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5枚の写真は、1971年11月に、長野運転所で撮ったC56です。 96号機、102号機、129号機、131号機が写っています。102号機は上諏訪機関区に籍がありますが、長野運転所に常駐していました。
2026.07.29
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電気機関車は、1971年8月に撮った西武鉄道のE851形電気機関車です。撮影場所は不明です。E851形は、西武鉄道が1969年の西武秩父線開業に際して新製したものです。動軸を6軸備え、外形寸法・自重・牽引力・定格出力と、いずれも私鉄最大級を誇った電気機関車です。西武鉄道における貨物輸送が全廃となった1996年まで在籍しました。 特急いなほは、1971年11月に上野駅で撮ったキハ81系車両。上野13時50分発で、終点秋田には22時到着予定。 夜のディーゼル機関車は、1971年11月におそらく長野駅で撮ったものです。
2026.07.28
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5枚の写真は、1971年8月に撮ったものです。 海岸沿いの貨物列車は、室蘭本線礼文付近の礼文華海岸で撮ったものです。 遠景の貨物列車の撮影場所は、不明ですが、もしかしたら洞爺付近で撮ったのかもしれません。 道路沿いの写真は、大沼公園で撮ったもので、旅客列車の牽引車は、D51 1153です。 駅で撮った機関車は、大沼駅に停車中のD52 136とD52 235です。
2026.07.27
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4枚の写真は、1971年7-8月に撮ったものです。 蒸気機関車は、函館本線大沼付近を走るD52 468です。この機関車は、その後梅小路機関区に異動し、現在は、京都鉄道博物館で静態保存されています。 バスは、標津線西別駅から乗車した国鉄バス尾岱沼線です。途中、バスが道路から落輪した時のものです。乗客皆で協力して、この場を脱出しました。車体を水平に戻すために、バスの胴回りにかけたロープを進行方向と直角の方向へ乗客皆で引っ張り、バスが水平になるにつれ少しずつ運転手が車を後ろに動かして、無事脱出です。車掌さんは、このような事故には慣れているようで、てきぱきと、乗客を動員して対処しました。 景色は、野付半島トドワラで撮ったものです。
2026.07.26
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5枚の写真は、1971年8月に室蘭本線でとったものです。 駅を出発する機関車は、D52 204で、長万部駅で撮ったものだと思います。 海沿いの写真は、礼文―大岸間の礼文華海岸で撮ったものです。D52 56、D51 1160などが写っています。
2026.07.25
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4枚の写真は、1971年8月に、函館本線山線上目名駅から線路沿いに歩いてトンネルを抜けて熱郛(ねっぷ)方面へ向かった辺りで撮った急行「ニセコ3号」(103レ)札幌行です。 シュルシュルとジェット機のような音を出して、ニセコ3号が坂を登ってきました。牽引機は、前補機にC622(スワローエンジェル)、本務機はC6215です。
2026.07.24
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5枚の写真は、1971年8月に、函館本線山線小沢駅周辺で撮ったものです。 貨物列車は、キューロクの69624(倶知安機関区所属)が牽引しています。 重連の蒸気機関車が牽引する旅客列車は、急行「ニセコ1号」(104レ)です。前補機はスワローエンジェルのC622で、本務機はC623です。 D51が牽引する旅客列車は、旭川を6時22分出発、函館に19時52分到着の普通列車(122レ)です。牽引機関車はD51327(長万部機関区所属)です。
2026.07.23
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4枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる勇払原野で撮ったものです。 D51牽引の貨物列車が、堰堤を登って千歳方面へ向かっています。 苫小牧方面からこちらに向かってくる蒸気機関車はC57です。この旅客列車(229レ)は、函館を8時10分に出発して、岩見沢に18時20分に到着する普通旅客列車のはずです。写真を見ると、なんと、グリーン車が連結されています。当時、この場所で、普通列車にグリーン車が付いていることは考えられません。その理由を調べてみたのですが、これは謎です。どなたかご存じの方いませんか?
