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会話の中での自己開示が苦手。自分の思っていることをその場でパッパっと表現することが苦手みたい。変わりに「文章」での表現は好き。考える時間があるから。「じっくり」考えるタイプやからね。だから、ポンポンと話がでてくる人ってうらやましい。女性に多いよね。あのペラペラ後から後からしゃべることができるのは、うらやましさすら感じる。自分が、あのキャピキャピした会話をあまり楽しめないのはそこに原因があるのか。それよりは「じ~っくり」と話したい。じいさんみたいだなオレ。けど、これがオレの個性なのだな。今新しい流れとしてある「スローライフ」はオレのためにあるんだろう(適当)大切なのは「そんな自分」を自分が受け入れているかどうか。今のオレはそれを100%受け入れているだろう。これが素晴らしい。自分でいうのもなんだが。。。ただ、もっとペラペラ的に会話ができればもっと幅も膨らむってモンだし、そんな会話も「選択」できるようにはなりたいと思う。そのためには「実践」ですな。ちなみにあのペラペラ会話は「感覚的会話」と以前表現したが、それは「無意識でできる会話」といえるかもしれない。そうした場合、いまのオレは「意識して『できない』状態」。これが、「意識して『できる』状態」。そして「意識しないで『できる』状態」になる。このプロセスを踏んでいけばいつかは「感覚的会話」を心から楽しめる日が来るかもしれないな。その日が来るのが楽しみだ。
2004.01.26
自分が満たされているとき。一人、心が穏やかなとき。川の流れのように上から下へと自然とながれているイメージ。そこで自分は何かに対して物思いにふけっている。さらに、そこで新しい気づきや発見があればとても幸せ。そんなイメージ。人が満たされるときってのは、それぞれ違うんだな。何か刺激的なことがあってそれによって体がわきあがるような瞬間がそれという人もいれば、何かに夢中になって取り組んでいる瞬間がそれというひともいるだろうし。。。。。他には何だろか?何かを達成したときに一番満たさせるという人。完璧にしたときにもっとも満たさせる人。人の役にたったときにもっとも満たされる人。人から賞賛されたときにもっとも満たされる人。何か楽しいことをやっているときに一番満たさせる人。などなど、ひとそれぞれ。これがわかると、自分らしさがわかってくるな。
2004.01.25
「あ~それ違うって~。」カット中、美容師さんに対して思う。けど、あんまり言えたためしがない。自分は担当をつけていないため、いつもカットしてくれる人が違うからそれも問題かな。担当がついてくれれば自分がどういう髪型が好きかわかってくれているから。ということは、やっぱりコミュニケーションが大切ってことかな。あ~だ、こーだ言わないとわからないもんな。しかし、そうするためには普段からの関係が必要かも。。単なる「髪のカット」一つとってもコミュニケーションの必要性を感じる今日この頃。。。ん?しかし、コミュニケートするには「伝える内容」が必要なわけで、その内容が「明確」じゃないと伝えられるわけが無い。ということはありたいビジョン(髪型)を明確にする必要があるな。これを美容師さんといっしょにあ~だ、こーだ詰めていったほうがいいんだろうな。そのときのツールは写真だろうな。イメージ。そうか、自分にはこれがたりなかった。だからあんな髪型に。。。。何つって。。「横をこのぐらいきって」とかじゃなくって、キムタクの写真もっていって「このキムタクみたいにしてくだいさい!」っていったほうが早そうだな。たとえばの話ね。髪型を「言葉」で説明するより「イメージ」で説明したほうがはやいもんな。自分の人生のビジョンも同じかもしれない。言葉で表現するより「イメージ」で表現したほうがより明確になるかもしれない。どうなんでしょ?
2004.01.24
コーチングを終えた。宿題の「紙を壁にはる」をやった。部屋に今まで張ってあった「今、動け!」という紙をはがし、そこに「その一歩が道となる」と書いた紙をはった。書いてみて、とてもしっくり来ている。立ち止まっていてもどうにもならない。まずはやってみる。そんな気持ちになる。また、そのときそのときの自分の思いにあう「言葉」を紙に書いて壁にはる「仕組み」はなかなかよいと思う。期せずして今までやっていたけど・・・・。これを「仕組み」として取り入れることによってより鮮度のよい「言葉」が自分に力を与えてくれる。以前は心に響いた「言葉」も今となっては何てこと無いっていう経験よくありますからね。これはそれに反応する「感情」や「思い」が常に変化しているということかな。一生感動できる。素晴らしい!!
