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いま使っているこのノートは7年半ほど前からの記録帳。冒頭の日付を見ると、記録はじめは2017年6月1日から今年2025年1月31日までの7年半ほどの早朝運動(もちろん運動をしていない日でも体重などは記録)とその後の体重・体脂肪率・内臓脂肪率などの測定記録帳です。つまり、その記録と言っても1日に1行使うだけですから、ノート1冊で7年半も持つのです。というか、逆に言えば1冊を消費するのに7年半も掛かるということです。そんな1日1行の記録ノートが手元には4冊あって、わたしも長い間それも手書きの ”アナログ記録” をしてきたものだと我ながら感心しているのです。したがって明日2025年2月1日からは5冊目に入るということです。単純に勘定するなら、そのノートが次に満杯になるのは7年半後ということ。であるのなら、そのころまで早朝の運動を続けることが出来ているのだろうか? もちろん今の気持ちは続けていたいとは思っていますが、そんな先々のこと何があるやら分かりませんから、何とも予測の仕様がありません。
2025.01.31
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昨年12月の初旬に封切り公開された人気医療テレビドラマの映画化『劇場版DoctorX ファイナル』、シシリーズ完結編となる劇場版です。ひょっとしたらこの映画の事前宣伝を兼ねてのことなのかもしれませんが、このテレビドラマの再放送が比較的頻繁に、近年目立ってきていた。わたしはその映画化のことなど全く知らずに、一度ならずも既に観ていたにもかかわらず、再放送に気が付けば録画してきていた。それが溜まりに溜まって、70本以上にもなっている。もちろん永久保存などしようと思っているわけではない。よってどれももう一度視聴したら、まとめて消去しようと思っている。しかし一気に消去してしまうのも勿体ないと思う気持ちも有るのですが、消去しないとテレビ内蔵の録画容量が限界に近くなっていて、以後の録画に支障を来たしそうなことになってきた。これは早々に消去しないと、録画しておきたいものを録画できないことがあるかもしれない。ちょっと消すのは惜しかったけれど、一気にすべてを消してしまいました。
2025.01.30
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四季の中でも最も寒いと言われるこの時期1月下旬、そんな時にわたしは生まれたのです。そんな寒い寒いある日に女房殿と近くのイタリアンレストランで外食です。2人っきりでこのレストランに来るのは初めてのことでした。女房殿が私の誕生日を祝うつもりで予約をいれたのです。別に私としては、”あらたまって誕生日を祝ってもらう歳でもない” と思っていたのですが、それはさておきそこは嬉しく久しぶりの外食を水入らずで行ったということです。歩いて10数分のところにあるレストラン。ここは予約を入れないといけません。それはこの店が混んでいるからというわけではない。もともと広くないお店、お客が3組も入れば・・・というようなお店ですので、オーナーシェフひとりでの切り盛りは大変なのです。当日は、我々夫婦のみの貸し切り状態で、気兼ねなくワインと料理を楽しめたということです。
2025.01.29
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昨日1月27日は母が亡くなって丸6年、つまり7回忌になり本日10時からその法事を行います。そして父の命日は4月25日ですが、その13回忌も併せて一度に済ませてしまおうと、妹と相談して決めたことです。お寺の住職にもその旨伝えたところ、「もちろんそれで一向に問題は無いです」とのことですから、甘えさせていただくことにしました。法事と言っても親戚が集まってということではなく、妹とわたしたち夫婦だけのことで、お寺さんに家に来てもらって、お経をあげていただくというだけのことですから、1時間くらいの簡単なものになるはずです。それでもそこそこ費用が掛かりますので、母の7回忌と父の13回忌を一緒にしたわけです。一応型通りに法事を済ませることで、ある種の安心感を得ることになるのです。
2025.01.28
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『ねごとブログ』を読んでくれている人は何人か居てくれる。その彼ら彼女たちが一様に言うのが「読みにくい!」と評判が良くない。それは私の文章の拙さのことではない。彼らが言うのは、読もうとしている拙文のまさしくその真上に四角い広告が張り付けられるからです。文章や写真などの部分、その画面の一部が覆い隠されてしまって、画面を上下に移動させなければ全文を読めないという面倒さのことです。その邪魔になる広告を×印クリックして消してもすぐに別の画面が出てきて、もうイライラすることったら「もう読むのは止~めた!」なんてことにもなりかねない。ましてやそこに張り付けられた広告の内容などを好意的に覚えているわけもなく、むしろ反感すら覚えるようなことにもなっている。これは広告効果なんてものが見込めるのでしょうか? 発信しているこちらとしてもいつも感じているのが「もっとほかの広告表現・その見せ方が考えられないか?」ということ。もっとスマートでかつ効果的で好感を持たれるネット広告のあり方は有るはずです。いまの広告表現方式を続けるということは、単に発信者や読者たちに ”意地悪(いけず)” をしているとしか思えないのです。現状のままでは決して良い方向へは向かわないと思えるのだが・・・。
