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イエローストーン国立公園の全リンク先をラストに追加しました。イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)5つのエリア紹介イエローストーン国立公園は原始的な景観を魅せてくれる国立公園で、1978年ユネスコ世界遺産の自然遺産部門に登録されています。「ひときわすぐれた自然美」、「地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本として重要な地形的特性」、「動植物群集の生態学的、生物学的プロセスの見本」イエローストーンは、ユネスコ自然遺産の基準にほぼ全部が該当していると言えるでしょう。東京都の約四倍はあると言う面積8983.49km²の広大さの中に様々な姿形の景色を持ち、その中でもクレーター、温泉、間欠泉(ガイザー)が見所です。イエローストーン国立公園はその特徴から5つのエリア・グループに分類されています。5つのエリア紹介1.マンモスカントリー特徴・・温泉に含まれる石灰分が多く、それによって形成される巨大な石灰岩のテラス等マンモスホット・スプリングスからマンモスホット・スプリングス アッパー・テラスから神に滅ぼされたソドムやゴモラの街のイメージがする世界。2.ガイザーカントリー特徴・・ガイザー (間欠泉) とホット・スプリングが数多くある地域オールドフェイスフル・ガイザーグランド・プリズマティック・スプリンググランド・プリズマティック・スプリングエクセシオール・ガイザー3.ルーズベルトカントリー特徴・・ラマー川沿いのラマー・バレー は草原地。野生動物が生息するエリア。ルーズベルト・ビレッジ、タワー滝4.キャニオンカントリー特徴・・黄色の岩の絶壁の大渓谷(イエローストーン大渓谷)と二つの大きな滝イエローストーン大渓谷、Upper Fall と、Lower Fall、ハイデンバレー5.レイクカントリー特徴・・琵琶湖の半分近い面積のあるイエローストーン・レイクと温泉イエローストーン・レイクイエローストーン・レイクエリアの中の一部のみの写真です。かなり盛りだくさんの国立公園なのです・・・つづくリンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)Back numberリンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン) イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)リンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)リンク イエローストーン国立公園 4 (グランド・プリズマティック・スプリング)リンク イエローストーン国立公園 5 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン景観)リンク イエローストーン国立公園 6 (アッパー・ガイザー・ベイスン)リンク イエローストーン国立公園 7 (ガイザー・ヒル)リンク イエローストーン国立公園 8 (ビーハイブ・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 9 (グランド・ガイザー近辺)リンク イエローストーン国立公園 10 (ジャイアント・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 11 (グロット・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 12 (モーニング・グローリー・ブール) リンク イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖)リンク イエローストーン国立公園 14 (ヘイデンバレーとマッドボルケーノ)リンク イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め)リンク イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)リンク イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)リンク イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)リンク イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)リンク イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)リンク イエローストーン グリズリー・ベア(Grizzly bear)イエローストーンは間を開けながら最終的に20までです。
2010年06月30日
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グランドティートン国立公園を北上して南ゲートからイエローストーン国立公園へイエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)はワイオミング州、モンタナ州、アイダホ州にまたがるロッキー山脈(Rocky Mountains)の国立公園です。イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)ロッキー山脈分水嶺、コンチネンタル・ディバイド (Continental Divide)アメリカバイソン(Bison bison)イエローストーン国立公園は1872年に認定されたアメリカの国立公園1号であり、世界最古の国立公園でもあります。北アメリカ大陸最大の火山地帯であるここはいろんな顔をもった火山性の間欠泉や温泉があり見所となっています。今回はその紹介の前にまずロッキー山脈の分水嶺(ぶんすいれい)とアメリカバイソンを紹介。ロッキー山脈分水嶺、コンチネンタル・ディバイド (Continental Divide)Continental Divide・・・大陸分水界の意以前「グランド・ティートン国立公園 2 (スネーク・リバー)」の所で、スネーク・リバー (Snake River) とイエロー・ストーン川(Yellowstone River)の源泉の紹介をしましたが・・・。スネーク・リバーは、コロンビア川(Columbia River)にそそぎ、やがて太平洋に・・。イエロー・ストーン川はやがてミズーリ川に注ぎ、セントルイスの北でミシシッピ川に合流してから大西洋であるメキシコ湾に注ぐ。つまり水系の境界線である分水界がこの池を含むこの山系の稜線にあるわけで、ここが分水嶺となっています。なにげない池だけど、凄いんですねグランドティートンもイエローストーンも池や沼、湿地が多いので小さな川も多い。いずれの水はとにかく太平洋と大西洋と言う相反する海に向かって下るのである。自然の面白さ・・かな?アメリカバイソン(Bison bison)牧柵があるので、このあたりはグランドティートン国立公園内。の向こうには鹿がいっぱい。バイソンは至る所に出没。個体数が多いと言う事なのでしょう。柵こんな看板も・・。イエローストーン国立公園はグランドティートン国立公園と違って住人も居ないし、街もないので動物天国です。道路を平然と渡るアメリカバイソン。車は渡り待ち。バイソンは牛なので、草食性で、草や木の葉、果物などを食べるからこのあたりは格好の生息地。写真は7月上旬たぶん・・若い雄。今は、ちょうど毛皮の生え替わりの時期です。とは言え、幼獣では上半身の体毛は伸びないので上のバイソンはツルツル。見ようによってはキレイな牛。下のバイソンは良く言えばレゲエ調 正直言うとコギタナイ。草を食べてるバイソン。 何だかね・・・。アメリカバイソン(Bison bison)目 ウシ目亜目 ウシ亜目科 ウシ科亜科 ウシ亜科属 バイソン属種 アメリカバイソン体長240~380cm。体重500~1100kg。角を持ち、雄は雌より大きい。脊椎の突起が長いので肩が隆起するのだそうです。こんな所にもバイソンが・・・。温泉にでもつかりに来たのか?毛皮が付いているバイソンは熊のようだ・・・。つづくリンク イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)back numberリンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)リンク イエローストーン国立公園 4 (グランド・プリズマティック・スプリング)リンク イエローストーン国立公園 5 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン景観)リンク イエローストーン国立公園 6 (アッパー・ガイザー・ベイスン)リンク イエローストーン国立公園 7 (ガイザー・ヒル)リンク イエローストーン国立公園 8 (ビーハイブ・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 9 (グランド・ガイザー近辺)リンク イエローストーン国立公園 10 (ジャイアント・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 11 (グロット・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 12 (モーニング・グローリー・ブール) リンク イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖)リンク イエローストーン国立公園 14 (ヘイデンバレーとマッドボルケーノ)リンク イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め)リンク イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)リンク イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)リンク イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)リンク イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)リンク イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)リンク イエローストーン グリズリー・ベア(Grizzly bear)イエローストーンは間を開けながら最終的に20までです。他、アメリカの国立公園リンク グランド・ティートン国立公園 1 (シェーンの世界)リンク グランド・ティートン国立公園 2 (スネーク・リバー)リンク グランド・ティートン国立公園 3 (スネーク・リバー・オーバールック)リンク グランド・ティートン国立公園 4 (ジャクソン・レイク界隈)リンク グランド・ティートン国立公園 5 (ジェニー・レイク)リンク グランド・ティートン国立公園 6 (ヒドゥンフォール)リンク グランド・ティートン国立公園 7 (インスピレーション・ポイント)リンク グランド・ティートン国立公園 8 (シュワバッカー・ポイント)リンク ジャクソンホール(Jackson Hole)の幌馬車 1リンク ジャクソンホールの幌馬車 2 (インディアン強制移住法)
2010年06月29日
