授業研究のあしあと

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2013.08.27
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カテゴリ: その他



この「授業をていねいに振り返り、一人一人の子どものことを理解しようとすることが大切である」ことに異論を唱える人はいないだろう。しかし、この7年間、授業リフレクションを中心にした研究に取り組む中で、次のように批判さえたことは多々ある。

「授業リフレクションをしてもいいけど、それは授業者個人の問題であり、校内で計画的に取り組んだり、ましてや校内研究の一つの柱にするようなものではない。」
「授業リフレクションはしたことは、他の誰かのためになるものではなく、その取り組みを公開する必要はない。研究発表会などで提案しても、参観者の何の『お土産』にもならない。」

もちろん、授業リフレクションが授業者の単なる反省であるならば、このような批判ももっともであろう。しかし、授業リフレクションは、授業中の子どもの行動や発言をていねいに意味づけることにより生じる「驚きと発見」を最も大切にすることを考えると、授業研究(校内研究)として取り組む必要性として、次の3点が挙げられる。

(1)授業リフレクションは、授業者一人ではできない。
(2)教師が「学び続ける」ためには、授業を振り返ることが必要であり、その「振り返り方」を紹介すること。
(3)私の授業での「驚きと発見」であっても、他の授業者の子ども理解や教材研究の参考になること。

特に(3)に関しては、もっと私たちが主張していかなければいけない点であろう。私たちは教材研究をしたり指導案を書いたりするときには、子どもの発言や反応(考え)を予想する。しかし、その予想は、あくまでも大人の私(私たち)の考える「抽象的なもの」であるとともに、私(私たち)のもつ「枠」の中でしか考えることのできない限定されたものである。さらには、授業者としての「よこしま」な教材とのかかわり方ではなく、多元的で多様、そして、自由な子どもの教材とのかかわり方のほうが、教科等の本質に近づきやすいことも現実には多くあるのである。



「実際の授業では、私の想定外のこんな発言や話し合いがありました。この発言や話し合いにはこういう意味があり、授業中に私がこういう対応をしていれば(次時にこういう対応をすれば)こういう発展の可能性があると私は考え、私自身、このように教材を見直しました。」

こんな授業者の「学び」が語られる授業研究(校内研究)が、今、求められているのではないか。もちろん、「附属」も同様である。





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最終更新日  2013.08.27 19:10:10 コメントを書く


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