2025.01.27
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口の中、特に ”歯” の健康に関しては、1年ほど前から長年不安だったことが無くなって、つまり虫歯関連の不安要素が解消されて嬉しくって仕方がない。(もともと歯周病や歯槽膿漏などを指摘されたことは無かったけれど、今後どうなるかは分からない)長年、歯医者には行かなければならないと思いつつ10年近くが経過していたのですが、昨年に一念発起、勇気を出して歯科医に通うことにしたのです。そして「悪いところをすべて直してください」ということをお願いして、半年近く通って治療を続けると同時に、失った歯を再生させる(つまり入れ歯も入れて)事まで、徹底的に治療したわけです。おかげで治療をするまでは、硬い煎餅なんかを齧ることが怖くて満足にできなかったのが、今やバリバリッボリボリッと思いっきり齧ることが出来て、冒頭に書いたように嬉しくって仕方がないのです。こんなことなら10年以上前に歯科医に通っていればよかったと、ちょっと後悔はしている。以降、その歯医者さんには3か月に1回くらいのペースで通っていて、歯石や歯垢の削除を中心に受診してケアして貰っている。「歯医者は痛くなったら行く所ではなくて、痛くならないために行く所」だということを知る。・・・とは言っても、なかなかそれは難しいかもしれません。ということで歯の健康にはことさら注意を払うということになっている。
2025.01.26
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つい先日のこと、山登りの会のメンバー数人での新年会が有りました。もちろん山登り・山歩きの会ですから山に関する話題が中心になるかと思いきや、何のことは無い冒頭から身体の具合がよくない話題が多くでた。腰とか膝の不調など、他にも視力が落ちてきているとか聴覚の衰えとか等々で、病院通いをすることもある。というような身体の不調の話しばかりに花が咲いている始末。これは我々の仲間に限ったことではなく、どうも年配者が複数人集まるとどこでも、どうしてもそんな話しになりがちです。これは言わば ”お互いの存在確認のセレモニー” のようなことなのかしら? とその時は思った次第です。それはそれでしっかりとコミュニケーションが取れているということでしょうから、良いことなのかもしれません。現在のところ身体にこれという決定的な不調は特に感じていませんが、かく言うわたしも日常生活では、体重増に伴って ”動きが鈍くなっている” なんてことがある。 ”身体にキレが無くなってきた” とか ”何かを始めようとする時(例えば立ち上がろうとする時なんかでも)に「ヨイショ」とか「さぁ」とか掛け声をかけてしまう”、またこんなこともある ”テレビドラマなどのセリフが聴き取りにくくなっている” というようなことが多くなってきている。これらのことはどれもこれも ”加齢によるものかしら?” なんて思っておりますが、そんなマイナス材料にも抗って、克服できるものならそうしたいものですが。それを「どうしようもない!」と諦めてしまうのも業腹だとも思っているのです。
2025.01.25
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何度も個展やグループ展をやってきた親しい友人が言うには「自分の経験では京都のギャラリーは料金が高いと思う!」と言っていた。彼は何度か京都でも個展を開いていて、経験上そのような発言になったようです。わたしは展示する作品を売るために個展をやるわけではないので、画廊使用料は安いに越したことはない。その彼に聞いたところ高槻市あたりのギャラリーだと、かなり安く抑えられそうなのです。したがって現在の私の心つもりとしては、彼の言う通り高槻の小さな画廊で、次回の個展をやろうと気持ちに傾いています。当初「次に個展をやる時には、ぜひ京都市内ギャラリーで!」と思っていましたが、やはり出費が相当額違うのであれば、安価な方を選ばざるをえません。おそらく京都市内の画廊のように、通りすがりの人が覗いてくれるということはほとんど見込めませんが、案内状をお出しした知人友人の人達が、そのまた知人を連れてきてくれたら、なおさらのように嬉しいと思うのです。つまり来客数に関しては多くは望んでいないのです。言ってしまえば ”自己完結・自己満足が出来れば良しとする” ようなことなのです。つまり、自分自身の存在を主張する場に個展をすることで、自分確認できればと思っている。最終的にはその彼と相談して決めようと思っている。
2025.01.24
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その電話にはわたしが出たわけではなく、女房殿が応対していた。電話の主は、学生時代に金沢で一緒に下宿生活をしていた仲間の同窓生だった。久しぶりで急に掛かってきた電話だったので、瞬間何事かしら? という事だったみたいです。聞いてみると別段要件は無かったみたいですが、学生時代の知り合いたちの消息を訪ねて調べているのだとか。まぁおそらくご機嫌伺いのようなことだったのだろう。そういえば彼との連絡・接触は、2年前に大阪で行なった『二人展』にわざわざ滋賀県から来てくれた時以来ということになる。折角だったらわたしもちょっと話したかったという思いは有りますが、それはまたいつでもできることですから。彼が急にではないかもしれませんが、そんな思い(知人・友人の消息を知りたい)になったことは私も理解できる。そんな相手のほんの僅かな一端を知ることが出来るのが ”年に1回だけの年賀状” の効用なのかもしれません。
