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引き続きラスベガスのブルーバード周辺のホテルの紹介ですが、建物内の写真の無いホテルもあります。とりあえずどんな感じのホテルかを紹介する程度にして、今後行く時の参考にしてもらえれば幸いです。シーザース・パレス(Caesars Palace)ネバダ州(Nevada)ラスベガス(Las Vegas)場所はベラッジオの通り隔てて右隣にあるラスベガスを代表する名門ホテルです。Caesars宮殿ホテルの建設は1962年から始まり創業開始は1966年。当時の客室は680室テーマパークの走り的存在だそうです。現在は宿泊棟5つあり、3350室。向かい側にあるフラミンゴ・ラスベガスやバリーズ、パリスなどと同じハラーズグループ(Harrah's Entertainment 社)の運営になっているようです。ラスベガス・ブルーバード(ストリップ)とフラミンゴ・ロードの交差点から写っているのは全てシーザースパレスのビルです。ブルーバード通り正面入り口・・たぶんジュリアス・シーザー(カエサル)のつもり・・。。シーザーは古代ローマの武将ですが、シーザースパレスは、お客様がシーザーであると言うコンセプトのようです。貴方の宮殿ですよ・・と言う意味らしい・・。高額ギャンブラーをターゲットにした高級大人路線なのか、子供向きのエンターテイメントは無いようで、そう言う意味ではMGMに負けるのかも・・。正面右のコロシアムもどきはシアター劇場ローマのコロシアム風のシアターは、特にセリーヌ・ディオンのショー「A New Day」の為に建設されたとか。このショーは2003年から2007年12月までの超ロングランで、常にチケットはプラチナ化していたと言います。今月23日に双子を出産したセリーヌは、来年2011年3月から再びこのシーザースパレスのシアターで公演を開始。チケットは今年の2月からすでに発売開始されているそうです。セリーヌ・ディオン(Céline Мarie Claudette Dion)映画「タイタニック」主題歌「My Heart Will Go On」を歌ったカナダ出身のシンガーとして有名ですね創業以来いろいろなイベントを手がけていたようですが、新興勢力の前にかなり陰りがあると言います。かつてシーザーズパレスの伝統であったボクシングのヘビー級タイトルマッチの開催も他に奪われたとか。ローマ帝国もここでは地味なようです。古代ローマの宮殿風のホテルは次から次へと継ぎ足しのように増築されたので迷路のようだし、ブルーバードまで遠くホテルを出るのも一苦労。使い勝手は悪いようです。最も広くて解らないのはベネチアやMGMも一緒ですが・・。外も内部も調度品の彫刻があちらこちらに設置されています。ニケの像はギリシャですけどね古代ローマの浴場風のスパがあるそうですがそこまで行って確認はしていません。それは入ってみたいかも・・。シーザーズパレスとミラージの間に隣接するローマ神殿風のショッピング・アーケード「フォーラム・ショップス」は建物が素敵です。(枚数的に写真は載せませんが・・)入居しているテナントは高級ブランド店を中心でショッピングするには高いし買う物も無かった気がしますが、吹き抜けの内部の螺旋のエレベーター(三菱電機製)などは必見です。ショップもかなり大きな建物なので、通りすがりに中を見る程度でもお勧め。全部見るととても疲れますショップの建物の前のネプチューンの噴水も素敵。絶対写真を撮りたくなる。夜は色々なカラーに変化するライトアップが楽しめる。シーザースパレス起死回生? で建築されたようですが、ラスベガスでは雨後のタケノコのようにどんどん新しいショップが出来上がっています。最近ではベラッジオの左隣にできた新しいホテルの所に凄いショップタワーができたようです。ぶっちゃけ街に人が減っているし、どこのカジノもあまり当たりがでないので買い物をしている人もあまり見かけませんが・・。夜のシーザースパレス全景シーザースパレス前からのブルーバード写真左に見切れているのがフラミンゴ。写真中央のエッフェル塔はもちろんパリスです。ホテルつづくこの所やる事が多いのでUPもコメも少なめですが、なるべくがんばります
2010年10月30日
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ラスベガスの綺麗な写真を手に入れたのに「ベラッジオのお化けかぼちゃ」だけで終わるのはもったいない・・。今回はもう少しホテルのディスプレイを紹介してから次回ラスベガスのホテルや街の写真をもう一度紹介しようかと考えています以前はそのつもりで撮影していないので良い写真がなかったし・・・。ホテル・ベラッジオのハロウィーン(Halloween) Part 2ネバダ州(Nevada)ラスベガス(Las Vegas)そういえば「Break Time」ネタでしたね・・・。ラスベガスのストリップ周辺のテーマホテルは平均4000室の部屋数を持つホテルが多いのです。ベラッジオは約4000室。一番多のがMGMグランドで約5050室。つまり10000万人近い宿泊客を収容できる大型ホテルが多いと言うわけです。大型ホテルは設備はいろいろ備えられていますが、問題は部屋まで遠いし、外に出るのも一苦労。そのホテル内だけで移動しないならたいていの用事は済むようですが、ちょっと隣のホテルに行くのに10分以上かかったりします。ベラッジオ(Bellagio)ロビーの天井のガラスの花飾りはとてもきれい。この飾りの先に植物園と呼ばれる温室のガレリアがあります。不景気の影響昨今の不景気で客足は遠のき、さらにカジノで当たりを出ない為になおさら客足は遠のいているそうです。(みんな行き先をマカオにかえているらしい。)その影響は利用客にも影響してきています。スーツケースを運ぶ為にポーターを頼んでも1時間待ちはザラ・・と言います。(自分で運んだ方が早い。)なぜか? 不景気で従業員を減らしているせいらしく人手不足のようです。かつては日本航空のダイレクト便がありましたが、今はサンランシスコかロスアンジェルス経由でないとラスベガスに行けないので、日本人の足も遠のいているようです。白いカボチャは913lbs(pounds)と書いてあるので約414kg。たぶん一番大きい。このカボチャは829lbs(pounds)と書いてあるので約376kg。カボチャ以外のこういう凝ったディスプレイはアメリカならでは。ちょっとネバーエンディングストーリーを思い出す。噴水池の周りの店はお馴染みの高級ブティックばかり。ベラッジオの右隣は道路隔ててシーザース・パレス(Caesars Palace)へは橋でつながっています。左隣には新しいホテルが誕生。そこも高級ショップが入り、売り場面積では世界最大のヴィトン・ショップも入っているそうです。夜のベラッジオ奥がシーザース・パレスで、微かに見えるその隣はミラージュです。(隣が遠い)次回はハロウィーンを離れて普通にラスベガスのストリップ周辺を紹介。
2010年10月27日