2026.07.22
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5枚の写真は。2026年7月20日朝に、上野恩賜公園不忍池で撮ったものです。 蓮の花は、早朝から咲き始め、午後になると花を閉じてしまいますが、実は午後になっても開いている蓮の花があるそうです。聞くところによると、蓮の花は早朝に開き、午後に閉じることを3日間繰り返し、4日目には夕方頃まで美しく咲き続けたあと、散っていくのだそうです。
2026.07.21
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5枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる広大な湿原・湿地帯の勇払原野で撮ったものです。 ナメクジの蒸気機関車は、D5197です。 堰堤を登っている蒸気機関車は、おそらくD51454です。千歳線です。苫小牧の方角に、遠く煙突が見えます。製紙工場の煙突で、赤と白に塗り分けられています。
2026.07.20
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5枚の写真は、1971年7月に、苫小牧市東部に広がる広大な湿原・湿地帯の勇払原野で撮ったものです。 蒸気機関車は、室蘭本線を行く貨物列車と旅客列車(230レ)で、それぞれD51とC57が牽引しています。貨物列車は、苫小牧から岩見沢方面に向かっています。旅客列車は、岩見沢方面から苫小牧へ向かっています。 気動車は、キハ82系で、千歳線を行く特急おおぞら2号(函館ー釧路)あるいは特急おおとり(函館-網走)で、苫小牧から札幌方面に向かっています。背景に見える湖は、ウトナイ湖です。
2026.07.19
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4枚の写真は、1971年7月に撮ったものです。 キューロクは、網走駅で撮ったものです。 夜のC58は、網走駅で出発を待つ札幌行急行「大雪」(518レ)です。この列車は、網走から北見までは普通列車(1528レ)で運行されます。 すれ違った貨物列車は、D5154が牽引していました。この写真を撮った場所は、室蘭本線の岩見沢-苫小牧間だと思いますが不明です。 熊の写真は、のぼりべつクマ牧場で撮ったものです。
2026.07.18
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5枚の写真は、1971年7月に、釧網本線原生花園仮乗降場付近で見かけたC58の写真です。 原生花園仮乗降場は、小清水原生花園の最寄り施設で、観光シーズンに合わせて開設されていました。 C5862(釧路機関区所属)、C58119(釧路機関区所属)及びおそらくC58391?(北見機関区所属)が写っています。
2026.07.17
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線金華駅付近および網走駅付近で撮ったものです。 D51734(北見機関区所属)牽引の旅客列車(おそらく1532レ)が金華駅を出発しました。 D51859(遠軽機関区所属)牽引の旅客列車(おそらく1531レ)が金華駅ホームに入ってきて、機関助士がホーム上のタブレット受け機にタブレットを引っかけていました。 機関区の写真は、場所不明です。おそらく網走駅付近から撮った北見客貨車区網走支区の景色ではないかと思います。
2026.07.16
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線金華駅付近で撮ったものです。 本務機D511008(旭川機関区所属)、後補機49600(遠軽機関区所属)の貨物列車が金華駅から常紋信号所に向けて走っていきました。
2026.07.15
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線金華駅で撮ったものです。 ゼブラ模様のキューロク49600(遠軽機関区所属)が、金華駅で待機しています。この後、常紋信号所まで貨物列車の補機として活躍します。 D51157(北見機関区所属)がホームに入ってきました。金華駅で一休みです。
2026.07.14
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線常紋信号所から金華に向かっているときに撮ったものです。 D511008(旭川機関区所属)牽引の貨物列車とD51608(北見機関区所属)牽引の貨物列車が常紋信号所から金華に向かって走ってきました。 ゼブラ模様のキューロク49600(遠軽機関区所属)が単機で峠を下ってきました。金華駅に行くと、49600が補機として坂を登る準備をしていました。
2026.07.13
