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朝の中間休みに図書室で、「きつねのおきゃくさま」を朗読してきました。ベルが鳴ると同時に、1年の子どもたちは列を組んで図書室へ、校内アナウンスも入れて下さると、3年生やもっと大きい子どもたちも来てくれました。5年のWもねさて「きつねのおきゃくさま」はちょっと古風なことばが入っています。そこがまず子どもたちを惹きつけますね「むかし むかし あったとさ。」「そうとも、そうとも」とかね語調にリズムがあって面白い。はらぺこきつねが、がりがりのひよこに出会って、「よし、太ってから食べてやるぞ、」と自分の家に連れて行って、いっぱい食べさせて太らせる。ひよこは「まぁなんてやさしいおにいちゃん」とすっかり狐を信用しています。ひよこは散歩の時に同じようにがりがりアヒル、そしてがりがりウサギに出会うけれど、いつも「しんせつなきつねさん」という言葉や「かみさまみたいなきつねさん」ということばを言ってもらって、ぼうっとしたりうっとりしたり・・・で、せっせとがりがり動物たちに食べ物をいっぱいあげてすっかりひよことあひるとウサギは丸々と太りました。ある日黒くも山から大きな狼がやってきて、きつねの家のアヒルたちを食べようと襲ってきます。キツネは思わず、戦って、戦って、そしてとうとう狼を追い払ってしまうのですが、その日の晩に恥ずかしそうに笑ってしんでしまいます。ひよことあひるとウサギは虹の森に涙を流しながら小さなお墓を作りました。やさしくて親切で神さまみたいでそのうえ勇敢なきつねのために全く無駄のない、それでいて必要なことばがぴったりと入っている作品でした。でも残念なことに図書室では読み聞かせを聴かない子どもたちの声が大きく響いていて、この最後の瞬間を聞いてくれた子どもたちはあまり味わうことができませんでした本当に、言葉ではなく、音のない間、が欲しかったんだけど・・・この三匹のひよこ、あひる、うさぎにとっては神さまのようなきつね。きつねの心の中はどうであれ、やったことの素晴らしさが彼の人生を物語ることになったのですね
2009.06.30
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明日は小学校の中間休みに「きつねのおきゃくさま」 あまんきみこ文 二俣英五郎絵を読む予定です。これは絵本の大好きなVnの生徒さんのお母さんからお借りした本です。上のお子さんが小学生になったとき、学校図書室に入ってびっくりされました。子どもたちがいい気持ちで本を読んだり、借りたりできる雰囲気ではなくて、なんだかそっけなく暗い感じがしたのだそうです。それで、先生に声をかけて、たった一人で図書室を気持ちよく過ごせる空間にしようとボランティアを始められたのです。痛んだソファや机を入れ替えてもらってほっこりできる配置にし、お薦めの新着図書や季節本のアピールコーナーを作ったり、傷んだ本を修理したり・・・ 、読み聴かせをしたり・・・。だんだんボランティアに参加してくださる方も増え、そして何より子どもたちがたくさんの本を読むようになったのでした。彼女の大好きな「きつねのおきゃくさん」明日の図書室ではどんな風に子どもたちは受け取ってくれるかぁ~~ちょっと楽しみです。
2009.06.29
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毎朝、地面に落ちた夾竹桃の花を掃いていると、いろんな方が行き交われるのに出会います。「朝からご苦労さま」「なんてきれいに咲きそろったんでしょう。お掃除大変だけれど、いいわね~」「白い花は涼しげでありがたいわぁ」と声をかけてくださるおばさまたち。このごろは学生さんたち、それも男の子たちが声かけてくださるんですよ「おはようございます」私は「いってらっしゃ~~い」てお返事します。黙って目礼される教員らしい方もいらして・・・今からお仕事、授業と一日の始まりを迎える方々との気持ちいいやりとり!!夾竹桃のおかげで、ちょっとした楽しみが生まれています。
2009.06.28
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夜、子どものためのミサがあったの。え!どうして子どものためのミサが夜にあるの?それがね、このごろ小学生でも、日曜日のごミサに参加できないんです。どうして?ほら、野球やサッカーの試合があるし、ボーイスカウト・ガールスカウト、ならいごと、学校行事も日曜に入ってくることがあるでしょう。だからごミサに与れない子どもたちとっても多いのです。すなわち、親もね・・・だからせめて、年に何回かは子どもたちとその親が集まりやすい時間に「子どもミサ」をしようよ、ということになって考えてみたら土曜の夜だったってわけへ~~それで土曜の夜なのでも普段会えない他の3つの教会の親子が集うので、とてもいい雰囲気になるの。本当に家族的というか・・・で、どんなところが「子どもミサ」なの?う~~ん、お祈りの言葉も歌も、そして神父さんのお説教だって、「子どもに分かりやすいこと」が第一条件だから、今日なんてお説教のときに子ども二人が前に出て、神父様と「かごめかごめ」のデモンストレーションまでしていたし、「主の祈り」も手話でやって・・・。それって大人にとっても分かりやすくていいよねウン、本当に!!一字一句全く迷いなく心の中にしまうことができるもの。分かりやすい、てなんてすばらしいんだろういつも「早く終わらないかなぁオーラ」を出している2年生のAですら、ピシッとミサ中の出来事をちゃんと自分のこととして受け止めているのが良くわかるもの・・・。がやがや、なんて全然ないしそれはいいわね、ごミサが気持ちよく心に入ってくるって、子どもたちにとって一番必要なことよね。あぁよかったなぁと思って時計見たら正味1時間経っている。私の体感だったら30分てところなんだから。やっぱりこれでなくっちゃね~
2009.06.27
