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昨年の夏は記録的暑さで、それも長く続いていた。その時点で ”この冬は暖冬になるだろう” との見通しがなされていた。ところが昨日今日の寒さたるや「そんなはずはない!」と、結構身に堪えている。これはわたしの年齢のせいかもしれない。そう思うのも、早朝のウォーキング&ランニングを休むケースが増えてきているからかもしれない。これは体力の衰えだとは思いたくないのだけれど、やはり目覚めた時の表の気温の具合でやめることが多くなっている。「無理をしないように」との意識が強くなっているのかもしれません。わたしの記録ノートを遡って見ると、例えば1月に関してだけ見てみると、3年前にはほぼ毎日休むことなく早朝の運動はやっている。その後の1月はというと、やはり少しづつ休みの数が増えてきている。今年の1月は3年前の半分くらいに激減している。それは寒さだけのせいではなさそうです。やはり気力が衰えてきているのかも・・・?決してそうは思いたくないのですが、もう少し暖かくなってきたら以前のペースを取り戻すべく、同じく体力維持も心がけて実行を目指している。それも高々5キロ・7キロ長くても10キロ程度の距離ですので大したことではありませんが、長年続けている習慣ですので、可能な限り続けて行くつもりです。多少そのペースは衰えるかもしれませんが。
2024.01.31
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ちょっと増え過ぎた私のギターたち。若いころに調子に乗って買い過ぎてしまいました。いまとなってはいささか持て余し気味という事になってます。特に気に入っているのを数本残して、後は処分しようとも思うのですが、当面のお金が必要なわけではないから、叩き売るのは御免蒙りたい。どのギターも好きで欲しくて買ったわけですから、それぞれには思い入れの大きい小さいはあるにせよ、当然愛着もそれなりにある。したがって安価で手放すのはやはり大いに抵抗がある。かといって高値で売ろうと思っているわけでもない。そこそこの価格で売れればいいと思っているのですが、そううまくゆくとも思えない。買い取り業者に売りに行くとなると、おそらく足元を見られて買い叩かれることになるだろう。それはやはり嫌である。わたしが持っているギターの大半は、ある程度の高クオリティーがあるので尚更のことである。そうなるとネットオークションに出して買い手を見つけることが、最も相応しいとも思えてくる。今年はちょっと本気で考えてみるか!
2024.01.30
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灯油ストーブが我が家の暖房手段のメインです。一部エアコン暖房も使っていることも有りますが、灯油ストーブの方が熱効率はいい。その灯油の使用量ですが、平均すると1週間にポリタンク1缶ちょうど位消費している。現在その価格が18リットルで2150円ほどで、常に石油価格に連動して価格変動はあるようです。でも灯油も高くなったものです。我が家が灯油ストーブを使いだしてもう何十年も経つのです。その当時の価格ははっきりと覚えているわけではありませんが、3桁つまり800円台だったと記憶しています。もうそれから比べると、いつの間にやら2.5倍もの価格になっている。これをひと冬で15缶から20缶ほどは消費(その冬の寒さ如何で多少上下する)するのです。この価格は以後も値上がり傾向が続いて行くことと思われます。この冬は ”暖冬になる” と言われていたが、やはり寒い日が多くストーブの使用は欠かせません。寒く感じるのは年齢のせいかな? ま、基本的に私は ”寒がり” で ”暑がり” ですから。
2024.01.29
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昨年、わたしは友人夫妻とともにヨーロッパ旅行に行ってきた。4年振りである。それまで毎年必ず1回はヨーロッパに行ってきたのに、4年ものブランクができたのはコロナ禍のせいであることは言うまでもない。昨年あたりには「もう海外旅行には行くことはできないだろうなぁ」なんて、ほぼ諦め半分の気持ちだったのです。当然のことながら過去には旅行会社のツアーに参加したこともあるので、その当該旅行社から送られてきていた旅行案内カタログパンフレットは、そのコロナ禍パンデミックとかが懸念されていた時期には、完全ストップしていた。それがここへ来て、月に2~3回の頻度あるいはそれ以上で、世界中いろいろな行き先の案内が矢継ぎ早に「これでもか!」というくらい送られてくる。もちろん一応開封して中を興味を持って見るのです。どれも魅力的な行き先であって、旅への意欲がそそられるようで楽しく見せてもらっています。ただ、どのディスティネーションも催行日数のわりに訪問先が多くて、とても忙しない旅になるような気がしている。わたしたちは年齢的にも追い立てられるようにあちこち巡る旅は、今更ながらもきついものがある。これまでも行き先は数多くは設定せずに、1都市に3~5泊で2~3都市を訪ねるというくらいのゆったりとした計画を立てるので、どうしても個人旅行で行くことになってしまう。送られてくるカタログ・パンフレットを見ると、コロナ禍前と比べて旅行価格が飛躍的に値上がりしているような気がします。もちろん円安が大きく加速しているという事も影響しているのだろうとも思いますが・・・、どうもそれだけでもなさそうな気も致します。
