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カテゴリ: 本作り




第5章 映画「ありがとね」そして…

■映画会社m20との出会い

自主コンサートの第2ステージの構成は「風といのちの詩」という映画を観たことで出来た。そのことは第4章の冒頭でお話した。これは、その映画に関するもう一つの話。

「風といのちの詩」は宮崎県で作られた作品だ。遠い外国の海や山の物語ではない。「カーニバル」がある宮崎の自然のあるがままのドラマ。アカウミガメや岬馬やニホンザルが持っている、なんと愛情に満ちたゆったりとした時間。だが自然界の生と死は厳しい。それだけに厳かで美しい。風化した骨の横で新しい命は生まれる。人間もやはり同じ自然のサイクルの中に生きている。急いだ者にも、穏やかに過ごした者にも平等にやってくる死。自然がいつでもそれを問いかけていることを忘れるな、と静かに訴えていた。映画の最後に流れるテロップ。動物や小さな虫や雑草と言われる小さき出演者たちが、ひとつひとつ名前をあげて丁寧に紹介されていった。このテロップを見ているだけでも、いのちの一つ一つを大切にしていくという作り手の姿勢が感じられた。

映画の中、時折登場するサルたちを見ながら考えていた。カーニバルが映画になったらいいなあ、彼らなら自然ないい表情で撮れるのではないかなあ、と。自主コンサート開催が近づけば、必ずやまたテレビや新聞などの取材申し込みがあることだろう。この時にカーニバルをきちんと伝える映像があれば、どんなにかいいだろう。今ちょうど助成金を申請しようとしている。申請内容を「映画製作費」としてもいい、などと考えながら、会場をあとにした。

いったん帰りかけたが、車をもう一度、Uターンさせて、文化会館にもどってきた。会館の内村さんに
「今日の映画はフィルムですか?DVDですか?こんな映画作れませんか?」
と聞いてみた。すると内村さんは
「DVDですね。映画を製作した人が来ていますよ。紹介しましょう」
「風といのちの詩」を制作したのは宮崎市のm20という映画会社。映画を企画・製作したり、全国各地へと配給して上映会をしているという。私は壱岐容子さんという広報担当の方と坂元敏志さんという映画技師の方を紹介していただいた。私は開口一番、坂元さんに
「映画を作って欲しいんですけど、いくらかかるか見積もりを出してもらえませんか?」
なあんて言ってしまった。本当なら吹き出すところかもしれない。でも坂元さんは、
「はい、プロデューサーと相談の上、連絡します」
と言ってくれた。

2,3日して、坂元さんから、「バリアフリーの音楽祭」という仙台市の取組みに関する資料と手紙が届いた。彼はその音楽祭に実際に行ってきたという。あのサルサ・ガムテープの演奏も映像を撮ったとのこと。私の方からは、広報や練習のビデオなどを送った。だがしばらくは連絡がなかった。たぶん助成金だけでは、予算上無理があるだろうなあと想像していた。こんなボランティア団体なんてお金がないことは知れている。きっと気の毒で見積もりが出せないのだろう…と。

9月の、カーニバルの練習日。坂元さんから見学に来たいというメールが来た。「見学はいつでもどうぞ」と返信した。撮るに値するかどうかを見て判断したり、見積もりをするのに必要なのだろうと思っていた。練習時刻よりも早く、坂元さん到着。堀有三さんというプロデューサーも一緒だった。それらしき雰囲気のある方だ。わっ本物のプロデューサー!出会いから浮き足立ってしまう私だった。しかし、それだけではない。堀プロデューサーが話す内容に驚いた。
「コンサートまでのドキュメントとして、カーニバルの映画を私たちが撮ります。お金はまったく要りません。この坂元が命かけます」
その日は、CDの録音のために浩臣さんが早く来て録音器材などの準備をしていた。楽器店の下村さんもボランティアで駆けつけてくれた。レコーディングなのに小山さんは体調不良で欠席。どうなることやらと思っていたら中井さんが来てくれる。そこへ、この映画の話。何かもう、ぐちゃぐちゃの滑り出し。お母さんたちはこの展開に目を丸くし、わあわあ、きゃあきゃあだ。私も一緒にわあわあ言いたい。いや、言ったかもしれない。

さて、すぐにクランク・インした映画の撮影。練習日にはいつもカメラが入った。大型のカメラではなく、ハンディタイプの小型カメラで、練習には支障はなかった。撮影は坂元さん。高い位置から撮ったり、時には蛇のように床を這って撮ったりで、その格好がみんなに受けていた。メンバーは撮影に慣れているのか、気にしない。というより、むしろ喜んでいた。時にはメンバーの仕事場でもある福祉作業所へ撮影に出向いたり、あるメンバーの地区の運動会のシーンを撮ったり、小さい時の写真を集めるなど、構成も同時に進んでいる様子。

私は映画を作るのをこんなに間近に感じたのは初めてのこと。おそらく最初で最後かもしれない。こんな幸運がカーニバルに舞い込んだことを本当に喜んでいる。ただどのようにすれば、ドキュメント性の高い作品に仕上がるのか、私にはよくわからない。どんな映像が撮れているのか、どのように構成していくのか、できあがるまでわからないというのが楽しみでもあり、不安だ。やっぱり作品になりませんでした…なんてことにならないよう祈るばかりだった。






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最終更新日  2006年03月01日 17時11分55秒 コメント(2) | コメントを書く
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