「現実的」なキャラが多い。トラブルに直面すると尻尾を巻いて逃走する。現実世界ではそれで当たり前だろうが、フィクションにまでそれを持ち込んだらおしまいである。「逃げたい! 関わりたくない!」と思っているキャラが、自分の意思に反して事件に引きずり戻される。キャラは逃げたいという衝動と戦いながら事態をどう打開するか四苦八苦する……。 これがフィクションの醍醐味というか、面白さではないか。 キャラが「逃げます!」といって著者が「はい、どうぞ!」と応じていては、ストーリーにならない。 無責任だ。 それとも次回作で解決が見られるのか? 妖怪が相手だと普通の解決法は有り得ないから、ミステリではなくなっているだろう。読む気がしない。 本作品で唯一感心できる点が仏教に関する蘊蓄だろう。どうやって調べたんだと思ってしまう。 時間を遡って既に起こった犯罪に手を加える、という下りは1995年に出版されたコミック「アウターゾーン」のノベライズに収録されていた「DNAの逆襲」でも見られる。オリジナルなアイデアとはいえない。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.04
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黒豹長編小説賞受賞者によるニューヒーローシリーズ第一弾。粗筋: 総理大臣が襲撃される。総理大臣は助かったが、警護していたSPは全員死亡。警察は新たなSPを採用することにした。鷲津勇人である。 総理襲撃事件は、尖閣諸島問題が絡んでいることが判明する。領土問題に飽き飽きしていた総理は、問題を根本から解決することにした。問題となっている島を火山の爆発に見せかけて沈めてしまおう、という計画だ。 尖閣諸島を自分らの領土だと主張している台湾は、それを許す筈がなく、暗殺集団を使って阻止しようと計画する……。解説: この手のシリーズキャラクターには、門田泰明の黒豹シリーズ、そして田中光二の殺し屋カラスシリーズがある。 本シリーズは上記の二つとは異なっていて、ユーモアとブラックユーモアを満載している。その点では読み易かった(下らなくはあるが)。 暗殺集団を率いる殺し屋毬鈴は、信じられないほどの美女だが、実は整形していて、性的に興奮すると顔面が潰れるという奇妙な体質を持っている。その潰れた顔を見られた場合、その人物を殺す、という癖も持っている。 フレミングの007シリーズを彷彿させ、悪役ながらも面白いキャラクターだと思った(下らなくはあるが)。 問題は、ストーリーがあまりにも馬鹿馬鹿しいこと。領土問題に飽き飽きしたからといって、その領土を処分してしまおう、と普通考えないだろう。小説だから、といってしまえばそれまでだが。 また、少女の惨殺など、胸くそが悪くなるシーンもある。特に必要性がないから、より胸くそが悪い。惨殺を決行した毬鈴が呆気なく死ぬこともあって、著者松岡弘一が思っているほどのカタルシスは得られない。 ストーリー展開も疑問点が多く、もたついている感がある。もう少し焦点を絞って殺し屋カラスシリーズみたいに200ページから300ページくらいにすれば、よりよい作品に仕上がっていたと思うが……。 最大の欠点は、主人公の鷲津勇人の設定。大学中退後、世界を巡り歩いて様々な格闘家と決闘を繰り広げた後に外人部隊へ入隊し、大活躍したという訳の分からない経歴。こんな男を警察庁の者が「凄腕」と絶賛するのだから呆れる。 著者はボディビルのインストラクターをやっていた経験があり、本書にもそれが随所に反映されている。ボディビルに準じたダイエットには首を捻ってしまうが、それでも説得力がある分、感心させられた(下らなくはあるが)。 現段階では、殺し屋カラス>黒豹>>>荒鷲……となる。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.04
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どこかのランキングで一位に選ばれ、吉川英治文学新人賞を受賞した作品でもある。 織田裕二、松嶋奈々子、そして佐藤浩市出演のヒット映画にもなった。粗筋: 日本最大の貯水量を誇るダムを、テロ組織「赤い月」が占拠した。麓の住民を人質に、50億円を要求する。運良く難を逃れた一人のダム従業員が、テロリストたちを阻止すべく、立ち上がる……。解説: 粗筋だけを読むと、まさに「ダイ・ハード:雪バージョン」。 しかし……。 映画を観てしまった為か(しかもその映画の出来が並み程度だった為か)、「絶賛されるほどのものか?」と、首を捻りたくなる。 つまらない作品ではないが、何か物足りない。 最大の欠点が日本を舞台にしている、ということか。その為、主人公が戦闘においてはずぶの素人なのだ(仮に自衛隊あがりという設定にしたとしても、実戦経験がないから、結局無理があることになってしまう)。 主人公の富樫は、あくまでも冬山に馴れている男で、それなりに知恵が備わっているが、所詮民間人。あまり派手な戦闘があると現実離れしたものになってしまう。著者真保裕一もそのことを知っていたらしく、壮絶なバトルはない。それどころか、富樫がテログループのリーダーとようやく対面する頃には、リーダーが死んでいるという有様。本の大半では、富樫の活動はダムとダムの間を往復するだけ。テログループとの対決は最初と最後だけなのだ。テログループは、富樫によって負かされたというより、自滅した印象の方が強い。富樫は果たして主人公にしてもいいのか、というくらい印象に残らないキャラクターなのである。 とにかく全体的に地味な作品。 この作品を「ダイ・ハード」と比較するのはおかしい。 ちなみに、「ダイ・ハード」はアメリカが舞台。しかも主人公マクレーンは、やたらと発砲しまくるというイメージのある警察官。年齢的に見て(そして活躍振りからして)、ベトナム戦争での参戦経験があっても不思議ではない。だから派手なアクションを繰り広げられた(やり過ぎの感もあるが)。映画だからだろ、と突っ込まれるかも知れないが、原作Nothing Lasts Forever(Roderic Thorpe著)でも、マクレーンはかなり派手に(ある意味では映画以上に派手かつ残酷に)テロリストらをぶっ殺していた。 くどいかも知れないが、本作品の最大の問題点が日本を舞台にし、普通の日本人を主人公にしてしまったこと。これを海外に舞台を移し、主人公を軍人上がりの日系人にでもしておけば、より派手な、凄みのあるものにできただろう。読者に受け入れられたかは疑問だが。 また、ドラマの演出も押し付けがましいというか、陳腐。富樫が昔死なせてしまった仲間にくどくどと語り掛ける場面を連発するのは(一度ならともかく)どうかと思ったし、仲間を何が何でも救出するんだ! と富樫が自分に何度も何度も言い聞かせる場面もくどいし、苦難を乗り越えて成長していく! ……というサブプロットもチャチ。 批評とは裏腹に地味。 それが最終的な結論。関連商品:人気blogランキングへ
2006.12.04
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第二回ジャンプ小説・NF大賞入選作品。粗筋: 洋上でプルトニウムの輸送船とその護衛艦が忽然と消え失せた。国連は多国籍船団を編成し、捜索する。その船団を、謎の戦闘機が襲いかかる。レーダーに反応しないステルス機だった。船団には軍艦も含まれていたが、レーダーに依存するハイテク兵器制御システムが仇となって手も足も出ない。船団は一方的に駆逐された。 国連は更に船団を送り込む。ブラック・オニキスと名付けられた謎の戦闘機に対処するため、各国の戦闘機が一帯の警備に当たる。 しかし、ブラック・オニキスは突然現れると、警備に当たっている戦闘機を次々撃墜していった。 業を煮やした米海軍は、一人の傭兵パイロットを雇う。日本人の各務徹(カガミ・テツ)である。また、軍事企業「オーシャン・トップ」は、自社で開発した戦闘機「シルフィード」を貸し出す。 各務は、シルフィードに搭乗し、ブラック・オニキスとの一騎打ちに挑む……。解説: 帯に近未来戦争シミュレーション超絶空中バトルとでかでかと書かれているが、所詮1990年代初期に書かれた作品。現在読むと古くさい。近未来、というよりファンタジーになってしまっている。 ブラック・オニキスは、シルフィードを開発したオーシャン・トップによって開発されたものだった。一連の事件は、誕生したばかりで販売実績の少ないオーシャン・トップが、自社が開発した戦闘機を売り込む為の工作だった……ということだが、これは大問題だろう。 本作品が発表された1990年代初期でも既に軍縮が叫ばれていたのである。現在は尚更だ。売り込みに成功できたとしても、裏工作にかかった資金を回収できるほどの発注があるとは思えない。こんな回りくどい工作をするより、正々堂々と売り出した方が安上がりだったのでは、と思ってしまう。 オーシャン・トップがこの工作をしたのはブラック・オニキスの優秀性を実証する為のものだったというが、戦闘機は単に空中戦において優秀であれば売れるという代物ではない。もしそうだとしたらどの国もF-15、F-14、あるいはF-16を採用している筈である。採用していないのは、戦闘機購入には無論戦闘機そのものの運動能力も考慮されるが、それ以上にコスト(購入・運営費用)が考慮されるからだ。 いかに優秀な航空機でも、べらぼうに高ければどの国も買わない。現在の軍は戦闘機に多用途性(爆撃や攻撃能力)を求めるから、ブラック・オニキスやシルフィードのように空中戦専門の航空機には手を出さないはず。一機で複数の任務をこなせれば、いくつもの種類の航空機を買う必要がなくなるからだ。少量の航空機を多種類揃えるより、大量の航空機を一種揃える方が整備面でも安くなる。 また、オーシャン・トップがどうやって二機の全く異なる戦闘機を開発できたのかも不明。軍用機開発には巨額の費用が必要で、その資金を極秘裏に捻出するのは、たとえ大企業といえども無理な筈。また、航空機は一社で開発できるものではなく、メイン・コントラクターの下で複数のサブ・コントラクターが各部の開発を請け負う(開発コストとリスクを軽減するため)。 米空軍次期主力戦闘機YF-22とYF-23のコンペティションでも、機体とエンジンの開発は別々で、YF-22とYF-23の開発者はそれぞれゼネラルエレクトリック社のエンジンとプラット・アンド・ホイットニー社のエンジンを搭載した機体(つまり最低でも四機)を製作したのである。もし社外に全く漏れずに開発できたとすると、オーシャン・トップは機体、エンジン、兵器制御システム、ミサイル……などを全て自社で製作したことになる。そこまでできる企業があるとは思えない。開発リスクが高くなり過ぎてしまう。 戦闘機の開発には飛行試験が無論必要。空を外から見えないようにするには不可能なので、飛行試験すれば外部に必ず漏れてしまう。F-117は外部になかなか漏れなかったが、それは米政府の協力があったから。立入り禁止空域の空軍基地で試験飛行を行えた。しかし、オーシャン・トップが独自で開発した時は米政府の支援はなかっただろうから、空軍基地は使えなかっただろう。それともオーシャン・トップは飛行試験せずに開発できたというのか。 作中のステルス技術も分かり辛い。ステルス技術はレーダーによって捕捉され難くする為の技術であり、レーダーから100パーセント見えなくなる、というのは不可能。 この点は作中でも指摘されているが、ブラック・オニキスが採用しているステルス技術は結局「レーダー吸収塗料と電子妨害システムの組み合わせらしい」くらいしか説明がなされていない(ファイアフォックスみたいだ)。しかも雨が機体に付着するだけでステルス性が低下するというお粗末なもの。塗料となると機体全体に塗れない筈だから(高熱にさらされるエンジンノズルに塗料なんか塗れるのか)、その程度の技術でレーダーに全く映らなくさせるのは有り得ない筈。 ブラック・オニキスはどこからもなくやってくる、ということになっているが、戦闘機の航続距離はそんなに長くないから、発進基地の位置くらいおおよそ特定できる筈。米軍がそれを全く掴めない、というのは信じ難い。 また、ブラック・オニキスを相手にした船団の装備も現実離れしている。レーダーに映らない為手も足も出せず一方的にやられてしまうのだ。レーダーに映らないといっても肉眼で見えない訳ではないし、赤外線なら探知できる筈で、それに準じた兵器システムを搭載している筈。全てをレーダーに頼るのは有り得ない。 作中には「F/A-18は多目的軍用機なので、空中戦を専門とするF-14との空中戦には勝てない」となっているが、これも正確ではなくなっている。軍用機はアビオニックスや内部構造の更新によって性能が向上できるので、機体の基本的な形状がそっくりでも運動性能が異なったり、搭載されている兵器の性能が向上されていたりする、ということも有り得る。現在では、更新がなされず旧式になりつつあるF-14が、最新型のF/A-18との空中戦で必ずしも有利に立てる訳ではない。 作者は単に究極の空中戦を書きたかったらしい。現在となっては、そのアイデア自体時代遅れになってしまった。 漫画化を前提とした賞の故、キャラもその行動も、ストーリー運びも漫画的(その割には文章が小難しい)。つまらなくはないが、首を捻りたくなる場面や展開が多い。大人になるとこういったものを素直に楽しめなくなるのは残念だ。 主人公が日本人である為、他の登場人物が外国人であるにも拘わらず日本的な作品に仕上がっている。国連の役割が異様に大きいのもその為か。海外では、国連はここまで評価されていない。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.30
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第六回ジャンプ小説NF大賞大賞受賞作。他にもう一編収録。粗筋: 「夏と花火と私の死体」 男児の誘拐事件が多発していた。誰一人帰っていない。 ……というニュースが話題になっている田舎町。 五月と弥生は小学三年生。仲良しだった。しかし、ふとしたことで弥生は五月を高い木から突き落としてしまう。 五月は死んだ。 弥生と小学五年の兄の健は、五月の死体を隠してしまおうと決める。兄妹は死体が発見されないよう、死体をあちこちに移動しながら、遺棄する場所を探した。 兄妹は、ようやく最適の隠し場所を思い付いた。死体を急いでそこへ移動する。しかし、そこでは二人の従姉にあたる緑が待ちかまえていた……。 ……この従姉こそ誘拐事件の犯人だった、というオチ。五月の遺体は緑が働くアイスクリーム工場の冷凍室に、他の男子の遺体と共に保管されることになる……。 よく書けていることは認めなければならないが、後味が悪い。ホラーだから当然か。 本編の最大の特徴が死んだ五月の視点で物語が進行すること。死体が、自分が死んだ後に起こった出来事を語っているのだ。この意表を突いた作風が評価され、受賞に至ったらしい。 ただ、「主人公」は死体となった9歳の少女だというのに、文体は当然のことながらませていて、9歳が語っているとは思えない。 主人公を殺した五月も、死体遺棄に加担する健も、やけにませている。ませたガキばかりが登場する。作家が早熟だからいいのか。「優子」 清音は、ある作家のお手伝いとして働くことになる。その作家には優子という妻がいたが、姿を見せなかった。清音は不思議に思う。彼女は作家の命令に背き、優子がいる寝室を覗いてしまう。中には人形しかなかった。 清音は、自分の前に作家の家で働いていた女性と会う。その元お手伝いによると、作家の妻は亡くなっているという。 清音は、作家を立ち直らせる為、人形を焼いて処分してしまうが……。 ……優子は人形ではなかった。優子は焼死する。 作家は二度結婚していた。元お手伝いが言っていた亡くなった妻というのは、作家の前妻だった。元お手伝いが辞めた後、作家は優子と再婚したのだ。 全ては清音の思い込みだったのだ。彼女は人間と人形が区別できないという精神病に悩まされていた。 優子は病気がちで、動作が全く止まるという病にかかっていた。だから人形のように大人しく殺されたのだ。 最初の短編はませたガキばかりが登場し、本編では持病者ばかりが登場する。 ホラー、てこういうもんか。 しかし病気持ちとはいえ、妻をお手伝いさんに紹介しない夫もどうにかしてる。解説: 結論としては、いずれもつまらなくはない。 が、作家本人とは無関係の箇所でこちらの評価が下がってしまうのは残念。 評価を下げているのは帯。「栗本薫氏絶賛! 17歳の異色ホラー」 ……この文面そのものに問題はない。問題はフォントサイズ。「17歳」の「17」が、帯の中で一番でかい。 作者が17歳であることをここまで強調する必要があるのか。単なる嫌味になっている。これで栗本薫氏が男性で、作者が女だったら、栗本薫氏はロリコンだと揶揄されるだろう。 37歳ならデビューできて当たり前とされる。27歳のデビューは普通。17歳でのデビューだと衝撃的。 早熟ということだけで大絶賛される。 最近は他人がこういう扱いをされるのを見ていると自分自身が情けなくなってくる。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.30
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「完殺者真魅」シリーズ第二弾。二編から成り立っている。後に漫画化された。粗筋: 人間と二種類の動物の複合体を作り出し、最強の戦士に育て上げることを目標とした国家プロジェクト「ジークフリート」。七体の複合体人間を作ることに成功した。だが、問題が発生した。七体の複合体人間は「ファントム」を組織し、プロジェクト研究者に対し反撃したのだ。 最初の犠牲となったのは研究グループの責任者。ファントムは責任者本人だけでなく、その家族まで襲撃した。その結果、責任者と、その妻と息子は殺され、娘も瀕死の重傷を負った。 ファントムを壊滅すべきと判断した日本政府は、責任者の娘にあらゆる格闘術を叩き込み、「完殺者:来栖真魅」として復活させた……。「死は赤い薔薇」 ミッションスクールの生徒が次々と謎の死を遂げる。日本の諜報機関JCIAは秘密調査員を送り込む。しかし、その調査員は殺される。足を食い千切られていた。死ぬ前、彼は呟いた。「赤い薔薇」と。 ファントムの仕業だと直感したJCIAは、来栖真魅を生徒として潜入させ、真相を解明させることにした。 犯人は無論ファントムで、シスターの一人だった。彼女が演奏する音楽放送で生徒に催眠暗示をかけていた。これにより生徒を自由自在に操り、ファントムの手下にしようとしていた。催眠暗示を受け付けなかった生徒が怪死していたのである。 来栖真魅はファントムの正体(イソギンチャクと人間の複合体。イソギンチャクの口が赤い薔薇に見えた)を暴くと始末する。 作中には様々なミュージック・アーチストの名が挙げられているが、現在はどれも古臭く、時代を感じさせる。作中に流行を取り入れると発表当時は新鮮かも知れないが、たった数年後でも新鮮でも何でもなくなってしまう。「凶獣軍団」 ある町で、若者が次々と失踪していた。ファントムの仕業ではと察したJCIAは、来栖真魅を送り込んだ。 ファントムは三複合体生物である。手下を増やそうと考えたファントムは、二複合体生物を作り出そうと考えていた。それで実験体となる若者を次々さらっていたのだ。 来栖真魅は三番目のファントムの正体を暴き、始末する。 三番目のファントムを来栖真魅は、自分がファントムと同じ超能力を持ち始めていることに気付いた……。 作中には車が次々登場しているが、なぜかNISSAN、MITSUBISHI、HONDA、ISUZUなど、全てローマ字表記。著者は格好いいと思っているのだろうが、こちらとしては、煩わしい。カタカナで充分だろう。解説: 漫画と小説の融合というコンセプトで出版されたものなので、ストーリーもその流れも漫画的。 なぜファントムは世界征服なんて企んでいるのか、なぜ手下を増やそうとしているのか、日本で作中にある特殊部隊「ブルーベレー」なんて有り得るか、そもそもなぜ「ブルーベレー」にファントムを始末させない? ……など、深く突っ込まなければ、それなりに楽しめる作品。 シリーズ第三弾は発表されたのか。漫画の方は全四巻(本作品)で未完のまま終了しているが…… 人気が出なかった為、漫画も小説も未完のまま終了せざるを得なかったのか。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.30
