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「なにかこう、魔法が妨害される嫌な感じがしましたね。この感覚は……」 四足で立ったまま奈里佳を見上げるクルルは言葉を濁したが、後にどのような固有名詞が続くのかは聞かなくても明白だった。(間違いなくフューチャー美夏ね) 奈里佳2号も断言する。「やっぱりこの感覚はフューチャー美夏よね。でも、私がこの中津木総合病院の中にいると知ってたらそのまま入ってくるはず。なのにそうしないなんて、ここに来たのは単なる偶然だったのかしら?」 フューチャー美夏の行動の真意がどこにあるのか読めない奈里佳は、右手親指の爪を軽く噛んだ。「なにかの罠という可能性もあるんじゃないでしょうか?」 とりあえず言いました。という根拠の無いクルルの意見だったが、奈里佳はそれをまじめに受け止めた。「そうね、一瞬だけ姿をあらわして、私達をおびき寄せているのかもしれないわね。自分が戦うのに有利な状況をどこかに設定しているんじゃないかしら?」 奈里佳はそう判断したが、大はずれである。まさかフューチャー美夏が痴話喧嘩の延長線上の理由でUターンしたのだとは、想像の範囲をはるかに越えていたのだ。(あら、怖いの? まったく奈里佳ともあろうものがあんな奴に怖じ気づいちゃうだなんて、ははっ、笑っちゃうわね) しなくても良い挑発をしてしまうのが奈里佳2号である。「誰が、怖じ気づいているってッ!? 怖いわけ無いでしょ? さあ、おにゃんこナース! フューチャー美夏を追って飛ぶわよッ!!」 挑発には喧嘩腰で応えるのが流儀という奈里佳と奈里佳2号である。奈里佳は深い考えもなしにそう答えると、おにゃんこナースの背中に手をかけ、そこから大きな白い羽をずるずると引き出したのだった。そして奈里佳自身も自らの背中から黒い羽を出すと、そのまま部屋を横断して院長室の窓を開けた。「待って下さい。奈里佳さん」 窓から身を乗り出して今まさに飛ぼうとしている奈里佳を追いかけてくるおにゃんこナースは、何故か何もな場所で転んでしまった。そしてその左手のランチャーから1本の注射器ミサイルが暴発して院長を襲うが、狙ったわけではないので、それは院長の左頬をかすっただけだった。「急いで、おにゃんこナース」 背中の黒い翼を羽ばたかせ、空中に乗り出す奈里佳。そして奈里佳に続いておにゃんこナースも窓から宙に舞った。中途半端に手だけが猫の手に変身した院長を残して……。「どっちを向いても、猫耳少女ばかりじゃない。修ちゃんはどこなのよ」 城南中学校に戻って来たフューチャー美夏は、堀田修司を探して歩き回る。ユニ君が校内の監視カメラをすべてモニターしているとは言っても、死角が多すぎて修司が変身した猫耳少女を見失ってしまっていたのだ。(あれじゃないのか?) フューチャー美夏の視界に光る矢印が現れた。その矢印が指し示す方向を見ると、そこには不器用な猫の手で、必死になってカメラを操作しようとしている猫耳ナースッ娘がいたのだった。
Mar 30, 2005
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「看護するにゃ! みんながんばって猫の手で困っている人達を介護するにゃ! 病人や怪我人、み~んな、み~んな、看護してあげるにゃ!!」 中津木総合病院の廊下で、おにゃんこナースがそう叫ぶと同時に、街中にあふれて道行く人々を片っ端から自分達の仲間に変身させていた猫耳ナースっ娘達は、一瞬でその動きを止めた。そして口々に、『看護するにゃん♪ 誰か病人はいないかにゃん? 怪我人でもいいんにゃけど』などと言うと、看護すべき相手を探すのだった。(美夏、変身した人々の動きに変化が現れた。さっきまで変身させられた者が新たに別の者を変身させるという加速度的な変身の連鎖が見られたが、ようやくその連鎖が終了したようだ) 空を飛び、あと一息で中津木総合病院に着くという時、街中の監視カメラを使って状況を把握していたユニ君がフューチャー美夏に報告をした。「ねずみ算じゃなくて、猫耳だから猫算か……。ともかく変身の連鎖は止まったのね。で、結局のところ、中津木総合病院を中心として、どこまでの地域で変身現象がみられるのかしら?」 既に中津木総合病院への着地体制を取ろうとしていた夏美は、特に深い考えもなくユニ君にそう応えた。その姿はナノマシンの作動によって発生する熱を強制排出する為の冷却レーザーシステムにより緑色に輝き、腰の回りにはその副産物である実体の無い光のフレアスカートが出現していた。まるでバレリーナのように。(そうだな。変身現象の外縁は、ちょうど城南中学を飲み込んだところだな) 淡々とした口調のユニ君は、城南中学校の内部の様子をとらえた監視カメラの映像をフューチャー美夏の視界に映し出した。「秀ちゃんッ! 何やってるのッ!?」 その映像をひとめ見た時、フューチャー美夏は自分の目を疑った。自分の恋人(?)である堀田修司が、猫耳ナースッ娘に変身している生徒の左腕についている注射器ミサイルランチャーから、無理矢理奪うようにして注射器を抜き取ると、自らの腕にその針を突き刺したのだった。(どうやら、あの修司という人間は猫耳な少女に変身したかったようだな) 過去の修司の言動をメモリーから読みとると、ユニ君は即座にそう断言した。そうこうする間に、注射器の中身の液体は修司の身体の中に注入されていく。既におにゃんこナースからの魔力供給は絶たれているはずなのに、修司の執念のたまものか、修司はその姿を猫耳ナースッ娘へと変えていった。「まったく修ちゃんのバカッ! もう、戻るわよ。ユニ君。あのバカ、一回殴ってやらないと気が済まないッ!」 空中でくるりと向きを変えて戻ろうとするフューチャー美夏。(今の状態で彼を殴ったら、複雑骨折くらいでは済まないと思うが、それが望みというならそうしよう) 冗談か本気か、ユニ君はフューチャー美夏を止めるでもなく、重力制御システムが作り出す重力の向きを反転させた。中津木総合病院の玄関前に着地寸前だったフューチャー美夏は軽く地面を蹴るとそのまま城南中学へと戻っていった。……まったく何しに来たのやら。「今、もしかしてフューチャー美夏が来なかった?」 中津木総合病院の院長室の中、おにゃんこナースをはじめとする猫耳ナースッ娘軍団が院長の手足に包帯を巻いたり、爪が出た猫の手で身体を拭いたり、おむつをさせたりしているのをにやにやとしながら見ていた奈里佳は、不審そうな顔をするとクルルに質問した。 それにしても、院長先生。下手に変身しなかったものだからかえって悲惨な状態になっているかもしれない。
Mar 29, 2005
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「あちゃ~」 おにゃんこナースの様子をひとめ見た奈里佳は、右手で顔をおおうと大げさに天を仰ぎ、ついでにちょっとだけため息をついてみせた。まあ早い話が呆れているのである。(ほーほっほっほっ♪ 奈里佳1号だと威張っていても、やることは抜けてるわね」 奈里佳の落ち度は自分の得点とばかりに勝ち誇る奈里佳2号。「下手を打ったのはおにゃんこナースのほうで、私じゃないわよ」 やや苦しそうに言い訳をしながら、奈里佳は廊下にうずくまっているおにゃんこナース手をかけた。「ほら、しっかりしなさい。もうこれ以上みんなを変身させる必要はないわ。猫耳っ娘ナース達にそう伝えなさい」 表面上は優しい口調ながらも、それとは若干異なる想いでおにゃんこナースに命令する奈里佳。「おにゃんこナースが変身させた猫耳っ娘ナース達が、新たに誰かを変身させる場合の魔力を供給しているのは、ここにいるおにゃんこナースですからね。あんなペースで加速度的に変身の連鎖を続けていたら、下手すると命に関わるところでした」 猫のふりも忘れて、真剣な面持ちで解説するクルル。分かっていたなら最初から止めろよと思わなくもないが、元の記憶のすべてを保持しているわけではないので、これがクルルの精一杯なのかもしれない。(で、奈里佳1号としては、これからどうするつもりなのかしらね?) 皮肉っぽいというか皮肉そのものというか、どこか傍観者のような感じの奈里佳2号。奈里佳が克哉だった時とはえらい違いである。どうやら2号も含めて奈里佳という人格は、本質的に自分が1番でないと納得できないというところがあるらしい。ようするに、『ほーっほっほっほっ、女王様とお呼びッ!』というのが基本というわけだ。「とりあえずおにゃんこナースを回復させるわよ」 奈里佳2号に対しそっけない返事をしながら、奈里佳は身をかがめておにゃんこナースの顔に自分の顔を近づけると、ためらいのそぶりを見せずにマウスツーマウスのキスをした。「んん、んーーッ ぷはッ!」 息が苦しくなるまでキスをするなんて、ちょっとやりすぎだと思う。しかしキスという刺激により、おにゃんこナースは正気を取り戻したようだ。その表情にやわらかさが加わっているのが分かる。(本来なら、おにゃんこナースの魔力の源は、結晶化した自分自身の存在を強制解凍することによって得ているのよ。魔力を使えば使うほど結晶化は解除されるのに、逆に魔力を使っているのにストレスためてどうするのよ。やっぱり奈里佳にふさわしいのは私のほうね) ことあるごとに自分こそ本来の奈里佳だと主張している奈里佳2号だが、すでにその主張はむなしい。「おにゃんこナース、みんなを猫の手な看護婦さんに変身させるのはいいんだけど、あなたがしたかったことは、みんなを変身させることだけじゃなかったはずよ。思いだしてみて」 奈里佳2号の言葉を完全に無視する奈里佳。やはり似たもの同士ということで、一旦反発しだすととことんまでなのかもしれない。「私の、したかったこと……」 さっきまで覚えていたのに忘れてしまった大事なことを思いだそうとするおにゃんこナース。「そう、おにゃんこナースがしたかったこと。みんなを猫耳な看護婦さんに変身させて、それでみんなに何をさせたかったの?」 こんな優しい言い方もできるのかと驚いてしまうくらいの優しさを見せる奈里佳。……見せかけだけかもしれないが。「私は、猫の手かもしれないけど……」 変身している為か、抽象的な思考が苦手になっているのか、言葉が続かない。何とかして言葉を探そうとしている態度はけなげだが、真っ白な猫耳は下を向いてしまっている。このあたりで限界なのだろう。「不器用でドジな猫の手のように使えないと思われても、一生懸命にやってる自分の気持ちを理解して欲しかったのよね?」 おにゃんこナースがきちんと自分の気持ちをまとめるまで待っていたら埒(らち)があかないとでも思ったのか、奈里佳はおにゃんこナースの気持ちを代弁した。「そう、だから私は、一度でいいから、みんな私になって欲しかった」 自分の本当の気持ちを思いだしたのか、その目に光が戻ってきたおにゃんこナース。奈里佳はそれを見て、叫ぶのだった。「さあ、おにゃんこナース、 変身させたみんなに伝えなさいッ! あなたの本当の望みをッ!!」 大きくビシッっとポーズを決める奈里佳。そして奈里佳はおにゃんこナースの言葉を待つのだった。