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今回でグランドティートン国立公園は終わりです。最後に綺麗なティートン連峰の写真で締めくくりですグランド・ティートン国立公園 8 (シュワバッカー・ポイント)グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)シュワバッカー・ポイント(Schwabacher Point)とコルターベイ・マリーナジャクソンの街の少し北、公園南にあたるムース・ジャクション近くからのスネーク・バーや池越しのティートン連山の朝焼けの美しさを見に行くツアーです。早起きしてシュワバッカー・ポイントで見るテイートン連山・・・池越しのテイートンと朝焼けここはロウワー・シュワバッカーと呼ばれるポイント。鏡面に映る逆さティートン連山を撮影するのが目的水面の像は水草で少しくずれてしまいました。この日の天気は、実は微妙。もっと綺麗に撮れる日もあるはず・・残念アメリカバイソン(Bison bison)・・別名アメリカヤギュウ早朝から午前中の国立公園は、動物観察に適した時間帯です。エルクやアメリカバイソンなどは結構良く見かけますが、バイソンの説明はイエローストーンの方で紹介。ジャクソンレイクの湖畔、コルターベイマリーナからのティートン連峰どこから見ても美しいティートン連峰です。ここではマス釣り等の魚釣りも楽しめるそうです。テイートン連峰の自然に触れながらのアクティヴさがここの魅力のようです。次回イエローストーン国立公園です。リンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)グランド・ティートン国立公園 Back numberリンク グランド・ティートン国立公園 1 (シェーンの世界)リンク グランド・ティートン国立公園 2 (スネーク・リバー)リンク グランド・ティートン国立公園 3 (スネーク・リバー・オーバールック)リンク グランド・ティートン国立公園 4 (ジャクソン・レイク界隈)リンク グランド・ティートン国立公園 5 (ジェニー・レイク)リンク グランド・ティートン国立公園 6 (ヒドゥンフォール)リンク グランド・ティートン国立公園 7 (インスピレーション・ポイント)グランド・ティートン国立公園 8 (シュワバッカー・ポイント)
2010年06月28日
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Break Time (一休み)今が旬の映像があるので差し込みです場所はアメリカではなく、ほぼオーストリアとハンガリーの国境に位置する世界遺産の街からのトピックスです。ルスト(Rust)のコウノトリの巣ルスト(Rust)はオーストリアのブルゲンラント州の古都で、それ自体が世界遺産の中にも組み込まれた街です。この街、実はコウノトリが子育てする街として有名な街なのです。ちょうど今の時期、彼らは子育ての為にルストに滞在しています。タイムリーな写真です。ルストの街、マルクト広場ルストの街の煙突には巣がたいてい載っている?ルストの目抜き通り4月頃にコウノトリはここで巣作りして卵を産み、子育をする。そして8月中旬には南アフリカへと子供共々巣立つようです。渡りの図・・上が欧州まさに揺りカゴですね。巣は、煙突の上に人的に巣が作りやすいように台がしつらえられています。巣の素材やエサは近くのノイジィードラー湖から調達しているようです。ノイジィードラー湖このノイジィードラー湖はコウノトリだけでなく、約280種の鳥類が生息し、その環境と共に世界的に重要な生態系を形成している湖です。ウィーンの南約50kmに位置し、長さ36km、幅7~15kmのステップ湖は、湖上に国境線がひかれ、ハンガリーとオーストリアに分けられています。その為ハンガリー側とオーストリア側の湖を合わせて「フェルテー湖/ノイジィードラー湖の文化的景観」として2001年に世界文化遺産に登録されています。湖は、この時期葦が生い茂って湖面が見えない状態。実は古来より何度も湖水が涸れて干上がり周囲に環境被害をもたらしていた消える湖だったそうです。現在人口水路で管理しているようですが、それでも水位変動していると言う。因みにこのあたりはブドウ畑が広がるのどかな田園である。何故か全ての鳥が同じ方向を向いていた。どうも北の方角らしい・なぜ?ルストには1910年頃からアフリカより飛来するようになったと言われますが、どうもコウノトリの巣作りは農業の休耕地の割合が子育てに関係しているらしい。ここではノイジィードラー湖からエサが調達できるので子育てには適した環境であるが、それでも最近は減少傾向のようです。コウノトリ(Stork)シブリー・アールキスト鳥類分類鳥綱 Aves コウノトリ目 Ciconiiformes ・・・2亜目30科1022種。世界中に分布 (チドリ亜目、コウノトリ亜目) コウノトリ亜目 Ciconii (ハヤブサ下目、コウノトリ下目) コウノトリ下目 Ciconiides (カツオドリ小目、コウノトリ小目) コウノトリ小目 Ciconiida (サギ上科、シュモクドリ上科 、フラミンゴ上科 、トキ上科 、 ペリカン上科、ミズナギドリ上科、コウノトリ上科) コウノトリ上科 Ciconioidea (コウノトリ科) コウノトリ科 Ciconiidae (コンドル亜科、コウノトリ亜科) コウノトリ亜科 Ciconiinae※ 余談ですが、フラミンゴやペリカンが近いのは解りますが、近年のDNA分析や系統分析により、コンドル類がコウノトリ類に最も近い種だと解ったそうです。コウノトリは体重4~6kgにもなる非常に大型の水鳥。「コウノトリが赤ちゃんを運んで来る」とか、「コウノトリが住み着いた家には幸福が訪れる」とか・・言い伝えがある・・。それにしてもいろいろな形の煙突があるものです。どこに巣を造るのか? 煙突の好みでもあるのでしょうかね
2010年06月27日
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トレッキングも今回で終わり、次回グランドティートン国立公園のしめをしてからイエローストーン国立公園に行く予定です。グランド・ティートン国立公園 7 (インスピレーション・ポイント)グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)ジェニー・レイク(Jenny Lake)トレイル 2インスピレーション・ポイント (Inspiration Point)ヒドゥンフォール(Hidden Fall)からインスピレーション・ポイントへ進む道は砂利道でかなり歩きづらい。トレイルは滝を越えてから急勾配。水量は豊富・・山間なのに怒濤のように流れ来る水。ジェニー・レイクがだんだん見えて来るここは、ロック・クライミングもてきる岩山。トレッキング(Trekking)山に登る事ではなく、山の中を歩く事が目的のスポーツです。最も日本の場合、登山(climbing)とトレッキング(Trekking)の境があいまいになってきているといいますが・・。日本での近代登山は、(1921年(大正10年)のアイガー東山稜頭頂が発端のようですが、以前の登山家による困難な登山から、今は登山から誰でも挑戦できる健康志向のトレッキングへと推移しているようです。トレッキングは、自然の中で動植物を愛でながらの気安い散歩の延長・・と言うイメージで、年配者や女性の参加率が高くなっているようですが、ある意味、素人の参加で急激に山岳遭難の件数が増えていると言います。気楽なトレッキングとは言え、実際は最低限、それなりの訓練や知識が必要なのだそうです。日本トレッキング協会は安全性の為に「トレッキングマスター検定」なるものを実施して対策しているようです。とは言え、ここのルートは散歩コースに近いトレイルです。道はあるのでガイドもなく、自分でズンズン進むコースです。トレイルは結構危ない感じ。小さくて見えにくいですが、岩壁の上から下を見下ろしている人達を撮った写真です。日本のように安全対策はほとんどないので、崖から落ちないように注意するだけです。インスピレーション・ポイント (Inspiration Point)ティトンの山々を背にジェイニー・レイクを見下ろす景色は絶景看板には「Inspiration Point 7700ft」標高7700フィートは、2346.96m。ジェニー・レークを見下ろす位置で一望できるポイントインスピレーション・ポイントは、実はここだけではなく、その名がついた場所はブライス・キャニオン、イエロー・ストーンなど他にもかなりあります。ただ、単に素晴らしい景色が望める場所? と言うだけではない気がするのですが、パワー・スポットか? 何か? の意味でもあるのかと調べてみましたが、結局わかりませんでした。マイナス・イオンいっぱいのルートでしたつづくリンク グランド・ティートン国立公園 8 (シュワバッカー・ポイント)
2010年06月26日
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グランド・ティートン国立公園 6 (ヒドゥンフォール)グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)ジェニー・レイク(Jenny Lake)トレイルヒドゥンフォール(Hidden Fall)と森林浴セラピージェニーレイクからヒドゥンフォール(Hidden Fall)を経由してカスケードクリークを登り、インスピレーション・ポイント (Inspiration Point)からの眺望を楽しめるトレイル・コースです。湖畔のトレイル船着き場ジェニー・レイクのシャトル船を降りてから軽い登山です。山系からの水はジェニー・レイクに注ぐまず、目指すのは上流のヒドゥンフォール(Hidden Fall)トレイルは完全なる森林浴ロードです。森林浴セラピー森林浴はストレスからの癒し効果があり、最近では生理学的にも解明されつつあります。「森林浴セラピー」と言うフィットネスでの運動メニューにも入れられているようです。欧州諸国では早くから、医療的保養の一つに森林セラピーが取り入れられていて、国で取り組み方は様々ですが「健康トレイル」なる認定されたコースが何ヶ所もあるようです。クナイプ療法人間の身体に本来備わっている自然治癒力を高める為の自然療法によるセラピーが「クナイプ療法」です。ドイツのセバスチャン・クナイプ神父(1821年~1897年)によって、自身の闘病経験から研究を始めて提唱された療法だそうです。彼はドナウ川の冷たい水の中で短時間水浴することにより結核を自ら治癒させたと言われています。この考えに沿った療法による保養地がドイツでは国内に60数ヵ所あるそうで、それらはクナイプ医師連盟が調査・設計を行った森林散策コースなのだそうです。保険も適用されると言うのが森林浴セラピーの先進国たる所です。フィトンチッド(phytoncide)樹木などから発散される殺菌力のある揮発性の化学物質で、森林浴効果の科学的説明の一つとされる物質だそうです。前述のクナイプ神父の名言です。水は、健康な人にとって自分の健康と活力を維持するためのすばらしい薬であり、病気の時は、最も使用しやすく安全な、最良の治療薬だ・・と言われています。ヒドゥンフォール(Hidden Fall)ヒドゥンフォール(Hidden Fall)次回インスピレーション・ポイント (Inspiration Point)リンク グランド・ティートン国立公園 7 (インスピレーション・ポイント)
2010年06月24日