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前回の「United Nations 」完成間際に書いていたものがすっとんでしまいましがそのままにしてしまいましたちょっと物足りない感じになってしまったかな・・。Break Time (一休み)さて、今年はハロウィーンのお化けカボチャの写真をゲットです。ホテル・ベラッジオのハロウィーン(Halloween) Part 1ネバダ州(Nevada)ラスベガス(Las Vegas)ハロウィーンのいわれについては昨年の10月に紹介していますし、ラスベガスについても今年6月に「通りすがりにラスベガス」のタイトルで少し紹介しているのであまり書くことはありませんか・・。紹介するのはホテル・ベラッジオとガレリアの飾りのハロウィーン・ディスプレイです。6月、テーマ・ホテルの一つとしてホテル・ベラッジオも写真1枚だけ紹介していました。でも今回はもっと良い写真ですベラッジオ(Bellagio)北イタリアの高級リゾート地、コモ湖畔の街がイメージだそうで、池と言うには広い噴水池の周りはそんなショップで囲まれています。映画「オーシャンズ11」で舞台となった高級カジノ・ホテルで、近隣のホテルの中でグレードAAAのファイブ ダイヤモンド アワードを受賞した高級ホテルです。映画の中では「最もお金の集まるカジノ・ホテルだ・・」と紹介していた気がします。オペラ、クラシック、ポップなどいろいろな音楽に合わせて踊る噴水ショーが見物。ステージは今シルク ドゥ ソレイユの「O」が上演。ラスベガスのホテルはファミリーで楽しめるようにテーマパーク化していますが、ベラッジオは高級路線の大人ホテルです。フロント・ロビー・・ここはいつも全く変わりません。ロビー奥のガレリア(植物園?)は必ず何かのディスプレイで飾られているようです。今はもちろんハロウィーンのディスプレイでメインはお化けカボチャ。この写真はネットで送信してもらったものでほんの2日ほど前の映像です。だから現在のディスプレイです。超巨大カボチャがゴロゴロ・・さすがベラッジオ。本当にとんでもないサイズのお化けカボチャはさすがアメリカ、良く育っている・・・普通の緑のカボチャと比べると異常な大きさです。そもそもカボチャの原産は南北アメリカ大陸だそうで、ハロウィーンのランタンがカボチャに定着したのはアメリカに渡ってからなのでしょう。(元は根菜類だった。)当然これらお化けガボチャは園芸用に品種改良された種類のようで、食べても美味しくないとか・・。(遺伝子操作?)いずれにしても一年生の植物がここまで土からの栄養で大きくなるのが信じられないです。品種はアトランティック・ジャイアントかな?種は普通の大きさかしら? 中を見てみたいです。夜のベラッジオ夜はカジノ本番? いえいえ、ラスベガスのホテルは24時間フル稼働。夜も昼も全くないのです。こんな所で噴水を眺めているのは通りすがりの旅行者だけ。映画「オーシャンズ11」は出演者の豪華さで話題になったシリーズ1の映画です。W主演といえるジョージ・クルーニやブラッド・ピット、それにジュリア・ロバーツ、マッドデイモン、アンディ・ガルシア、アルパチーノなど主役級の豪華メンバーが多数出演している・・と言う意味でも、面白さでも、とてもお得な映画でした。テーマはカジノ強盗で、カジノの金庫潜入に成功した(勝った)メンバーがラストにこの夜の噴水前に集まっていたのです。豪華メンバーシリーズは人気で「オーシャンズ12」、「オーシャンズ13」と続きました。数字は盗みのプロジェクトのメンバーの数をさしています。つまり毎回一人増えているわけです。全部DVD買いました「オーシャンズ14」出ないかな・・。ハロウィーンからはなれちゃった?
2010年10月25日
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パソコン画面のギラギラはもしかしたらLEDライトのせいかもしれない。作業の場所を戻したらそうでもないので・・パソコンとLEDは相性が悪いのかな?さて、しばらく単発ものを・・今回はパレ・デ・ナシオン(Palais des Nations)を紹介。パレ・デ・ナシオン(Palais des Nations)はジュネーブにある国際連合の欧州本部のオフィスビルです。レマン湖畔の国際線列車の発車駅であるコルナヴァン駅の近くには国際連合本部だけでなく、その諸機関の他多くの国際機関が集まっています。ちょうど前回紹介した大噴水の対岸方面にあるのです。国際連合ジュネーブ事務局(United Nations Office at Geneva、UNOG)パレ・デ・ナシオン(Palais des Nations)スイス(Swiss Confederation)・ジュネーブ(Geneva)現在は国際連合のヨーロッパ本部としなっていますが・・。そもそもパレ・デ・ナシオンは、第一次世界大戦後に創設された史上初の国際平和機構(ソシエテ・デ・ナシオン)の本部として建てられたビルのようです。パレ・デ・ナシオン入り口見学予約を入れる必要があります。日により会議で使用している時は駄目なので。ロビーを入ると組織図が。国際連合(United Nations)、略して国連(UN)設立当初からの主目的は、国際的な平和組織としての国際機関です。各国が協力して国際平和の維持に努める他に、経済協力、援助や人権問題など、各国が協力しあって共通の課題に取り組む為の機関です。その内容については細分化されてさらに諸機関に分かれているのです。組織図マップがそのロゴと共に示されています。見かけた事もあるマークが・・。発足秘話戦後の国際的な平和組織として、この「United Nations」の設立に尽力したのは第32代アメリカ大統領(1933年~1945年)のフランクリン・ルーズベルト大統領だったそうです。しかし、大統領は「United Nations」設立の為の国際連合憲章調印、サンフランシスコ会議(1945年6月26日)を待たずしてに(1945年4月)亡くなっています。調印のみならず大戦終結前の非業の死の要因は、脳卒中だといわれています。会議室はいくつかあるようです。意外にシンプルでどこかの学校の教室のようです。安全保障理事会の理事国5つの常任理事国(Permanent members)と10の非常任理事国(Elected members)の計15ヶ国から構成。非常任理事国は任期は2年アジア 2、アフリカ 3、中南米 2、西ヨーロッパなど 2、東ヨーロッパ 1・・の配分で国際連合加盟国の中から総会で選出。(毎年半数を改選)但しアメリカ合衆国(常任理事国)とキリバスは無所扱い。常任理事国(5か国) ・・・「Permanent members」から通称「P5」。アメリカ合衆国 イギリス 中国 フランス ロシア非常任理事国(現在の10か国) ウガンダ オーストリア トルコ 日本 メキシコガボン ナイジェリア ブラジル ボスニア・ヘルツェゴビナ レバノン因みに常任理事国は、第二次世界大戦の戦勝国です。国連の理事国問題の課題は国際情勢が変わっても未だ第二次世界大戦時のままであると言うことです。現在の国連加盟国総数は192カ国。発足当初は51カ国。日本の国連加盟は1956年12月18日。加盟は80番目だそうです。おなじみ国連のマークの入った大会議室。建物は1936年完成。1950年代と1960年代後半に増築。建物は手を広げるようにシンメトリーになっています。レマン湖に面した庭園側。正面がレマン湖で写真右に見切れているのが大噴水です。「壊れた椅子」の彫刻は1997年8月にジュネーヴのパレ・デ・ナシオン前の広場に設置当初は1997年12月までの3か月間だけの予定だったそうです。スイス人、ダニエル・ベルセ(Daniel Berset)の巨大な彫刻作品「壊れた椅子」現在の所有権はハンディキャップ・インターナショナル。ハンディキャップ・インターナショナル(Handicap International)・スイスの共同設立者でディレクター のポール・ヴェルモーレン(Paul Vermeulen)のプロジェクトで、対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約(オタワ条約)に向けてのパフォーマンスだったようです。この条約に署名しない国があった事と、市民の支持によって継続して残されたようです。撮影は2008年の8月なので現在もあるのか不明。高さは12m。4本の脚のうちの1本が欠け折れている。これは地雷やクラスター爆弾への反対を表現した象徴であり、ジュネーヴを訪れる政治家に兵器の存在、破壊力、などを思い起こさせ、戒めさせる願いがこもっているようです。パレ・デ・ナシオンおわり
2010年10月23日
