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2006年07月09日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今回の小説は既に2/3程でき上がっているので後はアップするだけで楽なのですが、残り1/3にとりかかろうとしてもピタリと筆ならぬキーが止まってしまって全然先に進まなくなっております。困ったものですね。

今回は前回の小説に比べてリアリティに固執しようと考え、色々法律関係の事例を調べました。そういう知識レベルでのリアリティも追求しましたが、一方で完璧な人間はいないという観点からのリアリティも表現してみました。

具体的に言うと今回の章で大岡越前の逸話のくだりがありますが、実はあそこの数字は実際のものと比べて大げさな値にしています。現実的にはもっと少なかったみたいなんですね。それを主人公が間違って覚えているという事にして妙なリアリティを作り上げてみました。

その他、リアリティを追求し過ぎて本質がぼやけてしまうと元も子もないので、舞台は福岡ながら登場人物の台詞は全て標準語にしてあります。その点もご了承ください。

そんなわけで本日日曜は小説の日です。今日は第二回目なのでまだ読んでない人はまだ間に合います。先週日曜の第一回目と併せて読んでください。


※この作品はフィクションであり、実在する、人物・施設・団体とは一切関係ありません。

正義のみかた

第二章 白昼の惨劇

その頃私たちは実家とは別のマンションで生活していた。12階建てマンションの最上階に住んでおり、3LDK、ビルとビルの隙間から遠くに玄界灘が望めるなかなか好条件の部屋である。マンション展示会でどうしようか決めかねていた私に「このキッチンが気に入っちゃった」という鶴の一声ならぬ妻の一声があった。10年のローンは専ら私が払うのに・・・。

愛の巣という表現は止めて欲しい。その言葉を聞くと背中のあたりが妙にむず痒くなる。ともかく幸せな新婚生活と言えたのではないだろうか。当時新米弁護士である私はとかく帰宅が遅れたり、家に仕事を持ち込んだりと忙しい時期だったが、やはり家庭に戻って妻や娘の顔を見ると頑張ろうという気にさせてくれる。



つまらない豆知識ではあるが、江戸時代の町奉行は夜も眠れない程の膨大な仕事量を抱え、あの大岡越前守忠相は一日辺り約35件の事件を決済したとか。有名な大岡裁きも実は20分程度で決済されている計算になり実に味気ない。ともあれ今も昔も紛争の種とは尽きないものだ。普段から帰宅が22時を過ぎる事も珍しくなかったが、この日もやはり一区切りつくまでは時間がかかった。

結局クタクタになりながら帰宅したのは21時15分頃。いつものように玄関のインターホンを鳴らし「ただいま」と声をかける。応答がない。不審に思ってドアのノブを回してみると鍵もかかっていない様子で部屋の中は真っ暗だった。

無用心だなと思いつつ部屋の中へと踏み込む。窓からは博多の夜景とネオンが地上の星のように映る。手探りで部屋の明かりを探る。電気を付けてみると部屋の中が荒らされたように雑然としていた。キッチンには夕食の準備に取りかかろうとして中断されたように野菜が並べられている。ただ事ならない様子に不安がよぎる。

「おい、洋子?」鞄を放り出し勢いよく寝室のドアを開く。足だけがぼんやりとドアからの明かりに照らされて見える。暗闇の中でベッドの上に人影が並んで横たわっているのがわかった。寝室の電気をつけるとそこには洋子と梓の変わり果てた姿が・・・

死因は頸部を圧迫された事による窒息死。当初私が弁護した事件による逆恨みの犯行かと警察も調べてくれたが、実際にはそうではなかった。逮捕されたのは当時15歳の少年。たまたま近くの公園で遊んでいた洋子と梓の後をつけ、窃盗と強姦目的で犯行に及んだということだ。間抜けな事に盗んだ貴金属類を質屋で換金しようとして足が付いた。身分証明書を提示しようとしない少年を不審に思った店主が覚えていたらしい。

