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1995年、インド、K.S.ラビクマール監督、ラジニカーント。オープニングで”スーパースター ラジニ”との文字が大写しになりますが、これは誇張ではなく、主演のラジニカーントは南インド随一の出演料をほこるスーパースターです。ただ、スーパースターとはいいましても、彼は別に二枚目ではありません。どこにでもいるような”オッサン”ですね。口髭を生やした吉幾三や石立鉄男などと称されたりもしています。しかし、初めて彼の映画を観る人は、彼のパフォーマンスに圧倒されることでしょう。ラジニカーントのパフォーマンスは歌とダンス、そして大げさな演技です。つまり、彼の作品はミュージカル映画です。しかもコメディやユーモアといった笑いのペーソスたっぷりの。歌はインド民族音楽を軽快なテンポでアレンジした感じで、ダンスは非常に切れがいい動きですね。そして、表情に愛嬌があります。彼のダンスの特徴は手と腰の動きですが、腰の動きが結構笑わせます。衣装はもちろんインド風で、原色を大胆に多用した華麗なもので、これで大人数でダンスするのですから圧巻です。ショットの合間に顔(目や口)のアップを挿入するのも特徴ですが、目のパッチリしたインド美人はこのテクニックで結構映えますね。この辺の雰囲気は他のミュージカル映画ではちょっと味わえない類のもので、それに笑いが加わるのですから飽きることはありません。ただダンス・シーン以外は凡庸で、往年の香港映画を思い出してしまいました。しかし、テンポのいいセリフ回しや進行には映画としてプリミティヴな魅力があるようで、さして映画が好きでない私の子どもたちも熱心に観ては笑っていました。ストーリーはさして重要ではありません。この映画は166分あり、やはりちょっと長いですか。ミュージカル好きでブロードウェイにちょっと飽きがきたような方で、かつ腹の底から笑いたい方にお勧めの作品です。
Jun 5, 2005
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2001年、インド、ミーラー・ナーイル監督。インド上流階級の結婚式、その数日の日常生活をドタバタ劇風に描いた作品で、これがなかなか面白く、ヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞したのも納得です。**********ニューデリーに住むビジネスマン、ラリット・バルマ氏の庭では結婚式の準備が始まった。長女アディティが親の決めた縁談を急に承諾し、彼女はテレビ局の仕事も辞めて、彼の住むヒューストンに行くことになっていた。バルマ氏は世界各地に散らばった親戚縁者を集めて伝統にのっとった豪華な式を挙げようとする。しかし、これがはからずも集う人々の複雑な愛のタペストリーを織り成すこととなった---心揺れる花嫁、聡明な従姉、不器用なウエディング・プランナー、貞淑なメイド。そしてバルマ氏は、結婚式までのゴージャスな宴が繰り広げられる中、それぞれの悩み、愛に対して様々な選択をしていく。季節は厳しい夏の日差しを一掃するモンスーン。生命の再生と喜びをもたらすモンスーンの雨が苦悩を洗い流し、躍動感に満ち溢れた未来を指し示していく・・・・・・・**********ミーラー・ナーイル監督は女性ですが、日常のありふれた風景を繊細な感性とユーモアにあふれたタッチで、さらに少々の残酷さを加えるという、女性らしい視点の映画だと思います。普段は一同に会することのない親戚縁者がほぼ全て揃う冠婚葬祭では、はからずもいろいろな人間模様が展開されることになり、それを題材とした作品は古くから映画の定番としてあります。私なども葬式や結婚式でいろんな所にいきますが、面白いのはやはり何と言っても自分の田舎でのそれです。なにしろ赤ん坊の頃から私を知っている連中がたくさんいるのですから、嫌でも話は盛り上がります。とりわけ面白いのは婆さんたちで、遠慮もなにもあったもんじゃない(笑)。この映画では、そういった人間模様のうち、恋愛物語に焦点を合わせています。結婚するアディティ(花嫁)とビクラム(花婿)はもとより、アディティと不倫関係にあるヘマント、式場の準備をするウェディング・プランナーのデュベイとメイドのアリス、奥手のラーフルと美貌でスタイル抜群のアイシャ、そしてちょっと倒錯したところでは幼いアリアと叔父のテージ、精神的にやや不安定なリア。