2024.01.28
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160分ほどの長尺のドキュメンタリー映画を観た。『モリコーネ 映画が恋した音楽家』というタイトル。2020年に91歳で亡くなったイタリアの音楽家『エンニオ・モリコーネ』のインタビューを中心に、5年間の取材期間を掛けてジュゼッペ・トルナトーレが監督したドキュメンタリー映画です。とても長い映画なので、すべてをしっかりと観ることができるのだろうか? なんて思って見始めたのですが、そんな思惑はどこかに吹き飛んでしまって、ぐいぐい引き込まれてしまい気が付けば160分が経過していました。『エンニオ・モリコーネ』と言えば、我々は反射的にクリント・イーストウッド主演の『荒野の用心棒』をはじめとするマカロニ・ウェスタンの音楽を思い出します。それくらい印象的だったのです。彼は生涯、映画音楽やテレビドラマも含めて500作品の音楽を担当してきたようです。彼はその映画の中のコメントで「わたしの代表作品が『荒野の用心棒』と言われるのは心外である」というようなことを言っている、「ほかにもっといい作品はたくさんあるのに…」と。この映画が2時間40分ほどの長尺なのに、まったくダレルことなく最後まで引き込まれるように観ることができたのは、彼が携わったたくさんの映画のシーンや俳優やミュージシャンたちのコメントが、もう矢継ぎ早にたたみ掛けるように展開されて、こちらを暇にさせてくれない展開だったから。登場人物などは細かく書きませんが、だれもが知っている有名人ばかりです。彼は映画音楽は早くにもう止めようとしていたみたいですが、映画のほうから恋されて放してもらえなかったという展開になっています。このドキュメンタリーを観て、『エンニオ・モリコーネ』という音楽家の偉大さ、クラシックの巨匠たちの仲間入りをしても、まったく遜色のない存在だと思えてきた。素晴らしいドキュメンタリー映画だった!
2024.01.27
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我が町内自治会の役員改選の時期が近付いてきた。町内8班班に分かれていて、我が家は1班です。先日、その現班長さんが次期三役(会長・副会長・会計)の役選の投票用紙と町内自治会加入者の一覧名簿の入った封筒を持ってきた。我が町内のルールは、過去10年間に三役経験者と70歳以上の人は該当者から除くという事になっている。そんな印の付けられた名簿一覧を眺めてみると、もうほとんどと言っていいほど該当者から外れる人が多いのです。すると次期三役候補になる人がもう限られてくるのです。それほど町内が高齢化してきているという事が見て取れる。自ずと三役候補は数人に限られてくることになる。今期はなんとかクリアできそうですが、来期かその次くらいには候補者がいなくなって破綻を迎えるかもしれません。新規参入者などが増えて来てくれるというような事が無いと、ルール変更を余儀なくされることにもなりかねない。ただ皆さんは ”できることなら選ばれたくない!” という意識が強いようですが、何回か三役経験をしてきた私として言いたいことは、「仮に三役に選ばれたといっても、そんなに大きな負担になることはないので、楽しんでやれる部分も有りますよ」と言いたいところです。もう今年もそういう時期になってきているのです。
2024.01.26
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1年前の1月の今頃は何をしていたのか? 『ねごとブログ』を遡ってみた。すると、あと約1か月後に控えた友人との『二人展』に向けての準備作業、いろいろとやっていたようです。もうその時点ではジタバタすることもなく出品する作品も決めていたし、額縁にも入れていた。新たに描き足す作品の制作をしていたわけでもなく、どの作品をどの壁面にとか、配置の順番・並びなどをいろいろ置き換えて考えていたようです。そして、ちょうどその頃に芳名帳をネット購入したというようなことを書いていた。それも1冊で足るだろうか? 2冊も買って1冊がまったく埋まらないことも考えられるから、やはりここは1冊だけにしておこうと決めた。結果は1冊で正解だったけれど、現実には1冊では若干足らず白紙のページを何枚かコピーをして対応したことが思い出されました。速いもので、あれからもう1年が経過したのです。困ったことに時間は止まってくれません!止まってくれなくてもいいから、もう少しゆっくりと流れて行ってもらいたいものです。
2024.01.25
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最も寒い季節です。二十四節気のうち冬の最後、つまり一年の最後を締めくくるのが『大寒』、最も寒さが厳しい時期とされています。それがこの1月20日から2月3日までの15日間が ”大寒期” とされる。我が京都市内でも、早朝には氷点下になることもしばしばで、早朝にウォーキングやランニングをやろうとしているわたしには、とても困った時期でもあるのです。早朝未明に目が覚めて窓を開けて表を観察して、気温が1度以下とか氷点下になっていると思しき日には、早朝の運動は止めることにしている。決して無理はしないように!もちろんウォーキングくらいは行けないことはないのですが、やはりここは無理は禁物と中止を決めて再度寝床に潜り込むことにしている。それはそれで至福の時間でもあるのですが、裏腹に運動をやらなかった後ろめたさも多少はあって、複雑な気持ちになるのです。