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週間少年ジャンプに連載されていた漫画の小説化(光原伸原作)。三編から成っている。最初の二編はオリジナル作品で、最後のが漫画を小説化した作品である。 アウターゾーンは「トワイライトゾーン」をベースにしたもの。ミザリィという案内人が一般市民を「アウターゾーン」という現実と異次元が入り交じった世界へ招く……といったものである。粗筋: 「呪詛の恐怖」 曾我は、恋人との結婚を、恋人の父親に認められなかったことを腹いせに、復讐を誓う。しかし、殺人などの犯罪に手を染める度胸はない。彼は古来から伝わる呪術を利用することにした。 そんなところ、ミザリィという謎の女性が現れ、より効果的な呪術を教えてやるという。曾我はそれを受け入れた。 途端に、曾我は飛鳥時代に飛ばされた。藤原鎌足と出会う。婚約者は藤原氏の末裔だったのだ。呪うならまず藤原家を守る青龍に保護をやめるよう要請しなければならないのである。 曾我は青龍と契約を交わし、保護をやめさせるのを成功させた。しかし、その生け贄として婚約者を引き渡さなければならないと知った曾我は慌てる。契約を反故にしようとしたが手遅れだった……。 歴史の勉強か、と思いたくなる。飛鳥時代の歴史に興味がある者ならともかく、歴史に興味がない者にとって退屈きわまりない。この本はジュニア向けである筈なのに、ちっともジュニア向けではない。著者の知識を見せびらかす為の自己満足みたいな作品。「DNAの逆襲」 日向は若いながらも優秀な学者だったが、研究の成果を上司に奪われてしまう。その上司はその研究でノーベル賞を受賞した。日向は自棄になってミザリィという女性に声をかける。ホテルに誘おうとしたが断られたことで逆上し、自分の研究をミザリィと上司に対する復讐に使う。 日向はミザリィのクローンを作り、上司を殺させたのだ。ミザリィに殺人の容疑がかかる。ミザリィは濡れ衣を晴らす為自分で真相を掴む。 本編が書かれた当時、日本と韓国は2002年ワールドカップ開催地を巡って争っていた最中だったらしい。作中では日本が韓国を下して単独開催権を得たことになっている。実際には共同開催になったので、時代を感じさせる。 また、「Gジャン」や「Gパン」という表記もどうもね。 更に、上記でも述べたように、この本はジュニア向け。なのにヌードは出るは、セックスシーン(ドア越しであえぎ声が聞かれるだけだが)はあるは、日向はミザリィのクローンにフェラチオ(簡素に書かれているが)させるはなど、メチャメチャ。対象年齢を考えろ、ての。 また、ミザリィが過去に遡って犯罪を無効にする展開は、数カ月前読んだ「黒い仏」みたいでウンザリ。いや、こちらが先だから、「黒い仏」がこっちを真似したのか。「魔女狩りの村」 絵里子とエミリはドイツを旅行している内に、17世紀に迷い込んでしまった。魔女として逮捕される。インチキ審問官によって魔女に認定され、死刑判決を受ける。絵里子は命辛々逃げ、現在の世界に戻れた。しかし、エミリは17世紀に取り残されたままだった。 この話を聞いたミザリィは、ドイツへ飛び、自ら17世紀の世界に入り、インチキ審問官の悪行を暴く。 元々漫画だったのを小説化。原作にほぼ忠実だが、原作にはなかったシーンも挿入されている。これにも不要なヌードシーンがあり、対象年齢についてどう考えているのかと首を捻ってしまう(ま、原作にあったんだから仕方ないか)。解説: 漫画と小説は媒体が異なるので、面白い漫画が面白い小説になるとは限らない。ノベライズを担当した者が原作を理解していないとなれば尚更だ。 原作者光原伸は、どちらかというと素直で純情な感のある漫画家。意外にもエロやグロは得意でないようで、作品にも作風にもそれが現れている。安心して読めた所以でもある。 この本では、原作を小説化した最後のは原作の域をはみ出ていない為許容できるものの、最初の二編は著者の完全なオリジナル作品で、原作者の素直さや純情さがまるでない。原作では有り得なかった展開やシーンの連続で呆れてしまう。小説を執筆した山田隆司は原作の漫画を一冊でも読んだのかね、と疑ってしまう。 ミザリィはアウターゾーンの案内人とされているが、「案内人」には「ストーカー」とルビがふられている。マンガが発表された当時「ストーカー」という言葉は一般的でなかったが、今は一般的。 原作者が想定していたのとは全く異なる「変質者」という意味になっている。 この状況を光原伸はどう思っているのか。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.30
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編を一般公募した結果出版された短編集。12編収録されている。残りはこちら粗筋:「柳之介の推理」:利根祐介 近所で二件の殺人事件が発生した。男性が公園で殺された事件と、女性が密室となった自宅でバラバラにされた事件である。当然ながら、世間の興味は後者の事件に向いていた。「僕」と柳之介は、この二件の事件について推理する。柳之介は、二件の事件は同一犯で、その犯人はバラバラ殺人の第一発見者の女性だと言う。この女性はある男性を殺したかったが、そのまま殺すと自分に容疑がかかるので、公園で物取りの仕業に見せかけて殺した。更に、警察の捜査が手薄になるよう、近所に住む全く無関係の女性をバラバラにし、現場を密室にして殺害した、と。 ……これが事件の「真相」となっているが、この推理がおかしいのは明らかだろう。 男性の殺人から警察の注意を反らせるかも知れないが、女性の殺人に注意が行ったら、そちらから事件の真相が発覚してしまうのでは、と考える筈。警察なら男性の交流関係とバラバラ殺人の第一発見者に繋がりがあることを即座に掴む筈。 柳之介は「俺は警察じゃないからこの推理について通報する義務はない」と言ったところで本編は終了してしまう。典型的な無責任探偵の名推理。いや、新聞記事からの情報のみで組み立てた「推理」で、事件解決に貢献していないのだから、所詮偏屈男の戯言に過ぎない。 作者は柳之介を通して密室殺人論をあれこれと展開するが、犯罪行動心理論についてはどう思うのか。「鳥」:蕎麦米単九 金に不自由しない道楽者が殺される。殺害現場は密室で、被害者本人が集めた鳥類数十羽が放たれていた。被害者は、自宅に建築家や、手品師や、音楽家などを住まわせていた。警察は、いずれかが犯人、と見る。 犯人は手品師だった。犯人は現場から出て鍵で施錠した後、手品で使うハトに鍵をくくり付け、郵便受けから現場内に放って、密室を完成したのである。数十羽の鳥を室内に放ったのは、鳩が中にいても不自然でないようにする為のカモフラージュだった。 被害者が飼っていた鳥には番号が付けてあり、全て回収したところ一羽多いことが判明し、そこから犯人が割れてしまう。手品師ならもっと手の込んだトリックを使ってもらいたかった。被害者がヘボ手品師と罵倒した(それが動機)のも当然。 やたらと図が多いのはなぜか。読んでみても必要とは思えないのだが。 編集者は「奇妙な筆名」とコメントしているが、はっきり言ってふざけた筆名。最近はこういう筆名を見ると萎える。「藤田先生と人間消失」:村瀬継弥 小学時代の学生らが同窓会を開く。何よりも楽しみしていたのが担任教師藤田先生との再会だった。誰もが小学時代のある謎の真相について知りたがっていた。 小学時代、末浜という少女が経済的な理由で退学した。クラスメートがそれについて様々な風評を広めそうになるところを、藤田先生が止める。末広は竜宮城からのお姫さまで、竜宮城に帰るのだと。藤田先生は、末広はプールで消えるんだ、と豪語した。 クラスメートは半信半疑でその日を迎える。末広は九人のクラスメートと共にプールに飛び込んだ。九人が反対側に泳ぎ着いた頃には、末広は消えていた。それ以後、末広は姿を現さなくなった……。 同窓会で、元クラスメートは藤田先生に真相を迫るが、藤田先生は真相を言わなかった。末広はブラジルで暮らしている、ということだけを告げた。更に付け加える。あのトリックは当時小学生だったからできたことで、大人となった現在は無理だし、今の小学生でも無理かも知れない、と。 幹事役は、末広の手紙から真相を知る。末広はプールの中で女子用水着を脱いだ。下には男子用水着を着けていた。末広は長い髪を切っていた。ヘアピンで留めていたその髪を外すと、短髪の、上半身裸の男子を装ってプールから出た。他がプールを探し回っている間にその場を何気なく後にしたのだ。現在の小学生は発育が早いから、トリックは無理かも知れない、と藤田先生は言ったのは、その為だった。 ……まさに子供騙しのトリック。プールに入らなかった他の子はプールから出てきた末広に気付かなかったのか。ま、真相を知ってしまうと謎は呆気ないというのは事実らしい。 作者は「作者の言葉」の部分で藤田先生シリーズは全部で七作あると言っているが、さっさと採用しろとの催促か。「作者の言葉」は採用が決まってから書くのだろうからこんな言葉でも大丈夫だったようだが、原稿を送った時点でこんな言葉を添えていたら編集部に図々しいと思われ、作品そのものが却下されていたかもしれない。 それにしても小学を退学、なんていつの時代か。「信州推理紀行」:友杉直人 女性推理作家が、男性と共にロープウェイに乗る。終点駅にたどり着くと、ロープウェイ内に男性の姿はなかった。女性作家は全裸で倒れていた。クロロフォルムを嗅がされ、気を失っていたのである。女性の衣服も消えていた。ロープウェイは高所を進むので、途中飛び降りるのは無理。男性はどうやって姿を消したのか。なぜ女性を裸にして荷物と共に消えたのか。また、この事件は女性作家自身の著作そっくりだった。なぜ小説とそっくりの事件が発生したのか……。 紀行作家がこの謎に挑む。当初は、女性作家が隠し持っていたフィルムを奪いたかったのでは、と推理する。フィルムを探し出す時間がなかった為、男性は女性の荷物と衣服を奪い、ロープウェイから去ったのだ、と。 しかし、紀行作家は実際にロープウェイに乗って、真相に気付く。ロープウェイに乗る際、係員が頭を深く下げるのだ。その隙に男性はロープウェイから出られた。女性作家は一人でロープウェイに乗ったのだ。終点にたどり着く前に、女性作家は服を脱ぎ、荷物と共に外へ放り出した。全裸になったのは、無論「被害者」を説得力ある形で演じる為だった。自分の売れない著作を話題にする為の工作だったのだ。 ……売れていないとはいえ、女がここまでやるかね、が率直な意見。それにしてもこのロープウェイの係員は非常に丁寧なおじぎをするようだ。 作者は女性アナウンサーを主人公とした長編を書いているとコメントしているが、結局どうなったのか。「愛と殺意の山形新幹線」:太田宜伯 山形新幹線で男性の死体が発見される。ある会社の会計課長だった。警察はその会社で横領事件があったのを知る。横領事件が絡んでいるのでは、と考えた。ただ、横領した本人にはアリバイがあった……。 テレビの火曜推理サスペンスをそのままなぞったような作品。 列車で旅行する度に乗り換えのトラブルに直面する身としては、本作品で使われた列車乗り換えトリックもピンと来なかった。 犯人は刑事に真相を突き付けられて自殺を試みるが、刑事の説得によって生きて罪を償うことになるラストも、テレビドラマそのもの。 とにかく印象に残らない作品。印象に残るのは作者が本作品を書いた時は14歳だった、という事実だけ。「砧未発表の事件」:山沢晴雄 尾沢は人を殺してしまった。死体の顔を潰し、自分が殺されたと見せかけることはできないか……と考える。 不動産会社で、ある死体が発見される。社長の知人である尾沢の死体だと断定された。現場は密室だった。警察は首を捻る。尾沢が現場に入るところは見られていないからだ。ただ、事件直前に、現場へ扉付きの書類棚が運ばれている。社長が書類棚に死体を入れて現場に持ち込ませたのでは……? 真相は、尾沢が別人を装って現場に入ったのだった。そこへ、書類棚に隠れて運び込まれた社長が、尾沢を殺したのだ。冒頭で尾沢が人を殺した、というのは、実は五年も前の事件だった。 ……冒頭の事件は実は五年も前の事件で、その殺人と今回の事件は直接関係はなかった。これだけでも充分面白いトリックなのに、他に色々盛り込んでいるので訳が分からなかった。作者はアマチュアでありながら推理作家協会会員なので、それなりに巧みな技を見せてくれるが、本短編集の上限である50枚という短い中に詰め込み過ぎてしまったようだ。「仮面の遺書」:北森鴻 著名な画家城島が焼死という謎の死を遂げてから三年。依子はある青年が城島の遺作を眺めているのに気付く。青年は城島の作品と、城島の死に興味を持っているという。 城島は死亡前、殺人容疑が向けられていたのだ。しかし、アリバイが成立し、容疑は晴れた。青年がその事件を疑問に思う。殺したのは城島だと。青年は、画風から、「城島」は一人ではなく、二人いたのだと推理する。世間に出ていた「城島」は、愛人を殺した。しかし、表に出ていない「城島」がアリバイを手助けした為、殺害容疑から逃れられた。ただ、表に出ていないもう一人の「城島」は、アリバイで利用されたことを怒り、殺人犯である表の「城島」を殺害した。 そのもう一人の「城島」は……依子だった。依子はそれを隠す為、青年を殺す羽目になる。 ……奇妙な作品。青年が謎を解いてしまう場面に、依子が居合わせるというのは、偶然としては出来過ぎていないかと思ってしまうが。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.30
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編を一般公募した結果出版された短編集。12編収録されている。残りはこちら粗筋:「静かな夜」:神島耕一 ある田舎町の県立病院に若い医師が赴任する。町は選挙運動で活気づいていた。ある夜に当直に就いていた最中、老人が具合が悪いから診てくれと訴える。新人医師が診察すると、どうやら肺炎のようだった。直ちに入院を勧める。新人医師は手続きを婦長に任せ、当直を終えた。 翌日、入院させた老人はどうなったかと婦長に訊くが、老人なんて入院してないと言われる。新人医師は病院内を聞き回るが、誰も老人について知らない。老人はどこに消えたのか……。 老人は外来患者ではなく、既に入院していた痴呆症の患者だった。手術後に治療が困難なMRSA肺炎を患ったので、隔離していたが、老人はふとした隙に隔離病棟から抜け出してしまった。痴呆症の為自分がどこにいるか分からずさまよっている内に新人医師の前に姿を現したのだ。 病院は県立病院で、自治体との繋がりが強い。選挙の真っ直中にMRSA肺炎患者が出たことが公になると選挙の行方が左右されるので、病院は秘密裏に隔離していたのだ。 ……作者は医者。だから県立病院と自治体を巡る「政治」について詳しく、感染症についても詳しいのかも知れないが、素人からすると分かり辛い。なぜMRSA感染者の存在を秘密にしなければならないのか、それがなぜ選挙を左右するのか、などの説明がない。 MRSAとは様々な抗生物質に対する耐性を持つ危険な細菌である。様々な種類のバクテリアが混在する病院で感染し易い(院内感染)。……これらの事前知識がないとこの短編の重大さが理解できないのでは。「氷点下7度Cのブリザード」:碑歳美代 ある男と女は不倫関係にあった。女は自分の夫と別れて男と一緒にいたいと言い出す。ただ、その夫は不倫に気付いていて、絶対離婚しないと言い張る。 男は、その夫を殺すことにした。スキー場で遭難し、凍死したと見せかけようと決める。男は食品会社で働いていた。男は夫を冷凍室に閉じ込め、死なせた。その後死体を冷凍トラックでスキー場付近まで運び、放置したのだ。 完璧だと思っていた計画だったが、刑事の登場で穴だらけであるのを知らされる。死体の胃袋には冷凍室にあった海老があった。その海老は男の会社だけしか取り扱わないものだった。また、冷凍車の交通料金が一般車と異なるとは気付かず、料金所を通過したところを支払い不充分の為作動した防犯カメラに捉えられてしまった。しかも夫の死因は凍死ではなく窒息死だった。 ……本短編集唯一の倒叙物。といっても犯人の計画があまりにもずさんで、崩壊するのが時間の問題だっただけ。事件らしい事件にもなっていない。「桑港の幻」:琴代智 第二次世界大戦直前のアメリカ。日本人街で、二人の男性が同時に窓から飛び降りる。一人はもう一人を下敷きにした為助かったが、もう一人は死亡してしまった。 助かった方は記憶を喪失していて、自分の身元さえ覚えていない。死んだ男は日本政府の有力者の御曹司であったことを知る。証言によると、助かった男が死んだ男を訊ねたところ、もみ合いになり、二人で窓から転落する羽目になった。助かった男は、どうやら謎の反日本政府運動家らしい。助かった男は、自分が何者なのか分からないまま憲兵から逃亡するが……。 ……謎の反日本政府運動家は死んだ御曹司だった。対米戦争直前の時代なので、憲兵の権限は絶大である。正体がばれたらまずいと判断した親族が、その御曹司を抹殺することにした。死後も反政府運動家であることがばれたらまずいので、別の人間を反政府運動家に仕立て上げ、もみ合いにあって双方とも死んだことにしようと決めた。助かった男は事故に遭った通りすがりの男で、御曹司とは全く面識がなかった。 この通りすがりの男は、最後の場面で金田一耕助であることが判明する。プロでもない者が勝手にパスティーシュを書いてしまってもいいのだろうか。しかも原作者没後からまだ20年あまりだから、ホームズと異なり著作権は原作者の遺族にある。コンセプトとしては面白いが、こういうのは避けるべきだと思う。 作者は日本推理サスペンス大賞で第一次選考を通過した経験があるらしい。その後どうなったのだろうか。「牙を持つ霧」:津島誠司 葬儀屋から棺が盗まれる。奇妙なことに、盗まれた時、葬儀屋の中は濃い霧に包まれていた。棺は人が簡単に担いで運び出せるものではない。車が必要だ。犯人の姿は目撃されている筈。葬儀屋の主人は商店街を訊いて回るが、誰もそんなのは見ていないと証言する。 葬儀屋はなぜ目撃者がいないのだと首を捻っていたところ、棺が突然戻ってきた。朝、葬儀屋の前に残されていたのである。中には死体があった。 そんなところ、霧が町中に現れる。中から男女が姿を現したと思ったら、ろくろ首のように首が伸びた。男女の姿が霧と共に消えたところで、別の男の死体が残されていた……。 ……犯人は最初の被害者の親戚だった。葬儀屋から棺を盗んだのは、カモフラージュだった。本来の目的は死体保管用のドライアイスを盗む為だったのだ。犯人はドライアイスで死亡時刻をずらし、自分の勤務時間中に殺人が起こったよう、工作したかったのだ。犯人は郵便配達人だった。郵便輸送車は町中を日常的に走っているので、棺を運び出した際も、商店街の者の記憶に残らず、「怪しい者は誰も通っていない」ということになってしまった。 二番目の被害者は強請屋だった。最初の被害者に女装の癖があり、それがきっかけで殺人が起こったのを知って、強請っていたのだ。強請屋は、女装前と女装後の実物大の写真まで用意して強請った。犯人は強請屋を殺すのと同時に、ドライアイスと写真を処分した。写真を動かした際、霧の外にいた目撃者には、男女の首がろくろ首のように伸びたように見えてしまったのだ。 本作品は応募作品ではなく、招待作。作者はプロの作家らしい。奇怪なトリックを見ると、島田荘司が絶賛したというのも納得できる。 ただ、「日常的なことだった為記憶に残らなかった」というブラウン神父のトリックはいただけない。「怪しい車は通らなかったけど、確か郵便輸送車は通ったね」くらい普通言うのではないか。理屈だけのトリックである。「赤死荘の殺人」:二階堂黎人 名探偵と名高いヘンリー・メリヴェール卿の元に、警察官が訪れる。知人のケンが殺人容疑がかかっていると。 警察は、俳優のドレイク氏が所有する赤死荘で、事件が起こるとの手紙を受け取った。ドレイク氏は市の名士である。まずいことがあってはならない。警察は赤死荘の周辺を固めると、中に入った。すると、ドレイク氏が死体となって倒れていて、側にケンがいたのだ。ケンは、自分は警察同様手紙で呼び出されただけで、殺人は犯していないと言い張る。 警察は、そういえば誰かの人影があった、と思い立ち、屋敷内を捜索し始める。そこでドレイク氏の妻が現れる。彼女は夫の死を知って青くなる。 そして、ふと気付くと死体が消えていた。 屋敷の周囲は警官で固めてある。誰も出られない筈。犯人はどうやって死体を運び出したのか……。 ……メリヴェールは、事件を簡単に解決する。殺人など元々なかったと。全て「被害者」である役者ドレイクによる芝居だったのだ。ドレイクは警察の注意が自分に向けられなくなった時点で死体の芝居をやめ、警察官になりすまし、堂々と屋敷を後にした。無論、妻も芝居に加わっていた。全てメリヴェールを困らせる為の四月馬鹿ジョークだったのだ。 これも招待作。「本格推理を公募する。本格推理の新作しか受け付けない。それ以外は小説としていかによくできていても却下する」 ……と、編集者はかなり厳しく採点しているのに、一般公募作品集の中にプロの作家の作品を二編も入れるのは反則ではないか。本人はルールを曲げているのに、公募した者に対しルールを守れと要求するのはどうかと思ってしまう。 本作品もパスティーシュらしい。パスティーシュだからこんな展開も許されるのだろうが、仮に現在を舞台にしたらどうなっていただろうか。馬鹿話になっていただろう。警察を使ってジョークを演出するなんて。犯罪じゃないか? 本格推理では、嘘の記述をしてはならないことになっている。たとえば作中で「女」と記された者は、女でなければならない。途中で実は女装にした男性だった、という風にしてはアンフェアになる、と論じられている。 その観点で見ると、本作品もアンフェアである。題名は「赤死荘の殺人」なのに、実際には殺人は起こっていないのだから。また、作中には「死体は……」となっているが、実際には死体ではない。これもアンフェアになる。 本格推理についてあれこれ言う二階堂氏は、このことについてどう思っているのか。「本作品は高校生の頃に書いたものでして……」と言い逃れするのかね。 ちなみに、二階堂氏は本シリーズの続編シリーズとなる「新・本格推理」の編集者を務めることになる。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.30