涙あり、笑いあり、悲劇ありのこれら多数の恋愛物語を、結婚式(の準備)という場で同時進行的に描き出すミーラー・ナーイル監督の技量はなかなかのものがあります。この映画の特徴を一言でいえば、【雑多】ということになりましょうか。上で述べた多様な恋愛はもとより、衣装、モザイク状に配置された華やかな複数の原色、インド、イギリス、アメリカ、オーストラリアという雑多な人種(もちろん混血あり)、英語がメインですが時折飛び込んでくるヒンディ語やパンジャブ語。これらの【雑多】は、インドという国の縮図にもなっているわけですね。ドキュッメタリー出身らしくミーラー・ナーイル監督の作品は、リズムやテンポがいいです。ストーリーの進行もそうですが、歌唱やダンス・シーンの雰囲気、とりわけ結婚式前夜にアイシャが官能的に踊るシーンは最高でした。この作品では個人にスポット・ライトをあてるとともに集団(社会)としての視点からインド人や人間関係を描いているのですが、個人として特に目についたのがこのアイシャ、そしてウェディング・プランナーのデュベイでした。アイシャは若くてスタイル抜群、いかにもインド風の美人で性格も素直で開放的、美人揃いの女優陣のなかにあってその華やかさは一際輝いていました。デュベイは演技とりわけ表情が最高で、とにかく笑わせてくれます。アリスとは性格や行動のリズムはむしろ正反対に近いのですが、その二人がお似合いのカップルになるのですから世の中分らないものです。いろんな意味で、インド映画の面白さを再確認させてくれる傑作でした。
Jun 3, 2005
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1994年、イギリス=インド、シェーカル・カプール監督。80年代初頭インドで、女盗賊(義賊)として群盗を引き連れて荒し回ったプーラン・デヴィという女性が送った波乱万丈の人生を映画化したものです。*****************プーランは、1958年インド北部(ウッタルプラデシュ州南部ゴルハカルプワ村)で下層カースト(シュードラ:「マッラ」)の貧困農家の娘として生を受けました。この時点で彼女には、カースト制度と「女性」という二つの差別がついて回ることになりました。彼女は、11歳で30過ぎの男と訳が分からないうちに結婚します(ちなみに、インドでは法律上は18歳未満では結婚できないことになっていますが)。夫による虐待に耐えきれず、数年後には飛び出して生家に戻っています。出戻りの女性はその辺りではほとんど人間扱いされず、彼女は村人たち(とりわけ上位カーストたち)から村八分、白昼のレイプ、盗みの濡れ衣、取調べ警官による性的暴行など、ありとあらゆる嫌がらせや虐待を受けます。当時ダコイットという盗賊がインドを荒し回っていたのですが、この集団は富める者から奪って貧しい者に分け与えるというようなことをしていたそうで、義賊を自称していました。彼女は20歳の頃、このダコイットに誘拐され、棟梁のオンナとして慰みものになります。ダコイットにはヴィクラムという優しい青年がおり、彼はプーランと恋をするようになります。やがて、ヴィクラムは、プーランへの虐待をくり返す棟梁を銃殺し、ダコイットを率い義賊として活躍するようになります。そして、プーランはヴィクラムと二度目の結婚をします(21歳)。しかし、ヴィクラムは対立する盗賊―――頭が上位カースト・クシャトリヤ(王侯・武士)に属する「タクール」(地主)の一派―――によって殺害され、プーランはビーマイ村に拉致され集団レイプを受けたうえ、奴隷扱いされます。脱出したプーランは、夫の意思を継いで義賊として暴れ回り、ビーマイ村でかつて集団レイプに関わった「タクール」の男性22人を復讐として射殺し(1981年)―――ただし、プーラン自身は直接関与を否定しています―――、この事件でメディアはプーランを「美人盗賊」や「カリ(悪を退治するヒンズー女神)の生まれ変わり」などと書き立て、彼女は一躍有名になりました。事態を重視した警察当局はプーラン逮捕に本腰を入れはじめ、彼女は多くの仲間を失い徐々に追い詰められていきます。インディラ・ガンジーが首相をつとめていた1983年、プーランは司法取引に応じて投降します(ちなみに、ガンジー首相はこの直後84年に暗殺されています)。*****************映画はここまでですが、後日談があります。