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1
厚生年金会館で、ダリル・ホール&ジョン・オーツのライブ・コンサートを観てきました。オープニング曲は「Man Eater」で、イントロが流れホール&オーツが登場するや大歓声とともに文字どおり会場は総立ちとなり、ほとんどそのままの状態でエンディング。ずっと踊っている方もおり、かなりの熱気でした。私も、前の席の客が立つものですから、仕方なく立って観ましたが、2時間そのままというのはちと辛かった。しかも、隣の席の女性が頭上で大きく手を振りながら手拍子をとるのですが、その手が私の眼前10cmぐらいのところをチラチラして、鬱陶しいことこの上なかった(笑)。かつては、ロック・コンサートというと、会場内の通路に鉄格子を置いて遮断したり(ステージ下に多人数で駆け寄って死人が出たのが原因で、そのせいで楽しみにしていたリッチー・ブラックモア&レインボウの金沢コンサートが中止になったこともありました)、席から立っただけで会場整理係りが飛んできて叱りつけたりと、それは息苦しいものがありました。しかし、今夜のコンサートは席から立つことはもとより、ラストでステージ下へ駆けつけて握手を求めるのもまったく自由でした。まさに隔世の感がありましたね。ホール&オーツはいろいろヒット曲を飛ばしてきましたが(アメレカで6曲のNo.1ヒット、16曲のトップ10)、私が好きなのはなんと言っても美しく切ない「Wait for me」、次いで軽快で乾いた「Private Eyes」ですね。他に印象に残ったのが「I can dream about you」。この曲は映画『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984年、ウォルター・ヒル監督)の挿入歌として有名でしょう。オリジナルは、Dan Hartmanですね。いずれの曲も不思議な雰囲気がするのですが、ベースはソウルとR&Bです。それに、名プロデューサーであるデヴィット・フォスターのセンスや手腕が加わり、80年代に大ブレークするわけです。残念だったのは、厚生年金会館の音響が悪かったせいか、それとも機材がしょぼかったせか、音質がいまひとつだったこと。アップテンポの曲、ベースやドラムスがぎんぎんな曲は、ダリル・ホールの歌声がまったく聴き取れませんでした。まあ、ロック・コンサートは、だいだいあんなものですけど。
Mar 10, 2005
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闇の世界に生きながら、魅惑的な芸術を創造し続けてきたファントム・・・・・。フェントム自身の相貌は、俗世間から隔離されざるをえないほど醜いもので、芸術的な<真>や<美>とは対極的なものでした。そういう彼にとって、芸術は以下のように二つの意味を有していたのです。・芸術は唯一、ファントムの不遇の意識や世間に対する反感を、積極的な生の目標(<真>や<美>)へと転化させうる可能性を秘めたものでした。つまり、芸術によってのみ、彼は(相貌の醜さに起因する)”生き難さ”を打ち消し、彼の惨めな境遇に抗うことができたわけです。・芸術は、<真>や<美>への予感を通じて、人間の生をもっと充実させたいという欲望を誘惑しますが(エロス・イメージ)、そのことは”生き難さ”の源泉ともなるのです。何故なら、生の充実は他者との交わりを抜きにしては達成できませんが、ファントムにはその交わりこそが欠けていたのですから。このように、ファントムにとっての芸術とは、自分を拒絶する世間への反感の表徴である一方、世間において自己実現と遂げたいという欲望の具現化でもあったわけです。彼にとって芸術とは、そういうアンビバレントな存在だったのです。たぶん、この傾向は、多くの実在の芸術家にもあてはまるのではないかと思います。