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小規模多機能施設。今日は、利用者さんとおやつ作りの日でした。「お麩れんちとーすと」棒麩を使ったフレンチトースト。今月の行事起案者なので、休日でしたが気になって出勤。下ごしらえだけのつもりでしたが、利用者さんの反応が気になり、結局おやつの時間までいました。卵、牛乳、砂糖の液に浸したお麩を、ホットプレートにバターを引き、焼きだすと、香ばしい香りが施設内に充満。焼き上がりの熱々を利用者さんに食べて頂きました。あちこちから「おいしい!」の声。普段は多くを語らない利用者さんも、美味しいとペロリ。利用者さんの声に、報われた瞬間。素敵な休日出勤となりました。 お麩れんちとーすと 〈材料〉 棒麩 3本 牛乳 300ml 卵 2個 砂糖 大さじ6杯 バニラエッセンス 数滴 バター 適量 〈作り方〉 ・棒麩を1センチの厚さに切る。 ・麩を水で戻し、固く絞る。 ・牛乳、卵、砂糖、バニラエッセンスを 混ぜ合わせる。 ・混ぜ合わせたのものに麩を浸し 20分くらい置く。 ・ホットプレート中火に、バターを引き 両面こんがりするまで焼く。 ※お好みで、メープルシロップや 生クリームを添える。 安くて簡単。柔らかいので、小さなお子さんから お年寄りまで、どなたでも召しあがれる。
2012年05月10日
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先週木曜日の夜。妻の携帯にメール。短大時代の同級生の死。二人のお嬢さんを持つお母さん。正義感がありいろいろな活動をされていて人望も厚い方。私も家族ぐるみで何度かお会いした事がある。土曜日に大阪で行われた告別式には妻もお参りさせていただいた。会場に入りきれないくらいの方が集まった告別式だったとの事。 多感な年ごろのお嬢様お二人。お母様を亡くされ今は不安でいっぱいだと思う。もしかしたら悲しむ事も感じられないくらいどうしたらよいかわからないかもしれない。幼いころに親を亡くすと言う事は、両親とも亡くすと言う事。母親が亡くなった時は、父親が母親役まで担うので、母親のような父親が出来あがってしまう。父親が亡くなった場合はその逆。両親がなすべく事をひとりでこなすため、余裕もないし、父やでも母親でもなくなった親が出来てしまう。子供も親の気持ちが解るため、甘えたい気持ち依存心を我慢してしまう。さらに我慢した事を抑圧して、心の奥底に閉じ込めてしまうかも知れない。泣きたいだけ泣けばいい。甘えればいい。お子さんは、父親に、祖父母に、友人に、仲間に。ご主人は両親に、仲間に、友人に、そして子供に。感情を隠さない事が一番の薬。自分に正直に。 いちばんこんなはずじゃなかったと思っているのは亡くなられた奥様。しかしあなたは、素敵な方。素敵な奥様。素敵なお母さん。そして素敵なご両親から生まれたお子さんでした。ご両親はあなたが子供でよかった。ご主人はあなたが妻でよかった。お子さんはあなたが母親でよかった。周りの方はあなたと出会えてよかった。あなたでよかった。涙は心を癒します。人は早すぎる死と言うけれど、初めから決まっていたのかもしれない。
2012年04月09日
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以前勤めていた会社の取引先の方で公私ともにお世話になっている、三村麻子さんの著書。タイトル中には葬儀ガイドとありますが、人として、親として、子供としてのありかたを気づかされ、考えさせられる本です。私は介護職として働いていますが、介護職や介護家族にも読んでいただきたい1冊です。まだ読んでいる途中ですが、「家族力」考えさせられる一言ですし、介護現場でも、「家族力」の差が介護の質を決めると私は思います。三村麻子さんが経営されている会社のHPhttp://www.endingnavi.com/company.html 三村朝子さんのHPhttp://ameblo.jp/endingnavi-column/entry-11202809072.html
2012年03月27日
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日付が変わったころから、フェイスブックやミクシィでおめでとうメッセージを頂いております。高校時代からの友人や、イベントで知り合った仲間、心理分析を学んだ仲間など多岐にわたります。本当にありがとうございます。44年前の今日、私は富山市で産まれました。8か月の早産で体重が1200gの超未熟児。当時、県内ではいちばん小さかったと聞いています。100日保育器に入ったのち退院。未熟児網膜症で視力障害は残ったものの、五体満足で生きている。当時の未熟児は視力を失う事が多く、普通の生活が出来ている事を感謝しなくてはならない。さらに10数年前に利き目を網膜剥離したにもかかわらず以前の視力を保っている。 そんな事からも、生かされている事に強い意味を感じるし、自分はしぶとい人間だとも思う(笑)他人から見るとドタバタ人生。されど自分にとっては全てに意味のある曲がりくねっても一本道。これからもいろいろやって行きます。 さて、数年前から自分の誕生日は、母に感謝する日になっています。てんつくまんの受け売りですが・・・自分の誕生した日は、母が一番頑張った日。父が一番喜んだ日。天国の父と、元気でいてくれている母に改めて感謝したいと思います。あなた方の子供でよかった。ありがとう。
2012年03月24日
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2011年3月11日。私は埼玉県の岡部と言う駅に停車する直前、東日本大震災に遭遇した。精神的に限界を感じ、3月初めに会社を辞め心理分析士の師、長谷川泰三に相談に行った帰りにそれは起きた。普通列車に乗車中、駅に停車直前、脱線したかのように激しく揺れ緊急停車。しばらくして、東北を震源とする大きな地震が発生したとアナウンスがあった。それから3時間車内で待機。暖房は止まり日が傾き、どんどん肌寒くなっていく。復旧の見通しもたたず、どうしたらいいのか案内もない。18時過ぎに、車内も危ないということで、駅舎に誘導される。10人程度が座れる程度の小さな駅舎には人があふれていて座ることすらできない。近くにはコンビニもなく、ジュースの自販機はすでに売り切れ。立ち尽くすしかなかった。19時を過ぎた頃、JRのはからいで、近くの岡部市役所の支所で一夜を過ごすことになる。災害用の毛布にくるまり、配給のおにぎりとお茶を飲みながら、皆がテレビに釘付け。津波警報が出て、津波の映像が流れ続けている。携帯の緊急地震速報がたびたび鳴って、落ち着く事は無かった。朝、6時ごろ、高崎まで列車が動くと案内があり岡部駅に戻って7時過ぎ列車に乗り込む。わずかな距離を2時間近くかけて高崎に到着。しばらく待って水上まで行くも、その先が不通で再び高崎へ。信越線に乗り換え横川へ。横川からJRバスで軽井沢。新幹線はまだ動いておらず、普通列車で長野、直江津と乗り継ぎ富山へ。前日の昼に東京を出てから約34時間経っていた。テレビさえ見なければ、軽井沢から富山の間は普段と変わらない景色がそこにはあった。小さな日本の中であれだけの大災害が起こっていてもピンと来ていないのが不思議だった。その後、原発事故などが明るみとなり、将来に不安を覚えた。 仕事を辞めた自分は、日々する事もなく、震災のニュースしか流れていないテレビを見るだけの日々が続いた。世間から隔離されたような気がした。 しばらくして、ある方との出会いにより、うつの自助グループの、ボランティアカウンセラーをやりながら、介護職員基礎研修を受け、受講終了。2か月の求職活動の後、今年1月より介護施設勤務。通常勤務のほかに当直なども始まり、めまぐるしい日々。振り返る暇もなく月日が流れていく。 あれから1年。不安だけで未来を考える事が出来なかった。自分はどうなるのか?日本はどうなるのか?今も明確な答えがあるわけではない。でも、自分なりの未来予想図をもってとりあえず1歩踏み出したところ。なるようになる。
2012年03月08日
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小規模多機能介護施設。グループホームでの初めての早番。臥床トイレ誘導環境整備食事介助口腔ケア掃除申し送り入浴準備トイレ誘導水分補給と怒涛の3時間息つく暇もなくトイレ誘導リハビリ体操口腔体操昼休憩食事介助口腔ケアトイレ誘導静養カルテ記入臥床おやつ介助申し送り勤務終了明日も早番。今日は先輩と一緒だったけど明日は早番、日勤、遅番の3名体制。できるかな?
