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たくさんの暖かいメッセージをありがとうございました。英国の人々は、首相のメッセージもあって普段通りの生活を心がけていたようで、ロンドンには観光客も買い物客もたくさんいましたが私はやはりかなり怯えていたよう...フライトは夜の9時でしたが、8日金曜日の午後3時ごろにはホテルを出て空港に向かいました。万が一にそなえて「今から出ます」のメッセージを会社や家族にあてて発信して、パディントン駅とヒースローを結ぶ特急に乗ったのですが、空港に着くまではドキドキしっぱなし。列車に乗るときや空港のターミナルで厳しいセキュリティを予想していたのですが、拍子抜けするほど何もなし。悪者を見抜く目のある警察官が見張っていたのかそれとも本当に何もなかったのか...警察犬がそこかしこでクンクンしてはいたもののX-Rayもチェックインした荷物については、成田のようにカウンター前にあるわけではなく、預けた後でX-Rayを通過して問題があった場合のに呼び出されるような仕組みでした。(まあ、米国もこうだったので、驚きましたが...)帰りのフライトは、ビジネスクラスにアップグレードしてもらえたのでほとんどシートをフラットにしてゆっくり休むことができました。乗ってからも「飛行機に爆弾をしかけられていたらどうしよう...」と思っていたのに、11時間半のフライトのうち5時間くらいはぐっすり眠ってしまったようです。オットとKentuckyに横浜のYCATに迎えに来てもらい、午後8時半ごろ再会しました。オットからは「お帰り」だけ。Tactは「ママ~」と抱きついてきましたがKentは車の中でぐっすり睡眠中zzz家族と会えてこんなに嬉しかったことは、これまでにないかも。そういう意味では、生きていることを感謝する経験でしたが帰国の日の朝、新聞一面に載っていた「missing」(行方不明)の人々の写真は忘れられません...帰宅してからKentに聞いたのですが、心配するKentuckyに留守番してくれていたばあばが「もしママに何かあったら必ず会社に連絡があるからそうしたらパパがわかるはずだからね」と言いきかせてくれたとのこと。やはりKentuckyは刺激的な映像でずいぶん心配していたのだと思います。日曜日の今日は、私はやはりだいぶ疲れていたのか、報告書や明日の会議で使う資料の更新が気になりながらもずーっとぐだぐだしていて。何時間寝ちゃったかなあ...晩御飯も冷蔵庫にあったカレー(義母に感謝)とKentが炊いてくれたご飯で済ませてしまった始末(恥)。でもでも、こうして帰ってきました、の報告ができてよかった...心配してくださった方々、メッセージを寄せてくださった方々。本当にありがとうございました。明日からまた頑張らなくっちゃ!です...今度こそちゃんとお礼に伺いますね。
2005年07月10日
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ずっと忙しい日が続き、ずっと日記をサボっていました。7月3日から仕事でロンドンに来ており、パディントンに滞在しています。今日の午前中、パディントンから列車で30分ほどのところにある、郊外の事務所にいて、同時多発テロ発生を同僚から聞いて知りました。ニュースを聞いてすぐ、日本の夜間に当たるもので会社にはメールで連絡を入れました。会社の電話で自宅に電話することは通常は考えられないのですが事情が事情なので、駐在員に勧めていただき、自宅にもすぐ電話を入れました。Kentuckyが「ママ、怖い?だいじょうぶ?」と聞いてくれて思わず目が潤みましたが、テレビなどで生のニュースに触れることがなかったので、惨状がどのくらいなのか知らないまま、今日予定していた仕事をすべて終えました。再度メールをチェックしたところ、無事を喜んでいただきつつも、惨状についてのニュースが続々と日本から入ってきていて、情報の速さに驚きながらこの歴史ある都市に起きた許せない事件の状況に憤りを感じています。生まれて初めて「ここで本当に死ぬかもしれない」と思いながら、復旧していた鉄道を利用し、今しがたホテルに戻りました。駅は郊外に帰る人々でごった返し、みんな厳しい顔をしています。外の道路でサイレンが鳴り響くたび、昨日もおとといも救急車や消防車のサイレンは聞いていたのに、ぞわぞわした不安に襲われています。帰ってすぐに、明日予定していた車のレンタルをキャンセルしました。ここから200kmほどのところにある事業所に行く予定だったのですがそこまでの幹線道路で何があるかわからないので、上司には事後承諾になりますが、明日の打合せは安全優先でキャンセルです。普段テレビを全然見ない私がBBCを付けっぱなしにして首相の声明やsurvivorのコメントに釘付けになっています。今は爆破されたバスの近くを走っていた別のバスの運転手の女性が震える声で「混雑していた時間帯だったので、とても混んでいたけれどどのくらい混んでいたかはわからない」と話しているところです。彼女の声の状態から受けた衝撃の大きさを思い、胸が痛くてたまりません...King's Crossは昨日通ったし、Edgeware Roadはたった一駅のところです。次はここかも知れない。オリンピックの開催が決まり、昨日大喜びしたばかりのこの街。こんな「明日」が来るなんて誰も思っていなかった。ひどすぎる...明日の夜のフライトなんだけれど、たぶん、日中に空港に入る方がいいだろうな、でもどうやって空港まで行こうかな...と考えています。そしてオットとKentuckyとに何か書いておいた方がいいだろうか...とも。毎日、怒鳴ったり、喧嘩したりばかりの家族なんだけれど。何か残すとしたら、どんなに彼らを愛しているか、どんなに一緒にいたいと思っているかしかないことを初めて心の深いところで感じでいます。日本に無事に帰ったら、今の恐怖はいつか忘れてしまうのかな。こんなことを書いたこと、笑って削除できるかな。でも、今はひたすら怖い。
2005年07月07日
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