照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2017.12.03
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カテゴリ: 政治
日本国憲法は戦後GHQ占領下において米国に作ってもらったものである。つまり、憲法制定は主体的なものではなく押し付けられたものであった。それを70年にわたって改正することもなく使い続けたのもまさに主体性の欠如である。憲法議論がままならないのも大きくはそこに原因があるに違いない。

《中谷元氏(自民)は、安倍晋三首相が掲げる憲法への自衛隊明記案を例に、英国のキャメロン前首相が問いかけ方が賛否のカギになると分析したことを明かした》 (朝日新聞デジタル11/30(木) 11:58配信)

 <問いかけ方が賛否のカギになる>のは当たり前である。こんな当たり前のことが今更キャメロン某の意見をうかがわなければ言えないことなのだろうか。閣僚経験者がこの程度の認識では憲法論議が進まないのも当然である。

《北側一雄氏(公明)は賛成派・反対派の激しい対立を踏まえ、「多数政党は、できるだけ幅広い政党間の合意形成を図るとともに、政党間の合意を維持するための深い思慮が必要だ」と語った》 (同)

 この発言は改憲に慎重な公明党の都合が反映されているものだと思う。<できるだけ幅広い政党間の合意形成を図る>ことが必要なのはその通りなのではあるが、どの程度の合意形成を図るのかはやはり政治判断というしかない。ましてや<深い思慮>などと言い出せば、なるものもならなくなってしまうに違いない。

《民進委員だった武正公一氏は英国の関係者から口をそろえて「国民投票は慎重に」と指摘された、と言及した》 (同)

 英国が国民投票によってEU離脱を決めたことが今になって後悔しているから国民投票は慎重にした方が良いという忠告なのであろうが、英国の国民事情を安易に日本に持ち込み参照するべきではないのではないか。

 いかに国民投票を慎重にしたとしても、国民投票は同じ問題を孕(はら)むものである。「後悔先に立たず」ということである。決断した後に後悔するのは世の常である。ただ慎重になどと言い続けてもほとんど意味がない。

 いかなる決断であれその決断を有意義にするための努力がなければ水の泡となってしまう。英国の問題は、一旦民主主義的手続きによってEU離脱を決めておきながら、その決断をプラスに導くための積極的姿勢に欠けるということである。どんな決断であれ、それを有効活用しようとする姿勢がなければ良い結果を導くことは不可能である。

 これは英国固有の問題なのか、民主主義全般の問題なのかをここで判断することは出来ないけれども、EU離脱を英国民がただ否定的に捉えているのだとすれば、かつてのような「太陽の沈まない国」(the empire on which the sun never sets)の栄光が再び見られることはないであろうことだけは確かである。(続)





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Last updated  2017.12.03 22:00:08
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