2012年02月06日
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介護職員基礎研修。研修が終了したのが10月末。12月末にようやく就職が決まり、新年の初仕事が初出勤。認知症のグループホーム、小規模多機能施設、認知症デイサービスの複合施設。私は小規模多機能施設に配属。小規模多機能とは、デイサービス、ショートステイ、訪問を行う施設。同じ職員がかかわるので、在宅でもデイでも、延長線上にあるショートステイも安心して利用できる。さらに地域密着なので、家族との距離感も保たれ、理想的と言われている施設。実習では素晴らしいと言われている施設だったが、特養だったため、規模の関係で限界があり、流れ作業感は否めなかったが就職した施設は、利用者さんに目が行きとどく。もちろん自分は、分からないことだらけだが、職員もアットホームで、やさしい方ばかり。40の手習いではないけれど、あせらず行こうと思います。よろしくお願いします。介護職員第一歩。良い1年になりますように。
2012年01月04日
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今日、来月から働く介護施設で、最終確認と、書面締結、そして勤務表を頂きに行ってきました。 高校を卒業して25年、最初に努めた会社こそサービス業でしたが、水曜日が定休日で、勤務表は無し。その後は土日が休みの会社で営業だったので、交代勤務は初めて。 日勤、早番、遅番、夜勤に宿直。初めての経験です。全ての職員の要望を加味しながら作成される勤務表。作成される方の労力が詰まっています。そんな事を感じながら勤務表に見入っていました。いよいよ1週間後から介護職としての新しい人生のスタート。感謝と初心を忘れずにいきたいと思います。
2011年12月27日
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来年、1月4日より認知症のグループホーム、小規模多機能施設で介護職として働きます。今年の3月、精神面でのトラブルで、営業職を辞め、5月から介護職員基礎研修を受講。10月に受講終了し、就職活動。最初は介護職で求職していましたが、不採用や条件が合わず停滞。介護職以外でも探しましたが10社以上受けても決まらない現実。同じく研修を受けていた仲間は、つぎtぎ就職が決まり、取り残された感満載。 そんな時、基礎研修の講師も務められた先生の経営する施設から、介護労働安定センターに募集の案内が・・・就職が決まらず、安定センターの職員の方に迷惑と思い、足が遠のいていましたが、久しぶりに報告がてらセンターに訪問して施設を紹介され、翌日には面接、即採用。まさにタイミング。あきらめなかった事が結果に繋がりました。また、介護経験以外の経験が認められにくいなかで、心理学やコーチングを学んできた事も加味していただきました。本当にありがたい話です。 まさに、1年のスタートが新しい職のスタートとなる1年。不安がないと言えばウソになりますが、わくわくします。
2011年12月27日
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心理学の師匠、長谷川泰三の言葉。「人はチャンスとタイミングが合えば、誰かの役に立ちたいと思っている」生きる意味、価値。誰かの役に立っていると思える事はそれを実感出来る。役に立つとは何かをする事でも、与えると言う事でもない。と言うかだけではない。あること全て、存在自体が誰かの役に立っている。クライアントがいなければ、カウンセラーは成り立たない。患者がいなければ、医者は成り立たない。泥棒がいるから、警察が際立つ。国民がいるから総理がいる。極端かもしれないがそうなる。受け取り手がいて、初めて投げてが際立つ。キャッチボールがキャッチボールである所以は、受けてあってのこと。存在がすでに役に立っている。では、チャンスとタイミングとは?それは、自分が感じられる瞬間。つまりいつもと言う事も出来る。広瀬香美のロマンスの神様に中で「今週も、来週も、再来週もすうっと」と言うのがあるがまさしくあれ。日々いつもチャンス。全ての事に意味がある。意味があると言う事は、役に立っていると言う事。
2011年12月22日
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全ての人は、先祖からのバトンを受け継いでいる。ほとんどの人は、親から言葉やしつけ、たくさんの事を、しらずしらずのうちに学んでいる。ある意味コピー。それは表面的なものだけとは限らない。習慣、性格、くせ、思考などようは考え方や行動すべて。子供は善悪関係なく親のまねをする。大人になって、どんな風に親を思っても、三つ子の魂百まで。そう簡単には変わらない。親と中が良ければよい事だが、親との中が悪ければ最悪と思うはず。だって「あんなやつになるものか」と思っているから。そして自分の行動の中に、あの親の姿を見つけ自己嫌悪になる。自分が親になって、子供はそうならないようにコントロールする。しかし、残念ながら見事なコピーが完成する。また自己嫌悪になる。子供は親の映し鏡。子を見れば親が分かる。親を見れば子が分かる。昔の人の言うとおり。子供は親を嫌いになれない。そして親がなぜそんな行動をするのか理解したがる。子供のころはわからなくても、ずっと潜在意識で思っている。結果、まねることで、自分自身の人生を使って理解しようとする。いやな思いをしたくないなら、親がなぜあんな行動をしたのか?あの時はそうするしかなかった。そうしなければならない理由があったのではと、立ち止まって考えてみる必要がある。分からなくてもいい。とりあえず考える。人は全て、その時知りうる限り、できるかぎり、良いほうを選んでいるから。
2011年12月22日
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転職をするというのは、パワーのいる事だし、新しい職場、仕事、人間関係など大変だと人は言う。変化に対応しているように見える。しかし・・・・・本当?逆に、1つのところ(会社)に長くかかわると言う事は、それこそ変化に対応すると言う事。定年まで40年働くとすると、立場が変わる。新人のころに許された事が、数年で許されなくなる。部下が出来て立場が変わる。部署が変わる事もある。世間、情勢が変わる。相手のニーズも変わる。1つの所にいても、たくさんの変化に対する対応を迫られる。結果、柔軟に変化することになる。転職をするという事は、変化に対応する能力が低いということ。正直だけど不器用、頑固。転職全てが悪いとは言わないが、独立や発展的な、言い訳でない転職にとどめたい。
2011年12月22日
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某王手ゼネコンの社員が、わが子を自宅マンション10階から、首を絞め下に投げ落した。自ら110番通報し逮捕された。息子さんは奇跡的に助かった。本人は仕事上の悩みがあり、心配で、両家の母親が見守りに来ていたとの事。なぜそんな事に・・・あくまでも推測ではあるが破壊行動ではないか。そうすることによって現実(仕事の悩み)から逃れられる。逮捕されれば仕事に行かなくて済む。今の痛みを忘れるために、ほかのもっと大きな痛みで紛らわそうとする。自ら仕事を辞めると言う選択肢は持ち合わせいない。普通に辞めては将来を考えなければならない。彼にとって現状から将来は考えられない。そして、なぜ自分は仕事が出来ないのかではなく。私は○○だから仕事できないの当然。と正当化するための証明書を積もうとする。自分は子供を殺そうとする最低な人間、悪魔。仕事出来なくて当然。自分は生きる資格がない。ほーらやっぱりとなる。傍から見ればおかしな話だが、思いこむと何も見えなくなるのだろう。彼は責任感の強い、悩みを打ち明けられないまじめな人なのかもしれない。
2011年12月16日
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先日、夜に家族でテレビを見ていた時の事。テレビに可愛い外国人の女の子が出ていて、妻が可愛いと言った、そうすると息子が、「僕は可愛い?」と聞いた。妻が可愛いよと言うとさらに、「どっちが可愛い?」と息子が聞いた。妻は冗談半分でテレビの女の子が可愛いと言うと、なんと!息子は泣き出した。大人であれば分かる事。テレビの女の子と自分の子供であれば、可愛いの質が違う。子供が外見的にいまいちでも可愛いに決まっている。比べられないもの。しかし、子供にはそのニュアンスの違いが分からない。ここから誤解が生まれる。人は成長につれて観念を手に入れる。観念とは自分を守ってくれるもの。~すべきとか、~すべきでないとか。一定の線引きをする。それが形成されるのが子供のころ。自分が傷つかないように枠を作る。決断する。たとえば、良い子じゃないと愛されないとか。自分は可愛くないから愛されないとか。教育熱心な親だったり、シングルマザーなど忙しそうな親のもとで育ったり。いじめにあった子供とか。親にしても初めての子育て。加減が分からない親もいるだろう。お互いに未成熟な子供同士、いじめなければいじめられる立場になったかも知れない。大人になれば理解出来たり、誤解だと分かる事が多い。しかし、子供の時の観念をもち合わせながら子供のころの決断のまま生きている。誤解から決断している事も少なくないので当然、生きづらくなる。守ってくれるはずの観念が似合わなくなって、足かせになる。では、どうすればいいかと言うと、観念を見直す。今の自分に合っているのか?そもそも、本当にそうなのか?見直す。新たな観念を持ち合わせ再決断する。師匠の長谷川泰三に師事して3年半。分かったつもりでいた心理学。しかし子供との現実を目の当たりにして、改めて理解出来た瞬間。カウンセリングと言うのは、誤解をとくお手伝いをすることだと思う。事実が変わらなくても、誤解を解けば現実が変わる。一流のカウンセラーと言うのは、アドバイスするのではなく、現状を変える事に介入することでもなく幸せのお手伝いをすること。
2011年12月08日
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昨日、小学1年の息子が「生まれたときの事を家の人に聞いてくる」という宿題を持ってきた。息子が生まれたとき・立山連峰がくっきり見えるよく晴れた日。 桜が満開でとてもきれいだった。・オギャーと大きな産声を上げたとき、うちの 母が分娩室に飛び込んできた(ホントは だめです)・もちろんみんなが喜んだ。・分娩に立ち会った私(パパ)は助産師さんに 促され、へその緒を切った。そんな事を話し、息子は書き出していた。それ以外に思いだされるのは、首が座るまで抱けないと言っていた義父がおっかなびっくりその日に抱いていた事。義父が出産3日目に病院に来れないけど大丈夫かと言ったこと(大丈夫です!)。私の死んだ父と義父が同じ名前「博」なので息子に「博天(ひろたか)」と名付けた事。私は息子が生まれた瞬間、墓守が出来たと思った事など(ちょっと変?)生まれた頃の事を思い出し、アルバムを引っ張り出して、息子と3人で見ていた。息子がそのアルバムを見たのは初めてだった。なかなか良い宿題を出す、やるなあ小学校。良い振り返りが出来ました。