2004.01.20
CTIの3日間のプログラムに参加するなか、とてもいいな~と感じた雰囲気は「失敗はなく、あるのは学びだけ」という雰囲気。それをリーダーの人たちが何度も誇張してくれたおかげでリラックスして失敗することができた。「あれこれ考えず、ひとまずやってしまおう」という気持ちにさせられる。あれによって非常に多くの学びを拾うことができたように思えてならない。「失敗かどうかは自分が決める」。そんな言葉をよく聞くけど、本当にそうだなと実感した3日間だった。ぜひ、この学びは今後も持ち続けたいと思う。今後、何かにつまずいたときに、ふと浮かんでくるかもしれない、あの雰囲気が。。。
2004.01.19
みなさんはコーチングをご存知ですか?最近ではNHKの番組での紹介により随分と名前が知られるようになったようです。さて、そのコーチング。私も大変興味があり、この1月16日~18日の3日間を使って「CTI JAPAN」という組織が開催しているコーチングを学ぶためのワークショップに行ってきました。コーチングの説明及び、私が行ってきたワークショップの詳しい説明はこちら。「CTI JAPAN」 http://www.thecoaches.co.jp/ この3日間を通して実に様々な学びと出会うことができました。また、新しいワクワクとも出会うことができました。まだ、このすべてを言葉で表現できるまでには至っていませんが、今回学んだキーワードをひとつ挙げるとするならば、『体感、体験すること』の大切さです。これには2つの理由があります。1つは今回のワークショップに参加して、実際にコーチングをコーチとして取り組んでみて、非常にワクワクしたということです。今までは頭で考えて「たのしいだろう」と思っていたのが、体験してみて「たのしい!」と断言できるようになりました。2つ目はコーチングのセッションの中でも「体感」することが大切なんだと思ったからです。コーチングのやり取りのなかに、「今、どんな気持ちですか?」といった質問がコーチからでることがよくあります。これによってクライアント(受け手)はその場で体感している自分の気持ちに気づくことができ、何が自分にとって問題なのか、大切なのかを知ることができると思ったからです。 『感じることでわかる』この言葉が今の私にとって、とても心に響きます。今後とも大切にしていきたいと思います。
2004.01.18
昨日のジムでのプログラム(ボクササイズ)。体力不足のためフルでの動きはとてもできなかったけど、なんかすっげ~楽しかったな。体を動かすことってこんなに気持ちがいいんだ~って。ジムに行かなくなってから4ヶ月たったけど、その間、体を動かそうとしなかった。あんな躍動感は久しぶりだった。恥ずかしい話、やっているときに涙がでてきたよ(笑)あれは必要だわ。みんな夢中になって汗かいて。時には笑いがあって。終わったらとってもすっきりして、気持ちのいい疲れがある。あんな気分でみんながいられたら自然といざこざなんてなくなっていくようにすら思うな。(なんかスマップみたいだけど・・・)けど、ほんとに自然体の自分でいられるのね。会話とか必要なくて「一体感」も得られるし。スポーツはいいね。けど、そこに「おもしろみ」が必要かな。
2004.01.12
今日は、スポーツジムに行ってきました。以前は毎週のように行っていたのですが、実に4ヶ月ぶりに今週から通っています。今回で2回目です。この4ヶ月間で体力がそうとうなくなっていたことに気がつかされました(泣ジムではプログラムのボクササイズなどを主にやっているのですが、他の人のように体が動かなくなっていたのです。リズムに合わせてアッパーやストレートなどを打つわけですが、まるでボブサップ(いや曙?)のような遅い動きになっていました(汗なかには70歳をすぎたおばあちゃんもいるのですが、彼女なんかはプログラムを2つ続けれて受けていました。今の私にはとてもできません(恥しかし、ジムはいいですね。また通いたいと思います。さて、そんな運動不足の私ですが、つい最近まで私は基本的に意識的に運動をする以外、極力動こうとしませんでした。『エネルギーの無駄』と思っていたのです。ですので、買い物や家事などにまったくと言っていいほど労力を使おうとしませんでした。。。ですので本などは最近はほどんど通販で買いますし、食事も外食か弁当を買って食べていました。