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「おはよう、皆もう揃ったかなぁ~~ じゃぁ、 今日のお話始めるよ。 『おこだてませんように』くすのきしげのり作 石井聖岳え・・・」 今朝は小学校で朝読書、読み聞かせの当番でした。今年度初めてです。下のAのクラスなので、子どもたちは去年のメンバーと同じ。私の読み聞かせにも慣れてくれています。でも先生は初めてです。学校にいても家にいても先生やお母さんに怒られてばっかりの男の子。怒られてばっかりの悪い子のようなぼくだけれど、ぼくにだってそれなりの理由があるんだ。でもそんなこと言ったって、もっと怒られるばっかりだから、いつもプイッと横を向いてずっと黙ってる。もうすぐ七夕。先生が笹の葉につける短冊をつくろうって!だからぼくは一生懸命にお願いを考えた。一番お願いしたいことは何か、てずっと考えていたら、『早くしなさい!』とまた怒られた。それでも頑張って習ったところのひらがなで、一つ一つとても丁寧に書いたんや。『おこだてませんように』それを先生のところにもって行った。どうせまた「おそ過ぎ!」と怒られるに決まっているだろうけど・・・。ところが受け取った先生は怒らないで、涙を流していわはった。『あぁ、いいお願いできたね。ごめんなぁ つい怒ってばっかりやったなぁこれからはなるべく怒らないようにするわなぁ」夜、妹と遊んでいたら学校の先生からおかあちゃんに電話があって長いこと話してはった。その後おかあちゃんはぼくを妹にするようにぎゅっと抱き締めて、『おかあちゃんも、怒りすぎていたなぁ ごめんな二人ともお母ちゃんの大事な宝物やで~~」てぼくをひざに乗せてくれた。妹がかわいそうやったから、ぼくは妹をひざの上に乗せてあげた。あぁ うれしい。 ぼくの願いほんとうに叶った。こんなにうれしいことないわ!ちょっとはいい子になれるかなぁ~~ およそこんなお話なんです。去年、朝の読み聞かせのときには、担任の先生は教室にはいらっしゃらなかったんです。私はすっかりそのつもりになって七夕のときにしか読めないこの本を友人から借りて、読ましてもらいました。子どもたちは、針の落ちる音も聞こえるぐらいし~~~んとして聴いてくれて、そして最後にあぁよかった!てほっとしてくれたんです。それは本当に読み手としては手ごたえのある聞き手に恵まれてうれしい限りなのですが、先生もじっくりと聞いておられたんですね。先生、この私がこの本を選んだこと、どう思われるかなぁ~~ とちょっと心配。前にも書いていたけれど、担任の先生は4月~まったくはじめて教師という仕事に就かれたばかりです。やさしい可愛い先生なんだけれど、ちょっと子どもたちは先生のことを甘く見ている、と思っているお母さん方が多い。だって、最後のご挨拶のときに寝転んでいる子もいたもの。勿論私は読み聞かせの時間に寝転んでいようと、聞かないでいようと、そんなことなんとも気にしないけれど、たしかに去年はそんな子一人もいなかった。懇談会では 子どもたちがだれないように、「どんどん怒ってください」というお母さんが大半だった。だから先生は今、かなりきつく注意したり怒ったりして、何とか子どもたちが先生の言うことをちゃんと聞けるように!!とえらく努力されている最中なんです。そこにこの『おこだてませんように』を読んじゃった私。先生、今自分がなさっていることをどんな風に捉えはるかなぁ~~
2009.06.26
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今日も頑張りました。朝のお弁当作りに始まり、夜のクァルテットまで・・・その中で特筆すべきは一年ぶりに友人の主催する『読書会」に顔を出したこと!!懐かしいお顔ににっこりと手を振り、はじめての方にはご挨拶を!!主催している友人はこの春に本を出版したんです。大学のときから小説を書き出して、多くの方々にいろいろ小説書きの指導をしていただいていたそうで、これまでにコンクールや懸賞に応募した作品は段ボール箱1ぱいでは収まらないって!お話がどんどん浮かんでくる。だけど好きなように書いていてもダメ。懸賞も主催している人たちがどんな作品をほしがっているか、そういうものを知るために今までの入選作品に目を通し、作品の組み立てを考えるそうなんです。テーマは何にするのか、皆を惹きつける書き出し!!展開の仕方。エピソードのつながり・・・ 彼女は情景描写に凄く気を使って頑張って書いたって言っていました。ほんとうにたくさんの勉強をしていらして、ほんものの小説家のようです。私もまだ彼女の作品には目を通していないのだけれど、作品を通して彼女という人にも出会って見たいと思います。『日向の蜥蜴』 石川ばじる 文芸社
2009.06.25
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聖書深読会がありました。今日はマルコ5章21~43節長い箇所であることと、いろいろ考えさせられることが湧いてくるお話しということもあって、とてもここには書ききれないのですが、シスターがとても興味深いことをおっしゃいました。私は全く気付いていなかったことだったので、ちょっとご紹介しておきます。話のあらすじはイエスのうわさが広まって、どこに行っても群衆に取り囲まれてしまう、そんなときのことです。 ある会堂長がイエスにひれ伏して「私の幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう」(23)と助けを懇願されます。それを受けて会堂長の家に向かわれます。(24)そしてその家に到着する前にも一つ、救いを求めていた女性がイエスの衣に触れて癒される(25~34)という場面があるのですが、そんなこんなをしているうちに、会堂長の家から人々がやってきて「お嬢さんは亡くなられました。もう、先生のを煩わすには及ばないでしょう」と言われた。(35)でもイエスは彼の家に行って(38)「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」と言って(39)娘に起きるように言われると、少女はすぐに起きあがって、歩きだしたのです。それを見た人々は、驚きのあまり我を忘れた。(42)という話なのですが・・・シスターは最後の「それを見た人々は、驚きのあまり我を忘れた」ここが特に心に残った、とおっしゃるのです。いつも人は「自分」からスタートする何かあれば「この私がしたのよ」「この私にしたわね」「この私を分かって!」・・・ずっと「私」にとどまっている。とても苦しいことですそういうときは少しも神さまが入ってきて下さらない。でも、「へ~~ すごいですね!」「まぁ なんて美しいんでしょう」「信じられないわ~~」と大きな驚きに出会っているときは神さまからの働きかけに気付けることが多いんです。「自分を捨てる。」「我を忘れる」て大事なことだと思います!!