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Break Time (一休み)今日も昼からお出かけだったので、グランドティートンのトレッキングは本日もお休みです。実はとても楽しい所に行ってきたのです夕方雨が止んだので撮影出来たのですが、雨風で傘が壊れそうな中の探検でした合羽橋道具街通り道具街の起源は、1912年(大正元年)頃。ここは東京の下町風情の残る合羽橋商店街です。写真は台東区、合羽橋道具街通りから撮影で、浅草側の路地の一つです。見えるのは話題の電波塔、東京スカイツリー。(この界隈ではどこでも良く見えましたが、東京スカイツリーの場所は墨田区なのです。)今時めずらしくなった電柱と電線が交錯しています。(雨上がりの夕刻なので写真も微妙ですが・・。)食に関する道具の専門問屋街が合羽橋です。食器、調理器具、調理備品、食品サンプル、のれん看板、調理衣装など飲食店を経営したい人の店舗素材の調達場所です。何でも揃う品揃えで、面白い品がいろいろありました合羽橋道具街通り・・・先が浅草通りいたって普通の通りです。ここが合羽橋なの? と言う印象です。合羽橋商店街は浅草通りの菊屋橋の交差点から言門通り(ことといどおり)までの大通りを南北軸にして東側が西浅草で西側が松が谷になっています。電車の場合、最寄りは銀座線の田原町ですが、浅草まで歩ける距離です。通り沿いにかっぱ河太郎がまつられています。2003年、道具街誕生90周年のモニュメントのようです。商売繁盛とか・・。さて、メインはこれから・・お土産は食品サンプルです。食品サンプル日本特有の食品見本の細工物です。昔は蝋細工だったようですが、今は塩化ビニール材で感触にも柔軟性が見られます。サンプルは思いの外、値段がお高いので、最初はこんな物しか買えない・・と思っていました。後々考えると、良い品はあったけど、かなりこの店は高かったのです。品揃えは最高でしたし、マグロの大トロは超素晴らしかったのですが・・。店には寿司屋? のおじさんが買いに来ていて、リアルサイズは「本物より高い!」と言ってました。(商売人には業者価格があるのだと思いますが・・。)同種の店はたくさんありますが、浅草通り界隈の店は全般に高いようです。見比べて買うと良いですよお買い得品を発見・・・・・バナナ・クレープ・キャラメル添えです。これがなんと1000円他の店では3000円はするぞ・・。(皿は自前です)エビスの黒ビール、本物グラス付きこれはオーダーが流れたいわく品らしいです。これも上と同じ店で1000円。他の店では4000円以上すると思う。さて、下の超お買い得品。寿司パックで売られていて、家で並べ替えたサンプルです。寿司は、やはり外人受け一番の品だそうです。(ハワイの甥にギフトする予定です。)本物が2つ紛れていますこのお買い得の店先には80cmくらいある巨大エビの握りが横たわっています。そして表看板には軽車両くらいあるカブトムシが貼り付いています。この商店街は屋根があちこち途切れているので雨はとても辛いのですが、楽しかったですよ。
2010年06月23日
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夜外出から戻ってパソコンを立ち上げたら何やら動作がおかしくなっていましたもしかしてウイルスか?・・・あれこれ操作してたらどんどん酷くなり、復元操作してもうまく動作せずあきらめかけてたら・・・閃いたどうやら無線のマウスが壊れたらしい。あんな壊れ方をするのか? いささか疑問ではあるけれど、有線に変えたらとりあえず復帰。でも今日は疲れましたこんな時に急場をしのぐ写真と言えば、2009年10月20日「予告編 ????大陸」で紹介したネガから起こした南極写真からです前回を「Part 1」として今回を「南極大陸 Part 2」にしておきます。南極大陸 Part 2ペンギン見学にゾデアックに乗り込む観光客。ボートは少ないので3交替くらいで島に向かいます。人間を見ることも滅多に無いだろうし、まして人間の恐ろしさを知らないので、全然逃げないペンギン達。思えばあれから一度もやってませんでした。中身も全然やってないのですが、残念ながら今回も疲れて写真のみです。
2010年06月22日
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ぶっちゃけ、あまり紹介された本や資料がないので困っています。どこも同じ事しか書いてないし、ここの資料もなぜか保存されていないし・・グランド・ティートン国立公園 5 (ジェニー・レイク)グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)ジェニー・レイク(Jenny Lake)グランド・ティートン(Grand Teton)とオーエン山(Mt Owen)に近いジェニー・レイク(Jenny Lake)は ジャクソン・レイクに比べると かなり小さな湖です。ここではトレッキングやカヌーも楽しめます。湖を一周するトレール(山道)や対岸に渡ったトレールには滝や、インスピレーション・ポイントと呼ばれる絶景の場所があります。グランドティートン国立公園は大自然の中で、いろいろなアクティビティーが楽しめる公園です。(ラフティング、カヌー、フライ・フィッシング、トレッキング、乗馬、馬車、ロッククライミング)エルク、バッファロー、プロングホーン、熊、白頭鷲、コヨーテなどのいろいろな野生動物も生息しています。湖を一周するトレール(山道)湖の対岸へ渡るボート乗り場はサウス・ビジターセンターのある湖畔からシャトル・ボートは対岸まで15分ボート乗り場反対側から国立公園に指定されるまで前回ダムの紹介をした時に、「個人の観光牧場も存在して商売を認めている国立公園はとても珍しい。」と書きましたが、実はここが国立公園になるまでには地元の農場経営者、牧畜経営者の反対があり、土地の確保さえもかなり困難な状態だったそうです。アメリカの石油王で大富豪のロックフェラーの名は世界中に知れていますが、一族の一人ジョン・ロックフェラー2世(1874年~1960年)は、文化事業や自然環境やその保護に力を入れた事で特にその功績があげられる人物です。彼は広大な土地を購入しては寄贈してアメリカの国立公園や国定公園の制定に力を入れたと言われ、グランド・ティートン、アカディア、グレート・スモーキー、ヨセミテ、シェナンドアなどの公園は彼の貢献があったと言われています。グランド・ティートンの買収に当たっては、「Snake River Land Company」を設立して匿名で土地を買い集めて行ったようですが1929年に一部国立公園に指定されたものの、さらに公園が拡大すると不利益になる住民がいた為、彼らの反対のロビー活動はかなりすさまじく、長らくロックフェラーの土地の寄贈も拒否されていたようです。妥協案が出せたのは観光収入が増加して地域住民の態度が変化たからだそうで、それ故に他と異なる特殊な国立公園となっているようです。インスピレーション・ポイント (Inspiration Point) へのトレイルが始まる船着き場つづくリンク グランド・ティートン国立公園 6 (ヒドゥンフォール)
2010年06月21日
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グランド・ティートン国立公園 4 (ジャクソン・レイク界隈)グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)ジャクソン・レイク(Jackson Lake)界隈ジャクソン・レイクロッジ(Jackson Lake Lodge)からの眺望ジャクソンレイクロッジは公園内にある高級? 3つ星クラス? のホテル。宿泊はお奨め、もしくはレストランだけでも来てみては?モレーンの水はけの問題で湖の周りは湿原化してるのかな・・・。グランドティートンは南北に長い国立公園で、西側には南北にティートン山脈(Teaton Range)が連なり、北はイエローストーン国立公園、南はジャクソンの街に挟まれています。中央 Mt Moran(標高3842) 右 Bivouac Peakこの写真の左が次の写真中央左の尖った高い山が Grand Teton(標高4197m)一年中氷河で覆われたティートン山脈は典型的な氷河地形をしており、氷河侵食によってできたU字谷、(カール・Kar)やその堆積物、モレーン(moraine)によって形成されています。山脈の麓にはモレーンで囲われたドャクソン湖、リー湖、ストリング湖、ジェニー湖、ブラッドレー湖、タガート湖、フェルプス湖と他にまだ未開の湖とが連なり、中でも公園の北東に位置したジャクソン・レイクはティートン最大の湖です。大きな氷河が溶けて、ジャクソン・ホールの北に後退して取りされたモレーンによって囲まれた ジャクソン湖は、広さ103.4 km2、最大深度134m。 また、100以上の高山と未開拓の湖がある。左の山がMt St Jhon で次の写真の山国立公園内のダムところでジャクソン湖には国立公園なのに何故かダムがあります。(ダムの堰から流れる川がスネーク・リバーです。)この公園内にはダムばかりか空港や個人の所有地も存在しています。通常アメリカの国立公園は全て国有地が原則ですが、グランドティートンが国立公園に指定されたのが1929年。それ以前にこの地の開発が進み、国が強制的に土地の売買を強要する事ができなかったからのようです。しかもダムは1916年農業用水の確保の為に国ではなく、アイダホの農家が出資して建設したものなので、彼らが永久的な権利を持っているそうです。先住民の居住区なら例はありますが、個人の観光牧場も存在して商売を認めている国立公園はとても珍しいそうです。グランドティートンが国立公園の敷地の0.4%がまだ個人の私有地だそうです。真ん中のへこんだ岩山は、右がRockchuck Peakで左が Mt St Jhon モレーンが堆積しているせいで、平の大地に山が乗っているようです。これからトレッキングです。ジエニーレイク・ヴィジターセンターつづくリンク グランド・ティートン国立公園 5 (ジェニー・レイク)
2010年06月20日
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グランド・ティートン国立公園 3 (スネーク・リバー・オーバールック)ロッキー山脈(Rocky Mountains)の国立公園ワイオミング州グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)スネーク・リバー (Snake River)とビューポイントスネーク・リバー川下りから続き1800年代開拓者の最前線(フロンティア)はどんどん西へ当時大部分の人の職業は農業だったそうです。すでに南部は黒人奴隷を使った大規模プランテーションが始まっていて、そこに入る余地はなく資本のない人達は開拓して土地を手に入れるしかなく、西に向かったそうです。そこで、川は当時の安全で有効な交通路だったので彼らは川を遡上して西に向かっています。ミシシッピー川のセントルイスの街は西部開拓者のゲート・ウェイとして栄えた街です。前回紹介したようにミシシッツピー川、ミズーリ川、イエローストーン川を伝ってこのあたりまで来たフロンティアが西部開拓の時代に開拓した土地のようです。フロンティアは、1マイル平方の土地に2~6人の人口密度の土地を指しているので、およそ1600m²に1家族が住んでいる計算になるそうです。隣が見えないくらい遠い・・・うらやましい話ですね動物を探しながら川下り川下りを終えて、ティートン連峰をバックに何ヶ所かの川越しのビューポイントを巡ります。スネーク・リバー・オーバールック(Snake River Overlook)ジャクソンホール・ハイウエイをさらに北上すると、アメリカの写真家アンセル・アダムスの撮影で有名な絶景ポイントに到着。彼は、このポイントでThe 1942年に「The Tetons -Snake River」のモノクロ写真を発表。ウキペディアよりアメリカ合衆国政府がパブリック・ドメインにて公開している写真です。アンセル・アダムスの作品とは全然構図も違っていましたアンセル・アダムス(Ansel Easton Adams II,)(1902年~1984年)アメリカの大自然を撮り続けた写真家で、特にヨセミテ渓谷やカリフォルニアの風景を撮影したモノクロの写真作品で20世紀アメリカを代表する写真家です。絵画ではないけれど、絵画的な構図・・でも写真ならではの技術を駆使して自然の姿を内面からドラマティックに表現。写真であって、ただの写真ではない彼にしか撮れない芸術性の高い写真として評価。1980年にはアメリカでは文民最高の賞である大統領自由勲章を受章しているそうです。「被写体が何か訴えている・・・写真が語る・・」そんな写真を撮る写真家のようです。オックスボウベント(Oxbow Bend)ビュー・ポイントとしての立ち寄り所Mt Moran が正面に。グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)の看板ジャクソン・レイク(Jackson Lake)と右からMt Moran 、Mt Woodring 、Mt St John 、Mt Owenレイクから続くリンク グランド・ティートン国立公園 4 (ジャクソン・レイク界隈)