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4枚の写真は、1971年7月に、石北本線常紋信号所-金華間で撮ったものです。 この区間は、D51が牽引する貨物列車をキューロクを補機に従えて登板する姿を見ることができました。 写真は、69644が前補機に付いた重連の貨物列車です。69644のナンバープレートは、「6 96 44」となっていて、96の数字の前後にある微妙なスペースが興味深いです。
2026.07.12
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線常紋信号所付近で撮ったものです。 常紋信号所は石北本線生田原と金華の間にある信号所で、勾配の途中にあるスイッチバック式の構造で、側線が3本ありました。常呂と紋別の間にあることから、常紋と呼ばれています。
2026.07.11
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5枚の写真は、1971年7月に、石北本線常紋信号所付近で撮ったものです。
2026.07.10
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5枚の写真は、函館本線南美唄支線南美唄駅付近で撮ったもので、南美唄駅に接続している三井美唄炭鉱専用線(三美鉱業専用線)のB6形蒸気機関車の作業風景などです。 蒸気機関車は1号機で、鉄道院時代の番号は2500形2649号です。1905年(明治38年)に製造され、1940年に明治製糖、1967年に三美運輸に渡ったものです。2500形は、アメリカのBaldwin社製で、同系の3形式(2100形、2120形、2400形)とともにB6形と通称されています。 1973年に三美炭鉱が閉山となり、専用線も廃止となりました。 馬車の写真は、たまたま馬車がやって来たので、撮ったものです。
2026.07.09
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5枚の写真は、1971年7月に、美唄駅付近及び美唄機関区で撮った三菱鉱業美唄鉄道所属の蒸気機関車です。 2号機関車は、国鉄4110形と同じものです。動輪が5軸あります。 6号機関車は、国鉄9600形(キューロク)蒸気機関車と同じものです。
2026.07.08
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5枚の写真は、1971年7月に、美唄駅付近及び美唄機関区で撮った三菱鉱業美唄鉄道2号機関車です。 この機関車は、1919年に製造されたE型蒸気機関車で国鉄4110形と同形式です。4110形は、動輪5軸を有し奥羽本線等の急勾配区間で運用されました。 2号機関車は、美唄鉄道が三菱造船(株)神戸造船所に発注したもので、三菱造船にとっては、初めて製造した蒸気機関車です。1972年の美唄鉄道廃止まで使用されました。
2026.07.07
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写真は、1971年7月に、美唄鉄道美唄機関区で撮った4110形蒸気機関車の4122です。 4110形は、鉄道院が製作した急勾配路線用のタンク式蒸気機関車で、動輪5軸を有する強力形蒸気機関車です。奥羽本線等の主要幹線の急勾配区間で運用されていましたが、1948年に、同じく動輪5軸を有するE10形蒸気機関車に活躍の場を譲りました。 4122は、1914年製で、1949年に国鉄から三菱鉱業美唄鉄道へ譲渡され、1971年に廃車となりました。円形のナンバープレートが可愛いです。
2026.07.06
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3枚の写真は、室蘭本線追分駅等で1971年7月に撮ったものです。 C57144が、岩見沢第一機関区所属で、室蘭7時51分発、岩見沢11時51分着の旅客列車(225レ)を牽引していました。 構内で入れ替え作業をしている機関車は、追分機関区所属のキューロク19673です。 前の方だけ写っている写真は、すれ違ったD51509を列車内から撮ったものです。
2026.07.05
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4枚の写真は、1971年7月に大夕張鉄道線清水沢駅付近で撮ったものです。 貨物列車の牽引機は、三菱大夕張炭礦大夕張鉄道のNo5号機で、清水沢駅近くの踏切を通過するところです。これは、1950年に国鉄から三菱鉱業(のちの三菱石炭鉱業)に譲渡されたキューロク(39695)です。 清水沢駅構内で操車係の方が乗っている蒸気機関車は、三菱大夕張炭礦大夕張鉄道のNo2号機です。この機関車は、1940年に美唄鉄道が自社発注した車両で、キューロク形機関車です。1969年に大夕張鉄道へ転入したものです。
2026.06.30