2025.01.23
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その人は、現在3つのスポーツクラブに通っていて、週に5日ほど運動をしていると言っていた。わたしは『シップスポーツクラブ桂』のホリデー会員ですから、土・日・祝日のみ。その彼は毎週日曜日のみこのクラブにやってきて、10時から1時過ぎくらいまでジムで運動をしている(このクラブのプールには行ったことは無いとも)と言っていた。ロッカールームで出会うだけですが、彼は筋肉質の素晴らしい体格をしている。でもとても信じられないことですが、「私むかしはおなかも大きく出張っていて、体重100キロあったんですよ!」と驚くようなことを言う。「信じられません!」とわたし、それがなんで・・・。むかし ”草サッカー” をやっていて、たかだか10分くらい走り回っただけで仰向けにぶっ倒れていた。そんな姿を見て、息子だか娘だかに罵るような酷いことを言われたことがあったという。それでそれ以後 ”一念発起” して、運動を初めて今日に至っているとのこと。かなりストイックになって精進してきたのだということはよく分かった。「もう運動はやめられません」と言って笑っていたが、決して運動オタクのような依存症になっているようなことは有りませんでした。とても健康的な明るいスポーツマンでした。
2025.01.22
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まだ1月の3分の2が経過したところですがその途中段階で、2020年以降の1月の早朝運動の回数実績を比較してみようと遡ってみました。2020年1月は23回・2021年1月は24回・2022年1月は18回・2023年1月は15回・2024年1月は15回、そして今年2025年1月は途中段階ですが6回と例年になく少なかった。それは寒い日が多かったということか? 私が寒いと感じていたからか? それも加齢を重ねた年齢のせいなのだろうと思わざるを得ません。不思議にウォーキングもランニングも、そのタイム自体が遅くなっているということは無い。ただし、数年前までは、実行していた距離が10キロコースがレギュラーだってのですが、現在は7キロコースがメインということになっている。ときには5キロコースになるということもある。それに加えて先ほどのように回数が激減しているのです。
2025.01.21
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ここ数年で、知人や友人を何人も亡くすことが重なりました。それで『寂しい』思いをすることが何度もあったということです。そのことは以前に書きましたのでその話しはしませんが、『寂しい』思いをしたこの言葉については書いてみようかと思います。というのは、この ”さみしい・さびしい” という言葉、漢字ではどう書くのかということ。この言葉、通常2種類の漢字が遣われます。【寂しい】と【淋しい】です。同じ言葉のように遣われていますが、微妙にニュアンスの違う言葉です【寂しい】と【淋しい】。調べてみたところ以下のような記事がありました。<<【淋しい】という字には「水が滴る」という意味があって、「水」が「涙」を連想させるように【淋しい】は主観的・情緒的、あるいは悲観的な感情を表す言葉で、思わず涙がこぼれるような孤独感を表現するのに向いた言葉。一方【寂しい】は、人気(ひとけ)がなく、がらんとした状況や情景などを表す際に使われるとするが、「孤独感によるさびしさ」にニュアンスも含んでいる。したがって【淋しい】よりも幅広い場面で使われている。また、日本の美意識の一つに ”侘び・寂び(わび・さび)” という言葉があるように、単なるさびしさやわびしさではなく、寂しく静かなものに味わいや趣を感じるというような肯定的なニュアンスでも使われる言葉>> というような記事が出ていたので引用しました。因みに、常用漢字の中には「淋」の字はありませんので公文書などには使えません。したがって一般的には「寂しい」を使うのが無難(正解)ということになるようです。
2025.01.20
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もう何回目?いや10何回目になるのだろう? 私が参加するこの山の会『なべの会』の新年会は。そんな新年会が昨日の昼間12時半から大阪北新地で開催されました。参加者数も年々減少してきて、過去最少人数の6名の参加ということでした。これは最盛期の頃の3分の1よりも少ないくらいといったところで、何とも寂しいものを感じざるを得ません。参加人数が少ないのは、一年で最も寒い時期だということも有るけれど、何よりもメンバーの高齢化もあるのでは? つまり外出するのが ”億劫だ” とか ”面倒くさい” とかっていうことも影響しているかもしれません。新年会の飲み会会合だけでもこういうことになるなら、寒く冷え込む山歩きや山登りには特にマイナス意識が働くのかもしれません。若い時ならまだしも年齢を重ねてくると、真冬や真夏の山登り山歩きはどうしても敬遠したくなる気持ちもわかるし、無理は禁物ということかもしれません。でも、飲み会くらいは楽しくやりたいといつも思っているのですが、参加者が少ないと残念な思いが強いのです。参加者が思いのほか少なかったけれど、それでも結構楽しい会になっていて救われました。