2009.06.24
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昨日は日記が書けませんでしたね。実はこのPCに利用率が高まって、K,S&私とちょっと3人で使うには時間制限が多すぎ・・・。ということでToさんの古いノートパソコンの頭脳をお借りして、私専用のPCにしようとしています。ところが何年もずっとメインテナンスをしていなかったので、長男Aが昨日ずっとかかりっきりで治療をしてくれました。相当重症でウイルスの巣窟になっていたみたいです。あぁ やれやれA君 ありがとうね!!
2009.06.23
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本当にたくさん雨が降りました。家の前は雨だけではなくて、夾竹桃の白い花もいっぱい降りました。 おかげで遠くから見ると家の前だけ、まるで雪が降ってゆきだまりになっているみたいです。雨の止んだちょっとした隙間にかき集めて少し乾かそうと思っていたら、又直ぐに降ってきて・・・夕方になってようやくきれいにしました。さて今日は「みに真名の会」雨の中を集まってくださった4人でじっくりお話をしました。いろんな話題が上りましたが、偶然に出会った人、たまたまそういう時代だった、時期だった、という機会に導かれていく恵み沢山の努力の賜物として優れた技術や研究、そして芸術が生まれてくるけれど、その努力は目的を達成するためにしているのではなくて、努力に向かう気力や強い意思が内面から引き出されているのではないかしら・・・。一般的な文化というものは実は主に家庭というところで日常を通して次の世代に引き継がれていく。その多くは家庭にいる大人(父母、おばあちゃんおじいちゃん)から子へ、孫へと伝えられていく。それは本当に大きな力があるね~しかもそれが子どものアイデンティティーになり、果てはそれが民族的性格や傾向を作り出していく。そんな話を軸にしながら、今の私たちの毎日をもう一度見つめていく種をいただきました。ありがとう!!
2009.06.22
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前回のうちのオーケストラの演奏会の後で第九シンフォニーの時に合唱指導して下さっていた先生が「『メサイア』一緒にやってみない?」て声をかけて下さった、ということをこの日記でも書かしていただいていたと思います。 単なる先生のそんなことができたら面白いかもね~という言葉だったと思っていたのですが、1カ月ほど前にお電話を頂き、実際にご一緒に「メサイア」をすることになりました。うちのオケの方は今度のオペラのことで精いっぱいなので、OBオケとは離れて小さなオケを作ることにしました。力になって下さりそうな京都シンフォニカのK氏にご相談したら、彼もいっしょに考えて下さるということなので、今日 K氏とうちのFg奏者のHさんと私で、先生の家をお訪ねし打ち合わせをしてきました。実はこの3人とも「メサイア」はしたことがありません。先生のお話を聞きながら、スコアを見、パート譜を見ながら弦楽器の編成(人数)を考え、そして参加して下さりそうな方のお顔を思い浮かべてみます。Va Vc は人数も少ないので、すぐ思い浮かぶのですが、Vnは10人ぐらい必要です。しかもかなり弾ける方でないと少ない人数で全曲こなすことはできません。パッと思い当たる方はせいぜい4,5人、それも引き受けて下さったらの話です。後はK氏の人選にお任せしましょう。一つのパートを3,4人でこなします。大編成のオケ以上に、互いの信頼と心持ちの良さが音楽に大きく影響します。久しぶりにそれぞれの所属から離れてご一緒に作っていけることは嬉しいことです。本番は12月・・・楽しみ!!
2009.06.21
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午前中はクァルテット「Il vent de estate」の練習。今日からシューベルトの「死と乙女」もメニューに入れることになりました。初日なので1楽章をということで合わせます。行きしなにVn1さんが「死と乙女」のCDをいくつか聞かせて下さった(もちろん冒頭だけだけど)。並べて聞くと、こんなにも演奏は違うものなのですね。私が「3番目に聴かせてもらったものが、一番シューベルトがこんな風に弾いてほしい、って思っていた演奏に近いのじゃない?」て言ったら「ハッハッハ・・・ どのグループもこれこそがシューベルトの望んでいる演奏やって思っていると思うよ!!」確かにたしかに!!三番目に聴かせてもらったものはBorodin Quartet音色が深くて、4人の一体感が素晴らしい!!「私たちもこんな風に弾けたら、いいね~~」Vn1「いいね~どころか、世界有数のクァルテットになるし・・・」う~~ん、夢は大きい方がいい!!ということで、頑張るか!!午後から夜8時半まではオケの練習でオペラ「愛の妙薬」を全曲!!今日は一日Vn Vn でした!!
2009.06.20
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今日はレッスンが楽しかった。 初めて1年になる高校生の男の子なんだけれど、とっても良く練習してくる。この前ヴィブラートを教えたところなのに、もうかなり自然に入れられるようになっているし、ポジション移動にも挑戦中本当は楽譜には1st positionで弾くように書かれているんだけれど、いい耳持っていて、開放で弾きたくないとかヴィブラートをかけたいって自分で言って来て、かなり音楽的なセンスを持っている子なんだなぁと思います。だからじゃぁ ここを弾くのは3rdがいいから教えてあげようか、て教えてあげたらすぐに使ってくる。その次に来てくれたお譲さんは学生オケでVaを弾いている方。Vaなんて教えられないよ、て言ったけど、本物の先生はすごくレッスン代が高いから・・・て。じゃぁ弦楽器共通の基本を教えてあげるね、て始めたんだけれど、大学オケって本当に人を上手にさせるよね。難しいところいっぱいあるのに、3年目でかなり弾けるようになっている。しかも今はサブ曲のトップを務めているから、パー練などで自分が教える立場になってますます上手になっていく。今日は来週本番のオケ曲の難しいところをピックアップして練習しました。ちょっとアドバイスするだけで、見違えるようにいい音出せたり、楽に音がとれたり・・・若い彼らは羨ましい限りだわ 私も頑張らないとね!!