エネルギーの無駄という意味で会社の上司との付き合いにも積極的には参加しません。こうしたことによって好きなことに集中できるわけです。好きなこととは私の場合「探究」ですね。読書とかネットとか考え事(笑)とか。確かにこうしたことによって自分の「ワクワク」が満たされていたわけです。そういう意味では「成功」といえるかもしれません。しかし最近ですが、そういった効率化を図っているうちに「失っているもの」もあると気づいたのです。具体的に例を挙げます。私は上にあげたように「探究」が好きなのですが、一人の時間が必要なため、家で過ごす時間が増えてきます。休日も用がなければ家ですごそうとします。外にでても移動し、用が済んだらすぐ帰ります。私は現在地方に住んでいますので、車で移動することがほぼ100%です。そんな私が、先日都内に用ができ朝早く銀座の街を目的地まで歩いていた時です。いつも銀座の町は人が多くごみごみしている印象がつよく、あまりいいイメージはなかったのですが、そのときは朝も早かったのでお店も開いておらず、人もほとんどいませんでした。そんななか思わぬ「出会い」があったのです。それは「朝の太陽が人の少ない銀座の町を照らしている」光景でした。ずっと先まで続いている大通りの先に太陽があり、光をあたりに「注いでいる」。そんな場面でした。あの風景に思わず感動してしまいました。家にこもりがちな私にとってとっても大切な体験でした・・・・。そのときの体験から今は次のように考え方が変わりました。今までの私は効率化を図り、無駄をなくそうとばかり考えていました。それによって一番好きな「ワクワク」を得る時間は得ることができていたのですが、たくさんの「ワクワク」を失っていたのではないかと思ったのです。ワクワクは「1つ」ではなかったのです。私は「ワクワクとの新しい出会い」を失っていたのです。私は好きなことを仕事にしたいと思っています。そのため私の好きなことは「これだ!」といったきり、そのことばかり考えで、ワクワクを限定してしまっていたのかもしれません。自分がワクワクを感じるとき、心の張りが触れるときは一つではない。これは貴重な気づきでした。今では今もっているワクワクも大切にしつつ、新しいワクワクも大切にしていこうと思っています。これは一見無駄と思える行動などにも思わぬ発見、感動があることを意味しています。人のライフスタイルって段々とある形に落ち着いてしまうものだとは思います。しかし、そこであえて遠回りしてみたり、道草をしてみたことによって新しい発見や感動があるかもしれませんね。
2004.01.11
セッション時にあった「自分の想い、自分らしい自分をまわりの人に理解してもらう」という課題ですが、年賀状でのコメントを皮切りに徐々に始めています。今週、夕食の際に先輩らに自分の思いを伝え、誤解をとくようにじっくりと話をする時間をとりました。・自分が一人の時間をとても大切にしていること。・付き合いが悪いというより、彼らほど酒を 飲むことを好まないこと。・それほど酒を飲んでワイワイ騒ぐことを 好んでいないこと。・だから、けして先輩・上司らを毛嫌いしているわけではな いこと。このあたりを伝えていきました。それによりある程度理解も得られたように思います。まだ誤解をうけていると思われる人すべてに対して、伝え切れてはいませんが、今の時点での「気づき」として、自己開示をし、自分の想いを伝え、理解を得ることの大切さを感じました。今回話しをしてみたことにより、自分の取り越し苦労のところもあると気づくことができました。・自分らしくある。・自分らしい自分を回りに理解してもらう。この二つが両方とも満たされることで初めて、心からイキイキするように思えました。今後も「自己開示」「理解を得る」活動は意識的にしていきたいと思います。
2004.01.09