殺してやりたい!そう思った。そして今でもその気持ちは変わっていない。当時は少年法改正前であったため16歳未満の犯罪は家庭裁判所でしか審議が行えず、刑事裁判は認められていなかった。拘置は長くても10年がせいぜいだ。

しかし現在の少年法でも彼を死刑にすることはできない。第51条によると「罪を犯すとき十八歳に満たない者に対しては、死刑をもつて処断すべきときは、無期刑を科する。 」とあり、最高でも無期懲役までだ。少年の場合は成人よりも刑が一等級軽くなるという考え方になっている。

無論法治国家において仇射ちや決闘など認められていない。私の事件も世間に波紋を呼び世論に問いかけ、私自身もそれ以後より一層少年法改正に向けての意見書作成に積極的に協力を申し出てはいるが、議論は紛糾し、現在も最終的な改正には至っていない。

日本弁護士連合会、日弁連は少年法改正に反対の立場である。今も昔も改悪を主張し国に意見書を提出して改正を阻止しようとしてる。私も当初はそうだった。罰則の厳罰化が犯罪を抑制するとは思わないし、未来のある少年には大人が正しく更正に導いてやるのが大人の責務というものだ。刑が犯罪を減らすのではない。正しい教育が犯罪を減らすのだ。

しかし一旦被害者の立場になると利己的なものだ。エゴイストだと非難されたってかまわない。私は一転改正を賛同する立場になった。被害者はその復讐心をぶつける所がどこにもない。まして殺された者はもうどうする事もできないのだ。被害者の御霊を慰めるにも、遺族の気持ちを少しでも納得させるためにも、大人と同じ量刑を。でなければ少年に殺された分損だって言うのか?奪われた命は誰に奪われようとたった一つだ。返って来ない。

改正に賛同する場合、日弁連からの圧力もあるだろう。しかしそこは私の事情を察してくれたのか、それとも父が手回しをしてくれたのか、私の意見書は問題なく提出する事ができた。



そしてその少年も今ではとっくに社会に戻って生活している。どこか見知らぬ土地で一般市民に交ざり何食わぬ顔で生活しているはずだ。彼が過去に殺人を犯した事なぞその土地の人間にはわからないだろう。彼の提出する履歴書に「殺人歴有り」と書く欄などない。

私は今でもその少年の事を憎んでいる。憎んでも憎みきれない。夢に何度出てきた事か。その度にあいつは抵抗する洋子の口を片方の手で押さえつけ、もう片方の手で衣服を剥ぎ取ろうとし、そして最後には思い切り首を締め付けるのだ。その顔にはうっすらと笑みさえ浮かんでいる。肉食獣の眼だ。やがて洋子の腕が垂れ下がり、次は梓へと向かうのだ。

私はいつも何もできない。止めようとしても足が動かない。叫ぼうとしても口が開かない。私に許されるのはただその光景をじっと見つめるだけだ。

やがて目が覚める。目覚める事を許される。全身汗だくで喉はカラカラ。事件直後は毎日、1年後からは数日置き、今でも1週間に一度は全く同じ夢を見る。その都度私は自分の無力さに苛まれる。そしてやるせない気持ちにさせられる。PTSDというやつだ。眠るのが怖い。精神科にも通院した。

何故あの日もっと早く帰らなかったのか?何故虫の知らせというやつは肝心な時に来ないんだ?周りからは「そこまで自分を責める事はない」とよく言われるが、こういう時は残された方が辛いものだ。一生重い十字架を背負って生きていかねばならない。洋子と梓の墓前に行く度に情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。今の私にできることは何もない。洋子と梓のヒーローになり損ねた男がただ一人いるだけだ。



結婚してから少しの間うちの事務所で働いた彼女は、育児のためにしばらく弁護士業を休むことにしていた。私としても当然その方が有難い。家では私の仕事にアドバイスをもらうこともあったし、梓が大きくなり手がかからなくなった頃に再度職場復帰する、そのはずだった。

洋子と梓を失った私はそれから仕事に没頭することに決めた。仕事の忙しさで辛さを忘れることしかない。がむしゃらに働いた。





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Last updated  2006年07月09日 18時34分03秒
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