2025.01.19
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私はその店へ行ったことは無い。普段は町のうどん屋さんだということです。ただ、”金曜日と土曜日の夜は小さいけれどライブ会場となる” のだという。そしてそのライブのプログラムは2か月ほど先まで決まっているようです。出演されるのはプロの方もいらっしゃるのかもしれませんが、アマチュアのバンドの方々が中心になっているようです。そして ”飛び入り参加もOK” ということになっている日もあるらしい。そんな飛び入り参加と言っても事前にお店には伝えてあるようなのですけれど、スポーツクラブの仲間の一人(もちろん素人の音楽好き)がそれに何度か参加していると言っていたのです。そんな話しをサウナに入りながらしゃべってくれました。「ヘーっ、それはすごいね!」と答えながら「何を演奏して歌ったのですか?」とわたし、すると彼は「ピーターとゴードンの『愛なき世界』などはじめ・・・」と他何曲かを言っていました。「なかなか渋い選曲ですね」と言うと「ポール・マッカートニーの曲なんですよ、いい曲です」と言って嬉しそうでした。『ピーターとゴードン』のピーター・アッシャーの妹のジェーン・アッシャーは、当時ポールの恋人だった人で、そんな関係からポールは彼らから楽曲を依頼された。そしてポールがリヴァプール時代に作っていた『愛なき世界(a world without love)』を提供したという経緯(いきさつ)がある。その話をすると彼は知らなかったようで、「なんでもよく知ってますね~っ!」と感心されてしまいました。
2025.01.18
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もう3年ほど前のことになりますが、スポーツクラブのサウナ室でのこと。毎週のようにこの御仁とはプールとサウナで一緒になっていた人で、背の高い泳ぎの早い人。そんな顔見知りで無口な人だったけれど、自然と話すようにもなっていた。名前は聞かなかったので知らない。けれど彼の仕事は聞いて知っていた。彼は大手メガバンクの銀行マンで出身は東京だと言っていたが、その時は大阪中の島支店勤務、近々大阪市内の別の支店に移動になるようなことを言っていた。わたしも現職時の勤務が中の島だったことで、そんなこともあって頻繁に話すようになった。その彼が「まとまった休みが取れると旅行に行くのですが・・・」とちょっと歯切れが悪い。聞くと収まらないコロナ禍で、予定していた旅行を止めざるを得なくなったということらしい。わたしが「どこへ行く予定だったのですか?」と聞くと、”レバノン” だという全く予想していない意外な行き先だった。加えて「あの辺りだとレバノンだけ行ったことが無かったので」とのこと。わたしは「また何ともややこしいところへ行くんですね!」と素直な気持ちでいうと、「紛争などが収まっている間にしか行けませんから」と。彼は多くを語らなかったけれど、人の好みにもいろいろあることを知りました。今またあの辺りで紛争が勃発しているようで思い出したことです。
2025.01.17
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『あげつらう』という言葉があります。わたしたちも時々遣う事がある言葉です。その言葉の意味は「些細な非をことさら取り立てて言う」と欠点ばかりを挙げて言う、このようにマイナス感覚で遣う言葉であることがほとんどです。しかし辞書によると、その文字は【論う】と書きその意味は「物事の善悪・是非・理非・可否を論じる」というのと、先ほど書いた「些細な非をことさら取り立てて言う」という二つの意味があるようです。つまり、元来は「良い点も悪い点も両方挙げる」という意味だったのが、「欠点ばかりを挙げる」という意味に変わってきたと言っていた。【論う(あげつらう)】というのは【論じる】ことなのに、”「相手の言う事(論)を否定する」ことでしか遣えなくなってきている” という現実は、ちょっと残念なことでもあるようです。物事はいろいろな視点や立場で考える必要がある。肯定するだけでは完全とは言えず、でも否定をするのではなく反論・議論することが、【論う(あげつらう)=論じる】ということの本質ではないだろうか。実はある本を読んでいて【論う】という言葉が出てきて読めなくて調べてみた結果、これを ”あげつらう” と読むのだということが分かったので、拙文を書くことになりました。
2025.01.16
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早くも2月の予定で、第3土曜日15日で同一日にセッティングされ日程の被りが発生している。それは ”京で晩飯を食う会『なるせ会』” と ”月一山登りの会『なべの会』” です。さてさてこれは困った。『なべの会』は毎月第3土曜日に決まっているから、『なるせ会』の幹事さんには「出来れば第3土曜日の開催は避けて」と言ってはいたのですが、そう我が儘ばかり言ってられません。ただ、『なるせ会』の例会はここ近年は ”3か月に1度開催” ということになっていますので、今回を欠席すると次回は5月の例会まで間隔が空いてしまう事になる。一方、『なべの会』の例会は、基本毎月開催だということと、時々発生することですが、仮にその当日の天候の都合で中止になることもある。そんなことを総合的に勘案すると、今回は『なるせ会』の方に参加する方を選ばざるを得ないということになります。身体が二つ欲しいところです!!
