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こんにちわっニコライです~♪ (この日記の登場人物)今日は、母親は日本人だけどマドリーで生まれ育ったホセ君のオネエっぽい日本語の話です。ホセ、なんて、山のようにいそうな、ありきたりの名前だけど、どうやら、とりあえず、男の子なら「ホセ」女の子なら「マリア」と付けておけば、そのあとに、どんな異国風な名前が付いていてもオッケーらしい。だから、「ホセ」君の下の名前は、日本人の普通の名前です。ホセ君は、マドリーで一人暮らしです。 ←マヨール広場の近くにお住まいです。■スペイン観光局のページ→マドリードウヌニコの住んでいた「プリン山」からマドリーまでは、国鉄で40分。さて、ホセ君。ウニやんは、ホセ君のお母さんと知り合いだったので、「プリン山」に住む以前から、渡西すれば必ず会うという関係にあった。***最初にあった時はガキだったホセ君も、プリン山時代には大学生。今回は長期滞在ということで、いろいろ面倒な手続きがあったから、ホセ君は、最初、何から何まで、いろいろ手伝ってくれた。前から、おっとりとした日本語で、おとなしめの優しい子、というイメージだったが、それはあいかわらずで、「これは、こういう意味で説明すればいいのかしら?」とか、「ここに、~って、記入するように、って言ってるわ。」とか、そんな調子で、ウニやんの通訳をしてくれていた。 そうなんだよ、ホセ君は、 きっと、そういう「物ごしの柔らかい青年」なんだよ。 そーだ、そーだ、そーなんだよっ。日本語って、言葉づかいで、キャラがでるよねぇ。だから、ホセ君の言葉づかいは、そういうキャラだからなんだと、ウニやんは、ずーっと何の抵抗もなく、彼のキャラを了解していたわけだ。ところが、、、1年ほど経った頃、ウニやんのパソコンが壊れて、久しくホセ君をわずらわせることもなく、おだやかに暮らしていたウニやんは、もう、どーしよーもなくて、再び、彼にヘルプを求めることになった。で、いろいろあったが、ホセ君も、パソコンに詳しい方じゃなかったので、結局、ITの仕事をしている親友のキケ君を電話で呼ぶことになったのである。キケ君のおかげで、パソコンはあっさり復活!そしたら、事件も解決して、久々に親友と会って、、、今まで、ゆるゆると通訳してくれてたホセ君が、急に、、、 ペラペラペラ..××ペラペラ~ ペラ...ペラペラペラペラ..ペラ~ ペラペラペラペラ...××ペラ~ ペラペラペラペラペ..×ペラ~ (もちろん×は放送禁止用語である) !!! ←「眉間にシワ」&「耳ダンボ」 さすがに、彼らの会話のスピードに参加できるほどはしゃべれない、 けど、聞くだけなら、言ってることは、まあまあ分かる、かも・・・ でもなんか、聞いてはイケナイような「ホ○○」とか「コ○○」とか連発してるし。ウニやんは、その日、はじめて、ホセ君の真実のキャラを知ったのだった。 ホセ君のスペイン語は、マドリーっ子のちょいワルな感じの、、、 (日本で言えば、渋谷っぽい) 今どきのチコ(男の子)だったんだ・・・。ガ~ン。ウニやんは、彼のおっとり日本語にすっかりだまされていたのである。でも、これは、多分、家でお母さんとしか日本語を話さない環境、だったからなんだろーなー、と。つまりホセ君は、ママのキャラで日本語をしゃべってた、だけだったんだよ。***そーいえば、パリ在住のマダム米子さんという、ウニやんの知人が言っていた。 (↑マダム米子は、多角経営だけど、日本語教師でもある。)外国人に日本語を教える時、最終的にムズカシイのは、キャラの伝わる日本語を習得させること だって。ニコライは、ホセ君の話を聞いてたから、なるほどーーーっ、と、深く共感した、である。ニコライも、オネエ言葉に気をつけよぅ~♪
2006.02.16