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取り寄せていた本が届いたのですが、私の構想するテーマで紹介するには全然写真が足りない事に気が付きましたと言って日本人にはマイナーな場所ゆえ追加の写真の入手は不可能なのです。設定を変えて部分部分紹介するか悩み中です。あれこれ考えながら、そろそろボジョレーヌーボーの解禁(11月18日)・・と言う新ワインの時期なので、スイスの畑をちょこっと紹介。スイス・レマン湖畔のワイン畑昨年ボルドーを紹介しましたが・・。スイスは気温も低く、傾斜地がほとんどなので畑も限られ、栽培や収穫が全て手作業となり手間がかかる・・。もともとワインの環境には適している土地と言うわけではないようです。(国のほとんどがアルプスだし・・)しかし、「品質を保つ為に国や地方により生産量の上限を決めて生産している。」と言うことで収穫は少ないながらも良質なワイン生産をしているようです。特にここレマン湖畔は良質のワインが出来る産地として有名で、今回紹介するジュネーブ近郊はローザンヌと共に有名な産地なのだそうです。レマン湖畔のブドウ畑レマン湖(Lac Léman)レマン湖は約2/5がフランス、約3/5がスイスとまたがっている淡水湖で、15000年前の氷河が削られて作られてできた氷河湖なのだそうです。面積582 km² 最大水深310mジュネーブは左の下突端。地図のピンクがスイス領で下のベージュがフランス。湖にはフランスからスイスとを結ぶ船も運航しています。英語ではジュネーヴ湖(Lake Geneva)と表記されるそうですが、日本ではフランス式に定着したレマン湖と呼ぶようです。そもそもレマン湖の名のルーツはカエサル(ジュリアス・シーサー)のガリア戦記の中でラテン語でレマンヌス湖(lacus Lemannus)と最初に記されていたからだそうです。英、伊、独ではジュネーブ湖が一般のようです。フランス式で呼ぶのに反発があるのかもしれませんね。湖面のキラキラが反射鏡となって湖畔は暖かいのだそうです。スイスでは他にも湖畔にブドウ畑がよく見られるそうです。先に紹介した湖面が反射する事による熱エネルギーが得られるからのようです。地理的にはジュネーブは3方がフランスに囲まれ、特に近隣にはフランス、サヴォワ地区があるのでワイン的にはサヴォワ・ワインと似た感じのワインだそうです。生き残る為にスイスの生産者は品質にこだわって生産。AOC法は、ジュネーブ州が初めてでスイスの先駆けて1988年に制定。(スイスでは各州単位)畑の様子を見ると確かに整然としていて管理を感じますが、ボルドーそれとは違います。昨年10月から11月にかけてボルドーを紹介しています。「DIARY」の「一覧」から入って「もっと見る」を選択すると過去月の一覧が出るので見てみてね「ボルドー 1 (シャトー・マルゴー) 」「ボルドー 2 (メドックのブドウ畑) 」「ボルドー 3 (サンテミリオン) 」「ボルドー 6 (サンテミリオンの街とワインショップ)」「シャトー・ラフィット・ロートシルトのボトル...」ジュネーブでは25種類以上ものブドウ品種が栽培。特に白では、シャルドネやソーヴィニョン・ブラン。赤ではピノ・ノワー、メルローなど。自国消費がまかないきれないので自国生産の3倍くらいが輸入にたよっているそうです。それも「スイスワインは希少性が高い」と言われる要因のようです。地元のワイナリーの倉庫ジュネーブには3つの地域があるそうです。マンデュモン地域、ローヌ川・アルヴ川地域、アルヴ川・レマン湖地域写真の畑はたぶんアルヴ川・レマン湖地域でしょう。ワイナリーの名前がわかりません樽は一つ一つ絵が描かれていて美しい。・・と言うより全然カビ気がなくて樽もツヤツヤ。こういうのも伝統的なものなのでしょう。おまけレマン湖名物の大噴水(Jet d'Eau)・・・ローヌ川のモンブラン橋の上から撮影風のない時は140mにも達すると言われる夏の風物詩。噴水の起源は、水の送水ポンプの余剰能力で、近隣の工場の職人が休日に水道栓を閉めると起きていた物理現象だったようです。休日も送水ポンプを停止せず、余剰の水を噴水にまわしたのが定着。100年の歴史があるそうです。おわり
2010年10月21日
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ついに古物商の免許を返納してしまいました。かつて個人名で取得していたのですが、今はフリーマーケットなどで素人も簡単に古物の売買ができるので「なくてもいいや・・。」と言うわけです。昔は、古物の売買は主に質屋がおこない、盗難品が流れる可能性が大だったので、その売買する人間もしっかり管理されたのです。取得には公安に履歴書の提出がありました。取得は大変だったのに返納は紙一枚にサインする程度のものでした。あっけない・・。警察から見たらフリーマーケットは違法行為になるのですが、何となく黙認? しているうちに世間の常識になってしまい。今更文句を言えないのでしょう。質屋系統のお店の場合、実際泥棒が盗難品を持ち込み、逮捕。と言うことが結構あるようです。それ故、警察もそこに期待をしているのです。ですから「誰が売りに来たか・・。」の記録はしっかり書き込まなければならないのです。今は質屋より中古の本やビデオ、ゲームソフトを扱う業者が多いようです。サンポール・ドゥ・ヴァンス(St-Paul de Vence) 2鷲の巣のような街とシャガールのお墓フランス(France)引き続き街の縦断から・・。と言っても端から端まで10分程です。街はこじんまりしていますが、建物は重厚な石造りです。日本などの木造建築と異なり、当然耐久力があるのでその姿は基本的にはほぼ昔のまま。街の中央広場? の噴水。 かつては村の水汲み場だったのでしょう。奥は洗濯場? かもしれない。因みに今その上はカフェかレストラン? のようです。坂の途中から見える下界路地の家。今はプチ・ホテルやレストランが多い。写真よりも絵に描いた方が似合う街。いったん城壁の外に城壁の外にある墓地は陽の当たる一等地で眺めも良い。マルク・シャガールのお墓…かなりシンプル。墓碑銘には他に2人の名が・・。マルク・シャガール(Marc Chagall)( 1887年~1985年)作品に現れる彼の愛した故国。それなのになぜここに眠っているのか、かいつまんで紹介。人口の大部分をユダヤ人が占めていた帝政ロシア領ヴィテブスク(現在のベラルーシ)。そこでユダヤ人の子として彼は誕生。20歳の時にサンクトペテルブルクの美術学校に入学していますが、ユダヤ人が住む為には許可証の必要な時代です。いろいろな所で彼は窮屈な思いをしています。1910年にパリに出ていますが1917年には故郷のヴィテブスクに戻り美術学校を創設して校長になっています。しかし、1923年には故郷に見切りをつけ家族で再びパリに上京。(1937年にはフランス国籍を取得。)さて、平穏なフランス生活は、事もあろうに先の世界大戦でナチスのユダヤ人狩りにあい拘束(1941年)されています。この危機はアメリカ総領事によって救われ、そのままアメリカに亡命。1948年故郷でなくフランスに戻り1949年にはパリからヴァンスに移り住んでいます。そして1966年(79歳)ヴァンスから、この地(サンポール・ドゥ・ヴァンス)に居を移したのです。「地中海の景色は私に安らぎを与えてくれる。この大地に強く結びついて、この大地と共に生きていこう。」ここは彼の長いさすらいの果てに見つけた安住の地となったようです。さて、故国を出て50年。彼はロシアの土を踏んだものの故郷ヴィテブスクには行かなかったと言います。戦火で荒らされた街を見たくなかったからだそうです。彼の愛した故郷は追憶の彼方・・彼の絵の中に見られるメルヘンのような街のままであってほしかったからのようです。1985年(97歳)自宅で日没と共に迎えた静かな死だったそうです。家々の石壁には長く重い歴史が染み込んでいる・・と言う感じです。村の防護壁石壁に開けられた縦に細い隙間は中世の銃眼ピカソやモディリアニの滞在していたホテル「ラ・コロンブ・ドール(La Colombe d'Or)」の写真やシャガールの住んでいた家もつきとめられたら、いつかまた紹介します。おわり
2010年10月18日
