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2025.04.01
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カテゴリ: 考古学


 久しぶりに、考古学者が古代エジプト王の墓に足を踏み入れた。壁には特徴的なヒエログリフ(象形文字)が刻まれ、天井には数千年前の天体図の痕跡が残されていた。エジプト観光・考古省は去る2月18日、イギリスとエジプトの合同考古学チームが、紀元前15世紀のトトメス2世の墓を発見したと発表した。

​◎どのようにして発見されたのか​
 この発見は、1922年にツタンカーメンの墓が発見されて以来、エジプトで100年ぶりに発見された王の墓――というわけではない。というのは、1939年と1940年に約3000年前のファラオ(王)3人の墓がナイル川デルタの古代都市タニスの遺跡で見つかっており、また2014年にもあまり知られていないアビドス王朝の小さな墓が4基も発見されているからだ。
 しかし、「王家の谷」での発見となると、ツタンカーメン墓以来のことだ。
​ 王家の谷はエジプト南部ルクソールの数キロ西にあり、多くの有力なファラオとその家族が砂漠の崖の墓に埋葬された( 写真 =王家の谷。荒涼とした砂漠の中にある)。


 古王国時代の「ギザのピラミッド」のような人目を引く大規模墳墓は、墓盗人の盗掘に遭いやすいため、新王国じだいになると地表上には目立たないように崖に孔を掘った岩窟墓が造営された。地上は目立たない(むしろ誰にも分からないようにされた)が、内部は様々なヒエログリフや装飾で飾られ、たぶん玄室内も豪華な副葬品で満たされたのだろう。それでも、大半の王墓は盗掘され、むしろ大規模な盗掘を免れたツタンカーメン王墓は例外であった。

​◎2022年に入り口を偶然発見​
​ 2022年10月、崖に掘られた別の墓が調査されていた時、たまたま今回の墓の入り口と通路が見つかった( 写真 =墓の入り口)。当初は、王妃またはそれ以下の王族の墓だと考えられていた。​



 しかし、発掘調査を指揮したイギリス、ケンブリッジ大学の考古学者ピアーズ・リザーランド博士は、それがファラオの墓であることを裏付ける2つの特徴を挙げる。王家の葬儀について記した「アムドゥアト書」のヒエログリフが刻まれた壁と、夜空を表す青い天井に黄色の星が描かれたしっくいの破片だ( 写真 =墓の内部)。​



 そして、古代エジプト人が化粧品や香水、軟こうを入れていたアラバスター製の「アヒルの壺」の破片に刻まれた文字から、ファラオがトトメス2世であることが判明した。

​◎ミイラは19世紀に発見されていた​
 紀元前1493年頃~前1479年頃まで古代エジプトを統治したトトメス2世についてはあまり知られていない。ツタンカーメンが生まれる100年以上前のファラオだが、ツタンカーメンと同じエジプト第18王朝の王だ。
 ツタンカーメンと肩を並べるほどだった可能性もある豊富な副葬品は、数千年前に墓から持ち出された。おそらく死後500年ほどたってから、王のミイラを洪水から守るために移転、再埋葬した時だ、とリザーランド博士は考えている。
 王族の再埋葬は、比較的よく行われていた。再埋葬されたトトメス2世のミイラは19世紀、他のファラオのミイラとともに、テーベ近郊で発見された。数年前、医療機器でミイラをスキャンした結果、トトメス2世は心不全で死亡したことが推定された。

​◎最後に見つかった第18王朝の墓​
 しかし、トトメス2世が最初に埋葬された墓は、エジプト学者はその存在を確信していたものの、発見されていなかった。第18王朝のファラオの墓で見つからないのは、これが最後だった。
 新たに発見された墓は、王家の谷から西に2.4キロほどの地点にあり、古代のネクロポリスに関する考古学的理解の「空白を埋める」ものだ。リザーランド博士によれば、同じ場所にトトメス1世やその先代のアメンホテプ1世など、他のファラオが最初に埋葬された墓が存在する可能性もあるという。

​◎戦争を指揮して成功を収めたトトメス2世​
 トトメス2世は、父トトメス1世の陰に隠れた存在だった。トトメス1世は、危機と不安定の時代を経て、古代エジプト新王国の確立に貢献した有力なファラオだ。記録によれば、トトメス2世は父によるヌビアとシリアの征服を確固たるものにするため、軍事作戦を指揮して成功を収めた。
 トトメス2世は旧約聖書の『出エジプト記』に登場する名もなきファラオではないかという説もある。紅海を渡り、モーゼとイスラエルの民を追い掛けたファラオだ。しかし、聖書の出来事が実際に起きた証拠はなく、いずれにせよその記述はメルエンプタハやその父ラムセス2世のような後のファラオと一致する部分が多い、とアメリカ、イェール大学のエジプト学者ニコラス・ブラウン博士は述べている。

​◎ハトシェプスト女王の夫にして異母姉弟​
​ トトメス2世は、むしろ有力なエジプト女王ハトシェプストの夫及び異母姉弟としてよく知られている( 写真 =王家の谷のハトシェプスト女王葬祭殿)。トトメス2世の死後、ハトシェプストは20年以上にわたってファラオとして統治し、トトメス2世の葬儀を取り仕切った可能性もある。​



 別の王妃との間に生まれた息子トトメス3世は「トトメス大王」として知られ、おばであり継母でもあるハトシェプストの共同統治者として即位したが、後に単独で重要な王となった。

昨年の今日の日記 :「6億年以上前に2回起こった地球が氷雪に覆われた全球凍結=スノーボール・アースは巨大小惑星衝突が原因か」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202404010000/​






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Last updated  2025.04.01 02:48:33


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