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こんにちわ~、ニコライです~♪ (この日記の登場人物)今日は、カナリア諸島出身のパブロ君の話、です。まず、カナリア諸島って、こんなとこ。 アフリカの隣に浮かぶ小さな七つの島々。日本では、大瀧詠一さんの「カナリア諸島にて」という曲で「あれか!」という方も。ともかく、常夏のうつくしいところ、と、大評判のスペイン領、でも、マドリーからロンドンに行くより、遠いのだそうです。 ↑こんなのを見ると、やっぱり、ハワイと大差ないように思えます。■スペイン観光局のページ→カナリア諸島パブロ君によると、グラン・カナリアは、マグロ漁業の大西洋の拠点だったので、彼が子供の頃は、日本人がたくさん住んでいて、日本人学校もあったらしい。だから、パブロ君は、自称「日本ツウ」として、自信マンマンだった。もちろん、「マグロ王国」なので、スシ、ノリ、サシミ、はOK。おハシも使えるし、日本語のあいさつも知っている。ここまでは、「日本ツウ」として、なんらおかしなことはなかった。しかし、ニコライたちを驚かせたのは、パブロ君が三才の頃より「日本の伝統武芸として精進し続けてきた」と力説する忍術である。証拠写真をお見せしましょー↓ヤァ~~!これじゃ、まるで「ダチョウ倶楽部」である。真ん中がパブロ君。左がインド人みたいな日本人のプリちゃん(仮)、右がウニやん。パブロ君の指導の元、奇妙な二人の日本人は「風の術」というのをやらされている。(あ、プリちゃん、間違ってるし・・・)他に、「火の術」「水の術」「木の術」など、あるらしい。 (この時ウニやんは、『ガラスの仮面』の「紅天女の修業」をイメージした。)日本でも、剣道・柔道・合気道は、わかるけど、「忍術」だよ・・・。 (帰国してから、ウニやんは、パブロ君の名誉のために、一応調べた。 確かに、日本でも「忍術」を教える道場はあるらしい。 しかし、当然、そう容易く「忍術」道場を見かけることはない。) で、この「忍術」ってのは、どういう時に威力を発揮するの? と、たずねたら、 パブロ君「・・・・・・。」(困惑) ねえねえ、だから、なんのためなのー? パブロ君「精神統一、だよ・・・。多分・・・。」(弱気) じゃ、スポーツじゃないんだ。 パブロ君「・・・・・・。」(無言) どーりで、めっちゃ弱そうなわけねーーー。ぷぷぷっ。日本の裏側のちっこい島に、日本人がいっぱい住んでて、日本人学校まであった、というのも、驚きではある。けど、そんな、日本じゃ、あんまり知られてないような島に、日本でも、全然メジャーじゃない「忍術」なるものを、幼少時から熱心にやっていたスペイン人がいた、というのには、ホントーに、ビックリなのであった。町並みは、ちゃんとスペイン風。ハワイじゃなかった。しかし、ニコライには、ぬぐい去れない疑問が一つだけあるのだ。実は、パブロ君、「手裏剣」を知らなかったんだよ。「忍者」といえばー、手裏剣なのになぁ・・・。パブロ君の言う「忍術」って、結局、何だったんだろー。ナゾだよ、ナゾ。明日は、「バイリンガル、オカマ言葉に気をつけよぅ!」という話だよっ。
2006.02.15
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こんにちわ~、ニコライです~♪ (この日記の登場人物)今日は、聖バレンタイン・デーらしいですねぇ~。 ニコライも、今さっき帰ってきたとこで、今日は、ウニやんとデートでしたっ♪ところで、この前、リカルド兄ちゃんが、ニューヨークの「マタドール」の話、をしてました。ということで、今日のBGMは、マノロ・サンルーカル。(楽天にはなかったので)じゃ、パコ・デ・ルシアでもイイです。 あっ、そうだっ。BGMに合わせて、この日記を読む時の注意!→「眉間にシワを寄せることっ」 当のスペイン人たちも、フラメンコの基本は「カラ・セリア」(深刻な顔)、と言ってました。ので、これに、ならいましょー。さて、ニコライは、何回か「闘牛」を観たことがあります。「闘牛」の意味は、「理性」=人間、が「本能」=牛、を制する、ところにあるらしいんだけど、、、最終的には↑「よってたかって牛をイジメル図」を見ると、どーなんだかなぁ・・・。結局、全員総出で、やいのやいのやりつつ、終わる。ちゃちゃん♪「オーレッ!」(2月なんて、全然「闘牛シーズン」じゃないから、場違いなニコライである。)ウニやんに、場違いだと「シテキ」されたので、じゃあ、チョコレートの話にします。これも、日本人としては「眉間にシワ」をよせた方が良いでしょー。スペインにも、おフランスのような、珠玉のトリュフ・チョコレートみたいのも、一応あります。 (あるけど、繊細さに欠ける)が、何と言っても、マドリーの超有名店の「チュロス・コン・チョコラーテ」!