Mar 27, 2005
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「よし、ここなら大丈夫」 授業時間中なので、廊下には当然のごとく誰もいない。『廊下を走るな』と書かれた廊下を全速力で出口のほうに駆け抜けると、下駄箱から靴を出して急いではきかえる。そして下駄箱が影を作っているその場所に立ち、夏美は戦いへ臨む決意をする。「ナノマシン展開、チェンジ! フューチャー美夏(みか)ッ!」 スカートのポケットからユニ君を構成するナノマシン群の一部、つまり見た目はPHSにしか見えないそれを取り出すと、夏美は小さく、しかししっかりとした声でそう言った。 すると前と同じようにPHSがその姿を変えて夏美の体表面を覆いだした。PHSに擬態していたナノマシン同士の結合が解け、ゆるゆると手から腕へと液体金属が流れるようにナノマシンが展開していく。 そしてものの30秒もかからず、夏美の身体は銀色に光り輝くナノマシンに覆い尽くされた。顔の上半分を覆う半透明のバイザーがついたヘルメットの後ろからは、ナノマシンによってコーティングされた銀色の髪をなびかせている。さらにセーラー服もナノマシンによって覆われて、前回と同じように銀色のレオタードに全身を包まれているような姿の夏美、いや、フューチャー美夏が現れた。「ようし、バトルモードに展開完了! ユニ君、飛ぶわよ」 既に第2戦ということもあり、慣れたものである。バトルモードに変身し終わったフューチャー美夏は校舎から出ると、空を見上げた。「了解。重力制御装置作動、目標、中津木総合病院」 ユニ君の声とともに重力制御装置が作動すると、フューチャー美夏の身体がふわりと持ちあがり、そのまま勢いを増して中津木総合病院の方向へと飛んでいくのだった。「あら~、猫耳っ娘だらけ♪ おにゃんこナースもけっこうがんばるわね」 写真撮影を終えて女子トイレから外に出てきた奈里佳は、回りの様子を見て嬉しそうにうなずいた。(そうかしら? ただみんなを猫耳ナースっ娘に変身させているだけで、芸も何もあったもんじゃないと思うんだけど) 甘口の奈里佳に対して、辛口の奈里佳2号。「私が変身させたおにゃんこナースの仕事っぷりに文句をつけようっての。だいたい芸ってなによ」 おにゃんこナースに合流すべく廊下を歩きだす奈里佳。口の端がひくついているのは気のせいではない。「目的はあの看護婦さんの結晶化を解除することですから、現状のままでも十分目的は果たせると思いますけど? にゃー」 奈里佳の後をついてきているクルルが、四足で歩きながら奈里佳2号に質問する。しかしいくら猫のふりをしているからと言って、最後の『にゃー』は余分な気がする。どうせなら『思いますけどにゃー?』と言うべきだろう。まあ、どうでも良いけど。(もう、クルルちゃんまでそんなこと言ってどうするのッ! 私達の本当の目的は世界を結晶化による崩壊から救うことなんでしょ? 個人の結晶化を強制解除するのは、その目的を達成する為の手段でしかないはずよ) 呆れたように話す奈里佳2号。「……個人の未来の可能性、それの集合である世界の未来の可能性の幅を広げて、結晶化が起きないようにすることが一番大事なのよね。もちろん私は最初っから分かっていたわよ」 嘘か本当か、胸を貼って威張る奈里佳。黒い猫毛に覆われたその胸がぶるんっと揺れる。(今、思い出したくせに……) 疑いの気持ちを隠さない奈里佳2号。「ま、それはそれとして、奈里佳ちゃん2号の言うことももっともですね。とりあえずおにゃんこナースに合流しましょう」 クルルは方向を見定めるとそのまま走り出した。「レッツゴーだにゃん♪」 なんとなくわざとらしい猫にゃん言葉を言いながら、奈里佳はクルルを追いかける。そして奈里佳達が、息を切らしながらも、気合いを出しているおにゃんこナースを見つけたのは、その直後のことだった。「はあ、はあ、はあ、はあ、にゃにゃにゃにゃーーーーんッ!!」 廊下にうずくまっているおにゃんこナースは、ひどくエネルギーを消耗している様子だった。息も荒く、舌を出し、身体をぴくぴくとさせながら時々、大きな声で叫んでいる。
Mar 24, 2005
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第14章 増殖ッ! 猫耳っ娘「おちゅ~しゃしま~すッ! ちゅっちゅ~うッ!!」 おにゃんこナースの声と共に左手に付けられたランチャーから注射器が、『残弾って何? それっておいしいの?』とでも言わんばかりの勢いで、バシュシュシュシュシュシュッ! と、まるでミサイルのように飛び出して行く。「キャーッ 助けてーッ!」「やめて、やめて~ッ!」「痛いッ! あ、あぁ~ッ!」 おにゃんこナースが発射した注射器はまるで自動追尾装置でもついているかのように、逃げまどう人々を的確に捕らえていく。ある者にはお尻に。またある者には腕に。そしてある者には足にと、注射器は容赦なく突き刺さっていく。「か、身体が、身体が……」「ああ、うまくしゃべれにゃいにゃ」「うううう、お世話したいにゃ。注射を打ちたいにゃ」 そして注射器が刺さった人々は老若男女を問わず、みんな猫耳の看護婦さんへと変身していった。その姿は毛の色や長さ、そして耳の形など細部には違いがあるものの、大きく見ておにゃんこナースの姿そっくりになってしまった。つまり2段変身後の奈里佳とも同じ姿ということである。「にゃにゃーッ! お注射するにゃッ! お注射するにゃッ!」 猫耳ナースっ娘に変身した人々は口々にそう叫ぶと、まだ変身していない人に向けて注射器ランチャーを向けて大量に注射器を発射したり、あるいは肩からかけたポーチから取り出した注射器、それもなぜか野球のバットほどの長さのある大きな注射器を抱えてあたりをさまよったりといった光景が展開されるのだった。(ユニ君ッ!) 猫耳ナースっ娘が増殖して中津木総合病院を埋め尽くし、そして街へと溢れ出す様子を半ば唖然としながらモニターしていた夏美は、ハッと我に返った。(うむ、フューチャー美夏の出番だな) 相槌を打つユニ君。しょせんは機械でしかない存在にも関わらず、今度は負けられないという気迫さえ感じられる。(ええ、今度こそ奈里佳を逮捕しましょうッ! で、奈里佳の位置は把握しているの?) どうやって授業中の教室から抜け出そうかと考えながら、夏美は状況を把握しようと努めた。(残念ながら奈里佳は病院内のモニターの死角に隠れてしまったようだ。しかも連鎖的に変身現象が起きてる現状では、量子反応を頼りに奈里佳を探すこともできない) 夏美の視界に映る画像をくるくると切り替えながら、奈里佳を探すユニ君。しかしそこに映るのは猫耳っ娘なナースだけだ。(じゃ、やることはひとつね。最初に変身したあの看護婦さんを叩く。そうすれば奈里佳のほうから出てくるはずよ。できるわね、ユニ君?) 声に出さない会話をしている夏美は、不敵な笑いをその顔に浮かべた。(大丈夫だ。あの看護婦は派手に動いているが、常に病院内の監視カメラの範囲内にいる) ユニ君は夏美の視界に映し出している画像を、おにゃんこナースが写っている画像に切り替えた。監視カメラに撮影されていることなど気にすることもなく暴れ回っているおにゃんこナースは、次々と注射器を発射して看者達を猫耳ナースッ娘に変えていく。そしてそれを阻止しようとする医者や看護婦達をなぎ倒し、さらに注射をする。(ぐずぐずしてはいられないわ。行くわよ、ユニ君ッ!) 声のない声で力強く宣言すると、夏美は右手を高くあげ、教壇に立つ花井恵里・32歳独身♪に向かって言うのだった。「気分が悪いので早退しますッ!」 花井恵里・32歳独身♪の返事を聞くこともなく、ものすごく元気な勢いで教室を飛び出して行く夏美。残された花井恵里・32歳独身♪は去っていく夏美の背中に手を伸ばし、口をパクパクとさせているだけだった。
Mar 22, 2005