クリスティーヌは、最愛の父が臨終の間際で約束してくれた「私が死んだら『音楽の天使』を授けてあげる」との言葉を信じて、その父の愛の印を必死で探すあまり、オペラ座でどこからともなく響くファントムの声を聞いた時、彼こそが「音楽の天使」だと思い込むにいたります。実際、ファントムが授けてくれる音楽は素晴らしいものがあったのでした。ファントムとクリスティーヌ・・・・どちらも心に傷を抱えた孤独な存在でしたが、芸術を通じて心を通い合わせることができたのでした。ファントムのほうは、クリティーヌとの交わりを通じて自己実現の可能性を求め、クリスティーヌのほうは、ファントムからの教授を通じて父の愛を実感するというかたちで。クリスティーヌとファントムが小舟にのり、オペラ座の地下に隠されたファントムの棲家へと向かうシーン。ここは前半のクライマックスで、クリスティーヌはファントムの魅力に完全に取り込まれていきますが、この時、両者にある転機が訪れます。クリスティ-ヌは純真な少女から魅惑的で情熱的なソプラノ歌手へと変貌し、ファントムは表情に自信が溢れ将来への手応えをしっかり掴んだかのようであります。そして、クリスティーヌは、戸惑いながらも「闇の世界(=狂気)」に幻惑され、そこへ踏み込みことの心地よさを覚え、他方で、ファントムは、クリスティーヌという存在が、自分の生を充実させるための触媒ではなく、彼女を愛すること自体が生の目的であると気づいたのでした。つまり、二人がファントムの棲家へと向かったこの行為は、両者にとってある種のイニシエーションとしての意味合いがあったわけです。そういう経験を共有した二人の前に割って入ってきたのが、クリスティーヌの幼馴染の青年ラウルでした。ラウルは、世間での成功者であり、礼儀をわきまえ、考え方に邪なところがなく、また女性を一目ぼれさせる美貌の持ち主でもあり、ファントムとは正反対の存在なわけです。そして、クリスティーヌは、この両者の間、すなわち恋愛と慈愛という感情の間で翻弄されることになります。◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ここで、「ファントム=クリスティーヌ=ラウル」という”三角関係”について、芸術論的に考察してみましょう。まずは、過去の私の投稿から引用します。*************理性的、道徳的、美的等々のあらゆる制約や要請を無視・破壊し(意味性を徹底的に剥奪し)、「書く主体」を放棄する時、あとに何が残るのか? ダダは、この問いに対する解答を、根源的に追い求めたわけです。このような極端かつ極限的な手法は、破壊対象(理性、近代)に対して極めつけのダメージを与えるとともに、逆に、でてくる「解答」によってはダダ自らの限界を逆説的に露呈してしまうことにもなりえます。シュルレアリスムの場合、例えば自動記述は、外観としての私(意識、、理性、主体)が、内面に潜むもうひとりの私(無意識、感性、客体)によってとって替わられる「夢の書き取り」でしたが、どちらの「私」も私の一部にはちがいありません。ダダの場合、バラバラに解体された私が、偶然の産物と化したオブジェのなかで、根絶されます。自動記述が、深層の「私」を映す鏡であろうとしたとすれば、ダダの詩は、私の屍体置場でした(ダダのイメージには、常に、そういう不気味さがつきまといます)。人間存在の深部に下降して、そこから(人間の生を充実させる)何ものかを現実界へ持ち帰ろうと試みるシュルレアリスム。下降したまま、虚無の世界に留まり、そこに安住の地を求めようとするダダ。両者の根源的な違いは、この辺にありそうです。「シュルレアリスム:ダダとの違い」 *************ダダの魅力的な世界は、例えば、以下のような作品で窺うことができます。*************・・・・その日から、昼の内容は夜の大壜に注ぎこまれるだろう。この世界では、からだに燐を塗られた犬たちが放たれ、歩行者の足もとを照らす。人びとは悲しみという感情を失い、恐怖と残虐が新しい喜びとなる。ガソリンを腹いっぱい飲まされた犬の群れが、火を吐きながら、美しい裸の女たちに襲いかかる。