藍円寺微意の世界
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プレバトの俳句の毒舌先生が好きで番組をよく見ます。俳句という美しい言葉の文化なのに先生は毒舌というのが、アンバランスで面白い。 3.11から5年経って、宮城県・南三陸町の防災センターから放送で津波襲来と住民に避難を呼びかけていて自身は津波に流されてしまった女性職員の声を改めて思い出し、涙が今も溢れる。 当時は「死んでもラッパを離しませんでした」という木口小平を思い出していた。あれは戦場での話ではなく、厳冬下の山岳行軍演習だった。当然そんな無謀な演習こそ非難されるべきものなのに、一人のヒーローを作りだして、国民の目線を逸らす意図を感じさせる話である。 「率先避難者たれ」「津波てんでんこ」これらの言葉は震災の教訓としてその後知った言葉であるが、やはり彼女も率先避難すべきだったのだろうと5年経ってようやくしみじみと思う。 「只今大きな津波が押し寄せております。至急高台に避難してください」などという美しい丁寧な日本語は、ああいう緊急事態では要らなかった。「みんな早く逃げてー!」で十分だ。緊迫感を伝えることが最も重要なのだから。緊急事態を伝える言葉はよりシンプルで説得性の高いものであるべきで、そういう共通認識を国民が持つことも必要だ。そして「私も逃げます!すぐに逃げましょう!」と言って彼女もそこから逃げてくれれば彼女の命は助かったかもしれない。永遠に愛すべき忘れることのできない女性である。 いわんやその防災センターを低い土地に作った責任問題から目を逸らすだけの美談にしてはいけないのである。あの建物のすぐ脇にはチリ地震の際にはここまで津波が押し寄せました、という当時の津波の高さを示すポールがたっていたのだから。 美談だけで終わらせたら、彼女の命をかけた貴重な教訓すら風化させてしまう。命懸けのことは美しい綺麗な言葉で装っては駄目なのである。 きっと俳句の先生は俳句に命懸けだから我々には毒舌に聞こえてしまうのだろう。おっしゃることはいちちごもっともなのである。
2016.03.12
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