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今日のまとめ 1. ベトナムは今インフラ整備を進めている最中である 2. 財政収支、貿易収支などの数字は良くない 3. 輸出品目の構成は今のところ低付加価値のものが中心である■インフラ整備と財政赤字 ベトナムは現在インフラの整備が政府の大きな課題のひとつとなっています。このためには高水準の先行投資をする必要があります。高水準の投資を長い年月に渡って維持するためには貯蓄率が高いことが望ましいです。ベトナムの貯蓄率は近年着実に上昇しています。 この高い貯蓄率がベトナムの高水準の先行投資を可能にしているわけです。現在のベトナムのGDP対投資比率は35%程度です。ベトナム政府の徴税基盤は他の新興国と同じようにどちらかと言えば脆弱です。幸いベトナムでは石油が出るため政府の歳入の25%程度は石油収入から賄われています。それでも政府の財政は赤字体質です。 政府負債の対GDP比率は30%程度であり、これは危険なほど高い水準とは言えません。また、インフラ整備に絡んで色々な財を輸入することが必要であることからベトナムの貿易収支の数字は赤字が続いています。 幸いベトナムの長期的な成長ポテンシャルに目をつけた海外からの投資資金はいまどんどんベトナムに入り込んでいます。 このため経常収支は若干の改善が見られました。 以上をまとめるとベトナムの財政収支ならびに貿易収支は理想的な状態とは言えず、BRICs各国のそれより劣っていると言えるでしょう。それは同国が未だ農産品や地下資源の輸出型の経済から脱皮できていないことを物語っています。下のグラフに見られるようにベトナムの輸出品目の構成は2001年から2005 年の間で殆ど変化が見られませんでした。 しかしこれがベトナムの未来の姿であるという風には考えないで下さい。なぜなら日本や台湾のメーカーのベトナム進出に加えて、最近ではインテル(半導体)、ポスコ(鉄鋼)、ホンハイ・プレシジョン(電子機器の委託生産)などの世界の一流の製造業の企業がベトナムに生産拠点を作り始めているからです。
2007年10月22日

今日のまとめ 1. 民間企業の活動を規定する法律の整備は遅れた 2. 自営業の創意工夫がベトナム経済を支えた 3. 国有企業は経済におけるシェアを上げている 4. ベトナム経済は慢性的な資本不足に悩まされてきた■遅行する法整備 1986年のドイモイ政策で市場経済の導入が打ち出された後、農業セクターではすぐに改革が実行されました。しかし民間企業の活動を規定する法律が整備されたのはずっと後でした。従ってルールがきちんと決まる前からベトナムの実業界は走り出さざるを得ませんでした。1992年の憲法でようやく経済活動に関する大枠が規定されました。具体的には: 1. 国有企業は個々の経営者が責任を持ち独自で利益を出すよう努力すること 2. 民間企業は国有企業と競争してよい 3. 政府は勝手に民間企業を接収ないし国有化してはいけない 4. 外資を積極的に導入する 5. 貿易を振興する 6. 生産財を私有化してよい 7. ベトナム政府の経済政策の目的は人民を金持ちにし、個人の物質的、精神的欲求に応えることにある などが決められました。このようにベトナムでは先ず民間が既成事実を作って、それを政府が追認するというやり方が採られたわけです。これは杓子定規なワシントン・コンセンサス(世界銀行やIMFが提唱する国づくり)の考え方からすれば危なっかしいアプローチに見えるかも知れません。しかし創意工夫を得意とするベトナム人の気性にはこの方が合っていたのかも知れません。このことからもわかるようにドイモイ政策後のベトナムの経済的成功は政府の賢明なガイダンスの賜物と言うよりは草の根のレベルでの庶民の頑張りに由るところが大きいのです。■驚異的な経済成長 言うまでもなく当初のベトナムの競争力の源泉はその安価な労働力にありました。現在もベトナムの平均労働賃金は中国の60%程度の水準です。これは今後も当分の間ベトナムが競争優位に立てることを示唆しています。 この安価な労働力と創意工夫を梃子としてベトナム経済は目覚しい成長を遂げました。 実際、過去10年の平均GDP成長率ではベトナムは中国に次いで世界で2番目に急成長した国となりました。 一人当たりGDPも725ドルとインドの800ドルとほぼ肩を並べています。 このようなベトナム経済の成功は次の2つのことを考えるととりわけ驚異的であると言えます。即ち: 1. 国有企業の経済に占めるシェアは低下せず、逆に上昇を見たこと 2. 加工輸出などの外国から移植された資本やノウハウに依存しなかったこと このうち国有企業がシェアを落とさなかった理由としては、もともと意思決定が地方ないしは個々の国有企業に分散しており環境変化に臨機応変に対応できたことが指摘できると思います。さらに外国企業がジョイント・ベンチャーを組む際、国有企業が優遇されたことも影響していると思われます。 また、法整備の遅れは私有財産を法的に規定、保護することが遅れたことを意味し、これは銀行からの事業融資などが受けにくい環境を作りました。そのためベトナムでは常に商売を始めるにあたっての元手の資本が不足したのです。このため事業所の規模は零細なままにとどまり、自営業のような事業形態が経済の主流を占めました。こんにちのベトナムの株式市場の大半が比較的貧弱な規模の企業によって占められている遠因はここにあります。