2024.01.24
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わたしのカット・アンド・パーマは、もう何10年も同じヘアサロンで、今の代金8800円。洗髪は済ませてから行くのでその価格ですが、洗髪もしてもらうと+550円という事です。それが年間3回行くか4回行くこともある。したがって私の年間頭髪にかかる費用は26400円から35200円くらいになるという事です。現在、男性の理容院での散髪の費用は幾ら位なのかは全く存じませんが、仮に3000円位として毎月1回行くとすれば年間36000円が必要となります。という事は、わたしのカット&パーマにかかる費用とあまり変わりは無いという事なんだろう。ただし男性に散髪代金の実態が分かりませんので、あくまで私の思い込み想像による概算です。ヘアサロンに行く回数が少ないのは、かなりきつめのパーマを掛けますから頭髪が伸びてきても、それなりに纏まって見えるのです。あまり見苦しくない見栄えになると自分では思っているからです。それは洗髪を済ませて(リンスをするとパーマの掛かりが悪くなるらしい)ヘアサロンに行った時に、オーナーで私の担当をしてくれている男性美容師や他の女性美容師の方たちが口をそろえて「今がちょうどいい感じになっていますね!」なんて言ってくれるものですから、その気になっているのです。3か月ないしは4か月で伸びた頭髪をカットしてもらって、パーマを掛けて3時間弱ほどかかる。髪の毛が短くなると洗髪するのが、急に楽になる感じがします。
2024.01.23
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半世紀ほど前に、『CSN&Y(デビッド・クロスビー、ステファン・スティルス、グラハム・ナッシュ&ニール・ヤング)』という4人組のバンドがあった。後年ニール・ヤングは脱退する。そのメンバーのデビッド・クロスビーが昨年1月18日(つまり4日前で丸1年という事です)に亡くなっていますから、その後はステファン・スティルス、グラハム・ナッシュがどう活動しているのか? 引退したのか? は分かりません。彼らが活躍したのはも4~50年ほど前のことになりますが、彼ら楽曲でいまだに歌い継がれている最大のヒット曲で、もうたくさんの有名無名を問わず演奏家・歌手の方々にカバーされているのが『Teach Your Children(ティーチ・ユア・チルドレン)』という3分弱の短い楽曲です。因みに、1971年のイギリス映画『小さな恋のメロディ』のエンディングに使われヒットした。YouTubeなんかで検索してみると、もう嫌というほどたくさんのカバーバージョンが出てくる。この曲をご存じの方も多いかと思いますが、とてもシンプルで覚えやすく歌い易い曲です。テンポが良くってとても気持ちがよくなる曲ですから、私も洋楽カラオケで歌ったことは何度もあります。この楽曲は4人の中のグラハム・ナッシュが作った楽曲で、彼はこのグループになる前は『Hollies(ホリーズ)』というバンドに在籍していた。もうおおむかしのはなしです。デビッド・クロスビーの曲ではありませんが、彼の一周忌に思いを馳せて・・・。この曲は今後も歌い継がれてゆくだろう!
2024.01.22
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2024年1月は能登半島地震その後と、そして月の半ばには阪神大震災29年関連の地震報道ばかり見せつけられていた気がします。新聞もテレビもネットも!もちろん羽田空港の大事故の報道もありましたが、終始流れていたのはやはり能登半島地震のニュースばかりだった。他にも『ロシア・ウクライナ戦争』や『イスラエル・ガザ地区戦争』なども有って、痛々しいニュースばかりで心がすさんでしまいます。あのような地震災害や事故などがわたしの身辺で発生して、被災者の立場になったとして家が潰れて財産(お金ではなく、自分自身や友人やその他の画家の絵画。長年かかって収集したギターやその他のモノ)などを失うようなことになったら、わたしはきっともう立ち直れないと思う。何もかも気力を失くしてしまうのではないかと、想像するだに恐ろしくなってくる。そうならないように精神面と体力面を鍛え直しておく必要が、わたしにはあるのです。ニュース映像を見ている限り、被災された方々は気丈に振る舞われていて頑張って居られるようには見える。もちろんそういうシーンを数多く見ているからかもしれません。被災者同士が助け合う姿も見えるし、”捨てたものではないな~” なんて思うこともしばしばです。大きな地震はこれまでいくつも見てきたけれど、改めて我が国は ”地震大国” という有り難くないことを思い知らされてきた。「明日は我が身かもしれない」という事を肝に銘じておくことが必要だという事です。
2024.01.21
