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脳内汚染この本を読んで、脳内がテレビを見たり、ゲームなどをやっていると覚せい剤と同様のレベルの快楽効果があるらしい。ドパミンのレベルもかなり上がるらしい。凶悪犯罪もそれの一部で、切れやすい性格もここからきているのも不思議でない。簡単な具体例を話すと、ロールプレイゲームをしていて、2時間ぐらいやっている。すぐに過ぎてしまいますよね。そのときに例えば親から「そんなに長い時間ゲームなんてするなよ」といわれたとき、切れることって確かにある。私も経験したことあるかも。 特に50代ぐらいまではほとんどが子供時代にテレビ漬け、ゲーム漬けであることにはかわりはない。そしていまはかなりリアルなゲームがある。殺したり、犯したり、それがリアルなストーリーとなってあらわれる。いま子供はそれをやっている。だから、日本だけでなく海外もどこでも年少者の凶悪犯罪が起きている。というざっと書くとこれです。 この本実に読み応えがありました。私はこれを読んで私の目に映るいつもの不思議な光景が理解できて、すっきりしました。それは、なにをみんな携帯に向かってパチパチ打っているのか、そして開けたり閉めたりカチカチしているのか。最近、海外旅行してもそうですが、そんな光景を、電車、バス、徒歩でもみられる。大人たちもかなりはまっていますよね。機械に。テレビ、ゲームだけではない。なにか便利グッツにはそういった快楽を得る機能があるものだなあ。快楽は一度味わうともっとエスカレートする。もっともっとと求める。そうするとアディクションになっていく。それに支配されてしまうのかもしれません。「私は大丈夫」と思っている方も良く考えてみて支配されていませんか。なんとなくテレビをつけてしまうとか。なんとなく携帯をながめてしまうとか。私もありますよ。また、もう一つ問題があって、直接人と接することなく、自分だけで人の都合は考えなくなる。でも、人間はそれを注意して、意識することで回避できる。携帯、PC、テレビに依存しない生き方の術は、やっぱりできるだけOne on Oneでのコミニュケーションをすることなんだと思う。でも、ゲーム漬けの子供達は心配です。この子たちを救い出せるのは大人なのかもしれません。無料体験カウンセリングはあと5人です。読んだらクリックを→
2007年09月30日
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どうも遠足らしい娘は一生懸命バックにつめている。だから、ランドセルで教科書ではないから、いつもと違うバックなので入れ方を考えなくていけない。そのために、今日はいつもより早く起きたらしい。そのときのひとこと。「わたしはバスで立つことにするわ。みんなに席はゆずってあげるの、それがいいと思うから」えー、って私は思い。そしてまた感動してしまいました。譲ることを覚えている。私の応対は、「それはまた、すばらしい。でも立つと楽しいよなあ。パパはバスで立つとバランスの練習になるんだよね」「はいブレーキ,おーとと」とバスのかなをイメージして娘と遊んでしまいました。遊びながら「割と人に譲る心があるんじゃない」でもまてよ。保育園のころから「いつもみんながもらえる場合は、あの子小さな頃から一番最後にもらっていたよなあ」それのときも似たようなことをいっていたよなあ。ああ、性格なんだあなあ。って慈悲深き娘だなあと思ってしまいました。 昔、アメリカの高校の乱射事件で、図書館で乱射をはじめたとき、机のしたに隠れていて、不安がっていた同級生を「大丈夫だから」と励まして抱きしめながら自分が盾となってなくなった内容をその日に本で読んだ。「本人も私は自由人だから、思ったことをしているだけだから、」っていっているから、このコも有事のときはやりかねないなあ。こんな状況では、生き残るれるように逃げて欲しいと思いながら親としては思うであるが、そう思ったのなら人間のほこりとしてはそう言う行動にでろともいいたい人父としてもの思いもある。微妙なところです。奇怪な事件が多いので、この娘の場合はどんなことがあってもその事実を受け入れるしかないかも、なんて、電車の中でゆられながら思うおやじの心のでありました。無料体験カウンセリングはあと5人です。読んだらクリックを→
2007年09月22日