2010年06月19日
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グランド・ティートン国立公園 2 (スネーク・リバー)グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)スネーク・リバー (Snake River) アンテロープ・フラッツ・ロード (Antelope Flats Road)からシュワバッカー・ロード(Schwabacher Road)へ・・そしてスネーク・リバーへグランドティートン国立公園地図アメリカ西部5州の観光局が出しているMAPから借りました。参考です。スネーク・リバー (Snake River) グランドティートン国立公園の北にあるイエローストーン国立公園からの水脈が、ジャクソン・レイクを通ってスネーク・リバーとなっています。大型のゴムボートの乗船者は8~10名ほど。今回はスネーク・リバーの川下りをしながらティートン連邦の絶景を眺めるツアーです。スネーク・リバーは全長1670km。イエローストーン国立公園からの水脈は、やがてはコロンビア川(Columbia River)にそそぐのです。スネーク川はコロンビア川の中でも最大の支流なのです。イエロー・ストーン川(Yellowstone )ところでイエローストーン国立公園からの水脈にはイエロー・ストーン川もあります。イエロー・ストーン川はやがてミズーリ川に注ぎ、セントルイスの北でミシシッピ川に合流するのです。ミズーリ川(Missouri River)はミシシッピ川(Mississippi River)の最大の支流でもあるので、元をたどるるとミシシッピ川の水系もロッキー山系から来ているのです。大自然を感じる川下り・・・日本の川下りとはやっぱり違う形は白鳥にも似ているけど種類は解らない・・・。グランドティートン国立公園つづくリンク グランド・ティートン国立公園 3 (スネーク・リバー・オーバールック)
2010年06月17日
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私のファースト・コンピューターはマック(Macintosh)です。株式のデイ・トレのソフトが無かった為にウインドウズに移行してしまいましたが、マック(Macintosh)(Apple)は最高の友でした。ウィンドウズと違って何だか意志のようなものを感じるコンピューターだったのです。たぶんそれはスティーブン・ジョプスの遊び心がつまっていたからなのかも知れない・・。若干気分屋であったが・・。思えばマックは最初の起動時からマシンに名前をつける所から始まっている。親密感とか友達感はそこにもあったのかもしれない。私の最初のマックはSonnyのトリニトロンのモニターを使っていたのでトロンと名前を付けていた。トロンちゃんはメモリーが微少だったので年中爆弾が現れてはフリーズして泣かされた。だから想いも深く、バージョン・アップしてトロンちゃんを手放す時はとても悲しかったのだ。彼女は友人の家に引き取られたのである。嫁に出した気分だった・・ ワイオミングの動物(エルクとプレーリードック)アメリカ、ワイオミング(Wyoming)州アメリカアカシカ(エルク)とプレーリードック(Prairie dog)国立公園にはもちろんたくさんの動物たちも生息しています。ここでは動物も保護されているのでのんきな・・・無防備な・・・気がします。アメリカアカシカ・(エルク・elk)・ワビチ北アメリカ大陸から東北アジアにかけて生息する大型のシカ。目 ウシ目亜目 ウシ亜目科 シカ科属 シカ属種 アメリカアカシカ本来大型のヘラジカをヨーロッパ人はエルク(elk)と呼びアメリカではムース(moose)と呼ぶそうです。ヨーロッパ人が勘違いしてアメリカアカシカをエルクと呼んだ事からその名が北米では定着したそうですが、インディアンはワービティ(白い尻)と呼んだ事からワピチ(ワピティ)とも呼ばれるようです。エルクの角エルクは雄のみが角を持ち、角は毎年春に生えて冬の終わりに抜け落ちるのだそうです。また角の分岐が多いほど年齢を重ねた雄のようです。写真のエルクはかなりのお年?シカの中ではヘラジカについで2番目に体が大きい種。角は中心に骨があり、伸びている期間はベルベットと呼ばれる層で保護されているそうです。草や樹木の葉・樹皮を食べる草食動物です。寿命は自然状態で15年。ウシ目なのでウシの病気が発生しやすく、このあたりではアメリカバイソンからの感染でブルセラ症の危険があるそうです。人獣共通感染であるのでむやみに近づかない方が良いようです。ジャクソンホール(Jackson Hole)のゲートを前々回紹介しましたが。ジャクソンホール(Jackson Hole)の街の公園にはエルクの角でてきた4つのゲートがあります。ジャクソンホールはもともと谷です。そしてこの谷には冬になると牧草を求めてアカシカの群れがやって来るのだそうです。もちろん近辺にはアカシカの国立保護区も設定。冬にはソリとかで遊べるらしい・・。このゲートは殺して搾取したものではなく、抜け落ちた角を集めて造ったようですね。プレーリードック(Prairie dog)アメリカ原産。外敵が近づくとイヌのような鳴声で「キャンキャン」吠える事から草原のイヌ(プレーリードック)と名がついたそうです。目 ネズミ目(齧歯目)亜目 リス亜目科 リス科亜科 リス亜科族 マーモット族属 プレーリードック前回紹介したアンテロープ・フラッツ・ロード (Antelope Flats Road) の草原。そこの草むらにいました。体長30-40cm。北米の草原地帯(プレーリー)に穴を掘って巣穴を造って群れで生活。ライフスタイルは一夫多妻制。口と口でキスをしたり、抱き合ったりするらしい。日本では人気ですが、ご当地では巣穴の被害がたくさん出ていて、特に牧草地では骨折事故や畑を荒らす事から害獣になっているらしい。草食で、アルファルファ、イネ科の植物を好むと言うが、本当だ付着した土や虫でミネラル補給も補なわれているそうです。耳がついていれぱピーターラビットそっくり・・。ウサギ目にやっぱり近い。ネズミ目とウサギ目はもともとグリレス大目(Glires)から分岐していて門歯が1対か2対かの単歯類(ネズミ目)か重歯類(ウサギ目)で分類されているようです。ウサギと同じ病気を運ぶので2003年3月から日本への輸入は禁止されているそうです。
2010年06月16日
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グランド・ティートン国立公園 1 (シェーンの世界)ロッキー山脈(Rocky Mountains)の国立公園(ワイオミング州)グランドティートン国立公園(Grand Teton national Park)シェーンの世界トランスフィギュレーション礼拝堂(Chapel of Transfiguration)カナダからアメリカにまでまたがるロッキー山脈には、アメリカ側だけでも4つの国立公園と2つの国定公園が存在しています。4つの国立公園と2つの国定公園ロッキーマウンテン国立公園(コロラド州)イエローストーン国立公園(ワイオミング州、モンタナ州、アイダホ州)グランドティートン国立公園(ワイオミング州)グレイシャー国立公園(モンタナ州)フォッシルビュート国定公園ダイナソア国定公園今回はロッキー山脈(Rocky Mountains)の国立公園グランドティートン国立公園からアンテロープ・フラッツ・ロード (Antelope Flats Road) ティートン連峰の眺望標高4197mのグランド・ティートンを中心に 標高3600mを超える12山々が連なって形成。これもロッキー山脈の一部です。シェーン(Shane)の世界「Shane come back !」のフレーズで有名なアメリカの西部劇映画「シェーン(Shane)」(1953年製作)は、年配の方のほうが知っているかもしれません。主演アラン・ラッド扮する流れ者のガンファイター、シェーンがたどり着いたのは開拓時代のワイオミングの大平原。大人の恋と正義の戦い、そして別れが、まだ開拓前の荒野と美しいグランド・ティートンの山を背景に繰り広げられる感動の映画です。私も一度見た記憶がありますがインパクトのある最後のシーンしか覚えていません。(ユーチューブにグランドティートンの景色と最後のシーンが映っていました。)今や完全に開拓されて農場や牧場になっています。映画では山以外は荒れ地でこんなに美しくはなかったような・・・。「ララミー牧場」もワイオミング州・ララミー市郊外の「シャーマン牧場」らしいのですが、ユーチューブの画像が悪くてわかりませんでした。トランスフィギュレーション礼拝堂(Chapel of Transfiguration)看板にはThe Episcopal と付いていたので主教教会のようです。トランスフィギュレーション(Transfiguration)とは変貌、変容の意味があり、実はマタイによる福音書17章、「キリストの変容」に由来しているらしい。マタイによる福音書17章、「キリストの変容17-1.イエスはペトロ、ヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて高い山に登られた。17-2.イエスの姿は彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。17-3.見るとモーセとエリヤが現れイエスと語り合っていた。17-9.一同が山から下りるとき、イエスは「人の子が死者の中から復活するまで、今見た事を誰にも話してはならない。」と弟子達に命じられた。素朴なチャペルの内部きっとこの景色を見てイエスの登山の章が閃いたのでしょう・・・。教会裏庭? 窓から見えるティートン連峰 (Teton Range)は、額縁の中の絵のよう。確かに神聖視できる崇高さを感じるこの山に、モーセとエリヤが降臨するのもうなずけるかも・・。グランド・ティートン国立公園 7 (インスピレーション・ポイント実際、アメリカにある55の国立公園の中でも最も美しいと言われるグランドティートン国立公園の景観はアメリカン・ロッキーの象徴だそうです。つづくリンク グランド・ティートン国立公園 2 (スネーク・リバー)リンク グランド・ティートン国立公園 3 (スネーク・リバー・オーバールック)リンク グランド・ティートン国立公園 4 (ジャクソン・レイク界隈)リンク グランド・ティートン国立公園 5 (ジェニー・レイク)リンク グランド・ティートン国立公園 6 (ヒドゥンフォール) リンク グランド・ティートン国立公園 7 (インスピレーション・ポイント)リンク グランド・ティートン国立公園 8 (シュワバッカー・ポイント)
2010年06月15日