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「自分自身の本当の希望と未来を見つけるために、変身なさいッ! 看護“快人”おにゃんこナース!」 奈里佳の言葉を受けて、看護婦、津谷美根子の身体はみるみると変化し始めた。まずはその身を包む白いナース服が光りを放ちつつ消えていき、代わりに白くてふわふわの猫毛が生えてきた。しかもその猫毛は全身に生えているわけではなく、セクシーな部分にしか生えていないので、まるで毛皮で出来たセパレートの水着を着ているかのようだ。 それと同時に頭の横、耳と頭頂の間あたりから白くて大きな耳、それもいわゆる猫耳が生えてきた。そして変身は続き、お尻から白い毛に包まれた長い尻尾が生えてきてくねくねと動いたかと思うと、両手両足は大きな肉球がついた猫手猫足に変化する。さらに頭には猫耳に合うような形をしたナースキャップが被さると、次に左手首の上に小型のミサイルランチャーのようなものが現れた。最後に肩から斜めがけの状態で小さな白いポーチが現れて変身は完了した。ちなみにその白いポーチには赤十字のマークが輝いている。きっと何か色々と入っているのだろう。 変身したのと同時に、暗く、そして果てしなく落ち込んでいた美根子、いや、おにゃんこナースの表情は、ため込んでいた怒りを解放したような妙にすっきりとしたものに変わっていた。「おにゃんこナース! 猫の手、猫の手、使えない奴ってバカにするにゃ~ッ! 猫の手だって生きてるんにゃ。一生懸命なんにゃ。そうにゃッ! みんなも一度、猫の手になってみるといいにゃッ!!」 変身し終わった看護“快人”おにゃんこナースは、自分の名前を大きく叫ぶと、ビシッとポーズを決めた。そして自分なりの理屈で燃え上がるのだった。もちろん語尾に『にゃ』をつける言い方はお約束である。「さあ、おにゃんこナース! やっておしまいッ!!」 いっぺん言ってみたかったとばかりに左手を腰にして、廊下の先にあるロビーにいる人達の方向に、指の先までピンと伸ばした右手を向ける奈里佳。「分かったにゃ。行くにゃッ!」 そのまま後ろを振り返らずに走り去って行くおにゃんこナース。そして軽く手を振って見送る奈里佳。「行ってらっしゃ~い♪」 なんとなくのんびりしているような気がする奈里佳の声。まあ、フューチャー美夏さえ出てこなければ、おにゃんこナースに対抗出来る存在などいないと確信しているだけなのかもしれないが。「……さて、じゃあ私たちは写真を撮りますか」 ロビーのほうで看護“快人”おにゃんこナースが暴れ出し始めたのを確認すると、奈里佳はクルルに向かってにこりと笑った。「写真って? そういえばカバンの中にデジカメが入っていたみたいでしたけど」 クルルはなんのことを言われたのか理解出来ていないようだ。(もしかして本気で撮る気なの? 『忘れてました』って言えばいいじゃない) 呆れている奈里佳2号。「だって、お父さんと約束しちゃったんだからしょうがないでしょ。変身したらデジカメでその姿を写真に撮るって」 話しながら奈里佳はさっき変身したトイレの中に戻ると、カバンの中から三脚とデジカメを取り出した。まずは折りたたまれた三脚の足を伸ばすと、それを固定し、デジカメを取り付けた。(奈里佳に変身したくせに、そういったところが妙に律儀ね。克哉ちゃんの精神に影響を受けているのかしら? やっぱり私のほうが『奈里佳1号を名乗ったほうが……) まだあきらめていなかったのか、奈里佳2号。「はい、セット完了。じゃ、後はちゃっちゃと写真を撮って、おにゃんこナースに合流しましょう」 奈里佳2号の発言を完全にスルーしながら、奈里佳は今セットしたばかりのデジカメの前に立つ。しかしそこは女子トイレの中なのだが、いいのか? 撮影場所がそこで。(ちょっと、無視しないでよ。ああ、でもやっぱりあんたは克哉ちゃんだわ。だって抜けてるんだもん。バカよね~♪) 勝ち誇ったような口調の奈里佳2号。『おーほっほっほっほッ!』という笑い声が聞こえてこないのが不思議なほどだ。「何よ、2号のくせに私のやることに文句を言う気? 私のどこが抜けてるっていうのよッ!?」 デジカメのリモコンを片手にカメラの前でポーズをとろうとしていた奈里佳は、奈里佳2号に文句を言う。(だって、このまま写真を撮ったら、奈里佳の姿で写真に写ることになるのよ。それでいいの?) 確かに奈里佳2号の指摘する通りである。このまま写真を撮ったら、それは克哉が奈里佳の正体であるという証拠写真を撮ることになってしまう。「ちょっと、それはまずいですね」 奈里佳に続いてまた女子トイレに入ってきたクルルも奈里佳2号の意見と同じ意見のようだ。というか普通そうだろう。「ほーほっほっほっほっ! 私がそんなことも分からないでいたとでも思ってるの? もちろん分かっていたわよ。これはあんた達をちょっと試しただけなの。奈里佳2号、それにクルルちゃん。あなた達2人は合格よッ! おめでとう♪」 何故か頬に一筋の冷や汗をたらしながら、奈里佳はうそぶく。(……ごまかしたわね) ただその一言だけを言う奈里佳2号。「ええ、ごまかしましたね」 同じくクルル。「や、や~ね~。ごまかしただなんて人聞きの悪い。じゃ、さっさと変身しちゃうわよ」 早口でそう言っていること自体が、ごまかしている証拠じゃないのかと奈里佳2号とクルルは思ったが、とりあえずそれは言わないことにした。クルルにしてみたら言っても無駄だという思いがあったし、奈里佳2号にしてみたら言わなくてもその気持ちは奈里佳に伝わるはずだと思っていたからだ。ともかく奈里佳はその精神を集中させ、今の魔法少女の姿から更に変身をするのだった。「ほう、そうきましたか。おにゃんこナースにそっくりですね。違うのは色だけですか」 クルルの目の前にいる2段階変身後の奈里佳の姿は、おにゃんこナースの姿にそっくりだった。左手につけた小型のミサイルランチャーのようなものから、肩から斜めがけにしたポーチまでそっくり同じだ。違いといえば髪の毛の色がおにゃんこナースの場合は黒色なのに対して、奈里佳の場合は例によって金髪であることと、猫毛の部分がおにゃんこナースの場合は白色で、奈里佳のほうは黒色ということだけである。「そうよ。さしずめ『おにゃんこナース・ブラック』ってところかしらね」 なにやらわけが分からないポーズをとる奈里佳。(じゃ、あっちのほうがホワイト? ま、確かにあんたのほうががさつだからお似合いかもね) これまた、なにやらわけが分からない納得の仕方をする奈里佳2号。「誰ががさつですって?」 右手を握りしめ、抗議をする奈里佳。相手を殴りたくてもその身体は自分自身なので殴るわけにもいかない。「まあ、まあ、何だかよく分かりませんけど、とにかくさっさと写真を撮りましょう。早くおにゃんこナースと合流しないと、フューチャー美夏がまた出てきちゃいますよ」 奈里佳と奈里佳2号をせかすクルル。「そうね。じゃ、とにかくちゃっちゃと済ませちゃいましょう」 後で写真を撮った場所が女子トイレの中なのはどうしてなのかということを説明するのに苦労するのだが、今の奈里佳はそんなことはまったく気にすること無く、ポーズを色々と変えながらデジカメのシャッターをリモコンを使って押すのだった。
Mar 21, 2005
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「こらッ! 奈里佳2号ッ! あんた、よくも私をおもちゃにして遊んでくれたわねッ!!」 突然大声で怒鳴り始める奈里佳。何だか知らないけど熱く燃えている。(なによ、誰が2号ですって? 私のほうが先に出ていたんだから、私のほうが1号で、あんたのほうが2号じゃないの。言葉は正確に使ってよね) 対して冷静に奈里佳に反論する奈里佳。……なんだかややこしい。「さっきまで克哉ちゃんだった私のほうが本体なんだから、私が1号で、あんたが2号に決まってるでしょ! まったくここ数日は何? あんた、克哉ちゃんだった私がおとなしくしているのを良いことに、好き放題してたでしょ」 はたから見ていると、奈里佳が1人で怒っているように見えるが、実際に身体を動かしてしゃべっているのが、ついさっきまで克哉だった奈里佳で、声を出さずにしゃべっているのが数日前から克哉の頭の中にいた奈里佳である。克哉が変身する前の精神だけで存在していた奈里佳と、克哉が変身したことにより身体と心がワンセットでそろった奈里佳の、2人の奈里佳が同時存在しているのだ。(あんただって私の立場だったら、克哉ちゃんで遊んでいたはずよ。私には分かっているんですからね) 自己正当化をはじめる精神だけの存在のほうの奈里佳。「それはそれ、これはこれよ」 その一言で問題のすべてをかたづける心も身体もそろっている奈里佳。……いいかげん区別して書くのが面倒になってきたかもしれない。「ほほう、これはなかなか興味深いですね。克哉君が完全に奈里佳ちゃんに変身したら、克哉君の精神のサブシステムとして存在していた奈里佳ちゃん2号の精神は、奈里佳ちゃん1号の精神と融合して1つになってしまうと思っていましたが……、こうなっちゃいましたか」 トイレの床に置かれた克哉のカバンの中から出てくると、ぴょこんと2本足で立ちあがるクルル。そのまま奈里佳の周りをぐるぐると歩きながらその顔を見つめ、クルルはしきりに関心するのだった。(もう、クルルちゃんまで、私のことを2号って呼ぶ~) 不満たらたらの精神だけの奈里佳。「やっぱり、クルルちゃんは分かってるわね。じゃ、これからは私が、『奈里佳』で、あんたが奈里佳2号ってことでよろしく♪」 というわけで奈里佳は、にこやかに微笑むのだった。「まあ、それはそれとしてもうひとつ興味深いことは、克哉君が奈里佳ちゃんに変身すると同時に心のほうまで変心しているということですよね。前回は変身と変心の間には時間差があったのに、これはどうしたことなんでしょう?」 クルルは今でこそ猫のぬいぐるみのような姿をしているが、本来は魔法世界“ネビル”における力ある魔導師なのだ。こういう場面では好奇心のほうが優先される性格をしていたとしても不思議ではない。(どうだっていいじゃない。そんなこと) すねる奈里佳2号。「やっぱり魔力の蓄積度の差かしらね。でもそんなことは奈里佳2号が言うようにどうでもいいことだわ。今はとにかくあの看護婦さんが完全に結晶化するのを阻止するのが先決よッ!」 クルルに向かってそう言うと、奈里佳はトイレを飛び出して行った。何だかまじめと言えばまじめになってしまった奈里佳だが、奈里佳の性格が克哉に影響を与えるのと同じで、克哉の性格が奈里佳にも影響し始めているのかもしれない。「そうでした。今はそちらのほうを優先すべきですね」 いかんなあとつぶやきながら、奈里佳の後を追うクルル。念のためにトイレから出たところで4つ足になり猫のふりをする。そのクルルの目の前では、まだぶつぶつと自分だけの世界で独り言を言っている美根子に対して、奈里佳がビシッと指を指しているシーンが展開しているところだった。「ちょっとあなたッ! 自分じゃ気付いていないかも知れないけれど、結晶化しちゃってるわよ。このままじゃ世界を道連れに崩壊しちゃうわね。というわけで、あなたを救ってあげる♪」 奈里佳は美根子にむかってウィンクをするのだった。そして奈里佳は魔法の言葉を口にした。
Mar 19, 2005