2011年12月07日
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相変わらず、就職活動の日々。ハローワークで掲載されている条件と異なっていたり、こちらが良いと思っても施設側の眼鏡にかなわなかったり・・・悶々とした日々を過ごしております。最近は、気に入った求人を持って、相談に行くと、施設が女性を希望とのことで、2連敗。そんな時、ハローワーク内のアナウンスで就職に悩んでいる人に臨床心理士が無料で相談に乗ってくれるとのこと。興味本位と勉強のため、カウンセリングを受けてきました(スミマセン。相談するかは別として悩んでいる事は確かです)40~50代の女性臨床心理士。穏やかな感じで、ちゃんと聞き手から声をかけて頂きました。適度な相づちと掘り下げるような質問。返事を待っている圧迫感のない安心できる間(ま)。最後はカウンセリングと言うよりは一般論の世間話敵になりましたが、さすがにプロ。終了時刻の数分前には他に何か聞きたい事がないか確認され時間通りに終了。自分なりに頭では分かっていた事がさらに整理できた感じとなりました。師匠、長谷川泰三以外のカウンセリングを受けたのは初めてでしたが、勉強になったところも有り、自分も出来ていると確認出来た事も有り、良い体験をさせて頂きました。細かいテクニックはさておいて、話しやすい空間をつくる事が大切と実感しました。
2011年11月25日
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ワンチュク国王、王妃 好き清武元ジャイアンツ代表兼GM 好き某ナベツネさん 嫌いオリンパス元社長 ウッドフォード氏 好き良し悪しは言わないが、人は常にジャッジする癖を持っている。情報や経験、国の教育や宗教観なども考慮し白か黒かつけようとする。それには人それぞれの癖がある。さらにその上に感情(心)が加わると好き嫌いになる。ワンチュク国王、王妃を善と言っても、あまり異論は無いと思うが、清武氏とナベツネ氏、どちらが善悪との問いには賛否両論と言うか、人それぞれだろう。社会的には、誰が去るか、企業の盛衰などでジャッジの結果は出るのだろうけど・・・どれだけ何が正しいと言われても好きになれない事もある。個と社会との使い分けになるのかもしれない。その辺の使い分けが下手だったり、境界線があいまいだと、社会に適合できなかったり、生きにくかったりするのかもしれない。自分自身は不器用な部類なので、ゆえに清武氏が好きだったりするのかもしれない。自分の投影そのもののような気がする。認知し判断し行動する。自分の心を通したものを認知するのだから事実が同じでも現実は人それぞれ。スタートが違うのだから結果は異なる。己を知って相手を知る。己が変われば相手も変わる
2011年11月21日
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ブータン国王が言う精神的な幸福GNH(国民総幸福)の9つの指標。1、心理的幸福2、環境多様性3、健康4、教育5、文化6、生活水準7、時間利用8、コミュニティーの活性9、統治基礎医療や教育が無料だったり、行事には民族衣装を着る事を提唱自分や故郷(国)、ありのままをありがたいと思い、幸せだと思う事だろうか。今ある幸せを幸せと思えば、未来も幸せ。今を幸せと思えなければ未来が幸せである事は難しいのかも知れない。日本のGNH研究所が言っている、幸せになるための三原則?1、余裕を持つ2、他人との比較をやめる3、世の中全体の事を考えるなるほどと思う。~がなければとか、~だからとか今(己)を否定するのでなくありのままを受け止める。外(他)を変えようとするのではなく己の感じ方を変える。己の感じ方の癖を理解する。自分のしたい事は?自分の出来る事は?自分を認めながら、自分との約束を守る。本当の自分。自分探し。自分探しの旅は続く。
2011年11月18日
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ボジョレーヌーヴォー。今日の午前零時はボジョレーヌーヴォーの解禁日。いつのころからか我が家でもこの日はワインを頂く。去年は仕事が忙しく、仕事帰りに、コンビニでハーフボトルとチーズでささやかに楽しんだ。例年は、ペペすぎもとやで購入する事が多かった。さて、今年は・・・うちの晩酌は、妻がビールで私が焼酎。たまに山梨のグレイスの赤ワインが定番だった。しかし最近は、やまやで、伊か仏産のテーブルウィンを飲む事が多くなった。1,000円以下で好みのワインを選ぶのは楽しい。とりあえずのルールはスクリューキャップではない赤ワインで伊もしくは仏産のもの。味が分かるかは疑わしいがミディアムボディより軽いものであれば、どれも比較的飲みやすい。ようはアルコールであれば何でもよいと言う感じもするが・・・・そんな我が家の今年の解禁日は、やまやのエコボトル(ペットボトル)の1,280円をチョイス。どんな酒の肴でどんな解禁日になるのか?
2011年11月17日
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今日は介護施設での面接です。転職慣れ?している私(笑)10月で介護職員基礎研修が終了しこれが初めての面接ではありません。最初の施設は書類選考で落ちました。次の施設は、近所と言うことと、条件面で良いと思ったので、応募したが、同じグループの本部。通勤に1時間かかる施設を提示され、断念。面接までの間、何点かトラブルもあったので、最初から思いが薄れていたかも知れません。その次に応募した施設は、給与面はかなり厳しいが、未経験でも相談業務ができると書いてあったので、応募したが、実際は資格はなくても実務経験は必要と言われた。どちらもどこかで妥協点があった。 今回応募した施設はと言うと、つねに意識していた施設。介護職自体、給与は決して高くはないが、その中においては悪くない施設。大規模ではないが、親会社もありしっかりした施設。流れ作業ではない目の行き届いた施設。介護職員基礎研修の同期が応募しすでに勤めている施設。同期で職に就いた仲間ですでに、施設の対応のひどさから、辞めようとしている人もいる。他の方も、大なり小なり苦労の言葉が伝わってくる。しかし、応募しようとしている施設に勤務した同期は、この施設でよかったと喜び、輝いている。同期の方は、とても出来た方。良いことづくめで、前向きな話が出たら断る理由はどこにもない。 ゆえに、これを逃したら後がないと言う思い。 同期を含め、出来た方たちの中で、務まるのかという不安。 そもそも、介護という仕事が出来るのかと言う不安。 最近は面接で緊張した記憶がないが、今からとっても緊張。あと30分したら家を出る。行ってきます!
2011年11月11日
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巷で話題になっている「全国幸せ度ランキング」おかげさまで富山は2位。1位は福井、3位は石川。北陸3県が上位を占めました。長寿、持ち家率、失業率、保育施設の待機児童数、人口に占める交通事故の数など様々な数値から導き出したとの事。 勤勉でまじめ、東大進学率も上位。無口で泣き言を言わない。我慢強い。その結果勝ち取った?幸せ度上位。富山は雄大な立山も有り、米もうまい。海も有り、川もきれい。水資源も豊富で水道水ですら美味しい。若いころは刺激のない、魅力に欠ける街と思っていたが、出張や転勤で沖縄、島根、愛媛以外の地を訪れた事により、改めて、ふるさと富山の良さを実感。今は大好きな街です。しかし、このランキングには疑問があります。みんなが憧れる、北海道や沖縄がいずれも下位になっています。若者があこがれる都会も下位。何を持って幸せか?地域経済が悪いから、失業率が高いから悪いのか?寿命が長いから良いのか?大阪が治安や雇用の面からワーストの47位だったが、テレビのインタビューで大阪の方は、悲観するどころか疑問に思い、笑っていた。たぶん、ネタにまでしてしまうだろう。ある意味、発散するすべを持っているのは幸せな事だと思う。 一方、北陸は自死(自殺)率が高い。愛媛だったと思うが悩みを相談できる人がいる率が1位との事。おそらく愛媛は自死率が低いだろう。悩みを言える環境、泣き言を言ってもよいと思える風土。セーフティーネットやコミュニティーの支えがあれば自然に恵まれた北陸は本当の意味で幸せ度が高いと言えるのではないかと思う。
2011年11月10日
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久しぶりのブログです。昨年、11月。以前勤めていた会社の上司が、別の会社の社長になっておられて、その方に請われて転職。自身9回目の転職。転職する時はこれが最後と思っている(笑)腹心の部下が病気のため会社を去らなくてはならない状態で、社長も不安を抱えての、私の入社だったと思う。お互いに過去を忘れ、期待だけが膨らんだ結果、期待される重圧と期待はずれ。たった4ヶ月で退社。わたしはうつ状態だった。 その後、心理学の師匠に相談し、福祉関係の職を目指すべく、5月から介護職員基礎研修を受講。39名の仲間とともに無事終了し認定資格を頂く。 それと時期を同じくして、うつの自助グループを主催される西田氏と出会い、うつの自助グループこころの広場に参加。西田さんにはカウンセラーとおっしゃって頂くが、癒す立場より癒される立場が多い。 3年前の春に師の長谷川泰三と出会い、自分の紆余曲折の人生が誰かの役に立つと思い、以来心理カウンセラーを目指してきた。私が17年籍を置いてきた配置薬(置き薬)、いわゆる売薬さん業界も言ってみれば薬を介したカウンセラー。私が置き薬業界に思いを持ち17年居続けたのはカウンセリングスピリッツがあってのこと。私がやりたいのは、人の心に触れ、天からの力を借り、己の体を使って人に寄り添い笑顔を増やすこと。師の勧めもあり選んだ介護職もそれがあっての事。 10度目の転職に際し、収入面ややりがい、待遇面も含め、就職先を選択。もちろん、こちらがよしと思っても先方が雇用してくれなければそれまで。1社に書類選考でもれ、2社は内定を頂くも条件面で納得が出来ず辞退。選べる立場ではないかもしれないが、目標を外さないためにも慎重になる。 坂本竜馬の言葉 世の人は われを何とも 言わばいえ わがなすことは われのみぞ知る 思いは叶う・・・黒沢義己 問題の裏に才能あり・・・長谷川泰三明日は来る!