2007年10月09日

今日のまとめ 1. ドイモイ政策の第一弾は農業セクターの改革だった 2. 天然資源、農産物、水産物の輸出が貿易収支の改善に貢献した 3. 資本流入に制限を加えたことがアジア通貨危機を免れた理由である 4. 国有企業改革は遅れているが、経済の足手まといにはならなかった■農業改革 ドイモイ政策の発表された翌年の1987年、ベトナム政府は土地関連の法律を改正しました。これにより土地利用に関する規則が明確化され利用者の権利が規定されました。さらに1989年には政府が農産物の生産、収穫、分配に直接関わることを止め、農家が農産物を自由市場で販売することが許されました。従来農産物の流通を支配していた政府機関は民間の仲買人と競争することを強いられました。この競争によって農家はより有利な価格で自分の作った農産物を売れるようになりました。このことが農家のヤル気を喚起して農業生産はたちどころに上昇しました。食糧事情が改善したことはインフレの沈静化に役立ち日常生活の安定をもたらしました。■門戸開放 80年代に外国からの経済援助が断たれたことを受けてベトナムは本気で外貨を稼ぐ方法を考えざるを得なくなりました。ベトナムではドイモイ政策で門戸開放政策が打ち出される以前から闇貿易などの地下経済が発達していました。このため輸出入の公式統計に補足されていない水面下での貿易額はかなりの金額にのぼったと言われています。ひとたび政府が自由貿易を公認すると闇取引で培われたノウハウがすぐに役立ちました。ベトナムの商務省は自由貿易が認められた後も輸入や輸出のクウォータ(枠)を管理し、米、織物、地下資源など多岐にわたる品目を規制の対象としました。輸出に関しては当初は天然資源や農産物が主たる輸出品目でした。なかでも農産物・水産物の輸出拡大は極めて成功を収めました。■為替取引の自由化 ベトナムはドイモイ政策導入後、公式為替レートと自由レートの2本立てのレート政策を採りました。ベトナムでは昔から米ドルがかなり流通しており、またゴールドによる決済も一般的でした。ベトナム政府はそれらの取引を規制しようと試みましたがなかなか上手くゆきませんでした。その理由はベトナム戦争の時代にドルを取引する習慣が庶民の間に定着していたこと、ベトナムの銀行が国民から信頼されておらず、またそもそも身近な存在ではなかったことが関係しています。このため例えば輸出で外貨を獲得してもその外貨を国内に持ち返らず、そのまま外国に預金するということが習慣化しました。こうして外貨にまつわる取引のかなりの部分が公式なチャンネルの外で発達したことから人為的な為替レートの維持や外貨取引の規制などは始めから限定的な意味しか持ちませんでした。ベトナム政府は1989年に公式為替レートと自由為替レートを一本化しました。なお、資本取引に関して比較的閉じた外為政策が維持され、例えば株式投資などのために海外から送金された資金について最低1年間はリパトリエーション(資金引き揚げ)出来ないなどの規定が設けられました。なお、この送金制限は去年撤廃されています。ベトナム政府がリパトリエーション規制をして海外からの投機的な資金の流入を制限してきたことは、そもそも引き揚げられるべきホット・マネーがベトナム国内に余り滞留していなかったことを意味します。これが幸いしてバーツ危機に端を発するアジアの通貨危機の際、ベトナムはその悪影響を余り受けませんでした。しかし最近ではベトナムの資本市場は急速に開放されており、ホット・マネーが入り込んでいますから、次回、何かのショックがあった場合はベトナムもそれに巻き込まれることは避けられないと思われます。■改革初期の国有企業セクター 土地改革の比較的迅速な実施に比べて国有企業の改革は一見遅れているように見えます。国有企業の改革は利益の上がっていない零細な国有企業からまず着手され、重要な国有企業の改革や株式会社化は政府が温存する形で後回しにされました。1991年の第7回党大会で採択された株式会社化プログラムの進捗は遅々としたもので1997年までの6年間で僅かに14社が株式会社化されたに過ぎませんでした。90年代の終わりまでの改革は主に国有企業への予算の割り振りを絞り込み、自然退職を促進することで生産性を引き上げるという消極的なものでした。それでも国有企業改革の遅延が経済の足を引っ張らなかった理由としては、ベトナムの国有企業は市場経済への移行に際して、あたかも民間企業のような臨機応変さ、ないしは商才を発揮して、それなりに自らの効率化を実現したことが指摘できると思います。また、もともとベトナムでは国有企業が経済全体に占める割合は他の旧共産主義国より小さかったですし、重工業の割合が低かったことも過剰設備などの問題を抱え込まずに済みました。さらに戦争の影響で国有企業は各地に散らばっており、小規模で独立性が強いです。このように意思決定システムが中央からの上意下達型ではなく、分散型であったことも国有企業が環境の変化に比較的対応しやすかった理由です。
2007年10月01日
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