老人たちは巨大な木製の本のページの間にはさまれて、押し花のように干涸びる。前部に鋼鉄の長い針をつけた自動車が、映画館のまえで列をつくっている連中を串刺しにする。そして、人びとは歩道にならべられた大箱にはいって、交代で夢のない眠りをねむる。死の恐怖が姿を消し、絶対的な忘却が第一の掟となったこの社会では、人間の生命はもはやなんの価値もない・・・・・「シュルレアリスム:アヴァンギャルド(5) 」**************私がここで主張したいのは、「ファントム=クリスティーヌ=ラウル」という関係は「ダダ=シュルレアリスム=リアリズム」と相似形をなす、ということです。・自らがつくりだした闇の世界にクリスティーヌとともに永住しようとするファントムは、「下降したまま、虚無の世界に留まり、そこに安住の地を求めようとするダダ」に他なりません。・狂気(=父へのコンプレックスが嵩じた幻想世界)から逃れるために、一度は狂気の世界(=ファントムの闇の世界、ダダ)へと舞い下りた後、ラウルの援けによって現実界へと復帰したクリスティーヌは、「人間存在の深部に下降して、そこから(人間の生を充実させる)何ものかを現実界へ持ち帰ろうと試みるシュルレアリスム」とピッタリ一致します。・もちろん、美貌のラウルは、経済的・社会的成功者で思考は理性的。つまり、俗世間的存在の典型でありリアリズムの権化ともいってよい存在なわけです。『オペラ座の怪人』からは、芸術論的にこういう意味を読み取ることができるという次第です。
Mar 9, 2005
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今回は、絵画や写真を楽しんでください。上は、ラファエロの「サン・シストの聖母」という作品です。ラファエロといえば、その洗練された感性や優美さが比類なきものとされ、聖母像の第一人者とされている画家ですね。この聖母は、ラファエロのどの聖母よりも威厳に満ちたものとされおり、全身立位像で描かれているのはこの作品のみです。画面左の老シクストゥスの手にみられる短縮法や、二等辺三角形に配置された人物像は、ルネサンス当時の技術の特徴がよくあらわれています。先の日記で書いたように、私は、『オペラ座の怪人』を観終わった時、「クリスティーヌ=聖母」とのイメージを抱いたのですが、そのイメージに相応しい絵画として真っ先に思い浮かんだのが、この「サン・シストの聖母」です。中央の聖母はもちろんクリスティーヌで、腕に抱かれているキリストはファントム、左の老シクストゥスは老ラウル、右の聖女バルバラはマダム・ジリーに対応するといった具合に。ちなみに、下方のおちゃめな二人の天使はカルロッタとメグ・ジリーに対応するともいえますか。下は、ファントム(ジェラルド・バトラー)ですが、ドラキュラの役をはっただけあって高貴な神秘性が漂いますが、どこか幼さが残る風貌です。さらにその下は、アンドリュー・ロイド=ウェーバーの元妻で映画『オペラ座の怪人』のクリスティーヌ役を当初に予定されてたサラ・ブライトマンです。彼女も、なかなかミステリアスな風貌です。
Mar 7, 2005
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この映画は、映像と音楽どちらも素晴らしいのですが、さらに両者の融合という点でも優れています。冒頭はさびれた感じのモノクロ映像ではじまり、そしてラストもモノクロ映像に戻るのですが、これには意味があります(後述)。1919年パリ、朽ちかけたパリ・オペラ座(別名オペラ・ガルニエ)で開催されたオークションのシーンからはじまりますが、そこである老人と老女が猿のオモチャを競い合い、結局は老人が落札します。老人はクリスティ-ヌをめぐってファントムと争ったラウル、老女はファントムの庇護者だったマダム・ジリーです。次に、錆ついた大きなシャンデリアがオークションにかけられるシーンへと続きます。豪華なシャンデリアは、パリ・オペラ座のそして時代の象徴です。