2011年11月09日
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今日は半年ぶりの眼科検診。おかげさまで状態は安定。変化なし。13年前、5月頃に目の視野が狭くなり見えづらくなって、近所の眼科へ。受診したところ、紹介状を書くと言われ富山大学附属病院へ。そしてそのまま緊急入院。車いすに乗せられて病室へ。原因は不明だが網膜剥離だった。生まれつき左目の視力がほとんどなく、比較的良いほうの右目が剥離。ふつう網膜剥離になると、以前の視力は見込めない。矯正してギリギリ運転の出来る自分としては社会復帰出来るか不安だった。当時付き合っていた人とも別れた。もう駄目だと思った。それから13年。目のほうは不自由ながら安定している。相変わらず運転もしている。ダメじゃなかった。18年前、事故で右手中指の先を失った。人前で手を出せないと思った。今は普通に出している。11年前、結婚1ヶ月で会社を辞めた、少し病んでいた。離婚を覚悟した。5年前、社長とけんかして会社をくびになった。今度こそ離婚を覚悟した。今年3月、うつ寸前で会社を辞めた、本当にもう駄目だと思った。 他にももう駄目だと思った事はたくさんある。その時はそれしか選択肢がなく、全く先が見えなかった。 しかし、何とかなっている。妻や仲間に支えられながら。 ~でないとダメだと思うから、無理だとも思う。案外何でもアリと思えばなんとでもなる。17年間お世話になった置き薬業界を離れ福祉(介護)の世界へ。不安はあるがなんとでもなる。ダメじゃない。
2011年10月14日
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介護職員基礎研修。4日にホームヘルプの実習を終え、現場での実習は終了しました。後は就職活動と事後演習で10月末には終了します。お世話になった施設。見学をさせて頂いた施設。介護労働安定センターの方から聞いた話。それぞれの施設、サービスには一長一短があります。ご本人の思い、家族の思い、施設の思い、介護職自身の思い。様々です。介護って一言で言うと「ライフライン」って気がします。自立支援をしながら、出来ない部分を補う。電気、ガス、水道と同じ。 介護職が利用者の水分補給を怠ると熱中症や不穏になる。全介助の障害1級の方が在宅で生活されている。ヘルパーが訪問しなければ生命の危機となる。植物状態の利用者の方を自宅で介護する方がいる。そこに排せつや入浴の介助でヘルパーが入る。本人はもちろんのこと、介助する家族にとっても無くてはならない存在だと思う。まさにライフライン。それゆえにそれぞの思いのすり合わせが必要だと思う。しかも目の前の欲求でなく本当の欲求を。利用者の歩行訓練をするにも、痛みを訴える利用者の事だけを見て全く辞めては、間違いなく身体機能の低下が起こるだろう。無理をさせてはいけないが、落とし所を見つけるのが大変だと思う。施設の掲げる理念もある。施設が足りない現状では施設の理念に納得して、選んで入所できるとは限らない。介護は原則、利用者の生活歴や価値観を大切にして利用者のあった介護をするのだが、施設の理念と、家族の思いもあり必ずしも一致しない。そこに現場の介護職が入ることになる。これから介護職として働くにあたって、自分はどんな介護がしたいのか?思いがあるのか?改めて考える。それだけでなく給与を含めた待遇も考慮する現実もある。こちらも施設を選ぶが施設もこちらを選ぶ。そんなことは、人とかかわった瞬間から起こる事だが改めて考える。サービスが人そのものゆえに思う。結局は自分を信じ、ご縁を信じる事。さっそくハローワークへGO!
2011年10月06日
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と言っても就活中の私はほぼ休みみたいものですけど・・・ 土曜日はPTAとうちゃん会の意見交換会に参加。意見交換会と言ってもようは飲み会。PTAにお母さん方は参加されますが、お父さんは参加が少ない。父母両方ですが、やる人はやるけど、やらない人はやらない。お子さん1人につき、1回は役員をお願いするのですが、役員になっても温度差がある。それゆえに、中心メンバーにさらに負担がかかり、それをみてまた、役離れが起こる。悪循環。やると楽しいし、つながりも出来るので、出来る範囲の参加をすればいいと思うのだが・・・そんな話をしつつの宴会は4時間。7時に始まり11時まで。楽しく飲んでいるときは時間が早く過ぎる。 日曜日は小松で長谷川泰三先生の心理学ワークショップ。7時前に富山駅を出て、小松着が9時。会場設営のお手伝いをして10時スタート。参加者の問題を先生が聴き、問題の根っこの部分を明らかにし、グループワークを通じ癒していく。ロープレでいろいろな事をやるのだが、ワークショップでやった事は、現実世界でも出来る筈だが、ワークショップですら出来ない事は現実には出来ないだろう。相談者役に当たっても当たらなくても、いや逆に当たらなくても、共感できる事や気づきがたくさんのワークショップ。あっという間の8時間。ワークの後仲間と先生と食事。怒涛の8時間もあっという間。富山に就いたのは22時。 休日3日目。さすがに3日目は家族サービス。朝から、大和の全国うまいものお取り寄せ市へ。30分並んで広島八天堂のクリームパンをゲット!そのあとは予約していたカラオケへ。30分遅刻。それでも11時半から5時間フリータイム。飲んで歌って。息子はマルモの歌を4回歌った。そのたびにマルモ体操を踊る親二人。楽しいけど疲れた.3日間は長丁場の連続。でしたが楽しい事は本当にあっと言う間。年のせいか後から疲れはやってきますが・・・
2011年09月20日
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それでも地球は回っている。ガリレオの言葉。自説の正しさを信じての言葉だが・・・ 10年前の9月11日私は出張先の仙台のビジネスホテルで9・11のニュースを見ていた。ニュースでは世界的にテロの恐れがあると報じていた。経済がどうなるかと言う報道もあった。家族と離れ地元からも離れているので不安だったのを覚えている。翌朝の朝、会社に電話をかけ出張の続行の可否を問うたが、何で帰ってくるのかと言った感じで、何も問題にしていなかった。結果的には対岸の火事と言った感じで、話題にはなるが、商談には何の問題もなかった。まあ、田舎の売薬さんとの商談である。貿易とか金融ではないのでそうだったのだろう。 半年前の3月11日私は東京で師匠の長谷川泰三に会い、お世話になっている知人のMさんに会って帰る電車の中。埼玉県の岡部と言う小さな駅に止まる寸前に東日本大震災にあった。断片的な情報の中、電車の中で3時間待った。その後余震の心配からか駅舎に移動するように言われて移動。しかし、小さな駅に100人は座るどころか、入れずにいた。そんな中、警察やJR職員はあわただしく動いていた。やがて、駅長と深谷市の計らいで岡部公民館で一夜を明かすことになった。近くの人は自力で帰って行き、残ったのは40名程度だった。災害用の毛布やおにぎり、飲み物が配られた。近くの若者が、ベーグルの差し入れを持ってきてくれたり、高崎などへの送迎もかってでてくれた。私たちはテレビを見ながら東北の惨劇を目の当たりにした。夜が更けた頃、携帯の緊急地震速報で皆がどよめき直後に長野と群馬のあたりでも大きな地震が起きた。その前後も緊急地震速報がたびたび鳴り不安を募らせた。翌日、公民館から駅まで歩いて行く最中に、近所のおじさんが、いつもと変わらないであろう犬の散歩をしているのを見かけた。鉄道は乱れていたが、周辺は電気もきており普段と変わりない光景だった。とても不思議な感覚だった。 その頃の私は心身的な理由で3月初めに会社を辞め将来に全く希望が見えなかった。それから半年。根本的なものが変わったわけではない。しかし日々動いている。先の事は分からない。確信などないが動けば変わる。3月に東京に行ったのも心理学を生業とする志のため。子供のPTAの役員も引き受けた。うつの自助グループの集まりに参加し、お手伝いもしている。5月から介護職員基礎研修を受講し研修中。これも相談業務がしたくてやっている。今までの薬業界の知識や心理学も無関係ではない。心理分析士仲間に会いに大阪まで行ったり、金沢の仲間とも会った。息子と立山登山に参加し、雄山にも登った。トイレ掃除に学ぶ会にもIさんの計らいで久々に参加。イベントでカードセラピーのブースも出店した。自分が動こうと動くまいと、それでお地球は回っている。
2011年09月12日
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介護職員基礎研修。5月10日から8月19日まで講習。欠席すると補講もあるし、休まないのが大原則。各巻ごとにテストもあり、実技のテストもあり気をはっていました。8月24日から9月6日までは特別養護老人ホームで実習。土日は休みだが、土日を挟んで10日間、初めてだらけの介護に挑戦。講座で学んだ事が役に立つとか立たないとか、そんな次元でなくもう必死。知識を思い出そうとする暇もなく・・・それでも担当の職員の方たちがしっかりしておられ、放置される事もなく、教えて頂きましたし、実際に介助させていただきました。食事、排せつ、整容、入浴、移乗、コミュニケーションなどなど。 第一に考えたのは安全。利用者さんや職員にご迷惑をかけてはいけない。次に健康管理。これは講習を含めてですが、休むわけにはいかない。もし体調を崩して無理して行って、利用者さんに風邪などひかせてはいけない。 この後もデイサービスで実習はあるのですが月末近くまで間があるのでホッとしたのか、最近の朝晩の気候のせいか、少し体調ダウン。それでも昨日は社会福祉協議会に介護職の求人を閲覧に行ったり、今日もハローワークに行ったり、気になる施設の見学アポも取りました。PTAの役員の仕事も、バザーを前に増えてきます。再度気を引き締めてGO! まずは介護労働安定センターでも行って情報収集してきますか。
2011年09月08日
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介護職員基礎研修、施設実習9日目終了。残り1日。早いような長かったような・・・初日、トイレ誘導と水分補給介助、食事介助をされている利用者、している介護職員を見て複雑な気持ちだった。寝て、食べて、出しての繰り返し。職員も大変だが、利用者の方も大変。 しかし、職員さんの言った言葉にハッとした。「おむつはトイレじゃない!」、「水分を摂らないと脱水になる。自分で意思表示することも、動く事もままならない利用者がいる」この施設の利用者の介護度は高いが、介助すれば、ほとんどの方がご自身で食事を口から摂られる。トイレに誘導すればご自身で排泄もされる。職員が怠ければそれらの力は一気に衰える。それでも医療的処置をすればどんな形でも生きる事は出来る。しかし少しでも人らしい状態で生きてほしい。そんな思いを介護職は持っているのかも知れない。 初日からそんな葛藤を持ちながらも、現状を見つめ、理解しようとした。 1日目の後半からは、慣れないながらも食事介助、水分補給介助、トイレ誘導、排泄介助、入浴介助、移乗、整容など。さらに職員のかたはその段取りなど、とにかく忙しい。やっても理解いただいているのかいないのか、読み取る事の出来ない利用者の方もいる。 介護職の喜びは利用者の現状維持とわずかな回復。利用者さんの持っている力を引き出すことによって、病後の体力低下時より出来る事を増やすお手伝いは出来る。 後から覚えていないとは思うが、やさしい言葉をかけてくださる利用者の方もいる。休みの日には利用者の方が気になったりもする。人生の大先輩の人生にかかわる。それだけでも有りがたい。不安はあるが素晴らしい仕事だとも思う。 今日、すぐに立たれる利用者のAさんが、土曜日に膝を痛めたらしく、立たずに這っておられた。わずか2日で大きな変化。ショックだった。急に立たれて見守りは大変だが、かといって動かなくて良いとは思わない。また良くなってほしい。 わずか2週間、実質10日間だが利用者を思う気持ちは芽生える。そうなるのは、利用者の方の穏やかさを保っている、施設と職員と家族の力に他ならない。充実した施設実習だったと思う。あと1日。明日はどんなかかわりが出来るか?