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(うっわ~っ!! 完全結晶化まで、あと一息って感じね) 美根子の状態を見た奈里佳が感想を口にした。「そうですね、あの看護婦さんは今、自分の未来の可能性を自分で閉ざそうとしています。その可能性のひとつひとつが新たな世界を作るはずだったはずなんです。その可能性を閉ざしてしまえば彼女自身が単一の未来しか持たない結晶化した存在になってしまいます。そしてそれだけではなく、1人の人間の結晶化が世界そのものを結晶化させる原因になってしまうんです」 クルルも声を出して話しはじめた。普通なら美根子に聞かれてしまう距離なので声を出さずに会話するところだ。しかし今の美根子は、耳に入って来た言葉が意味のあるものとして理解できないほどの状態になっていることは明らかだった。「とにかく急いで変身しなくちゃ……。でも、この場所だと人に見られちゃうかなあ」 こういう場合でも、どこか落ち着いているというか、現実感を忘れないというところが克哉らしい。「確かにこの位置からだと、待合室にいる人から丸見えですね。それなりに距離はありますからハッキリとは見えないでしょうが、あそこにある監視カメラに撮られるのは避けたいですね。奈里佳の正体が実は克哉君だったという証拠がビデオとかの記録に残るのも困りますし」 クルルも克哉の意見と同じらしい。(じゃあ、トイレの中で変身したら? いくらなんでもトイレの中にまで監視カメラがあるだなんてことはないでしょ) 奈里佳としては、別に正体がばれようとどうしようと問題無いと思わなくも無かったが、とりあえずそう提案してみた。「分かった。じゃあ、すぐにトイレに行こう。早くしないと看護婦さんの結晶化が完全になっちゃう」 そう口にしながら、克哉は廊下を走りだした。目指すはトイレである。克哉が病院に来ると言えば、小さな子供のころから中津木総合病院であるので、どこにトイレがあるのかは良く知っている。(ちょっと待ったッ! 克哉ちゃん、そっちじゃないでしょ?) トイレに入ろうとした瞬間、奈里佳が克哉を止める。「もう、早くしないといけないのに。奈里佳ってば、何を言ってるの?」 一応、律儀にトイレの入り口の前で止まる克哉だった。その場で足を上下させて移動せずに走っている。(だから、そっちは男子用でしょ? 今の克哉ちゃんのアソコは女の子だし、私に変身すれば当然女の子になるんだから、女子用に入るっていうのが筋でしょう) まあ、奈里佳の言うことももっともである。「もう~、トイレするわけじゃないんだから、どっちだっていいじゃないか~」 文句を言いながらも、ここで奈里佳と言い争いをしている時間は無いと思った克哉は、くるりと身体の向きを変え、女子トイレの中へと入っていく。しかしいくら身体が女性化しており、なおかつそこいらの女の子よりも可愛らしいとはいっても、学生服を着たままで女子トイレに入るのはちょっと恥ずかしい克哉だった。「克哉君ッ! 変身、出来ますか?」 自分の意志で変身が出来るかどうかという意味の質問をするクルル。それに対して克哉は小さく答えた。「大丈夫だと思う。じゃあ、行くよ……」 克哉は目を閉じ、自分の身体の中で解放されるのを今か今かと待っているパワーに方向性を与えた。ドクンッ! 克哉の心臓が大きく脈打つ。すると今までの変身と同じく、克哉の身体が微光を発したかと思うと、周りの空間がやや薄いピンク色に変化した。狭いトイレの中のはずなのに、亜空間と化したそこには克哉以外のものは何も存在しない。ただピンク色の空間が存在するだけである。そして克哉の身体がすうっと空中に浮き上がり、自然と手が曲がり、胸の前で小さくファイティングポーズを取る。同時にしゃがみ込んだ時のように足も曲がり、例によって胎児のような体勢になると、至福に満ちた表情で目をとじた。 ピンク色の空間の中で、胎児の体勢のまま空中に浮かび上がっている克哉は、ゆっくりと回転しだした。2~3回瞬きするぐらいの間、そのままの状態が続いたが、やがて空間の下の方が徐々に赤い色に変わってくる。そしてその赤い色が徐々に上の方にせり上がってくるとともに、大小様々な泡(?)が浮かんできた。そして白く光る泡の中にやがて特大の泡が浮かび上がってると、その大きな泡は克哉を包み込み、今までと同じように克哉は奈里佳へと変身を始めたのだった。 まずは、短く刈り揃えられた髪の毛がざわざわと音をたてて伸び始め、同時に黒々とした髪はその色を失い、キラキラと輝くさらさらの金髪へと変化した。 次に身体がきしむような音をたてながら縮みだすと、それにあわせるかのように胸の肉が盛り上がり、その肉はじょじょに柔らかく弾力を持ち出すと、最後にはぷるんっと大きく震えた。 さらに変化は続き、腰がきゅうっとくびれてくると同時に、おしりがふっくらと大きくなってきた。続いて体中の皮膚が透き通るように薄く敏感になってきた。唯一、前回までの変身と違うのは、既に最初から股間の変身は終わっていたということであろうか。ともかくこうして身体の変身が終了すると、最後に身体を包む黒の学生服もまた変化し始めた。 詰め襟の学生服はさらにピタッと皮膚に張り付きながら、光沢のあるレザーのハイレグスーツへと変化する。はいていた黒の革靴は、素材を活かしたままレザーのハイヒールブーツへと変化して、白い足を包み込む。最後に腰のあたりのレザーがぞわぞわと動き出したかと思うと、ぐいっと勢いよく伸びて、タイトなミニスカートが出現した。 こうして変身過程が終了すると、虹色の星が縦横無尽に飛びかって、奈里佳の姿を完全に隠すのだった。やがて星が消えたその場所に、後ろ手で髪を掻き上げ、右足のかかとを軽く浮かせてポーズを取っている奈里佳がいた。「世界の破滅を防ぐため、(自称)正義の魔法少女♪奈里佳、妖しく降臨! あなたの未来を見つけて ア・ゲ・ル♪」 例によって誰に向かって言っているのか分からないが、まあこれもお約束とばかりに決めゼリフを言うと、またまたこれもお約束の投げキッスをひとつ投げると同時にウィンクをする。その瞬間、お約束モードから解放された克哉、いや魔法少女♪奈里佳は、ハッと我に返った。
Mar 17, 2005
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「……失礼します」 美根子は、怒りに任せて何か反論をしようとした。しかし自分がやってきた数々の過去の失敗を思いだすと、言葉を飲みこむしかなかったのだった。確かに幸いなことに、今までは自分の失敗やドジが深刻な医療事故に結びついたことはないが、今後はどうなるか分からない。たわいもない失敗をしたりドジなところが患者に愛されているとは言っても、それだから許されるというものでもない。 優しさや情のかけらもない院長の態度ではあったが、むしろ非難されるべきは自分のほうであると悟った美根子だったのである。「うむ、ご苦労。では仕事に戻ってくれたまえ」 後ろを向いたまま、こちらに顔を向けることもなく答える院長。その口調は悪い意味での事務的という表現が、もっとも似合うものであった。 見られていないのだからどのような態度をとっても院長には分からないのであるが、美根子は院長の事務的な態度に対して、これ以上はないというほどの見事な礼をしながら院長室を後にするのだった。(出て来るわよ) 別に言わなくてもみんな分かっているので言う必要はないのだが、奈里佳は克哉に注意を促す為にあえてその一言を言った。(分かってる。もしかしてあの看護婦さん、ほぼ完全に結晶化してない? 昨日の様子では完全な結晶化までにまだずいぶんとあると思ったのに……) 魔法少女♪奈里佳に変身する直前まで魔力が高まっている克哉にしてみたら、結晶化の度合いを見るぐらいのことは、変身前でも簡単にできてしまうのだ。(結晶化は、時として急激に進みますからね。今回の場合は、あの院長とのやりとりで色々とあったんじゃないでしょうか。でも良かったですよ。まだあの看護婦さんの結晶化を解除する余裕はありますからね。それもこれも克哉君の努力のたまものですよ) 変身現象の後遺症が出ている人達から、残存魔力を吸収する為に克哉が努力したことを、クルルは誉めた。確かにそれがなければ今回の件には克哉の変身が間に合わなかったかもしれない。「よし、とにかくまだ間に合うんだったら急ぐよッ!」 もうここまで来たら声を出してもかまわないと思ったのか、克哉は気合を入れるかのように声を出してそう言った。そして何やらぶつぶつとつぶやきながら幽霊のようにふらふらとした足取りで正面から近づいてくる美根子に向かって歩き出した。「猫の手が何だって言うのよ。私だって失敗したくて失敗しているわけじゃないのよ。ドジをしたくてドジをしているわけでも、もちろんないわ。一生懸命やろうとすればするほど、なぜかそうなっちゃうのよ。なのに院長先生ったら、私のことを使えない猫の手だなんてッ! 確かに私は失敗ばかりするドジよ。でも、私のおかげで暗い病室が明るくなったって言ってくれる患者さんもいるんだから。そうよ、猫の手だって役に立っているのよ。でも、院長先生の言うように、もしも大変な医療事故でも起こしちゃったら。ううん、そんなことないわ。だって今までだって大丈夫だったんだもの。でも、もしかして今度はそんな大きな失敗をしちゃうかも。そしたら、私、どうしよう。辞めるしか、ないのかな? ええ、そうよ。私なんて看護婦を辞めるべきなんだわ。そうしたほうがみんな幸せになれるのよ。ああ、もう、嫌ッ! 私、私、私、辞めちゃう、辞めちゃう、辞めちゃう。ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ…………。」 美根子に近づいた克哉の耳に聞こえて来たのは、暗く果てしなく落ち込んでいく美根子の声だった。顔を見てみると、目の焦点は合っておらず、どうやら回りが何も見えていないのか、あっちへふらふら、こっちへふらふらとしている。
Mar 16, 2005
