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階上(はしかみ)地区。10月の初め。
ENEOSの看板は、上まで破壊され、点在していた民家も2階まで壊され、被災した車が片付けられて山積みになっていた。電柱は新しく建て替えられていた。
気仙沼湾の入り口にあたり、まともに津波がおそってきたのだろう。
国道45号から東浜街道(県道26号)へ降りて、気仙沼市街へ向かう。
松崎のあたり。
田んぼの中に、民家や工場があったのだが、気仙沼湾まで一帯が荒れ地になっていた。
何もなくなり、遠くに、大島の亀山がはっきりとみえる。
しばらく、海際を離れ、市街地の中を進む。
イオン気仙沼店のあたり。
震災後に、ますます、ジャスコがおおはやりで、近くが渋滞するのは石巻と同じ。
市街地は、冠水した跡はあるがだいぶ復旧していた。ただ、前より渋滞が多くなった。
大川を渡って、南気仙沼駅のあたり。
舗装も剥がされ、全壊地域なのだが、木造でも強い建物は構造が残っていた。
電信柱は真新しく、工事車両が通るぐらい。
リアスシャークミュージアムのあたり。
やはり、強い構造物は残っているが、2階の一部まで壊され、1階部分は特にひどかった。
ミュージアムの他に、氷の水族館、海鮮市場 海の市が一体となった大施設だったのだが、休館中。
さらにとなりには、巨大な気仙沼市魚市場があり、地盤沈下した岸壁をかさ上げして直し、6月から再開していた。
信号は消えたままだが、被災地ではよくあること。石巻でも全壊地域は、信号が壊れたままだし街灯すらないところが多い。交差点1カ所で約500万~1千万円かかるので、予算がつかないうちは直せないのだ。しばらくは、交通量が多いところは、警察官が誘導して、優先して信号を直していたが、最近は残ったところは放置のまま。
あと、どこの全壊地区でも、タクシーがめだつ。東京の方のお金持ちがタクシーで被災地めぐりをするのが流行っているそうだ。また、大型バスなどで訪れる、自治体などの視察ツアーも多い。被災地では観光でもいいから来て欲しいという人たちもいるが、なんか微妙だ。
港の岸壁沿い。
取り壊された建物と復旧した建物が混在していた。汚れも目立つ。
震災前は、こんなかんじで、賑わいがあった。
だいぶ復旧したとはいえ、失われた物も多い。
でも、気仙沼、漁船が少しずつ戻ってきたし、頑張っていた。
石巻も、一部再開はしているがまだまだだし、いろいろ問題があるのだろうが、もっと頑張って欲しい。
しかし、タクシー多いなあ。
気仙沼湾の最奥に進むと、昔ながらの商店街がある。
どの建物も1階から2階にかけて破壊され、まったくひとけがなかった。
気仙沼では、気仙沼湾の入り口近い階上、松崎、湾の中で突き出ていた朝日町のあたり、湾の奥の商店街のあたりが、全壊地域だった。沿岸部や川の近くで、津波が直撃したところは、被害が大きい。
気仙沼市全体では、10月の時点で、人口約7万人、そのうち、死亡者1028人、行方不明者371人。
気仙沼も石巻と同じで、広大な市で、沿岸部で壊滅した地域、その奥で浸水した地域、津波がこなかった地域に分けられ、復興に地域差が出てきている感じだった。市も大きいし、被害も大きい分だけ、復興は大変だろうが、頑張って欲しい。
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