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○普段は自分の車を運転する妻。私の車に乗ったとき、私が左右確認をするために左を向くと、助手席で右を確認しようとする妻の顔が眼前にせまる。そのたびにイラっとする。 (海坊主) ◇これに一票→ http://cgi.mag2.com/cgi-bin/vow?id=61228D02
2006.12.28
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殺人などを犯した犯罪者の権利に比べ、被害者や遺族の心のケアが問題になるようになってからでしょうか、以前に比べ被害者の遺族が裁判の折などにテレビに出て犯人に極刑を望むようなコメントをしているのをよく見ます。 私も義弟が夜勤の帰りに飲酒運転の車に轢かれて即死した際に横浜地裁で初公判を傍聴に行ったりした経験もあるのでご遺族の気持ちはよく理解できるのですが、映像とコメントからその事件以来、ご遺族の犯人に対する憎しみや怨念が冷めることなくずっと続いていたことが想像することができ、当然ながら決して幸せそうには見えません。犯人と違って獄中にあったわけではないにもかかわらず、まるで犯人のようにその表情は暗く、怖いとさえ思う時があります。あたかもご遺族がご自分の意識を、被告が罪を犯した時の邪悪なレベルに合わせ落としてしまったようにさえ見えるのは私だけでしょうか。 言葉がきついかもしれませんが、その自ら幸せになることに決別したような態度と発言内容は少なくとも心の調和を失っておられます。憎しみという低レベルのエネルギーを抱いているご本人は苦しんでおられます。だからこそケアが必要なのであって、まだ心のケアができていない状態の怨念のようなコメントをマスコミがそのまま何度も垂れ流すのもいかがなものかと思うのです。ご遺族の「おきのどくな姿」は文字通り「気の毒」なのです。そのように社会が暗くなる波長を社会に対して送ってほしくないと思うのです。事件を忘れて欲しくないと言われますが、社会は忘れることによって癒されているのではないでしょうか。 幸せとは生き方であり、心の中で掴むものです。たとえ同情を寄せても、視聴者は自分の心まで同調させてはいけません。復讐心は決して高尚なレベルのエネルギーではありません。それに共感してはいけませんし、波長を合わせることは断固拒否しなければならないのです。憎しみという低レベルの感情の連鎖が何の解決にもならないのは、実際に外国でおきている戦争や紛争をみても理解できると思います。 ご遺族はできるだけはやく快活に、人としてのもとの姿に戻ってもらいたいものです。被害者となられた故人もそう望んでおられるはずです。魂は永遠ですから。
2006.12.15
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