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編を一般公募した結果出版された短編集第10弾。13編収録されている。残りはこちら粗筋:「手首を持ち歩く男」:砂能七行 新幹線で、不審な男がいた。男は手首を持ち歩いていた。その男は自分を裏切った男に対し復讐つもりだと言い張る。 同じ列車で、別の男が自分について語る。ある組織に属していたが、裏切る羽目になった。二十年も前のことである。そのために今、自分は追われているんだと説明する。 そうこうしている内に新幹線は静岡駅を通過した。男は安心する。静岡駅を通過する前に殺されると警告されていたからだ。男は礼を言うと去る。 そして、その新幹線で死体が発見される……。 ……短い割にはストーリーが入り組んでいて、結局何が何だか分からなかった。 最大のトリックが、アリバイの作り方。犯人は、静岡駅を通過してから十五分間はアリバイを立証してくれる人物と一緒にいたと言い張るが、実はそうでなかった。犯人は静岡駅とは無関係の場所で「今、静岡駅を通過しましたね」と言い、その十五分後に「静岡駅を通過してから何分経ちました?」と訊いたのである。アリバイ証明人に時間を確認させて「十五分経っている」と言わせ、あたかも静岡駅通過から十五分後までのアリバイがあるように装ったのである。 ただ、新幹線によっては車内には電光掲示板があり、通過した駅を告げるようになっている。アリバイ証明人が掲示板に目をやったら犯人の嘘が直ぐばれてしまう筈だが……。 作者の砂能七行はサノウナナユキと読む。「黒い仏」の作者殊能将之(シュノウマサユキ)と似た名前だ。同一人物か? コンピュータショップ勤務だということだが……。「鉛筆を削る男」:二見晃司 小泉順二という男が撲殺された。その男は理想の鉛筆を求めていたという。その鉛筆で自分の名前を書くんだと。削ってみて理想でないと悟った時点で、その鉛筆を折ってしまうのだ。 発見された時点で、被害者は鉛筆で自分の名前を書いていた。 殺人の容疑者として、現在の恋人や元恋人や知人が浮かび上がった。 事件について知っていた女子大生が、飲み屋の隅を陣取る老人に対し、この事件に関して意見を求める。 老人は推理を始めた。 容疑者の知人は小早川といった。被害者が殴られてからしばらくは生きていて、朦朧とした中で「小早川」の名前を書いた。しかし、犯人はそのダイイングメッセージを見て手を加え、被害者本人の名である「小泉順二」にしたのでは、という推理も上がったが、老人はそれを否定する……。 ……犯人は元恋人。元恋人は、被害者の理想の鉛筆を追う被害者に呆れ、別れた。しかし、その元恋人は未練があって、被害者に会いに行った。しかし、被害者は元恋人が訪ねに来たのを知りながらも無視して鉛筆を削り続けた。元恋人はそれを見て逆上し、撲殺した。被害者にとって元恋人は理想の女であった。しかし、殴ったことで理想でなくなった。そのことを伝えるダイイングメッセージとして、やっと見付けて自分の名前を書くのに使った理想の鉛筆を折った……。 被害者の行動もよく分からないし、殺人の動機もよく分からないし、推理の根拠もよく分からない。作者の自己満足な感がある。オルツィの「隅の老人」をパクッた理由も不明。「ダイエットな密室」:内藤和宏 中年女性が部屋で餓死していた。その部屋はダイエットルームといい、被害者は体重が70キロを超えるとその部屋に閉じこもってダイエットに励んだのである。 誰でも自由に出入りできる部屋の筈なのに、なぜ被害者は餓死したのか。被害者が残したメモによると、その部屋は「密室」で、出られなかったからだという……。 刑事とその友人が謎の解明に挑む。奇妙なことに、問題の部屋には体重計がなかった……。 ……部屋は機械仕掛けになっていて、部屋そのものが体重計になっていた。70キロ以上になると部屋全体が沈み、ドアが開かなくなる。被害者は、今回ネコを連れて中に入ってしまった。その分室内の重量が増え、被害者がダイエットで落とせる限界を超えてしまった。その為にいつまで経っても出られず、被害者は餓死してしまったのである。 本作品はクイズ方式で終わっている。刑事と友人が一緒に入ったまま部屋が沈んでしまった。二人合わせて70キロ以下になれる訳ない。どうすれば部屋から脱出できるのか。 ……風呂場には水が張ってあった。それを抜けば重量が充分減る。 なぜ警察は現場を検証した時点でこの部屋のからくりに気付かなかったのかが分からない。 面白いのか、面白くないのか、よく分からないストーリー。読み易くはあったが。「エジプト人がやってきた」:大倉崇裕 男女が別々の場所で殺される。酷い殺し方だった。壁には血文字で「罰を下す。エジプトから呪いをこめて」とアラビア語で書かれてあった。しかし、二人の間に何の関係もなかった。 調べている内に二人が懸賞マニアであることが判明した。毎月数百枚のはがきを出し、様々な懸賞に応募していたという。しかし、その共通点だけでは殺害の動機は見付からない……。 ……被害者の二人は、電話による懸賞にも応募していた。数十回もかけていたという。ただ、二人とも会社では外線をかける為0を必ず押していたが、それが自宅からかけた時にも癖として出てしまい、押した番号が懸賞の電話番号ではなく、国際電話の番号になってしまっていた。その番号こそエジプトのある富豪の家で、そこの夫人が二人の間違い電話の対応でノイローゼになってしまったというのだ。エジプトの富豪は怒って日本に刺客を送り込んだ……。 作者自身認める馬鹿ミステリ。笑えるかどうかは読者次第。 ただ、宛先をきちんと確認してはがきを出すであろう懸賞マニアが、電話番号をきちんと確認せずに何百回もかけるだろうか。自宅で会社同様0を押すのが癖になっていたなら、以前から問題になっていた筈。二人の被害者は自分らの癖に気付いていなかったのか。「紫陽花の呟き」:鈴木夜行 ある金持ちの老女が探偵を雇う。60年前に失踪した双子の姉を捜して欲しいと。 探偵は無理だろうと思いながらも、報酬に目がくらんで引き受けてしまう。 探偵は過去の記録を調べる。ある年、庭の紫陽花の色が変わった。そしてその前の年、雇い主の老女は花粉アレルギーの症状が見られなかった。姉の方はいつも通り花粉アレルギーになっていたのに……。 ……姉と妹はすり変わっていた。失踪したのは実は妹の方だった。紫陽花の色が変わったのは、姉が妹を殺してそこに埋めたから。紫陽花は土が酸性かアルカリ性かで花の色が変わる。地面に人を埋めると酸性になるのだ。 妹が花粉アレルギーにならなかった年があるのは、その時は妊娠で体調が変化していたからだ。妊娠していた子は、姉の婚約者だった。姉は怒りにまかせて妹を殺し、失踪したことにしようと考えたが、妹は内向的で失踪する理由がない。外向的な姉は妹に成りすますしかなかった……。 犯人が自分の罪をあばかせたのは罪の重荷から逃れられたかったため、ということになっているが、やはり首を傾げてしまう。他人にあばかせてどうすると。 探偵役に関する情報が詳細に述べられているのはどうか。プロの作品ならともかく、今後も採用されるか、なんて知りようがない一般公募なのだから……。「ビルの谷間のチョコレート」:高島哲裕 若い男女の死体が発見される。首をつっていた。二人は従姉同士で、恋人同士であった。二人の両親は兄妹で、隣り合ったビルを所有していたが、いがみ合っていた。二人の恋は双方の両親が認めていなかったのである。それを苦に自殺したと思われた。 二人は会うことも許されておらず、常に監視がついていた。唯一の例外がトイレである。二人は親が所有するビルのトイレの窓を経て愛を育んでいた。 ……犯人は女が通っていたスポーツクラブのインストラクター。彼は女に好意を寄せていたが、拒絶された。男を殴る羽目になる。男はスポーツクラブの客でもあった。客を殴ったことでインストラクターは解雇され、それを根に持ったインストラクターは二人を殺すことにした。 犯行日当日、男女はトイレの窓からバレンタインのチョコを交換していた。そのことを知っていたインストラクターは、上から輪の付いたロープを下ろし、二人の首に引っかけ、引き上げ、絞め殺したのである。 輪の付いたロープを下ろすだけで首に引っかけ、引き上げることができるのか。 何より、探偵役に関する記述がくどい。「夏の幻想」:網浦圭「私」は旅をしていた。十三年前の罪を償うための旅である。子供の頃、道路に飛び出し、彼女を避けようとした車が事故を起こし、別の子供が死亡したのだ。「私」は事故現場を訪れ、亡くなった子供の親戚にあたる人物と出会った……。 ……実は彼女は無関係だった。新聞の記事ではいかにも彼女が事故の原因だったようだが、実はそうでなかったのである。 子供の「私」が見た電車は実は道路を走っているバスで、道路を走っているトラックと思われていたのが実は線路を走れるようトラックを改造した整備車両だった……。という訳の分からないトリック。 本格推理なのか、と首を捻りたくなる短編。犯罪らしき犯罪もないし。 改行が他の作品と比べて少なく、一面にびっしりとしているようで、非常に読み辛かった。もう少し整理してあれば読みごたえがあるものになっていただろうが、改行を惜しんで詰め込んだため印象の薄い作品になってしまった。解説: 本短編集の末尾には「選者曰く」と「必読本格推理短編リスト」があった。「選者曰く」はともかく、「必読本格推理短編リスト」は蛇足。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編を一般公募した結果出版された短編集第10弾。13編収録されている。残りはこちら粗筋:「冷たい月」:守矢帝 大学生のグループが山荘に遊びに行く。翌日目を覚ますと昼を過ぎていた。グループの一人は、木の枝から首をつって死んでいた。死んだ女性がいた部屋の窓から木まで、ぬかるんだ地面に足跡が一組あるだけだった。死んだ女性は窓から一直線に木に向かい、首を吊ったように見えた。ただ、踏み台にした椅子には泥がついてなかった。遺体は泥だらけのスリッパを履いていたので、椅子にも泥が付くはず……。 ……山荘には冬の間に雪を保管して夏にその雪を出せるようにする氷室があった。犯人はその雪をリアカーで運び、山荘から木まで雪の道をこしらえた。女性を絞め殺して木の枝に吊るした後、殺した女のスリッパを履いて窓から木までの足跡をこしらえた。その後、雪の道を経て山荘に戻った。雪が早く解けるよう、雪の道を破壊しながら。 グループが昼過ぎに目を覚ましたのは、犯人が睡眠薬を飲ませ、雪が解けるまでの時間を作る為だった。 トリックとしては面白いが、雪の道をこしらえるにはかなりの量の雪が必要で、リアカーで何度も運ばなければならなかった筈。雪は重いので、車輪の後がぬかるんだ地面に深く残るだろう。これはどうやって消したのか。下手に消すと跡が残ってしまい、一発でばれる。 また、犯人が窓から木まで歩いてスリッパの足跡を残したというが、それだと素人は騙せても、警察は無理。足跡そのものから体重が割り出せる。死んだ女性の体重と足跡を付けた人物の体重が大幅に異なるとなれば、自殺ではないと断定されてしまう。歩幅からは身長がつかめる。身長が被害者と違うと判明する可能性があるのだ。また、犯人は男性。女性がつける足跡と、男性がつける足跡は、骨格の違いから、区別できることが多い。 犯人はなぜ子供騙しのトリックで、友人たちを巻き込んで殺害したのだろうか。 犯人が犯人と指摘されたのは、グループの一人が「××が死んでいる」と叫んだ際、被害者の部屋ではなく木がある外に一直線に向かったから。周到に考えた割には最後の最後でずさんである。 作中では、犯人が殺害の理由を長々というかネチネチと述べているが(被害者の女性は犯人の子を妊娠していた)、殺すまでのことか? と思ってしまった。 作者の名はモリヤテイと読む。ホームズのライバルであるモリアティをもじったらしい。ふざけたペンネーム。こういうのを読むと萎える。「透明な鍵」:織月冬馬 保母とその恋人が結婚の許しを求めるために父親に会いに行く。翌日、父親は密室で撲殺されていた。父が趣味の化学実験で使うその部屋は、荒らされていた。部屋には鍵がかかっており、合い鍵を持っているのは娘である保母と、お手伝い。お手伝いにはアリバイがある。娘にはアリバイがない。 警察は娘を最有力容疑者とする……。 ……犯人は娘の恋人。元々金目当てに彼女と付き合っていたのだ。父親と会いに行った際も金をせびり取ろうとしたが、拒否されたので、撲殺した。鍵をかければ密室になり、娘に容疑をかけられると思ったので、「鍵」をかけた。それで密室が完成した。 その「鍵」とは合い鍵ではなく、換気用ファンによって生じた空気圧だった。つまり、鍵はかかっていなかったが、気圧差のためドアが開き難くなっていただけだったにも拘わらず、鍵がかかっていると思われてしまったのだ。 部屋が荒らされていたのは、その状態でドアを開けたため、気圧差を正そうとする力で室内の空気が乱れ、部屋が荒らされたのである。 ファンを点けると気圧差が生じるだろうが、よほど強力なファンでない限り室内を荒らすほどの気圧差は発生しないだろうし、仮に荒らすほど強力であったとしても、これまで何度も荒らされていたことになるだろう。 空気圧でドアが開かなくなっていたということは、実験室が与圧されていたことになる。しかし、通常は換気用ファンを点けると空気が外に出るので、減圧してしまう筈だが……。 また、娘を最有力容疑者にしてしまう警察も間抜け。犯人の男は多額の借金をしていたのだ。警察はそのことを怪しいと思わなかったのだろうか。 被害者である父親はダイイングメッセージを残していた。ドライアイスを掴んでいたのだ。ドライアイスは二酸化炭素。つまりCO2、シーオーツー。犯人の男性の名は塩津だった。……この部分は不要。 探偵役の園長先生というのがどうも好きになれなかった。「飢えた天使」:城平京 夫も妻も画家というカップルがいた。仲が良かった。しかしある日、妻が密室となったトイレで遺体となって発見される。死因は餓死だった。 夫に容疑がかかるが、夫は直後に交通事故に遭い、記憶を失ってしまった。 警察は、夫が妻を殴り、妻が病院で治療を受けていた事実を掴む。夫が記憶を失ったというのはただの演技で、夫は妻の方が売れているということと、金銭トラブルが重なって、妻をトイレに閉じ込めて餓死させたと推理した。が、夫は事件後つつましく暮らし、金目当てで殺害したという様子を見せない。性格的にも殺人を犯すようにも思えない。捜査は行き詰まった。 数カ月後、夫自身が探偵を雇い、事件の真相を突き止めて欲しいと頼む。自分はまだ記憶が戻っておらず、真相が分からないと。探偵は調査を開始した……。 ……妻は、夫が戻ってくるまで何も食べずにずっと我慢しているという性格だった。頭を殴られた際、脳に障害が発生し、空腹を感じなくなってしまっていた。その為、妻は十日も何も食わずに夫の帰宅を待ち続け、餓死してしまった。ようやく戻ってきた夫は、妻の遺体を発見し、罪悪感のため事故死ではなく自分が殺したように偽装した。 探偵がこう推理したのは、トイレットペーパーに手が付けられていなかったから。無理矢理閉じ込められたなら、空腹でトイレットペーパーのような紙を食べてしまう筈だと。 ただ、妻が病院に行くほどの怪我を頭部に負った場合、通常は脳の精密検査を行うのでは? そうしたら脳障害が発見されていただろう。 本格推理といえば本格推理だが、これといったトリックはない。「サンタクロースの足跡」:葉月馨 ある若者がイギリスの親戚の家を訪れる。彼は中学生になるまでサンタクロースを信じていた。子供の頃、この家で起こった出来事のためだ。サンタクロースはいるんだ、親がサンタの振りをしてプレゼントを部屋に置いているのではない、疑うならその証拠を見せよう、と叔父に言われ、その「証拠」を見せつけられたのだ。 証拠とは、家の中の誰も部屋を出られないようにすることだった。その状態で部屋にプレゼントが置かれていたら、サンタクロースが来たことになる。 翌日目を覚ますとプレゼントが部屋に置かれてあり、外にはサンタの足跡まであった。無論、家の者は誰も部屋から出られない……。 ……若者は子供の頃から近視だった。その為、二つ目のドアが実は三つ目のドアだと気付かなかった。二つ目のドアはシーツで覆ってあったのだ。寝入った後に二つ目のドアの部屋に移動された。 翌日、目を覚ました若者は二つ目のドアの部屋で起きた。その部屋にはプレゼントが前もって用意してあった……。 よく分からないトリック。足跡の方も結局分からなかった。 部屋のトリックは、三つ目のドアの部屋で目覚めさせた後一旦部屋の外に誘き出し、二つ目のドアからシーツを外した時点で本当の二つ目の部屋に戻らせる、という方が単純なのでは、と思ってしまうが。 女性作家らしい、殺人が起こらない作品。「肖像画」:濱手崇行 ある画家が殺された。現場は山奥で、容易に近付ける場所ではない。その画家は妹と一緒に住んでいたが、死亡推定時刻には、妹には完璧なアリバイがあった。 画家の遺体は奇妙なことに水道水でずぶ濡れだった。また、画家が殺されたアトリエには女性の肖像画があった。その画家は肖像画など描かないし、人と会うのが苦手なので、女性のモデルと会う機会もない。肖像画のモデルとなったのは誰か。事件と関係しているのか……。 ……画家は自殺。肖像画のモデルは女装した自分だった。画家は肖像画で描いた自分自身の姿に恋をした。しかしかなうことのない恋の悩みに苦しんで自殺した。妹に容疑がかからないよう、妹にアリバイがある時を選んで自殺した。 画家は殺されたように見えるよう、消える凶器を使った。氷の包丁で腹を刺したのである。氷の凶器が解けて水たまりになっても不自然でないよう、水道水を頭から被っておいた。 画家が女装した自分自身の姿に恋をする、というのがよく分からない。変人として描かれてあったが、そこまでの変人とは思えず、納得できなかった。解説: 本短編集の末尾には「選者曰く」と「必読本格推理短編リスト」があった。「選者曰く」はともかく、「必読本格推理短編リスト」は蛇足。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編一般公募した結果出版された短編集第2弾。12編収録されている。残りはこちら粗筋:「双子神社異聞」:北野安曇 市郎と時郎という双子がいた。二人は由香という女性と知り合う。二人揃って交際を申し込む。由香は最初は市郎と付き合ったが、市郎が怪我で野球投手という将来が絶望的になった段階で、時郎に乗り換えた。 無論、市郎はそのことを面白く思っている筈がなく、二人を恨んでいた。 そんなところ、由香が殺される。現場では時郎が倒れていた。警察は時郎を最有力容疑者と見なす。 しかし、付近には市郎もいた。殺す動機は彼の方が強い。ただ、現場には時郎と由香の足跡しかない。市郎はどうやって行き交いしたのか……。 ……双子神社は二つあった。一方は村人にさえその存在が忘れられていた。市郎は北の神社におびき寄せ、由香を殺した後、南のに移動させたのだ。 ……という、よく分からないトリック。 本編は、事件が起こるのを見ていた者が、探偵役の元に訪れて意見を訊ねるというアームチェア・ディテクティブもの。この手のストーリーはいつも不自然。「君は事件の通報者が『南の神社に死体がある』と言ったそうだね。通報者、つまり犯人は神社が南以外にもあること、すなわち神社が二つあることを知っていたことになる」「君は市郎が元高校野球投手だと言っていたね。怪我をして野球選手にはなれなかったが、日常生活には支障がないと。それなら、時郎の靴を離れたところから投げて、足跡を残さずに移動したように見せかけられたのでは?」 ……と、探偵は、現場に足を運ぶことなく、他人の口述から推理してしまう。口述者が重要部分を正確に伝えられなかったり、間違って口述したりしたら推理は根底から覆ってしまう。また、フィクションとはいえ、よく詳細まで述べられるなと感心してしまう。 本作品には、探偵が指摘する部分が「(〇〇ページ)」と記されているので、その部分を簡単に参照できるようになっている。親切というかお節介というべきか。しかし、この部分は原稿の段階で入っていたのか、それともゲラになった時点で入れたのか。どちらにしても正確にするのに大変だっただろう。 この短編の最大のトリックは、男性と思われていた探偵役が実は女性だったということ。事件とは全く無関係の使い古されたトリック。なぜ入れたのかは不明。「死霊」:白石千恵利 ある女性が旧家に嫁いだ。しかし夫は結婚直後に死亡してしまう。この地域は土葬の風習があり、夫の遺体は埋葬された。 ある夜、女性が目を覚ますと夫の死体が横にあった。誰かが掘り起こして横に置いたのだ。墓では、棺桶に遺体と共に収めた夫の形見の招き猫が無くなっていた。質の悪いイタズラだと家の者は思い、遺体を再び埋葬した。だが、次の夜も、遺体は掘り起こされ、若い未亡人の寝床の横に置かれた。一体誰が、と家の者は思う。あるいはこの地に伝わる伝説の通り、死んだ夫が妻の元に訪れたのか……。 未亡人はこの体験談を雑誌に送った。一人の記者がその家を訊ね、未亡人の寝床があった部屋に一人で一晩過ごすことにした。すると、その記者は何者かに殺されてしまった。呪いだ、と恐れられる。 そんなところ、作家がその家を訪れる。事件の真相を掴むためだ。 ……犯人は死んだ夫の弟。彼は宝石を盗んだ。隠し場所に困った彼は、兄の招き猫に隠した。その直後に兄が死亡してしまう。未亡人は、中に宝石があるとは知らずに、招き猫を夫の遺体と一緒に棺に収めてしまった。弟は墓を暴き、招き猫を取り出した。しかし、ただ掘り起こしたのではばれてしまう。そこで結婚直後に死んだ夫は墓から妻の元に戻るというその地域の伝説を利用して、遺体を未亡人の側に置いた。一度だけではイタズラとして処理されてしまうので、二度やった。 弟は、回収した招き猫を自分の部屋に隠したが、それを訪ねてきた記者に発見されてしまい、強請られる。そこで弟は記者を殺したのだ。 非常に無駄のある事件。なぜ弟は墓を暴いた後ただ元に戻さなかったのか。ばれることを恐れたというが、遺体を移動して未亡人の横に置けば不審に思われないか。特に途中で目撃されてしまったら。また、なぜ掘り出した宝石を招き猫に入れたままにしたのか。招き猫から出し、きちんと隠しておけば、記者に見付からずに済んだ筈。しかも記者はなぜその家で一泊したのか。危険だと思わなかったのか。「落研の殺人」:那伽井聖 豊田隆志と新文枝は、ある大学の落語研究会のメンバー。文化祭で落語の腕を披露することになった。人気ナンバー1は豊田隆志だが、プロから注目されているのは女癖の悪い新文枝。 文化祭の最中、新文枝は殺された。現場は人目のつかないところだが、裏には人がいたので、不審人物がいたら直ぐ気付かれる。表には便所が側にあった。犯行時刻に掃除をしていた清掃員は、怪しい人物はいなかったと証言する。 落研のメンバーは豊田隆志は現場の側にいたので何か知っていたかも知れないと考え、清掃員に豊田隆志らしき人物はいなかったかと訊くと、そんな人物はいなかったとの返事があった……。 ……犯人は豊田隆志。豊田隆志はいわば芸名で、実は女性だった。落語は男性がやるものと相場が決まっているので、豊田隆志は人気ナンバー1でありながらもプロからは無視され、新文枝が人気は劣るもののプロから注目されていたのである。 豊田隆志は新文枝の女癖に手を焼き、殺してしまった。とっさの犯行だった。清掃員は豊田隆志の姿を見ていたが、名前は知らない。だから落研の者から「豊田隆志を見なかったか?」と訊かれた際、豊田隆志を男の名と勘違いし、「男は見なかった」と答えてしまったのだ。 男と思われていた人物は実は女だった、というのは使い古された感のあるトリック。本短編集でも「双子神社異聞」で既にそのトリックが使われている。なぜ同じ短編集に収めてしまったのか。