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そういう年齢になっているんだといわれれば、その通りかもしれない。 ”それは仕方のないこと” となかなか割り切ることができないでいる。一昨年末から昨年一年間で、友人本人や友人のつれ合いの方や、知りあいになってお世話になった画廊のご主人などが、次々と亡くなっていった。今年年賀状を出して先方からは年賀状ではなく ”ご主人の逝去で欠礼した” との便りが届くなど、嬉しくない便りや連絡がたくさん来る。何卒今年は何事もなく、そのような悲しい報が届けられないように願っている。話しは少し逸れるが・・・、普段から音信交信の無い過去の知り合いなどに関しては、年賀状というツールが唯一と言っていいほどの ”先方の現在のほんの一部を垣間見る手段” になっている。コメントなど何も書いてなくても、賀状が届くだけで元気で居るんだろうなと想像だけはできるのです。そんな中、今年も「今年限りで年賀状はもう止めにする」とのコメント付きのものが何通も来た。年に一度の事、多少の面倒くささはあるものの、「何も止めなくっても良いのではないか」と過去に何度も書いてきた。年に一度でも先方相手の事を思い出しながら、賀状の宛先名前を書くのも良いものではないかと思うのだが・・・。-----因みに、期せずして昨年の今日も全く同じ内容の事を書いていたようです。
2024.01.20
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これまで毎年元日にこの人からの年賀状は届いていた、けれど今年は来ていないことに気付いた。東京転勤中に随分一緒に仕事をしてきた制作プロダクション(外注先)の代表者だった人。それで1月も半ばが過ぎた先日、差出人が奥さまからのハガキが届いた。反射的に嫌な予感がした。寒中見舞いの便りだったのですが、内容は案の定その彼は昨年3月28日に亡くなっていたというコメントが記されていた。一昨年の12月から今日に至るまで1年と1か月くらいしか経過していないのに、友人や親しくしていた知り合いの方など指折り数えて7人もの方が亡くなっているのです。近年これほど多くの知り合いがこの短期間に亡くなるのは初めての事でした。高齢になればなるほど、このような知らせが多くなってくるのは理解しているけれど、それにしてもいささかショックを受けているのも事実です。我が身を振り返ってわたしもそうそう若くはない、”決して無理をしないで穏やかに健康には気を配っていかないといけないなぁ” と・・・。
2024.01.19
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1月14日㈰に神戸文化ホールで開催された『神戸フィルハーモニック ニューイヤー・コンサート』を聴きに行ったことは書きましたが、関連してもうひとつ。これは毎回のことですけれど、ホール入場時にチケットと引き換えのように渡してくれるのが、神戸関連のモノを中心に開催されるクラシック音楽イベントのパンフレット類。これが結構な量あるのです。もちろん当日のプログラムから神戸フィルの次回定期演奏会公演案内をはじめ、神戸フィル後援会入会の案内が入っている。さすが音楽の街神戸! その他の公演開催のパンフレットが何枚も渡される。それくらいたくさんのプロ・アマを問わずクラシックの演奏家たちがいるという事です。二三拾ってみると『あしやこうきょうがくだん ファミリーコンサート』というのや『オーケストラ千里山 第35回演奏会』や『神戸市混成合唱団』というわたしが全く知らないのがある。そして中にはこんなのも有る。『交響楽団いちご組 第1回定期演奏会』というもの。神戸市率灘区民ホールでの開催会場ですから、おそらく小・中学生中心のオーケストラだと想像できる。面白そう聴いてみたいみたい気がするのです。このようなパンフレットを貰って帰ってくるのですが、すぐにそれらを捨てることができません。最終的にはそれらの演奏会に行くことは有りませんが、しばらくはそのパンフレット類は手元に残るのです。
2024.01.18
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2023年末から2024年初頭にかけて、朝の運動をやってはいるのですが、これまでの年末年始に比べていささか滞り気味になっている。つまり回数が少なくなっているし、実行してもその距離が短くなっているような気がするのです。それはその都度付けている記録ノートを見ればわかるのです。早朝に目が覚めないわけではなくて、目は覚めているのですが起床する気持ちが失せることがあるのです。思い切って起きることが出来ない日があるのです。もちろんそれは明け方の気温の低さが左右しているという事が大きいかもしれません。要するに ”気の緩み” というものなんだろうと怠けているだけのことでしょう。お陰で徐々に体重は増え気味で推移しているのです。これは困ったことです。体重が増えてくるとウォーキングはともかくも、ランニングにはその体重の重さが如実に辛く表れる。当然そのタイムも遅くなるのかなと思っていたが、タイムはさほど変わりは無かった。これは気を付けないと、無理をすると膝や腰に良からぬ影響が出るかもしれません。そうなってしまうと、もう早朝運動なんてことを言っていられない元も子もなくしてしまうかもしれません。それは困る! 断じて困るのです。気を付けるべきは ”絶対無理をしない事” それは分かっているつもりですので、最近はウォーキングが主体になってきている。ただ、ウォーキングをするつもりでスタートするのですが、途中でそれでは満足できなくてランニングに移行することもしばしばのことです。---------29年前のあの日の事は、今でもよく覚えている。
2024.01.17