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パソコンをVAIOに変えてから写真の色目がかなり落ちた気きがします。それに画面がまぶしくて夜が非常に見づらく作業がやりにくいのです実は最近の作業の遅れは目の異常な疲労にもあります。「画面のちらつきが多いのかも・・」とコントロールパネルを開けたらモニターが大きい割に解像度やリフレッシュレートが低い事がわかりました。このパソコン購入は良いこと無しなしの大失敗だったのかも・・と後悔していますボディーのカラーだけはラズベリー色で綺麗だったのですが・・・さて、本編ですが大自然には少し飽きてしまいました。やはり歴史のある国の方が難しいけれど楽しいな・・と思います。次回予定はちょっと難易度が高いので、ただいま資料の本を取り寄せ中です。よって今回も中継ぎのショートです今回は街とお墓をさらっ・・と紹介したいと思います。サンポール・ドゥ・ヴァンス(St-Paul de Vence) 1鷲の巣のような街とシャガールのお墓フランス(France)場所は南フランスでも人気の観光名所となっているサンポール・ドゥ・ヴァンス鷹の巣村・・と言われる中世の香りのする街です。南フランスと言えば印象派以降の画家達がこぞって集まった場所でもあります。特に画家マルク・シャガールは、1966年にヴァンスからサンポール・ドゥ・ヴァンスに移り住み、1985年にその自宅で亡くなりました。だから墓所もここサンポール・ドゥ・ヴァンスにあるのです。サンポール・ドゥ・ヴァンスの街は中世期、岩山の頂に城壁をめぐらせて建設された所が特徴です。欧州の地中海沿岸(コート・ダジュール)はかつてローマ帝国の管轄する港でもありましたが、西ローマ帝国崩壊(476年)後はスペインのようにイスラム勢力に征服こそされませんでしたが、常に侵略の対象となっておびやかされ続けた場所なのです。この地が安定するのは732年。フランク王国のカール大帝(仏ではシャルル・マーニュ)がフランスのポアティエで侵行して来たイスラム軍を破った時です。鷲の巣(Nid d'Aigle)集落コートダジュールにある歴史の古い街や村は、海岸線から近い岩山の山頂にへばりつくように家々が立ち並んでいる・・と言う共通点があります。それは高い木立に作られた鷲の巣のように見える事から鷲の巣(Nid d'Aigle)集落と呼ばれています。イスラムの海賊サン・トロペ(Saint tropez)の街の背後にモール山地が広がっています。実はかつて(西ローマ帝国崩壊後)そこはモール(ムーア人)と呼ばれたイスラム教徒の海賊が砦を築いていて、このあたり一帯を荒らし回っていたのだそうです。今回紹介するサンポール・ドゥ・ヴァンスやエズ(Eze)は、特に地中海を伺える眺望の良い開けた土地の中の高台に街が作られています。海賊への警戒からこのような砦式の街が作られたようです。先ほど紹介したようにそれらは驚異にさらされた476年~732年、その間に強固に作り上げられたと推測できます。街への入り口は左の矢印地点。右のBが墓地のある所です。城塞化されていた名残がたくさん残っている街のゲート入り口には大砲も・・。街への入場は2つのトンネルを越えてこの鷲の巣の街には、マチス、シャガール、ピカソ、コクトーらが訪れてエピソードを残しています。先に紹介したようにシャガールが住み、(家がどこかわかりませんでした)ピカソやモディリアニが宿や食事代の代わりに絵を描いて残した・・と言うホテル&レストランがあります。(写真が無いみたいです)多くの芸術家に愛されたせいか他の観光地と異なってお土産屋よりアート・ショップが多いのも特徴です。シャガールはピカソに対して辛辣な評価をしていたと言いますが、二人は案外中が良かったようです。ここに来るのはシャガールに会うのも目的だったかも・・しれません。ニース(nice)の長距離バスターミナルより、ヴァンス行きで約1時間弱。今回は街の路地で終わってしまいました。つづく
2010年10月15日
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台座の「Lady on Eagle 」は E. PICAULT(1833年~1915年)フランスの彫刻家の作品だそうです。サインは見当たらないと以前書きましたが、よくよく見たら台座ではなく、ブロンズ本体の下方にサインらしきものが刻まれていました。今回は中継ぎ・・・、以前紹介のティファニーシリーズ3つめのランプシェードの紹介です。ティファニーランプ ポピーのランプシェード セレブの愛した装飾ランプ Part 4ティファニーランプ(Tiffany Lamp Shade) ポピー(poppy)ティファニーランプの工作・・・ステンドグラスルイス・コンフォート・ティファニー(Louis Comfort Tiffany)ちょっとおさらいから・・・。ルイス・コンフォート・ティファニー(Louis Comfort Tiffany)(1848年~1933年)ティファニーランプの考案者ルイス・コンフォート・ティファニーはニューヨーク5番街にあるティファニー商会の創設者の長男として生まれたお坊ちゃまでした。彼が父の後を継がず、芸術、特に室内装飾の世界に道を進めたのは、自身の才能もさることながら生まれ持った環境と、さらに父の工房にいた主任銀細工師ムーア親子の影響があった事です。「本物を知るには本物に触れる事」・・これは骨董を扱う人には常識的な事ですが、なかなか本物に触れる事のできない人たちに対して、彼の場合は生まれてから本物しか周りになく、それ故本物の善し悪しが自然に身について育っている事です。その彼がもっと素晴らしい物を世に出そうとした・・・「建築とデザインの結合」その中で生まれた作品の一つが通称「ティファニーランプ」と呼ばれる電気スタンドなのです。ポピー・ケシ・poppyランプの明かりのみランプ台は今回オリジナルではありません。ブロンズ製の台座で「Lady on Eagle 」と言う名がついていたと思います。当時のランプ台の一つは陶器と銀細工の組み合った重厚なもので、今手に入るレベルの品ではありません。おそらくシェードより遙かに高価。部屋が暗いのであまり綺麗に撮影できませんでしたこのランプシェードはティファニースタジオが1906年に115ドルで販売したデザインのシェードです。因みに前回紹介した藤のランプ。ショート丈の台座の場合1906年当時セットで400ドルで販売されていたようです。ポピーのシェードのデザイナーはMr.and Mrs. William Feldstein ,jr 今回も写真のシェードの制作者はもちろん私ですライトを付けると黄色になるバックガラスですが、ライトを付けていない時の淡いブルーが素敵なガラスです。(ブルーとイエローの混じったウロポロス社の大判1枚ガラスを使っています)ルイスはガラスの開発も手がけています。少年の頃よりガラスに興味のあった彼は理想のガラス開発に情熱を注いでいます。それは当時アメリカに輸入されるイギリスやバイエルンのガラスが、実は質が悪かった事、同時に宗教改革後にステンドグラスのガラスの質が落ちたことにもあるようです。プロテスタント系ではバロックと違って着色ガラスやエナメル絵付けのチープなガラスになり(全てではないが)、従来の教会の荘厳なステンドグラスは近年消えつつあったようです。(近年は着色ガラスによるただのガラスのモザイク画に・・)ルイスは、「ガラスの質感やガラスの持つ色味だけでガラス絵画に陰影をもたらしたい」・・・・中世以来の金属酸化物による加工で色ガラスを造り出す事を考えたようです。そんな古式の方法を再考しての独創的な美しいガラスの開発・・。だからティファニーのシェードに使われるガラスは宝石のように美しいのです大判ガラス(60×80cm位)の値段はファッション・リングと同等くらいのお値段になります。幾つ指輪が買えたか・・なんてね・・・今回も付属のネットが必要になっています。これがないとポピーではなくシクラメンに見えてしまいますこれもお値段が結構した? (忘れた)付属品の必要なランプを造る人は少ないです。お金かかるし、面倒だし・・結構半田を乗せるのに気を遣いますから・・。(トンボに比べれば楽勝ですけど・・)例によってシェードの裏側・・ネットの無い世界ネットがないとつまらないでしょ繊細で芸術家で商売に関心の少なかったものの、装飾美術に関心を持ってから、その普及に向けてルイス・コンフォート・ティファニー・アンド・アソシエイテッドアーティスツを設立。アメリカの上流社会の邸宅の装飾や劇場、等、他にホワイトハウスの装飾まで手がける程にデザイナーとしての国際的な名声も得ています。ティファニー商会の幻の宝飾品家督を継ぐがなかったとはいえ1902年にルイスの父チャールズ・ティファニーがなくなった後ルイスはティファニー商会の副社長と美術顧問になっています。父の残した宝石コレクションを使用してティファニーのジュエリーを造る工芸宝飾部門を設立。