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標高46mの高台の一角に立つ高さ60mの塔で、海抜106mの展望台から、360度のいわきのパノラマを眺めることができる。
岬に近づくと、遠くからでも巨大な展望塔があるのが分かる。
さらに近くの駐車場に停めて、歩いて行く。
高さ60m、海風の強いところに、ガラス張りでよく建てたものだ。
大人320円を支払って、中へ。
1階の小さな売店を通り越して、エレベータで一気に最上階の展望室へ。
展望室からは、いわき市のパノラマを一望できた。
天気もいいので、さらに階段を上がって、屋上のスカイデッキへ。
スカイデッキに出ると、ビュービュー海風が吹いてくる。
11月の初めのころだったが、結構、寒かった。
小名浜港側をみると、眼下に広くきれいな三崎公園、遠くに防波堤を何重にも張り巡らせた小名浜港がみえてくる。
遠目に見る分には、以前とかわらない美しい港の風景だ。
小名浜港は、震災で5mの津波に襲われ、1階相当部分が強い被害を受けた。よくみると被災の跡が残っているが、漁業や工場地帯でもあり、だいぶ戻ってきていた。
右手前に小名浜魚市場と埠頭があって、漁船も少ない気はするがあった。6月16日に再開、カツオの水揚げをする予定だったが小名浜港で水揚げすると福島県産となり買い手がつかないため断念。それでも、8月29日に震災後初のカツオの水揚げ、10月15日にサンマの初水揚げがあった。実際は、福島第一原発より半径100km圏内の海域では操業は自粛しており、魚も港も放射線の問題はないのだが、風評被害に苦しんでいる。
さらに中央の白い屋根の大きな建物は、いわき・ら・ら・ミュウ。いわき市観光物産センターで、以前はたくさんの海産物など物産が並んで活気があった。ここも被災と風評に苦しみ、何とか11月25日にリニューアルオープンした。
その奥のエメラルドグリーンの160mの細長いガラス張りの建物は、アクアマリンふくしま。津波で建物は耐えたが1階全体が浸水し、9割の魚が死亡した。さらに震災後に燃料と餌の調達が難しくなり、海獣など一部は首都圏の水族館へ移送されたが、残った海洋生物20万匹は全滅した。それにもめげず、7月15日に再開した。
北側をみると、手前に砂浜が広がり、奥には海岸線と山々が連なる。
砂浜のところには、防波堤があって、すぐ内側に、福島県唯一の水産高校のいわき海星高校がみえた。津波で1階の被害が大きく、校舎を利用できなくなり、近くの小名浜高校など他の施設を借りて授業を行っていたが、最近、3階でできる一部の授業を再開したようだ。いわきの津波は最大7mだった。
さらに、ここから54km北の海岸線には福島第一原発がある。
もちろんみえるはずもないし、爆発時は海風だったのか、南側のいわきの放射線量は宮城と変わらないぐらい低い。
駐車場にて。すいません。結局、震災後に買ってしまった。
11月はじめで、空間放射線量率は、0.19μSv。まったく、問題ない。
福島市、郡山市よりもずっと低かった。ちなみに福島市、郡山市も問題ない範囲。
いわきの場合、いわき市が合併で大きくなり、北側の一部にホットスポットがあるが、大部分は問題ないし、いわきの中心街、湯本、小名浜など主要なところは全く問題ない。完全な風評被害といえる。
いわきからの帰りの常磐道。
左が磐越道、まっすぐが常磐道への分かれ道。
広野-常磐富岡間は、いまだに災害通行止め。あの半径20km圏内にあたる。
いわき市は、人口33万人、東北地方では、仙台市に次いで多い中核都市だ。
今回の震災で、死亡者数310名、行方不明者38名。海際の津波の被害は大きいが、街自体がそこそこ標高があるので助かり、それよりも液状化による段差の被害、そして放射線の風評被害が大きい気がする。
いわきは、東北の湘南と言われるだけあって、冬でも比較的暖かく、海も山もきれいで魚もおいしかった。東北で二番目に大きい街でもあり、いろいろ大変だろうが、復興を心からお祈りするとともに、「がんばっぺ いわき」。
ということで、しばらく、福島の話をします。
風評被害に苦しんでいるところが多いので、現状をきちんと知ってほしいし、福島には頑張ってほしいのです。
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