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(部屋の中では何か言い争っているみたいだけど、ちょっとこのままじゃ聞き取れないわね) 奈里佳はそう言うと、ごく小規模な魔法を使い、部屋の中の会話がハッキリと聞き取れるようにした。ついでに遠隔視能力で部屋の中の光景も浮かび上がらせる。 それにしても奈里佳といいフューチャー美夏といい、正義の少女を自称する2人が盗み見ばかりしていて良いものなのだろうか?「ですから院長先生。どうして私が通常の勤務から外されないといけないんですか?」 美根子は押さえた声でややうつむき加減になりながら院長に質問した。「だからさっきから言っているだろう。君には変身現象の後遺症に悩む人達のケアを中心に行って欲しいと。それに市のほうからも、病院内で専属してこの件に対処できる人間を選出しておいて欲しいと言われているんでね。津谷君、私は君に期待しているんだよ」 院長室に置かれた大きな机の向こうから、院長は美根子を説得する。貼りついたような笑顔を浮かべている院長の顔が、その場の雰囲気をどこか非現実的なものにさせている。「それは分かります。でも私が言いたいのは、変身現象の後遺症対策にあたるのが私だとしても、だからといってなぜそれ以外の仕事をしてはいけないんですか? 今だってぎりぎりの勤務体制何ですよ。夜勤ならなおさらです。1人でも人手が欲しいのが現状なのに、なぜ私は変身現象の後遺症対策だけをしていなくてはならないのですか?」 爆発したい気持ちをかろうじて押さえているのか、美根子の声は微妙に震えていた。その顔はさらにうつむきがひどくなっている。「だから言っているだろう。役所からも専属であたれる人員を選出して欲しいと言われているんだ。さあ、分かっただろう。話はこれで終わりだ。君も勤務に戻りたまえ」 話を打ち切ると、美根子を無視するかのように机の上に広げた書類に目を落とす院長。わざとらしく音を立てて書類をめくっている。「馬鹿なことを言わないでくださいッ! 変身現象の後遺症専属と言っても、緊急度の高い仕事なんて何も無いじゃありませんかッ!! もしかして院長、これって私を通常勤務から外す為に、変身現象の後遺症専属だと言っているだけじゃないんですか?」 うつむいていた顔を上げ、それまでの押さえた感じから雰囲気を一変させる美根子。そして美根子の言葉を聞いた院長は、書類を見ていた顔をゆっくりと上げると、むしろ晴れやかな顔を美根子に向けるのだった。「なんだ、分かってるんじゃないか。そう、つまりはそういうことなんだよ。だからもう出てってくれたまえ」 笑顔なのにその言葉は冷たい。しかし逆に美根子の心は熱く燃え始めた。「なぜです? なんでそうなるんですかッ!?」 美根子は院長の机に両手を置き、身体を腰のところから曲げてその顔を院長の顔に近づけた。「そんなに私の口から言わせたいのかね? じゃあ教えてやろう。津谷君、君の仕事に対する熱意は認めるが、それだけではダメなんだよ。みんなは君のことを何と言ってるか知ってるのかね? 失敗やドジばかりしている猫の手よりも使えない看護婦。猫の手ナースと呼んでいるんだよ」 開き直ったのか、院長の口調には毒が混じりだした。美根子にはまるでその毒が実体を持っているかのように、悪臭として感じられるのだった。……単に院長の口臭かもしれないが。「私は一生懸命やってますッ!」 今にも泣きそうな顔になってきている美根子。声も震えている。「一生懸命なら何をしても許されると思っているのかね? 医療事故を起こされてからでは遅いんだよッ! もういい、猫の手は猫の手らしく、人命には関わりのない仕事に戻りたまえ。その為の変身現象の後遺症専属なのだからな。さあ、出ていきなさいッ!!」 患者の前では絶対に見せないような高圧的かつ横暴な態度で、院長は美根子に言い放つと、もはや聞く耳は持たないとばかりに美根子に対してくるりと背を向けたのだった。
Mar 15, 2005
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「克哉君、気づいてますか? どうやらあの看護婦さんの結晶化が昨日よりも急激に進んでるようですよ」 今日は克哉が身も心も魔法少女♪奈里佳に変身する予定の日なので、例によって克哉についてきたクルルだった。手下げカバンの中に入っているのだが、そこから顔だけをのぞかせている。「やっぱりクルルも気がついていたんだ。なんだかついさっきから、様子がおかしくなってきてるよね」 人が完全に結晶化するということが、ひいては世界の崩壊につながるということを、ここ数日の間で完全に理解していた克哉の口調は重い。「さて、これからどうしましょうか。とりあえず看護婦さんのところまで行ってから変身するか、それとも変身してから看護婦さんのところまで行くか。克哉君はどっちが良いと思います?」 よくは見えないが、カバンの中で腕組みをしているらしい。クルル自身も悩んでいるようだ。「そうだねえ。むしろ変身しちゃったほうがどこに行くにしろ動き回りやすいかもしれないね。奈里佳の遠隔視能力で看護婦さんのだいたいの位置は分かるし、強行突入するなら奈里佳に変身したほうがいいかも……」 魔法少女に変身することに慣れたわけではないのだが、使命の重さを理解した克哉に戸惑いはなかった。けっこう根がまじめなのだ。それに魔法少女♪奈里佳に変身しなくても既にアソコは女の子なので、いまさら魔法少女に変身したところでどうということもない。毒を喰らわば皿までという心境なのかもしれない。(ねえ、2人とも声に出してしゃべってるってこと気がついてる? まあ、ちょっと変な人だと思われるだけでしょうから、どうでも良いんだけどね) なんだかまともなことを言う奈里佳だったが、3人のなかで唯一、声を出してしゃべることができないのをひがんでの発言だけだったりするのかもしれない。(あ、そうだった。クルル、ぬいぐるみのふりをしなくちゃダメだよ) 奈里佳の指摘を受けて、今更のように声を出さずに会話する克哉。(で、僕がぬいぐるみのふりをすると、克哉君はそのぬいぐるみに話しかけてる変な子ということになるわけですね) 失敗をごまかす為なのか、軽口を叩くクルル。(ほっといてよ。そんなことより、どこで変身しようか?) やる気満々、開き直り120%の克哉。人はこれをやけくそと言う。(克哉ちゃんがやる気になってくれたのは良いんだけど、人前でいきなり変身っていうのはまずいかもね。どこで例のフューチャー美夏っていうおじゃま虫が見てるか分からないし。とりあえず人気のないところを探しがてら、看護婦さんの近くまで行ってみるのもいいんじゃない?) 至極まともなことを言う奈里佳。雨でも降るんではなかろうか? それよりも何故か克哉のほうが変身を望んで、奈里佳のほうが克哉の変身を遅らせようとしているようにも思える。(そうですね。ここまで来たからには万全を期しましょう) クルルも奈里佳の意見に賛成のようだ。(じゃあ、そうしようか。ええと、感覚からすると昨日の看護婦さんはこっちにいるような気がするけど……) 長椅子から立ち上がり、病院の奥のほうに歩き出す克哉。(ええ、そうよ。そっちでいいわ。……でも、なんでわざわざ学生服なんていう色気の無い服を着てきたの。せっかくお母さんが可愛い服をいっぱい買ってきてくれたのに) 克哉が歩いて行く方向を確認した奈里佳は、今日の朝からもう何度もかわされた話題を蒸し返した。(だって、今日変身して魔力を使い切ったら、僕の変身も完全にとけてアソコも男の子に戻るんでしょ? だったら女物の服なんて着ちゃいられないよ) 答えるまでもないと、克哉もまた本日何度目かの同じ返事を繰り返す。(外見だけ見れば、まったく変身していない克哉ちゃんも女の子そのものなんだから、スカートはいてたって分かりゃしないわよ。それに昨日はけっこう喜んで可愛い服を着ていたくせに♪) 思春期の繊細な心を持つ少年に対して、ダメージを与える奈里佳。ひゅーひゅーと口笛までが聞こえてくるようだ。(もうッ! 家の中と外じゃ違うのッ!) 何が違うのか分からないが、妙なこだわりを見せる克哉。しかし家の中で喜んで女装しているのなら、いずれ外でも女装しそうな気がする。(まあまあ、そういうことはまた後にして下さいよ。そろそろ目的地のようですよ) カバンから上半身を乗り出したクルルが、前方に伸びる廊下の先を指さす。そこには院長室と書かれた部屋があった。
Mar 14, 2005
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(いや、確定的なことは言えないが、事件の中心に城南中学校が存在している可能性が高いかもしれない) 断定的な言い方を避けるユニ君。おそらく推測の域を出ないのだろう。(なにか裏付けになるようなものでもあったの?) 魔法少女♪奈里佳の正体につながる手がかりでもあったのかと、興味を示す夏美。(市内各所に設置してある監視カメラからの映像を分析した限りでは、変身現象の後遺症が解けた者。また新たに後遺症が出たと思われる者は、監視対象地域のすべてで確認することが出来た。しかしあえて言えば現象の人口に対する発生件数の割合は、この城南中学校の中において誤差の範囲を越えて多いと言える) 淡々と説明するユニ君。同時に夏美の視界の片隅には、グラフ化されたデータがバーチャルな画像として表示される。(じゃあ、やっぱり奈里佳はこの学校の関係者……。いえ、仮にも時間犯罪者とあろうものが、こんなにもあっさりと手がかりを残すものかしら? 第一、監視カメラの死角に入っていて私達が把握していない変身現象の後遺症が出ている人達がいるかもしれないもの。まだ、結論を出すには早すぎるわね) 一旦は、単純な結論に飛びつきかけた夏美だったが、ジャーナリストを志望する者としての自制心がその行動にストップをかけた。まったくどこかの国のマスコミ人とはえらい違いである。(私も夏美に同意見だ。結論を出すにはデータが少なすぎる。しかし何も関係が無いと断言も出来ないのも確かだ) 夏美の視界にあるバーチャルな画像の内容が切り替わり、矢島克哉の静止画像が映し出された。(城南中学校があやしいとして、更に注目すべき対象として矢島克哉がいる。我々は前回の変身現象の際の彼の行動から、矢島克哉は奈里佳の正体を知っているのではないかと推測しているわけだ) 前回の集団変身事件の際、克哉が体調を悪くして廊下に出てしばらくしてから、入れ替わるように奈里佳が教室に入って来たことを理由に、夏美とユニ君は克哉のことを疑っていたのだ。克哉は奈里佳の正体を知っているのではないかと。(ええ、証拠は何もないけど、どこか怪しいのよね。で、矢島君は昨日から体調を崩していて今日は学校を休んでいる訳だけど、監視のほうはちゃんとやってるの?) 夏美はユニ君に質問した。