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一昨日、1月14日日曜日は『神戸フィルハーモニック/2024年ニューイヤー・コンサート』が神戸文化ホールで開催されました。年初のコンサートということも有って、女性の楽団員の方々は通常よりカラフルな出で立ちでしたから、華やかさも増した感じでした。今回のテーマは ”~みんな大好き~心に残る音楽(メロディー)たち” とされ、オペラ座の怪人(セレクト)に始まり、シューベルトの交響曲「未完成」第1楽章、などほか耳に馴染みのある音楽ばかりでした。そして最後の締めくくりは、ニューイヤーには付きもののヨハン・シュトラウス二世のウインナワルツを中心に、陽気に華やかに締め括ってくれました。私がこの楽団の後援会に入ってから2回目のコンサートでした。毎回この楽団のコンサートは逃さずに見せて貰っていますけれど、その都度思うことですが ”もう少しお客さんの入りが良ければいいのに!” と思うのです。演奏は上手だし、クラシックのコンサートなのに料金は安いし、少しばかり贅沢な気分を味わえてリフレッシュできるような気にもなるし、一度聴きに来るときっと満足できると思うのです。
2024.01.16
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数年前に能登半島を一周旅行をしたことがある。それは高校時代の友人3人と共に車で行ったのです。途中志賀町に高校時代の同級生だった人(その後の付き合いは全く無かった人)が旅館をやっているというので、その宿で一泊して能登半島一周に臨んだわけです。今年初頭以後立て続けに群発している大きな地震で、彼は大丈夫なのか? 旅館は大丈夫なのか? 連絡先が分からないので、わたしからはどうしようもないのですが、友人が動向を知っているかもしれないのでそちらへ電話をしてみた。彼も心配して連絡を取ったみたいですけれど、ご家族も旅館そのものも無事だったという事のようです。そんなこんなでちょっと安堵した次第です。私の大学時代の同窓生たちも、実家が能登半島という人もたくさんいた。彼ら本人たちのほとんどは能登半島ではなく、金沢市とかそれ以外のところに住んでいるので無事のようですが、彼らの実家が…つまり能登半島の何処かだったりすると相当な被害が有ったかもしれません。そんなことを想像するといたたまれなくなってくるのです。皆さん無事で居て貰いたい! それだけを祈る事しかできません。あの大地震発生から2週間が経ちました。一刻も早くの復旧を願っている。
2024.01.15
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2024年『なべの会新年会』が昨日13日土曜日に開催されました。会場は大阪北新地のいつものお店です。この会の創設者で会長だった人が、昨年の2月初旬に急逝されて初めての会長不在の新年会という事になりました。「会長が亡くなってもこの会は続けましょう」との総意で続けてきて丸1年になろうとしています。でも昨年は諸条件が叶わず満足のゆく山登りの会ではなかったのです。今年は何とか予定された各月のコースを完遂したいものです。そんな気持ちを持ってこの新年会に臨んだのです。参加者は11名で、登録メンバーの半分近くは集まってくれたと思います。メンバーにはそれぞれ山に対する実力差がありますので、ここはやはり初級者・初心者の実力に近いところで目的地設定をするのがベターかもしれません。ただそれでは熟練者には頼りないという事になって、足並みがそろわないという事も過去には有ったと思われます。そのあたりの兼ね合いを考えて進める必要はあるでしょう。ただ下山後に設定されている飲み会は、「今日は山歩きが出来て良かった~」と思える会になる事が長続きの肝かもしれません。そんな事を感じた『なべの会2024年新年会』でした。
2024.01.14
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冬季の我が家の暖房でエアコンを使うことはない。エアコンを使うのは夏場の冷房だけです。では冬場の暖房はというと、電気ストーブもガスストーブも使うことなく使うのは灯油ストーブ一辺倒です。これが部屋を暖めるのに一番効率がいいと思うのです。その灯油の価格も5枚綴りのチケットを買うごとに少しずつ値上がりしている。この年末年始の2週間、つまり2回分には灯油販売タンク車が来てくれなかった。私の住んでいるエリアには毎週木曜日の午前中になっているので、それがちょうど2回抜けるタイミングになっていたのです。したがって今年年明け1回目の販売日は11日という事でした。2週間の空きがあったので、灯油缶2缶が空になっていた。いつものように早朝の運動から帰ってきてすぐに空になった灯油缶を表に出しておくのです、今回は2缶という事です。ところが正午を過ぎて午後2時を過ぎても灯油タンク車がやってこない。「どうしたんだろう?」でももう少し待ってみよう。3時半を過ぎてもやってこない。ストーブの灯油は今日は持つけれど明日には切れてしまうことになる。それはやはり困るので、何とか今日中には補充しておきたい。しびれを切らして灯油販売会社に連絡してその旨を伝えた。もちろん然るべく担当者に伝えますとのことだったけれど、それから2時間たっても音沙汰がない。もう表は暗くなってきている6時頃に再度連絡して、催促したのです。しばらくして、今度は先方から連絡が来て詫びを述べながら「必ず行きますので、もうしばらくお待ちください」とのこと。当方は本日中に灯油の補給ができるのなら問題は無い。そして外が完全に暗くなってからですが、無事に灯油2缶が満杯になった次第です。今回来てくれた担当者は、昨年に来てくれていた女性の担当者とは違って男性だった。「去年に来てくれていた女性は担当エリアが変わったのですか?」というと、「彼女は今年になって会社に出て来なくなりました、ご迷惑をおかけしています」と申し訳なさそうに言っていた。その彼女というのは、言葉のイントネーションなどから私が思うに東南アジア系外国人のようでした。印象はとっても明るいよく働く女性だった気がしています。この辺りにも今の日本の人材雇用事情の一端が垣間見えることになりました。