1870年代のパリというのは、プロシアとの戦争がはじまる直前、ある種の黄金時代、イノセントな時代だったのです。対して、1919年は、第一次世界大戦によってヨーロッパが荒廃していた時期ですね。怒りに燃えたファントムがシャンデリアを落下させるシーンはこの映画のハイライトのひとつですが、高さ5メートル、幅4メートル、重さ2.2トン、二万個以上のスワロフスキー・クリスタルのフルカット・シャンデリアペンダントなるものが飾られた、殆ど実物に等しいものが用いられており、価値は130万ドルを下らないとのことです。このシャンデリアを実際に落下させて火災のシーンが撮影されたのでした。実は、1896年、オペラ座のシャンデリアが劇の上映中に火災で燃えて、破片が客席に落下して死者・負傷者がでるという惨事があったのですが、ガストン・ルルーはこの事故をヒントにして『オペラ座の怪人』の執筆にとりかかったといわれています。映画は、オークションの係員によってシャンデリアが吊るされた瞬間、時代は1870年へと遡ってゆきます。この時代遡行シーンが実に素晴らしく、シュマッカー監督の才能、センス、テクニック、そして情熱が存分に発揮され凝縮されたものとなっています。オープニング・ミュージックたる『OVERTURE』がパイプオルガンとフルオーケストラで荘厳かつ重厚に鳴り響くなか、色彩はモノクロから鮮明なカラーへと変化し、設備の埃が取り払われ、(文字どおり)豪華絢爛たるオペラ座がその全容を露にします。そして、オペラ座の内部、人々が活き活きと動き回る楽屋、リハーサルホール、衣装室、小道具製作室などが小気味よいテンポで次々と写し出されていきます。衣装は、素人にも”懲っている”ことが一目で分かるリアルなもので、ヴィスコンティやスコセッシに匹敵するものがありますね。衣装を担当したのは、映画『エリザベス』や『ハムレット』でアカデミー賞にノミネートされたことがある舞台衣装デザイナーのアレキサンドラ・バーンで、300着の手縫いの衣装を製作し、ヨーロッパ中の衣装室から2000着の衣装を集め修正を施しています。彼女がもっとも参考にしたのが、ヴィスコンティの『山猫』でした。音楽と映像を幻想的な手法で融合しうる手腕を見込まれて監督に抜擢されただけあって、シュマッカーが織りなすこのシーンに観客はいきなり圧倒されることになります。映画『アマデウス』の冒頭も、狂気のサリエリ、舞踏シーン、雪、馬車、精神病院が「交響曲25番ト短調 第1楽章」とよくマッチしていましたが、シュマッカーはそれを凌いでいる印象ですね。そして、雑多な人物が登場し迷路のような施設内部が描かれてゆきますが、実際オペラ座には絶頂期には750人もがそこで暮らし働いていたのです(映画では、クリスティーヌやジリーもそういう設定です)。総面積は11000平方メートルもあり、内部には無数の小部屋や迷路のような通路、地下には芝居に使う馬のための小屋、踊り子たちの部屋、舞台道具を置く施設がありました。オペラ座は、1861年、ナポレオン三世の命によりパリ大改造の目玉として計画され、シャルル・ガルニエの設計案が採用され建築がはじまりました。ところが掘削をはじめてみると、敷地の地下に大きな水脈があることが判明し、巨大な蒸気ポンプで水抜きしようとしましたが失敗しています。そこで、地下に巨大な水槽(湖)と川をつくって、その上に建物を建てるという方式に切りかえました。それでも、大量の水をくみだしたり、地下水の浸潤防止に二重三重の隔壁を設けたりと、さながら迷宮のような地下構造となってしまったのでした。ファントムのような人間が一人や二人、地下に潜伏しようと思えばたやすくできそうな雰囲気ですね。この雰囲気には、ガストン・ルルーも大いに刺激されたことでしょう。オペラ座に限らず、巨大なで複雑な施設には同様の雰囲気が漂います。私の田舎にあった旧い家ですらそうでした(屋根裏や土蔵などがありましたし、一度も足を踏み入れたことがない部屋がありました)。