2009.06.19
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夜、クァルテットの練習が終わったところで、VaのYさんが、「ちょっとこんなんあるんですけど、興味あります? クラシックアンサンブルのグループの方々、小ホールで弾いてみませんか?出演料はもらえませんが、会場費はただです。ただしオーディションがあります。自分たちの演奏を7月末までにお送りください。写真およびグループアピール原稿1600字つきで・・・」Vn1「へ~~ おもしろそうやね 」Vc「でも何の曲するんですか? ベートーヴェン? それともモーツアルトK464?」私「それはしんどいでしょう!ぱ~と弾けちゃう分でないと・・・それにこのクァルテット名前もないし~~」Vn1「ほんまや、そっから決めな・・・」Va「1600字のアピール文はさっちゃんが書いてね、よろしく!」Vc「じゃぁ練習計画も変えなきゃいけないですね・・・。」すっかりみんなやる気になっています。え~~っ ほんまにするの~~わぁ~お~ ついにデビューですか?ただし、オーディションに残ったらね!!
2009.06.18
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夜 2年のAが宿題をしていました。ちょっと苦手な算数 二桁のひっさんの繰上り足し算です。Aがトイレに行っている間に、そのプリントが目に入ったWはその答えを見て、「あぁ かわいそうになぁ 20問中7問間違っているわ。一の位の足し算の繰上りを十の位に足すの忘れたはる~~~」さて、WはどんなふうにAにそのことを伝えるのかなぁ、と私は注目しました。何しろ「間違ってるで!」と言ったとたんにすぐ気分を害して泣いたり怒ったりすることが多いAですから・・・。トイレから帰ってきたAにWが声をかけました「Aちゃん、百点取りたい?」「うん、なんで?」「このプリント、ちょっとおしいんやなぁ~~、ほんのちょっと!!このちょんちょんと印してあるところ、もう一回考えてみいひんか?」上手やな、W。だいぶAのこと分かるようになってきたんやね。Aはニコニコしながら、もう一度ひつ算に取り組みました。笑い声が響いて、すぐに終了。W「Aちゃん、私が腹筋(運動)するの手伝って、足持ってくれるか?」「いいよ~~ こんな感じ」W「きゃあ~~~ やめて~~ こそばい~~~」
2009.06.17
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朝、小学生の二人を送りだしたら、まず夾竹桃の白い花が散らばる表を掃くことにしています。白い花は可憐でとてもきれいなのだけれど、地面に落っこちて踏まれたらとても哀れ、ぺっちゃん子になって茶色になる。雨が降っていたらずるずるになってこれまたかわいそうできるだけ白いままでお掃除してあげたい。夕方バレエからの帰り白梅町の交差点で虹がかかっているのを発見。一部だけだったけれど、色が美しかった。遠くから見るうちの夾竹桃はこんもりと見事に白い花が満開になっていて素晴らしいけれど、でももう道路の上は花弁と葉っぱでいっぱいになっている。今日は風が意外と強かったので、お向かいのお家の前にまでいっぱい散らかっている。で、もう一度掃くとことにした。掃きながら、そうだ、まずお向かいのお家の前からきれいにしよう。どう考えてもうちの夾竹桃の花びらばっかりだし、それにうちの家と違ってすごくきれいになさっているから、花弁とかあったら目立っちゃうんだよね!そう思って掃いていると、何とお向かいの奥さんとお嬢さんが帰ってこられたんです。あぁ~~見つかっちゃった!!「まぁ うちまで掃かなくてもいいわよ。私がやればいいことなんだもの。この前も、あれ、もう少し花弁とか落ちていたのになぁと思っていたら、さっちゃんだったのね。ごめんなさい、気を使わせてしまって!!」「いえ、だってうちの夾竹桃がばらまいているんだから、できるときはさせて下さい」「あぁ、この夾竹桃、本当にきれいね。こんなに咲き誇っているのも珍しいでしょう。さっちゃんとこ特別に何かしているの?ほんと、毎日楽しませてもらっているのよ。」「私も驚いているんです。こんなちっさな鉢植えを母が持ってきたのに十数年でこの大きさ。それに1m切ったら半年で2m伸びるんですよ。切るのがかわいそうで!!ついこんな風になってしまいました。」と三人でまたまた夾竹桃を見上げていました。たわわに咲きそろったお花で頭をもたげた夾竹桃みんなに愛されていて良かった!!
