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1学期の終業式の前日、来年度に向けてゆずきの処遇(情緒学級判定で情緒学級在籍)の見直しのお願いをしました。こちらの希望としては通常学級に移籍と同時に通級教室の入級希望ということで、そのために判定等が必要であるなら、時期を外さないように段取りを踏んで頂くよう、教頭先生にお願いして来ました。夏休みに入って連休が明けた火曜日、担任から電話がありました。移籍と通級について市教委に問い合わせたところ、判定のために診断書と発達検査の結果を教育委員会に提出しなければならないとのこと。発達検査はウィスク・サードと指定です。早く問い合わせをして、すぐに連絡して貰えて良かったです。ウィスク・サードの検査なんて、1回では終わりませんから。それでも今からなら夏休み中に終えられるでしょう。先週、今までも役所関係や教育委員会関係の診断書が必要な時だけ受診している某診療所へ行って、検査の予約をして来ました。一応医師と話しをするので、しっかり料金が発生します。そして今週の月曜日、検査に行きました。予約の枠が1回に45分と決まっているので、当然1回では終わりません。来週の月曜日に次回の予約となりましたが、それでも終わらないかも・・・って、予約に行った日と1回目の検査で既に2000円超えてるんですけど。あと2回かけて検査して、検査結果と診断書出して貰ったら全部でいくらになるんでしょう。教育委員会さん、検査結果だとか診断書だとかって気安く言わないで頂けませんか?あれって、タダじゃないんですけど。診断書は医師でないと出せないので、どうしても必要なら仕方ないですけど、検査は教育委員会の方でどなたかキチンと研修を受けて頂いて、そちらでやって頂けると助かるんですけど、それって法律的に無理なんでしょうか?
2008年07月31日
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(この日記は意味不明の日記になります。 覚悟して読んで下さい。 面倒だと思われる方はスルーして下さい。)先月、小学校で学校解放(1日中授業参観)がありました。 行事のアンケートに… 毎回授業参観の度に思うのですが、通常学級には出欠をチェックする名簿が用意してあるのに、〇〇(特別支援学級)にないのは何故ですか? 今年は交流学級の名簿に名前を加えて頂いてあるようですが、〇〇の保護者の場合交流授業がなければ通常学級へは行かない方がほとんどなので、参加していてもカウントされません。 と書いて提出したら、その日の連絡ノートに担任からの返事が書いてありました。 〇〇に名簿がないのは、こちら(担任)で出欠の確認ができるので必要ありません。 交流学級の名簿にも出欠ができるように通常学級の担任に働きかけます。 どうにも納得が行かないので、翌々日になって電話しました。 まず、名簿は先生か役員かどちらが人数を把握するための物か? これは担任だそうで、全体数は調べてないそうです。 でも、これは聞かないと分からないことなので、もしも役員が総数を出しているなら、○○の数は入っていないのか…とか思ってしまいます。 もう一つ。 私は通常学級の名簿に入れて欲しいなどとは、一言も書いていません。 あれをどう曲解するとこうなるんですか?! 担任の回答は「カウントされないと書いてあったので…」(ここで何故こんな答えが出て来るのか…理解不能) 私… 「手間のかかる事ではないので、他のクラスと同じように名簿を用意してもらった方が、同じ対応をして貰えていると感じられて安心出来るし、保護者同士も誰が来たか分かるし、その方が良いと思います。 どうしたら保護者の側が一人の児童、一人の保護者として同じ重さで尊重して貰えていると感じられるか、もう少し想像力を働かせて動いて頂けると良いんですけど。」 こういう事をあの担任に伝えようと思ったのが間違いでした。 どう言葉を探しても、的外れな反応しか返って来ません。 結局私がキレて終了。 「もう諦めました。 もう先生には言いません。」 