すると今度は夏美の視界に置かれたバーチャルな画面に、どこかの病院のロビーの風景が映し出された。(これは……、中津木総合病院?) ここ数年、病気らしい病気には縁が無い夏美にとってはあまり馴染みのない風景だったが、知らないわけでは無い。夏美は思いついた名前を言ってみる。(そうだ。つい先ほど、矢島克哉がこの病院の中に入って行くのを確認した。見えるか? 待合室のベンチに座っているだろう? 学生服を着た姿が見えるはずだが) 画面がズームされ、克哉らしき人影が拡大される。もっともデジタル的に処理した望遠であるので画質が落ちてしまい、かえって顔は分からなくなってしまっている。(う~ん、言われなきゃ、あれが矢島君だなんて分からないわね。ところでもっとクリアに音声は拾えないの? 会話が聞こえないんだけど) 大きな総合病院に特有の、静かそうでいながら微妙にざわついている待合室が映っている画像を見ながら、夏美はユニ君に注文した。(ハードウェア的にこれが限界だ。これでもずいぶんと処理をして聞きやすくしているんだがな。何か気になることでもあるのか?) いかに未来世界で作られたナノマシンの集合体で、超絶的な性能を誇るユニ君でも、目や耳として既存の監視カメラやマイク代わりのスピーカーを利用しているとなれば、出来ることにも限界がある。(いえ、特に気になるわけでもないんだけど、矢島君が持っているカバンの中からぬいぐるみが顔を出しているでしょ? 彼、さっきからそのぬいぐるみに話しかけているような気がするのよね。矢島君って、ぬいぐるみに話しかけるような人だったのかしら?) なるほど、確かに良く見てみると、夏美の言うとおりである。(……可能な限り努力してみよう) 監視対象としている克哉の通常とは違う行動に、ユニ君もまた疑念を持ったようだ。ユニ君の記憶領域に記録された小さな疑念。いずれそれは大きな疑惑から確信へと育っていくのだが、それはまだ先のことであった。 そして遠隔地から監視されているとは想像だにしていない克哉は、カバンの中に押し込んで連れてきたクルルに向かってなにやら熱心に話し込んでいた。
Mar 11, 2005
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第13章 中津木総合病院「まったく、男のくせにそんな胸をして恥ずかしいとは思わないの? 修ちゃんも心のどこかに隙があるから、そんなことになっちゃうのよ」 朝の教室の中、夏美は修司を前にして文句を言っていた。立ち話であるので、夏美の目の高さにあるのは修司の胸なのだが、学生服の上からもその胸が高く大きく盛り上がっているのが確認できる。「心に隙があるかどうかなんていうのは関係無いと思うんだけどな。あ、もしかして夏美よりも俺の胸のほうが大きいことを気にしているのか? 大丈夫。俺は夏美の小ぶりな胸も嫌いじゃないから」 修司は、さわやかな笑顔をして夏美の神経を逆なでた。「誰の胸が小ぶりですってッ!!」 本気で気にしていることをズバリと指摘され、夏美は切れた。「よ、おはよう。なんだなんだ。痴話喧嘩か? 朝も早くからお盛んですねえ♪」 修司に向かって夏美が叫んだ瞬間に教室に入ってきた雄高は、事情が分からないながらもとりあえず夏美をからかってみた。最近、夏美には克哉との仲をからかわれているので、お返しのつもりなのだろう。右手を口にあてて、小さく笑いながら自分の席に向かってゆく。「修ちゃんがそんなだから、あんなことを言われちゃったじゃないのッ!!」 普段の自分を棚に上げ、修司に文句を言う夏美。ついでに目の前にある修司の大きな胸を、学生服の上からむんずとつかんだ。「わッ!? こら! いきなり何をするんだよ」 痛さ半分、そして気持ち良さ半分といった不思議な感覚を味わいながら、修司は左手で胸をガードしようとうするが、夏美の手は修司の胸をつかんで離さない。「せっかく修ちゃんのアソコが元に戻ったと思ったら、今度は胸が膨らんじゃうだなんてッ! もう、いったいどうなってるのッ!」 むしゃくしゃする腹いせに、そのまま強く数回ほど修司の胸を揉みしだく夏美。役得……というわけでもないようだ。その顔は怒りには燃えているものの、萌えにより癒されている顔にはとても見えない。「しょうがないだろ。きっとこれも変身現象の後遺症だよ」 あっけらかんとしている修司。まあ、アソコが女の子になってしまうよりかは、胸が女の子のように膨らむことのほうがショックは少ないかもしれない。「なにがしょうがないよ。そんなことだから胸が膨らんじゃったんでしょッ!!」 何だか理屈になっていない理屈で修司を非難すると、夏美もまた自分の席へと座るのだった。それを見た修司も、これ以上何かを言って夏美を怒らせても損だと思ったのか、黙ったままその場を後にした。ブラジャーをしていない大きな胸をブルンと揺らせながら。 そして夏美は自分の席に座ってまだ何やらぶつぶつと言っていたが、やがて静かになった。しかし喋るのをやめたわけではなかった。(昨日、変身現象の後遺症が解けて元に戻った人もいれば、新たに身体の一部が変身した人もいたわけだけど、何か分かったことはあるの?) 夏美は自分の脳に融合して存在しているナノマシンの集合体、『ユニット20479』、通称【ユニ君】に話しかけた。
Mar 9, 2005
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(別に良いじゃない。女の子の格好で買い物に行くことの何が問題なの? だって克哉ちゃん、今、女の子でしょ? それに似合ってて可愛いし) 奈里佳に相談したのが間違いだった。そう判断するしかない奈里佳らしい返事であった。(克哉君自体はどうなんです。けっこう女の子の服も楽しんで着ているみたいですけど?) それに対してクルルのほうは、すぐに結論を出すのではなく克哉に質問を投げ返す。(女の子の服を着るのも、家の中で着るならいいけど、外に出るときも着ていくのは抵抗があるよ。だって学校の誰かに見られたら恥ずかしいもん) 内弁慶(?)な克哉である。(ふっきれてないわねえ。恥ずかしいっていうのが何よ。そんなものすぐに慣れるわよ。本当のところはまんざらでもないくせに) 克哉としては、言い返す言葉がない。テレビで男の芸能人が女装姿を見せることがあるが、たいていの場合それは似合ってなくて気持ち悪い。しかし自分の女装姿を見たとき、これが自分かと思うぐらい良く似合っていた。下手すると背が低く華奢で女顔の自分ならば、男物の服を着るよりも女物の服を着たほうがはるかに似合っているかもしれないと思ったほどだ。 というわけで女の子の服を着たまま外にでて、回りの反応を見てみたいという気持ちが無いと言えば嘘になる。ただそれ以上に恥ずかしいという気持ちが強いだけの話だ。「お母さん、さすがにスカートをはいて外に出るのは遠慮したい」 奈里佳とクルルとの会話を終えた克哉は、感情を高ぶらせるでもなく、ごく普通の調子でそれだけを言った。そしてそのまま聞く耳を持たずということを表現しているつもりなのか、黙々と料理に手をつけるのだった。「そう、残念ね。でもスカート以外の女物ならいいってことよね?」 身体全体が華奢で足も細い克哉なら、パンツルックも似合うはず。そんな思惑を胸に、克哉に妥協を迫る弓子。「まあ、それぐらいなら……」 スカートさえはかなければ女装という感覚とは無縁でいられる。そんな考えの克哉は、弓子の提案に小さくうなずいた。「そうだな。克哉が外で可愛い格好をすると、変な虫がつくといけないからな。スカートをはくのは家の中だけにするのもいいかもな。しかしもしもこのまま女の子のままだったら、制服もセーラー服にしなくちゃいけないんじゃないか?」 ぷはーッと、缶ビールを飲みほす範彦。2缶めを飲もうかどうか迷っていたが、どうやら飲まないことに決めたらしい。「だから、多分明日中には元に戻ってるって言ってるでしょ」 ちょっとだけ怒ってみせる克哉。まるでお酒でも飲んだかのように赤く染まる顔が妙になまめかしい。「だから、もしもこのままだったらってことだよ。な、弓子?」 息子の怒りならばともかく、娘の怒りをどう扱えば良いのかについて経験の浅い範彦は、弓子に下駄を預けようと話をふった。「そうね克哉のアソコが女の子になったとは言っても、まだお尻は男の子そのままに小さいし、胸は出てないんだから、一気にセーラー服というんのもね……。セーラー服はもっと女の子らしい体形になってからでも良いんじゃないかしら?」 既に弓子の中では、克哉が元の完全な男の子に戻るという可能性は闇に葬られている。ほぼ確実に……。「そうだな。やっぱりまだ体形は男のままだからなあ」 ちょっと酔っているのか、遠慮の無い視線を克哉に這わせる範彦。これが年頃の女の子に対しての場合だと、『お父さんってば、そんな目で見ていやらいしいッ! もう、だいっきらいッ!!』などと言われて、『そんなつもりで見てたんじゃないんだよ~』と、悲哀を感じることになるのだが、あいにくというか、幸いにもというか、克哉はそういう反応を示さなかった。「だって、女の子になっているのはアソコだけなんだもん」 なんともあっけらかんとしたものである。むしろ母親に見られるほうが恥ずかしいと感じるのかもしれない。……分からないけど。「ま、なにはともあれ、こういうチャンスはめったに無いんだから、さっさとご飯を食べたら写真を撮ろう。せっかく最新式のデジカメを買ってきてあるんだからな。よし、ごちそうさま」 なるほど、食後に克哉の女装(?)姿を写真に撮ろうと企んでいたから缶ビールを飲むのを1缶だけで止めたのか。考えているな、父。というわけで範彦はのっそりと席を立つと、デジカメを取りに行くのだった。「じゃあ、せっかくだから、克哉用に買ってきた女物の服を全部着てもらおうかしら♪」 弓子もそそくさと食事を終えると、空いた食器を片付け出した。いつもとは大違いの早さである。「あの……、それ、今日やらないとダメ? 僕は今日具合が悪くて学校を早退して来たってこと忘れてない?」 何やらひとりおいてけぼりになった感のある克哉は、『おーい』と両親の背中に向かってつぶやくのだった。ちなみにこの日、矢島家の部屋から灯りが消えたのは、そろそろ夜も明けようかという時間だったという。まったく何をやっているのやら?