2011年09月05日
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介護職員基礎研修。先週で座学と実技は終わり、今週からは施設実習。仲間によっては月曜日から始まっているが、私は水曜日から。私の実習先はとある特別養護老人ホーム。 水曜日初日、簡単なオリエンテーションの後実習させて頂くフロアに行き、担当の職員に挨拶。介護度の高い利用者の方がいる施設と伺っていたが、ベッドで寝たきりの人はほとんどおらず車いすなどでフロアに出ていらっしゃる。まずはコミュニケーションと言う事で挨拶をするも、反応のない利用者の方がいらっしゃったり、話していい内容、いけない内容も分からず、初めから戸惑ってしまった。 そうこうするうちに、担当者の方の介助を見つつ、少しお手伝い。トイレ誘導などなど。そして午後からはいきいきなり入浴介助。ほぼ自立できる方の頭を洗ったり、背中を流したり。湯船に入っている時は見守り。入浴後はドライヤーで髪を乾かしたり。息つく暇もなくあっという間に初日終了。帰りに職員の方から「疲れたでしょう」と声をかけられるも疲れたと言う事すら分からない状態。ある意味超緊張でハイな状態。家に帰ってどっと疲れが・・・ 二日目は、利用者さんの髪をとかす整容、トイレ誘導、水運補給、おやつ(ゼリー)介助、食事介助、トイレ誘導、水分補給・おやつ介助、食事介助。利用者の方も忙しいが、職員はもっと忙しい。それを手伝いながらあたふた。習うとやるでは大違い。受講中は基本を習うが、現場では生身の人間。応用に次ぐ応用に次ぐ応用の連続。現場の職員の方には頭が下がる。 三日目は朝の整容の後、入浴介助。今度は全介助の方の車いす入浴と、洗髪と体を洗う介助。防水のエプロンをするも、汗とお湯でびっしょり。同じ事をしている職員の方は平気な感じ。無駄な動きが多いのか、汗っかきなのか???着替えた後はもうお昼で食事介助。前日と同じ利用者さんを介助したのだが、利用者さんとも慣れてきたのか少し早く介助できるようになった。午後からは水分補給・おやつ介助。そして少しコミュニケーション。3日たつと少しは覚えて頂いたのか、話が出来る方も出てきた。 土日は休んでリフレッシュ。 来週は5日間びっしり。月曜日に利用者さんが覚えていてくれたらうれしいな。
2011年08月26日
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介護職員基礎研修。先週末で座学、実技が終了しそれぞれの試験も終了。今週からはそれぞれ実習先で施設実習にはいります。5月10日に始まり、不安はあったし、それぞれの試験もそれなりに大変でした。しかし、3ヶ月同じ志を持つ仲間と一緒だったので、乗り越える事が出来ました。実習そして就活。これからが本番です。 昨日の月曜から施設実習に行っている仲間もいますが、私は明日から実習。リフレッシュと言うか子供の夏休みでと言うか土曜日の夜から家族でディズニーシーへ車でGO!。前職では月に2回は通いなれた関東への道。久々でしたが難なく舞浜へ。日曜日はまるまるディズニーシー。あいにくの雨でしたが、そんなに強く降る事もなく、百均の合羽で十分。逆に気温が低かったので、汗もかかず着替えずに済み、暑さによる体のだるさもなく快適。重複もあるけど8アトラクションを楽しみました。 日曜の夜は亀戸のスーパーホテルに泊まり、翌日月曜はお台場合衆国へ。ペケポンのししおどしも体験。お土産にはマルモのおきてのごま塩の親分ふりかけをゲット。子供も満足。フジテレビに行く途中、スカイツリー近くに行き、真下から様子を眺めもしました。 子供は、妻の思い入れの強い、ディズニーシーでもなく、私の思い入れの強い、スカイツリーでもなく、お台場合衆国がいちばん記憶に残ったみたいです。夜8時前には無事富山へ。楽しい事はあっという間。 今日は明日からの施設実習の準備期待と不安と言うより、不安だらけ。何ができるか分からないが、とにかく介護職への道への一歩。
2011年08月23日
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お盆休みも今日まで。大きな企画はなかったけど、それなりに忙しい毎日。13日の初日は朝早くから千里浜へ海水浴。妻の実家の家族と氷見経由で千里浜。朝早く出たので9時前には到着。もっと混んでいると思ったが、案外空いている。さっそく生ビールを飲む家族たち。自分は運転手なのでノンアルコールで気分だけ。最初は曇っていたので油断していたが日も差してきて結構な日焼け。子供も次第に波にも慣れ戯れていた。昼くらいに千里浜を後にして、七尾へ。能登食祭市場で遅い昼食をとって、海岸線を氷見へ。氷見の美味しいケーキ屋さんシュンに寄って、おちちプリンとおしりムースを購入。妻の実家に帰って夜は宴会。ようやくビールにありつく。 14日は前日のブログにも書いたが、息子の友人の奥様の実家(説明長っ!)で本格流しそうめん。バーベキューと本格的水遊びも堪能しずぶ濡れ。大人も子供も楽しい時間を過ごさせてもらった。夕方から息子だけ実家でお泊り。 15日は朝から四方へお墓参り。そのあとは新港の母の実家のお墓参り。新港の道の駅で買い物をした後、番屋すしでランチ。ここでも運転手なのでビールにはありつけず。午後からは妻の実家に義兄と甥が帰省しているので、合流し、息子はいとこ同士で遊んでいた。夜は当然宴会。ビール、日本酒、ワインを飲み、満足。 16日は朝早くから妻の実家のお墓参り。お昼は自分だけ抜けて、夕方からまた合流し、もちろん宴会。妻の実家は飲むのが好きな方が多いので嬉しいような、厳しいような。 17日。妻は会社。息子は義兄と甥を見送るため妻の実家にお泊りしたがそのまま実家であずかってもらう。私は朝から洗濯とそうじ。明日は介護職員基礎研修最後の10巻のテスト。勉強しなければならないのだが、お昼からはリフレッシュのため日帰り湯でまったりしようと思っている。そのあとにテスト勉強。楽しい時間はあっという間に過ぎる。
2011年08月17日
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14日の日曜日、息子の保育園からの友達のお母さんの実家で流しそうめん。昨年も呼んで頂きました。案内のメールには大人も着替えを持ってくるように書いてあった。水着での参加も歓迎とも。流しそうめんは太い竹を割り、2本継いだもので7~8メートルはある長さ。つゆも自家製で、竹の器に入っている。本当に本格的。その流しそうめんを子供たちが楽しそうに流している。枝豆やプチトマトも流れてくる。それを楽しそうに眺めている奥様のご両親。同じ年の子供を持つ親同士だが、相手の家族のほうが断然若く、よっておじいちゃんおばあちゃんも若い。他の親子も来ていたが、歳をとってから出来た子供なので、先方のご両親とほとんど歳が変わらない。不思議な集まりだがとっても居心地が良い。生ビールに焼き肉も用意されていた。 そんなこんなのうちに、子供達は水鉄砲で水あそび。次第にヒートアップしてきて、流しそうめんや焼き肉をやっている場所にも水が飛び交う。私も子供にやられた。さらにおじいちゃん、おばあちゃんも参戦し、水まき用のホースで子供たちを挑発。こうなると完全に収拾がつかない。私も大型水鉄砲で参戦。子供だけでなくおばあちゃんにもホースで水をかけられた。ご両親同士でも水をかけ娘(息子の友人のお母さん)にもホースで水かけ。お婿さんにも水かけ。しまいにはバケツも登場。子供たちは逆さにされ、頭から幼児用プールへ。 子供たちをたしなめるどころか、自分たちも楽しんでいる。そんなご両親から生まれた奥さんも豪快な人。このK家族は本当にすばらしい。年下であるのを忘れるくらいしっかりもしている。このご両親ならではと納得。自分や妻の家庭と比べて、全くない物を持っている。ありがたい体験をさせて頂いている。 何が良いかは分からないが、こんな親も有って思う。かといって自分の親も有り。まだまだ親初心者の自分も有り。人の数だけ親がいる。
2011年08月16日
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介護職員基礎研修。いよいよ明日は実技試験なのですが、今日はそれに向けた最終確認の実習。2つの例題の介助をやります。 1つは、車いす上で丸首の服を脱着して、移動すると言うもの。脱がせる時と、着せる時、2度立位の介助。衣服の脱ぎ着も麻痺の介助があるので結構大変。10分の制限時間で、ほとんどの人が8分ほどで完了。自分も何とか8分で出来た。 2つ目は、車いす上で丸首の服を着せる介助。そしてベッドまで移動し、移乗、さらに仰向けに寝て頂く。講師の方は2つ目の例題のほうが早く出来るとの事だったが、最初にやった時は11分かかった。どんなに丁寧にやっても、10分を過ぎれば失格。そのあとは部分的な練習。講座終了30分前に各グループの代表2名がみんなの前で実演。自分も実演したが、4グループ同時に演習スタート。隣から声掛けが聞こえてくる。自分との進行具合が違うのでめちゃめちゃあせる。あるグループの人は7分で終了。自分はと言えば9分で何とか終了。着衣の着せ方で若干問題があったが、声掛けの抜けはなかった。あとは自信を持って声を大きくするだけ。 とは言っても、演習は何度もやったもの。本番では1分で利用者の状態、どう介助してゴールはどこか把握しなくてはならない。名前も覚え、どちら側に麻痺があるか。不安はあるが、演習に関しては時間内に終了する事が出来た。全員がみんなの前で実演したわけではない。緊張度合いもちがう。一足先に体験できたことはプラス。実技終了後には5巻のテストも控えている。お盆前の正念場。