ダイヤ、エメラルド、ルビーなどを使って宝剣、宝冠、ティアラなど、芸術的高級宝飾品を彼も自ら制作して世に出したそうですが、アートジュエリーとしての域を超えていた為値段も高すぎて1916年にその部門は採算があわずに閉鎖されているそうです。一説には彼が亡くなるまで作品制作は続いた・・といいますが、人気のある宝石を使う・・と言うよりは彼の好む石で非常に独創的な作品をデザインしていたようです。(ティファニー商会の商標で出されているので銘はなく、識別は難しいようです。)何にしても、彼は自分の欲する物しか造りたくなかったのかもしれません。ティファニーのステンドグラスは終わりますが、いつか? パネル物のステンドグラスを紹介します。追記・・・・台座についての質問を頂ました。質問では台座は「ピコー」のレプリカか? との内容。コメント欄に返しましたが、実際私自身が台座のデザインがそんなに有名なデザインとは知ら無かったのです。台座の「Lady on Eagle 」は E. PICAULT(1833年~1915年)フランスの彫刻家の作品だそうです。以前質問いただいた時は気付かなかったのですが、よーく見たらサインらしき文字がブロンズに刻まれていました。当初は大理石の台座しか見ていなかったので気がつきませんでした。シェード・ランプ用に造られているので、もしかしたら台座の会社が契約してデザインを買ったのかもしれません。※ 時代的にはもともとシェード・ランプ用のデザインかもしれない。品物は、輸入カタログから選んで購入した台座です。ブロンズの素晴らしい造りの割には格安であったと記憶しています。back numberリンク ティファニーランプ 蜻蛉シェードリンク ティファニーランプ 藤のランプシェード 1リンク ティファニーランプ 藤のランプシェード 2
2010年10月12日
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イエローストーン国立公園の全リンク先をラストに追加しました。「イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖) 」のところで後回しにしていたウエストサム(West Thumb)の紹介が残っていましたあと一回では本当は苦しかったけど無理に押し込んでしまいました。イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)レイク・カントリー(Lake Country)ウエストサム(West Thumb)イエローストーン湖(Yellowstone Lake)ウエストサム(West Thumb)は上から見ると手のひらの形に見えるイエローストーン湖の西(親指)の位置にある熱水地帯です。「Thumb」はそのまま親指。位置確認の地図・・ズでは写真中央より8時の方向赤いラインはイエローストーンのカルデラの線です。つまり内部はすべて火口と言う事なのでしょう。今回紹介するウエストサム(West Thumb)も内輪のカルデラです。以前紹介したガイザー・カントリー(Geyser Country)のミッドウェイ・ガイザーベイスンをコンパクトにまとめた感じです。(間欠泉ではないですが・・)トレイルは1km程。今回写真にはありませんが、湖の中にもフィッシングコーン(Fishing cone)と言う熱水が湧き出している場所もあります。上は湖側湖側の海岸線はクレーターのような輪郭が確かにあります。地中の割れ目があちこちあり、そこから熱水が出ている。爆発は125000年前に起きたもののまだウエストサムの熱活動は続いている。お湯も熱いし地熱もあると思うが・・。何しに入ってきたのか。アメリカの国立公園は 自然と野生動物の保護には特に力をいれているようですが、こんなに間近に見られるのはイエローストーンだけとか・・。同じ場所でも温泉はすべて顔が違う。個性ある温泉ばかりです。湖べりの熱水の沼逆光ですが・・向こうは湖なかなか見応えのある国立公園でした。登録写真275枚、イエローストーン国立公園おわりイエローストーンは間を開けながら最終的に20まで行きました。Back numberリンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)リンク イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)リンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)リンク イエローストーン国立公園 4 (グランド・プリズマティック・スプリング)リンク イエローストーン国立公園 5 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン景観)リンク イエローストーン国立公園 6 (アッパー・ガイザー・ベイスン)リンク イエローストーン国立公園 7 (ガイザー・ヒル)リンク イエローストーン国立公園 8 (ビーハイブ・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 9 (グランド・ガイザー近辺)リンク イエローストーン国立公園 10 (ジャイアント・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 11 (グロット・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 12 (モーニング・グローリー・ブール) リンク イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖)リンク イエローストーン国立公園 14 (ヘイデンバレーとマッドボルケーノ)リンク イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め)リンク イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)リンク イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)リンク イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)リンク イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス) イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)リンク イエローストーン グリズリー・ベア(Grizzly bear)他、アメリカの国立公園リンク グランド・ティートン国立公園 1 (シェーンの世界)リンク グランド・ティートン国立公園 2 (スネーク・リバー)リンク グランド・ティートン国立公園 3 (スネーク・リバー・オーバールック)リンク グランド・ティートン国立公園 4 (ジャクソン・レイク界隈)リンク グランド・ティートン国立公園 5 (ジェニー・レイク)リンク グランド・ティートン国立公園 6 (ヒドゥンフォール)リンク グランド・ティートン国立公園 7 (インスピレーション・ポイント)リンク グランド・ティートン国立公園 8 (シュワバッカー・ポイント)リンク ジャクソンホール(Jackson Hole)の幌馬車 1リンク ジャクソンホールの幌馬車 2 (インディアン強制移住法)アメリカは他にハワイなども書いています。
2010年10月10日