同僚に男なんだが、非常にキャピキャピした会話の好きなヤツ(仮名:林君)がいる。その林君はお昼になると男性陣とは食事に行かず、女性陣に一人混じって食事にいく。彼曰く、「あのとりとめの無い会話をすることがとっても楽しい」という。とりとめの無い会話。これほど自分にとって興味のないものはない、もっと身のある会話がしたい。と、つい最近まで思っていた。しかし、最近そういった会話もたのしめる自分がいてもいいんじゃないかな~なんて思い始めた。あのとりとめの無い会話(失礼?)をしているときの人たちって、とっても楽しそう。うらやましい。きゃぴきゃぴ♪キャピキャピ♪ということで「とりとめが無い」とかの理由で会話に参加しないなんてことはやめようと思う。自分もいっしょになって楽しむ♪人がいわゆるとりとめの無い会話をしているときって「感じて」話をしているように思う。自分が好きな実のある話しは「考えて」話をする。こうわけられるかな?頭でっかちな自分は「考えて」話すタイプ。「感じて」話をするのはちょっと頑張る必要がある。けど、それも「楽しみたい」と思う今日この頃。「感覚人」への第一歩かな。いい訓練かも。
2004.01.08
今日は同僚と食事に行った。二人で会話をするときの自分のパターンはいたって「質問」が多い。相手に色々話てもらうために質問をしている。質問の内容は様々。とりとめのない質問だってある。そのなかで「なんでそう思うの?」と「根拠・理由」を聞くことが多いことに気づく。これは相手を否定するための質問ではなく、好奇心から聞きたくなるもの。それを聴くことが非常にワクワクする。その過程を経てその人の「考え方」「価値観」が見えてくるとなるほどねとうなずく。大きなワクワクの一つ。
2004.01.07
新年初のコーチングセッション。テーマは新年らしく「将来自分がどんな姿でありたいか」。だったんだけど、内容はだんだん「どんなときにワクワクするか」にシフトしていった。どんなときにワクワクするか。このテーマは今までも何回も扱ってきた。そうするなかで、ホントに少しずつだが自分のワクワクすることもより具体的になってきている。(考えること、調べること、考えを言い合うことで)「わかること」「気づくこと」。これが一番ワクワクする。その対象は(これがまだうまくいえないんだけど)「目に見えないもの」・人の内面(性格)、生き方・人生の真理?・世代間の価値観の違い?・様々なビジネスの流れ、仕組み内面、生き方、価値観、仕組み?こんな感じ?このあたりを「探究」し「わかること、気づく」こと。このあたりが一番ワクワクするんですよ。ということがわかってきた。これのワクワクの要素の多い「仕事」を模索しているのが今の状況。しかし、なかなか見つからない。その仕事をやっていないので「ワクワク」の感覚があるかどうかわからないから。だから、「探して」もみつからないかもしれない。ここで思いつく方法は2つ。①(昨日書いた)試しにやってみること。「プチトライ」。 「プチ」がポイント。②公私関係なく、とことんやりたいことをやってみる。 それによって偶然的に仕事にめぐり合う。 ⇒Planned Happenstance理論?(ただいま勉強中)いずれにしても「ワクワク」がキーワード。「心がおどらなければ」やらない。だから「仕事につく期限」は設定したがあまりそれに囚われないほうがそさそう。心に正直にいくことね。
2004.01.06
最近の私は「頭」で考えず「体」で感じたことから学ぶことをできるだけ意識してきました。まだまだ「頭」で「かんがえて」しまうことは習慣として根深く残っていますが、「感じた」ことに意図的に目を向けるようにしています。「好きなことを仕事にしたい」と思っているので、行動した際にワクワクを感じたことを注目するようしています。行動⇒ワクワク⇒ワクワクの分析(気づき)このプロセスを意図的にとるようにはしています。ただ、先ほども上げたように頭で考える習慣が根深いため比率で言えばまだ「2:8」ぐらいでしょう。しかし、「心の針がふれるかどうか」はとても大切な判断基準となってきています。今回、このような考え方をご紹介いただき、自分がやっていることと重なるようにも感じました。「何が好きか」は頭で考えても答えはでない。「やりたい」と思ったことを「やってみて」初めて「好き」と感じる。ですので、「やりたいことを明確にするために必要なこと」は(プチ)チャレンジだろうと考えています。「~かもしれない」を「~だ」もしくは「~ではない」と体で感じ、判断します。これは一番手っ取りばやいですね。ですので今回 「プログラミングって面白いかな?」という思いから勉強をしてみようと思ったしだいです。ちなみにこれについては先日JAVAの入門の本を除いた時点で「面白くないという結論」にいたりました。(まあ これについてはもうちょっと取り組んでみたらどうかという思いにもひっぱられ後ろめたい気持ちですが・・・)しかしそれもいいかと・・・。