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5枚の写真は、1971年7月に夕張線清水沢駅付近で撮ったものです。 追分機関区所属のD51539とD51120が写っています。 写真の清水沢駅は、夕張線上の駅ですが、今は存在していません。夕張線は、追分駅 と 夕張駅を結ぶ路線でしたが、1981年に、石勝線の開通とともに、新夕張駅(旧紅葉山駅)と夕張駅間は支線となりました。清水沢駅も夕張支線上の駅として残っていましたが、2019年に夕張支線が廃止され、駅もなくなりました。
2026.06.29
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4枚の写真は、1971年7月に大夕張鉄道線清水沢駅付近で撮ったものです。 国鉄から譲渡されたキューロク(39695)のNo5号機が踏切を通過していきました。
2026.06.28
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5枚の写真は、1971年7月に夕張線(後の石勝線夕張支線)清水沢駅付近で撮ったものです。 写真の機関車は、いずれも、三菱大夕張炭礦大夕張鉄道線のNo.5号機で、1950年に、国鉄の9600形機関車(39695)から譲渡されたものです。
2026.06.27
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5枚の写真は、1971年7月に宗谷本線旭川駅及び室蘭本線追分駅で撮ったものです。 旭川で、C55 50がホームに停車していました。 残りの4枚は、早朝の朝靄の中、追分で撮った写真です。 ホームに停車中のD51 1086、貨物列車を牽引するD51 855(?)、入れ替え作業中のキューロク、客車列車を牽引するC57です。
2026.06.26
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4枚の写真は、1971年7月に留萌本線峠下-恵比島間で撮ったものです。 線路内に小動物が入ってきました。キタキツネか?どうもウサギのようです。 49616牽引の貨物列車(792レ)がやってきました。
2026.06.25
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5枚の写真は、1971年7月に留萌本線峠下-恵比島間で撮ったD51形347号機牽引の貨物列車(2783レ)です。 最後に補機D51543が連結されていました。
2026.06.24
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3枚の写真は、1971年7月に留萌本線峠下-恵比島間で撮ったD51形4号機(ナメクジ)牽引の貨物列車(782レ)です。 留萌本線は、今年(2026年)4月1日に、最後まで残っていた深川-石狩沼田間が廃止され、とうとう全線が消滅してしまいました。
2026.06.23
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5枚の写真は、1971年7月に留萌本線、羽幌線の深川機関区留萌支区で撮ったものです。 斜め後ろから撮ったD514は、「ナメクジ」です。D51の初期に製造された95両は、「ナメクジ」と呼ばれていて、ボイラー上の砂箱と煙突の間に給水加熱器を置き、それらを覆う長い覆いを持つことが外観上の特徴になっています。 雪かき車(ラッセル車)が並んで置いてありました。もしかしたら、奥の方にあるのは両側の雪の壁を崩し雪を線路の後方中央に向けて掻き寄せながら走るマックレー車かもしれません。 構内に、49603(稚内機関区所属)と59612(深川機関区所属)が並んで停まっていました。
2026.06.21
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5枚の写真は、1971年7月に留萌本線、羽幌線の深川機関区留萌支区で撮ったものです。 留萌駅構内を入れ替え用のキューロクが行き来していました。 留萌機関区には、海水浴臨時列車「かもめ」のヘッドマークを付けた深川機関区所属の39696が休んでいました。
2026.06.20
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5枚の写真は、1971年7月に留萌本線、羽幌線の深川機関区留萌支区で撮ったものです。 D61形蒸気機関車の5号機と3号機が写っています。D61は、D51形の1軸従台車を2軸従台車にする等の改造をして、1959年から1961年にかけて、6両が登場しました。1981年に廃止された北海道の留萌本線・羽幌線で使用されました。なお、写真を撮ったときは、D613は、使用されておらず、休車中のようでした。 D51形蒸気機関車の4号機(ナメクジ)が写っています。前照灯の周りにある将棋の駒のような形のものは、ツララ落としです。