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イエローストーン国立公園の全リンク先をラストに追加しました。イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)マンモスカントリー(Mommoth Country)マンモスホットスプリングス(Mommoth Hot Springs)ミネルバテラス(Minerva Terrace)遠くに民家が見えます。公園を管理する人達の住まいかも・・。イエローストーンはこれだけ温泉が噴き出していながら日本のように湯治する温泉や欧州のクワハウスのような施設はありません。部分的にもそれなりの温泉施設があってもよさそうなのですが・・・。調べた限りでは自然状態の露天風呂? 湯が沸いた川や池につかれる場所・・と言うのはアメリカ国内にも何カ所かあるようです。ミネルバテラスから近いキャンプ場の先の河原にもそれらしいのがありましたが・・。最も湯が川に流れ出ていて、かってに入浴できる・・と言うシステムです。南極でさえ温泉があり、皆湯につかりに行くのに(水着着用)アメリカは案外そういう所は遅れているのか?先に自然保護をうたって国立公園になってしまったからできないのかもしれませんが・・。因みに以前紹介していますが、温泉を医学にまで発展させてたのがドイツです。今回はテラスマウンテンの下方です。地図の中ほど下。ここは公園の北口から8km程度の場所にあります。前回の写真・・上の地図と同位置。右がテラスマウンテン 地図の場所ではOverlook?テラスマウンテン側壁? 見た感じ焼け焦げた岩・・と言う感じ。テラスマウンテンの前に門番のように立っているリバティキャップ(Liberty Cap)以前は温泉がわき出ていたものが、噴出の堆積物により噴出口がふさがってこのようなコーン型にかたまったもの。完全に石化? 高さは11m程あるようです。リバティキャップのコーンをテラスマウンテン側に見た景色ミネルバテラス(Minerva Terrace)ミネルバテラスに向かうトレイル・・・上はテラスマウンテン 上の写真の左側Devil's Thumb (悪魔の親指) と看板にあります今湯量は少ないようですがかつてはここすべてが棚田のテラスになっていた温泉段丘です。ミネルバ(Minerva)はローマ神話ミネルバから名付けられたのでしょうか? 彼女は知恵と戦争の神にして工芸の神様でもあります。A Living Sculpture(生きた彫刻)と看板が出ているくらいなのでそういうことなのでしょう・・・・たぶん。☆ ミネルバ(Minerva)はギリシャ神話でAthena湯が止まって崩れはじめているかつての石灰の棚田跡トルコと違ってここでは中に人が入れないので、風化による破壊? 石灰のかたまりだからもろいのでしょう。まるで遺跡の跡のようです。マンモスホットスプリングスはおわり次回で残った箇所を入れてイエローストーン・・おわらせます。リンク イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)Back numberリンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)リンク イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)リンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)リンク イエローストーン国立公園 4 (グランド・プリズマティック・スプリング)リンク イエローストーン国立公園 5 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン景観)リンク イエローストーン国立公園 6 (アッパー・ガイザー・ベイスン)リンク イエローストーン国立公園 7 (ガイザー・ヒル)リンク イエローストーン国立公園 8 (ビーハイブ・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 9 (グランド・ガイザー近辺)リンク イエローストーン国立公園 10 (ジャイアント・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 11 (グロット・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 12 (モーニング・グローリー・ブール) リンク イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖)リンク イエローストーン国立公園 14 (ヘイデンバレーとマッドボルケーノ)リンク イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め)リンク イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)リンク イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)リンク イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン) イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)リンク イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)リンク イエローストーン グリズリー・ベア(Grizzly bear)イエローストーンは間を開けながら最終的に20までです。
2010年10月08日
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イエローストーン国立公園の全リンク先をラストに追加しました。イエローストーンの最大の見せ所マンモスホットスプリングスのカルスト地形を引き続き紹介です。アメリカの場合、観光地の直前まで車が入るようになっているので、あまり歩かずにそれらを観光できるシステムが良いです。イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)マンモスカントリー(Mommoth Country)マンモスホットスプリングス(Mommoth Hot Springs)テラスマウンテン(Terrace Mountain)源泉のスプリングからは毎日2トン近い石灰が流れでているようで、1週間もすればすぐに形がかわってしまうそうです。看板には A Living Sculpture(生きた彫刻)と記されています。テラスにはそれぞれ名前がついていますが、どれがどの写真かちょっとわからなくなっています。下方に向かうほど温度が下がるのでバクテリアが繁殖して汚れているようです。それはそれでアーティスティックですが・・。崩れた所を見ると岩・・と言うよりは結晶・・と言う感じです。堅そうに見えて案外もろいのかもしれません。源泉から流れ出た温水は小川となり温度をさげながらやがてイエローストーン川にそそぐのでしょう。ここも何気に石灰の小さな棚田が形成されています。写真下がたぶんTerrace Mountainテラスマウンテンは、古代の温泉によって形づくられた石灰華により100フィート以上覆われているそうです。以前、イエローストーン全体が巨大なカルデラと言う話をしましたが、この景色はまさしく火口の中をのぞいているような(不毛な)景観です。古いテラスに対して、近隣では新しいスプリング(温泉)が沸いてこのあたりの山を再構築しているようです。今もこの足下で活発に活動している・・と言うのはある意味怖い事実です。640000年前に起こった地球規模の巨大噴火により形成された巨大カルデラであるイエローストーン一帯。その威力はセントヘレンズ山(1980年噴火)の1000倍だそうだ。その後も続いた噴火は世界の気象も変える程の影響があったと推測されます。当然今も活発に活動している場所ですから小地震は何千も発生しているようですし、近年も震度6以上の地震は起きて少なからず被害をだしているようです。前回紹介したようにここマンモスカントリー(Mommoth Country)が唯一人間の居住区になっていると言うのも不思議です。他はもっと危険なのか? ここが安全なのか? はわかりませんが・・。マンモスホットスプリングス次回もう一カ所紹介。