2025.01.15
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ただでさえエンゲル係数の高い我が家なのに、ここのところの食料品の値上がりには辟易としてしまって、いつも買っていた食品でも買うのを躊躇するようなこともしばしば起こるのです。昨年暮れの報道で「2025年の1月から4月までに値上げが予定されている品目は、食品に限らず6000品目余りに登るとみられ、このペースで物品値上げが続けば、今年1年間で値上げされる品目数は昨年を上回ることは避けられない、との見込み」と言っていた。中でも食品は生活必需の最たるものですから、買わずに済ますというわけにはいかない。したがって食品買い出しに行く時には、その時々の安いものをできるだけ選んで買い物をすることになる。具体的に一例を挙げれば、レタス298円、キャベツ498円、白菜598円、トマト189円などなど、冷蔵庫に常時入れておきたい野菜ですがこの高値で、でも必要だから結局は買うことになってしまう。
2025.01.14
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令和7年の大相撲初場所が始まっています。今場所は見どころや期待がたくさんあるようです。ひとつ横綱照ノ富士が3場所振りに土俵に戻ってきて、復活活躍が期待されるところだったけれど、初日から黒星でスタート。先行きが心配なことになっている。それはさて置き、何よりも大関二人の本場所の成績次第では、一時(いちどき)に二人の横綱誕生も有り得るとかという話題もあって希望がある。そんなことで、とても興味を持って面白く観戦しているところです。そんな前向きな話題もたくさんある今場所の大相撲界です。でも、もう1年近く前のことになると思いますが、宮城野部屋の力士の暴力問題があって、”元横綱白鵬(宮城野親方)” の姿をテレビをはじめメディアでは全く見かけなくなりました。弟子の暴力問題で、日本大相撲協会から最下位の『年寄』へ2階級の降格と報酬減額という懲戒処分を受けたことが思い出されます。また、師匠としての素養や自覚が疑問視されて、宮城野部屋を一時封鎖するという処分を受けたというのです。あんなにメディア露出の多い横綱だったので、「はて、彼は今どうしているんだろうか?」と「復活復帰はあるのだろうか?」など、他人事ながら心配しているところです。現役の横綱白鵬としては、相撲の取り口(張り手やカチアゲの多用そして勝負決着後の念押しなど)に関して何かと問題は有ったと思いますが、引退後の相撲解説などを聞いていると説明も分かりやすくしゃべりは上手いし、その人柄を見直す部分もあったのですが・・・。
2025.01.13
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昨年末頃に新聞広告を見て、興味をひかれた本が2冊有ったのでネット注文しておいた。そのうち1冊『万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~(光文社刊5500円)』が注文した当日30日中に届いていた。この本は一昨年2023年9月に初版第1刷が発行されているから、かなり前の本ということになる。かなり分厚い本で、本文と巻末の参考文献合わせて700ページほどもある大ボリュームのもの。おまけに本文は上下2段組みで文字のフォントも小さなもので、これは読破するのには相当時間がかかりそうな手強い感じを受けている。そしてもう1冊の井沢元彦著『真・日本の歴史(幻冬舎刊1800円』は、大晦日の昼に届きました。こちらは340ページほどの手ごろな読みやすそうな本でした。多分こちらの本から読み始めることになると思いますが、彼の歴史観は理解しているつもりです。井沢元彦さんの著書はかなり読んできていますので、それの総集編のような気持ちで読むつもり。まだ読み始めてはいませんが、もう日常生活に戻るのでどちらの書籍も、気を引き締めて取り掛かるつもり。最近、読書には熱が入りだしているように自分でも感じているのです。それも少しばかり苦労して読破した瀬戸内寂聴さんの『源氏物語全10巻』を読み切ったことによるかもしれません。
2025.01.12