私はいつも特別支援学級も通常学級の1クラスと同じ重さとして扱って欲しいと思い、特別支援学級の担任にも、機会あるごとにそう伝えようと試みて来たつもりです。ところが担任は最近、「同じに」という言葉を聞くとそれに過剰反応するように、「交流学級の名簿に一緒に・・・」と言います。こちらが言いたい「同じ」と微妙に違うニュアンスに捉えているようです。交流学級、つまり通常学級の一人として同じに肩を並べて、そこにいる皆と同じ対処をされて、それで必要なことを十分学んで行けるなら、わざわざ特別支援学級に居ません。通常学級で他の同年齢の子たちと同じ枠の中に入れてしまうよりも、もっと本人に合った個別の対処をするために特別支援学級があるのではありませんか。通常学級の大きな集団の中ではない場所だからこそ出来ることをする、そのための大切な場所・・・ではないのですか?担任はなぜ、通常学級の1クラスと同じに特別支援学級も大切な1クラスとして、どっしり構えていてくれないのでしょう。どこか自信なさげに見えてしまうのは私だけなのか・・・通常学級では、学校から保護者に向かって発信される情報は、全学年に届けられるものもあれば、内容によっては特定の学年にだけ届けられるものもや、全学年に届けられるけれどもその内容は学年によって違うものもあるはずです。学年によって活動や学習の内容は当然違いますから。特別支援学級の場合、全学年のものは当然届きます。そして学年によって違うものも、(たまに抜け落ちることもありますが)一応はそれぞれの学年あてのものは届きます。でも、私はこれにも常々疑問を感じていました。お知らせの印刷物等、通常学級の保護者に渡されるものが手元に届けばそれで十分だと、先生方は本気で考えているのだろうか?特別支援学級の子の場合、実際学習出来る内容は通常学級の同学年の子たちとは差があります。なので、学校を通して購入する色々な用具等も、通常学級の子と同じに購入してもほとんど使わないこともあるわけです。学校としては、使わないから案内も渡さないというわけにも行かないでしょうから、案内は渡します。「学級でも使いますから必ず用意して下さい」でもなく、「学級では使わないので不要なら買わなくて良いです」でもなく、案内だけが連絡袋に入っていたりするわけです。けれど、受け取った保護者はそこで悩むわけです。(たぶん皆さん悩まれてると思います)「これを実際使うんだろうか? 買わないといけないんだろうか?私の場合で言うと・・・1年生の時の鍵盤ハーモニカと絵の具セットは業者さんが学校に来て販売しました。鍵盤ハーモニカの販売については、担任からは声もかかりませんでしたが、学年通信に案内が書いてあったのを覚えていたので、無事購入しました。鍵盤ハーモニカは音楽の交流の時に使いますから。絵の具セットは、販売の当日の朝に口頭で知らされましたが、その場で確認したところ、学級で個人持ちの絵の具を使うことはほとんどないということで、これは買いませんでした。この頃美術教室に通い始めて、そちらで使う絵の具は持っていたので、もしも学級で使うことがあっても、それを持たせて構わないということだったので。そして、しつこいようですが、忘れもしない名札です。2年生からは算数と生活の交流を始めたので、他の子たちは必要なかったものが必要になって、その辺の連絡漏れがパラパラとありました。生活でトマトの苗を植えるのに、通常学級は1年生で朝顔を育てるのに植木鉢を買っているのでそれを使いますが、ゆずきはそれがありません。その年の1年生の分を買う時に一緒に買って貰えると良かったのですが、担任は全く考えてなかったようです。どこかから、上の学年が使った物を探し出して貰えたので、それを使いました。そして、これもこのブログにも書いた「ものさし」。散々文句を言ったので、2学期以降は副教材、ドリルその他通常学級で購入する物で使いそうな物は事前に連絡が来て、購入するかしないか意思を確認して貰えるようになりました。3年生では算数のドリルや社会の副教材、習字のお手本等々・・・大きい物ではリコーダー、習字道具、国語辞典、漢字辞典。辞典は頂いた物が家にあるので買いませんでした。