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今日は山にお散歩に行ってまいりました~。本当に久々だったので体力は大丈夫?、とちと心配しましたが、まだまだ大丈夫だったようです。ひと安心。が、「ぶよ」にさされたのか?脚がパンパンになっております。ついでに、昨日検診のため血液採取した腕も、青丹作って腫れ気味です。いたい‥ぞー!「偽善」なにが本当で、うそなのか、なにが正しくて、間違っているのか、なにが本物で、偽物なのか、そのようなことで図るのではなく、私たち自身が今までしてきた事に対し、なにか試されている‥そんな感じがしています。自分の中に在る真実のなかで、自分自身が感じたものを、自分の都合のいいように飾り付けていなかっただろうか?自分自身の言葉を発するとき、聞こえのいいようになにかで包み込んでいなかっただろうか?すべては自分自身を守るために、よく見せるために‥。もし、そのようにしていたとしたら、いまその「結果」というものが、そろそろ手元に届こうとしているのかもしれません。わたし達に対する、「責任」という大きな荷物が届けられる時期になった‥そのように受け取っています。耳に心地よかった言葉は、耳障りに感じるようになり、温かな空気は、冷たい氷のようになり、信じていた真実は、うその塊になる。もうその仮面は剥がれ始めています。きっと、私の元にもそろそろ戻ってくる事でしょう。
2009年11月27日
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なにやら、バタバタと忙しい日々を過ごしておりました。そして、いつの間にか?そろそろ年末に突入。年賀状の準備や、大掃除などなど、まだまだ忙しい日々が続きそうです。「変動」最近、聞こえてくる声に対して共通していると思われる言葉。「変わる‥」なにが?という明確な答えはない。一番最初に見えたものは「オセロ」だった。その駒が忙しく動いている。大きく流れというものが変わるのだろうか?今まで信じていたものが、信じられなくなるのだろうか?見えているものが、見えなくなるのだろうか?世界が反転するのだろうか?すべてのベールがはがれ、真実の姿を現すのだろうか?なにが‥という明確な答えはない。でも、今までとは違う何かが起ころうとしている、そんなものを感じているような気がしている。
2009年11月24日
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とうとう我が家にもインフルエンザの波がやってきました。先週末から長女が発熱、幸い家族に感染はなかったのですが‥、長男のクラスは、今週月曜日から学級閉鎖。いきなり二度目の秋休みか?と思うような我が家。今日から長女は学校にいき、少し静かになった我が家です。「未来に‥」見えないはずのものが見えていたり、聞こえないはずの声を感じてしたり、大きな愛に包まれている子供達がいます。そんな子供達‥、子供から大人に向かうステップとして、10歳過ぎた辺りから「思春期」なるものを迎え始めます。だれもが通る道。そのような時期に差し掛かると、今まで当たり前だった「見えない世界」との接点が一旦、封鎖に向かったりします。それは何故なのかな~?と考えていました。大人になるために、たくさんのものを吸収する時期だから?肉体的にも、精神的にも「改造」される時期だから?精神的にバランスをとるのが難しくなるから?などなど、いろいろなことを考えたりします。たくさんの意味を感じる中で、親子という絆にも関係しているのかな?とも思ったりしました。親からはなれ、ひとりの個として「自立」に向かうために。どうしても、見えない世界を知っている子供達にたくさんのことを聞きたくなったりします。子供達はその問いに対し、たくさんのことを教えてくれたりします。でも、それに「依存」することは望んではいないはずです。そのものを繰り返す事は、互いの成長の脚を引っ張る結果にもつながってきます。たがいの成長の妨げになる前に、神様がそのようなことをされているのかな~?と自分自身の経験も踏まえ、考えたりしてみました。本当の理由はわからないけれど、親として、子として、自立しながら、歩いていく。共依存することなく、一人の個として、これ以上、いろいろなものを背負わないように‥。
2009年11月12日
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急に冷え込んできたようですね。だんだんと冬に近づいていくのでしょうか?もう少し、「秋」 を楽しんでいたいような気が?しています。「相手の意識に‥」このスピリチュアルの世界に入ってきて、「レイキ」 というものを一番最初に習った時、「相手にきちんと伝えずに、エネルギーを送らないこと」と教わりました。「自分勝手」は駄目!だと‥。それは、どのエネルギーにもいえることだと思っています。「疲れていそうだから」 「光を感じられないから」「治して上げたいから」「闇がたくさん在るから」と「判断」し、エネルギーを送る急にエネルギーというものを送られた側は、どのように感じるでしょうか?その人は (人だけではなく、大地や神社などにも当てはまる事でしょう)いろいろな 「意識」 がいきなりやってきて、「苦しい」 と感じるかもしれません。「痛い」 と感じるかもしれません。そして、言い方を還れば送ったエネルギーで「侵食」してしまうことに繋がるかもしれません。せっかくのエネルギーが、そのように感じられたとしたら‥、互いに、とても残念な結果になってしまうことでしょう。すべてがそのようなことだというのではありません‥。送られる側は「自分自身」でもあります。「自分自身」 はそのようなことを望んでいるのでしょうか?もう一度 「相手の意識」を感じ、それを 「自分の意識」 として感じてみてはいかがでしょうか?
2009年11月02日
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