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今日は午後2時から神戸フィルの『ニュー・イヤー・コンサート2025』が、いつもの神戸文化ホールの大ホールで開催されます。もちろんこのコンサートも毎年聴きに行っている。余裕を見て正午くらいには出かけないといけないので、土曜日なのですがスポーツクラブのスイミングとサウナはお休みにするしかありません。今回コンサートのメインテーマは「オーケストラシリーズ となりのトトロ」となっていて、神戸市内の高校吹奏楽部3校が参加して共同演奏をすることになっているようです。したがって、その家族の皆さんはじめ関係者の方々が聴きに来られるはずですから、会場はかなり多くのお客様で埋まるはずですから、いつもよりは混み合った会場になると思われます。その他のプログラムは、『ラヴェルのマ・メール・ロアより”妖精の園”』と『レスピーギの交響詩ローマの夏より”アッピア街道の松”』。そして最後尾には例年通りお決まりの『ヨハン・シュトラウスをはじめとするウィンナ・ワルツのメドレー』ということで締めくくられるはずです。
2025.01.11
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ギターに興味を持った最初のグループのひとつだった『PPM(ピーター・ポール&マリー)』のピーター・ヤーロウさんが7日に86歳で亡くなった。これで『PPM』が一人だけになったとということです。このグループに関しては書きたいことがたくさんありますが、ここでは触りだけ。1960年代初期頃にフォーク・シンガー・グループとして、ポール・ストゥーキーさんとマリー・トラヴァースさんとグループを結成した。公民権運動など社会活動にも熱心に取り組み、反戦色の強い楽曲を世に送り出した。その代表的な楽曲にボブ・ディランの「風に吹かれて」のカバー曲があり、公民権運動を象徴する代表曲になった。他にもディランの初期の楽曲を何曲もカバーして、まだデビュー間なしのディラン楽曲の普及にも大きく貢献したことは有名な話です。わたしも「風に吹かれて」は、ディランのオリジナルよりも先に『PPM』で知ったと言っても過言ではないし、ギターの練習も『PPM』のレコードで真似をしていたという次第です。こうして馴染みのある音楽を聴かせてくれたくれたミュージシャンたちが、次々と亡くなってゆくのは何とも寂しいものがあります。時代がどんどん変わっていっているのです。(合掌)
2025.01.10
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今更ながら、もう10日ほど前の話しになりますが、久しぶりに紅白歌合戦を全部観た。その出演者の7割がたを知らなかったし7割がたの歌は聴いたことが無いものだった。それくらい近年の日本の音楽状況を知らなかったということかもしれません。出場者は若い人たちが多くて、男女とも若者たちのグループがやたらに多かった気がした。それら若者のグループの皆さんの外見が、どれも同じに見えてきて、ほとんどそれぞれ各人の個性の区別がつきませんでした。もちろん個々人の名前なども知る由も有りません。そこでその何組もの若い女性グループのメンバー、歌はともかくダンスなども上手いし皆さんがほっそりしていて足も長くて抜群にスタイルが良くって見栄えがする。中でもそんな彼女たちの太ももの細さに驚いたのです。皆さん一様に太ももが細くて、見ようによっては ”病的にすら見える” かもしれないなんて心配もしてしまいました。(※写真はイメージです) ”太ももは太いから太ももだった” と思うのですが、もちろん太ければいいということではありません。かく言うわたしも太ももはもっと細くなりたいとは思っているのですが、彼女たちのようになりたいと思っているわけではありません。適度にということです、いや適度よりももう気持ち細い目のがわたしの理想です。そんなことを思いながら昨年末の紅白歌合戦、酒を飲みながら観ていたのです。
2025.01.09
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この年末年始はソコソコ大型な連休になったようですけれど、新年気分が長く続いたということも有って、生活リズムが変調をきたしてなかなか元の平常時・通常時に戻らなかった。ようやく松の内が明けて、寒いながらも早朝の運動もそのリズムを取り戻しつつあるようです。加えて土曜日・日曜日のスポーツクラブの水泳もサウナ復活出来て、平常時に戻りつつあります。ただ増えてしまった体重は、まだ元に戻ったとはいえず、まだまだ努力が必要な様相を呈しています。同じくそのカレンダーの通りに休んでしまっていた絵の制作も、元に戻さないといけないことは分かっているのですが、これも気合で何とかしないといけません。それと今年はやらないといけないことがもうひとつあります。それは昨年夏に受診した人間ドックで再検査指摘を受けた項目のひとつを、まだ受診していでそれをどこかにタイミングで受けようと思っています。血液検査の数値が、ある項目で基準値を少しオーバーしていたという事でしたので、大事(おおごと)とは受け取らなかったので再検査を受けるのが遅れているという事です。もちろん何もないことを願っていますが、指摘をされたという事が気になっていたという事です。さていつに行きますか?