つづくリンク イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)Back numberリンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)リンク イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)リンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)リンク イエローストーン国立公園 4 (グランド・プリズマティック・スプリング)リンク イエローストーン国立公園 5 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン景観)リンク イエローストーン国立公園 6 (アッパー・ガイザー・ベイスン)リンク イエローストーン国立公園 7 (ガイザー・ヒル)リンク イエローストーン国立公園 8 (ビーハイブ・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 9 (グランド・ガイザー近辺)リンク イエローストーン国立公園 10 (ジャイアント・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 11 (グロット・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 12 (モーニング・グローリー・ブール) リンク イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖)リンク イエローストーン国立公園 14 (ヘイデンバレーとマッドボルケーノ)リンク イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め)リンク イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)リンク イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス) イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)リンク イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)リンク イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)リンク イエローストーン グリズリー・ベア(Grizzly bear)イエローストーンは間を開けながら最終的に20までです。
2010年10月07日
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イエローストーン国立公園の全リンク先をラストに追加しました。イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)マンモスカントリー(Mommoth Country)マンモスホットスプリングス(Mommoth Hot Springs)テラスマウンテン(Terrace Mountain)マンモスカントリーは圏内で唯一一年中オープンしている見所のあるエリアであり、レンジャー達の居住区やオフィスが集中している唯一人の住むエリアでもあります。今まで紹介した数々の特徴ある間欠泉(ガイザー)がありましたが、ここもイエローストーンを代表する奇っ怪な特徴を持つ場所です。メインテラスを上から上の写真は下の車の止まっている位置からこのあたり一帯に何カ所か見所があり、トレールを通って見学です。トルコのパムッカレに同じ石灰のテラスの温泉がありますが、規模はそちらよりも大きいようです。一見雪か? 灰か? の白の世界地下深くから湧き出てくる温泉に含まれる石灰分が蓄積されて形成された巨大なテラスなど石灰により造られた大地が広がっています。アッパーテラスカルスト地形パムッカレの場合は石灰岩中に浸透した弱酸の雨水が浸透して石灰(炭酸カルシウム)を溶かし・・地下水となり、それが温泉となり地上に流れ出・・湯に溶けた石灰(炭酸カルシウム)が沈殿して棚田を作り出しているのです。イエローストーンも同じ原理と思われます。こうした大量の石灰分を溶解した地下水や温・熱水から石灰華が再沈殿して作り出される地形も広義にカルスト地形と呼ぶようです。石灰による最も美しいテラスが形成されている場所それは。湯量があるからかもしれない。色の変色部分は他には無い・・イエローストーン独特のバクテリアのようです。つづくリンク イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)Back numberリンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)リンク イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)リンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)リンク イエローストーン国立公園 4 (グランド・プリズマティック・スプリング)リンク イエローストーン国立公園 5 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン景観)リンク イエローストーン国立公園 6 (アッパー・ガイザー・ベイスン)リンク イエローストーン国立公園 7 (ガイザー・ヒル)リンク イエローストーン国立公園 8 (ビーハイブ・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 9 (グランド・ガイザー近辺)リンク イエローストーン国立公園 10 (ジャイアント・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 11 (グロット・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 12 (モーニング・グローリー・ブール) リンク イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖)リンク イエローストーン国立公園 14 (ヘイデンバレーとマッドボルケーノ)リンク イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め)リンク イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls) イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)リンク イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)リンク イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)リンク イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)リンク イエローストーン グリズリー・ベア(Grizzly bear)イエローストーンは間を開けながら最終的に20までです。
2010年10月05日