Mar 8, 2005
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「女の子のままってことはないと思うけど……。たぶん明日にはまた元に戻るんじゃないかな」 今日はめいっぱい魔力を吸収したので、明日には魔法少女♪奈里佳に変身することが出きる。そうなれば今度はため込んだ魔力を消費しきって元に、つまり克哉が本来そうであるべき男の子に戻るはず。というわけで、そうなることを知っている克哉は、申し訳なさそうにそう答えた。「あら、そんなことは分からないじゃない一度元に戻っても、また部分的に変身しちゃうパターンもけっこうあるんでしょ?」 夕方に克哉の見舞いに来ていた佐藤雄高について、克哉から聞いた話を思い浮かべる弓子。「まあ、それはそうなんだけど」 真実を詳しく説明しだすと、魔法少女♪奈里佳の正体が自分であることを明かさねばならなくなる。克哉としてはそれだけは本当に避けたかったので、ご飯を箸で口に運び、うやむやな返事でごまかした。「だったら、女の子のままってこともあるわけなんだ。なかなか……、楽しみだな♪」 娘の父親というシチュエーションを想像して、ちょっと妄想が入っている範彦。食事をする手も休みがちだ。「ともかく女の子だったら、お料理くらいできなくちゃ」 範彦の様子を意識的に無視すると、弓子は克哉に断言する。「もう、だからずっと女の子のままでいることはないんだってば。それに女の子だから料理ができないといけないだなんて差別だよ」 無理に聞こうと思えば、甘えたような、そしてすねたような声で反論する克哉。しかしこの時、既に克哉は弓子の術中にはまっていたのだった。「なるほど、女の子だけが料理をしなくちゃならないなんていうのは確かに差別よね。今の時代は料理をするのに、男だとか女だとかなんてことは関係ないってことかしら?」 にこやかな笑顔を浮かべて弓子は克哉に念を押す。「そうそう、料理をするのに男も女も関係ないよ」 断言する克哉。網は今、この瞬間に閉じられた。「じゃあ、克哉が女の子になっていようと男の子に戻ろうと関係なく料理の手伝いをしてくれるってわけね。だって女の子だけ差別するのっていけないことだもの♪ ああ、娘に料理を手伝ってもらうのって夢だったのよ。あ、もちろん男の子に戻ったからと言って逆差別なんかしないから安心してね」 克哉自身が先ほど言ったこと根拠に、結局は料理を手伝わせようという弓子。手を胸の前で組み、夢見るように目を閉じている。「なるほど。それはいいな。克哉が弓子の料理を手伝えば、2人が作った料理を同時に食べることが出来るってわけだ。……ところで、ビールは冷えてないのかな?」 今、ここで弓子の意見を通しておけば、いずれは娘(?)の料理を食べることが出来ると見た範彦も、けっこう上機嫌な様子だ。「克哉、冷蔵庫の中にあるビールをお父さんに出してあげて。お願いね」 早速、手伝いをさせる弓子。それに対して一瞬、拒否をしようかと思った克哉だったが、ここは大事の前の小事ということで、黙って冷蔵庫の中から缶ビールを取り出すと範彦の目の前にそれを置くのだった。「はい、お父さん。ちゃんと冷えてるよ」「おう、ありがとう。しかし、しまったな。こんなことなら缶ビールじゃなくて瓶ビールを買っておくべきだったな。そうすれば、お酌をしてもらえたのになあ」 娘に晩酌のお酒を注いでもらうのがそんなにうれしいものかと、父親の考えがよく分からない克哉。まだお子さまである。「もう、お父さんもお母さんもそういうことばっかり言うんだから。いくら今の僕のアソコが女の子になっているって言っても、態度変わりすぎだよ。だいたい、僕が早起きするの苦手だって知ってるでしょ。お母さん」 やっぱり不思議なことに、女の子になっている克哉のほうが、男の子のままの克哉よりも強気みたいである。「分かったわ。じゃあ、それは克哉がしたくなった時にすることにしましょうか? でもその代わりに夕食の買い物について来てくれる? もちろん女の子の格好で♪」 もしかして更に要求がエスカレートしている? 克哉は頭が痛くなってきた。(奈里佳~、クルル~。助けてよ。もうお母さん、暴走しすぎッ!) 克哉は頭の中で叫ぶのだった。ちなみに、顔はひくひくと引きつりだしている。
Mar 7, 2005
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「どう、克哉のあまりの可愛らしさに驚いた?」 なぜか威張る弓子。まあ子供を自慢するのは母親の本能のようなものなのだろうから、それは良しとしよう。「どうしたんだ? 昨日は、『絶対に女物の服は着ない』って言ってたのに」 昨日、克哉のアソコが女の子になっているということが明らかになって、半ば冗談、そして半ば本気で、『女物の服を着てみてくれ。そしてそれを写真に撮ろう』と、範彦は克哉に話を持ちかけたのだが、完璧に断られていたのだ。「ええと、どうせなら状況を楽しまなくちゃ損かな~と、思っただけなんだけど……」 とりあえず簡単に説明する克哉。「おお、そうか。そうだよな。うん、可愛いぞ。克哉ッ! ところでエプロンをしているっていうことは、料理の手伝いもしたのか?」 テーブルの上にある料理は、おいしそうに湯気を立てているクリームシチュー。そしてコロッケと茹でたブロッコリー。コロッケは出来合のものを買ってきたのだろうが、シチューと茹でブロッコリーは手製のものだ。しかもそんなに難しい料理ではない。というかむしろ簡単な料理と言える。というわけでもしかすると愛娘(?)の手料理を食べられるのかと期待しつつ椅子に座る範彦だった。「残念ね。克哉のエプロンは雰囲気作りの為だけなの。料理は全部私が作ったのよ」 夫が何を考えているのかを瞬時に察した弓子は、男親の夢をうち砕く発言をしたのだった。息子が娘になった以上、女同士の争いもあり得るということなのだろうか? う~ん。微妙だ。「なんだ、弓子が作ったのか」 家庭内で言ってはいけないことを言ってしまったような範彦。それに気づいた克哉がおろおろとし始めた。「私が作った料理は食べられないって言ってるように聞こえたんだけど、気のせいかしら?」 能面のような無表情な顔をして、極力冷静な口調で質問をする弓子。無表情かつ冷静な口調だけにかえって怖い。「い、いや、そんなことは無いぞ。弓子の料理は最高ッ! いや~、おいしいなあ。あは、あは、あはははは」 父親のその様子を見て克哉は、『男って悲しいかも?』と、思わずにはいられなかった。「分かれば良いのよ。じゃいただきます」 本気で喧嘩をするつもりではないので、範彦が折れた瞬間に表情を笑顔に戻す弓子。しかしその満面の笑みを浮かべたその顔こそが、最も迫力がある顔なのかもしれない。「……いただきます」 両親が見せた言葉と表情のみで戦われた空中戦の様子にちょっとおびえながらも、克哉も弓子に続いて手を合わせた。「まあ、なんだな。今日は格好だけのエプロンかもしれないけど、もしもこのまま克哉がずっと女の子になっていたとしらら、料理のひとつでもおぼえておいたほうがいいんじゃないかな。どう思う? 弓子」 とりあえず範彦はシチューに手を伸ばしつつ、娘の手料理が食べたいという男親の夢を、教育問題(花嫁修業)にすり替えた。まだ諦めていなかったのか、父……。「そう言われてみればそうねえ。明日の朝から早起きしてもらって食事の準備を手伝ってもらおうかしら?」 今度は克哉に向かって笑顔を向ける弓子。先ほどよりは弱いが、やはり圧力を感じる笑顔だった。「でも、僕が女の子なのは今だけで、すぐに元に戻るはずなんだけど」 朝食の準備をするとなると、今よりもずっと早起きをしなくてはいけなくなるので、朝寝坊気味な克哉としては、それだけは避けたかった。「だけど今のままってこともあるんでしょ?」 どこか期待を込めたきらきらとした光を目に浮かべ、克哉に尋ねる弓子。母親というよりも主婦の立場としての期待かもしれない。
Mar 6, 2005
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「……そうだね。普通だったら男なのに女の子の身体や感覚も体験できるだなんてことはないんだから、楽しまなくっちゃ損かもしれないよね」 脳内会議終了後、克哉は弓子に対して静かに、しかし力強く そう言った。「でしょ!? じゃあ、お父さんが帰ってくるまでに可愛く着飾ってびっくりさせちゃおうか。ね♪」 まるでいたずらを相談するかのような口調の弓子。いい年をしてという気がしなくもないが、まあこれもひとつの夫婦愛、そして親子愛の形なのだろう。「うん、びっくりさせちゃおう」 克哉はベットから起きあがるとクローゼットの前に行き、その扉を開いて中に入っている女物の服を確認する。そしてまだ少し恥ずかしそうにしながらも、弓子の提案するいたずらに協力することを宣言した。 なんだかちょっと騙されているような気がしなくもなかったが、開き直ってみれば女の子の可愛い服を着てみるのも悪くない。いや、むしろ楽しいかもと思えてくる克哉だった。「さあ、そうと決まったら試着タイムよね? どんどん行くわよ~♪」 克哉よりも更に楽しそうにしている弓子に先導され、母娘(?)2人のファッションショーが華麗に始まった。(ひゅーひゅー、似合ってるわよ。可愛い♪ 可愛い♪)(ほお、なかなか……) ギャラリーは、奈里佳とクルルだけだったけど……。「ただいま。今帰ったぞ」 夜もふけてきた頃、ようやく帰ってきた範彦は、疲れた身体で玄関のドアを開けた。するとおいしそうなシチューのにおいが鼻孔をくすぐる。「お、今日はシチューか?」 お腹が空いていたことを急に思い出した範彦は、シチューのことで頭がいっぱいになってしまった。ちなみに範彦の好みは、ビーフシチューよりもクリームシチューだったりするが、そのことはこの小説の内容と何の関係も無いのは言うまでもない。「おかえりなさい。もう帰ってくる頃だと思って、ちょうどご飯の用意をしていたところなの。すぐに着替えて来てくれる?」「おかえりなさい。お父さん。早くしてね。僕達もまだ食べていないんだ」 台所から聞こえる弓子と克哉の声。そしてカチャカチャと聞こえる食器の音。「わかった。急いで着替えてくるよ。だからついでにビールも出しておいて欲しいなあ」 1日の仕事を終えた後に飲むビールのうまさは格別である。しかもおいしい料理と、それを一緒に食べることができる家族とともにということならなおさらだ。範彦は台所に視線を向けることなくいそいそと寝室に行くと、スーツを脱ぎ部屋着に着替えた。 そして範彦は台所から流れてくるにおいの元を確認し、それを腹におさめるべく寝室を後にした。数歩の歩みで寝室から台所へと移動を完了すると、範彦の目に飛び込んできたのは驚くべき光景だった。「おかえりなさい。お父さん」 そこにはややおとなしめなデザインの紺色のワンピースに身を包んだ克哉がいた。しかしおとなしめなのはワンピースだけで、料理を作る手伝いでもしていたのかフリルが大量に縫いつけてある実用性よりも装飾性に重点を置いてあるとしか思えない可愛らしいエプロンをつけているその姿は、どこからどうみても女の子そのものだった。 ……まあ、胸とお尻がないだけで、今の克哉は女の子には違いがないのだが。