2025.01.08
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NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』1月5日放送の第1話、初回の平均世帯視聴率が12.6%(関東地区)という事で過去最低を記録したというニュースが有りました。私はNHK大河ドラマは滅多に観ませんが、ましてや男が主役の大河ドラマはまず観ることがほとんどない。しかし今年の『べらぼう』は ”蔦屋重三郎” の物語という事で、興味をもって観ました。その感想、第一印象はというと「とても面白かった!」、これは1年を通じて見続けることが出来そうだと直感した。何と言っても ”蔦屋重三郎(蔦重)” と言えば、喜多川歌麿や東洲斎写楽などの浮世絵を世に出した最重要な版元であるから、その物語に興味が湧かないわけはない。もちろん史実の通りに描かれるとは思っていないし、いろいろな脚色・演出はされるだろうけれど、それはそれで面白いと思っているし楽しみでもあるのです。そして第1回目の放送で驚いたのは、劇中で亡くなった複数の女性がうつ伏せの後ろ姿だったけれど全裸で放置されている場面が映し出された。NHKでこれは有りなのかしら? と。因みにこの後ろ姿の亡くなった3人の女郎役は、現役のセクシー女優で吉高寧々さん、藤かんなさん、与田りんさん、だとネット記事には報道されていました。そしてもう一つ注目は、第1話では綾瀬はるかさんが花魁姿の狂言回しでナレーションを担当されたのですが、以後の展開で彼女が劇中にいろいろな役回りで登場されるらしいとのことで、それも楽しみにしているのです。
2025.01.07
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年々戴く年賀状が少なくなってくる。今年も一昨日の元日に届いた年賀状は、お出しした枚数の半分くらいだった。それはもう ”年賀状終い” をした人が増えていることが影響しているとも思える。やはり今年もその文言が書かれている賀状が20通近くもありました。私は ”年賀状終い” を表明した人でも次年度には出すと決めていましたが、「”戴くのも遠慮する”」との文言が一部有りましたので、それならばと改めて取りやめを宣言したすべての人に出さないようにすることを決めました。そんな傾向も有って戴く年賀状が少なくなったのは、昨年10月だったかに郵便料金の値上げがあって、ハガキの料金が63円だったのが85円とかなり大きなものにもなっていることも、年賀状が避けられることに輪をかけたのだろうとも思えるのです。昨年末の報道を見ると、「年賀状はもう出さない、止めた」という人が70%くらいを占めているようなことが書かれていた。つまり私は残りの30%の中に入るようで、完全に少数派ということでそこで「自分はどうするのだ!」と考えた時に、私はやめるつもりは無く頂く年賀状が来る限りは続けるつもりです。日本の美しい文化の一面だとも思っているので、敢えて止めることは無いとの判断です。何10年も前から、この年賀状は ”虚礼廃止!” などと矢面に立たされてきたような気もしていますが、”虚礼” の一つや二つ有っても良いのではないですか!松の内もそろそろ終わりですので、もう今年に賀状が来ることはありません。今年戴いた賀状をもう一度改めて見て、賀状入れに入れて仕舞い込むつもりです。
2025.01.06
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昨年末に、久しぶりに額縁を入手した。F6号の比較的小さな中古の額縁です。いつものようにネットオークションで探してのことです。描いていた6号の絵が仕上がりそうだったので、ネットで探したということです。届いた額縁は中古ということで、アクリルではなくガラス仕様だったので、新しいものではなかったけれど使った形跡は無く、きれいなものだった。その状態には満足したのですが、絵をセットしてみたところ裏蓋を留める事が出来ない。それは額縁が油彩画用の額縁で、キャンバスを入れる用途で作られているから、私が描いている日本画のパネルの厚みとは違っているのです。パネルの方が分厚い。私が描いている絵は、日本画というよりは油彩画に近い絵で、使っている絵の具が日本画の顔料だということですから、いつも額縁は油彩画用の額縁を選んでいるのです。オーダーする額縁は、絵画のサイズとパネルの厚みも指定して注文しますから、そんなことは発生しないのです。油彩画のキャンバスの木枠のベニヤ板を張って作ったパネルだったら、当然油彩画の額縁にはぴったりと収まるのですが、今回は自作のパネルだったために厚みのことまでは考えが至らなかったということです。もちろんこの額縁は裏蓋なしでも使えるわけですから、何とでもなります。絵画は額縁の裏側を見るものではありませんから。
2025.01.05