「死線」:佐々植仁 女性の射殺死体がマンションで見付かる。犯行当時、ドアにはチェーンがかかっていた。ドアは少ししか開かない。その上、ドアの側にはタンスが置かれてあり、邪魔をしている。犯人はどうやって女性を射殺したのか……。 犯人はドアの横から撃ったのではなく、ドアの前に踏み台を起き、ドアを開けた。ドアの上の隙間からならタンスが邪魔をしない。その位置から撃ったのだ。 ……踏み台を使えば上から撃てる、と犯人はどうやって知ったのか。タンスはその日に偶々ドアを妨げる形で置かれたので、事前に実験しておくのは不可能な筈だが……。 作者はこれをベースにしたクイズを誰も解けなかったと豪語しているが、単に不自然なトリックだった為、解答を思い付かなかっただけなのでは、と思ってしまう。所詮頓知クイズを小説化しただけのもの。「亡霊航路」:司凍季 走行中の列車で、ある男性が殺された。最も怪しいのは被害者の妻だが、妻は犯行当時船に乗っていた。妻は、犯人は夫の愛人だと言い張る。 刑事は愛人の行方を探る。すると、その愛人までもが遺体で発見された……。 犯人は無論妻。船を途中で下り、列車を乗り換えて夫を殺し、愛人も殺したのである。 作者はこの短編集が出た時点で既に本を出していたプロ。鮎川氏も「文章が上手い」と絶賛している。 ただ……。 火曜サスペンスの縮小版みたいな退屈な短編。時刻表トリックもピンと来ないし、犯人が自殺するところを刑事が説得により阻止する……という展開も新味がない。 また、担当刑事は男女のペアで、一時愛し合っていたが今はそうでない、という愛憎物語まで盛り込んでいて、まさに女性の作品だな、と思わせる。鮎川氏はこういう所を指して「人間が書かれている」と指摘したようだが、こちらとしては安っぽいテレビドラマの縮小版を強調しているだけのようで、単なる蛇足。 50枚足らずの短編でプロローグやエピローグまで盛り込むのはやり過ぎ。「汚された血脈」:乙蘭人 教授は三年前、助教授が運転した車で事故に遭った。その助教授も大怪我を負った。 三年後。その助教授は教授の姪と結婚したいと申し出る。姪の面倒を見ている教授は、難色を示す。 その教授の下には別の助教授がいた。姪は当初この助教授と付き合っていたが、彼と別れ、もう一人の助教授と付き合っている内に婚約に漕ぎ付いたのだ。無論、捨てられた助教授はよく思ってはいない。 そんなある日、姪の婚約相手の助教授が毒殺される。現場にいたのは教授、捨てられた助教授、そして姪だけ。捨てられた助教授が無論最も怪しいが、他の二人も容疑対象から外せない。犯人は三人の内誰か……。 犯人は教授。教授はエイズを感染していた。教授は妻に先立たれ、性交関係は誰ともない。となると、血液感染しか残らない。思い当たるのは三年前の事故。その際、教授は助教授の血と接触してしまったのだ。助教授から感染したことになる。つまり、姪の婚約者でもある助教授は、エイズ患者だったのだ。姪との結婚は許せないと慌てた教授は、助教授を殺した……。 しかし、殺された助教授はエイズ患者でなかったのが判明する。教授は事故の際、輸血を受けた。その時に感染したのだ。 ……つまり犯人は教授ではなく、実は……という所で終わる。 自分みたいにとろい読者としては、はっきりしないくらいならその分をカットして、教授は思い違いで殺人を犯してしまった、という皮肉な結末にしてもらいたかった。オチがきちんと説明されていても分からないことが多い身としては、こういう終わり方だと評価が下がる。 作者は長編の構想を練っていると述べているが、それはどうなったのだろうか。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編一般公募した結果出版された短編集第12弾。12編収録されている。残りはこちら粗筋:「推理研の冬休み」:佐々木重喜 ある町の大学にある推理研究会。リーダーが謎の推理作家に手紙を出したところ、返事が返ってくる。手紙のやり取りをしている内に推理研のメンバーはその作家の元へ訪ねることになった。 推理研のメンバーは作家と会い、インタビューをする。作家の家は山奥にあった。インタビューを終えた頃には外は大雪になっていて、動けなくなっていた。作家はここに泊まっても良いと言う。推理研のメンバーは作家の家で一泊することにした。 推理研のメンバーが目を覚ますと、作家の姿はどこにもなかった……。 ……全て嘘だった。手紙の返事を貰ったというのも推理研のリーダーの嘘で、作家も偽物で、無論作家の家というのも偽物。「作家」は先客に「先生」と呼ばれた為、推理研のメンバーは作家本人だと思ってしまったが、実はリーダーの父親で、医師だったのである。 これ、本格推理? 推理小説は殺人事件が必ず発生しなければならない、という訳ではないが、少なくとも犯罪がなければインパクト不足なのでは? 読めない代物ではないが、どうも地味。「数文字」:藤田将文 ある男が子供を誘拐する。身代金と引き替えに、暗号が書かれた手紙を渡す。追跡されていないのが分かった時点で、暗号の解き方を教えてやる、そうすれば子供の居所が分かる、と。警察は当然ながら誘拐犯を追跡した。犯人は警察を振り切ろうとしたところ、事故に遭った。暗号の解き方を誰にも教えることなく死亡してしまう。 子供は数日以内に救出しないと死亡すると誘拐犯は脅していた。手がかりは数字が書かれた暗号の手紙一枚だけ。子供はどこにいるのか……。 ……数字と思われていたのは実は数字ではなく、くずし文字だった(だからタイトルを数文字というのだろう)。アルファベットとして読むと、犯人が数カ月前まで働いていた店の名が浮かび上がるのだ。 1巻では14歳が最年少作家だったが、2巻では本作品の16歳が最年少。ただ、作品の完成度は2歳年上によって書かれた本作品の方が群を抜いて低い。 子供は誘拐直後に殺されていて、その遺体は暗号の手紙通り閉鎖された店にあった。なぜ犯人は遺体の保管場所を馬鹿正直に教えようとしたのか。誘拐殺人を自ら認めるなんて、アホである。普通なら全く無関係な場所に遺棄するだろう。 また、なぜ警察が犯人の元勤務先を念の為に捜査しなかったのかも不明。この点では、警察はあまりにも無能。 それより本編の最大の問題点は、作者の自己陶酔になってしまっていること。探偵役がシリーズキャラっぽくなっているのは別にいいとして、注釈をつけて探偵が扱った過去の事件を参照するところは、戦前の探偵小説みたいで、陳腐。探偵役が高校生で、警察も解けなかった事件をあっさりと解決してしまう……というストーリー運びも幼稚。この探偵役のガキも生意気で、自分の探偵論や推理論などの偉ぶったセリフを吐きまくるところは同人誌以下。「読者への挑戦状」まで入れているところを見ると、日頃から本を読んでいなかった者が偶々時代遅れの古典的ミステリを数編読む機会に恵まれ、自分も書いてみようと思い立った……としか考えられない。 子供が無事救出されたことにしていれば、小説そのものに救いがあったかもしれないが、作者は子供が殺されたことにして、探偵役に「探偵など役に立たんさ」という決まりセリフを言わせることに固持した為、完全に破綻している。 また、作中の新聞の見出しは「最悪の解決」となっている。「解決? 冗談じゃない」と探偵役に言わせたかったかららしいが、「最悪の結末」が正しいのでは? とにかく、なぜ収録されたのか理解に苦しむ一編。「落下する緑」:田中啓文 ジャズ演奏家が絵画の展覧会に行く。抽象画画家の展覧会である。画家は展覧されている絵画の一つが目録とは逆に架けてあるのに気付く。画家は怒り狂った。展覧会の主催者と画家の弟子が元に戻すことで事態は収拾した。 しかし、調べている内に、不可解な点が明らかになる。問題の絵画は、前日は逆ではなかったのだ。展覧会の広場は閉場後は部外者が入れないようになっている。誰がどうやって、そして何の理由で絵画を逆にしたのか……。 ……犯人は画家の弟子。実は、画家が描いたとされたものは、全て助手が描いたものだった。助手の父は贋作者だっだ。その秘密を握られ、画家の為に絵を描く羽目になったのだ。しかし、助手は最近になって画家が握っている証拠の在処を知り、盗み出した。それを問題の絵画に隠した。そして展覧会の閉場後、証拠を回収する機会に恵まれ、回収したが、その際、絵画を逆にしてしまったのだ。 絵画を描いたのは大物の画家ではなく、その助手だった、というのは使い古された手。いいのか悪いのか分からない。 ただ、ジャズ以外には何の興味がないという生意気な探偵役が気に入らなかった。シャーロック・ホームズも知らない奴が探偵役なんて務まるのかと疑ってしまう。「調香師の事件簿(1)」:蒼井直人 化学研究所の研究員らが、警察犬の訓練所を訪れる。そんなところ、麻薬捜査犬が殺される。犯人の目的は側の麻薬保管所にある麻薬だったらしい。犬をクロロフォルムで眠らせようとしたが、失敗したので、犬を殺したのだ。 ……犯人は訓練所を訪れていた青年だった。 とにかくいつの間にか事件が進行していて、解決していた。印象に残らない一編。 しかしタイトルを「調香師の事件簿(1)」にするのはどうか。(2)があるのか? (3)は? あっても採用されるとは限らない。(2)が採用されず、(3)が採用された場合、どうする気だったのか。「誰が彼を殺したか」:勝恵 同窓会で、参加者の一人が後頭部にペンを突き立てられ、死亡する。現場には大勢の人がいたが、誰もが酔っていたので何も分からない。 奇妙なことに、被害者の腕時計は時間が大幅に遅れていた。これは事件と関係するのか? 警察は一応ペンの所有者を逮捕するが……。 ……殺人ではなく、事故だった。被害者は、椅子の隙間に物を挟む癖があった。被害者はペンを椅子に挟んだ。その後、酔った勢いで椅子に倒れ、後頭部に突き刺さった。 警察がこの程度のことを見逃すかね? もしそうだとしたら、冤罪だらけになる。 腕時計の時間が遅れていたのは、逆さに着けられるよう調整していたから。被害者は左利きだったので、右腕に普通に着けるとリューズが正しい位置にならない。だからわざわざ逆さにして着けていたのだ。形見の腕時計なので、左利き用のは買いたくなかったのである。 これには問題がある。左利きだからといって腕時計を右手に着けるとは限らない。現に、自分は左利きだが、腕時計は左手に着ける。操作は無論右手で行う。右手に着ける左利き用の腕時計だと、逆に違和感を感じると思う。左利きとしては、「左利きは何でも右利きとは逆」という誤った考えはやめて欲しい。「アンソロジー」:江島伸吾 ある学生作家が本を出した。作者に完成した本を届けようとしたが、いなかった。作者は、数日後死体となって発見された……。 ……犯人は本の推薦文を書いてくれた先生。 トリックを使ったらしいが、結局よく分からなかった。本のカバーを別の本と差し替えて、カバーに作者の指紋を付けさせた。そのカバーを回収し、トリックに使ったらしい。 よく分からない。 これも招待作だという。良く書けてはいるようだが、過去の事件を関係者が後述するという形式なので、理解し辛かった。現在の事件か、完全なフラッシュバックにした方がすっきりしていただろう。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編一般公募した結果出版された短編集第11弾。12編収録されている。残りはこちら粗筋:「イエス/NO」:有賀南 風魔京太郎という有名な探偵の過去の話。 大学時代、ある女性を捕まえ、昨夜何していた、どこにいたなど、勝手にホームズ顔負けの推理をした後、去っていく。 しかし、その推理は根本から間違っていた。 ……これ、本格推理? と首を捻りたくなる短編。探偵役の推理ゲームで終わる。こちらは何らかの犯罪が起こると思っていたので、訳が分からぬまま読み進んでいる内に終わってしまった。「屈折の殺意」:佐久間憲司 ある工場が火災に遭う。中から女性社員の死体が発見された。当初は失火事件と思われたが、死体は焼死ではなく、扼殺だった。警察は殺人事件としての捜査を開始する。 工場と中の機械には保険がかけられていた。二人の保険調査員が事件を調べる。 現場の写真を調べたところ、失火当時に工場内にあった機械は、保険がかけられていたものではなく、旧式で屑鉄程度の価値しかないものだった。工場の社長と、機械を製造した会社の社長が疑われる。 しかし出火当時、双方の社長とも国外にいた……。 ……社長は太陽光とレンズを使う発火装置を残して日本を発ったのである。希望の日に出火事件が起こるよう、天気予報を何度も確認して日本を発った。 女性社員は社長の子を妊娠していて、結婚を迫っていた。社長は工場と共に死体を処理することにしたのだ。 出火が発生した日の前後は天気が悪かった。しかし、一日だけ天気が良かった。犯人である二人の社長はその日を狙って出火装置を設置して、日本を発った。問題は、天気予報が変わること。数日前の天気予報が正確とは限らない。数日前に一日晴れるとされた日が一転して雨天になったり、曇りの日になっていたらどうするのか。帰国して工場がそっくりそのまま残っていたらどうするつもりだったのか。工場を焼き払うだけだったら後日に延ばすこともできただろうが、女性社員の死体があるのでそれも無理。 なぜ社長は工場の処分と女性社員の処分を一緒にしようとしたのか。個別にやっていれば自由度が上がっただろうから、失敗の可能性も低かった筈である。 本編もこれ本格推理? と首を捻りたくなるほど地味な作品。レンズの出火装置もこれといったトリックではなく(むしろ時代遅れ)、どこが評価されたのか理解し難い。「黄金の指」:目羅晶男 ある大学の教授が、奇跡を起こすある超能力者がインチキだと告発する。テレビ番組に出演し、そのインチキを暴こうとするが、失敗し、大恥を掻く。 その大学の教授は、学生らと共に新幹線に乗っていた。そんなところに、超能力者が突然現れる。教授はイカサマ野郎とののしりながら後を追う。超能力者はトイレに入った。ドアを開けると超能力者は衣類を残したまま跡形もなく消えていた……。 ……新幹線のグリーン車が貸し切りになっていて、客は勿論、売り子まで雇われていたというトリックが使われたそうだが、何が何だか分からなかった。「JKI物語」:司直 大学教授が殺される。ダイイングメッセージとして「JKI」の文字を残していた。 事件を依頼された探偵は、妹と共に事件の謎に挑む……。 ……ダイイングメッセージは「JKI」ではなく、漢字の「水田」だった。「JK」に見える「水」の字を書き終え、「田」の字を書こうとしたところで力尽きたのである。 教授は水田という助手の論文を自分の名で発表したため、恨まれていた。 ダイイングメッセージのトリックはどれも作者の自分勝手な解決法が多い。本作品もそれに漏れず、真相を聞かされても「あ、そう」くらいの感想しかない。 兄妹の探偵コンビというのは面白いが、50枚以下の短編では充分書き切れないのが残念といえば残念。ただ、兄が作家でその父親が警察官という設定はエラリー・クイーンそっくり。警察が家族とはいえ部外者に事件の内容を漏らすとは思えず、非現実的で興醒め。「完全無穴の密室」:飛鳥悟 若い女性が密室の中で死んだ。自殺と思われたが、その直前に洗濯機で洗濯していたのが判明する。自殺しようと考えている者が洗濯などする訳ない。殺人の可能性が高い。しかし、密室はどうやって作られたのか。 被害者の家族は複雑な問題を抱えていた。被害者の父親は妾を囲み、子まで生ませた。被害者の母が死んだ後、その父親は妾と結婚したのである。被害者は妾の子を姉と呼ぶことになったが、仲が悪く、家を出る羽目になる。 犯人は誰なのか。この事件は同日に近所で起こった轢き逃げ事件と関係しているのか? ……犯人は被害者の姉とその夫。夫は被害者と浮気していたのだ。浮気の帰りの最中、車で人を轢いてしまった。夫は轢き逃げする。浮気相手を家に送ると、自宅に帰る。 夫は妻に事件のことを話してしまう。夫が逮捕されたら父親の会社を引き継げなくなる、と恐れた妻は、事件を隠滅することにした。目撃者である妹を殺すことにする。密室で自殺したように見せかけることにした。 姉は妹を殺した後、窓から外に出た、窓のロックに紐を掛け、洗濯機と繋げた。犯行時頃に洗濯機の音がしたのは、被害者が使っていたからではなく、犯人が証拠隠滅に使っていたのだ。脱水の際に紐が引っ張られ、ロックがかかるようにと。トリックに使った紐は、妹の遺品として洗濯機ごと引き取って回収するつもりでいた。そのことから犯人ではないかと思われたのである。 紐がそんなに上手い具合に引っ張られるだろうか。紐が外れたり、紐が切れたりすることは考えなかったのか。 夫が犯した轢き逃げの事件をもみ消すために、血が繋がっていないとはいえ妹をあっさり殺す姉の心境は理解し難い。また、仲の悪い姉を家に入れる妹もどうか。 本編の素人探偵は、密室における「盲点の穴」など下らぬ論理を偉そうにほざく。当初は、ロックにかかった紐は換気扇に絡まっていると推理して現場に行き、その推理が間違っていると知って大恥を掻く。読んでいて馬鹿馬鹿しかった。探偵が魅力に欠けると小説そのものの魅力も半減する。「さわがしい兇器」:矢島麟太郎 名古屋オリンピックで使う公式ウェアの試験が行われていた。被験者にウェアの試作品を着させ、エアコンルームで寒さや雨にさらし、被験者の身体状態をモニタするのである。 そんなある日、エアコンルームの天井にある降雨装置を吊っているワイヤーが切れ、装置が落下した。その真下にいた被験者は圧死してしまう。 エアコンルームは密室で、被験者以外は誰もいなかった。殺されたなら、犯人はどうやって殺されたのか……。 ……犯人は試験をモニタしていた一人。装置が落下した際、直後に「救急車を呼べ」の代わりに「警察を呼べ」と叫んでしまった為、犯人として浮かび上がった。 犯人は前もってワイヤーを切っておき、氷で固定した。試験は零下から温度を上げていくので、氷は徐々に溶け、装置は落下する。犯人は落下時までアリバイを作れる訳である。 氷は極寒なら接着剤の役割を果たせるかも知れないが、重い装置を吊り上げているワイヤーを固定できるほどの強度があるかは疑問。零度以下なら解けないが、割れる可能性があるのでは? ただ、トリックは図で解説されていて、そのため分かり易い上、説得力を高めているが……。 本編は素人探偵が現れ、事件を解決するが、「自分は警察にこの推理を告げるつもりはないし、犯人と対面する気もない」と逃げてしまう。この手の終わり方はせっかくの推理の魅力を半減させる感じがするので、個人的には使わないでもらいたいのだが……。解説: 本短編集は「暗い箱の中で」のような傑作がある一方、「怨と偶然の戯れ」、「魔術師の夜」、「つなひき」など途中で放り出したくなるものも多く、同じ人物が選んだとは思えなかった。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編一般公募した結果出版された短編集第11弾。12編収録されている。残りはこちら粗筋:「キャンプでの出来事」:小松立人 大学の友人グループがキャンプに行く。その内一人(甲賀)が賭けをやろうと呼びかける。残りの仲間が何でもいいからメッセージを決める。そして誰でもいいから友人を決める。翌日、その友人の家に行く。友人はメッセージを真っ先に言うかどうか、という奇妙な賭けである。 甲賀はずっと監視されているので、メッセージをその友人に伝えることはできない。メッセージを言わせる友人は仲間が自分らで決めるので、甲賀が事前に手続きをするのも無理。 本当に友人は真っ先にメッセージを言うのだろうか、と仲間は疑っていたが、翌日その友人を訪ねると、彼らの顔を見た途端にメッセージを口走った。仲間はびっくりする。甲賀はキャンプ中、公衆電話に近付いてないし、携帯電話を持っていなかった。メッセージはどうやって友人に伝わったのか……。 ……甲賀は車からガソリンを抜いておき、ガソリンスタンドに寄らせた。ガソリンの給油口にメモを入れておき、ガソリンスタンドの給油員にメッセージを友人に伝えてくれと頼んだのだった。 本編では成功したが、実際にやった場合、成功するかは疑わしい。給油員が素直に応じるとは思えないからだ。また、フルサービスが当たり前の日本では使えるトリックだが、セルフサービスが多い海外では使えない。 これも犯罪がない。ほのぼのしているが、インパクトに欠ける。やはり推理小説は殺人がないと物足りない。「この世の鬼」:赤井一吾 桃太郎という男が金太郎という老人を殺すことにする。以前から殺したいと考えていたのだが、金太郎がまるで殺してくださいと言わんばかりに密室に閉じこもるようになったので、殺人を決行することにしたのだ。 金太郎は桃太郎が自分を殺したがっているのを知っていた。密室殺人を犯させるよう、密室になり易い部屋をわざわざこしらえた。 桃太郎は金太郎を殺す。鍵を使って外に出て、密室を完成しようとしたが、鍵は一度かかると二度と使えない特注のものだった。桃太郎は金太郎の死体と共に食料のない部屋に閉じ込められてしまう……。 ……桃太郎は金太郎の死体を食べ、外からドアが開けられるのを待った。 これ、本格推理か? と首を捻りたくなる。選者は本格推理を、とくどく述べているのに、最近収録されているのは本格推理とは思えないのが多い。なぜだろうか。 登場人物の名前となっている桃太郎と金太郎は、何か意味があるのだろうか。「暗い箱の中で」:石持浅海 篠原、金沢、水島、そして由紀子の四人は、社員に嫌われている女性課長との問題で会社を辞めることになった理恵の為に送別会を開くことにした。理恵が遅れて会社を出てきて、全員が集まった。問題の女性課長は週末前にも拘わらず会社に残っているという。 五人が集まり、さあ、目当ての店に行こうとしたところで、由紀子はその店が載っている情報誌を会社の女子更衣室に忘れたことに気付いた。 五人で揃って会社に戻ることにした。エレベータに入る。そうしたら地震が発生し、エレベータが止まってしまった。ふと気付くと、由紀子がナイフで刺殺されていた。 エレベータには殺された由紀子の他に四人しかいない。誰が、何の理由で由紀子を殺したのか……。 ……犯人は理恵。彼女にとって、由紀子殺害は急遽実行した犯行だった。由紀子を殺したのは、由紀子が女子更衣室に戻るのを何が何でも阻止せねばならなかった理由があったからだ。 その理由とは、女性課長を刺殺し、その死体が更衣室にあった、ということである。だから理恵は会社を出るのが遅れたのだ。