2009.06.16
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土曜日夜、遊びに来ていたお隣のお孫さん、と言ってももう大学生なんだけれど、その彼女にAが「プールにいきた~~い」と口にしたら、いとも簡単に彼女、「あぁ いいよ、月曜休みだから」と言ったらしいのです。A「月曜プールに行くわ、いいでしょ?」私「え、ちょっと待っていつの間にそんな話が・・・、私友だちと約束しているんだけれど・・・」A「大丈夫、大丈夫。隣のBちゃんと一緒に行くから」聞いてみると近所の温水プールはあいにくお休みだそうで、山科まで行くんだって!!お任せしてもいいけれど、やっぱ何かあったときBちゃんには負担だよね。「わかった。さっちゃんのお約束断って一緒にプールに行こう」わぁ~~~い!!早く明日にな~~れ!!と言うことで今日は久しぶりにプールに行ってきました。1年ぶりかなぁあ行ってみたらやっぱり子ども用の深さには調節されていないのでAはずっと足の立たないまま。あぁ~~やっぱりついてきて良かった!!人も少なくいっぱい泳げるので、もう1時間もすれば「お腹空いた~~」私はちょっと泳いでみたけれど、どうも鼻の奥とかのどが痛くて腫れてきました・・・花粉症だと消毒カルキとかよくないのかな?あぁつまンない。せっかくプールに来て人もいないというのに、こんなことで泳げないなんて・・・まぁ AもWも存分に楽しんで、もちろんBちゃんも・・・良かった、良かった!!帰ってきてみるとちょうど小学校の前をバスで通過する時間がいつもの下校時間と同じでした。今日は校外特別プールデイでしたね
2009.06.15
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小学校は日曜参観 2年のAのクラスは図工、5年のWのクラスは体育。共に新しく担任になられた先生方の一番の得意分野、さらにうちの子どもたち、それぞれの得意分野でもあります。2年 ブンブンごまを作ろう 四角の厚紙に二つ穴を開けて、好きな絵を描いて、糸を通して作ります。授業を始めるにもなかなか始まらない2年生。仕方ないよね。本当にこの3月まで学生さんだった先生なんだもん。でも、始めるのに時間はかかっても、子どもたちに作り方を飲み込ませるのもとっても上手だし、注意するときも、何か子どもがほっとすることを付け加えられるんです。決められたことや言葉だけに頼らず、その場で機転を利かせて、手をつないだり子どもの横に行かれるんです。それって子どもにとって手伝ってあげられるよ、という合図になるでしょう?威圧的でないし、すごく感じいい。きっといい先生になられるだろうな、と思います。5年生の方は、陸上のリレーでした。一通り最初にリレーして、チームに分かれて、もっと上手にバトンするためにどんな工夫をしたらいいか考えて練習をしています。そう言えば、この前のオリンピック?では日本チームは独特のバトンパスをしていたのではなかったっけ!下から渡していた?私が中学の時もよくバトンパスの練習をしました。スパッと通るととっても気持ちいいものです。授業が終わった帰り道私が練習したバトンパスの方法をWに教えてあげました。1.バトンをもらう人が走る瞬間にも「はい」て合図をあげる。2.まっしぐらにダッシュして二人が重なるぐらい近づくことを予測して次の「ハイ」で手を後ろに出す。3.後ろにだす手は身体に付けて高く上げない。3.は出した手があっちこっちにぶれないためです。子どもたちは大抵たくさん手を出さなくちゃバトンを渡しにくいだろうと思って、思いっきり高く後ろに手を伸ばしてしまうんです。そうすると伸ばされた手が走る振動ですごく揺れるから、却って確実には渡せない。W「お~~なるほどね!!」私の陸上歴も少しは役に立つでしょ~~?
2009.06.14
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久しぶりに午後からバレエに行ってきました。行きしなに御所の中を通ったんだけど、予想に反してちっとも涼しくない。今日は湿度が高かったのでしょう。でも緑はとても美しく、立派に枝葉を伸ばした木々はカッコイイ!!住宅街にある木はちょっと枝を伸ばすとすぐに切られてしまう。うちの夾竹桃もそうだけど、とってもかわいそう。それでも今朝、通りがかりのおばあちゃんは満開の夾竹桃にため息をつき、間から顔をのぞかす赤いバラ、あらあら、ゆずもあるじゃない?足元には濃いピンクの紫陽花も・・・面白い花壇ね、と楽しんでいかれた。そうそう、御所を通ってバレエのレッスンに行って、とても気持ち良かった。もう暑い時は動いて思いっきり汗をかくのがいいかもね。今、Vnの方は病院の七夕コンサートの曲選びをしています。今回ピアノ伴奏を妹ができないので、ピアノとチェロが弾ける友人と一緒に出ることにしました。さて、どんな曲にしようかな?今晩は初めてベートーヴェンのチェロとバイオリンのデュオを弾いてみたんです。 聞いたこともない曲だけれど、結構いい曲かも、予想より難しくなさそうだし・・・さて、彼女はどんな選曲してくるかな?
2009.06.13
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私はVnを弾く時よく目をつぶって弾きます。覚えてしまった曲はその方がとても弾きやすい。小さなときからそうでした。楽譜のない状態を作り出すのにてっとり早いこと、そして音楽の中に入りやすく、そしてそれを保つのにも視覚がない方が良い。だからアンサンブルやオケーケストラの時に楽譜を見ながら音楽に入っていくのはかなり難しいでした。常に集中を途切らす何かに、さらされ続けるからです。でも楽譜を見ることもそのうち慣れて、むしろ楽譜に集中することで他の物の侵入を防げたりもするのですね。今日、夕飯の準備の時、ためしに目をつぶってお野菜を切ってみました。自分が目を開けていても、違う方向を見ながら切っていることが多いから、できないかも?なんて疑いは持っていません。でも目をつぶって切ることと、めを使いながら、なおかつ違うところを見て切っているのとでは感覚は全然違いました。視覚を使わずお野菜を切る時、すごく指の感覚が拡大されました。たぶんいつもの2倍ぐらいのことが指先から伝わってきます。例えば、皮むき器で人参の皮をむいた時、それぞれ剥かれた場所に作られていく面の角度の大きさ。こんなものは目で見ている時は全く気が付いていない。でもよくわかるんです。人参の肌のぶつぶつもよくわかります。真半分に切るためにはどんなふうに指を使ったらいいのだろうか、細いところと太いところ、同じような大きさにするための輪切りの厚みの変え方、全部指で感じます。普段全く意識せずにいたことがすごく良く感じられるんですよ。視覚を持たない時間を持つというのも、とても良いことだなぁとつくづく思いました。
2009.06.12