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9月15日から9月16日まで南房総の館山と鴨川にいってきました。初日は、館山へ館山はお祭りでしたが、山車をみても、あんまりうれしくなさそう。それよりも実は館山城をみにいきました。里見八犬伝を娘の友だちが興味があったので、そちらにいったのですが、なかなかその子が歩かない。館山駅から館山城までは約2Km騙し騙し、どうにかたどりつきました。 でも、そのお父さんの態度のすばらしさ、子供が親に当たっても、なぐったり、あばれたり、口答えしたりしても、余裕をもって接している姿にとても美しさを感じるのでした。普通の親だったら切れているだろうなあ。その子は多分、我慢強さを持つ事ができるようになるのだろうなあと感じながらすばらしい教育をみさせていただきました。 2日目は、鴨川シーワールドにいきました。これは家の娘がくじらがみたい。ということシャチのショーがある鴨川を選んだわけですが、シャチのショー、インストラクターとのコミニュケーションがうまく取れず。ほとんどショーにならないまま、終わってしまいました。3匹のシャチですが、1匹だけ、コミニュケーションがうまく行かなかったようです。でも、少し変だったのが、観客に向けて、なんども水を浴びさせたり、ワザとしているようにもみれました。シャチも生き物ですからね。感情があるんだなあ。人の命令と餌付だけでは、制御がきかないこともあるんだなあ。そう動物ひとつひとつ個々の命なんだなあ。なんて思ってしまい。そう自分のしたいことするときだっていいよね。といってあげたくなりました。そのシャチ君に。何個かジャンプがありましたが、それだけでも娘は大喜びでした。それはよかったあ。目標は達成しました。スタンプノートも作ってあげました。それも嬉しそうに13個のスタンプの鴨川シーワールドの中にあり、一生懸命おしていました。ある博物館に書いてありましたが、「博物館のものを全部覚える必要は無い、ひとつでも印象に残ったものがのこれば、それで博物館のその人にとっての存在価値はある」という言葉を思い出し、シロイルカ、いるか、アシカ、シャチ、そしてスタンプ。いっぱいあったので、これは成功だあ。価値ある旅行となりました。友だちとも親睦を深めたようです。宿泊はペンションだったので、お風呂も貸しきりにできたので、楽しく遊べたみたいです。よかったよかった。いい旅行になりました。そして、いい体験をしました。私の娘はいかに自由人であるかもわかったし、自分でもなんでもする子なんだなあと思いました。これは手が離れるのがなかなか早いかもしれません。無料体験カウンセリングはあと5人です。読んだらクリックを→
2007年09月18日
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今日はある方と、ちょっと雑談をしていて、自分のカウンセリングの方向を再認識したのです。それを書きます。お題はスピチュアル。 最近、スピチュアルに対する興味を持つ人がより多くなった。宗教などの信仰があまりない国にはぴったりであるのだろう。日本人も信じるものがほしいと探し続けている感じなんですよね。でも昔からあるんですよね。日本には恐山のいたこなどあったはず。仏教や神教があったはず。でも怪しい、面倒と敬遠してきて、結婚や葬式ぐらいで個人的にはかかわっている。自分が子供の頃、お坊さんが毎週、お経をあげにきていたこともあったが、いまじゃやっていない。私の家もその一つです。 最近のスピチュアルのブームどこからきたのか。それはやっぱり西洋文化からきたようにも思える。特に占いからきたものが多いかな。江原さんの影響も大きいね。タロット、エンジェルなどなんかおしゃれな感じがするよね。日本人はよっぽど西洋文化がおしゃれに思えるらしい。わたしもその一人です。また、偶然性をうけいれるようになったのかもしれない。科学で人間を知ることの限界がきていることをわかってきたのかもしれません。 スピチュアル系の方いろいろな方がいますよね。本当に霊力が強い方が多いですよね。だから、当たるんでしょうね。また、カードとか使っている方もなんか精神分析の連想法のようにも思えるし、癒し効果はあるはずだよね。やっぱり世の中が不安定だとどこかで支えがほしいのでスピチュアル系に頼るんでしょうね。私は、スピチュアルな力は本当にいいものであることがわかっている。そう自分の生まれてきた意義がわかったり、今後どうすればよいかのメッセージを知ったり、そうこのスピチュアルライフは自然体でいるためのよき方法を教えてくれている。しかし、頼りすぎてはいけない気がしている。頼りすぎると違うものに変わってしまう。現実逃避の人になる。依存になり、純粋なメッセージをとれなくなる。いろいろなものをして癒しの虜になってしまう。じゃあどうすればいいのか。スピチュアルの力と自分の意志の力素直な心とを合わせるようにできればいいのである。その橋渡しが出来る可能性があるのが、その方々にカウンセリング技法が身についていればいいような気がしている。カウンセリングも万能ではないことはわかっています。なにから話したらいいかクライエントがわからないときがあります。そのときわたしが使うのはエンジェルカードが、悩みを解決するだけでなく、このスピチュアルと現実の融合アイテムのように気がしてならない。そんなカウンセリングを今私はしている。私は目指している。読んだらクリックを→
