全2件 (2件中 1-2件目)
1
最近、極端に思考力が落ちていると感じる。思考力だけではない。集中力、言語力、感受性、効率性。ここ五年ほどでひどく低下している。ニートになってからは尚更だ。外部からの刺激が極端に減ったからだろう。元々、要領の良い方ではなかった。でもやれることはやったし、自分なりに効率的で合理的な行動を心がけるようにはしていた。「合理的」「論理的」って言葉を頻繁に使っていたと記憶している。自分自身の価値観について絶対的な信頼があったので、それに見合わないものにはほとんど興味を示さなかった。これが良くなかったのだ。大学二年の秋に一度、これに気付いて視野を広げようと努力した。今まで手を出さなかった音楽や本を手に取るようになったし、打ち込めずにいたライフセービングも頑張ってみた。ただし自分なりに。やはり、圧倒的に足りなかったのだ。足りない分は、補っていかねばならない。今こそまた、そういう外部世界について積極的に刺激を求めねばならない時期に来ているのだ。毎日毎日当てもなく自転車で街を徘徊していたのは、無意識にそう考えていたからかもしれない。やりたいこと、やることを明確にしていこう。一旦そういうリズムから外れてしまった以上、意識的に取り戻さねばならない。やりたいこと。・自転車で奥多摩の峠を一通り網羅する。 坂は嫌いだったけど、その楽しさに目覚めてしまったみたいだ。変な意地を張らずに、やってみようと思う。・自転車で速さを求める。 「速くなくても良い」そう考えていたけれど、「この人と同じくらい速くなりたい」「この人より速くなりたい」 「少なくともこの人より速く自転車を漕げる存在でありたい」という意識が芽生え始めたので、なるべく速く走ろうと思う。 自転車については、速さと坂の時代が到来している。旅やポタリングももちろん大好きだけど、今はそういう時期なのだ。・英語をマスターする。 帰国してから二週間ほどしかもたなかったなー。今一度、やろう。 少なくとも英語を喋ることについての抵抗はかなり無くなっているので、それだけでもアドバンテージだ。 あとは機会を増やす。具体案はまだ思いつかない。・一人暮らし。 自分の暮らしを自分でコントロールしたい。やはり実家でパラサイトしてる以上、両親や祖母におんぶにだっこなのだ。 先立つものは、金。仕事。 メッセンジャーの仕事に興味がある。正社員で募集しているところもある。しかも内勤もできるようだ。能動的に人生を動かしていくべきだ。その方が絶対に楽しい。自分なりに楽しく生きることについてはサボりたくない。他人とのバランスを見て、自分がやっていくことを決める。もちろん、そういう動き方が大事な局面もある。が、それが全てではないし、全てがそれでは悲しすぎる。モヤモヤぼんやりとしたアタマの内側で必死にもがく。諦めないぜ。
2014.10.04
マスター・ヨーダの言葉。就職活動の鍵にならないかなと思って高校時代のブログを読み返していたけど、まぁロクなことは書いてない。特に一年生の冬からは、今のツイッターみたいな使い方をしていたから仕方がない。まぁでも読み返してみると、なんだかんだ今の自分のツイッターよりはよっぽどマシなことをつらつらと連ねていた。なんていうか、やはり自分を貫いている。ツイッターは、どうしてもそのシステム上、様々な人の目に触れられてしまう。だから、書く内容はどうしても当たり障りのないモノか、大多数の意見に迎合するようなモノになってしまいがちだ。自分の意見をキチンと持ちつつ、他者を逆なでしないようなこと。仮にその意見についてより深く聞かれたら、キチンと答えられることが大事だと思う。大多数の意見ありきで自分の答えを決めるのは、時にとても危険なことだ。そのうち、自分が誰だか分からなくなっちまう。過去の自分を掘り出してみて。まず、自分の人生を充実させることについて、とても関心を持っていたと言える。「時間を無駄にしてしまった」といった旨の表現が多い。まぁなんやかんやで時間が過ぎてしまって、それを振り返った時には「充実したな」と思えていたんだけど。きっとそれは、北多摩高等学校という空間をとても愛していたからだと思う。愛があって、誇っているから、そこで過ごした日々については仮に大したことがなくとも充実感を覚えてしまっているのだ。そりゃそうだ。夢を実現した空間なのだから。誇りがあるから、自分に自信が持てる。僕は弱い人間だから、本当の意味で己について自信を持てていなかったんじゃないだろうか。時々、そんなことを考える。就職活動。僕はとても自己満足的な人間だ。しかし、他人の評価で右往左往することを覚えてしまった。なんだろう、良い意味でできればよかったんだけど、悪い意味になってしまったんだ。自己満足。自己満足でも、金を稼ぐことが出来れば勝ちだろう。そう、金を稼がねばならない。人間、お金が無くなると、IQが下がるという。いろんな理由を短絡的に金欠として処理してしまうからだと思う。どんな仕事をすれば自己満足を得ることが出来るんだろう。自分がその会社についてできることに、自分が満足できるかってことなんだと思う。それがすなわち「やりがい」ってやつなんだろう。究極的に言えば、自分にとってやりがいの無いことは無意味だろう。最近、より速く自転車に乗るということについて、自己満足感を覚える。より速く坂を登れるということについても、満足感を覚える。福田さんは短絡的だというけれど、まぁ、僕の自転車人生についてそういう時期なんだよ、きっと。坂は嫌いだった。つまり、そういうことだ。やってみなくちゃ分からない。挑戦してみるしかないということなんだ。やるか、やらぬか。試すのではない。
2014.10.03
全2件 (2件中 1-2件目)
1


