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日常は 深海 の〝 のぞき窓 〟
沖縄大学教授 盛口 満
スーパーや住宅地など
身近に存在する玉手箱
私は大学を卒業してから、かれこれ 40 年、理科教員をしてきた。私はもともと私立の中高一貫校の理科教員であったけれど、現在は沖縄の私立大学で、教員養成課程に関わっている。教員家業の魅力は、生徒や学生と卒業後もやりとりがあるという点だ。
以前勤めていた中央一貫校の卒業生の一人は、小笠原にわたって漁師になった。ボンというあだ名の子の彼から、ある日、小包が届いた。それが、私が深海へと旅をする始まりとなった。ボンが獲物にしていたのが、深海に潜ってエサを探すマグロの仲間のマバチと、同じく深海まで潜るメカジキ出あったからだ。ボンが中学生と時に理科を担当したのが私だったのだが、彼はメバチやメカジキの肉の塊だけでなく、メバチやメカジキの胃袋の中身を送り付けてくれたのだ。
メバチの胃袋は、長さ 20 ㌢弱のイカ徳利のような形をしている。その胃袋を切り開くと、中からは見たことのない形をしたイカや魚が次々と姿を現した。妙に平たく、まるで手斧のような形をしたトガリムネエソや、前方に傾斜した大きな葉が並ぶムナビレハダカエソなど……。今まで刺身として口にしていた魚が、こうした深海魚をエサにして成長していたことを知らずに、間接的に深海魚を口にしていたのだ。
子どもの頃、図鑑の中で深海の奇怪な魚たちの絵を見てから、未知の世界をして深海にあこがれを持っていた。しかし、深海は自分の手の届かない世界だと思っていた。深海生物の研究者になって、探査船にでも乗りこまなければ見ることのできない世界ではないと。ところが、日常の世界で . にも、深海をのぞき見る「窓」のようなものは存在しているのだ。
以来、身近な深海をさがしてみた。ある、ある。深海を除く「窓」は、気づけばあちこちにあった。たとえば、スーパーのイカの胃袋の中から深海魚が見つかることがわかった。深海魚の中には、夜間、水深の浅い所へ餌を求めて浮上するのもがいて、そうした深海魚がスルメイカの獲物となっていたのだ。ただし、イカの胃袋の中から見つかるのは、深海魚といっても頭骨の中にある耳石と呼ばれる部分だ。耳石は魚の骨格の中でもとびきり頑丈だ。そのため、胃袋の中でも消化されにくい。耳石はまた、化石としても残りやすい。
私の住んでいる沖縄島にはクチャと呼ばれる深海底で堆積した土壌が広く分布している。これまた、そうした目を持って探してみれば、住宅造成地の地表に、深海魚の耳石の化石がころがっていることに気づくことができる。私にとってクチャの露出した造成地の散歩は、新海底散歩だ。
そうした成果を、先だって『深海魚の玉手箱』という本にまとめてきた。すると、その本を見た深海魚の研究者から連絡がある。本の挿絵に出てくるメバチの胃袋中の深海魚は、ひょっとすると、おそろしく珍しい種類かもと。私の本もまた、深海をのぞく「窓」になっていたわけだ。
(もりぐち・みつる)
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