2011年08月11日
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介護職員基礎研修。昨日は9巻のテスト。テスト終了5分前、Tさんが気のゆるみからかあくび。しかも「はあー!」と声が漏れた。一同爆笑。教室が和みました。夜の懇親会で話題になると思った瞬間でした。 テストの後は就職支援。就職支援の外部講師が現在の悩みや不安を受講生から聴いていき、共通の認識で解決しようというもの。これがひどかった。悩みを言ったら笑われたり、外見で判断して、悩みが無いだろうと決めつけたり。さらに悩みに対して、要領を得ない受講生に解決の糸口を求めたり。挙句のはてには問題のMさんが、先生の同意も得ず、黒板を消し、持論を展開。しかも黒板に書くほどの内容でなく、だからどうなの?といった感じ。センター長をはじめ職員が心配で見守る始末。Tさんのあくび事件が吹っ飛ぶ教室が凍り付いた瞬間。 そんな色々な事件があった後の懇親会。39名中、20名が参加。ホテルレストランのビアホールでオーダーバイキングでしたが、食べるのもそっちのけで、問題のMさん、Kさんの話題で持ちきり。お二人のおかげで?一致団結の瞬間。普段話さない方とも話せたり、受講中とは違った一面もみられたり楽しい時間になりました。通常2時間のところ3時間があっという間に経過。会場手配をしていただいたNさん。ありがとうございました。 以前から懇親会をやりたいと思っていましたが、もうすぐみんなとの座学も終了し、それぞれが実習先にばらばらになってしまう、このタイミングで懇親会が出来て良かった。お互いが不安を持ちながら、それでもがんばっていると認識できたのも良かった。講座が終了しても介護を目指す仲間としてつながりを持てそうな気がした。
2011年08月10日
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介護職員基礎研修最近は日々実技演習ですが、昨日は車いすでの介助。外出をして段差を越えたり、4人で車いすを持ち上げ階段(と言っても2段だけ)を上がりました。杖での歩行も体験しました。通常の歩行が困難な方の外出は大変です。ついついこもってしまうのも理解出来ます。それでも外出できるような介助が出来たら良いと思います。 今日は、手浴、足浴、ベッド上での洗髪を、受講生同士でやりました。寝たきりで入浴が出来ない利用者の方に、清潔はもちろんですが、少しでも気持ちよくなってもらえるよう手や足を暖めて洗ってあげ、軽くマッサージしたり。洗面器に湯を張るとき、入浴剤や、季節に応じた花びらやゆずの皮などを入れたりもする。肌が触れ合う安心感だったり、なかなか外出ができない利用者の方に季節感を感じて頂く。単なる作業でなく心配り、気配り。講師の方の体験談で、終末期の母親に、県外に住んでいて、なかなか面会できない息子さんが面会時に、母親の手浴をしたという話では、受講生の結構な人が涙を浮かべていた。心やさしい受講仲間と受講するのもあと少し。
2011年08月04日
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介護職員基礎研修。今日は8巻、介護における社会福祉援助技術のテストでした。だんだん厳しくなってます。今までは過去の知識や常識の範囲で何とかやってきましたがあと3巻分のテストが残っています。そして最大の難関が実技試験。やった事しか出来ません。 昨日は実技に向けた演習で、食事介助をやりました。まずは半身まひのある方への食事介助。顔の片側に口と直角にセロテープを貼り、口が開かない状態で食事介助。少ししか入らないので時間がかかります。ましてや飲みこみに障害のある実際の利用者ならさらに大変。 次にやったのが視覚障害の方に対する食事介助。アイマスクをして自分で食事をする。介助者は、クロックポジションと言って、時計になぞらえ、どこにどんな料理が並んでいるか伝える、熱い冷たいも教える。彩や形状など、当たり前と思っている情報が無いので食べられない。どれくらいご飯をつまんだのかさえもわからない。自分は海老フライを何とかつまんだが、尻尾から食べようとしてしまった。 最後にベット上での食事介助。プリンやゼリーなどを食べさせるというもの。利用者さんに体を横にしてもらい少しずつ口に運ぶ。なかなか口に入らず、横からこぼしてしまう場面も。 介助するのももちろん大変だが、利用者役になり自分で出来ないもどかしさ、人にしてもらわなければならない情けなさと、申し訳無い気持ち。普段、当たり前の事が当たり前でなく、ありがたいと気づかされた瞬間。考えさせられる。
2011年08月02日
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介護職員基礎研修。今日の午前中の講師は、19歳で脊髄損傷で車いす生活を余儀なくされたT講師。事故後先生から告知された内容に初めて出た言葉が「うそっ?」。そして茫然自失の中、次に出た言葉が「やばい」だったそうです。病院の中で天井を見つめ、天井にあいた穴をひたすら数えていたそうです。その間だけは、現実を忘れる事が出来たのかも知れません。 リハビリが始まっても最初は熱心にはなれなかったT講師でしたが、いろいろな方との出会いを経て、介護職を経て福祉短大の教授になり、後進の指導にあたっておらrます。 経験、話題が豊富で研修生を飽きさせる事がありません。常に笑いの絶えない講義。大きなものを乗り越えた説得力と力強さ、そしてやさしさを感じます。こう言っては失礼かもしれませんが、事故を受け入れ障害を乗り越えたからこそ今のT講師があると思います。 障害(病気)を言い訳にせず、だからこそ出来る事を探し行動された。 私の心理学の師匠である長谷川泰三も脊髄損傷で車いすの生活をしています。師匠もまた障害を乗り越えた方の一人。素晴らしい方とのご縁に恵まれました。T講師に師匠の本「命のカウンセリング」を渡したのは言うまでもありません。問題(障害)を言い訳にしない。すばらしいお手本が目の前にある。どうとらえるかは研修生次第。みんなはどう感じたのだろう。
2011年07月29日
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介護職員基礎研修。同じ研修生の中にMさんがいます。その方は独身で何の病気かはわかりませんが、薬を飲み続けないと命にかかわる病気だそうです。体力的にもきついのか、授業中も机に伏せて寝てたりします。立っていなければならない実習中も一人で座ってます。何日か受講を休んだりもしています。理系の大学院まで出られた賢い方(本人が学歴を強調される)。ときどき、「私は知っている」とか「みんなには観察力がない」とか発言します。あるときに受講生の一人が受講態度を注意したところ、事務局に駆け込み泣きついたのです。すると事務局の講師から翌日、Mさんは病気なので気を遣うように言われます。今までもあった溝が深くなった瞬間でした。そんな事の繰り返し。飲み会を企画すれば、Mさんが行かないなら参加するといった事までになりました。ちなみにこの講座は就職支援で、雇用保険を頂きながら無料で受講で来る講座です。条件は受講終了後すぐに介護職に就く気のある人。健康で講座を休まず受講できる人です。 5月10日に講座が始まった時、得手不得手は別としてMさんに敵はいなかったはずです。利害関係のない知らない者同士ですから。人生経験の違いはあっても同じスタートラインに立ったご縁のある方たちですから。 ましてや温度差はあるにしても、介護職を目指すやさしい心の持ち主ばかりです。味方さえも敵扱いしてしまった結果が今。本人も誰にも相手にされないと、事務局の講師や受講生の中でもおとなしそうな人を見つけて、ギリギリのところで踏ん張って?います。知識があっても知性がないのか、コミュニケーション下手なのか・・・ 世間知らずの箱入りなのか?本人が被害者だと思っている限り状況は変わらないのに・・・ 人を動かすのは山を動かすよりむつかしい。何とか自覚しくれれば、方法もあるのだが・・・私がやきもきしても何にもならない
2011年07月28日