Mar 5, 2005
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「だって、女物のパジャマを着てるって……」 何があったのかを説明するにしても客観的に先ほどの状況を見てみると、ほとんど痴話喧嘩のたぐいである。そのことに気がついた克哉は、言葉を濁して口を閉じた。「からかわれたの?」 やや心配そうにする弓子。心配するくらいなら最初から自分の息子(?)に女物のパジャマを着せたりしなければ良いのにと思わなくもない。「可愛いって……、言われた」 親友である雄高の名誉の為にも、ここで嘘を言うわけにはいかないとでも思ったのだろうか。克哉は言いにくそうにしながらも、本当のことを口にした。まあ、馬鹿正直というか律儀というか、克哉らしいと言えばらしい態度である。「ならいいじゃない。本当に可愛いんだから。女の子が可愛いって言われたら喜ばなくっちゃね」 とたんに安心の表情を浮かべて、軽くはしゃぐ弓子。自分の娘(?)が誉められて嬉しい……、のか?「でも、僕、ホントは男だし、可愛いって言われても……」 掛け布団の端をいじりながら反論する克哉。しかしその声は徐々に小さくなっていく。今の自分の状況を考えれば、完全に男であると主張するには無理があるからだ。「お母さんとしては、子供は男の子と女の子の2人欲しかったから、克哉が一時的とはいえ女の子になってくれてちょっと嬉しいかな。話を聞いてる限りじゃ、変身してもちゃんと元に戻るんでしょ? だったら今の状況を楽しむぐらいのほうが良いじゃないの」 お母さんったら、雄高と同じようなことを言うんだなと感じながら、克哉は弓子の言葉を聞いていた。しかし考えてみれば現状を嘆き今を否定するという態度は、人間が自分の可能性を閉ざして結晶化する第一歩である。世界を結晶化と崩壊の危機から救おうとしている自分としては、確かに現状を楽しむぐらいの気持ちを持ったほうが良いのではないかと思えてきた。(アソコが女の子になっちゃって、『困った、嫌だ』って言ってるより、楽しんじゃったほうが良いのかな? 結晶化を防ぐ為にも……) 頭の中で奈里佳に話しかける克哉。しかし表面的には黙りこんでいるように見えるので、弓子は克哉が自分の意見を聞いてそれについて考え込んでいるのだと思っている。(分かってきたじゃない。未来を信じて今を楽しみ、そして夢に向かって努力する。苦労すら楽しめるようになってきたら本物よ♪) なんだかものすごくまともなことを言う奈里佳に対して微妙な違和感を覚えながらも、克哉は心の中でうなずいた。(そうだね。女の子になっている自分を楽しんじゃったほうが良いのかもしれないね。ねえ、クルルもそう思う?) ベットの上で寝ているというか、じっと動かずにぬいぐるみのふりをしているクルルに、克哉は視線だけを向けてみた。(この場合は楽しんじゃったほうが良いと思いますよ。他人に迷惑をかけないというただひとつのルールを守っている限り、人間は自分のしたいことをしたいようにするべきですからね) 現実には身体を微動だにさせていないが、克哉の頭の中には笑みを浮かべるクルルの顔のイメージが伝わってきた。(そうそう、克哉ちゃんも本当は女の子の可愛い服を着てみたいって気持ちが少しはあるでしょ? 自分に正直にならないと未来の可能性を殺して結晶化しちゃうんだから、楽しんじゃいなさいな) 奈里佳も克哉の背中を後押しする。クルルと奈里佳に言われて、だんだんと克哉もその気になってきた。う~む。素直なのか? それとも流されやすいのか?
Mar 4, 2005
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「まあ、このままずっと元に戻らないっていうなら困るかもしれないけど、そういうわけでもないみたいだし、どうせなら楽しんだほうが良いだろ? いや~、ほんと楽しみだね♪」 はははと、妙に明るく笑いながら答える雄高。これで歯も光れば完璧だ。「楽しみって……?」 聞かなくても何となく分かる気がする克哉だったが、雄高の雰囲気がそれを許さなかった。さっきから早く質問して欲しいというオーラが出まくっているのだ。「アソコだけとはいえ女の子になったんだから、やっぱり女の子なひとりエッチをするに決まっているだろ。女の子の快感って、かなりすごいって噂だからな」 話すだけ話すと、雄高はまた椅子に腰かけた。(どうやら喜んでいるみたいだし、私も魔法をかけた甲斐があったってもんだわ。でも、せっかくの恋人同士になれるチャンスを潰してしまってごめんなさいね。克哉ちゃん♪) 奈里佳は絶対に遊んでいる。克哉はそう確信をした。(お願いだから奈里佳。もっとまじめにやろうよ) 脱力気味に奈里佳に抗議する克哉。(あら? 私はいつだってまじめよ。ふまじめに遊んだっておもしろくないじゃない) 奈里佳の開き直りというか屁理屈というか、その主張に対して、克哉はとりあえず奈里佳を無視することにした。まあ賢明であるかもしれない。「……実際のところはどうなんだろうね」 奈里佳と会話しながら、同時に雄高に対して当たり障りのない返事をする克哉。「試してみれば分かるって。なんなら2人で触りあってみるか? ……しかしこれってホモなのかレズなのかどっちなんだろうな」 何気なくきわどい発言である。「さ、さあ、どうなんだろうね」 もう、どう答えて良いのかわけが分からない克哉。(な、奈里佳~。どう答えたら良いの?) 奈里佳にすら助言を求める克哉。もう少し軽くいなせば良いのにそれが出来ないのは性格なのだろうか。(さあね、薔薇でも百合でもどっちでもいいんじゃない? 適当に答えれば良いのよ) 自分でひっかき回さなくても話がおもしろくなりそうな予感に、奈里佳は高見の見物モードである。「ま、いいか。それにしても克哉って可愛いよな。そのパジャマも似合ってるし♪」 にやりと笑う雄高。「え?」 ふと、我に返り克哉は自分が着ているパジャマを見た。寝起きだったので忘れていたが、克哉はかわいらしい女物のパジャマを着ていたのだった。「可愛いね。克哉ってそういったのが趣味だったんだ。やっぱりアソコだけじゃなくて身体全部女の子になりたいってか?」 雄高のその言葉に、何故か反射的に枕を投げてしまう克哉。「わ、冗談だよ。冗談」 おどけながらも克哉が投げた枕をしっかりと受け止める雄高。「もう、雄高のバカッ!」 恥ずかしさをごまかすために、必要以上に怒ってみせる克哉。そういうところが可愛いところなのだという自覚はないらしい。「おおこわ。じゃ、俺もう帰るわ。色々と楽しみたいからね。あ、そうそう。明日は病院に行くんだって? がんばってこいよ」 何をがんばれと言っているのか知らないが、雄高はそのまま扉を開けて部屋を出ていこうとした。しかしちょうど扉を開けると、そこには弓子が2人分のジュースをお盆に載せて立っていたのだった。「あら、佐藤君。もう帰っちゃうの? せっかく飲み物を持ってきたのに」 帰っていこうとする雄高を引き留める弓子。「ああ、すみません。どうやら克哉の機嫌をそこねちゃったみたいだから、もう帰ります。じゃ、失礼しました~♪」 なおも声をかけようとする弓子を制し、雄高はそのまま元気良く帰って行った。よほど楽しいことがしたいとみえる。「また来て下さいね」 克哉の部屋に入りかけていた弓子はまた廊下に戻り玄関まで行くと、外に出ていこうとする雄高に声をかけた。「ねえ、克哉。佐藤君帰っちゃったけど、何かあったの?」 部屋に戻ってきた弓子は、克哉に問いかけた。克哉と雄高の間でどのようなやりとりが有ったのかを知らない弓子は怪訝な表情を浮かべている。
Mar 2, 2005
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「あんな騒ぎがあった後なのに、やっぱり宿題って普通に出るんだ」 手渡された数学のプリントを見て、ため息をつきながら感想を口にする。(奈里佳は黙っててよ) それと同時に、奈里佳に対しても注文をつける克哉。そのままベットから降りると、机の上にそのプリントを置いた。「ふ~ん、パジャマだとアソコが女の子になっているのがハッキリと分かっちゃうんだな」 机に近づくということは、机とセットになっている椅子に座っている雄高にも接近遭遇するというわけで、当然に克哉パジャマ姿は間近で雄高の目にさらされることになった。「もうッ! どこ見てるのッ!?」 聞かなくてもどこを見ているのかは明白なので、これは非難の言葉である。克哉は慌ててまたベットに戻ると下半身を布団の中に隠したのだった。「目の前に来るんだもん、自然と見えちゃったんだからしょうがないよ」 まったく悪びれず、ひょうひょうとした態度の雄高。笑いを押さえているような感じだ。「恥ずかしいんだからね」 ちょっとすねたような克哉。そんなに可愛くてどうする? とりあえず本来は男の子なのに……。「そうやって恥ずかしがってると思ったから、俺が来てやったというわけなんだな。これが♪」 得意そうに胸を張る雄高。あまりふんぞり返ると椅子が倒れちゃうぞ。「どういうこと?」 不思議そうに聞き返す克哉。その頭の中に、奈里佳のくすくす笑いが小さく響く。(あッ! もしかして奈里佳、雄高に何かしたんでしょ? 何をしたのッ!?) 頭の中での会話にも完全に慣れた克哉は、雄高が返事をする前に瞬時に奈里佳に対して質問した。というわけなので時間経過がおかしいと文句を言ってはいけない。(黙ってろって言われたも~ん♪ 雄高君から直接聞けばいいんじゃない?) 楽しげな奈里佳の様子から、克哉は聞くまでもなく事情を察することができた。保健室にいる間に、克哉が他の生徒や学校周辺の人達から残存魔力を吸収すると同時に、奈里佳が適当に部分変身魔法を周囲に対して使うことになっていた。おそらく奈里佳は、雄高に対しても部分変身魔法を使ったに違いがない。 ちなみにこれは、事態の推移をどこかで観察しているであろうフューチャー美夏に対して、克哉の存在を目立たせないようにするための作戦である。「つまりさ、なんだか知らないけど、俺も変身しちゃったんだよ。アソコがさ♪」 立ち上がり、股間を克哉の目の前に持ってくる雄高。言われてみると確かにズボンの前の部分に膨らみが感じられない。「……雄高。何だか嬉しそうに見えるんだけど」 親友のアソコが女の子に変身していることについては間違いが無いとして、楽しそうに話す雄高の気持ちが分からない。それとも自分以外の男の子の平均的な反応なのだろうかと悩む克哉であった。
Mar 1, 2005
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