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今日も頑張りました。何をがんばったかって? それはなんと言っても夜のクァルテットの練習です。このクァルテットの練習は現在2本立てで1時間ずつ2曲のクァルテットを弾くのです。今日の前半はモーツアルトのクァルテットNo.1で今日が最終日。これからしばらくの間はモーツアルトを2回で仕上げていきます。後半はボロディンのクァルテットNo.2 こちらの方は今日が初日1,2楽章にトライしました。とても有名な曲で、数年前、BSの番組と番組のはざまで良く流れていた曲。ライン川のゆったりとした流れを彷彿とさせるメロディがさらりさらりと転調していくので、聴く分にはとても気持いいのですが・・・合せてみれば、何と和音が難しいことか…これからぼちぼち美しい和音を作り揺れを楽しみたいと思います。問題はこれからのクァルテットの新曲ラインナップのスケジュールです。来週はベートーヴェンのラズモフスキーNo.3がスタートし、もう一つのクァルテット「I'l vent de estate」の方も新たにシューベルトの「死と乙女」が始まります。きゃぁ~~ 私ちゃんと練習できるかしら・・・ しばらく修行が続きます。
2009.06.11
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辻井伸行さんがバン・クライバーンコンクールで優勝されて、皆が彼のことを知ることとなりました。優勝されなくても彼の音楽もピアノも何も変わらずいつもの彼と共にあるのですが、それでもたくさんの方々に知っていただくことができる機会となったことは、やっぱりいいことです。そしてハンディを持っておられる方や障害自体に対する考えが、変わっていくいいきっかけを頂いたのではないかと思います。ハンディ、障害という言葉が示すように、普通なら持ちえている能力を持っていない状態をさす言葉だと思いますが、あるはずのものがない状態に陥ったとき、必ずそれを補おうとして、違う能力がどんどん力をつけるものなんですね。私の友人の中途失明をした方たちも、素晴らしい記憶力を持っておられるし、また音に対する感受性も相当の高さをお持ちです。ビジュアルにごまかされることなく、「聴」によって多くの情報を得ておられるのです。去年の年末、友人のNさんはクリスマスコンサートに行かれました。その時、聴覚に障害のある方がピアノの演奏されたそうです。新幹線がホームに入ってくる音が全く気付けないその方は、「息を呑むほど素晴らしい演奏。とてもデリケートで温かみのある生き生きとした音楽だった」と言っておられたと記憶しているのだけれど・・・どうやってその方はピアノを弾いておられるのでしょう。自分の出している音をどんなふうに感じておられるのでしょう。私の想像だけれど、空気の振動や床から伝わってくる振動、そして鍵盤を押さえる感覚を非常にデリケートに感じておられるのではないでしょうか?一曲、一曲がその方にどんな世界を提供しているのか、それを想像するとわくわくします。そうだ、視覚障害の方がよくダイビングを楽しまれるというのもこの前友人のAさんから聞きました。ふつうダイビングは水中の美しさに惹かれてなさる方が多いそうなのですが、きっと無重力の体感の素晴らしさを楽しんでおられるのでしょうね。ハンディと思われているものが作り出す力、一体どこからくると思いますか?私は集中する力ではないかと思うのです。刺激があればある程集中できません。多くの情報を遮断することによって、自分の内なる感覚に力をつけていける。そんな気がしませんか?私も、もう少し内なる感覚、育てられるかなぁ~~
2009.06.10
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今週木曜から小学校ではプール授業が始まります。Aはずっとずっとプールに入れるのを楽しみにしていました。というのも大の仲良しのMちゃんが毎週プールに行っていて、そのお話を聞くたびに、自分も泳ぎた~~い、との思いを募らせていたのです。去年使った水着も試着して大丈夫、今年も使える!「あ、お母さん ゴーグル なくしてしまってた~~」学校とかのプールも消毒のカルキがかなりきついからとてもじゃないけれどゴーグルなしでは水中で目は開けられない。今日バレエの行き帰りにお店に寄って買おうということに、昨日決めました。今日彼女は残り遊びをして帰ってくるのがいつもより遅かったのだけれど、すぐに二階に上がって行きました。何も朝に確認しなかったんだけど・・・と思いながら私はせっせと夕飯の準備をしています。「はい。じゃぁ 頭して」振り向くと早くもバレエの着替えを済ませたAが立っていました。「バレエの行きしにゴーグル買おうね!!」こういうことだけはしっかり覚えていられるんですね。ちょっと待ってね、まだお料理できてないから・・・
2009.06.09
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笑い方も九人九色 ある日バレエの先生はうちの家の前を通っていた時、高らかに響き渡る笑い声を耳にして思った。あの声は三女のKに違いにない。(この先生はうちの女の子全員を教えたあるいは教えている経験を持っておられる)最近発掘された逸材は四女のW。その笑いを二男Sは「過笑症」と名付けた。とにかくツボにハマったら、もう止まらない。信じられないぐらい笑い続ける。みんなの笑いが止まってもどんどん笑い続ける彼女の笑いに誘われて、みんなの笑いも止まらない。なんて笑いだ!手が震えて字が書けなくなるし~~食事ものどに通らないそのうちおなかも痛くなるし、顎外れそう~~さらに特徴的な笑いのわざを持っているのは二女M「無音笑(症)」と言えばすぐに分かってもらえる。とにかく表情だけで笑うこの笑いもKとはま逆ながら、それに気がついた人間は笑いの虜にされて、当分笑う覚悟を持たなければならない。我が家を訪ねる人、心してお入りくだされ~~
2009.06.08
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今、我が家でよくぶつかる人は下のA(7),W(11),S (17)トラブルの種はあっちこっちにある。W「ね、お友だちとお部屋で一緒に遊んだら、ちゃんと片付けてよ!!」S「Aちゃん、何度言ったらわかるの、そんな暗い所で描いていたらダメでしょ!」Wの言うこともSの言うことも間違ってはいないけれど、Aはそういう言葉を聞くと、つい反抗したくなる。だって~~ と弁解もしたいし、何回も言われるたびに声の大きさが大きくなって迫ってくるから怖くなって、ついちょこっと手が出たりする。するとたちまちもっと怒られる。「そんなことしたらダメでしょう!!」また時にはちょっとからかっちゃおうかな、とWはAいじってしまう。もちろんAは「何すんの!!!」めいっぱい怒る。きょうだいというものは互いに大好きだけれど、時にはこういうことになってばちんばちんとぶつかり合う。昨日WとSに言いました。「あのさ、注意するのはいいことよ、でも小さい子の気持ちも少しは汲んであげなさい。ガミガミ言ったってできるようになるわけじゃないの!!それに、クラスの友だちとじゃれ合うように、Aをいじったらダメ!小さいってこと考えてあげて!あなたはふざけてやっているつもりでも、小さい子はものすごく真剣なんだから。私も小さい時、よくチェロおじちゃんに遊ばれて、ものすごく本気で怒っていたもの。気をつけてね!!」「A、あなたも自分のことは邪魔くさがらずにちゃんとする。そしてWやSがふざけて言っていることは、本気じゃないんだから。そんなにぷりぷり怒ったり、ぎゃ~ぎゃ~泣いたりしないで、ね!!」少しは分かってくれたかな?