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久々のブログ。介護職員基礎研修。先週末から、座学だけでなく介護実習が始まりました。 先週末は心理学の友人を、大阪に訪ね、励ますつもりが励まされっぱなしで帰ってきました。心はリフレッシュ。さあ、今週から実習を頑張るぞ!と臨んだ週でしたが、3か月近くの座学でなまった足には、立ちっぱなしの実技は・・・修行先週末にベッドメーキングやシーツ交換。今週に入り体位変換、排せつ介助、ベッド上でのおむつ交換。ベッドメーキングくらいまでは良かったが、相手のある体位変換や排せつ介助となると頭がごちゃごちゃ。ひとつ覚えるとひとつ忘れる。しかも班でやるときはトップなので、訳が分からないうちに終わってしまう。昼休みや、終了後に再び練習をして何とかついていっている。 体位変換。ベッドの中心からはずれて、左右や、下方向に寝ている方を正しい位置に寝て頂く。知らないうちはどうやって移動していただくのかと思ったが、コツをつかむと案外力はいらない。ベッドから起きてベッド端に座ってもらうのも、思っていたよりは、楽に出来た。知ると知らないとではこんなにも違う。そして今日は排せつ介助。これがきつい。これは本当に気をつけないと腰をやられてしまう。介護職には腰を痛めた方が多いとの事。納得。 さてもう一つはおむつ交換。自分の身に置き換えて見ると分かるのですが、これがきつい。人は生まれてしばらくすると自分で用を足せるようになる。入院でもして特別な事情がない限り、人に排せつを手伝ってもらったり、おむつでするなど考えもしない。よく嫁姑問題で「嫁にだけは下の世話をしてほしくない」とか「姑の下の世話だけはしたくない」とか言う。嫁姑でなくてもいやだ。しかし利用者さんにはそれしか選択肢はない。自分だけでは出来ない方が多い。いかに気兼ねなく早く清潔に介助出来るか。技術と気配り、思いやり。 下の世話。漠然とされたくないとは思っていたが、体験するとよくわかる。介護職の学校では、実施におむつで排尿や排便を体験させるところもあるそうです。肉体的苦痛と精神的苦痛。受講生のご家庭に大人用おむつがあるうちがあって、分けて頂ける事になりました。排便までは抵抗があるので、おむつでの排尿はやってみようとおもいます。 知ること、感じる事、やられること、やってみること。
2011年07月28日
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介護職員基礎研修。昨日は6巻の試験があり、今日返ってきた。内容は家事援助で、栄養素など食の部分、服飾など衣の部分、住環境の部分などだが、些細なミスをして93点。冷静でいれば、何とか100点が取れそうなだけに悔しい。 話は受講内容に戻るが、昨日の午前中、麻痺がある人が寝ているのを、置き上がらせる介助をやった。最初は教えられずに、やったが起こすのが大変だった。次に先生の指導のもとやると、想像以上に楽に介助する事ができた。やってみないと分からないものである。その授業をやった講師の理学療法士で専門学校の先生でもある方がおっしゃった言葉が心に残った。先生は「本当のリハビリは、目の前の利用者がリハビリに来なくなる事」と言う。その場で心地の良い施術をやって、また戻ってくるようでは、本当のリハビリではない。来たときは痛そうだったり、動きづらい体が帰りには楽になって返すこと。リハビリがきつくて疲れて返すなどあってはならないと。この人プロだなと感じた。 その他にも介職の講師の方がいろいろ来られるが、事例などでご苦労された話をされる。話される顔はみな自信に満ちている。きつい、汚い、給料が安いと言われる介護職。しかし、使命感とも違う気負いも感じられない何かが伝わってくる。人とかかわり、人の笑顔や感謝の言葉がそうさせるのかも知れない。 今日の講座でも不適切な介護、介護の問題事例などを習ったが、利用者側に問題があるのでなく、介護する側の問題。性的なトラブル、過剰なサービス要求、認知の方に対する介助など介護職がクリアしなければならない課題はたくさんある。それを乗り越えてきた講師の方々。プロを感じるし頭が下がる。 私の師匠の心理学の長谷川泰三先生も、言った事がある。クライアントが黙って離れていく。街であっても、声をかける事はないし、何事も無かったかのように普通にしている。さみしい事だが、カウンセラーとクライアントはそんなもの。守秘義務が何より大切なカウンセラー。なるほどと思う。 やった人しか分からない言葉。言えない言葉。身にしみます。
2011年07月14日
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ある目的に向かって学んでいる仲間がいる。年齢、性別、経歴もバラバラ、それぞrの利害関係はない。しかし、同じスタート台に立ち時間を共有している。 そんな中で、病気を理由に和を乱し相手の事など目に入らない人がいる。講座の主催者側は、病気の内容には触れず、その人を支えていき、全員でゴールすることを望んでいる。そもそもその講座は、欠席せずに受講する事が前提。しかし病気を理由に欠席する事もある。 周りはその人を理解できないし、関わりたくない様子。許せないと言った感情もある。 自分も許せないし、放っておけない感情もある。どうするか。 まず気になるのが、自分が禁止している事を、いけしゃあしゃあと目の前でやられると腹が立つ。うらやましいとまで思わないが、気に入らないだけなのか? 人を変えようとする事は、山を動かすより難しい。本人が問題だと思っていないのにとやかく言う事は、逆ギレされるか、恨まれるだけ。 このままだと、目的に到達しないし、周りが離れていくと思う。人は不信感があるときにコントロールしたがるが、うまくいかない事が多い。このままではいけないと判断しているのは、自分の価値観(観念)。本当にダメなのか。 自分の都合に合わせようとしているのか、相手の事を思って考えているのか? 本人がどうあろうとも、直接的に自分に被害が被ることはない。関係ない筈なのに気になる。おせっかい。 自分が何とかしなければと思うおごり?偏った正義?言う後悔より、言わない後悔?葛藤、葛藤。気になって落ち着いて受講できない。
2011年07月12日
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愛車のバッテリーの話です。今日は朝から金沢へ向けて車を走らせる。午前中に心理分析士仲間のEさんとお茶。1年以上ぶりだが、旧知の中すぐにいろいろな話をする。とりとめのない話だけど、互いの人となりを知りつくした間柄なので、気兼ねない。途中、心理カードなども使い楽しい時間を過ごす。後ろ髪をひかれながら、別の心理分析士Hさんと合流し小松へ。心理分析士養成講座の4期ネット講座が始まり、そのフォロー講座のお手伝い。予定の時間に少し早いので、小松駅近くのショッピングモールに車を止めしばし休憩。そしてすぐそばの会場へ向かおうとした時車のバッテリーが上がり大ピンチ。 車をショッピングモールに放置し会場へは徒歩で移動。時間には間に合い興亜は無事終了。終了後、受講生に送ってもらい車へ。一縷の望みをかけ、エンジンをかけるもやはりかからず。JAFのお世話になる。購入して5年ちょっと、8万キロ走行の疲れで、バッテリーの寿命。応急処置でエンジンをかけ、富山まで、ノンストップ、エアコンなし、パワースライドドアオフ、オーディオオフ、ライトも付け渋って、超省エネ走行。無事富山に戻りエンジンオフ。明後日ディーラーに持って行くのにもう一度だけ、エンジンがかかりますように。無理かな?キーの綴じ込みで2度JAFを呼び、必要性を感じ入会。入会してから16年。自分の車では初めてJAFを呼ぶ。JAFの法則「入会しないと利用するが、入会すると利用しない」JAFの施設割引も使った事ないし、冊子だけでは割高感満載。でも、解約したらきっと使うんだろうな。。。。
2011年07月10日
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介護職員基礎研修。リハビリテーションの理念と目的。今までのイメージは歩行訓練とかしかなかった。 リハビリの意味は「人間としての権利や名誉の回復」とか「全人間的復権」とか言う。「能力障害あるいは、社会的不利をおこす諸条件の悪影響を減少させ、障害者の社会統合を実現することをめざすあらゆる処置を含むもの」という定義もある。こうなると歩行訓練とはイメージが違ってくる。もちろん、歩行訓練もリハビリの一部であることは間違いないのだが・・・ 医学、職業、教育、社会の4つの専門分野が協働して、障害を持った本人が自分の意思で普通の社会生活を送れるようにすること。 ここで重要なのは、本人が出来る事は本人がする事。介護者はあくまでも出来ない部分を補ったり、見守る事。午後からの別の講師の話の中でも「介護職は銀の杖」と言う言葉がでた。金でなく銀。あくまでも主役は本人で介護職はあくまでも黒子。 ややもすると、介護職が主導的になり誰の人生か分からなくなる。役立ちたいがために、行き過ぎてしまう。 してあげるのでなく、その人の人生を習い、その人の人生に寄り添う。 現場に出ると、施設ごとのやり方や限られた時間、職員の中で、どこまで基本を忘れることなく介護できるか。誰のための介護か。不安はつのる
2011年07月08日
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キャッチボール。私にとっては父親の象徴のようなもの。 先週末に息子のグローブを買った。研修が休みだった今日、自分のグローブを買った。キャッチボールをやるのは何年振りだろう。目が悪くスポーツの中でも球技は特に苦手なので、20年ぶりくらいだろうか。 小学校1年の時父を亡くしたので私自身、父とキャッチボールをやっていない。旅行に行った記憶はあるが普段遊んでもらった記憶はない。父を亡くし、それからの私は、教師や上司に大人の男性像を求めてきた。自分の理想の父親像にあてはめようとしてきた。 結果、理想などあるはずもなく、また表向きの付き合いの中に、家庭の父親象があるはずもなく、息子が生まれて以来、他の父親以上に試行錯誤をしているのだろう。みんな初めての子育ては同じなので自分が思うほどではないのかも知れないが・・・父が亡くなった歳をこえ、息子が自分が父を亡くした歳になり、ひとつひとつが、父が出来なかった事をやっているような、父を乗り越えたような気がする。 早く亡くなった父を恨んできたが、父の無念さが、本当の意味で身にしみるようになってきた。 ただし自分が歩むのは、自分の人生であり、父の人生ではない。自分人生を歩む中で、父の出来なかった事が出来ればそれにこしたことはない。 キャッチボールは、父と息子のスキンシップの象徴。 ちょっと思い入れが強すぎるか。まあ、良い汗かきました。息子の投げたボールの力強さに、ちょっとびっくり。成長を感じる。