1994年2月(映画が公開された年ですが)に出所したプーランは、1996年にインド下院選挙に出馬し当選を果たし、カーストや性による差別の撲滅を目指し政治家として活動を始めました。その頃、三度目の結婚をしています。ほぼ同時期に自叙伝(『プーラン・デヴィの真実』1997年)を出版しています。この本は、(文盲だった)彼女自身の言葉をテープレコーダに録音して、そのまま文章に起こすと2千ページにも及ぶものを二人の作家が刈り込みをし、原稿を本人に読み聞かせ、確認を取ってから本にしたとのことです。えらい気の使いようですが、実は、映画『女盗賊プーラン』は、インド本土では、プーラン本人より「伝記」を大幅に脚色されているとして起訴され、インド政府からは上映禁止をくらっていたのでした。そうかと思うと、こういう話しもあります。映画では、プーランは好感を誘う存在(義賊)として描かれており、村を襲撃しても貧困層の安全は保証し、金持ちから奪った戦利品を貧しい者に分け与えた英雄であって、彼女が降伏セレモニーの臨んだ時には群衆が称賛の声を上げるシーンがあります。しかし、地元の住民によると、例えば、ビーマイの隣村で育った新聞記者スリードハル・チャウハン氏(44)は「我々はどんなにプーランを恐れたことか。彼女を英雄視するメディアには怒りを感じた」と語っており、降伏セレモニーを見た大学教授ビシャセル・シン氏(57)によると、人々は「盗賊をひと目みようと集まっただけ」で、プーランをたたえる者はいなかった、ということです(「読売新聞」 http://www.yomiuri.co.jp/tabi/world/abroad/20041116sc22.htm)。2001年7月、プーランはニューデリーで暗殺されました。享年43歳。地元警察は犯行グループの7人を逮捕しましたが、主犯格の男は「ビーマイ村事件の仕返しだった」と供述しており、復讐が復讐を呼んだともいえそうです。本の印税などもあって、プーランは210万ドル(2億5600万円)の財産を残したそうですが、これを巡ってまた悶着が生じています。生前、不仲で別居中だった3番目の夫が、「妻の夢を果たすため政界に入る」と宣言し、相続の正当性を主張する一方で、プーランの家族(実妹ら)は「財産目当てに結婚したペテン師」と彼を非難し、射殺事件への関与さえ示唆しています。さらには、一番目の夫までもが「離婚手続きを経ておらず、正式な夫は自分だ」と名乗りを上げ、「遺産を相続し、貧困者のための基金を設立する」と裁判に訴える構えをみせているということです。なんか「貧者同士の争い」をみる思いがしますね。以上は2001年現在の話(報道)です。 ◇ ◇ ◇ ◇近年、インドの経済発展は、IT産業に代表されて目覚ましいものがあります。しかし、カーストに基づく差別は根強いものがあり、法律でいくら規制しようとも社会構造としてしっかりビルトインされているようです。プーランがあのおぞましい虐待を”当然のごとく”受けた時代というのは、ほんの2、30年前であって、とりわけインド人口の7割が暮らす農村部では依然としてカースト差別が根強く、少女婚など女性虐待も後を絶たないとのことです。ブッダが戦いを挑んだ相手は、このカースト制度だったのですが、結局は仏教は殆ど駆逐されてしまいました。現在では、下位カースト者が仏教を選択することも多いそうです。刑務所で多くのことを学んだプーランにしても、自分よりももっと下に続くカーストがいることを知り、ヒンドゥから反ヒンドゥを掲げる仏教に改宗したのでした。経済発展を控えたインドでは、国際化という波のなか、この問題は今後ますます重要視されることになるでしょうね。 ◇ ◇ ◇ ◇この映画自体ですが、映像はかなり粗いつくりとなっていますが、それがかえって埃や砂や岩だらけの風土にマッチしているようで、やけに生々しい印象です。母親譲りといわれるプーランの荒々しい気性に、よくマッチしていますね。景色は綺麗で、それがかえってプーランの境遇の悲惨さを際立たせています。プーラン率いる盗賊たちが、山肌を縫って警察から逃亡するシーンは、なかなか良かったです。シェーカル・カプール監督はこの映画で認められて、4年後には『エリザベス』という作品で、大英帝国の女王伝記映画をインド人が監督するという快挙を成し遂げています。ケイト・ブランシェットが主役を演じていることもあり、『エリザベス』も好きな作品のひとつです。
Jun 1, 2005
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