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知的障害者は社会的には確かに弱者の立場だ。しかし、彼らの全てを弱いもの、利用価値のないもの、生産性のないもの、すべて保護されるべきもの、と考えるのは間違いである。反対に知的障害者は「共に在ること」で社会を豊かにする存在であることを、カーニバルの活動を通して私は大きく主張したい。
カーニバルは初め、資金も何もない団体だった。助成金だけが頼りだった。CDを売って活動費の一部を作れる団体に成長した。コンサートも実現した。映画もできた。東京での上映会には、カーニバルのみんなが家族と共に上京し、出席した。私たちの夢はどんどん大きくなり、元気の種を撒き散らす団体になった。映画は反響を呼び、上映会場で知り合った県外の方が練習に参加したり、三股町の商工会の青年部の方が楽器を寄贈してくださったりした。こうした思いもよらなかった人の動きに、私はまた新たな夢を温めている。私が彼らと共に活動をすることで得たものは計り知れない。やらなかったことを考えるとおそろしいほどの差。「共に在ること」で、私の人生はこんなにも有意義になるのだ。
集まったサポートメンバーだって、どちらが助けているのか助けられているのか、お互いさまのような関係にとっくに移行している。「ありがとね」の映画も興行成績は上々。社会的な経済活動に貢献した。世にも不思議な歌声が入ったCDは、多くの人に元気を運んだ。これが豊かでなくて何が豊かというのだろうか?たとえCDが1枚も売れなかったとしても、障害のある人もない人も、一緒に助け合っている関係があることが大切なのだ。目には見えにくいかもしれないが、それは国家の福祉にかかるお金を確実に減らす。カーニバルの活動では助成金をたびたびもらうことができ、それを元手に自分たちが利益を生み出すものを購入した。楽器を買ってコンサートを開いた。録音器材はCD販売につなげた。それは、障害者だけでは難しかったし、逆もまたありえなかった。まさに、両者が助け合って経済効果までも産み出したのだ。在り得ないことだが、ボランティアの部分を公の人件費で賄うとしたら、カーニバルはもうとっくに一千万円以上の人件費を使っていることだろう。共に支え合う環境がなければ、福祉予算をいくら獲得しても、焼け石に水なのだ。
私は楽しいカーニバルの活動をこれまで書き綴ってきた。だが、カーニバルを自慢気に物語ろうとして、本を書こうとしたわけではない。「共にあること」は確かに両者に公平に利をもたらす。だが、逆に支え合う環境がないことが、障害者にとってどんなに不利なことか!そして、現実はそれがほとんどなのだということに気づき、その事実を重く受け止めたからだ。
それは昨年のこと、メンバーの一人がカーニバルを去っていった。同居の家族が亡くなった為に、引越しをせざるをえない状況になったのだ。彼女と「雪の降る町を」のソロの練習をした頃から、私はこの三股町で彼女の自立を応援したいと思っていた。町内での仕事探し。その職場に近い家探し。サポートする人探し。彼女は自立をしながら、楽しいカーニバルの活動もできる。買い物や家事をこなす彼女なら、きっとうまくいく。モデルケースとなるかもしれない。そう夢見ていた。しかし、間に合わなかった。もし、障害者が地域の人達に見守られながら、一緒に暮らしていける社会であったら、彼女は行かなくてもよかったかもしれない。そうでないために、今まで暮らしていた家族と離れなくてはならなくなる障害者の人生を、私はその時初めて知った。メンバーを守れなかったことを本当に残念に思っている。彼女は、今までやってきたことが、一瞬のうちになくなってしまった。私たちが引越しして環境が変わるのとは、全く意味合いが違うのだ。「支える」という言葉の優しさと共に、その重み。私は彼女の何を支えてきたと言えるのだろうか。まるで足元をすくわれるような感覚に襲われた。これまで大躍進に見えたカーニバルは、危なっかしいつり橋の上にあったことに、その時気づいた。
急がなければ!今いる個々のメンバーも、楽しさと同時に、それがいつこわれるかもしれない不安を抱えているのだ。「親なきあとも活動が継続できるか」という不安は、彼女だけでなく、みんなが抱えている現実でもある。この点を抜きにしてカーニバルを守ることはありえない。今、私ができることは、カーニバルを広く知ってもらうこと。障害のある人もない人も一緒に同じ活動をしていくことの意義を知ってもらうことだ。あちこちでカーニバルのような活動が展開していったら、どんなにか住みよい町になると思う。多くの人たちが「たくさんの心と技術」とで「障害者と共に暮らせるやさしい町づくり」をしてくれる。そのたくさんの人が出会いを求めて待っているのだ。確実に。だから、そのためにも、まず上映会がたくさんの会場でできるように進めて行きたい。と同時に、継続的にコンサートやライブもできるように、また準備をしていこうと考えている。とびっきり楽しい活動がまた始まる。
これまでは私を助けてもらおうとして、たくさんの人の手を借りた。だが、「ここが喜びを次から次へと生産する場所である」と、私は今自信を持って言える。「輝きたいのなら、まずここへおいで」と。決してメンバーだけで小さくまとまったりしない。いつまでも、たくさんの人が参加して、参加したみんなが輝く場所でありたい。それがカーニバルだからだ。カーニバルを知って参加してもらうこと、みんなが輝くカーニバルであることは、親なきあとも、地域でずっと暮らしていける障害者が多くなるということ、それが社会を豊かにすることだと私は強く信じている。
私を支えてくれた存在、サルサ・ガムテープ。サルサはライブを重ねることにより、ますます進化を遂げている。福祉的な感動があった初期と比べて、音楽の楽しさをまったくひるむことなく表現して見事な演奏だ。私たちカーニバルもそうありたいと思う。今私たちに向けられている感動も、サルサがそうだったように、きっと変化していくことだろう。そして特殊になりがちな障害者の問題も、普通に親友を心配するほどの感覚で、皆が考えている社会になっているかもしれない。
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