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昨日は勤務先の病院にて勉強会が午後5時までありました実はその直後に2人の方と会う約束があったのですが病院を出たのは5時20分すぎ。。そしてちょうど仕事帰りのラッシュでフリーウェイはすごい状態になっていましたでも何とか1つめのアポイントメントは終了(Rさん、どうもありがとうございました!)そしてもうひとつのアポイントメントはと言うと。。実は以前から興味のあったトイプードルのブリーダーさんに会うことでしたいろいろと写真など観たり、話には聞いたりしていたのですがまだ実際にはトイプードルを観たことがありませんでしたちょうどマイミクのMさんに紹介していただいたブリーダーさんが(Mさん、ありがとうございます(^^)我が家の近くに住んでいらっしゃる方だったので、早速電話すると『どうぞ、どうぞ~!!!』ということになり、今晩早速お邪魔させていただきました玄関を開けると総勢5匹のトイプードルと1匹のシェルティが出迎えてくれましたみんなとってもフレンドリーで見知らぬ私の膝の上に我先に乗ろうとしていました犬たちは(言うまでもなく)とっても可愛かったです家族に見せるために仔犬の写真を撮らせてもらいました。。というか撮ろうとしたら、親犬のトイプーがまず鼻をつっこんできましたこの親犬がまたとっても可愛らしかった~!ものすごくフレンドリーでした“私のことも撮ってよぉ”と言ワンばかりです(古いギャグで失礼)実はこの2匹姉妹ですが、私が写真を撮ろうとしたら2匹でくっついて固まってしまいました写真ではブレていますが、まるでカレンダーの表紙になりそうなくらい可愛かったですでもなんだか1匹だけもらっていくのは申し訳ない感じが。。。この日はいろんなお話を聞かせてもらうことが目的だったので仔犬はまだ購入しませんでしたが、今日はいろいろ勉強になりました我が家には既にハムスターと金魚、熱帯魚がいますもちろん犬ほどには全然手間はかかりません私もダンナもフルタイムで仕事をしている身なのでトイレのお世話や散歩のことなど、仕事帰りで疲れていてもちゃんとできるのか、正直言って、いろんな心配もあるのですが、でも動物たちには不思議な癒しのパワーがありますね
2010.02.11
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例年にないこの不況のおかげで、いろんなところに思わぬ影響がでてきている今日この頃です我が家も実は息子が小学校にあがる前に現在の家を売る予定でいましたこの家は息子が産まれてから新築したものですがその時は『学区』などということも考えることもなく結婚当初住んでいた借家の近くにたまたま良い物件を見つけたのでそこに家を建てることにしたのでしたところがいざ息子が小学校にあがる年くらいになるとやはり気になるのが“学校”のこと家の近くの小学校はヒスパニック系の子どもたちが多く通っていて学校内でもスペイン語を頻繁に聞く、との話既に小学校くらいの子どもがいるお友達からもいろいろ情報を集め、結局市内で学区の良い地域へ引っ越そうということになりました(こちらでは住んでいる区域の学校へ行かなければならないため)ちょうどその頃、引っ越したい区域に気に入った土地を見つけたので早速購入することにしましたそして現在の家を売るためにリアルター(不動産業者)を雇うことに果たして一体何人のリアルターに会ったことか私たちが家を売ることをどこで知ったのか、連日のように何人ものリアルターが家に電話をしてきましたリアルターによっては家へいきなり尋ねてきて、『ちょっと家を見せて』(!)と言ってくるリアルターもいましたそのなかで一人、とても感じの良い女性がいました最初は彼女のことも断っていたのですが、いつも家のドアの前に置手紙なんかを置いてくれて(“庭がきれいですね”とか“是非いつでも電話してください”などのメッセージ)なんだか親身になってくれそうな感じがしたのです。彼女と実際会ってみて、ダンナも私もとても好感を持ちましたそれで結局彼女にお願いすることにしたのですが。。ところが親身になってくれたのは最初だけでしたそしてこの不況でなかなか家を売ることが困難な状況になりました何回かオファーはもらったのですが『買い手』市場のため、私たちが希望していた金額より遥かに低い金額のオファーばかりでしたもちろん多少の交渉は予想していましたが、本当に『ええー?』という値段ばかり。。これでは家を『売る』というよりは『あげる』という感じでばかばかしい現在の家を建てるとき、いろいろとアップグレードをしたので私たちも多少なりと思い入れがある家でした幸いにも希望していた学区に土地を持っていたため、“将来はそこに引っ越す予定です”という理由で息子を希望する小学校へ通わせることができましたダンナと本当にいろいろ考えて、結局現在の家もそのまま保持することに決めました少なくとも何年かこの不況が終わるまでは。。。