2004.01.05
昨日は午前3時に寝て、今日は10時におきました。昼食を食べ、ネットをしたあと、なぜかまた睡魔が襲ってきて寝てしまいいました。。。2時間ほどねてまたダラダラ。。明日から出勤だというのにこのありさま。ひどいなこれは。けど、まあしょうがない。いまさら責めてもしょうがない。ずっと家にいるとけっこうこうなりがちかも。朝起きてメリハリをつけようとすぐに着替えるのだが。場所が変われば少しは気持ちも変わるのかも。何だかこの文章自体もダラダラしてしまった(笑)さて、明日から出勤!いやでもメリハリつくっしょ!やっぱりある程度の拘束は必要らしい。自分にとって。
2004.01.04
今日は本屋へ行った。そこでJAVAの勉強してみようかと思ったので本をとってみた。パラパラとページを開いて見てみての感想は「意味不明。やばいよ、これ。」といったもの。一瞬で興味を失ってしまった。コツコツと取り組んでもいいかなと思ったのだが、どうしても買うことができなかった。正直、やる気にならない。。。そのほか様々な本を見ていろいろ考えた。プログラミングだったら、こっちの勉強をしたほうがいいんじゃないか。あっちの方がいいんじゃないかと思いっきり頭の中で葛藤が起こっていた。これって自分のなかの本来の目的からまるでずれてしまっていたことに後になった気づいた。今になって落ち着いて考えてみれば、プログラミングって自分にとってワクワクするものかもっていう思いから本を読んでみようと思ったわけで、だとしたら「勉強しなくてはならない」なんて思う必要はない。今の自分の最大の関心ごとは自分が「ワクワクする仕事は何だろう」ということ。頭の中だけのイメージではなく、ワクワクする体験から絞っていこうというもの。より触れて五感でそれがワクワクする対象なのかどうかを判断するということ。だとしたら「ワクワクするかどうか」が判断基準であり、ワクワクしなければそれを選択する必要は無い。「判断するのはもう少し取り組んでみてからにしたら」という意見も出てきそうだけど。けど、自分にとって何かを取り組むにあたってそれがワクワクするかってのはとても大切なこと。その過程も楽しめるものでなくてはならない。○○しなければならないって考えは自分にとってはとても辛いもの。けど、この考えかたって自分のなかにも根深く存在している様子。だから今日、あんな葛藤が起こった。今回、やり直すとすればおもしろそうなワクワク読める内容の本を探せばよかった。反省。。。「ワクワクするものかどうか」という基準は意識的にもっていたいな。この時代に甘い考えかもしれないが、年収300万円の時代が来るっていうのなら、こんな考え方もいいんじゃないかと自分は思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<まったく別の話>具体的にここでは書かないけど、経験して、それを分析することでより賢明な選択ができるもんだな。去年より今年。昨日より今日。進歩していることがうれしいな。
2004.01.03
去年は自分らしさに気づき、それを受け入れた年。今年はそれを「発揮」する。大晦日の猪木のように「バカになれ!」の年にする。ところで、1年ていう区切りがあるってのはありがたいこと。気持ちをリセットして新たな気持ちで望むことができる。先ほど目標をたてたが、たてたことによってモチベーションが高まった。「やるぞ!」という気持ちになる。目標があると生活に張りがでるってのはよく聞くが、目標を立てること自体にもメリットがあるようだ。としたら、これを使わない手はない。年の始めに立てた目標って実はけっこう忘れがち。。それをたとえば毎月立て直したりすることによって、再認識することもできるし、さらにモチベーションを高ぶらせることもできる。これやってみようと思う。日々の生活のなかに仕組みとして、習慣として組み込んだら、大きな力になりそうだ。ということで、毎月「目標」の見直しを図ることにする。これによって「夢」を持ち続けられるだろう。ここに「バカになれ!夢をもて!」の完成なり♪ここで宣言するこは少し怖いが、意識することが大切なのでOKでしょ♪
2004.01.01
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