2011年07月06日
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鎌田實さんの本で「がんばらない」と言うのがあります。とても好きな本です。内容は、がんばらないと言うよりはがんばりすぎないと言った感じでしょうか。 昨日は師匠長谷川泰三のネットラジオの日でした。そして今日は、介護職員基礎研修がお休み。朝からゆっくりと日帰り湯に行って、サウナ、露天ぶろ三昧。 最近気になるのは「程度が極端な人」冒頭のがんばり過ぎる人とかの事です。ネットラジオでも質問し、風呂につかりながらも考えていました。 泰三さんの分析型カウンセリングでは、クライアントさんの話をそのまま受け止めるだけではありません。なぜその言葉を今言うのか。固執するのか。その言葉の裏に何があるのかに焦点を当て傾聴します。問題は聞き手側が、いかに先入観なく聴けるか。自分にはどんな観念があるのかを加味しながら偏りなく聴けるかと言う事。「~しすぎろ」の物差しがどこにあるのか。自分の価値観に照らして診てしまうが、それは偏りがないのか。それは永遠のテーマだし分からない。普通の定義が、自分の過去の経験や周りとのかかわりの中でつくられた物だから。環境や立場が変われば普通の観点も違ってくるだろう。 結局答えは1つではないが、言える事は、誰かを見て、思いがあるかどうか。自分の都合で相手を変えるためでない事。 それを踏まえて「頑張りすぎている」「無理している」と映ったなら私は言いたい。「大丈夫。よくがんばっているね。そのままの自分を認めてあげて。」あなたはあなただから。だいじょうぶ。
2011年07月06日
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資格。無いよりあったほうがよい。無いと出来ない仕事もある。人から見て一定の目安になる。あると自慢できる?自己満足?自分に対する保険?あるからと言って安心できるものではない。同じ資格だから、同じスキルとは限らない。無くても、それ以上の人もいる。振りかざす事も出来る。期待する、期待される、期待はずれ。ようは生かすも殺すも本人次第。その資格を使いどうしたいのか。何かをなすに必要な資格を取得し活かす。
2011年07月01日
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介護職員基礎研修。今日は休み。お昼は研修を同じくする友人とランチ。研修を受けての気持ちの変化や研修後の就職の事など、話をした。講師の話や講義内容に一喜一憂し、自分に出来るのか、不安になったり、また気持ちを新たにしたり、お互いに変化している。 そんなときに講師より宿題。内容は、「死に逝く人の心理と援助」テキストを読んでレポート提出。スピリチュアルペイン、ターミナル、ホスピスケアと言った領域。余命宣告などの問題もある。余命宣告するのは医師だし、告知するかどうかは、本人や家族の選択。介護の専門職の立場でその時どうするのか。平時はほとんどの方が告知を希望するようだが、実際にその時になると、家族は告知を迷う。 日蓮の言葉で「されば先ず臨終の事を習うて、後に他事を習う」という言葉がある。どう死ぬかがどう生きたかの証。死にざまを見れば生きざまが分かる。そうなれば、日々出来うる限りの最善を尽くし死に向かって生きるしかない。 であれば、私は告知は必要だと考える。そして本人が事実を受容するサポートをし、残された人生をどう生きるか、どうしたいのか本人の意向を汲み、寄り添いサポートする。本人が人生を全うすることが、家族も役割を果たす事が出来て良いと思う。専門職は正しい情報、選択肢を広げるため、ニーズに合った情報を提供し援助することだと思う。 とは言うものの、その時になってみないと分からない。ただ、講師の先生が言われた言葉に「利用者の笑顔のため」やっている。と言う事。自分の意見は意見とし、最後はやはり利用者と家族の意向。現場に出ればこんな風にゆっくり考える時間は無くなるだろう。今を大切にしよう。 もし、自分が余命宣告をされる立場になったら・・・・・今なら絶対に事実を教えてほしい。子供が成人して、自分がおじいちゃんになっていたら宣告しなくても良いかもしれない。自分はどんな最期を迎えるのだろうか。人生の一番大きなテーマ。
2011年07月01日
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介護職員基礎研修。講義の内容はケアマネジメント技術なのだが、その講義の中でグループワークをやった。本来はグループでケアプランを立てるのだが、その準備段階と言う事で、グループワークの意義を認識するため?漢字遊び。まず個人でさんずいの漢字を挙げる。約1分くらいだろうか、自分では6個しか書けなかった。次にグループで挙げあうと、あっという間に16個になった。個々の力には偏りや限界がある。仲間でやると、自分ではわからない部分や違う部分が見えてくる。 次にやったのが、私の印象ゲーム。グループの人から、私に対する印象、血液型、好きな季節、好きな色、動物に例えると、学生時代の部活動を書いてもらう。それぞれの人の、それぞれに人に対する印象。どう見えるか、どう映っているか。ここ2カ月近く同じ教室で学んできた仲間。昼休みなどに話をしているのに、こうもばらばらの印象。見られて嬉しい部分、意外な部分。勉強になった。 心理学でも学んだが、人はそれぞれ観念があり、こころのフィルターを通して相手を見ている。事実は一つだが、現実は人の数だけある。もっと言えば、自分の知っている事実は1つだが、自分でも分からない事実はたくさんある。自分で意識できるのは数パーセントで残りは潜在意識や無意識。お互いになるべく先入観を持たず、お互いの無意識レベルまで引き出せたら、すごい結果になると思う。そんな事を思わせてくれた、グループワーク。 人は人と成長していく。依存、自立から相互依存へ。
2011年06月29日
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介護職員基礎研修。5月10日から始まって、もう6月も終わろうとしている。研修自体は10月末までだが、集中的に座学があるのは8月のお盆明けまで。その後は施設での介護実習。講義の内容も概論的なものから、実践的なものへ。 それに伴って、介護に対する気持ちも変わってきた。最初は何か支えになるみたいな部分もあったが、学んでいくうちに、本当に役に立てるのか不安になってきた。今でも不安がないわけではない。しかし不安よりもこの仕事を通じ、人生の先輩や、障害を持つ自分が歩んでいない人生に係わることで学ばせてもらえると思うようになってきた。それは、実際に現場で介護に係わってきた講師の方々が、それぞれご自身を持っている信念がある事からそう思うようになった。賃金の安さが言われている介護職を続け、それでもなお、介護職に意欲を持っておられる。特に男性の講師には時間があったらお金でない何かが何なのか聞いてみたい。明日は男性の講師。チャンスはあるのか?
2011年06月28日
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介護職員基礎研修今日は朝から認知症についてのテストでした。前回のブログで100点を取ると大風呂敷を広げましたが・・・普段ほとんど家ではテキストを広げないのですが、一応前日と今日の朝は、テキストを開きました。それなりにポイントを絞ったつもりでしたが、予想外のところから出題され、テスト中固まってしまいました。夕方には採点が終わり、答案が返ってきました。宣言には及ばなかったものの、96点。今回は満点がいなかったので、自分としてはとりあえず満足。次回につながるよう頑張ります。 さて、今日の講義の中で、事例を基に、どう感じ、どんな情報を得て、どんな介護計画を立てるのかというグループ演習をやりました。家族構成や、利用者の病歴、身体状況などあらすじが書かれています。まずは、何も考えずに利用者の事をどう感じたか、そしてどう援助していくか。さらに、実際に介護計画を立てるとしたらどんな情報が必要か。その情報が必要な理由は何かを検討する。 その時に自分には先入観がないか気をつける。もたらされた情報は、本人からのものか?家族からのものか?事実か否か。 介護をする場合、つい介護家族の負担軽減に目を向けがち。しかしそれより利用者本人の真意を引き出すこと。本人の権利擁護が前提。 何が大切か改めて実感。
2011年06月23日
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