その後、借家にするか、または売るか?決める予定ですそしたら気分的にも何だかラクになりましたその頃、そのリアルターとの契約も切れそうになっていたので(通常6ヶ月更新です)ちょうど良い機会だと思い、メールで今の家をそのまま保持することにした旨を伝えました1日、2日と経ちましたが、彼女からは何の連絡もなし。こちらとしてもキーボックスに入っている家のカギを返してもらう必要があるので再度メールにて彼女に連絡しました。そして翌日、たった一言彼女からメールがKey is under garage door(カギはガレージのドアの下です)初めも終わりの挨拶も何にもなしたったこの一言だけ。。一応私たちは彼女に6ヶ月お世話になったカスタマーなのに??メールを受け取って急いでガレージのドアを開けてみるとちょうどドアの下にキーがそのまま投げ入れられていましたいやいや、怒りを通りこして呆れましたダンナは『でも彼女と同じレベルになんかなりたくないから。』と言ってちゃんとカギを返してくれたお礼を丁寧にメールで返していましたが。。(私にはできません、きっと)そして2,3日後、実は彼女から手のひらを返したように親切な別のメールがきました『実はあれから、私の別のクライアントがあなたたちのお家を買いたい、と申しでているのですが、いかがですか?興味がおありですか?』と。もちろん返事は“ノー。”彼女とはもう今後絶対ビジネスをしたくなかったので。彼女との更新をやめてから、それを嗅ぎつけた(?)多くのリアルターたちからまた何度も連絡が来ています(数十件です。。)今はもう売るのは止めたので全て断っています。Whew~!他州でリアルターとして働いている友達にこのことを愚痴ったら彼が『そうそう。信用できるリアルターってなかなかいないよね。だから僕は自分がリアルターになったんだよ。』と笑っていましたそれにしてもカスタマーサービスって、と考えさせられた出来事でした。。
2010.02.10
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新年からバケーションを取ったので、今年もまたリフレッシュして仕事に戻ることができました早速病棟へ行くとマネージャーから呼び出されたので“何か悪いことでもしたっけ???”と半ば心配しながら彼女のオフィスへ行くと『ラマ子、そろそろチャージ・ナース(日本語だと『看護婦長?』いや、今はもう男性の看護師も多くいるのでそうは呼ばないかもしれませんね)になってみない??他のチャージからあなたのこと推薦を受けたのよ。』と言われ、また“ええー!!(本当は“ゥゲッ!”という気持ちでしたけど)”という気持ちになりましたチャージになると、自分のアサインメントもしっかり持ちながら、他のナースたちのアサインメントを決めたり、スタッフィングもしたり、そして何か急患などの事態が起こったときはもちろんヘルプもするし、言うまでもなく、本当に責任重大な任務ですまだまだ何年も経験を積んでからの方が気分的にも余裕が持てそうな気もしたので最初はそのことをマネージャーに伝えたのですが『まあ、今から他のチャージについて、ちょっとずつ任務を学んでみたらどう?それからでも(決めるのは)遅くないでしょう?』ともっともなことを言われ、先週あたりからいろいろチャージについて勉強?しています。これが。。いや結構大変ですぅ本当に私に勤まるんかいな。。(すみません、思わずへんな方言が。。)この道20年のベテランナースであるジェニーがいろいろ指導してくれているのですがやっぱり彼女はすごいなぁ、と思います彼女は何でも詳しく熟知しているので『歩く辞書』という感じのナースですが私も20年働いたらそのくらいになれるかな、いやその頃にはもう年でリタイヤしているか(苦笑)さて話は変わりますが、今週も嵐のような(?)週となりました特に2日目は本当に忙しいシフトで、家に帰ってきた途端、死んだように眠りましたよくフロートナースから『ここって本当に忙しい病棟だよね』と言われるのですが、確かにそうだと思います私も時々他のフロアにフロートするのですが、やっぱりうちの病棟は他に比べると忙しいのかも、と思わされることが多々あったりして。でも忙しいと時間も早く過ぎるので、それは嬉しいのですが昨日実は、他の看護師から『ちょっとお願いがあるのだけど。。』と依頼を受けました『実は日本人の患者さんがいて、とても気分が悪そうなのだけど日本語で話しかけてみてくれない?』とのことでしたとても英語の上手な患者さんだったのですが、確かに気分の悪いときなどは母国語で話した方が気がラクになるかもしれません。。