由紀子殺害に使ったナイフは、女性課長を殺した凶器でもあった。 理恵は送別会の後そのまま外国に逃げるつもりだった。女性課長の死体が発見されるのは週明けだから、余裕で逃げられると思っていたが、由紀子が忘れ物を取りに死体のある更衣室に戻ると言い出した。それだと即座に犯行が発覚してしまう。理恵が阻止する機会を探していたところ、偶然にも地震でエレベータが止まった。理恵はとっさに由紀子を刺すことにした……。 サスペンスあり、意外性あり、満点に近い。よく50枚未満にこれだけ盛り込めたなと感心してしまう。 ただ、理恵が遺体を更衣室の床に放置したのは油断のし過ぎでは、と思ってしまうが……。「怨と偶然の戯れ」:鈴木康之 大学教授が図書館を訪れる。寄贈品を見る為だ。そこで図書館長が殺される……。 ……トリックがあるようなのだが、さっぱり分からなかった。登場人物が多過ぎるのである。ストーリー構成も50枚しかないのに入り組んでいる感じがした。犯人が明らかになってもその根拠が理解できず、ちんぷんかんぷん。 選者はトリックを見逃したら読者に落ち度があると言うが、もう少し整理しなかった作者と、そんな小説を選んだ選者にも落ち度があると思うのだが……。「魔術師の夜」:由比俊之介 前夜にはビルが三つあった。男は端のビルで一晩過ごす。翌日目を覚ますと真ん中のビルにいて、自分がいた筈のビルは跡形もなく消えていた……。 ……消えていたビルは消失していた、というトリックらしい。ビルの色を変えたトリックを図入りで説明していたが、よく分からなかった。 おまけに、推理する素人探偵役がなぜか最後になって自殺するという訳の分からない結末は、素人っぽい。 センテンスを強調する為に点が振ってあるが、乱用しているため、綾辻行人の小説同様、単に読み辛いだけ。こういうことはやめて欲しい。 作者は本作品を応募した時点で17歳だった。それが唯一の特徴。「つなひき」:魚川鉾夫 市内をグルグル回ることがトリックになっているようだが、何を言いたいのか最初から最後まで全然分からなかった。 市内の散策ルートを紐に例えて図で説明しているが、それが分かり難さに拍車をかけている感じ。 作中作はきちんと書かないと無駄に複雑になるだけ。解説: 本短編集は「暗い箱の中で」のような傑作がある一方、「怨と偶然の戯れ」、「魔術師の夜」、「つなひき」など途中で放り出したくなるものも多く、同じ人物が選んだとは思えなかった。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編一般公募した結果出版された短編集第12弾。13編収録されている。残りはこちら粗筋:「閉じ込められた男」:雨月行 ある女性が公園で殺される。最有力容疑者は十も年下の恋人。ただ、その恋人にはアリバイがあった。アパートの部屋に閉じ込められていたのだ。 そのアパートは、住んでいる者がラブホテル代わりに貸し出していたものだった。地震があってドアが歪み、開けられなくなった。おまけに停電にもなってしまった。管理人の助けでようやく開けられた。犯行はその間に起こったのだ。アパートには窓があったが、地面までの高さが5メートルあり、直ぐ下は舗装道路になっていて、飛び降りれば怪我する危険があった。出ようにも出られない。また、アパート内のビデオの時計は設定され直されていた。停電後に容疑者がし直したことを意味する。つまり、アパートにいたことは確かなのだ。 犯人はこの恋人しか思い付かない。しかし、アパートからは出られなかった。どういう方法で犯行を実行したのか……。 ……犯人は無論恋人。被害者の女性は30歳にも拘わらず、ぬいぐるみを集めていた。恋人は、その夜大型のぬいぐるみを持って被害者がアパートに来るのを待っていた。しかし、被害者は気まぐれな性格で、恋人を捨てた気だった。 恋人は腹を立て、殺意を抱いた。その時に地震になり、ドアが開かなくなった。窓から抜け、犯行を実行し、ロープで室内に戻れば、自分はアリバイがあると主張できると考えた彼は、窓から脱出することにした。 大型トラックが接近したぬいぐるみを窓から投げた。トラックは何事かと思って停車する。恋人はその隙にトラックの二台に下りたのだ。被害者を電話で呼び出し、殺した後、アパートに戻った。屋上からロープで窓まで下り、部屋に戻ったのである。 恋人がアパートにいなかったという証拠は、ベッドのシーツが乱れていなかったことだ。寒い夜、停電中はベッドの中で毛布にくるまっているのが当たり前だからである。 ぬいぐるみを投げたくらいでトラックが上手い具合に止まってくれるか。ハンドルを切り損ねて事故を起こしてしまったらどうしていたのか。仮に狙い通りの場所に止まったとしても、安全に飛び降りれるか。目撃されないか。屋上からロープで下った場合、跡が残らないか。その最中に目撃されないか。 そもそも、偶然に閉じ込められたと知った時点で殺人を犯そうと大それたことを考えるか。「塩の道の証人」:黒戸太郎 大野の元に旧友が訪れる。「塩の道」という戦国時代から伝わる街道を旅してみたいという。大野は旧友を案内した。 徒歩による旅は二日にも及んだ。その間、旧友の妻が殺害された。警察に対し、大野は、旧友は一時も離れなかったと証言した。離れられたとしたら夜野宿している最中だが、徒歩なので移動に時間がかかり過ぎてしまう……。 ……犯人は無論旧友。妻に対し車で来るよう言い付けた。到着した妻を殺し、その後電車などを乗り継いで睡眠薬で眠らせた大野の元に戻ったのだ。「塩の道」に関する情報は豊富だが、それ以外はこれといった特徴のない短編。「南の島の殺人」:東篤哉 友人の柏原から手紙が来る。自分は南の島にいて、そこで殺人事件に巻き込まれたと。 手紙の内容はこうだ。 柏原はS島を訪れていた。雷雲のような音と共に細かい粒が降ってきた。丁度その頃、現地に住むビルが通りかかる。柏原が傘を持っていないと勝手に思い込み、家に招待する。息子のジミーを紹介された。柏原はその家で傘を借り、帰った。翌日、柏原は傘を返しに戻ったところ、その家は大騒ぎだった。 庭に見知らぬ男性の全裸死体があったのだ……。 ……犯人はジミー。 S島とは日本の桜島だった。雷雲のような音と共に降った細かい粒とは、桜島の噴火によって降ってきた火山灰だったのだ。柏原が傘を持っていながらも出さなかったのは、噴火を体験するのが初めてだった為、雨の時のように傘をさして灰を被るのを避ける、という発想が浮かばなかったからだ。 ジミーは、見知らぬ男と言い争いになり、突き飛ばしたところ、その男は打ち所が悪くて死んでしまった。その後、灰が降ってきて、男の遺体は灰で覆われた。 ジミーは、突き飛ばした時点では男が死んだとは知らなかった。翌日死体を発見した彼は、死体が灰で覆われているのを見て慌てた。犯行が灰が降る前であることが明白で、犯人が自分であることが分かってしまうからだ。犯行時刻が分かり難くなるよう、彼は死体を裸にし、灰を落としたのだ。 本編の特徴は、舞台が日本の桜島であることを伏せていることだが、はっきり言ってくだらない。 火山灰はそんなに簡単に落とせるのか。落とせてもその形跡が一帯に残らないか。「湯めぐり推理休暇」:飛児おくら 素人探偵の御園とヒコは、温泉宿を訪れた。その温泉は、直ぐ側が川になっていて、見下ろせるようになっていることだった。 温泉に入っていると、川で温泉客と思われる人間が流れていた。どう見ても生きている気配はない。御園とヒコは、温泉に浸かっていた他の客と共に外に出た。途中、出てきた温泉客の一人が転ぶ。御園とヒコはそのまま走り続けた。苦労して川から死体を引き上げる。 すると、その死体は、途中で転んだ温泉客だった。御園とヒコはこの謎に挑む……。 ……死んだ温泉客は、実は泥棒だった。川で流れていた死体と思われていたのは人形だった。他の温泉客が川の「死体」に気を取られている最中に脱衣室から客の鍵を盗もうとしたが、宿の女将に見付かってしまった。驚いた彼は逃げようとして、川に落ち、そのまま溺死したのである。 女将は、客が本物の死体に気を取られている内に人形を回収し、焼却した。従業員が焼却炉を掃除していたのも、人形を燃やしたことで炉内が煤だらけになったからである。 問題点は、被害者が川に落ちて流れるまでの時間が、温泉客が「死体」を追って川に沿って走る時間が同じになれるか。 素人探偵が警察にも人目置かれているというのが非現実的。探偵が小説そのものを救いのないものにしてしまっている。「僕の友人」:堀内胡悠 僕の元に接木という友人が訪れる。ルーマニアに旅行へ行ったが、タクシーでブラン城まで行こうとしたらカサブランカという店に行ってしまったと。タクシーの運転手がキャッスル・ブランをカサブランカと聞き間違えたというのだ。 お返しとして、僕は、接木に対し、自分が経験を話す。 田所のことである。彼の後を付けていたら、コンビニに入った。僕は後を追って中に入ると、田所の姿はなかった……。 ……田所はそのコンビニで働いていた。従業員室にも入れたので、監視カメラから僕の行動を把握できた。それに応じて見付からないよう動き回った。働いていることを知られたくなかったのだ。 結局何を言いたかったのか分からない短編。犯罪が関わっていないと物足りない。ルーマニアのエピソードが何の為に入っていたのか不明。「消えた指輪」:光原百合 吉野桜子と大学のミステリ研究会の仲間は、合宿することにした。その宿には、同じ大学の別のサークルの者がいた。 そのサークルは、メンバー間の異性関係を御法度としていた。サークルのメンバーの関係を維持するためである。 桜子はそのサークルの女性メンバーと、一緒に浴場に入る。サークルのメンバーの佳苗は、同サークルのメンバーの朋美に対し、恋人から貰ったという指輪は外した方がいいと忠告する。金属が温泉に浸かると変色することがあるからだ。朋美は、指輪を佳苗のポーチに入れることにした。 三人が浴場から出ると、ポーチから佳苗の財布と、朋美の指輪がなくなっていた。三人で更衣室を探し回るが、見付からなかった。更衣室はロックが内側からかかっていて、誰も出入りできなかった。 桜子がこの謎についてミステリ研究会の仲間と話し合っていたところ、佳苗が来て、指輪が更衣室で見付かったという。財布は盗まれたのではなく、部屋に置き忘れていたと。事件は消滅してしまったことになる。 しかし、桜子は佳苗が嘘を付いていることを知っていた。なぜなら、指輪が見付かったとされる場所は、彼女が確認したからだ。佳苗はなぜ嘘をついたのか。そして指輪を他の二人が見ている前でポーチからどうやって抜き取ったのか……。 ……指輪はキーリングに引っかけて一緒にポーチから出した。財布は無論ポーチに始めからなかった。なぜ佳苗はこんなことをしたのかというと、指輪がなくなったことを知った反応で、朋美の恋人がサークル内の者か確認したかったのだ。もしサークル内の者だったら、その恋人に直ぐ咎められるから、狼狽えるだろうと。あまり狼狽えなかったらサークル外の者が恋人ということになる。朋美はあまり狼狽えなかったので、サークル内の者でないと確信した佳苗は、事件を消滅させたのである。 香苗は朋美がサークル内の恋愛禁止を順守しているか何が何でも知りたかったのだ。 適度のユーモアが含まれた短編。いかにも女性作家らしいユーモアが散りばめられている。作者は本短編集が出版された時点で既に本を出していた。これまで吉野桜子(登場人物と同じ)のペンネームで二度「本格推理」に採用されている。 女性の支持は受けそうだが、男性のはどうかね、と思いたくなる作品。解説: 12巻は全体的に小粒なものが多かった。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編一般公募した結果出版された短編集第12弾。13編収録されている。残りはこちら粗筋:「店内消失」:風見詩織 ある喫茶店が廃業することが決まった。常連客だった四人の女子大生(冬子、早苗、美千世、毬絵)は残念がるが、喫茶店が入っているビルが取り壊される予定となっていたので、仕方がない。 閉店直前の日、冬子、早苗、美千世が道路の反対側の店から見ている中、毬絵が喫茶店に入る。喫茶店はガラス張りなので、中の様子が外から丸見えだった。毬絵は店内の電話ボックスに紙で覆うと、その中に入った。 冬子、早苗、美千世、喫茶店のマスターが、何事かと思って喫茶店に入った。毬絵の姿はない。電話ボックスを覆う紙を破って中を覗くと、誰もいなかった。 ふと見ると毬絵は外にいた。 喫茶店の出入口は一ヶ所だけで、四人が喫茶店に入るまで誰も出ていない。店に入った後も、誰も店を出た気配はない。毬絵はどうやって電話ボックスから出て、店から消え、外に現れたのか……。 ……紙で覆ったのは電話ボックスではなかった。側のドアを開け、電話ボックスのように見せかけたのだ。外から見ていたので、遠近感が薄まり、錯覚で騙されたのだ。 どうやって毬絵が出たのかというと、トイレの壁を壊して出たのである。どうせ取り壊されるのだから、と。無論、これらのトリックにはマスターが関与していた。全て取り壊される喫茶店の思い出造りのためだった。 女性らしい、殺人どころか犯罪さえない短編(壁を壊したのは器物破損かも知れないが……)。 電話ボックスのトリックは図で説明されているので、それだけを見ると、納得できる気がするが、後々考えてみると何の為のトリックか分からない。店からの脱出トリックはインチキっぽい。「壁の見たもの」:獏野行進 家の「壁」を視点に書かれた短編。 その家に数人が集まる。その一人である医者は、家に住む家族の娘に対し性的暴行を加えていた。 医者が殺される。犯人は誰か……。 ……犯人は「壁」。「壁」とは家族の一員の名前だったのだ。 やり方によってはそれなりに面白い短編になり得ただろうが、読んでいる途中で「壁」のトリックがばれてしまう。 この短編は、ある者がクイズを出し、それを解くという設定になっている。それもストーリーを損ねている感がある。「ホームにて」:寺崎知之 駅で事故が起こる。男が酔ってホームから飛び出したところに、回送列車が通過し、轢死されたのだ。 一見事故と思われたが……。 ……男はホームから飛び出したところで既に死亡していた。男は、二人の部下を相手に駅の外で口論したところ、撲殺されてしまった。二人の部下は死体を処理することにした。男の死体を脇で抱えて泥酔者のように見せかけ、ホームに入り、回送列車が通るところで遺体を放ったのである。 たとえ列車に轢かれてバラバラになったとしても、生体反応がなかったことが判明してしまうのではないか。 本作品は高校生による作品。刑事の会話はユーモラスで、手慣れているが、迫力不足。「地雷原突破」:石持浅海 坂田は、自分が体験したことを友人に話す。 地雷禁止条約の競技が進められていたブリュッセルで、地雷禁止運動団体のリーダーが、地雷の危険性を訴える為、偽の地雷原を作ることにした。十メートルの地雷原を希望者に歩かせ、地雷を踏むことなく突破できるか挑戦させるのである。 無論、地雷には爆薬ではなく、警報音を鳴らすスイッチが仕込まれていた。 運動団体のリーダーであるサイモンは、お手本としてまず自分が地雷原を歩いてみることにした。が、サイモンは途中まで歩いたところで、爆発が起こる。埋設してあった偽の地雷に、本物の地雷が紛れていたのだ……。 ……犯人は運動団体のメンバーであった坂田。サイモンは自己顕示が強い男で、地雷禁止運動も、彼にとってはその道具に過ぎなかった。 少し前、サイモンは、実際の地雷原で、地雷が撤去された区域を実際より広く見せようとして、偽の地図を作成した。偽の地図だと知らなかった坂田の恋人が、その地図を頼ったところ爆死した。坂田はそのことを知ってからサイモンを憎んでいたのだ。 トリックというトリックはない。逆説で謎(というほどでもないが)を解くだけ。 地雷禁止運動に関する世界情勢や、活動家の態度にはウンザリするし、活動の苦労の説明がくどい。社会派も悪くないが、50枚足らずの短編で必要なのかと首を捻ってしまう。 11巻の「暗い箱の中で」と同じ作者。前作と比べるとインパクト不足。「翼ある靴」:赤井一吾 作家が殺される。発見者は女性編集者。 殺人現場の周囲は雪で覆われ、足跡は現場を往復する発見者のものと、現場に向かう被害者のものだけ……。 ……犯人は女性編集者。被害者の靴を履いて逆に歩くというトリックを使ったらしいが、何の為か理解し難い。 探偵役は作者の筆名と同名。作家という設定になっている。こういうのはやめてほしい。 作者は11巻で「この世の鬼」を書いている。ユーモア小説を試みているが、トリックがイマイチなので、ユーモアも不発。「霧湖荘の殺人」:愛理修 旧友が霧湖荘に招待される。取り壊される前に、という所有者の考えだ。 あまり明るい再会ではなかった。所有者の妹陽子が、夫の失踪でショックを受けて二ヶ月間も引きこもった場所でもあるからだ。 旧友が集まった時点で、所有者が殺される……。 ……犯人は陽子。彼女の夫は失踪したのではなく、彼女に殺されたのだ。彼女は二ヶ月間引きこもったのではなく、死体を処理していたのだ。死体を処理した場所が兄によって売却されると知って、兄を殺すことにしたのだ。 血を浴びても大丈夫なように黒い服装をしたり、湖にわざと落ちてずぶぬれになって血が着いた服を着替える口実を作るなどしたり、面白いトリックはあるが、全体的に平凡。最後に犯人が服毒自殺するのも、テレビのサスペンスドラマみたいでどうも……と思ってしまう。 8巻で同じ作家の作品が収録されている。解説: 12巻は全体的に小粒なものが多かった。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編一般公募した結果出版された短編集第13弾。12編の応募作品の他に、鮎川哲也氏のこれまで未収録だった作品が5編収録されている。残りはこちら粗筋:「プロ達の夜会」:林康広 劇場で大道具係が転落死。その謎を解くのはサンタクロースの格好をした刑事。女優の控え室を訪れ、長々と会話しながら推理するが……。 ……犯人は女優の子供を人質にしてトイレに閉じこもっていた。それに気付いた刑事は、犯人に気付かれないよう、会話を装ってその女優と一緒に救出作戦を練っていたのである。 犯人はドア越しで会話を聞いていただけなので、まさか刑事が女優のサインを求めた際、その色紙に救出作戦について書かれているとは知らなかった。 犯人は、自分がトイレに隠れていることを指摘され、飛び出すが、控え室には多数の警官が銃を構えて待ちかまえていた。 コンセプトとしては面白いが、読み辛い。なぜかセンテンスごとに改行してあるのだ。……と思ったら普通の文章になっていて、そのことが気になってしまい、文の内容が頭に入らなかった。 作者は第8巻でも短編が採用されている。 「死霊の手招き」:飛鳥悟 加納と私は寺西のマンションを訪れた。寺西はチェーンをかけたままのドアを開けた。二人を見てドアを閉じてしまう。二人は何だと思っていると中から悲鳴が聞こえた。二人はドアを破って入った。寺西の姿はなかった。ベランダに面するガラスサッシュは鍵がかかっている。にも拘わらず、ベランダに出て、下を覗くと、寺西が死んでいた。 外から目撃していた人物によると、寺西は宙に浮かぶ人間によって手招きされ、ベランダから落下したという。 犯人は寺西をほんの僅かの間にどうやって殺し、脱出し、ベランダの鍵をかけて去ったのか……。 ……犯人は加納。二人でマンションのドアを破った際、寺西はトイレに隠れていた。トイレを確認したのは加納だった。トイレには誰もいない、と嘘をついたので、マンション内に誰もいない、と錯覚したのだ。 ベランダに出て下を覗いた時、見たのは寺西の死体ではなく、人形だった。加納は私に死体を確認させたが、マンションには階段しかなかった。私が階段を下っている最中、加納は寺西と共にロープで人形を回収した。人形が宙に浮いている段階で、加納は寺西をベランダから突き落とした。その場面が、外から目撃していた人物には宙に浮く人間が手招きして寺西を落下させたように見えたのだ。 出だしが幽霊話で始まるので、宙に浮く人間が死霊と誤解され、雰囲気を上げている。ただ、計画がここまでスムーズに行くかね、と思ってしまう。 動機もトリックの割には地味で、何でその程度のことでこんなことを、と思ってしまう。 作者は11巻の「完全無穴の密室」も書いている。物理的なトリックが好きなようだ。「遺体崩壊」:城之内名津夫 ピアニストが、ダム建設で水没する村でリサイタルをやるよう、招待される。村人のほとんどは刃物供養という祭りに行っているため、客はまばら。それでなくても乗り気でないのに、観客の態度に立腹した彼は、観客の一人と喧嘩してしまう。留置所で一晩過ごすことになった。 ピアニストは、翌朝釈放されると、ホテルに徒歩で歩いて戻った。途中、前日にはなかったプレハブがあることに気付く。 その中にはダム建設を強行した国会議員のバラバラ死体があった……。 ……犯人は村人全員。国会議員を拉致し、刃物供養を装って全員で刺し殺したのだ。議員が拉致された宿も村の者だったから、「何の異常もなかった」と証言したのだ。 これと同じような事件が実際にあったというのをテレビで観た覚えがあるので、新鮮味に乏しかった。 探偵役が嫌味。「猫の手就職事件」:南雲悠 切断された猫の手が警察の科学分析部に送られる。誰が、何の目的でこんなことをしたのか……。 ……宛先の科学分析官である大手に対する嫌がらせだった。彼はある女性をコネで採用していたのだ。その女性は瑠璃香という名前だったが、「猫の手を借りる」を逆に読むと「ルリカヲテノコネ」つまり「瑠璃香、大手のコネ」になる。 別の女性分析官は、コネで採用された瑠璃香に嫉妬し、上司に研究用の猫の死体を送り付けた」のだ。 暗号トリックはどれも作者の自分勝手なところがあり、真相が明らかにされても「ふーん」くらいの感想しかない。これも例外ではない。しかも「猫の手を借りる」ではなく、「猫の手も借りたい」だろうが。「黄昏の落とし物」:涼本壇児朗 浮浪者が投身自殺する。下にいた人を巻き込んで死亡する。この周辺では浮浪者の変死が続発していた。事故なのか、殺人なのか……。 ……犯人は浮浪者が投身自殺したと思われるビルの管理人。彼は浮浪者を殺したかったのではなく、下にいる人間を殺したかったのである。つまり、浮浪者を凶器にしたのだ。 浮浪者の変死が相次いでいたのは、犯人が落下地点を確認する為の実験として突き落としていたからである。 