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年が明けて本日4日が、私にとってスポーツクラブの初泳ぎの日になります。クラブそのものは昨日の3日からオープンしているのですが、ホリデー会員の私は土曜日の今日からということです。正月三が日は祝日ですから、3日の日は泳ぎに行ってもいい道理ですから行けるのですが、その日はクラブの本年初日になりますので、プールの水がまだ温まってなくて冷たいのです。過去に一度その冷たい水のプールで往生して、泳ぐのは早々にリタイアしてサウナルームに駆け込んだことがあった。以後、その初日は避けることにしています。プール仲間のある人は、必ずクラブの初日に泳ぎに行くと言っている。つまり冷たい水のプールで泳いでくるのです。しかし考えてみれば、むかしのそれも大昔のプールは温水プールなどなかったわけですから、大変だったのだろうと思うし、私などはきっと冬に泳ごうなどとは考えることさえなかったということです。クラブのプールは大きくはありませんが、あの分量の水を温めるのに必要な給湯設備かボイラーの使用エネルギーは如何ほどなのだろうか? いつもそれが気になっています。私が行く時間は決まっていて、その時間帯にプールへ来る人の数がとても少ないので、このクラブ本当に経営をやって行けるのかしら? あるいは「プールは採算が取れないからプールだけ廃止にします」なんてお達しが出るのではないだろうか? なんて、そんな心配をすることも有りました。本日10時には ”初泳ぎ” をしますが、「もう既にプールの水は温まっていることだろう」と期待しているのです。
2025.01.04
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昨年末にネット注文をした書籍が2冊ある。価格が2冊で7300円也(5500円と1800円)ということで、書籍も高くなったものです。むかし在職中は毎日のようにとは言わないけれど、大きな書店にはよく行っていた。そしてその度に必ず何か1冊を購入して帰ってきたという記憶がある。お陰で我が家のある部屋が本で溢れるようになっていたことがあります。一種の活字中毒症状があったのかもしれません。その溜まりに溜まった我が家の本を段ボール箱7~8個に何100冊も詰め込んで、友人宅に送り付けて貰っていただいたことや、古本屋さんに持ち込んで、ただ同然で処分したことも有る。そんなことをしても、今でもかなりの数の本が残っている。不思議なことに残っている書籍は意外にも雑誌が多いような気がします。もちろん雑誌と言ってもそれは美術系月刊誌だったり、季刊『銀花』のような生活の中の美を追求した雑誌や音楽雑誌(楽譜も含めて)のようなもの多いのです。いまだ我が家はそんな状態なのに、冒頭のそこそこ高額な本を買ったのです。その書籍2冊が昨年中(大晦日まで)に届きました。日常が戻ってきて落ち着きましたら読書に勤しむことにしますが、一方で絵画制作も並行して進めなければなりません。そのうえ家事も毎日付き纏いますので、忙しくなることこの上ないということです。どうも昨年後半の瀬戸内寂聴訳『源氏物語全10巻』を読破したことを切っ掛けに、読書欲も再び目覚めてきたということかもしれません。
2025.01.03
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毎年のことですが、元日は家族との年始の挨拶の前に、東山連峰から顔を出す ”初日の出” を観に桂川の川岸に、朝のルーチン運動を兼ねて行くのです。もう何年?いやもっとかも知れない、それほど続いているのです。初日の出を拝もうと思う人はたくさんいるもので、日の出の時刻になると桂川の桂大橋周辺にはスマホを明るくなってきた山の端に向けた多くの人で賑わうことになっている。いつもは日の出の時間よりかなり早い目に着いてしまって、寒い中かなり待たされていたのですが、今年は時間調整をしてスタートしたので、ほぼ日の出の時間ぴったりに。なぜか今年の日の出の太陽が例年より大きく感じたのは気のせいか? それとも天気が良かったせいかもしれません。ただ歩き出して300メートルほど行ったところで、デジカメを持って出るのを忘れたことに気付いて、取りに戻ることもできず、おかげで今年はその初日の写真を撮ることが出来ませんでした。したがって今日のブログには載せる写真がありません。これが今年2025年最初の失敗ということになりました。そして帰路には、毎日のように通っている『御霊神社』で初詣と記帳、走って帰ってきた。
2025.01.02
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しんねんあけましておめでとうございますほんねんもよろしくおねがいもうしあげますSmilingDrunkard
2025.01.01
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