2026.06.19
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4枚の写真は、1971年7月に札幌、小樽、手宮で撮ったものです。 市電は、北24条 - 札幌駅前 - 三越前 - すすきの - 静修学園前 - 教育大学前を走る2系統です。車両は、600形611号車で、1950年日本車輌製、戦後復興期の主力車両です。ベージュとグリーンのツートーンに白ヒゲを付けた塗色になっています。 C126は、南小樽駅から手宮駅を結んでいた手宮線の手宮駅で撮ったものです。手宮駅は、1880年に開通した北海道最初の「幌内鉄道」の起点で、石狩・空知地方からの石炭積み出しや、開拓に必要な生活物資と生産資材などの道内各地への輸送、道内各地の産物輸送にかかわる海陸交通の接点として発展を遂げました。手宮線は、1985年に廃止されました。 D51148(長万部機関区所属)牽引の旅客列車、D51744(小樽築港機関区所属)牽引の旅客列車は、ともに小樽駅で撮ったものです。
2026.06.17
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4枚の写真は、1971年7月に北海道鉄道記念館で撮ったものです。 この施設は、北海道の鉄道発祥の地である手宮(てみや)にあり、1962年にこの施設を活用して「北海道鉄道記念館」が開館しました。(なお現在は、小樽市総合博物館の一部になっています。) 機関庫の写真の正面に見える間口が3口の機関庫は、1885年竣工の現存するわが国最古の機関庫で、「煉化石造機関車室」と呼ばれていたものです。レンガは「フランス」積みです。東側に1室、西側に車両2台分の2室に区分されています。西側の2室には、大勝号としずか号が入っています。大勝号は、7150形で、国産第2号機関車です。日本が日清戦争に勝ったことを記念して、大勝號の愛称が付されました。しずか号は7100形で、アメリカからの輸入機関車です。兄弟機関車に、義經・辨慶(弁慶)、比羅夫、光圀、信廣がいます。 機関庫の写真の左側に写っている間口が2口の機関庫は、1908年竣工です。レンガは「イギリス」積みです。当初は、間口数が5口であったものが昭和初期に2口になったそうです。 機関庫の前の転車台は、1919年製造です。写真を撮ったときは、まだ現役で使用されていました。 雪かき車は、キ601号で、1923年アメリカ製で、日本で組み立てられたわが国初の回転雪かき車(ロータリー式)です。車体内にボイラーと蒸気機関を備え、その動力を傘歯車によって車体前部に設けられた羽根車に伝えて回転させ、遠心力で雪を遠方に跳ね飛ばします。
2026.06.16
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5枚の写真は、2026年7月14日に、撮ったものです。 碓氷峠にある熊野神社を訪問しました。ここは、ヤマトタケルが八咫烏に導かれてやって来た場所で、関東平野が一望できます。ここで、相模灘で入水されたおとたちばなひめを偲んで、「吾嬬者耶あづまはや」(=「愛しき我が妻よ」)とヤマトタケルが嘆きました。この神社は、境内に群馬県と長野県の県境があり、群馬県側を熊野神社、長野県側を熊野皇大神社と呼ばれています。 近くの見晴らし台からは、南東に妙義山の山々、北西には浅間山を臨むことができました。 峠を下りきったところに横川があり、碓氷峠鉄道文化むらには、たくさんの機関車や客車などが展示されていました。2フィート(610mm)ゲージの本物のグリーンブリーズ号蒸気機関車が乗客を乗せて園内を周回していました。 横川駅には高崎行の211系が出発を待っていました。
2026.06.15
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5枚の写真は、1971年7月に、南稚内で見かけたC5547(旭川機関区所属)牽引の旅客列車と稚内で見かけた入れ替え作業中のキューロクです。 稚内からやって来たC55牽引の旅客列車(322レ)は南稚内に到着し、8時3分に出発しました。小樽に20時10分に到着します。
2026.06.13
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4枚の写真は、1971年7月に、稚内機関区で撮ったものです。 49622のナンバープレートを付けたキューロクが停まっていました。 C5550(旭川機関区所属)が機関庫内にいました。 正面を向けている19616、お尻を向けている19661など機関庫内には、たくさんのキューロクがいました。
2026.06.12