面白いトリックだが、作者が不慣れな刑事物として書いてしまったため、どうも不発気味。もう少し上手く書いていればまともなのに仕上がっていただろうにと思ってしまう。解説: 第13巻は12巻以上にこれはというものがなく、どこが評価されて採用されたのかが理解できなかった。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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推理作家鮎川哲也が本格推理短編一般公募した結果出版された短編集第13弾。12編の応募作品の他に、鮎川哲也氏のこれまで未収録だった作品が5編収録されている。残りはこちら粗筋: 「水の記憶」:八木健威 ある店の外にイルカのオブジェがあった。クリスマスパーティーのため、そこにプレゼントを保管する。そんなところ、四人の貧しい子供がその店で食い逃げしようとする。抗議の為だった。そのパーティーというのが、裕福な子の為のものだったからだ。偶々居合わせたある塾の先生のはからいで、事なき終えた。 翌日、イルカの中から店員の死体が見付かった。死因は水死だった……。 ……店員はイルカの中のプレゼントを確認中、頭を打ち付けて気絶してしまった。その後、貧しい四人の子が、パーティーを台無しにするため、プレゼントを水浸しにすることを思い付いた。四人は、中に人がいるのを知らずにイルカを水に沈めてしまったのである。 作者は感動的な話として演出したかったのかもしれないが、単に後味の悪い話になってしまった。とにかく犯人の子供らに好感が持てない。食い逃げを店の者に咎められているところで無関係の塾の先生に助けてもらったというのに、懲りずに更なる悪行を決行し、結局他人を死なせてしまうのだ。 塾の先生により今回の件は事故とされ、子供はまたおとがめを受けることなく先生の生徒となる。 とにかく後味が悪い。 しかし他に置き場所がないからプレゼントをイルカのオブジェに保管する、という考えが理解できなかった。「紫陽花物語」:砂能七行 和服姿の女性が乳母車を押している。この地域は子供の神隠しが頻発していた……。 ……結局何が何だか分からなかった。ラストはいたずらでした、で終わっているようだが。 10巻に同作家の「手首を持ち歩く男」が収録されている。そちらも不発だった。訳の分からない作品を書くのが好きらしい。「青い部屋に消える」:岡村流生 あるカップルがリゾートホテルを訪れたら、殺人事件に出くわした……。 ……トリックが使われたそうだが、結局何だったのか分からない。そのくせ「読者への挑戦状」があって、馬鹿馬鹿しさが増している。探偵役もイマイチ。しかもラストが全ていたずらでした、になっているので、更に減滅。「信じる者は救われる」:谷口綾 高価な仏像が盗まれる。しかし、現場は雪が降った。足跡はない。問題の仏像はテレビで取り上げられたほど有名なもの。どこかに持ち込んでも盗品であるのが発覚してしまうので、換金できない筈である。 誰が、どういう理由で、そしてどうやって盗み出したのか……。 ……犯人は小学生の女の子。一輪車が得意だった。そのバランス感覚を活かして畑のキャベツを踏んで雪原を渡った。その後少し雪が降ったので、キャベツの上の足跡は隠れてしまった。 少女が仏像を盗んだのは、祖母が危篤で、仏の力を借りようとしたからだった。 少女が足跡を残さずに雪原を渡ろうと考えるかね、と首を捻ってしまう。「クリスマスの密室」:葉月馨 サンタクロースはいるかいないかで大騒ぎしていたら、知らぬ間にプレゼントが現れていて……。 ……結局何が何だか分からなかった。殺人がないので作品が地味になってしまう。 本編は10巻の「サンタクロースの足跡」の続編。前作もあまり印象に残らなかったが、こちらはより印象に残らない。「ある山荘の殺人」:湯川聖司 周囲が崖となった孤島。出入りは一本の釣り橋しかない。そこには別荘があった。ミステリ研究会の部員がそこで一泊することにした。 到着後、天気が悪化し、釣り橋が落ちてしまう。部員は島に置き去りになった。 そんなところ、一人が殺される。犯人は別荘内の者しか有り得ない。犯人は誰か……。 ……実は橋は落ちていなかった。少なくとも犯行時は。共犯の一人である部員が「落ちていた」と嘘の報告をして、それを他の部員が受け入れてしまったのだ。 主犯は、落ちている筈の橋を渡って島に入り、殺した後、橋を渡って島を出て、橋を落としたのである。 橋が落ちていた筈の時点で別荘にいた犬が、翌朝落ちた橋の反対側にいたところから、共犯の「橋が落ちた」という言葉が嘘だったのが発覚し、犯行がばれてしまう。 共犯はなぜこんなずさんな犯人の計画に加担したのか不明。 また、主人公は「あなた」すなわち読者となっているが、なぜこうしたのか分からない。 7巻にも同作家の作品が収録されている。「暖かな病室」:村瀬継弥 妻は余命数カ月だった。最後の願いとして、大学生時代、二年間にわたって月10万円を仕送りしてくれた「Aさん」という謎の人物に会いたいと言った。 その願いを叶える為、夫は妻が通っていた高校を訪れる。担任教師だと思っていたが、当時大金であった10万円を毎月送れるほど裕福ではなかった。他にも色々当たるが、それらしい人物は浮かばない……。 ……担任教師とクラスメート39人、計40人が毎月2500円ずつ出したのだった。 普通そこまでやるかね。2500円を24ヶ月だから6万円。計240万円。そんな金を一人のクラスメートに寄付できるだろうか。非現実的で感動がない。鮎川哲也氏の単行本未収録のショート・ショート5編:「海彦山彦」:海彦は左耳の鼓膜を損傷した男。知り合いの刑事に双子の弟の山彦が殺されたという。刑事は容疑者を調べ上げるが、どれも怪しく、決め手がない。刑事は容疑者のアリバイ確認のため、海彦に電話をかけてくれと頼む。海彦は電話を左耳に当て、電話し始めた……。 ……犯人は無論山彦。兄の海彦を殺して兄に成りすましたが、聞こえない筈の耳に当ててしまったためばれた。馬鹿な犯人。成りすました奴の身体障害くらい把握しておくべき。本作品は懸賞付きクイズで、6000通の応募があったが、正解は39通だったという。正解率が物凄く低い。発表された1957年はともかく、現在だと問題にもならない。「遺書」:殺し屋がある男を殺しに来る。自殺に見せかける為、遺書を書けと迫る。被害者はペットを殺すと脅迫され、仕方なく書く。下手な字だった。殺し屋は契約通り殺して、成功報酬を受け取りに依頼者と会ったところ、逮捕されてしまう。殺し屋はなぜ殺人であることがばれたのだと不思議がる。 ……被害者は左利きだったが、右手で遺書を書いた。だから下手な字だった。そこから殺人だと発覚した。前金と成功報酬を別々にするとは。ゴルゴ13とは比べ物にならない馬鹿。「殺し屋の悲劇」:殺し屋が、夫を殺してくれ、とある女性に頼まれる。殺し屋は夫が現れるという場所で隠れて待っていたが、夫は現れなかった。殺し屋が不思議に思っていると、全く無関係の人物の殺人で逮捕される。同じ時刻に殺されたのだ。無論アリバイがない殺し屋は言い逃れできない……。 ……夫と妻が共謀して殺し屋を騙した。殺したのは無論夫だった。その殺人を殺し屋に擦り付けた。ここまで上手くいくかね。殺し屋も馬鹿である。「ガーゼのハンカチ」:ある男がモデルの女性を殺す。アリバイ造りのため、テレビを観ている最中に殺されたように見せかけて殺した。しかし、失敗し、逮捕されてしまう。 ……その女性はコンタクトレンズをはめていたが、殺した時点では外していた。コンタクトレンズ抜きでテレビを観られる訳がない、ということで偽装が直ぐ見破られてしまったのだ。 NHKが夜12時で放送を終える、というのは時代を感じさせる。「酒場にて」:殺す相手がいる部屋の番号を書き記したメモを渡したが、殺し屋は全く別の部屋の者を殺してしまった。メモを逆さに読んだのだ。ただ、メモには赤い字でホテルの名が入っており、上下が明らかなので、逆さまに読む筈はない……。 ……殺し屋がメモを開いた場所は赤い照明だった。そのためホテルの名が消えてしまい、無地のメモ用紙に書いてしまったように見え、逆さまに読んでしまったのだ。 ……鮎川氏の5編は短いとあって、どれも単純。クイズみたいである。「殺し屋の悲劇」はそれなりに面白かったが……。なぜ殺し屋ばかり出るのか。解説: 第13巻は12巻以上にこれはというものがなく、どこが評価されて採用されたのかが理解できなかった。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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練馬署の加賀刑事が登場する本格ミステリ。粗筋: 愛知県警の職員康正は、東京に住んでいる妹園子から電話を受けた。その様子がおかしいと感じた康正は、妹のアパートを訪ねたところ、妹の遺体を発見した。一見自殺のようだが、電話の内容などからするとどうも他殺のようだ。康正は地元警察に通報するものの、証拠品を持ち出し、自分で捜査することにした。 地元警察は、康正の思惑通り、事件を自殺で片付けようとするが、加賀刑事だけは他殺の可能性を含めた捜査を続ける。 康正は、二人の容疑者を割り出した。妹の元恋人と、妹の親友である。妹は、恋人をその親友に紹介した。それをきっかけに二人は付き合うことになり、妹は捨てられてしまったのである。 このことでトラブルになり、殺人に至ったのでは、と康正は推測するが、いずれも怪しく、決め手がない。 元恋人にはアリバイがあったが、それは偽造されたもので、犯行時刻には実は妹のアパートにいたことが判明する。親友も、ほぼ同じ時間に妹のアパートにいた。 康正の捜査はまた行き詰まる。その時点で、妹が二人を強請ろうとしていたのが発覚する。親友はアダルトビデオに出演していた経験があったのだ。 しかし、今度は二人とも妹は自殺したと言い始める……。解説: 容疑者は二人。犯人は一人。 どちらかが犯人なのだが、容疑が濃くなったり薄くなったりと決め手がない。最後になっても主人公には犯人が明かされるものの読者に明らかにされず、「読者が自分で推理して犯人を決めてください」となっている。 トリックや犯人当てより推理の過程を楽しむというミステリ。面白い試みと言えば面白いが、読者に犯人が明かされないのはどうかと思ってしまう。個人的には親友の方なのでは、と思っているが。過去を暴かれそうになった、という動機があるから。 作者が前書きでも述べているように推理の過程を最重視しているので、登場人物は少なく、事件も地味。その為小説そのものまで地味になってしまっている。 この内容で250ページ、原稿用紙換算で500枚にまで延ばせるとは凄い。 作中にはデジタルカメラが登場している。「最近はデジタルビデオカメラというのも出てきている」といった内容のセリフは、時代を感じさせた。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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島田荘司の推薦によってデビューした綾辻行人のデビュー作。名探偵(?)の島田潔が登場する。粗筋: ある孤島にある十角館。その島は、中村青司という建築家が所有していたが、数カ月前妻と使用人夫婦と共に焼死した。姿を消した庭師が関与しているのでは、と思われていたが、その庭師の行方は分からないままだった。 大学のミステリ研究部の六人が、この島を訪ねた。十角館に泊まる。殺人が起こった島を見てみたい、という好奇心からだった。 一方、本土に残った別のミステリ研メンバーの江南は、奇妙な手紙を受け取る。「お前たちが殺した千織は私の娘だった」と書いてあったのだ。 千織はミステリ研のメンバーだった。新年会で急性アルコール中毒に陥り死亡した。事故だったが、そうでないと思っている者がいるらしい。江南は、別のミステリ研のメンバーである守須に連絡したところ、彼も同様の手紙を受け取ったという。江南は、この件の真相を探るための調査を開始する。 千織の家族に会おうとするが、できなかった。彼女の父親こそ孤島で焼死した中村青司だったのだ。千織の死後に焼死事件が発生したのである。 江南は唯一生き残っている肉親である中村青司の弟を訪ねた。手紙を見せると、その弟も同様の手紙を持っていると言った。友人の島田潔という男を紹介される。江南は、島田と共に捜査を開始する。 孤島では、ミステリ研のメンバーが次々死んでいく。島には自分ら以外誰もいない筈。犯人は自分らの中の誰かなのでは、と疑心暗鬼に陥る。ただ、元メンバーだった千織の父親がこの十角館を建てた人物であることを知る。 中村青司と思われた焼死体こそ行方不明の庭師で、中村青司は実は生きていて、娘を死なせた自分らを殺しているのでは、とメンバーは考えるようになった。 その間もメンバーは次々殺されていく。 江南と島田も、中村青司は実は生きているのでは、と考えるようになる。千織の父親は実は中村青司ではなく、その弟ではないかと。それを引き金に妻や使用人を殺したのでは、と。 弟は、真相を明らかにする。千織は兄の子ではなく、自分の子だと。中村青司は、確証はなかったが、気付いていた。千織の死をきっかけに自棄になり、妻と使用人を殺し、自殺した、と言う。 十角館が焼失した。中にいた全員が死んだとされた。一人が五人(六人ではない)を殺した後、自殺したと……。解説: ミステリ研では、メンバーをエラリィや、アガサや、ルルゥなど、推理作家の名を当てて互いを呼び合っていた。作中では彼らの本名は最後まで明らかにされていない。だから孤島にいるメンバーの一人(ヴァン)と、本土にいる守須が同一人物とは分かり難い、というのがメイントリックになっている。 つまり、守須は、孤島と本土の間をボートで行き来していたのだ。昼間は孤島でメンバーを殺し、夜は本土に戻って江南と連絡をとり、まるで自分が孤島に行っていないように装った。 孤島と本土の間を犯人はボートを行き来していた……。「孤島ミステリ」となれば誰も入って来れない、誰も出られない、という先入観があるから、犯人が自由に行き来していた、というのは予想外。ある意味では反則かも知れない。 作者綾辻行人は、デビュー作で既に映像化が不可能な文章トリックを使っている。 これは発表当時新鮮なトリックだったのだろうが、自分が本作品を読んだ頃には綾辻作品を数冊既に読んでいたので、特に新鮮に感じず、逆に「またかよ」とウンザリしたほど。 トリックはそれなりに面白いものの、犯人の動機が弱いのが問題。 守須は実は千織と付き合っていた(それがあまり重視されていないのは不思議)。自分が参加しなかった新年会で、自分の恋人が急性アルコール中毒で死んだと知り、その新年会にいた六人に対し復讐せねば、と考えたというが、狂気の沙汰としか思えない。 守須は両親と妹を強盗に殺されたこともあって、やっとできた恋人を亡くしたことはかなりのショックだった、という風になっている。が、それだけで単に新年会に居合わせた全員を抹殺しようと考えるのは行き過ぎではないか。守須が殺した一人は引っ込み思案で、千織の「殺人」に加担したとは思えず、しかも千織の親友だったのだ。 殺人手法もどうかと思う。一人一人個別に殺すのは非常に危険。作中でも触れているように、一ヶ所に集まったところを爆破して一気に殺した方が合理的。守須は六人に対し恐怖を味わせたかったというが、六人は結局誰に、何の為に殺されたのか分からないまま死んでいくのだから、復讐は守須の自己満足になってしまっている。 ボートで本土と孤島を行き来する、というトリックも、失敗の可能性が高過ぎる。目撃される可能性があるし、高波で戻れなくなったりした場合どうするつもりだったのか。作中では成功したが、現実味がない。 手紙を江南らに送ったのは無論守須。こうすれば江南が捜査を開始し、自分が捜査に協力することで、事件中本土にいた、というアリバイを成立させられると考えたからだが、これも危険。江南が、孤島にした昼間に連絡を取ろうとしたり住まいを訪れたりしたらどうするつもりだったのか。あるいは孤島へ足を運んでいたらどうするつもりだったのか。 被害者の一人は口紅に仕込まれた毒で死ぬが、唇に塗るだけで毒が致死量に至るかは疑問。 ミステリ研のメンバーである守須は、家族を強盗事件で亡くしている。実際の犯罪の被害者が、ミステリという、いわば架空の犯罪を描いた小説なんて読めるだろうか。 問題の手紙はワープロ書きだった。作中では「ワープロなんて面倒なものを使うより、手書きにする筈」という下りが見られる。 発表当時はワープロ普及率は低く、精度もよくなかったからこんな下りがあったのだろうが、現在はワープロが当たり前で、逆に手書きだったら不自然だろう。 1987年の作品で、特に古い作品ではないのに、この場面だけで時代を感じさせる代物になってしまっている。 守須のあだ名はヴァンだった。ヴァン・ダインから取ったものだろうが、これはおかしい。作者は、ヴァンが名で、ダインが名字だと勘違いしたらしい。ヴァン・ダイン(van Dyne)は、一見二つの名のようだが、実は一つの名字。 フルネームはS. S. van Dyneで、S. S.が名なのだ。ま、ヴァン・ダインは筆名なので、あまりくどく言っても意味ないが。しかしミステリ研にしては不勉強。 また、他のメンバーのあだ名がミステリ作家の名だったり名字だったりちぐはぐしているのはなぜだろうか。エラリィ、アガサは名だが、他のルルゥ、オルツィ、ポゥ、カー、ドイルは名字。 綾辻行人は、島田荘司と共に二大本格推理作家となっているが、方法論が異なる。 島田荘司は、作中の事件をトリックとして、それを論理的に解決することが驚きを生むという。作中のトリックは読者は勿論、登場人物も悩ませる。 綾辻行人は、作品そのものをトリックとしている場合が多い。事件の解決より、どんでん返しで読者を驚かせる。作品のトリックは読者に対し直接仕掛けられ、登場人物にとってはトリックでも何でもないことが多い。 個人的には島田荘司の方が正統的に見える。綾辻行人のトリックは読者に直接仕掛けられる為(男と思われた登場人物は実は女だった、兄だと思われていた登場人物は弟だった、極端になると人間と思われていたキャラクターは実は猿だった等々)、読者を馬鹿にしている印象を受けてしまう。 綾辻行人が後に書くようになる登場人物は実は人間ではなかった、のような極端などんでん返しになると、アホらしくて呆然とするだけなのである。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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「十角館の殺人」でデビューした綾辻行人の第二作。前回と同様、島田潔が登場する。粗筋: 著名な画家故藤沼一成の息子紀一は、父の弟子である正木を乗せて車を運転していたところ、事故に遭う。紀一と正木は助かるが、紀一は車椅子生活を強いられるようになり、おまけに顔に大火傷を負って白いマスクを身に着ける羽目になった。正木は一見外傷はないものの、ある重大な疾患をかかえるようになり、画家への道を諦めることになった。十数年前のことである。 事故を機に、紀一は山奥に館を建て、そこに引っ込む。父が描いた絵を回収することに専念するようになった。その内父の弟子の娘である由里絵の面倒を見るようになった。後に、紀一は由里絵と結婚する。 そんなところ、正木が館に転がり込んできた。暫く住ませてほしいと。紀一は正木の画家としての未来を奪った負い目から、正木を館に住ませることになった。 紀一は館から出ることはなくなり、父の絵画も公開しなくなった。例外は、父が世話になった数人に年に一回集まってもらい、披露する時だった。 その公開の為に数人が集まったある日。 家政婦の根岸が二階から転落して死ぬ。死体は川に流されてしまった。 同じ日に、招待客の一人古川が屋敷から姿を消した。壁に掛かっていた絵画が一枚なくなっていた。古川が盗んで外に逃げたと思われた。が、奇妙なことに、二階にある古川の部屋は密室状態だった。階下には人がいて、誰にも目撃されず外に出られるはずがなかったのである。 正木が外に出て古川を捜索することにした。が、二人とも戻ってこない。その後、焼却炉からバラバラ死体が発見された。焼け残った指から正木のものとされた。古川の仕業とされたが、古川と盗まれた絵画は消息を絶ったままだった。 それから一年後、紀一はまた絵画の公開の為に関係者を招待した。招待しなかった者まで現れた。古川の知人島田潔である。事件の調査に来たという。紀一は渋々島田を館に入れた。 紀一は、新たに雇った家政婦野沢から、一部の部屋で変な臭いがすると言われ、その後にドアにこんなものが、と紙切れを渡される。そこには「ここから出ていけ」と書いてあった。紀一は不思議に思う。自分が見た時は、ドアの下には何もなかったのだ。 そんなところ、招待客がまた一人死ぬ。家政婦の死体もその直後に発見される。 島田は、一連の事件を見て、犯人を指摘する。犯人は紀一だと。正確には、紀一に化けた正木だと。 正木は、画家としての道を絶った紀一を恨んでいた。そこで紀一の財産も妻も奪おうと企み、由里絵と共謀して計画を実行した。 正木は、紀一に成りすますことにした。紀一は白いマスクを付けている。顔立ちが違ってもマスクに覆われるので、成りすますのは困難でない。ただ、入浴の世話までする家政婦は騙せないと判断し、根岸を殺した。 紀一に成りすますには、正木は自分が死んだことにしなければならなかった。自分の身代わりとなる死体が必要だ。それに選ばれたのが古川である。格好が似ていたのだ。 古川は部屋でバラバラされ、窓から外に投げ出された。部屋の窓は肉体全体が通るのは無理だったが、バラバラだったら通れたのだ。正木は、その後古川を捜しに行くといって外に出てバラバラ死体を回収し、焼却炉に放り込んだ。自分の指を切り落として現場に残し、焼死体が自分のものであるかのように偽造した。 正木は紀一を殺そうとするが、紀一は館の秘密の部屋に逃げ込んだ。正木は紀一をそこに閉じ込め、死なせた。が、正木は秘密の部屋の入り方が分からず、死体を放置するままに至った。新家政婦の野沢が異臭がすると言っていたのは、このことだった。 盗まれたとされた絵画は無論盗まれておらず、他の絵画と共に保管されていた。 