2024.01.13
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昨年は書斎のエアコンを交換し、寝室のテレビが故障して買い替えた。今年も電化製品はいくつか買い換えが必要になりそうな気配です。リビングに置いているテレビ、もちろんまだ十分に使えてはいるのですが、画面の1か所にごく細い縦線が入っていて気にしなければいいのですが、気になるといえば気になっている。そして、CDデッキがもうほとんど使えなくなってきている。加えてもう何10年も使ってきた洗濯機も、洗濯はできるのだけれどその洗濯中にやたら雑音が酷くて、その雑音が出ないこともあるのですが、これもどこか不具合があるのかもう寿命なのかと言ったところです。それにリビングの高い天井(4メートル近くある)に設置している、かなりロングの蛍光灯8本の照明が光量が下がってきていてもう交換時かと思われる。交換するとなると、かなり長い蛍光灯8本をすべてを一時に、それもRED蛍光灯に交換する必要があるのです。通常の高さの天井だったら自分で交換くらいはできるのですが、なんにせよ高い天井ですのでそれができない。この交換作業は電気屋さんの専門家にお任せするしかありません。どれも今すぐにと急がなければならないという事もありませんが、どれも今年中には・・いや今年の早い時点で買い換えを実行しないとならないような事柄ばかりです。
2024.01.12
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『FULLY FINISHED STUDIO OUTTAKES』のことは前にも一度書いた事が有る。この『Rolling Stones』のOutTakesが50曲以上が、かなり以前からYouTubeにアップされている音源。タイトルからも分かるように、収録されたどの楽曲もリリースするつもりで完全録音されている。そして最終的にはアルバムには収録されず、外された楽曲という事になる。これがアルバム化されて販売されているのかどうかは分からなかったので、調べてみるとアルバム化はされて発売もされているようです。ただし3枚組のCDになりますので、6~7000円以上はするはずです。もちろん買ってもいいのですが、YouTubeからダウンロードしてCDに焼けるものだったら、それに越したことはない。仮に多少音質がベストではないとしても、そんなことにはあまり頓着しないのです。総数50曲以上をダウンロードして、3枚のCD(3枚それぞれ70分以上ある)に焼き付けるようにとの依頼を女房殿にしている。女房殿、多少苦労はしたようですが、ばっちりと3枚のCDに焼き付けを完了してくれました。楽曲にはそれぞれ録音された年次が表示されていて、それを観ると1970年代から1980年代中にはもう少し圧に録音されてものありますが、ストーンズが最も脂が乗りきっていた頃の楽曲という事になる。これらの楽曲がオリジナルアルバムに採用されることなく、埋もれてしまっていたのは随分と勿体ないことだと・・・。とにかくむかしから業界でよく言われていたことに「RollingStonesのOutTakeはとても出来が良い!」これはかなり有名な話のようです。気が付けば、本日のこのブログアップで5555件目です。ずいぶんたくさん書いてきたものです。
2024.01.11
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昨年2月末から3月初旬にかけて大阪西天満のギャラリーで開催した友人との2人展、5月のゴールデン・ウィークに同じギャラリーで開催した卒業大学のOB数人によるグループ展と、両展ともわたしにとってはそこそこ満足のゆくものでした。そこで多少勢いが付いたものの、昨年の9月にそのギャラリーのオーナーが亡くなるという不幸が有って、そのギャラリーが閉じることになってしまった。私の思惑では、今年そのギャラリーで個展はとても無理ですが、卒業大学のグループ展(過去何年も続けて5~6月頃のどこかで開催してきた)には出品しようと考えていた。それはこのギャラリーのオーナーご夫妻と懇意になれたことと、OBのグループ展だと作品の数は多くは要らないというか多くは出せないという事で、何とかなるだろうとの読みでした。そう思っていた矢先にギャラリー閉鎖の報が入って、腰を折られた格好になっているのです。したがって若干制作意欲が殺がれているのです。もちろんやる気になれば、ほかのギャラリーは星の数ほどあるわけですから、そちらでやればいいだろうという事ですが、どこでやるにしても個展が出来るほどの作品の数は作れそうにない。今後どこかでいつか個展はやるつもりでいますけれど、今年は絶対無理ですから目標は来年中には実現させたいと目標変更を余儀なくされているのです。来年も無理で再来年になるかもしれませんが・・・。