習字セットも、買うのを見合わせようか・・・と迷った挙句買いました。リコーダーは交流の音楽に使うので・・・実は先日特別支援学級で3年生以上が「習字」の学習をしました。以前にも学級全員で書き初めなど、習字・・・らしきことはやったことはあるのですが、その時は道具は学校の備品を使いました。今回、当日の持ち物に「習字道具」とあったので、「皆、ちゃんと習字道具買ってるんだ・・・」と関心していたのですが、そうではありませんでした。1人、習字道具を買ってない子がいて、学級の子の上の子(中学生)のを借りたそうです。たった5人のことなので、事前に確認してくれたら良かったのに・・・担任は、全員買っていると思いこんでいたのでしょう。通常学級で学校を通して物を買う時に、特別支援学級も該当する学年の保護者に「案内を渡せばそれで良し」という発想は止めて頂きたいものです。それぞれの物の通常学級での使用頻度(上の学年になった時も含めて)、特別支援学級の使用予定の有無、学級の備品等、借りられる物があるかどうか・・・購入の案内と一緒に、そういう情報も提供して頂けると、買っておいた方が都合が良いか、借りて済ますことが出来るか判断出来ると思います。何がなんでも見た目「同じ」に買わせることが、同じに扱うことではないと思います。通常学級と特別支援学級とでは活動の実態が違うのだから、その実態に合わせた支援を親と学校とで出来るように、そのために必要な情報がきちんと行き来するように配慮して頂くことが1クラスとして「同じ」に扱って貰うということだと思うのだけれど・・・それがきちんとして貰えないと、特別支援学級とは名ばかりで、通常学級の中では対処し難い子をとりあえず一まとめにして「お守」をする場所になってしまいます。特別支援学級の担任の先生には「ここでしか出来ないことをしているんだ」という気概を持って欲しいと思います。・・・と、ウダウダと書いて来たけれど、改めて考えてみると、担任は今までに特殊学級というものをネガティブに捉える保護者にたくさん会って来たのかも知れない。そして担任自身も、特別支援学級の保護者は皆ネガティブに捉えているものだと思い込んでいるのかも知れない。だから私などが何か言うとすぐ、同じ場所に並べて外見上通常学級と同じに扱って貰えないのが不服だと思っていると勘違いして、私から見たら的外れな反応ばかりが返って来るのだろう。そういう風には捉えていない親も現にいるのだと、その本人がどう説明しても通じないほど、今までの経験の積み重ねがそれだけ強烈だということなんだろうか。それとも、ただ単に、日本語の理解力がないだけか?今日も少々気になることがあって、連絡ノートに書こうか、朝学校まで行って直接話をして来ようかと迷ったけれど、どちらもしないことにした。どうせ鬱陶しがられるのがオチだから・・・誤字脱字・・・きっと一杯あると思うけれど、もう知りません。今は読み返したくないので。大変無責任な文章をアップして申し訳ありません。どうぞスルーして下さい。
2008年07月09日
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ゆずきは通常は体育・音楽・算数・理科・社会と、総合学習は部分的に交流学級で参加しています。国語については、1学期に1単元を選んで交流ということで、昨日から「三年とうげ」というお話の学習が始まりました。先週末に、私が読んで聞かせました。特別支援学級では本読みをやったようです。そうして初日の昨日、国語のノートを見ると、初感想文(?)が書いてありました。かんそうを書こう。「えいやらえいやらえいやらや。一ぺん転べば三年で、十ぺん転べば三十年、百ぺん転べば三百年。こけて転んでひざついて、しりもちついてでんぐりがえり、長生きするとは、こりゃめでたい。」という歌がおもしろいです。初めてなので、まぁこんなもんでしょう。本当に、この部分が面白くて気に入ったようです。本読みをさせてみたら、この部分はとっても楽しそうに読んでいました。
2008年07月08日
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