これは、、、チュロス(揚げドーナツ)を、フォンデュ状態のチョコ(コーヒーカップに入ってる)につけつつ食べるものなのだ。 (シーズンに関係なく食べたい人はいつでも食べてる)でも、これが、胃腸の弱い日本人には、非常にツライ、苦しい、オヤツなのであるぅ。で、なぜか、このドリンク・チョコ(一応そういう認識らしい)を注文すると、必ず、コップに水1杯、サービスしてくれるんだけど。。。チュロスの油で、だんだんギラギラしてくるチョコレート、甘さでノドがおかしくなりそうなので、時々、水も飲む。水を飲むから、さらに、油が口の中でマクを張る。カップ半分で、胃持たれしてくる・・・。(ヨボヨボ) ここで、日本人の多くは、ショックを受けるでしょー。アジアの仲間だと思っていた、台湾人や中国人は、ペロリと完食。なんでだーーー! (人によっては「じゃ、もう一杯」みたいなケロリとした顔してる)中国系の底知れなさを、目の当たりにする「チュロス・コン・チョコラーテ」。 (というか、高齢者でもペロリのスペイン人の方がもっとスゴイと思う)これまた、「オーレッ!」チュロス・コン・チョコラーテのレシピを発見! (勇気のある方、挑戦しましょー)「17才」の頃をきっかけに、 ニコライは、スペインを回想しています。 音楽ブログなのに、当分、スペイン・ネタでしゅ。スミマセン・・・。 明日は、なつかしい人をご紹介します~。 それは、、、カナリア諸島出身の「親日家」パブロ君、です。 カナリア諸島は、日本のマグロ漁業の重要な拠点でもあったことから、 ニコライには、ビックリ!の、日本文化が定着? じゃあ、またね~♪
2006.02.14
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こんにちわ~、ニコライです~♪ 今日は、もんどりあん先生、のところから、「17歳へタイムスリップバトン♪」 というのをいただいたので、それを書きます~。 だから、いつもより、日記が長いかもっ。ガマンして読んでね。Q1:17歳の時、何をしていた?ウニやんにせがまれて、スペインについて行った。だから、ニコライは、兄弟たちに別れを告げて、ウニやんの面倒を見るんで、知らない国に行ってた。これが「平たいプリン山」だっ!ウニやんとニコライが住んでたとこ。Q2:17歳の時、何を考えてた?ウニやんがお出かけしてることが、今より多かったから、みんなの家で、一人、いろいろ考えごとしてたんだ。それは、ウニやんのヒット曲『おやすみ、NIKO』のとおりだよ。って、もしかして、この歌、知らない?う~ん、知らないのか・・・。ウニやんの部屋。ベッドんとこに、ちっこくニコライが写っている。そうそう、で、何を考えてたか?って、、、そりゃぁ、、、いろいろ、だよっ。ナイショ、ナイショ。Q3:17歳のイベントといえば?ネズミ取り!みんなの家の屋根裏、というかカーテンBOXの中に、ある時、ネズミがいっぱい住みついてることがわかったんだよ。でも、最近のスペインの猫は、根性がないから、真っ赤な毒のお米を仕込んで、ネズミを殺すことになったの。仕込んで二週間、「くんじょう屋」のお兄さんたちが、カーテンBOXをあけてみると、、、真っ赤な毒のお米と変なノリみたいのを塗りたくった紙皿に、そうだなぁ~、体長10cmくらいのネズちゃんたちがギッシリ。(お皿を逆さにしても、ネズミがおちないんだよ。ビックリ!)で、ニコライは思った。なんで、仲間がすでに死後硬直してるのに、自分もひっかかっちゃうのかなぁ~。やっぱり、ネズミって、ちょっとアタマ悪い~??? って出来事が、一番、印象深いかなぁ。 あれ?これって、イベント?ちがう・・・かも。ヨロッ。 でもまぁ、いろいろあったよ。へぇ~、、、なことばっか。 よその国の人は、面白いなぁ~。あ、そうだ、そうだ!この話には、つづきがある。「くんじょう屋」のお兄さんたち、その死んだネズミだらけのお皿を、な~んとっ、普通のみんなのゴミ箱に、ポイッ!ってしてったのだ。あぁぁぁぁぁ。何ということを~~~!(←持ってってくれよーーーっ!)その後、ウニやんの家の住人8名は、そのゴミ箱の処理を誰がするかで、大モメにモメたの。そりゃあ、そーだよね。気持ち悪いったらないも~ん。ぷるぷるっ。Q4:17歳でやり残したことは?