2024.01.10
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あの正月早々の尋常でない災害から一週間以上が経過してしまいました。連日、新聞やテレビで報道されている、日ごとに犠牲者が増えて行く痛ましいニュース映像などを見聞きして、なんともやりきれない思いに駆られています。松の内も明けてわたしたちの生活そのものは、何事もなかったのように過ごしていますが、被災者の皆さまのことに思いを馳せると気持ちがすくんでしまいます。今となっては、ただただ一人でも多くの不明者の救出と一刻も早くの復興・復旧を祈るしかなく、何もできない無力さを思い知らされているのです。大学時代の友人には能登半島の出身者が何人もいる。彼らはおそらく金沢に在住しているはずだから無事だと推測しているが、彼らの実家などはどうなっているだろうか? 彼らの思いはいかばかりだろうか? そんな心配が頭をよぎるのです。わたしは金沢には4年間在住していて、能登半島には3度ばかり尋ねた事が有る。あのあたりの状況も変わってしまったことだろう。悲しいことです。とにかく被災者の方々に、心よりお見舞い申し上げる。
2024.01.09
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現在の私には『かかりつけ医』に該当するお医者様が無い状態です。4年ほど前までにはその『かかりつけ医』というものがありました。しかしその医者様は、4年ほど前に発生した『新型コロナ感染症』つまりコロナ禍のパンデミックが叫ばれていた頃に、その方面の医療活動を熱心にやられていて、その過労が祟って亡くなることになったのです。それ以来私には『かかりつけ医』というお医者様がいない状態なのです。巷間しきりに叫ばれていることは「日常的な病気の治療や医療相談に応じてもらえる『かかりつけ医』を持ちましょう」という事です。それは重々分かっているのですが、幸いにしてそのお医者様のお世話にならなければならないことが、これまでなかったという事なのだろうと思っているのです。でも今年6月に、自分で脳梗塞を疑うような事が有ったのですが、その時は脳神経の専門病院へ駆け込んだという事が有りました。その時点で私に『かかりつけ医』が仮に有ったとしても、やはりそのお医者には行かずに専門病院の方へ行っただろうと思います。でも、年齢的にも近くに『かかりつけ医』を持っておく必要は大いに感じているのです。もちろんその当てもあるのですが、何も無いのにいきなり「かかりつけ医になってください!」と言っていいモノかどうか? とりあえず「血液検査をしてください」というようなことで、『かかりつけ医』の件をお願いしようかと思っているところです。
2024.01.08
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一般的には、1月7日本日までが ”松の内” となります。つまり単純にはお正月という歳時の終わりという事です。その区切りの日に、年々戴く年賀状の数が、少しずつ減ってきていることに思いを馳せる。今年もこの時点で、昨年を上回れるとは思えないことが読み取れます。こればかりは相手様のあることですからどうしようも有りません。高校生の時からズ~ッと出し続けている人が居る。その人も年賀状をくれるのですが、わたしが出した年賀状を見て返信で呉れているといったことなのです。この人とは大学時代に一度会ったのが最後だったけれど、わたしはこの人だけには欠かさず年賀状だけは出しつ続けてきたのです。これからも毎年出すし、返信でいいから貰いたいとも思っているのです。今後もその行動は続けてゆくつもり。元気にされているようですから安心はしているのです。郵便料金も封書=110円、はがき=85円に値上げになるようなことが発表されたようですから、世間的にはますます年賀状をやり取りする人は少なくなるでしょう。
2024.01.07
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このブログで過去にモーツアルトは何度も取り上げてきたが、今回は41番まである交響曲の中で削除されたという37番についてです。モーツアルトの交響曲で名作とされているのは、交響曲第25番と第35番『ハフナー』・第36番『リンツ』・第38番『プラハ』・第39番・第40番そして最後の第41番『ジュピター』というのが一般的評価です。つまり25番を除いて後半の番号の大きい交響曲の方が名作とされているのです。その中の番号の大きい方で37番だけが削除されている。この交響曲37番がモーツアルト作ではなく欠番となってしまっているのです。 <<この交響曲37番ト長調K.444は、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの弟ミヒャエル・ハイドンの交響曲第25番ト長調MH334P.16に、モーツアルトがアダージョ・マエストーゾの序奏を書き加えたもの>> とありました。そのようになった経緯はいろいろ複雑でありましたが、それは割愛して結果だけ。そんなモーツアルト交響曲37番を聴いてみたくなって、例によってYouTubedで検索してみるとやはり有りました。ただ私が視聴したのは、モーツアルトが書き足したという序奏部分だけという事です。どうせならミヒャエル・ハイドンの作曲した全曲も視聴してみたかったな~!