映画『ダイハード2』でも、空港施設内で密かに生活している男が登場して、マクレーン刑事(ブルース・ウィルス)を援けていましたが。 ◇ ◇ ◇ ◇映画の大きな構成は上述したように、冒頭とラストは1919年でモノクロ、その間が1870年でカラーのシーンです。メインである1870年の出来事は、現在(1919年)の年老いたラウルによる回想という体裁をとっているわけです。ただ、面白いのは、通常の映画では回想やフラッシュバックがモノクロで、現在がカラーであることが多いのですが、この作品ではその色の関係が転倒してる点です。このことは、何を意味するのでしょうか? 二つ考えられます。 ・一つは、この映画は、ラウルの記憶のうちにある物語がメインであるということ。そして、この物語に登場するファントムというのは、ラウル自身の、従って我々観客自身のうちに潜む「醜悪」を具現化した存在ではないのか、ということ。 ・もう一つは、モノクロの味気ない現在にはもはやファントムもクリスティーヌもいませんが、カラーで豊穣に彩られた過去は両者を中心とした世界であったということ。つまり、ラウルからすると、それほどまでに、ファントムとクリスティーヌは眩しく輝く存在だったということです。先述したように、この映画は、ホラーまたは探偵小説であったルルーの小説を、ウェバーがラブ・ストーリーとしてリメイクしたものです。ディズニーの『美女と野獣』にも通じるものがありますが、社会から見捨てられ、追放され、ゲテモノとして扱われ、そして心を打ち砕かれた人間(ファントム)が、彼のことを思いやり、理解し、ともに痛みを分かち合ってくれる仲間を求めて苦悩する、そういう彼に我々は共感を覚えるわけです。そのような彼に愛情の念を抱いたのがクリスティーヌですが、彼女の愛は男女間の恋愛感情というより、聖母マリア的な愛ですね。つまり、父親を求めてファントムに健気に接近していったクリスティーヌでしたが、ファントムはそういう彼女の態度のうちに慈愛に満ちた母親の姿を見出したわけです。ラブストーリーとしての『オペラ座の怪人』については、他の人がいろいろと語ってくれていますし、これ以上は私の守備範囲を逸脱しかねませんので、このぐらいにしておきます。ラブストーリー以外に、別の物語をこの作品から読み込むことができると思います。それは、「芸術論」と「差別論」の二つの物語です。次回からは、私がこの映画を観て解釈した、この二つの物語について述べることとします・・・・たぶん、週明けになると思いますが。
Mar 3, 2005
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2004年、アメリカ、ガストン・ルルー原作、アンドリュー・ロイド・ウェバー製作、ジョエル・シュマッカー監督、ジェラルド・バトラー、エミー・ロッサム。『オペラ座の怪人』の原作者はガストン・ルルー(パリ、1868~1927年)で、1910年の出版です。ルルーといえば、『オペラ座の怪人』とならんで有名なのが『黄色い部屋の謎』(1907年)という推理小説です。『黄色い部屋の謎』は、密室ものの推理小説としていまだに最高傑作との誉れが高い作品です。私も大学生の頃推理小説にかぶれていましたから当然のごとく読んだのですが、確かにこのトリックは素晴らしいの一言で、これを超える密室ものは今後絶対に出現しえない、といっても過言ではない内容です。当時は、『モルグ街の殺人』のエドガー・アラン・ポオ、ホームズ・シリーズのコナン・ドイル、エミール・ガポリオによる『ルルージュ殺人事件』(世界最初の長編探偵小説)、アルセーヌ・ルパン・シリーズのモーリス・ルブランなど、古典的推理小説が全盛を迎えていたのでした。それらにならって、ルルーも『黄色い部屋の謎』を執筆したのでしょう(「イリュストラシオン」という週間新聞に連載)。ちなみに、推理小説の”型”はこの時期に既に完成されています。後に登場するトリックの殆どが『モルグ街の殺人』(世界最初の推理小説)で使われていますし、典型的な探偵(シャーロック・ホームズ)も悪役(アルセーヌ・ルパン)も、そして完全なる密室トリック(『黄色い部屋の謎』)も既に登場しているわけです。