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2013.12.10
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カテゴリ: その他
最近のblogに次のように書いた。

・・・・・

『ねがい』を鍛えることは、『ことば』を鍛えること。」
「教師自身が、目の前の子どもが経験していることをストーリーとして語ることができなければ、子ども一人一人の『学びのストーリー』を大切にすることなどできない。」
「言葉に敏感になり、真に重要なものを手元に引き寄せる力を持った言葉を自覚的に選んで用いる。」

・・・・・

では、どうすればよいか。手っ取り早いのは、公開授業を参観するとき、授業中の子どもの様子や発言を丁寧にメモし、そのメモをもとに授業後の授業研究会で発言することである。もちろん、そのときは指導案の善し悪しや指導案通りに授業が進んだかでなく、授業の中で目の前の子どもが何を経験していたのかストーリーとして語るのである。できれば、指導案に書かれている言葉を使わずに。

授業を参観する最中に、指導案に線を引いたり書き込みをしたりする様子をよく見かける。また、授業研究会でも、指導案の内容に終始することも多いのではないか。もちろん、授業を構造化しねらいと手立てを明確にするために指導案を書くことは必要であるし、その指導案によって、参観者も授業者の「ねがい」や意図を知ることができ、ある程度分かりやすい指導案を書くことは重要であろう。

ただ、指導案のみを頼りにする授業観察や授業研究会では、専門家としての「ことば」は鍛えられることはない。専門家としての私が、目の前の子どもの様子をどうみたのか。子どもの発言をどう聴いたのか。その事実を私の語りとしてどう再現するのか。



さらには、自分の授業をビデオに撮りそのビデオをもとに授業記録を書くことや本を読むことも「ことば」を鍛えることにつながるだろう。

自分自身の「ことば」を対象化する。目の前の事実にピッタリと合う「ことば」を探す。たどたどしくてもいいから表現する。これらのことが教師の成長と大きなな関係があるのだろう。





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最終更新日  2013.12.10 13:23:15
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