2024.01.06
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テレビで洋楽は別として音楽(歌謡)番組を見ることはまったくない。でも昨年末の『紅白歌合戦』は、本当に久しぶりに冒頭から終盤まで吞みながら観た。本気でやっているわけではないのだろうけれど、むかしから何で男性と女性を分けて勝ち負けを競わなければならないのか? 何かそれはやはり ”昭和の発想” のような気がしてならない。そんな事はさておき、次々と登場される歌手の皆さんの半分以上3分の2くらいを、初めて観たし初めて聴いた音楽で曲名も知らない。つまりわたしが全く知らない歌い手さんやグループだったわけです。そういう意味では新鮮だったと言えなくもないのですが・・・。そんな中で、何組もの若い女性たちのユニットグループなどを観ていて、彼女たちの個々のイメージがみんな同じに見えて、見分けがつかず個々の区別が全くできませんでした。そして彼女たちすべてに言えることですが、そのプロポーション・スタイルの良さが目につき、特に脚の ”長さ” とその ”細さ” には驚かされた。とても綺麗なのですけれど、なんだか折れてしまいそうな危なっかしさも感じていたのです。今の若い娘(こ)達は、きっとああいうプロポーションがお手本になって、憧れているのだろうと想像に難くないのです。
2024.01.05
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我が家も年末大晦日の日には、新年を迎えるためにお節料理のようなものはこしらえる。それには結構時間はかかるのですが、いちおう三段の重箱に詰めて翌日の元日を迎えるのです。これは毎年恒例の作業という事です。そしてその重箱に入ったお節を元日と2日目と戴くことになるのですが、もう2日目の夕食くらいにはなんだか飽きてきてしまって、洋食や中華が食べたくなってくるという事も、毎年のことと言えるのです。というのも、大晦日の夕食にはその三段の重箱に入りきらなかった料理で、もう始めてしまうのですから、同じ味付けの料理を連日食べることにもなるのです。そんな事は毎年のことですから、「大量のお節料理は必要ない」という意識は持っているのですが、少量にすることがいまだにできません。もちろん大量と言ってもたかが知れた量ですけれど。私が食品買い出しに行っているスーパーは、正月3日までお休みで営業は4日つまり本日からですから、お節料理とはかなりかけ離れた食材を買いに行くことになりそうです。そうこうして日常に戻って行くことになるのです。
2024.01.04
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もう大昔のはなしになりますが、正月休みのこの日(3日)くらいには、従妹・従弟(いとこ)たちが集まって遊んでいた遊びが ”百人一首” を使ってやっていた事が有りました。百人一首と言っても、まだ幼き子供の頃のことですから、やっていたのは『坊主めくり』です。取り札は使わず、裏向けに積み重ねた読み札を上から順番に捲って(めくって)ゆくというあれです。そして捲った札が ”坊さん” が出たら、それまで取っていた札をすべて中央に差し出して、持ち札はゼロになってしまう。そして ”お姫さん” が出ると、中央に出されている札をすべて取れるというルールで、最後に手元に残っている取った札が一番多かった人が勝ちというゲームです。これは技術的に上手下手というのがありませんから、小さな子でも年齢差なく遊べるゲームです。でも今日の子供たちは、こんな遊びはもうほとんどやられていないのだろうなぁ。ふっとおおむかしの子供の頃のお正月は何をしていたか? 思い出していました。因みに、百人一首の中に ”坊主の札” は13枚あります。”姫の札” は21枚です。 <<ただ、坊主札の中に『蝉丸』も含めているのですが、その呼称からすると本来は隠遁者のはず。頭巾を被っている姿ですので、必ずしも坊主には見えません。ところが琵琶法師という事で坊主として描かれている近代かるたの登場で、坊主に組み入れられているようです>>そういえば我が家にも『小倉百人一首』が有ったのですが、何処に仕舞ってしまったんだろう?
2024.01.03
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昨年末の大晦日の夜は雨天模様で、翌元日早朝にも影響が多少出るかもしれないと心配した。でもその予感は大当たりで、京都東山方面は厚い雲に覆われていた。その時点で初日の出を観ること拝むことは諦めた。 ”初日の出” を観るつもりで、例年通り桂川べりまで往復5キロコースを行くつもりだったけど、日の出を観るのは諦めてウォーキングの距離を延ばすことにした。おかげで倍の10キロを歩くことになりました。好天であろうが曇天であろうが雨天でない限りは、もう毎年年初の恒例になってしまっているから、行かないと忘れ物をしたような気になる。ウォーキングの途中には、やはり初日の出を拝もうとの人たちが何人も、雲が晴れるのを待ちわびて残念そうに空を眺める様子がうかがえた。ここ何年も元日早朝には同じ行動をしていますが、”初日の出” を観られなかったのは初めての事でした。そして岐路の途中にある『中桂御霊(なかかつらごりょう)神社』には、いつも通りお参りをして ”初詣” も済ませてきたという事です。今年一年が良い年でありますように!!!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー新年早々の大きな災害に驚愕しています。被災された方々にお見舞い申し上げます。
2024.01.02
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あけましてございますおめでとうございますほんねんがみなさまにとってよいひととせでありますようにねがっていますことしもよろしくおねがいいたします2024・1・1・smiling drunkard
2024.01.01
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