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アメリカ、ワイオミング(Wyoming)州 ジャクソンホール(Jackson Hole)の幌馬車からリンク ジャクソンホール(Jackson Hole)の幌馬車 1ジャクソンホールの幌馬車 2 (インディアン強制移住法)インディアン強制移住法(1830年)・・涙の道グランドティートン国立公園ワイオミング州の位置ウキペディアより前回の幌馬車の続きからグランドティトン国立公園は、イエローストーン国立公園の南に位置し、ここには エルク、ムース、バイソン、プロングホーン、熊、イーグルなどの野生動物の宝庫。そして、アメリカ一美しい山と言われているそうです。カウボーイ風の先導付きインディアンの出演もともとこのあたりは、先住民のシャイアン族やスー族など、多くのインディアン部族が暮らしていた土地。19世紀に他州へと強制移住させられ、現在、連邦政府公認で、保留地(Reservation)を領有しているのは北部アラパホ族と東ショーショーニー族だそうです。インディアン強制移住法(1830年)・・涙の道勝手に、容赦なくアメリカの大地に侵入してきた白人達は、インディアンを無視してまたまた勝手に土地の売買をしていったようです。1763年に最後の植民地戦争が終わった後、先住民の存在を無視して英仏間で土地の譲渡が行われ、1803年には米仏間で譲渡が行われている。1793年には、北西部に住む先住民の代表がフィラデルフィアにワシントン大統領を訪問。「白人との平和共存」を陳情したそうです。以降多数の部族の首長が大統領に陳情したと言われている。3代目のジェフーソンまでは直接話し合いに応じていたらしいが、結果的には政府は何もしなかったどころか、後にインディアン強制移住法までできてしまう。「Trail of Tears(涙の道)」さらに1828年にチェロキー・インディアンの土地の中に金鉱が発見されると、白人が大挙して押し寄せる事態に・・。彼らインディアンは強制的に住んでいた土地を奪われ、追い出され、極寒の中、不毛な西部の土地に逃げる しか無かったようだ。一万数千人いたインディアンの4分の1がその途中で亡くなったと言われる事から「Trail of Tears(涙の道)」と言う言葉が生まれたそうです。インディアン強制移住法そんな頃、7代目アメリカ大統領アンドリュー・ジャクソン(1829年~1837年)の時にインディアン強制移住法が成立。それまで豊かな東南部に住んでいた先住民の部族をミシシッピー川以西のオクラホマに強制移住させる法律が施行された。※ 当事の西は不毛地帯。アメリカは東から西に開けていった。メイフラワー号でアメリカにやってきた清教徒はインディアンの助けを借りてアメリカに生きる道をみつけられたのに後からやってきた白人達は、そもそも彼らを人と思ってもいなかったのだろうか?幌馬車キャラバンの先は夕食を兼ねたショー・タイムアメリカ人は陽気で、いつも人生を楽しんでいる気がします。ウエスタン映画は好きでしたが、先住民インディアンの事を考えるとウエスタン映画の裏にある真実は? と疑いたくなりました。グランドティートン国立公園は「ララミー牧場」や「シェーン」等の映画の舞台として使われた土地だそうですが、白人の造ったウエスタン映画では、善は白人側なので、「本当の史実では悪はどっちだ? 」 と言う話です。なにしろアメリカ映画にはインディアン目線が無いですからね。たぶん今後も無いのでしょう昔の話だし、双方生きる為に戦っていたと言えばそうですが、強い物が勝ち残り、勝ち残った物が正しいのだ・・と言っているような気がしてなりません。それに先住民インディアンの苦悩は今も続いているのです。発展途上国の総称を第3世界と形容しますが、彼らがアメリカの中の第3世界の人達なのです。夜のジャクソン・シティの公園グランドティートン国立公園のゲートウェイであるジャクソンの街にはアメリカアカシカ(エルク)の角でてきた4つのゲートがあります。おわり他国立公園グランド・ティートン国立公園1~8リンク グランド・ティートン国立公園 1 (シェーンの世界)イエローストーン国立公園1~20リンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)
2010年06月14日
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ジャクソンホール(Jackson Hole)の幌馬車 1アメリカ、ワイオミング(Wyoming)州 ジャクソン(Jackson)幌(ホロ)馬車ワイオミング州北西部に位置するジャクソン・タウンを知る人は少ないと思います。街は北側と東側を高い山に囲まれている事から谷のような場所。いつしかジャクソ・ンホール(Jackson Hole)と呼ばれるようになったそうです。このジャクソンホール(Jackson Hole)の近隣には有名な国立公園の、イエローストーンやグランドティトンがあり、その玄関口として、実は全米でも有数の観光地。※ アメリカのスキーリゾート地としても有名らしい。ジャクソンホール(Jackson Hole)は古くから原住民族のインディァン(ネイティブ・アメリカン)が狩猟や祭事を行なっていた谷としても知られているそうです。その為に西部開拓で入植してきた白人達との抗争など暗い歴史もあったようです。今回はこの谷から現在改良されて観光に使われている珍しいものを紹介。幌(ホロ)馬車簡易な荷台に雨風をしのぐホロをつけ、馬にひかせたものがホロ馬車ですが、こちらのは車輪がタイヤになっています。幌付きの馬車は西部開拓の必須アイテムで、古いウエスタンの映画などで見かけますが、ヨーロッパの馬車で見られるものよりだいぶチープです。アメリカでは幌馬車は18世紀後半から19世紀の開拓時代の主に輸送手段。現在のトラックやトレーラーの代わり? いや、軽トラくらいかな? 時にはバスの代わりもしたであろう必需品ですね。下はアリゾナ(Arizona)州ページ(page)の街に飾ってあったホロ馬車後部。※ ページ(page)の街はグレンキャニオンダム (Glen Canyon Dam)の建設でできた街です。辻馬車としてはアメリカにも箱形のきちんとした箱馬車はあったようです。下はジャクソンの街の観光用?車の入れない箇所の観光に使っているらしいです。今回はレストランへの送迎用にお客様が運ばれています。馬車が庶民の交通機関として使われるのは、中世のヨーロッパですが、新世界のアメリカでは前述したように西部開拓史に大きな役割を果たしています。特に天然資源に恵まれた西部では物資の輸送には欠かせないもので、これが(物流)トレーラーのルーツなのかも・・。グランドティートン国立公園内・・・ここは、ロッキー山脈(Rocky Mountains)の一部です。谷の北側にはジャクソン湖 (Jackson Lake) 。(見えてる湖はジャクソ湖か不明・・。)谷の南端には一帯で唯一の正式な都市であるジャクソン市。谷の平均標高は2,000m競馬では気の散りやすい馬の場合ブリンカー(目を覆う馬具)をしますが、馬車をひく馬も、後方や横に気が散らないようする為でしょうか・・プリンカーを付けているようです。因みに下が気になる馬の場合シャドーロールを付けます。車輪がタイヤと言うのが時代ですね。揺れが緩和されるのと、合理性からなのでしょうが・・・。予備のタイヤが微妙ー速度は、時速十数km、悪路では時速6~8kmくらいがせいぜいらしい。観光のキャラバンです。どこに行くかは次回に・・。リンク ジャクソンホールの幌馬車 2 (インディアン強制移住法)
2010年06月13日
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姪の進学説明会に出席して、今の子達は自分達の頃よりいろいろ大変なのだ・・とつくづく実感。進学自体は、子供の数も減少していて、「自己推薦」なんて制度もあるので、選ばなければどこかには必ず入れて、とりあえず卒業する事は昔よりも楽なようです。ただ、就職難の時代ですから、卒業した後に就職出来ずに仕方なく、資格を取りに再び専門学校に行く子も多いといい、最近は、先の就職先をすでに逆算して、学校や学部から選ぶ傾向が高くなってきているのだそうです。私の姪も選択授業取得の関係で、すでに中学時代にある程度職業を決めて授業を選んでいたので、希望の学部の受験資格は確保できましたが、本当に村上龍さんの「13歳のハローワーク」は現実のものになってきている・・と実感です。とは言え、「13歳のハローワーク」の本は職業紹介だけです。子供達は職業の種類を知るだけで、子供のなりたい職業に就く為に今から何をすべきか・・は大人がアドパイスしてあげないと足らないのです。何がしたいか解らない子達には、とりあえず何にでも転がれるようにまんべんなく選択肢を残しておかないと・・年齢が上がる毎に職業の選択肢も減るのですから・・。アメリカ合衆国アリゾナ州グランドキャニオン(Grand Canyon)国立公園サウスリム・イースト、ウオッチタワーサウス・リムとノース・リムグランドキャニオンはコロラド川を隔てて渓谷ができてているので、北の縁をノース・リム(North Rim)、南側をサウス・リム(South Rim)に分けられ、観光客の9割が訪れるのがサウス・リムの方なのだそうです。サウス・リム中心はロッジ、レストラン、キャンプ場等の施設のあるヴィレッジ。リム(縁)に沿って幾つものビュー・ポイントが設けられています。グランドキャニオンのスケールを見るなら幾つものポイントで絶景を見るのが好ましいようです。(今回は天気が悪くテンション低め良い写真を撮るなら余裕がないと駄目ですね。)ノース・リムは、今回入っていませんが・・。標高は南より300m~600m程高くまさしく高原の気候のようです。当然南よりも寒く、冬は積雪が多いので、10月下旬から5月中旬まではアクセスできないのだそうです。サウス・リム・ウエストのホピ・ポイント(Hopi Point)日没ポイントとして外せない場所だそうですが・・・天気が悪くて日没も微妙サウス・リム・イーストのマザー・ポイント翌日も天気が悪くて日の出も微妙サウス・リム・イーストのデザート・ビューとウオッチタワーデザート・ビュー(Desert View Point)イーストの最も端のポイントには、先住民のインディアンの見張り塔が復元されています。ウオッチ・タワー(Watch tower)グランドキャニオンでは多くのインディアンの遺跡が発見されていると言いますが、ウオッチタワーは、そんな先住民の建築様式を模して円柱の見張り塔(Watch tower)を鉄筋とグランドキャニオンの岩を使って1932年に復元して建てられたものだそうです。塔の横に売店も付いています。塔の上は展望台です。先住民の壁画とそれらしい家具があり、本当に使用していたのかと思ってました・・。ウオッチ・タワーの上からのビュー上空からの写真もあると素敵なのですが、こんな場所ですから気流がとても悪いのだそうです。以前上空のセスナ観光がありましたが、墜落して中止になってしまいました。乗っていたのが日本人だったのでさらに義兄の友人だったそうで今回は写真はたくさんあったのに、使える写真がほとんどなくて残念・・また写真が手に入ったら改めて・・・。グランドキャニオンおわり
2010年06月11日
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残念なお知らせです実はグランドキャニオンの写真ですが、天気が悪くて綺麗に撮影できていません。遠くが霞んでいるのですそんなわけで今回は少しがまんして下さい。今回は2回くらいで終わらせて、別の国立公園にさっさ・・と行く事にします。グランドキャニオン 1 (グランドサークル)アメリカ合衆国アリゾナ州グランドキャニオン(Grand Canyon)国立公園例によって地図で所在から入ります。ラスベガスの周りは、大自然の宝庫で、世界的に有名な観光名所が点在しています。グランドサークル(Grand Circle)地球の歩き方よりレイクパウエル中心に半径230kmの圏内に8つの国立公園と16の国定公園、そしてナバホ族とホピ族の広大な居留区が収まっています。上から見るとコロラド高原に亀裂が走ったかのように地が裂けています。コロラド川の浸食作用によってグランドキャニオンは地中深く削られてできた大渓谷です。グランドキャニオン(Grand Canyon)国立公園アリゾナ州の西北を流れるコロラド川沿いにある渓谷です。渓谷は氷河時代の末期から浸食が進み、コロラド高原は現在も少しずつ削られています。全長約450km、幅1.6km~29km、深さ1.6km。この大峡谷の最後は少し前に紹介したモニュメントバレー(Monument Valley)の形になるだろうと予想されているそうです。1979年には世界遺産に登録コロラド高原自体の標高は1500mから3350mと言われていますが、グランドキャニオンあたりでは平均標高2200m。北壁は南壁より260mほど高いようです。グランドキニオン、ビュー・ポイント地図 ↑ You are here地図のポイント右にブライト・エンジェル・ロッジがあります。丸太と石で造られたホテルです。各ツアーの出発地になっている所で、昼食に立ち寄るツアーが多いです。なぜなら・・・実はブライト・エンジエル・ロッジは絶景ポイントにあるからです。岩山の上にあるのがロッジかつてはスペイン領であったこの土地の発見は、コンキスタドールの命を受けて金鉱脈を探していたドン・ロペス・デ・カルデナス(Don Lopes de Cardenas)によって1540年に発見されました。ロッジのやまから左に・・・・。曇っているし、夕刻だし・・残念な天気です。写真を綺麗に撮りたい時は、季節もポイントになるようです。Kolb Stidioビュー・ポイントは何ヶ所かあります。渓谷の下を覗いた景色つづく