2009.06.07
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午後から友人りっちゃんの7回忌の法要がありました。ご家族ご親族に交じって、私たち友人もご一緒にお祈りさせていただきました。初めてお会いしたときのことが鮮やかに蘇ります。団地に住んでいた長男Aが1歳のころのことです。同じ棟の同じ階段に新しいご家族が引っ越してこられました。明るい日差しの中で3人の坊ちゃんを連れたご夫妻が、ご挨拶して下さいました。「はじめまして、・・・」笑顔の美しい上品な奥さんと学生のような初々しさをお持ちのご主人。それがりっちゃんご一家です。その後2年で私たちは福井に行ってしまったけれど、お付き合いは続けて下さって、互いに4人目の出産は同じ年だったのです。その一番下のAちゃんが中学2年の時りっちゃんは病気でなくなりました。余命数か月と言われながら、彼女は暖かい家族に囲まれて、子どもたちの力に支えられて、ご主人の信頼に応える姿に支えられて、良い毎日を過ごされました。私がもう彼女が病気だなんてすっかり忘れてしまうほど、明るくて笑顔の中の3年間、立派に生き抜いて下さった。あれから丸6年。勢ぞろいした子どもたちは立派なカッコイイ青年たちとりっちゃんに似た美しいお嬢さんになっておられて、天国にいるりっちゃんもどれほど喜んでおられるだろうと思います。ご主人は「長い、長い6年でした」とご挨拶されました。私のイメージではりっちゃんはご家族にとって「おひさま母さん」だったから、そのぽっかり空いたお空をどうやって保ってこられたのか、一日一日が修行のようだったかもしれません。でもご主人もどの子も、みんな朗らかで穏やかで・・・やっぱりりっちゃんの残したおひさまはちゃんとご家族の中にしっかりと引き継がれていることを感じました。良かったね、りっちゃんおめでとう、りっちゃん
2009.06.06
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S「え、Aちゃん。本気で泣いてんの?こらりゃ大変や、Aちゃん号泣~~~」私「うん、そうやろ さっきまでみんなと一緒に『さむらい7』の最後の巻を見てはったんやけれど、Aの好きなキュウゾウがしなはったって、そこから大泣きなん。」S「信じられへん。アニメでそんなに泣くか?しかも去年も見てはったし、知っている話やで・・・。」私「やっぱり去年より感受性が発達しはったってことかなぁ~、それにしても大声で泣いてる・・・ 」泣きたかったら泣いてもいいよ、て言ってあげたんだけど・・・却ってあかんかったかなぁS「おれ、小学校の時でもあんなに泣いたことなかったで!」長男A「つまり17歳のSは7歳のAよりも感受性が発達してへんてことやな~~」ハッハッハ~~
2009.06.05
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昨日、清水みわさんの作品を見せていただきながら、いろんなお話をしました。絵を描く人も彫刻をする人も、芸術の世界に生きる人にとっては自分の作品は、心底自分が向き合って作り出したもの。私が見て、この色合い素敵だなぁと思っても、みわさんにとってはこれね~ もっとこんな風にしたかったのよね。なかなかうまくいかない~~と相当辛口なんです。みわさんにとって上手くいっていなくても、私たちやそのほかの人にとってそれが良いものであれば、たとえば予定通りに色が出なかったとしても、その予定外の偶然が作り出したものを良いものと考えることはできないの?う~~ん。それはまた違うの。ね、ただの偶然が良いということになればめちゃくちゃでも偶然が作り出したものに変わりはない。ね、自分の手で良い偶然が起こせなければならないわけよ。私だって全てを計算づくめでやっているわけではなくて、そういう遊び偶然が作り出すだろう面白さや美しさを含めたうえで考えている。全部入れたうえでやっぱり駄目だなぁて思うの。音楽っていいね。ダメだ~と思っても消えていくもの。心が楽。作品はここにある。残ってしまう。これを見せられるのってかなりきついよ!!彼女はやっぱりアーティストというしかない。自分の作品に関しては、まぁいいや!!は存在しない。そんな彼女の悩みは自分の思い通りの作品が作れないことではない。それは永遠の課題であるということを良く知っていて、それがあるからこそ芸術家として生きれる。試行錯誤を重ねて仕上げてきたものに値段が付けられること。絵画と違ってこういう作品についての金額的評価というものもまだまだ定かでない。加えてものすごく手間暇のかかるものであることから、少々いいお値段で売れたように思っても、制作販売の経費を引いたら自分の手に残るものは微々たるもの。それを時給にして考えれば、あほらしくてやってられない、という。みわさんが手がける芸術という分野並外れた感性を持つ人々が作り出す作品は、言葉を介さず人々に生きる勇気を与えたり、安らぎを与えたり、真実を伝えたりする、非常に重要な希少なもの。その稀に見るものに値段がついた途端、ものすごく世俗的なただの物になってしまうような気がして、私も悲しい。芸術作品と、それを作り出す作家、その両方が生かされる方向とはないものかしら・・・。
2009.06.04