2007年09月14日
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今日、新宿で号外をもらいました。安部総理辞任。おつかれさまでした。最後の言葉は追い込められたような言葉でしたが。「わたしがいても」このことば、よく聞く言葉ですが、よく決断しましたよね。おつかれさま。総理は命を縮めるといいますが、本当に大変な責任ですよね。死んだ方もたくさんいるし。次はだれがやるのでしょうか。この責任の重い仕事。楽しみです。誰になるのかが、国政はどっちにいくのやら、でも今日の号外はビックリ出した。高校生もあ~、号外だあ。と飛びついて言っている姿見えました。今日の東京は筋雲が何層も南北に向かって赤く生えていました。いまから、たくさんのことを乗り越えなくてはいけない層のようにも見えました。がんばれ日本。読んだらクリックを→
2007年09月12日
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まだまだ甘いね。読んでみるとやっぱり赤を入れたくなるものだあ。面白いと思いながら、今日、9月8日の日記に修正をいれてみた。まだまだ臨床経験がないねえ。なんていってあげたくなる。また、自分の自己開示もできていないねえ。なんていいたくなってくる。過去の自分。もう少しがんばらなきゃあかんね。なんていってあげたくなった。自分で面白いので、すこし、校正をしてみようと思う。自分を開示しながら。本当、わかったこといってっていってあげたいよ。
2007年09月11日
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そろそろ過去の日記を振り返ろうと思ってはじめます。カウンセリングをしているとすぐに親の問題にぶつかる人がいる。これっとアダルトチルドレンの情報のせいかもしれないけど、親が原因となる。これって親が原因ではなくて、自分がもつ親に対する像がひずんでいるだけと私はおもっている。(自分の記憶の問題なんだよね。私ももっている。親に対する記憶。事実ではない記憶。それを気づいたときに自分がそれに束縛されて動いている。記憶って忘れてもいいはずなのにいまだに大人になってものこっているのだから。) 親が教えてくれたものが間違っているのかもしれませんが、親の問題にぶつかるとやっぱり親のせいだと因果論と考えがちですがです。そんな問題であることはどうでもいいのです。いまの自分のどこが歪んでいるのかを気づくことが大事な気がします。それを教えてくれるのがカウンセリングで意味があることだと思う。 ただお友達の話をすれば、話を聞いてくるので、このひずみが分かることもあると思う。カウンセリングだと友達との会話よりも、もっと自分の深い心の部分での話をするので、ひずみを強制することができる。強制するとどうなるのか間違った記憶にしばられないほかの選択肢もえらべより豊かに生きられる。(2006年1月14日)さあ、その当時と見解がどうかわっているのだろうか。赤でこれを校正していこう。
2007年09月08日
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この時期に台風ですね。でも強いみたい。昨日は雨が強く降ったり、止んだりと変な天気だったけど、今日は、朝の深呼吸をしているときはお日様がでていました。湿り気のある朝ですが、台風がきているぞう。なんて感じない朝でした。嵐の前の静けさなのか。このまま台風がこないのか。なんて今日は見守ることになるのかな?今日は家に早く帰れという指示が会社から出たりして。それもいいなあ。こういう気圧の変化が急激に低くなり高くなるので、気分も変動しやすいので、注意して下さい。
2007年09月06日
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今日から9月ですね。涼しくなってきました。関東は。あの暑さは何処へやら。でもすごいやすい。公園でもいこうかな?そして瞑想でもしようかな?なんて感じています。今日はなにがおこるのでしょうか。ちょっとワクワクしています。なんにも決めていないけどたのしみ。そう、先週はいままで一度も飲みにいったことのない人と飲みいったり、電車の中で話しかけていた人とスナックへいって、おごってもらい。おいしい果物もたべて、うたって、すごせてしまったのだあ。うれしいかぎり人との出会いの日もありました。人と関わるのが大事なことを実感しました。
2007年09月01日
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