2010年06月10日
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車の車種を調べていたら時間をくってしまった結局一台わからなかった・・・。HISTORIC US 66 2 (古き良き50'sと60's)セリグマン(Seligman)、「Route 66」の街映画、ドラマ、CMに使われたルート6650's(フィフティーズ)や60's(シックスティーズ)悲しみの時代 60's~70'sインターステート(州間高速道路) アリゾナ I-40 の途中の街、セリグマン(Seligman)からHistoric Route 66に・・。セリグマンのディルガディーロ兄弟の「ルート66」復活のコンセプトは1950年~1960年代のイメージのようです。ルート66を商標にする看板が沢山ならぶ旧街道です。映画、ドラマ、CMに使われたルート661962年代に日本で放映されていたのがドラマ映画の「ルート 66」。私は見ていませんが、多分それを見ていた人達には思い出の? あこがれの? 作品のようです。シカゴからカリフォルニアのサンタモニカまで結ぶ「ル-ト66」を、二人の若者がスポーツカーで旅する青春スト-リーらしいです。きっとディルガディーロ兄弟がその世代なのかも・・。確かに、最後まで残っていたこの地の人にとって、「ルート66」への思いは、そのまま古き良きアメリカと重なるのかも。音楽では「ルート66」と言うジャズのスタンダード曲があります。1946年にボビー・トゥループが作詞作曲の作品で、歌詞に、沿線各地の地名が登場するそうです。最近の映画ではアニメ映画「Cars」も「ルート 66」を主題にした作品なのだそうです。1966年シポレー・インパラ(Chevrolet Impala)街には50's(フィフティーズ)や60's(シックスティーズ)の懐かしいアメ車やアメリカン・グラフティー(American Graffti)の人形があちこち飾られています。飾り方が何となくアメリカっぽい50's(フィフティーズ)や60's(シックスティーズ)1950年代が50's(フィフティーズ)の時代。文字通り60's(シックスティーズ)は1960年代。オールディーズ(Oldies) 1950年代~1960年代にアメリカやイギリスヒットしたポップ・ミュージックを総じて呼ぶ。元はコンピレーション・アルバムがリリースされて50'sと60'sの音楽がリバイバルされたのが要因で再び脚光を浴びた、「よき時代」の音楽。アメリカン・グラフティー(American Graffti)1973年に公開されたジョージ・ルーカス監督制作の映画で、設定は1960年代。当時の誰もが経験した高校生時代がテーマの青春映画らしい。悲しみの時代 60's~70's50'sと60'sが「Oldies but Goodies(古いけど良い時代・・)」と言うがなぜか?1965年頃からアメリカは北ベトナムとの戦争に本格的に巻き込まれて行く。アメリカに長く暗い影を落としたのがベトナム戦争です。※ ベトナムの共産化を抑止する為にアメリカとフランスは南側に付き、実質、北側に付いたソビエトとの代理戦争です。ジョン・F・ケネディーが大統領に就いてから軍は増強。大量の兵器と大量の兵士(アメリカの若者)がベトナムに送り込まれ、しかも戦争は長期化、泥沼化していく。それは1975年のサイゴン陥落まで続いた。アメリカの正式な参入を1965年頃としても10年の歳月。多くの若者の命が奪われ、後遺症も残った。現地もそうであるが、アメリカ国民が大きな犠牲を払った。この戦争の期間、夫や息子を戦地にとられた家族の悲しみ。楽しい事も直に楽しめなかった暗い60's~70's。アメリカ国民は疲弊しきっていた。ベトナム戦争以前、しかも第2次大戦バブルわいて華やいだ「50'sと60's」。誰もが「あの頃に戻りたい。」古き良き時代であった。と懐古したのもうなずける。皮肉な事に、この悲劇の戦争は、同じアメリカ兵として共に闘い、連帯した事により黒人と白人の兵士達との絆を産んだ。これは少なからず人種間にあった確執を埋めたと言う。雨の日は取り込むのかな?前回ちらっと載せたディルガディーロ兄弟の兄、エンジェル・ディルガディーロさんの理髪店兼ショップ右が入り口も奥が理髪店理髪店内は各国から来た人達の名刺や垣根が貼り付けられて・・・・商売してるの? 状態。どうも、ここも「ルート66」のドラマ撮影に使われたらしいのだ・・・。HISTORIC US 66 おわりBack numberリンク HISTORIC US 66 1次回やっとグランドキャニオンですリンク グランドキャニオン 1 (グランドサークル)
2010年06月09日
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昨日は寝る時間なく1日動いたのでダウンでした。15時間も寝てしまったBreak Time (一休み)HISTORIC US 66 1州間高速道路ガス・ステーション(給油所)ラスベガスからグランドギャニオンまでノン・ストップで4時間30分。給油とトイレ休憩です。ラスベガすからグランド・キャニオンに行く途中、ちょっとノスタルジックな観光名所? がありました。今はもう存在しない「ルート66 (国道66号線)」を偲ぶものです。HISTORIC US 66昔のルート66のコース・・ウキペディアより全長3755km(2347マイル)シカゴからカリフォルニアのサンタモニカまで結んでいた。アメリカ合衆国中西部、南西部の8州を通る「ルート66 (国道66号線)」は1926年に連邦最初の国道として創設され1985年まで59年間アメリカ経済の大動脈として貢献した国道でした。映画、ドラマ、音楽と、アメリカのポップ・カルチャーにも度々取り上げられた「ルート66」はアメリカと言えば、「ルート66」が浮かぶ? くらい知れた名前で、廃線となった後も宗教的に生き続けた道路です。ルート66の廃線1956年、第34代大統領アイゼンハワーの連邦補助高速道路法の調印により州間高速道路が次々配備され、1984年、最後にアリゾナの部分が州間高速道路40号線に置換されて翌年、惜しまれながら国道66号線は完全に消滅。ルート66の復活と言っても歴史的な保存復活ですが・・。ルート66に関係する企業や商品もあり、もちろん地元の大反対もありながらも、時代の流れで廃線になったものの、頑張ったおじさん達がいたそうです。1990年、アリゾナ州とミズーリ州でルート66協会(Route 66 Association)が発足。ディルガディーロ兄弟の兄、エンジェル・ディルガディーロさんアリゾナ州、セリグマン(Seligman)の町はアリゾナのI-40が出来て廃線になったルート66が最後まで残っていた街。ディルガディーロ兄弟が中心になって、Route 66の復活の活動をして国の史跡に指定してもらい街も復活。セリグマンの町はHistoric Route 66の誕生の地に・・。エンジェル・ディルガディーロさんの店つづくリンク HISTORIC US 66 2 (古き良き50'sと60's)
2010年06月08日
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今回でストリップの大型テーマパークホテルの紹介は終わりです。そのつもりで撮影していないのでたいして参考にはならなかったかも知れませんが・・本当にカジノ内の撮影ができないのが残念です。通りすがりにラスベガス 3 (ストリップホテル3)アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスラスベガスの誕生とテーマ・ホテル Part 3ホテル・ミラージュホテル・ベネチアンホテル・TIホテル・ウィンホテル・ミラージュラスベガスで最も収益の多い3大カジノがすでに紹介したMGM、ベラッジオ、そしてミラージュです。(「オーシャンズ11」でジョージ・クルーニが言ってました。)コンセプトは南国ポリネシアのリゾートだそうです。撮影していませんが、ホテルの前にあるラグーンの火山が爆発するショーが見物らしい。でも、たぶん偶然通りがかった人でなければ、わざわざ見に来る人は、ここにはいないと思います。カジノに来た人は、カジノのハシゴはしても、ホテルめぐりする人はいないと思います。何しろどこも巨大ホテルなので、自分のいるホテルだけで一杯一杯ですから・・。入り口中庭です。先に見える建物に入ったとたんにスロットがずらっと並んでいます。外の景色は健康的な明るさで、カジノのイメージとは全く異なる世界です。でも、一度建物内に入ると、どこもスロットがずらっと並んだ薄暗い空間が続いています。外の明かりは無く、どこも夜か昼か区別がつかない・・・ずっと同じ時間の中にいるようで時間の感覚も無くなるのです。夢中になれば、お金が無くなるか、あるいはお腹が空いて絶えられなくなるまで続けるのでしょう。カジノは24時間営業ですから・・。ミラージュの斜め前、ハラーズの隣にベネチアンがありますがここも巨大すぎます。ホテル・ベネチアン見てわかるイタリアのベネチアの街がコンセプトです。外も建物の中も運河とゴンドラが浮かび、中は宮殿のような豪華な造りです。部屋は全室スウィートです。写真はリアルト橋のレプリカです。建物内の運河も半端無く広いです。レストランや高級ショップが並んでいます。ゴンドラはもちろん有料。建物内なので空は時間で暗さが変化。ここは、ブルー・マンのショーをやってました。TIから撮影したベネチアンミラージュの隣で、ベネチアンの斜め前にTI(もとトレジャーアイランド)があります。ホテル・TIリニューアルしてトレジャーアイランドからTI(ティー・アイ)に名前変更。大人のリゾートに変更されたと言います。中を見た感じではアメリカ人好みかも・・。ホテルの前には海賊船があり、無料のショーがあると言いますが、私が行った時は何もやっていませんでした。この海賊船は映画、「デンジャラス・ビューティー 2」のラストでサンドラ・ブロックが友人を助けるために潜ってましたね。ベネチアからTIを撮影ストリップは夜でも女性だけでも出歩ける街でした。歩いている人も少ないけど・・。ただ、想像していたのとは違って街にネオンが少なく、割と薄暗かった・・・。隣のホテルが遠いせいかもしれませんね。ベネチアンの隣のホテル・ウィンまで紹介。ホテル・ウィン一見地味に見えますが・・・、この建物の裏には広大なゴルフ場が併設されています。ミラージュやベラッジオを手掛けたスティーブ・ウィン氏の理想のホテルだそうです。高級ブランド・ショップの入ったアーケードがあり、ルイ・ヴィトンもここに入ってました。ダウンタウン方面ストリップが高級化しすぎた為にリーズナブルなダウン・タウンの方へ来て遊ぶ人達も増えているそうです。さて、ラスベガスのホテルも飽きたと思います。脱ラスベガスですラスベガスおわりBack numberリンク 通りすがりにラスベガス 1 不夜城ラスベガスリンク 通りすがりにラスベガス 2 (ストリップの中心)他リンクリンク HISTORIC US 66 1リンク HISTORIC US 66 2 (古き良き50'sと60's)
2010年06月06日