紀一に成りすました正木は、紀一の財産も妻も手に入れた。事件は、古川が絵画を盗んで正木と根岸を殺した、ということになった。 そして一年経った。由里絵は別の男を密会していた。招待客の一人である。それに逆上した正木は、その招待客を殺す。が、部屋から走って逃げる場面を、野沢に見られてしまった。紀一は事故で足が不自由な筈なので、走れる訳がない。現在の紀一が偽物だと気付かれてはまずいと思った正木は、とっさに野沢を殺したのである。「ここから出ていけ」の手紙を書いたのは由里絵だった。紀一(正木)は、ドアには何もないと思っていたが、実はそうではなかった。正木は事故で色を識別できない障害をもつようになった。だから紙の色と絨毯の色が同じに見え、何もないように思ってしまったのだ。外傷がないのに画家の道を絶たれたのも、このことからだった。解説: 驚きが少ないミステリ。 火傷の為顔を白いマスクで隠している、となれば、「別人なのでは?」と大抵の人は思うし、焼死体が見付かれば「実は別人では?」と思う筈。 こちらは「まさかそんな月並みの馬鹿馬鹿しいトリックの筈がない」と思ったほどだ。まさに馬鹿馬鹿しいと却下した解答こそ正解だった、の好例。 そもそも、館で十数年も仕える執事が、主人がすり変わっていることに全く気付かないのはおかしい。たとえ館に仕えているのであって、主人に仕えているという意識はないにしてもだ。 古川の焼死体が、正木の指一本があっただけであっさりと正木の死体とされるのもおかしい感じがする。他殺の焼死体となればもっと詳しく調べる筈。 すり替えに成功した正木が、なぜ前年同様客を招待したのかも不明。昨年嫌なことがあったから公開は中止する、と言い訳すれば、また犯行を繰り返して自滅することはなかった。ま、由里絵は館に閉じこもりの生活に飽きていたらしいから、いずれ破綻していただろうが。 正木がなぜ紀一を殺したのかも理解できない。画家の道を絶たれた恨みはあるだろうが、普通は殺して相手に成りすましてやろうとは考えない。しかもその後正木は紀一を演じ続けねばならず、三人も殺して財産や妻を手に入れたのにこれといったことができないでいた。殺してまでそんな生活がしたかったのか。最終的には共謀者の妻にも飽きられるのだから。 正木がなぜ紀一の遺体を回収できないでいたのかも不明。主になったのだから、館をひっくり返して紀一の遺体を探し出せばよかった。そうしないで別の家政婦を雇った為部屋から異臭がすると言われてしまったのだ。 新家政婦の野沢が入浴の世話までしていたかは不明だが、そうだとしたら観察力がないことになる。足が動かない者は足の筋肉が当然ながら衰えるため、細くなる。正木は歩けた為、足は細くならない。車椅子生活を十数年もしている割には足がしっかりしている、などとは考えなかったのだろうか。 そもそも、なぜこのような方法で紀一とすり変わったのかが分からない。招待客がいない時に紀一を殺し、紀一に成りすまし、何らかの理由を付けて(これからは妻に面倒を見てもらうなどの言い訳)根岸や執事に暇を出せばよかったのである。正木はふいに館を出た、ということにして。 そうすれば自分の死体を用意する為に古川を殺す必要はなかったし、紀一の世話をしていた根岸も殺す必要はなかった。 無論、自分の指を切り落とす、という手間もかけないで済んだのである。 この方がバサバサ殺すより合理的ではないか。 トリック自体は平凡で、なぜ水車館という奇妙な館を舞台にしたのか不明。 館のデザインそのものは事件と関係なかった。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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「館」シリーズ四作目。粗筋: 飛龍は、育ての親である沙和子と共に、父親が所有する家「人形館」に越す。父親が亡くなったことから、相続したのだ。「人形館」は、母屋が和風で、アパートへ改築された別館が洋風という奇妙な建物だった。 アパートでは、自称作家や、学生や、盲目の男の三人が住んでいた。 莫大な遺産を相続したこともあり、飛龍は不自由なく暮らせた。病院暮らしが多かった彼は、平和な日々を過ごす。 そんな中、近所で子供が次々絞殺されるという事件が発生する。 また、飛龍の元に、脅迫の手紙が届くようになる。過去の罪を認めろ、という内容だった。飛龍は何のことだか分からなかった。 一方、〇〇は、飛龍を更に追い詰めようと考え、次の手を打つことにした。「人形館」の母屋が火災に遭う。飛龍は助かったが、沙和子は焼死した。火災は室内から発生したもので、外部からの放火は有り得なかった。 飛龍は、自分が誰かに狙われていると確信した。幼馴染みで、大学助手の架場に相談する。そこで彼は希早子という女性と会う。架場は、アパートに住んでいる者が脅迫者である可能性がある、と告げた。 飛龍は、アパートの住人をチェックする。怪しい者はいるものの、決定的な証拠はない。飛龍は、大学時代の先輩である島田潔にも頼ることにし、彼に電話をしたが、いなかった。留守番に、彼が電話を寄こすようにと頼んだ。 〇〇による脅迫は続いた。 その内に、飛龍は過去の記憶が戻ってくる。彼は子供の頃、母が自分が離れるのを止めたいが故に、線路に石ころを置くことを思い付く。そうすれば電車が止まるだろうと期待していたが、電車は脱線してしまった。母を含む数人が死亡する。飛龍は、このことで脅迫されているのか、と思う。 近所で子供を次々殺していたのは、アパートに住んでいる自称作家だった。外で子供が騒ぐため、小説が書けないのだ、と思い込み、次々殺していたのである。〇〇はそのことに気付き、自称作家を狙う。 自称作家は、自分の部屋で死んでいるのが発見された。警察が捜査したところ、子供を殺害していたことが判明する。その殺人事件は、犯人の自殺で終了したとして捜査は打ち切られた。 しかし飛龍は疑う。脅迫者に殺されたのでは、と。ただ、自称作家の部屋に不審者が出入りしていたなら、飛龍に見られていたはず。そんな不審者はいなかった。 飛龍の過去の記憶が更に蘇る。石ころを線路に置いたのを目撃されていたのだ。飛龍は、目撃者だったその子供を水死させたのを思い出す。 列車事故の調査をしていた島田が、電話を寄こす。事故で死んだ者は、全てアパートの住民と同じ名前だったと。単なる偶然かもしれないが、事故で死んだ者の親族が集まって狙っているのかもしれない、とも言う。驚いた飛龍は、島田にこちらへ来てくれと頼む。 一方、〇〇は希早子も殺すことにした。彼女を狙うが、島田によって阻止される。 島田は、「人形館」に飛龍や架場などの関係者を呼び、事件の真相を明かそうとする。「人形館」には抜け穴があって、外部から自由に出入りできた、と。放火犯はその抜け穴から出入りしたのだと。 しかし、抜け穴はなかった。 架場は島田に告げる。全て島田の思い込みだと。いや、飛龍の思い込みだと。 飛龍は多重人格症に悩まされていた。〇〇も彼だし、彼が島田と話していた思っていた電話は、火災で不通になっていたのだ。 つまり、飛龍は〇〇として自分自身を脅迫して沙和子を焼死させ、そして島田という探偵に推理させていた。知らずの内に一人で被害者、加害者、そして探偵の三役をやっていたのだ。自称作家を殺したのも飛龍である。ただ、飛龍自身はそれに気付いていなかった。だから「不審者が出入するのを見なかった」と思い込んだのである。 飛龍が病院にいたのは肉体的な疾患からではなく、精神疾患のためだった。彼は実母を殺したという罪悪感から、自分が死ななければならないと信じていた。ただ、死んだら義母が悲しむ。義母が自殺を食い止めている。だから義母を殺した。そうしたら希早子が現れた。今度は希早子を悲しませることになる。だから希早子を殺そうとしたのだ。 希早子は、〇〇に襲われて島田に救出された際、いずれも同一人物――飛龍――の声であるのに気付き、飛龍の異常に気付かされた。 飛龍は病院に収監される。 希早子は、架場に質問する。架場は、列車事故について自ら捜査したところ、事故の被害者はアパートの住民とは全く別の名前であることを掴んだ。つまり、島田の存在そのものが怪しい、と感づいていた。なぜここまで知っていながら、何の手も打たなかったのかと。まさか飛龍が水死させた子供は架場の兄ではないか……? 架場は答えを濁した。解説: 二重三重の罠がある感じのストーリー。どんでん返しは興味深いが、背表紙で記されているとおりに「本格推理」として読むと反則になるかも知れない。サイコサスペンスとして読むべきだろう。 被害者と加害者と探偵が同一人物、というトリックを難なくやってのけたのは見事だが。 本作品は、最後になって「人形館」が中村青司の設計でなく(だから中村特有のからくりや抜け穴がなかった)、シリーズの番外編であることが明らかにされる。島田自身も結局一度も登場しないということが明らかにされる。その意味でも番外編。 シリーズ作と思っていたら実はそうでなかった。 綾辻行人ならではのトリック。 主人公(飛龍)が多重人格者で、本人がそれに気付いてなかった。だから自分が殺人を犯していたことにも気付いていなかった……。 ……これだとアリバイトリックも容易で、何でもありの感じ。その意味でも純粋な推理小説として見るには難がある。 架場が飛龍をわざと放置して破滅に追い込んだ、という終わり方も後味が悪い。 自称作家が殺された際、警察がアパート全体を家宅捜査しなかったのはなぜか。していたら、飛龍が犯人であることを指摘する証拠や、不審な品々を発見できていたはず。自称作家は多数の人間を殺していたのだから、家宅捜査が本人の部屋だけでなく、建物全体に及んでも不思議ではなさそうだが……。 本編では、「占星術殺人事件」について触れている。この小説の世界では、御手洗潔は実在する人物なのだ。御手洗潔と島田潔の競演でも計画していたのだろうか。現在は御手洗シリーズの作者島田荘司とこちらの作者の仲があまり良くないそうなので、有り得ないだろうが……。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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名探偵御手洗潔が登場する小説。「占星術殺人事件」から3、4年後の1984年に起こった事件となっている。島田小説のシリーズキャラ牛越刑事が登場する。粗筋: 北海道の最北端に、奇妙な屋敷があった。建物全体が斜めになっている。内部も無論斜めで、しかも階段が至る箇所に設けられた複雑な構造だった。 クリスマスに、屋敷のオーナー浜本は、客を招待してパーティーを開く。 そんな中、殺人事件が発生した。ゲストの一人である菊岡という人物の運転手が殺されたのだ。刺殺だった。現場は、死体の周辺に犯人らしき人物の足跡がない、という雪の密室となっていた。ゲストの女性は、死亡時刻とほぼ同じ時に、3階の窓の外で誰かが歩いていた、と奇妙な証言をする。 警察が直ちに現場へ到着し、捜査を開始するが、進展は全くなかった。辺鄙な場所とあって、警察はゲストと共に一晩過ごすこととなった。 翌日、菊岡が死体となって発見される。また刺殺である。背中を刺されていたので、明らかに殺人だった。しかし、現場は密室だった……。 自分らがいる中で殺人が起こったと知った警察は、驚く。外部からの犯行である可能性は低く、屋敷内の犯行としか思えない。しかし、菊岡は会社社長で、他のゲストは菊岡が死ぬと困る者が多く、殺す動機がない。 オーナーの浜本は、西洋人形の収集を趣味としていた。ゲストの女性は、コレクションの一つであるゴーレムこそ、三階の窓の外で見た人物だと言い張った。 行き詰まった警察は、警視庁から支援を頼む。すると、民間人の御手洗を寄こされた。 御手洗は、到着早々、事件の真相を掴んだと宣言する。ゴーレムこそ犯人だと。ゲストは勿論、警察も呆れる。なぜこんな馬鹿を寄こしたのだと悩んだ。 御手洗の奇妙な言動は、犯人をあぶり出すための罠だった。犯人はその罠にまんまと引っかかってしまう。 犯人はオーナーの浜本だった。菊岡を殺す為、この屋敷を建設したのである。 浜本は、終戦直後、死を目前にした知人から、菊岡の殺人を頼まれた。菊岡は戦時中に大罪を犯していたのである。しかし菊岡は何事もなかったかのように暮らすどころか、会社を興し、社長にまでなっていたのだ。 菊岡の密室殺人では、ナイフをつららの先端部分に取り付け、四階から階段や通気口を経て菊岡の部屋に一気に滑り落とすことで菊岡を刺殺した。この際、菊岡は俯せに寝ていたので、ナイフは背中に刺さってしまった。 運転手は、この計画を邪魔するだろうと予測された為、事前に殺されたのである。雪の密室は、ゴーレムの人形で足跡を隠すことで作られた。人形を回収する際、吊り上げたので、ゲストの女性は3階の窓の外で人が歩いているように錯覚したのだ。解説: 最初読んだ時は面白いと思ったが、再読してみると粗が目立って仕方がなかった。 何しろ名探偵御手洗が登場するのは200ページ目なのである。ペースが独特で、付いていければよいが、付いていけないとつまらなくてしょうがなくなる。 容疑者を増やす為だろうか、登場人物が多い。が、その中で印象に残るのは特に誰もおらず、いたとしても殺されてしまうので、区別が付き難い。 つららの滑り台トリックは面白いと言えば面白いが、現実性に乏しい上、「犯人はこの殺人の為だけに家を建てた」なっているので、ちょっと反則では、と思ってしまう。 本作品には、作者から読者の挑戦状がある。賢い読者なら解けるはず、と。ただ、大抵の読者は仮につつらの滑り台トリックを思い付いたとしても、いくら何でも現実性に乏しいから、と除外してしまうのではないか。解答を読んで実はその現実性に乏しいトリックこそ正解だと知ったら白けるだろう。 本作品は他の御手洗シリーズよりユーモアが散りばめられているが、登場人物全員が厚みに欠けることから、小説全体の品位を下げているだけの感じがした。 本作品はトリック好きならそれなりに楽しめるだろうが、馬鹿長いパズルではなく「小説」を読みたいと考えている者だと不満が残るだろう。 登場人物を減らして250ページ程度の作品にしていればもう少しタイトな読み易い本になっていただろう。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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警視庁の吉敷刑事と道警の牛越刑事(斜め屋敷の犯罪にも登場する)が登場する700枚の長編推理小説。島田荘司が得意とする奇怪な事件がこれでもかとでもいうように連続する。粗筋: 浮浪者の老人が、桜井という中年女性が経営する店に入った。400円の品物を買う。老人は400円を支払って店を出た。しかし導入されたばかりの消費税で、実際の価格は412円。桜井は残りの12円を支払って貰うため、老人を追う。しかし、老人は消費税を理解せず、払おうとしない。喧嘩になった。老人は桜井を刺殺した。 老人は警察に逮捕される。ボケが進んだ老人の犯行だと思われた。老人が何も喋らず、ヘラヘラ笑うだけだったからだ。 しかし、吉敷刑事は違うと感じた。この事件には裏があると。事件は解決したと考える上層部を無視して、独自の捜査を開始した。 被害者の桜井は吉原で花魁として働いていた。現在でいう性風俗店である。花魁道中(着物姿の女郎のパレード。現在は単なる観光者用の儀式と化している)を演じたことが何度もあり、吉原の店を辞めた後も花魁道中を頼まれることがあったという。桜井が経営していた店は、源田という建設業者が所有していた。 老人の身元が判明する。老人は殺人罪で20年間服役していたというのだ。行川という名だった。吉敷は監獄や元囚人から証言を得る。監獄ではかなりひどい扱いを受けていた。しかし行川は監獄に入った頃は文字さえ読めなかったが、監獄内で勉学に励み、小説まで書けるようになったという。 吉敷は行川老人が書いた小説を入手した。その中の2編があまりにも奇妙だったので、特に気になった。一編は躍るピエロの話だ。北海道の夜行列車の中でピエロが突然現れ、トイレに閉じこもった。客が何だと思ってトイレの中を覗くと、ピエロの射殺死体があった。車内は大騒ぎになる。しかし、トイレの扉を一旦閉め、また開けると、死体は消えていた。もう一つの話は、ある男が北海道の列車から白い巨人にさらわれて空を飛んだ後、また列車に戻る、という内容のものだ。 吉敷は、行川老人はこの小説のアイデアをどこから得たのだろうと思う。 そんなところ、牛越刑事から連絡があった。ピエロの話は、30年前に北海道で実際にあった出来事だと。しかも、小説はほんの一部しか述べていなかった。事件が発生した列車では数時間の間に他にも事件が発生し、最終的には脱線したという。 吉敷は、30年前の事件と消費税殺人は繋がっていると察した。牛越に更なる捜査を依頼する。吉敷は東京周辺で捜査を続行した。 牛越刑事の捜査で、30年前の事故の全容が明らかになった。北海道の札沼線で起こった一連の事件は、次の通り:夜行列車が人を轢き、停車する羽目になった。列車は停止し、首なしの轢死体を車内に乗せ、走行を再開した。すると、数十分後、ピエロが突然車内に現れ、死体となって発見されたと思ったら消え失せた。更に数十分後、轢死体が起き上がって動き出した。驚いた乗客が手当たり次第にものを投げ付けていたら、列車が赤い目の白い巨人に持ち上げられて脱線したという。 また、側を通る函館線では、ほぼ同じ時刻に銃殺事件が発生していたのだ。 吉敷はこれらの奇怪な事件は繋がっていると確信した。 桜井と行川老人は、刺殺事件で初対面ではなかった。行川老人は桜井を昔から知っていたらしい。 吉敷は捜査の結果、桜井と行川老人が30年前、同じサーカス団に属していたのを知った。行川老人はピエロで、桜井は花魁姿で玉乗りをするという芸をやっていたのだ。行川老人(実際は韓国人兄弟の兄呂秦永と判明)は、花魁道中を偶々目にして、30年前に一緒にいた女だと気付いたのである。つまり、殺人は計画的だった。 吉敷はサーカス団の元メンバーから話を聞く。30年前、まだ20代だった桜井は美人で、ある男が彼女を自分の愛人にしようと考えていた。桜井もサーカスでの生活に飽きていたので、それに応じたかった。しかし、サーカスとしては看板娘を失う訳にはいかず、監視していた。そこで桜井は呂秦永とその弟を利用して、脱出した。愛人にしようとしていた男こそ、桜井が経営していた店の所有者源田だった。当時は暴力団の組長だった。函館線で射殺された男は、源田組に属する組員だった。 事件は繋がっている、と吉敷はますます確信した。吉敷は上司の反感を無視して北海道へ飛ぶ。 吉敷は事件が札沼線の轢死事件が起こった辺りと、函館線で射殺事件が発生した辺りを調べ、気付いた。この二本の路線は、その辺りで二キロ程度にまで接近する、と。歩いて移れるほどの距離だったのだ。 そこで吉敷は30年前の一連の事件と、消費税殺人の真相に気付いた。 呂秦永は、弟と桜井と共にサーカスを脱出した。桜井は呂兄弟を利用しただけで、迎えに来た源田組員らと去るつもりだった。それに怒った呂の弟との間でもみ合いになり、呂の弟は刺殺された。それを知った呂秦永は、組員を射殺した。どさくさに紛れて桜井は列車から飛び降りた。呂秦永も弟の死体を抱えて列車から飛び降りた。 呂秦永は歩いている内に札沼線にたどり着いた。そこで札沼線に乗る為のトリックを思い付いた。まず、弟の死体を列車を轢かせた。その際、頭部と手が切断されるようにした。列車が停止して死体を車内に運んでいる最中、呂秦永は弟の頭部と手を持って車内に忍び込んだ。呂秦永はピエロの格好をし、弟の頭部にピエロのメークを施した。ピエロの服に弟の頭部と手を付け、まるで死体全体があるようにしてトイレに残した。呂秦永は車内で躍って乗客の注意を引くと、屋根に移動した。乗客はピエロがトイレに閉じこもったと思ったので、そこを覗き、たった今躍っていた筈のピエロの死体を発見した。扉が閉まった後、呂秦永は頭部や手に取り付けてあった紐を引いて回収した。その直後にまた扉が開けられた為、死体が僅か数秒間で消失したように見えたのだ。 呂秦永は、弟の死体をまとめてどこかへ埋葬したかった。だから弟の首なし死体を回収しに戻った。弟の死体を列車の外へ出すのに成功した。しかし丁度その頃、車掌が戻ってきた。呂秦永は死体の振りをしたが、車掌が触ろうとしたので、思わず逃げ出した。これが動く死体の真相だ。 呂秦永は単に逃げ出しただけだが、車内の者は死体が動き出したと驚いた。車内にあったものを投げつけた。その中には小麦粉の袋があった。小麦粉の袋は破れ、粉が車内に充満したところに、線路沿いの火事から火の粉が飛んできて、粉塵爆発が発生し、列車が持ち上がり、脱線した。列車からは煙が発生し、それが白い巨人に見え、まるで巨人が列車を持ち上げられたように見えたのだ。巨人の赤い目は、線路沿いの火事現場を撮影していた航空機からの光だった。 呂秦永は事故を無傷で脱し、桜井の後を追った。死んだ弟や自分の復讐の為だ。しかし、冤罪で監獄に送られ、20年間も追えなくなった。出獄して浮浪者をしていたところ、偶々花魁道中を見て、その中の花魁が桜井だと知り、凶行に及んだのだ。解説: 現在と過去が入り交じった複雑な事件。 吉原の過去と現在、戦時中の朝鮮人の扱い、昭和時代で当たり前だったでっち上げ捜査……など、本格推理でありながら社会的なテーマも取り扱っている。 タイトル通り、奇想がてんこ盛り。 ……列車で突然現れるピエロ。突然消え失せる死体。白い巨人の登場……。最近の推理小説ではまず見られない派手さが最大の特徴といえる。 それ故に、問題点も多い。 呂秦永は函館線の列車からの脱出後、偶然に札沼線の線路を見付けてトリックを思い立ち、実行に移したと言っている。いくら何でも上手く行き過ぎでは、という感がなくもない。呂秦永はけっして頭が悪い男ではないが、このようなトリックをぶっつけ本番でできるほどの頭脳があるとは思えないし、乗客などが呂秦永の思い通りに動いてしまう、というのも解せない。そもそも列車に乗るだけの為になぜこんなことをしたのかが理解できない。弟の遺体を埋葬し、桜井を追えばよかった。そうしていれば復讐を遂げるのに30年もかからなかっただろう。 花魁道中をしていた女を、呂秦永が偶然にも見かけて自分と弟を裏切った女だと気付く……、というのも上手く出来過ぎ。30年も経っているのだから、たとえ同じ花魁姿でもかなり変わっていた筈。 ストーリーの構造そのものもどうかと思ってしまう。吉敷の上司が言っていたとおり、消費税刺殺事件は、呂秦永の逮捕で解決している。その裏を解明する、というのは吉敷の気まぐれに過ぎない。過去の事件が絡んでいたからよかったものの、何でもなかったらどうしていただろうか。いや、過去の事件そのものも時効を迎えていて、消費税刺殺事件には何の影響もない。上司が怒って当然だろう。 また、吉敷が呂秦永に最終的には同情してしまうのもどうか。呂秦永は意図的ではないにせよ脱線事故を起こし、かなりの死者を出している。これだけでも「殺人犯」になるのではないか。生存者の中にも精神を侵された者が多い。もし呂秦永が札沼線の列車に乗ろうという考えさえ起こさなければ、列車は何事もなく無事目的地にたどり着いていただろう。吉敷は呂秦永の悲惨な人生ばかりに焦点を当てて、彼の行動により死んだ人々をまるきり無視している。最後に上司に向かって説教するが、蛇足だった。 牛越は本編でも「斜め屋敷の犯罪」でも名脇役振りを発揮している。なぜ島田荘司は北海道を舞台にすることが多いのか。広島出身なのだが。 消費税導入直後で、税率が3パーセントとは時代を感じさせる。 二大本格ミステリ作家といえば島田荘司と綾辻行人。 島田荘司のミステリ論は、「非現実的な奇怪な事件を描き、それに論理的な説明をつけることで読者を驚愕させる」ということだ。本作品でこれを実践している。 綾辻行人のミステリ論は、「一見平凡そうな事件を取扱い、それを作中のどんでん返しで作品そのものを根底からひっくり返し、読者を驚愕させる」というもの。 どちらも読者を驚かすのがミステリだということでは一致しているが、方法論が異なっている。 島田荘司は、事件のトリックそのものを小説内のトリックとしている。登場人物は、読者と共にトリックを暴こうとする姿勢を重視する。 綾辻行人は、事件より作品そのものをトリックとしている。文章トリックにより読者を直接驚かせるのだ。登場人物にとってはトリックでも何でもないことが多い。 どちらも極端になると馬鹿馬鹿しくなるだけだが、程度をわきまえていれば有効だ。 個人的には島田荘司の方がミステリとしては正しいように感じる。綾辻行人のは良いのでも文章パズルになってしまう。 本作品のピエロ消失トリックは、少年漫画「金田一少年の事件簿」でパクられている。占星術殺人事件といい、本作品といい、パクられてばかり。作者は金田一少年の事件簿の原作者にトリックを提供しているのだろうか。関連商品:
2006.11.29
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島田荘司のデビュー作。元は江戸川乱歩賞応募作品だったが、受賞には至らず、加筆の末1981年に発表された。本作品はマニアの間で大評判となり、作者は本格ミステリ界の寵児となった。粗筋: 昭和11年。画家梅沢平吉は、奇妙な手記を残した。肉体の各部はそれぞれ星座によって支配されている。六人の若い女性から必要な各部を切り取れば、新たな不滅の肉体(アゾート)を合成することができる。自宅には六人の若い娘が住んでいた。前妻の間にできた娘一人と、後妻の間にできた四人の娘の中の三人、そして弟の娘二人である。幸い、六人の娘は星座が上手い具合に異なっていた……。 平吉は、この手記を残して自宅で殺害される。事件現場となったアトリエでは、平吉は裸婦のモデルを描いていた。このモデルが事件解決の鍵となる筈だったが、絵が未完成だったので、誰か分からない。モデルは名乗り出ることはなかった。 その一ヶ月後、別の家に嫁いだ平吉と後妻との間にできた長女が、殺害される。当初は強盗と思われていた。 そしてその直後、六人の娘が消え、死体となって日本各地で発見される。その六体の死体は、平吉の手記が示した通り、各部が切り取られたようになくなっていた。 平吉は手記通りアゾートを作成する為に六人の娘を殺したのか? しかし、本人はいわゆるアゾート事件前に殺害されている。長女を殺した理由も分からない。実は平吉は生きていて、平吉の死体は替え玉ではないか……。 警察は、結局平吉の後妻を最重要容疑者として逮捕した。後妻は無実を訴えながら獄死した。 しかし、後妻が犯人だとしたら、なぜ六人の娘(その中に実の娘も含まれる)を殺し、夫まで殺したのか、なぜ娘の身体の一部を切り取ったのか、動機は何か……、などの疑問点が残り、事件は納得のいく解決がなされないまま40年が過ぎた。 御手洗潔が、この事件のことを知り、真相を解明しようと考える。そんなところ、ある警察官の妻が訪れた。彼女によると、夫の父親も警察官だった。その父親は既に死んでいたが、残した手記によると、彼はアゾート事件に関わっていたという。 その警察官は、平吉が死んだ直後、その長女と一夜を共にした。それで心を痛めていたところ、政府からの極秘使命の手紙が届いた。六体の死体を指定した場所に埋葬せよと。その警察官は指示通り六体の死体を埋葬した。大戦直前という時代だったので、逆らえなかったのだ。後で長女が直後に殺された上、自分がアゾート事件に加担したと知って、驚愕するのである。 この手記を読んだ直後、御手洗はふとしたところで一週間で事件を解決する、と確約する羽目になる。 御手洗と助手ともいえる石岡は、事件解決の鍵は京都にあると感じ、京都へ飛ぶ。 捜査はまるで進まなかったが、タイムリミット直前に、御手洗は偶然にも解決の糸口を得る。そこから僅か数時間で事件のトリックを解き、犯人を割り出すどころか、犯人の現在の所在地まで調べ上げ、犯人と会った後、東京へ戻って真相を語る。 ……アゾート事件では、肉体の一部が切り取られた死体が六体あると考えられていた。実際には、一ヶ所ずつで切断された五体の死体だった。五体の上半身と下半身をずらすことで、六体の一部が切り取られた死体ができあがった。こうすると、六体の内一体は首がないものになる。首がないとされる死体こそ、犯人が用意した「自分」の死体だった。その首のない死体と考えられたのが、平吉と前妻の間の娘時子だった。時子が一連の事件の犯人だったのである。 平吉のアトリエでモデルをしていたのは、時子だった。隙を見て実の父親を殺したのである。 平吉と後妻との間の長女を殺したのも時子である。元警察官が一夜を共にしたと思っていた女は、長女ではなく時子だったのだ。無論、極秘使命と称された手紙を送り付けたのも時子である。その警察官を事件に巻き込むことで、自分で六体(正確には五体)の死体を日本各地に遺棄しないで済んだのである。 平吉が残したとされる奇妙な手記も、時子が書いたものだった。平吉はあまり手紙を書いていなかったので、筆跡が比べられる心配はなかった。 動機は簡単。時子は、平吉の家で、腹違いの姉妹らから虐められていた。しかも後妻からも虐められる。姉妹や、自分の母を捨てた父親を始末し、その罪を後妻に着せようと考えたのだ。解説: 最初に読んだ時はアゾート事件のトリックに圧倒されて、史上最高のミステリだと思っていた。が、母は面白くないとこき下ろした。なぜだか分からなかった。こんな面白いミステリをなぜこき下ろすのか、と。 今読み直すと、母の言い分も理解できる。 アゾート事件とその解決法は鮮やかだが、他の事件は特に面白くはないし、ストーリー構成も無駄が多い。主人公の御手洗も、当初はシャーロック・ホームズみたいで面白いと思ったが、読み直してみると偏屈屋にしか見えない。 時子は危険な綱渡りをしてばかりいた。「使命」を受けた警官が手紙通りに動いて死体を遺棄したのは幸運に他ならない。警官が上司に報告していたらどうしていたのだろうか。 作中では、この事件は40年もの間マスコミに騒がれ、本が多く出版されていたというが、そうだとすると事件が解決されなかったのがおかしくなる。 平吉の前妻(時子の実母)は、平吉に捨てられた後、平吉の家を訪れられなかったこともあって容疑対象外とされ、つつましく暮らしていた。戦後になって大陸にいた遠縁の娘が現れ、老いた前妻の世話をするようになった。前妻は、その遠縁の娘に財産を残したという。無論、この「遠縁の娘」こそ、前妻の実の娘で、アゾート殺人の被害者の一人とされた時子だった。 40年もマスコミで騒がれていたという事件なのに、突然現れ、最終的には前妻の財産を相続してしまった「遠縁の娘」に対し誰も疑問を持たなかったのはおかしい。数百人の研究家の内、少なくとも一人は「この遠縁の娘は、実の娘時子では? しかし、時子はアゾート事件で死んでいる筈。生きているということは、犯人なのでは?」と考えるだろう。身元調査をすれば、遠縁の娘でないことが判明したのではないか。 つまり、アゾート事件や、平吉殺しや、長女殺しの真相は分からなくても、真犯人は掴めた筈なのである。なぜ40年間もそのことに誰も気付かなかったのか。 アゾート殺人のトリックは、最近になって少年漫画「金田一少年の事件簿」で使われてしまい、インパクトが薄れてしまった。島田荘司はなぜ漫画の作者を訴えなかったのだろうか。この漫画は、島田荘司の「奇想、天を動かす」のトリックもパクッている。こんなことが許されていいのか。占星術殺人事件は金田一少年と同じ講談社から出されていた、ということもあり、裏で取引があったのかも知れないが。 御手洗に対しこの事件を解いてみろと挑戦するのが竹越刑事。彼はここでは御手洗と敵対するが、後の小説では助手の石岡以上に酷使されるのだから面白い。 作中で、御手洗は自分のホームズ論を述べている。ホームズは麻薬付けのほら吹きだ、と。「まだらの紐」は嘘ばかりだし、ホームズ物語でワトソンが「ホームズのボクシングの腕は超一流」と言っているのも麻薬でラリッているホームズに殴られたことを皮肉っているのだと言う。 御手洗はホームズやワトソンが実在した人物だと信じているのだろうか。ホームズとワトソンはドイルが創造した架空の人物で、無論作者はワトソンではなくドイルだと素直に認めるホームズファンはいないのか。 1979年の事件とされている。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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名探偵御手洗潔の活躍を描いた短編4編を収録している。粗筋:「数字錠」 ある小さな会社の社長が社内で殺された。ドアは数字錠で鍵がかけられていて、誰も入れないし、誰も出られない。犯人はどうやって社長を殺したのか。大金が入った財布が残っていたことから、物取りの仕業とは思えない。 容疑者は二人いた。株で損させられたのだ。しかし、二人にはアリバイがあるし、現場に入れない。 会社の者が加わっているのかと思われたが、四人の社員は数字錠の番号を知らない上、朝からトラックで外回りしていて、アリバイがあった。そもそも、社長が死ぬと会社は廃業になって社員は失業するので、犯行に及ぶとは思えなかった。 悩んだ竹越刑事(占星術殺人事件で御手洗に事件を解決してみろと挑戦した刑事)は、御手洗潔に相談した。 御手洗は捜査を開始する。会社の社員を調べる。その中で最も若いの(少年)が犯人だと指摘する。少年は、家出をした後、別の社員に文字通り拾われた。その社員を社長が侮辱するのを見て怒り、殺人に至ったのだ。 外回りのトラックは三人乗りで、少年は荷台に乗って移動する羽目になっていた。車内から荷台は見え難く、下りても気付かれなかった。少年は、渋滞でノロノロ運転をしているトラックから降り、地下鉄で会社に戻り、30分かけて数字錠の番号を一つ一つ回して開け、熟睡している社長を殺した後、地下鉄に乗り、ノロノロ運転を続けていたトラックの荷台に何気なく戻ったのである。財布が取られていなかったのは、営利目的でなかったからである。御手洗が、警察が犯人と睨んでいた二人を最初から容疑対象外したのは、財布が盗まれていなかったからである。株で損した二人なら、被害者の財布を見て盗んだだろうと読んだのだ。 御手洗は、少年があまりにも気の毒に感じて、少年にとって最後となるコーヒーを一緒に飲んだ。そのことから、御手洗はコーヒーが飲めなくなってしまう。「面倒見のいい」とされていた社長が、実はそうでなかったといつの間にかなっていた時は、拍子抜けした。 御手洗は、犯人の少年にはお前はホモかと思いたくなるほど優しいのに、社長の姪には素っ気ない態度を取るのが印象的。 1979年10月頃の「占星術殺人事件」から数カ月後の12月に起こった事件。「疾走する死体」 隈能美堂巧は、ジャズ仲間が集まるアパートに招待された。そのアパートは11階にあった。集まった中には御手洗潔と石岡がいた。 そんな中、アパートの中の貴重品が紛失する。犯人は直ちに判明した。久保だった。しかし、久保の姿が見当たらない。そんな時、警察から連絡があった。久保が側の線路で列車に轢かれて死んだと。 自殺かと思われたが、絞殺されていたことが判明する。更に不可思議なことに気付く。久保がアパートから消えた時刻と、列車に轢かれた時刻は、あまりにも近すぎた。犯人は死体を背負ってわずか数分で線路の上に死体を乗せたことになる……。 犯人は、久保とグルになって盗みを働いていた者だった。盗品を素早く外に出せるよう、アパートのベランダに長いロープをたらしていた。犯人は、窃盗の直後に久保と喧嘩し、殺してしまった。死体をロープで下まで下ろそうとしたところ、死体は振り子の原理で少し離れた線路にまで飛ばされてしまったのだ。 遠くに飛ばされたらかなり破損していた筈。轢死体にしては破損し過ぎている、と警察は思わなかったのだろうか。 本編では、御手洗潔のギターの腕がプロ以上であることが判明する。御手洗潔の反腕時計主義の演説が聞ける。 1980年初夏の事件。 隈能美堂巧は他の作品で単独で登場する。 そういえば、島田荘司はある新人作家に「霧舎巧」というペンネームを贈っている。「巧」という名が好きなのだろうか。「紫電改研究保存会」 ある男が自分の奇妙な体験を語る。 戦中の名戦闘機紫電改を海から引き上げて修復したいという中年男性と同席することになった。面識はなかったが、話は弾んだ。ふとしたことからその男性から仕事を頼まれる。言われた通りに中年男性の事務所で、無意味とも思える作業を行った。数日後にその中年男性の事務所を訪れると、そこは蛻の殻だった。 男は不思議に思う。あの中年男性は何の為にあんなことをしたのかと。仮に詐欺だとしても、男は何も損していないし、中年男性も何の得もしていない、と。 側で聞いていた御手洗潔は、それは違うと口を挟む。男は大損していたと。 中年男性は男を引き付けている間、仲間に男のアパートへ侵入させ、当選宝くじを外れくじとすり替えさせていたのだ。 よく分からない事件。爪に当選番号を刻む奴なんているかと思ってしまう。 1985年の事件。「ギリシャの犬」 子供が誘拐された。身代金を要求される。その家族は御手洗の助けを求めた。御手洗は竹越刑事と共に捜査を開始する。 誘拐の直前に、屋台が盗まれていた。番犬を殺してまで盗んだにしては意味のない窃盗である。現場にはギリシャ語と、奇妙な文字が描かれた紙が残されていた。御手洗はこの紙切れこそ誘拐事件を説く鍵だという。 紙切れの奇妙な文字は文字ではなく、図だった。橋の形を描いていたのだ。犯人の一人がギリシャ人なので、そうしたのだ。 犯人は屋台を埠頭に見せかけ、そこに誘拐した子供を監禁していた。 1987年6月の事件。 本編で、御手洗が京都大学の医学部に属していて、犬を解剖するのが嫌で退学する、ということが明らかにされる。解説: 四つの短編では、日付が分かるようになっている。日付が重要でないにも関わらず、だ。シャーロック・ホームズ・シリーズを真似たのだろうか。日付を入れると作品が古臭くなることにも繋がるのだが……。 いずれも小事件で、御手洗を登場させる必要があったのかと思ってしまう。 占星術殺人事件では無愛想で、御手洗と激しく対立していた竹越刑事が、御手洗の尻にしかれているのは奇妙である。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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御手洗潔初の事件を描いた小説。粗筋:「俺」は公園で目を覚ました。自分が何者か全く思い出せなかった。ふとしたことで良子という女性と知り合い、同棲を始める。良子は、「俺」に石川という名を与えた。 石川は、記憶を取り戻せないでいた。後遺症からか、鏡を見れなくなっていた。彼は、近くに住んでいた御手洗潔という占い師と知り合い、交流を深めた。 石川は、良子と幸せな暮らしをしていたが、自分が何者なのか、という疑問を持ち始める。良子は手がかりがないといっていたが、ある日戸棚から自分の免許証を見付ける。それによると、自分の名は益子青司だった。免許証の住所に行くべきか悩む。 良子は、最初は二人との暮らしが終わることになったら嫌だと言ってその住所に行くなとせがむが、ある日を境に行ってみろと言い始める。石川――益子――が渋っていると、良子は怒り出す。石川――益子――は、良子がなぜ態度をコロコロ変えるのか分からない。 石川――益子――は、良子の留守を機に、免許証の住所を訪ねる。その住所では中年女性が住んでいた。その中年女性によると、前の居住者には妻と子がいたが、妻と子は無理心中したという。夫は事件後越したと付け加えた。 石川――益子――は、自分に妻と子がいたことを知ってびっくりする。その中年女性から、夫の新しい住所を教わった。石川――益子――は、その住所へ向かった。そこで亡くなった妻が残した日記と、記憶を失う前の自分の日記を発見する。 妻の日記によると、妻は暴力団に属する井原という男に金を騙し取られて自殺に至ったのだった。自分の日記では、井原を殺そうとする自分の行動を書き記していた。 石川――益子――は、全てを思い出した。自分は井原を殺そうとしたが失敗し、頭を殴られ、あの公園に放置されたと。 石川――益子――は、妻の復讐のため、井原を捜し出し、刺し殺そうとした。そこに良子が現れる。石川――益子――は、良子を誤って刺してしまう。良子はどこかの病院に運ばれた。 なぜ良子は井原の側にいたのか。石川――益子――は、訳が分からなくなる。 石川――益子――が良子が搬送された病院を探そうとしたが、なかなか分からない。そんなところ、石川――益子――は、自分と同じ顔の男と出会う。その男は、アパートへ戻れと命じた。石川――益子――は、アパートへ戻る。 アパートには良子の母からの手紙が届いていた。その手紙によると、井原は石川――益子――の妻だけでなく、良子も狙っていた。石川――益子――は怒り狂う。井原を絶対殺すと誓った。 そこに御手洗潔が現れる。馬鹿な真似はするなと。良子は井原の娘だと告げる。石川――益子――はびっくりする。 御手洗は真相を説明する。これは、石川に井原を殺させる為のトリックだったと。井原は暴力団でも何でもなかった。単なる保険金・遺産目当ての計画だったのだ。 井原には、離婚した妻がいた。たか子である。井原とたか子の間には二人の子がいた。清司と良子である。井原は元妻に対し金を出し渋るので、たか子、清司、そして良子の親子は、金に困った。そこで、井原に生命保険を秘密裏にかけ、殺すことにした。暴漢に殺されたことにする為、他人に殺させることにした。そこで選ばれたのが、事故で病院に担ぎ込まれ、記憶を失っていた石川である。 石川に偽の記憶を刷り込み、逆上させ、井原を殺させようと考えたのだ。無論、石川には自殺した妻も子もいない。全て作り話だった。同棲していた良子は、石川に対し芝居をしていたのだ。また、免許証の住所にいた中年女性は、たか子だった。免許証は石川のではなく、青司のである。 青司は、良子の裏で、追加の計画を立てていた。石川を始末するための計画である。石川を凶悪犯に仕立て上げ、警察に殺させようとしたのだ。そのために、青司は井原が良子まで殺そうとしていると信じ込ませることにした。 そこで使われたのが、益子青司の免許証である。石川は、後遺症で鏡が見られなくなっていた。自分がどんな顔をしているのか分からなかったのである。だから石川は益子青司の免許証を発見した時、その写真を自分の顔だと思うようになった。青司が石川の前に現れてアパートに戻れと言われた時、石川は自分と同じ顔の者が現れたと錯覚したのだ。 石川は、良子がいる病院を探し出せたが、既に手遅れで、良子は石川の腕の中で死んだ。 良子は暴漢に殺されたことになり、事件は終わる。青司とたか子の親子は、良子にかけていた保険金を得ることになる。 石川は、自分の本物の免許を取り返した。本名は石岡だった。これが御手洗と石岡の出会いとなったのである。解説: 救いのない話! 一番の悪者青司やたか子がまんまと逃げ通すのだから。親子の中で一番悪くなかった良子が死んでしまう。 この計画に無理があるのは明らか。仮に上手い具合に天涯孤独な記憶喪失の者がいたとしても、記憶喪失の人間をここまで上手く操れるとは思えない。ふとしたことで記憶を取り戻してしまったらどうするつもりだったのか。 筆跡は真似ようと思えば真似られるといっても、偽の日記を本人に読ませても偽と気付かれないほど精巧なのができるとも思えない。 そもそも、父親を殺すためにこんな回りくどく、手間がかかり、失敗の可能性が高く、そして効率の悪そうなことをするだろうか。 石岡(というか石川、というか益子……ややこしい)が感情的で、お人好しで、特に頭がよくなかったからいいものの、もう少し冷静で、狡賢く、頭の回転が速かったら、この計画は最初から破綻していただろう。 石岡が鏡を直視できない為自分の顔を覚えていない、という発想はどこから得たのか。顔を覚えていたらどうするつもりだったのか。その方面からでも計画が破綻した可能性もある。 破綻してしまった場合、たか子・青司親子はどうしていただろうか。また天涯孤独な記憶喪失の男を捜すつもりだったのか。 本書は300ページほどあるが、ペースがとろい。200-250ページくらいに整理した方がよかった気がする。「占星術殺人事件」の前の事件。同じ年の1979年の出来事だろうか。関連商品:人気blogランキングへ
2006.11.29
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