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何年ぶりかで中学の友人Kさんと今日お話をしました。前にお会いしてから4、5年ぐらいは経っていると思います。お嬢さんもうちのKと同い年ということもあって、子育てもずっと一緒にやってきて、とうとうそのお嬢さんがお家から離れて一人暮らしを始められたということで、ほっと一段落されたところです。まだまだ子育てに時間を費やす私からすれば、ちょっぴり羨ましいくもある彼女です。今日は二人で積もる話もたくさんしましたが、それにもましてすてきなところに二人で足を踏み入れてきました。それは同じ中学生の同級生で、たまたま歯医者さんで再会した清水みわさんの仕事場に入らせていただいたことです。歯医者さんでお会いするまで、彼女が何をしているのか全然知りませんでした。中学の時同じクラスになることもなかった私なので、絵のすごく上手な友人とよく一緒におられたなぁなんて思っていたぐらいでした。いま彼女は織りと刺繍という技術を使って自分の作品を作っています。ご自分でも自分の作品を言葉で表わすのはとても難しいとおっしゃるのですが、敢えてそれに挑戦してみれば・・・さまざまな色糸で織上げられたタペストリーのような少し厚みのある織物にさらに刺繍を加えて絵画のような作品が作られています。絵の具で描かれているものとは違って、かなり素材としての主張があること、実際の厚み(ミリ以下だと思うけれど)が作り出す立体感、そしてさまざまな色糸の重なりからつくられる色感が光の当たり方によっていろんな表情を作り出します。背後から光が当たれば、またその透け感が違ったものを作り出すという、布ならではの作品です。そういう意味ではものすごく面白いもの。でもその手間のかかり方は半端ではありません。彼女はシルクやシルクウールの白糸を染めるところからまず始めます。微妙な色合いの違いを狙ってたくさんたくさん色染めされた糸の束がお部屋にはずら~~と並んでいました。それらを縦糸横糸に渡して織りの作業に移りますが、それも単純ではなさそうで、素人の私にはとてもはかり知れません。でもかなりの色数をはめ込んでつくられています。下から上へ同じパターンというものを感じさせない、だけど違和感なくつくられていく色の変化は人の手でなければ作り出せない。その布の上に、絵画的な刺繍が目に留まらないほどの細やかな入れ方から存在感ばっちりの入れ方までを駆使して心像というような詩的なニュアンスの作品を創り上げています。まぁ大体3か月は1作品にかかるそうです。いつか皆さんにお見せできる時が来るかなぁと思います。楽しみにしていて下さいね。
2009.06.03
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長女Hの京舞はなんだかんだと言いながら今も続いている。レッスンに行ったら、振り付けを覚え、家に帰ってからそれを復習する。実は私が子どものころのヴァイオリンのレッスンも同じで、先生が弾かれる曲を耳で覚えて(耳コピ)そして家で練習しました。そしてある時、次の曲が何だったかさっぱり分からなくなって、とうとう母と一緒に楽譜を買いに行ったのを覚えています。今日、Hにも同じことが起こった。「あれ?昨日のおけいこの振り、どうだったっけ?」最初から何度もやってみるけれど、どうしても思い出さない。私と違うところは踊りには楽譜がないこと。記録されている手段がない。いや~この時代に、ビデオの一つや二つぐらいはあるでしょう~それが、ないんだって!!踊りは門外不出。一切記録は残さない。インターネットでも調べてみました。でもほんの少しだけ移っているシーンはあるけれど・・・・、ない。もちろんHが今習っている舞も、やっぱりない!!はぁ~~ すごいですね。習っている人間だけが知ることができる。一回見て覚えられる人だけが、持ちえる情報なのです。こんなにClosedを徹底している芸能も珍しいのではないでしょうか!
2009.06.02
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朝、外の空気は冷たく、でも空はきれいな青空に輝いて、こんな天気が夏もあったらなぁ~って思ってしまいました。こういう感じがカナダの夏、でも日差しはこの2倍ぐらいキツイです。 大事な連絡をきちんと済ませ、ほったらかしになっていたリビングをかたづけたら、12時半までかかりました。8人で過ごしているにしても、これはひどいね~~。 本当にいろんなものが積み上げられて、どうにもならなくなる。ガンガン言うのも嫌だし~~一人が物を置き出すと、あっという間に積まれてしまう。床にゴミが落ちていたら、どんどん落とされて、床はごみフロアー!!ニューヨークの地下鉄のように、せっせ、せっせときれいにしていくか!!そんなな片付けをしている最中、大学生のKが起きてきて、「お母さん、私のピンクのファイル知らん?」「え、その辺においてあったんと違う?わたしKのカバンに入れたかなぁ・・・?」と記憶定かではありません。K「私、昨日学校行く時、邪魔だからテレビの部屋(リビング)のビデオ棚に立てかけておいたんやけど・・・」「え、今掃除しているけど、それは見てないよ。昨日か一昨日かソファの上にも置いてあったし、テーブルの椅子の上にも置いてあったような・・・」K「はぁ~ 何で勝手にあっちゃこっちゃいってんの!!それにしてもいったいどこに行った~~。あれ、前期の授業のすべてがファイルされているというのに・・・。 とにかく今日は良いから、もしあったら私の所に置いておいてね、ありがとう!!」やれやれ、誰もが触っていいところに大事なものをおいていたら、そら勝手にあっちこっちに行くわなぁ~みんな、これじゃま~~て適当に違う場所に置くだろうから・・・。全然私のせいではないけれど、こういうのって嫌なんだな、実に・・・。その後も頑張って掃除をしましたが、Kのファイルらしきものは見当たらない。そんなときメールが飛び込んできました。K「ごめん、学校にあったわ~~」あぁ~~ 良かった。こりゃ本気できれいにしないと、きっとほかの誰かも〇〇がない~~て叫ぶに違いない
2009.06.01
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