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5枚の写真は、1971年7月に、急行「ニセコ3号」に乗車したときに、函館本線の山線(長万部~小樽駅間)で撮ったものです。 山線は急勾配が連続するため、函館からの本務機C6216にもう1両C62を連結し重連となり、16時43分に長万部駅を発車しました。 19時42分、小樽駅到着です。小樽駅で2両のC62が切り離され、札幌まで牽引するED76 516にバトンタッチされました。
2026.06.09
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3枚の写真は、1971年7月に、長万部駅で撮ったものです。 D51737(長万部機関区所属)牽引の旅客列車がホームに停まっています。 D52140(五稜郭機関区所属)牽引の貨物列車が出発していきます。 函館方面から来たC6216(小樽築港機関区所属)牽引の急行「ニセコ3号」がホームに停まっています。これから補機を付け重連になって山線(長万部-小樽間の勾配区間)に挑みます。
2026.06.08
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5枚の写真は、1971年7月に、長万部機関区とその周辺で撮ったものです。 急行「ニセコ1号」の補機を務めたC622が、長万部駅で解放された後、機関区へ入ってきています。 D52140牽引の貨物列車が入ってきました。 D52140が、長万部機関庫前の転車台で方向転換しています。
2026.06.07
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5枚の写真は、1971年7月に、函館本線長万部駅で撮ったものです。 札幌からやって来た急行「ニセコ1号」は、山線をC622+C623の重連で降りて来ました。長万部から函館までは、補機のC622を解放して、C623が牽引しました。 写真は、13時53分に長万部駅に到着した重連の「ニセコ1号」が補機のC622を解放した後の出発準備と、函館に向かって14時に出発する様を写したものです。
2026.06.06
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5枚の写真は、1971年7月に、函館本線長万部駅で撮ったものです。 札幌10時10分発の急行「ニセコ1号」が山線(小樽駅から長万部駅の険しい峠が続く区間)を下ってきました。機関車は重連となっていて、写真の牽引機は、C622+C623です。ここで補機のC622はお役御免となり重連は終了です。長万部からは、C623のみで列車を牽引し、16時12分に函館に到着します。 C622は、「スワローエンゼル」と呼ばれています。写真でも確認できますが、除煙板(デフレクタ)のつばめマークがその由来です。 「ニセコ1号」には、蒸気機関車のすぐ後ろに、オユ10とスユ13と思われる2両の郵便車が写真で確認できます。
2026.06.05
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5枚の写真は、長万部駅でとったD52202(五稜郭機関区所属)です。 写真のD52202は、貨物列車(1354レ)を牽引しています。主に函館本線・室蘭本線の貨物列車を中心に使用されました。 なお、1948-49年に、D52形蒸気機関車のボイラーを流用して49両のC62形蒸気機関車が製造されています。
2026.06.03
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写真は、2026年6月2日に、皇居前を歩いているときに撮った雲です。 なんとなく、ありえないような雲の形でした。
2026.06.02
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5枚の写真は、1971年7月に、函館本線で撮ったものです。 黒岩駅の蒸気機関車は、D51221(長万部機関区所属)です。写真の左端にリヤカーが写っています。 国縫駅の駅名標に、次の駅名に茶屋川とあります。今は無き瀬棚線の駅です。 ホーム越しに見た旅客列車は、長万部駅で見かけたD51765(五稜郭機関区所属)です。 C11の写真は、長万部駅で撮ったもので、瀬棚線用のC11187(あるいはC11180)(長万部機関区所属)です。 すぐ後ろに冷蔵車をつないでいる機関車は、長万部駅で撮ったD52414(五稜郭機関区所属)です。
2026.06.01
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5枚の写真は、1971年7月に、函館本線山崎駅近辺で撮ったものです。 コンテナ貨物列車を牽引している機関車は、D52 136(五稜郭機関区所属)です。現在は沼津市高沢公園に静態保存されているそうです。 旅客列車を牽引している機関車は、D51 1160(五稜郭機関区所属)です。
2026.05.30
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