原作小説『オペラ座の怪人』は、そういう人物(推理小説家たるガストン・ルルー)がそういう時代(推理小説全盛時代)に執筆した作品ですから、ホラーとはいえ推理・探偵小説としての趣が濃い内容です。ただ、ルルーの作品は、『黄色い部屋の謎』こそ今でも絶賛されていますが、他の作品はそう評価されてきたわけではありません。現在、彼の作品は『黄色い部屋の謎』、『オペラ座の怪人』の他に『黒衣婦人の香り』が読めます。『黒衣夫人の香り』は、『黄色い部屋の謎』の続編と称すべき推理小説ですが、出来は秀逸とはいえません。小説『オペラ座の怪人』自体は、B級の推理小説(探偵・ホラー)で、トリックやストーリーは目を見張るほどではありません。ルルーは、ミステリ以外に、ファンタジー、歴史、政治、SF、ユーモア、スリラーとあらゆるジャンルの小説に挑戦しており、多才な人物だったようですが、それを反映してか『オペラ座の怪人』の内容は雑多な印象です(つまり、まとまりがあるとは言い難い内容です)。『オペラ座の怪人』は1930年に、『新青年』という推理小説誌(1920年創刊、江戸川乱歩、横溝正史、高木彬光らを輩出)に参加していた田中早苗によって日本で翻訳・紹介されましたが、完訳は87年に創元推理文庫から、89年にハヤカワ・ミステリ文庫から、00年に角川文庫から出ています。私としては、角川の長島良三訳が現代的な日本語でお勧めですね。『オペラ座の怪人』を有名にしたのは、1925年のユニバーサル映画『オペラの怪人』のヒットです。その後、B級ホラーやコメディとして、数多くリメイクされてきました。そして、1986年、『エピータ』、『キャッツ』、『ジーザス・クリスト・スーパースター』などのミュージカル作品で有名なアンドリュー=ロイド・ウェバーが、本格的なラブ・ストーリーとして、美しいロック調の音楽と豪華な舞台美術を用いてミュージカル化しました。この作品も大ヒットし、日本の「四季」等、世界18ケ国で上演され、現在までの観客総動員数は約8000万人にのぼり、『キャッツ』を抜いてギネスブックの記録を塗りかえる見込みですし、オリジナルアルバム(マイケル・クロフォード、サラ・ブライトマン)は現在までに4000万枚を売り上げており、キャストアルバムとしては史上最高のセールスを記録しています。小説『オペラ座の怪人』のラストでは、怪人の遺体が発見されて、その指にはクリスティーヌの指輪がはめられていたのですが、この情景に触発されてウェバーは、この作品は本来的にラブストーリーではないかと思い至り、ミュージカル製作のきっかけになったとのことです。88年にウェーバーは最初の映画化を計画しています。監督は、映画『ロスト・ボーイ』で印象的な音楽の使い方を披露したジョエル・シュマッカーを予定していました。しかしながら、ミュージカル『オペラ座の怪人』の初演でクリスティーヌ役を演じ映画の出演も予定されていた、ウェバーの妻にして彼のミューズ(芸術の女神)こと歌手・女優のサラ・ブライトンとの離婚により、ウェバーは映画化を一旦は断念します。その後、ウェバーは何度もシュマッカーに映画化の協力を求めましたが、シュマッカーのほうは『バットマン・フォーエバー』、『評決のとき』、『フォーリング・ダウン』、『フォーン・ブース』などの作品を手がけるのに忙しかったのでした。それが、02年12月、ようやく両者の思惑とタイミングが一致し(映画『シカゴ』の成功が大きかった)、本映画のプロジェクトが再開されたのでした。ウェーバーもそうですが、シュマッカーにしても、12日間で撮影した『フォーン・ブース』のような軽快な作品の直後に、本作品のような重厚、華美なものを見事に仕上げてしまうのですから、才能や技術、そして意欲は並々ならぬものがありますね。
Mar 1, 2005
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