あ~んなに、ヒマだったんだから、あの時に、漢字の勉強して、いっぱい読書しとけば良かった。そーだよ、、、勉強だよ。。。ニコライ、兄ちゃんたちがいなかったから、ヒマでヒマで、どーしよーもなく、何もすることなかったの。あの時、やっとけば、今、こんなにガンバらなくても、もっとアタマ良かったかもしれないし、、、あ~ぁ。Q5:17歳に戻れたら何をする?今みたいに、背中にハゲがあったりしないし、今より、もうちょっと毛並みもホコホコしてたし、いろんなとこに行って、いっぱい写真、撮ってもらおっ。 ホントのこと言うとね、今の方が、ずーっとアクティブだよ。だから、もうちょっとボロ人形じゃないニコライで、今みたいに、楽しく暮らしたいなぁ~。Q6:17歳に戻っていただきたい人って、そもそも、なんで17才なの~?17才って、青春時代、なの~?わかんないよ~ぅ。じゃっ、次の方、どーぞっ、バトンを受け取ってくださーい。
2006.02.12
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ちょうど、「Free As A Bird」が出て、 Free As A Bird (1995年)「レノンの死」しかリアルに知らない世代にも、ビートルズが身近になった頃、フランスのバンド、レ・ジノサン(Les Innocents)が『post-partum』を発表。『post-partum』の最後の曲「Franges en Bataille」とビートルズの「Free As A Bird」は、曲の感じがとっても似ている。当時、ウニやんは、この似すぎ具合に「トリハダ」が立った、という。でも、実際のとこ、どっちもお互いの曲を知らなかっただろうし、「Franges en Bataille」の方が、アレンジメントとしては先だったから、後輩のレ・ジノサンが、パクったわけではない。で、ついでに言えば、時代の流れというか、、、曲としては、レ・ジノサンの方が、ビートルズより、はるかに良い感じだったのである。 あっ、ビートルズが格下だって~?って納得いかない方、 試聴してねっ。→「Franges en Bataille」レ・ジノサンは、「82年にパリで結成、85年レコードデビュー」。89年、1st.『Cent metres au Pradis』92年、2nd.『Fous A Lier』で、2年かけて制作したのが、この『post-partum』なのである。 (Fnac.にリンクしています。試聴できます~♪) 『post-partum』は、「Blur、Oasisへの、フランスからの回答」と絶賛され、 96年に、フランス版グラミー賞のようなものを受賞。(「ビートルズ、バーズ、10ccを彷彿させるポップ・センスあふれるサウンドを アコースティックに味つけしたカフェ・オレ感覚のソフト・ロック」 と、帯には書いてあります。ご参考までに。) 以来、ウニやんは、レ・ジノサンがお気に入りである。というか、もともと、フレンチ・ロックにはくわしい方なので、パリに行くたびに、ちょこちょこ買って、へんなコミック・バンドまでそろえている。その中でも、ヒトサマにご紹介しても、恥ずかしくないアーチストとして、レ・ジノサンを高く評価しているのだそうだ。(そうそう。いけないフランス語を覚えちゃいけないからね。「マリー・アントワネットのウ○コ」とか絶叫するようなのばっかで困るんだよ。 シモネタに走れば、それでパンクだと思ってるのが多いから、さ。というか、そんなんばっか聴いてるウニやんのシュミに問題があるんじゃないの?今日は、よくコメントをくれる「ガスパールくんの家主さん」が、フランス語のお勉強のために、フレンチ・ポップを聴いているようだったので、オッサン系(Etienne Dahoとか)に走らないように、って、もっとオルタナなフレンチ・ロックを、ご紹介しました。(ちなみに、家主さんが聴いているボショボショのヤツ、とは、ピエール・バルー[PIERRE BAROUH]だそうです。気になる方はこちら→『Saudade』しっとり系シャンソンです。)って言っても、ニコライも、ぜ~んぶ、ウニやんのウケウリなんだけど・・・。 ←コレと「Mac」のアップルと関係あんの?
2006.02.01
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