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通りすがりにラスベガス 2 (ストリップの中心)アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスラスベガスの誕生とテーマ・ホテル Part 2とりあえずストリップの主要ホテルの紹介を続けますストリップのホテルはみんな個性があるので、一軒一軒見学するのも楽しいです。ただ、ストリップのホテルは、一軒が大きいので隣とは言え実はとても遠いのです。しかも、裏口で繋がる・・と言う事はないので、一度正面玄関までもどらなければならず歩くのが大変・・一度に全部回るのは無理でしたストリップ(Strip)のホテルと交通網の地図から下が空港で赤いラインがラスベガス・ストリップ・トロリーの路線で主要ホテルはそのあたりに集中しています。そして、写真の上少し飛び出した所がダウン・タウンです。オレンジがラスベガス・モノレールの路線です。モノレールの活用はほとんどないと思います。路線バスの方がお奨めです。ホテルは昨日の続きから北上して紹介。モンテカルロの前からの撮影です。小さなホテルやショツピング・アーケード、角にはハーレーダビッドゾンがあり、その先に写真に見えているホテルがプラネット・ハリウッド、その隣がホテル・パリスと続いています。このあたりはおそらく近いうちに立て直しが行われるだろう・・場所です。ストリップのホテルは近年立て替えが進んで大型化していますが、取り残されている部分がこのあたりなのです。ハーレーダビッドソン・カフェの看板ハーレーダビッドソン1903年にアメリカ、ウイスコン州ミルウォーキーで誕生したモーター・サイクル・メーカーです。大排気量エンジンの超大型バイクです。ハーレーは、日本陸軍が輸入してサイドカーを中心として軍用車にした事からも日本での人気も根強いようです。ほぼグッズのお土産屋さんでした。Tシャツはベビーから超ビッグサイズまで揃っています。ホテルのロゴ入りTシャツよりも安かった。右からホテル・パリス、ホテル・バリーズ、ホテル・フラミンゴ。ベラッジオの噴水池越しに撮影したホテル・パリス。左の建物だけホテル・バリーズ。ホテル・パリスエッフェル塔に凱旋門と、パリの観光名所がミニチュア・サイズで表現・・丸ごとパリがコンセプトのホテルです。ホテル・バリーズロケーションの良さと部屋の広さが売りとか・・。ホテル・フラミンゴアメリカのギャングでバクジー(Bugsy)こと、ベンジャミン・シーゲルが1946年に建設したカジノ・ホテルです。前回紹介したように、ここは草分け的ホテルで、彼はラスベガスの開発推進者です。長身で役者並みの美貌を持つ彼は非常にオシャレでもあったと言います。彼の夢はハリウッドの洗練された魅力をラスベガスに持ち込むことで、マフィアにお金を借り、まだ戦後の資材不足の中、闇市で資材を調達したりして建設したそうです。ストリップのホテルは、ここを中心に広がって行った? みたいです。写真がなかったのが残念です。中庭にはフラミンゴ等さまざまな動物がいるそうですよ。左がベラッジオ右がシーザース・パレス。ホテル・ベラッジオイタリアの高級リゾートのコモ瑚がコンセプトの豪華ホテルです。ラスベガスで最も収益の多い3大カジノの一つだそうです。映画「オーシャンズ11」でジョージ・クルーニやブラッド・ピット達が狙ったカジノがこのベラッジオの金庫です。撮影しませんでしたが、この道路の向こう、ホテル前には噴水で有名な池があり、映画の最後で、皆が落ち合う場所になっています。映画「花より男子」てでも使われていましたが、ラスベガスの代名詞的な場所かもしれません。ベラッジオの池越しにホテル・シーザース・パレスホテル・シーザース・パレス古代ローマがコンセプトの老舗ホテル。常に改築により進化をしているホテルだそうです。セリーヌ・ディオンのショーはここで行われていました。フラミンゴの2件隣がホテル・ハラーズです。ホテル・ハラーズシーザース・パレスに併設されているカジノ・ホテル。ハラーズの隣は小さなカジノ奥に見えるのがホテル・ベネチアンです。この向かいがミラージュです。つづくリンク 通りすがりにラスベガス 3 (ストリップホテル3)
2010年06月05日
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Break Time (一休み)アメリカ・インディアンのオジブワ族(Ojibwa)に伝わる装飾品にドリームキャッチャーと呼ばれる「日本の護符」のようなものがあります。前々回インディアンの夢の話をしましたが、インディアンにとって夢は信仰の対象にもなる大切なものです。ドリームキャッチャーは悪い夢を捕らえる魔除けとなるものです。今はオジブワ族以外のインディアンにも広まって、それが制作されて売られているようですが、本来はオジブワ族独自の伝統にのっとって作られる彼らに意味のある魔除けだったようです。(1950~1970年代のパン・インディアン運動 (民族のアイデンティティーを軸に連帯を図る運動)の間に他の部族に広まったらしい。)夢を選別それは寝室の頭に近いベットのそばに掛けられ、悪い夢を蜘蛛の巣状に編まれたネットで捕らえて浄化させてしまう機能を持っています。必然的に良い夢だけがキャッチャーに残るので、当人はすがすがしい朝を迎えることができると言うものなのです。言いようによっては「夢をふるいに掛ける」とも言えるかも知れませんが、「悪夢となって入ってくる魔を浄化する」と言った方が考えは近いと思います。本物は柳の枝を曲げて作った輪に鹿の腱をくもの巣状に張りめぐらして作られていたようです。ネットについているのはターコイズ(トルコ石)です。ターコイズはインディアンが好んで使う貴石です。この石も浄化にかかわっているのかもしれません。良い夢は下に降りて羽根を伝わって眠っている者に入り込む・・とか・・。これは本物に近いですが、あくまでお土産品です。残念ながらこのキャッチャーには何のパワーもないようです(一応頭の所につる下げていますが・・)本物のインディアンの作った物にはすさまじいパワーが宿っているのです以前紹介したハワイアンの神様もそうですが、超自然の神様の力はとんでもなく強いのです。(日本の神様とは相性が悪いようですよ。)家には本物のインディアンが作った人形があるのですが、紹介はできません。あまりにパワーがありすぎて、怖くて封印してあります。私、多少、霊感が強いようです海外でもホテルや観光地で怖い思いをしたり、買うのを辞めた物などありますが、自分の意図以外に家にやってくる物に就いている物もあったりして・・。以前ベルリンで買って来たソ連兵の帽子は、枕元に男が立ったり、首を閉めた・・とかでしたが、インディアンの品物の場合、普通の霊よりもっと強い何かがあるようで、昼間でもその部屋に入るのがためらわれた・・ので、丁寧に紙に包んで眠ってもらいました。(まだ家にありますが・・。)ボルテックスはともかく、彼らに宿るインディアン・パワーは本物です。でも、インディアンではない私たちにそのパワーの使い方はきっと解らないと思います。
2010年06月05日
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ちょっと、けったいなタイトルをつけてしまいました実は「ここはどこでしょう ?」クイズで始めようかと思ったのですが、答えが見え見えなのでやめたのですモニュメント・バレーからグランド・キャニオンではちょっと飽きそうな気がしたので中休みみたいなチャプターです。通りすがりにラスベガス 1 不夜城ラスベガスアメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスラスベガスの誕生とテーマ・ホテル Part 1不夜城ラスベガスへストリップ(Strip)のホテル飛行機から撮影周りは本当に荒漠たる大地です。ラスベガスの街はネバダ砂漠の中の盆地にポツンと島のようにある街です。着陸間際の景色で「本当に周りに何も無い・・・。」のを実感。マッカラン国際空港のゲートにはいきなりスロットマシンが出現。光量が強すぎてボケてしまってますが・・。到着時はともかく、帰る時は飛行機に乗り込む直前まであまったお金でプレイできるようになっています。ところで、ラスベガスで、街の写真はあるのに、カジノの写真があまり紹介されていないのに気付きませんか?実はカジノ内は撮影禁止なのです。ラスベガスのホテルは、フロントよりも先にスロットマシンがある所がほとんどです。ですから、ホテルも外観ばかりで中身がなかなか撮影紹介できないのです。スロットマシンは一番安価にできるゲームですが、タイプも色々あります。一回1ドル・・あっと言うまに100ドルくらい20分もしないでなくなります。パチンコと一緒で出やすいゲーム台とか当たりやすいのは確かにあります。私は博才がないのですぐ辞めてあちこちウロウロしてました。その分バック買った方が残るし・・・。当たったお金は生産レシートを出して、お金と交換に行きます。そのレシートで次のゲームも出来ますし、繰り越して保存しておく事もできます。今は昔みたいにコインがジャラジャラ出る・・と言う事はないのです・・・残念ストリップ(Strip)のホテル私たちが知っているラスベガスの街は、ほとんどが空港のあるパラダイスの街です。ほぼ街は空港と隣り合わせにあるので10分とかからずにカジノ・ホテル群まで到着。パラダイス・バードとラスベガス・ブールーバードに挟まれたあたりに派手なホテルがたくさんあり、特にラスベガス・ブールーバード、通称ストリップ(細片)が目抜き通りとなっています。最初に見えるのはホテル・マンダレイ・ベイです。ホテル・マンデレイ・ベイヤシの木が並んだ南国リゾートがコンセプトで、リゾート地のようなビーチ風のプールが特徴。マンデレイ・ベイのすぐ隣にあるのがホテル・ルクソールです。ホテル・ルクソール世界初のピラミッド型したホテルで、見てわかる通りエジプトがコンセプトの不思議空間のテーマ型ホテルです。ラスベガスはカジノの街ですから、どこのホテルもカジノを持っていますが、それだけでなくそれ自体がエンターテイメントとして成立するようなテーマ・パーク型になっている所もたくさんあり、家族みんなで楽しんでもらえるようなホテル作りがされているのも最近の特徴です。写真左にかすかに見えるのがホテル・エクスカリバー。右のビルがニューヨーク・ニューヨークです。不夜城ラスベガスへでも、もともとは1840年代末から起きたカリフォルニアのゴールドラッシュの影響があります。新天地となったカリフォルニアに金鉱脈目当ての山師や開拓者が殺到するとラスベガスもネバダ砂漠の中のオアシスとなる貴重な中継地点として定住者が増えたようです。が、その金鉱ブームも終わる。今度は税収確保の為に積極的にフーバー・ダムを誘致。1931年賭博も合法化し、安い電力を確保して軍事基地や核実験場なども誘致。ホテルが増えるのは第二次世界大戦後。最初にカジノホテルの「フラミンゴ」が建設されて成功すると、マフィアが続々とホテルを建設しはじめたせしい。同時にホテルでは多くのショーも催されてカジノだけでなく、ショーでも有名になっています。(今はマフィアの資本はないといいますが・・。)巨大テーマパーク・ホテルのブームは1980年代末からだそうで、多分昔のイメージとは大分変わっていると思われます。ホテル・ニューヨーク・ニューヨーク1930~40年のマンハッタンの街を再現しているそうです。自由の女神は2分の1サイズのレプリカ。ビルの谷間を縫うジェットコースターは、「マンハッタン・エクスプレス」と言う名称で時速100km以上で走行。残念ながらここは中を見ていません。ニューヨーク・ニューヨークの真向かいにホテル・MGMグランドがあるのですが、残念ながら直近の写真がありません。写真右の奥に見えているのがそうです。ホテル・MGMグランドとにかく巨大すぎて訳のわからない・・方向を見失うホテルです。ガラス張りの巨大な檻があり、そこにライオンが何頭かいて時間で餌付けを魅せてくれます。(子供が多かったかも・・。)中にラスベガス・モノレールの始発駅もありましたが駅にたどり着くのが大変。ニューヨーク・ニューヨークの隣がホテル・モンテカルロです。写真は薄暗くなってからのものを明るくしてみました。ホテル・モンテカルロモナコ公国をコンセプトにしたエレガントなホテル。宿泊料金も割とリーズナブルとか。ホテル・モンテカルロの前はほぼ空き地となっています。・・・・つづくリンク 通りすがりにラスベガス 2 (ストリップの中心)
2010年06月04日