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イエローストーン国立公園の全リンク先をラストに追加しました。イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)キャニオンカントリー(Canyon Country)Lower FallsとUpper Falls前回紹介した黄色い渓谷? と、イエローストーン川、そしてその渓谷の間にあるアッパー滝とロウアー滝の2つの滝が見所となります。今回はその滝だけ紹介。勝手が違って苦労して登録した写真です前回の地図B・・・ロウアー滝(Lower Falls)A・・・アッパー滝(Upper Falls)ロウアー滝(Lower Falls)アーティストポイント(Artist Point)から望遠で撮影落差94m前回紹介した渓谷と滝のコントラストが絶景。アンクルトム・トレイルから・・・の撮影・・たぶん滝つぼへはかなりきつい勾配のあるトレイルを上り下りする必要があるので時間のない人はアーティストポイント(Artist Point)からのビューで・・・。アッパー滝(Upper Falls)サウスリム(South Rim) Upper Falls Viewpointから撮影落差33m上の滝の縁からの写真激流のイエローストーン・・それは滝の直前だから?下は滝壺を見下ろしている所要するにどこから滝を堪能するか・・なのですが、日本と比べるとスケールの大きさだけで圧倒されるのがアメリカです。せっかくだから近くに行ったらガイザーだけでなく滝も押さえておきたいところです。つづくリンク イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)Back numberリンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)リンク イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)リンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)リンク イエローストーン国立公園 4 (グランド・プリズマティック・スプリング)リンク イエローストーン国立公園 5 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン景観)リンク イエローストーン国立公園 6 (アッパー・ガイザー・ベイスン)リンク イエローストーン国立公園 7 (ガイザー・ヒル)リンク イエローストーン国立公園 8 (ビーハイブ・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 9 (グランド・ガイザー近辺)リンク イエローストーン国立公園 10 (ジャイアント・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 11 (グロット・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 12 (モーニング・グローリー・ブール) リンク イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖)リンク イエローストーン国立公園 14 (ヘイデンバレーとマッドボルケーノ)リンク イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め) イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)リンク イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)リンク イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)リンク イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)リンク イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)リンク イエローストーン グリズリー・ベア(Grizzly bear)イエローストーンは間を開けながら最終的に20までです。
2010年10月04日
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イエローストーン国立公園の全リンク先をラストに追加しました。中途のイエローストーン国立公園まだ少し続きます。サクサク? イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め)イエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)キャニオンカントリー(Canyon Country)イエローストーン大渓谷(Grand Canyon of the Yellowstone)イエローストーン湖から流れたイエローストーン川はもと湖だったヘイデンバレーを抜けて山間に・・。長い間に浸食された大渓谷がひろがるのです。キャニオンカントリー(Canyon Country)インスピレーション・ポイントから長さ32kmに渡って続く渓谷の底にはイエローストーン川イエローストーン国立公園の名は、このイエローストーン大渓谷(Grand Canyon of the Yellowstone) のキャニオンから来ているそうです。もっと言えばそれは土の色(大峡谷周辺の鉄分を含む黄色い石)から来ているようです。文字通り黄色い石のある川「イエローストーン」の意味で古くから伝えられていたようです。黄色の石は硫黄の色ではなく、熱水作用によって酸化した鉄分の色のようです。渓谷の深さは240m~360m。幅は狭いところでも450m。アーティスト・ポイント(Artist Point)からの渓谷とノースリムこのあたりの景色では1988年、公園の33%を焼いたという山火事の影響がいまだにいたるところに残っている。イエローストーン川に沿ったキャニオンの北側はノースリム,南側にはサウスリムと言うトレイルさらにロウアー滝に向かうアンクルトムトレイルも有名ですここにはロウアー滝(Lower Falls)Bとアッパー滝(Upper Falls)A2つの滝の景観が美しい。アーティスト・ポイント(Artist Point)からのロウアー滝(Lower Falls)アンクルトムトレイルロウアー滝に向かうトレイルです。1900年初頭に代初めにレンジャーであったトム・リチャードソンがロウアー滝をより目近かで見るために開拓したルートだとか・・。次回ロウアー滝の写真のせます。写真の編集とブログを別のパソコンで取り入れているので時間がとてもかかっています。いつものペースには当分戻れないと思いますつづくリンク イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)Back numberリンク イエローストーン国立公園 1 (分水嶺とアメリカバイソン)リンク イエローストーン国立公園 2 (5つのエリア)リンク イエローストーン国立公園 3 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン)リンク イエローストーン国立公園 4 (グランド・プリズマティック・スプリング)リンク イエローストーン国立公園 5 (ミッドウェイ・ガイザーベイスン景観)リンク イエローストーン国立公園 6 (アッパー・ガイザー・ベイスン)リンク イエローストーン国立公園 7 (ガイザー・ヒル)リンク イエローストーン国立公園 8 (ビーハイブ・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 9 (グランド・ガイザー近辺)リンク イエローストーン国立公園 10 (ジャイアント・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 11 (グロット・ガイザー)リンク イエローストーン国立公園 12 (モーニング・グローリー・ブール) リンク イエローストーン国立公園 13 (イエローストーン湖)リンク イエローストーン国立公園 14 (ヘイデンバレーとマッドボルケーノ) イエローストーン国立公園 15 (キャニオンの眺め)リンク イエローストーン国立公園 16 (Lower FallsとUpper Falls)リンク イエローストーン国立公園 17 (マンモスホットスプリングス)リンク イエローストーン国立公園 18 (テラスマウンテン)リンク イエローストーン国立公園 19 (ミネルバテラス)リンク イエローストーン国立公園 20 (ウエストサム)リンク イエローストーン グリズリー・ベア(Grizzly bear)イエローストーンは間を開けながら最終的に20までです。
2010年10月01日
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