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リンク先追加しましたモニュメントバレー 3 (聖地・・エネルギー・スポット)アメリカ合衆国アリゾナ州、ユタ州モニュメントバレー・ナバホ・トライバル・パーク(Monument Valley Navajo Tribal Park)聖地・・エネルギー・スポット・・ボルテックスよくよく考えるとかなり危険な場所のようです。アメリカ・インディアンインディアンと言っても、米国内にいるいる人だけでも、500あまりの部族が存在するそうで、実は多種多様な民族の集まりなのだそうです。(一口に「インディアン」とくくるのは大きな間違いと言う事です。)彼らファースト・アメリカン(最初にアメリカに来た民族)は最初にどこの部族出身かを聞くと言います。それは彼らにとって民族のアイデンティティー(民族の中にある独自の本質)が何よりも重要視されているからなのでしょう。ナバホ居留区で再現されている昔の彼らの住まい。こんな住居では冬の寒波はかなりこたえたようです。19世紀初頭までは、白人達と対等の位置にいたはずなのに、現在彼らは居留地と言う特別の土地に追いやられています。(良い土地は白人に取られて悪い土地だけが彼らに与えられたのです。ナバホは観光収入が見込めるだけラッキー。)以前も紹介していますが、「インディアン・テリトリー」とか「インディアン自治区」、今は「リザベーション(reservation)」と呼ばれています。ナバホ居留区はアリゾナ、ユタ、ニュー・メキシコの3州にまたがる広大な居留地ですが、居留地は西部の州(ミシシッピー以西)に多く、東部には少ないのだそうです。(東部にいた部族はオクラホマに追いやられたからオクラホマに集中)アーバン・インディアン(Urban Indian)最近は居留区の住民以上いると言われるのが、「アーバン・インディアン」と呼ばれる都会居住者のインディアンです。第二次大戦後、共和党政権が居留地に対する「保護とりやめの打ち切り政策」をした為に、多くの人々が居留地から都会に移住した事によるようで、さらに近年もめぼしい産業もない居留地からの脱出組みが増えているからのようです。(サウスダコタ州にある居留地は、全米一貧しくて、失業率9割と言う。)白人からはあきらかに差別されているのが現状です。紀元前百年頃にはアリゾナ州にも大規模な潅漑農業を営む農耕定着民族が村落を作っていたと言います。インディアン発の食物彼らアメリカ・インディアンの最大の功績は、すぐれた農耕技術による農作物の品種改良だそうです。「新世界発見」以降世界中にもたらされたインディアン発の食物はトウモロコシを筆頭にカカオ、豆類、カボチャ、落花生、馬鈴薯、薩摩芋、メロン、トマト、ズッキーニ、セロリ、チリ・ペッパー、七面鳥、牡蛎、タバコ、ゴム等多数、多岐にわたるそうです。ところで、コロンブスの新世界到着以降、世界人口が突如増えているそうです。それはインディアンらの農作物が欧州にもたらされた事により欧州の食糧事情が良くなった事にも起因しているようです。(食料品種が増えて、飢餓が減ったらしい。)どんどん崩れ去る岩山・・あと数年でここも平原に変るでしょう。彼方に見えるテーブルマウンテンはメサになり、やがてはあのようなビュート(残丘)になって消えて行く・・その過程最後の姿です。「風前の灯火」・・・山、最後の姿は何とも感慨深いものがあります・・。信仰・・グレイト・スピリット(Great spirit)平原部族のインディアンの社会では、人間の力を越えた超自然の中に見えない何者かの意志が存在し、それが自分の運命を支配するものと信じられたそうです。白人の言葉でそれは「グレイト・スピリット」と呼ばれているようですが、ハワイアンの「マナ」と近いような気がします。ハワイアンの「マナ」は、信心の強さやそれを持つ人物の純粋さで性格や効果が変わると言われていますが、インディアンの「グレイト・スピリット」は運不運も含めてその意志を素直に受け入れる謙虚さが求められたようです。夢の探求成人の儀式に相当するのが、「夢の探求」と呼ばれる、いわゆる荒野の苦行があります。前述した超自然の意志から授けてもらうスピリットの一つで、最初の夢の探求では自分の祈りの象徴となるものを授けてもらう為の夢を見に行くのだそうです。そして、夢のお告げはメディシン・マン(巫女)に謎解きしてもらって、それを解明するのだそうです。ボルテックス(エネルギー・スポット)近年は流行しているパワー・スポットはスビリットを受けやすい場所なのでしょう。「ボルテックス」と呼ばれるエネルギースポットは、実際、電磁場の渦がある場所だそうです。(そこをインディアンは感じとる事ができたようです。)同じアリゾナのセドナ(モニュメントバレーより少し南)にはそうしたエネルギースポットが20数カ所あると言われています。安室ちゃんが行った所で、観光でもにわかに人気の場所ですが、ここ、モニュメント・バレーもパワー・スポットが存在するようです。聖なる土地・・と言うのはそう言う意味の場所なのでしょう。角度を変えて見ると神殿の跡か何かの宗教儀式の跡のように見えますね。ここもパワー・スポットかもしれません。前に紹介したアンテロープ・キャニオンの神秘さもそうですが、モニュメントバレーも、その全てがパワースポットのような気さえする興味深い場所です。モニュメントバレー おわりback numberリンク モニュメントバレー 1 (ナバホ・ネイション) リンク モニュメントバレー 2 (バレー・ドライブ)モニュメントバレー 3 (聖地・・エネルギー・スポット)
2010年06月03日
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リンク先追加しました撮影した写真が少ないのも困るけれど、多すぎるのもまた大変なのです。直感で一次審査、二次審査して選択してさらに絞り込むのですが、今回のモニュメントバレーの一次審査だけでも2時間はかかってしまいましたマウスを操作する右肩が気持ち悪くてたまりません・・・・モニュメントバレー 2 (バレー・ドライブ)アメリカ合衆国アリゾナ州、ユタ州モニュメントバレー・ナバホ・トライバル・パーク(Monument Valley Navajo Tribal Park)バレー・ドライブ2億7千万年位前の地層が現われたものが風化、浸食によって形成された岩山は、記念碑(モニュメント)が並んでいるように見える事からモニュメント・バレーと呼ばれるようになったようです。バレー内は全長17マイル(27km)の未舗装道路が敷かれているようですが、風化で崩れて途絶えている道もあるようです。ナバホ族のツアーでは一般車の立ち入り禁止区域も入り、幾つかの、ビュー・ポイントをまわってくれます。(注・・砂ぼこりが酷い)ロッキー山脈から流れる川は、鉄分を大量に含んでいたそうです。それが下流地域に沈泥となって堆積。堆積層は鉄分の酸化が急速に進んでピンクっぽい赤い色の台地になったらしいです。要するに酸化鉄か? 四駆のパワーで、道なき道を走るのってワイルドですね(砂でジャリジャリになるけど・・)それにしても、昔は馬や馬車で、ここをポコポコと走っていたのですから旅も大変だった事でしょう。今はグランドキャニオンからここまで車で3時間くらいで、ラスベガスからの日帰りツアーもあるようですよジョン・ウェインの西部劇の世界が、ほぼそのまま残っています。と言っても私も子供の頃テレビで見た程度の知識ですが・・。ジョン・フォード・ポイントからジョン・フォード(John Ford)(1894年~1973年)1930年代~1960年代でアメリカを代表する映画監督のジョン・フォードは西部劇「駅馬車」を1938年にこのモニュメントバレーで撮影。以来、モニュメント・バレーを好んで映画の撮影で使ったようですが、中でもこのポイントからのビュー(眺め)は特にお気に入りだったそうで、それ故「ジョン・フォード・ポイント」と呼ばれています。冬は寒さが厳しく、夏は猛暑の上、不便なこの土地での撮影は厳しいものだったようです。彼は寒波で苦境にいたナバホの人達をスタッフとして雇い、前回紹介したハリー・グールディング夫妻の「グールディング・ロッジ」を毎回本部とし、度重なる撮影でナバホ族との信頼や絆は深まっていったと言います。ジョン・フォード・ポイントの位置も、見える断崖もかなり削れています。昔はもっと前に出ていた事でしょう。このあたりはナバホ族の同行がないとはいれない地帯です。馬に乗ってジョン・ウェインを真似ているおじさんは、現地ナバホ族の方です。馬に乗ったり、おじさんと一緒に写真を撮る場合は、有料です。以前紹介したアルプスのセントバナード犬をや、エジプトのラクダと同じようにその場所にいてほしい動物がここにもいましたねナバホ・トライバル・パーク内のツアー車です。ここは海抜約1670mくらいの高原。メサ(Mesa)やビュート(残丘)の高さは300mくらい。メサの崩れたものがビュートですがが、この高原はもともとメサの高さまで丘陵があったのでしょう。どんどん崩れて砂になって消えています。下に見えるビュートは、実は奥に連なっています。後方に尾根のように続いています。つづくリンク モニュメントバレー 3 (聖地・・エネルギー・スポット)リンク モニュメントバレー 1 (ナバホ・ネイション)
2010年06月02日
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今回は久しぶりにアメリカ大陸に行こうと思います。昨年9月に「自然アート アンテロープキャニオン」でアメリカ合衆国のアリゾナ州にあるナバホ居留区(ナバホ・ネイション)を紹介していますが、今回もそのナバホ居留区からです。モニュメントバレー 1 (ナバホ・ネイション)アメリカ合衆国アリゾナ州、ユタ州モニュメントバレー・ナバホ・トライバル・パーク(Monument Valley Navajo Tribal Park)以前も(「アンテロープキャニオン 2」)紹介したように、ナバホ居留区は、アメリカ政府が認めた「インディアン」の部族に与えられたリザベーション(保留地)です。リンク 自然アート アンテロープキャニオン 1リンク 自然アート アンテロープ・キャニオン 2 (インディアン居留地)それ故に、モニュメントバレーは、国立公園ではありません。独立国家に近い強い自治権を持つ先住民族のナバホの人々が、管理、運営するナバホの人々の公園なのです。アメリカはやはり広大です。先の景色が霞んでいます。この岩山を越えると見えてくる浸食台地のオブジェ。「グールディング・ロッジ」はハリー・グールディング夫妻がナバホ族からわけてもらった土地に1928年に建てたロッジだそうです。そして夫妻は、映画のロケ地として招致し、世界にこの地を紹介したようです。古くは西部劇ムービーのスター、ジョン・ウェィンの「駅馬車」「黄色いリボン」「荒野の決闘」「アパッチ砦」。マイケル・J・フォックスの「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」ハリソン・フォードの「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」など、象徴的な土地だけにいろいろと使われているようです。「ハリー・グールディング夫妻のTrading Post」はここで撮影された映画のポスターなどが展示。ここで乗ってきた車を降りて、ナバホ族のツアーに乗り込みます。(四駆)彼らでないと、立ち入れない区域があるのです。(彼らの土地なので・・。)境界線のように見えますが、ガード・フェンスのようです。ナバホ居留区での観光ビジネスはナバホの人々の収入源なので、かってに四駆で侵入されないようにしているようです。赤茶けた大地にオブジェのような形をした岩山が、ポツンポツンとまるでそこに置いたかのようにそびえています。ビュート(残丘)・・残り方はさまざま・・・。もとは台地が浸食されて、テーブル状に残ったメサ(Mesa)と呼ばれる台地があり、さらにそれが浸食されてビュート(残丘)と呼ばれる孤立丘を創り出しています。ビュート(残丘)もともとコロラド高原の一部であったこの地は、先カンブリア時代以前に遡る造山運動や時代で異なる堆積層を持ち、加えて周期的に熱帯の海中に水没したりして形成されたようです。簡単に言うと、台地の堆積の地層の質が、かなり異なる為に、浸食されやすい部分と残る部分ができたようです。今にも崩れ去る台地が生々しく見られます。このような特殊な浸食は、差別浸食と呼ばれるようです。土が赤いのは鉄分です。つづくリンク モニュメントバレー 2 (バレー・ドライブ)リンク モニュメントバレー 3 (聖地・・エネルギー・スポット)
2010年06月01日
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