私も日本人の患者さんに会う機会はあまりないので喜んで彼女の病室へ行きました(エサをもらうワンコ状態ーー>ワンワン)『はじめまして~!ラマ子と申します。具合はいかがですか??』と話しかけると患者さんとそのご主人は(最初ビックリされていましたが)とても喜んでいただきました。ご主人は笑顔で『やっぱり日本人だとラクだなぁ~!!!』と言ってくれたので良かったですシフトの終わり頃に初めてお会いしたので、あまり時間が取れなかったのですが、でも日本語でいろいろと話してもらえたのでそれはとても嬉しかったです2年前にも一度日本人の患者さんを看たことがありましたとても大変な癌と戦っている患者さんでしたが、彼女はとても笑顔が素敵な女性で、他のナースからもとっても“スイート”な患者さんと呼ばれていました私は何回かその方の担当になったことがあったのですがやっぱり日本語で話せるのはいいですねぇ、と、とても喜んでもらえました私も彼女の笑顔で何度癒されたことか分かりませんいくら外国に長く住んでいる方でも、やっぱりそこで入院するということは文化の違いなどでいろいろストレスも溜まってしまうと思いますまた日本人の患者さんが来たら、少しでもお手伝いができたらいいな、と思います
2010.02.08
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先日息子が『お母さん、見せたいものがあるよ~!』と言って見せてくれたものがコレExcellent Character Award、え~っと“とってもお行儀の良い子の賞”とでも訳せばよいのでしょうか???クラスで男の子と女の子各一人ずつ選ばれたそうで、当日は校長先生から賞状とチョコレートをいただき、そして名前が学校の新聞に載るという特典付き息子はとっても喜んでいました私もダンナもお互いの仕事の合間を縫って、週に1回ずつ息子のクラスのボランティアをしていますボランティアをして分かること、それは“先生”って本当に大変な職業だっていうこと(もちろん『ラク』な仕事なんてこの世の中に無いと思いますが。。)息子のクラスの子どもたちは皆良い子ばかりなのですが中にはやはり『チャレンジ』な子どもたちもいます私のボランティアは週にたったの一日ですが、それでも終わって家に帰ってくるとドッと疲れがきますもちろん子どもたちと過ごす時間は勉強にもなるし、とっても楽しいんですけどねきっと年だからかなぁ。。賞状にも書いてあるように、息子には先生、お友達を“Respect"してこれからも素直で優しい子どもに育ってもらっていって欲しいです良かったね息子よ、おめでとう
2010.02.04
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義母が亡くなってからというもの、義父は何かにつけて忙しくしていないと悲しくなってどうしようもない、ということで今は物置にあるものをいろいろと掃除しているそうなのですが、毎日そこから様々なものを見つけてはダンナや義妹に渡しています。中にはダンナや義妹が小さい頃の写真、小さいころに書いた絵などなど観ていて微笑ましくなるものも多いですその中にこんな素敵なものを発見実はこれ、ダンナのお婆ちゃんが幼いころに来た夏服だそうです。ダンナのひいお婆ちゃんが作った服で、もう100年前のものだそうですスカートの裾についているレースもひいお婆ちゃんが編んだそうですワンピースと一緒におそろいの帽子。これも手編み。本当はおばあちゃんが実際に着ている写真なんかもあると良いのですが。何か観ているだけで当時をいろいろ想像することができて楽しいものですこれはダンナのもう一人のひいお婆ちゃんが編んだアフガン。これも大分前に作られたものですが、色合いはまだまだ鮮やかです。何か70年代を思わせるデザインでとても気に入っています編み物は私も若い頃、少ししたことがありますが。。こんな風な模様編みなんかは全然できませんいつかリタイアでもして時間ができたら、編み物を習ってみるのも楽しそうです。。
2010.02.04
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また最近ブログの更新をずっとしていませんでしたさて、昨年は感謝祭、クリスマスと仕事続きだったのですが、大晦日からまた2週間ほどバケーションを取りましたところが元旦の早朝、義父から電話があり、義母が亡くなった、という知らせを受けました義母は数年前に肺の大きな手術を受けてから、ずっと体調が悪く実は大晦日の夜も容態が悪くなって、義父が病院へ連れていこうとしたのですが『私はここに居たいわ。病院へは行きたくない。』という義母の願いで、そのままお家のベットで就寝することにしました。そして今朝、そのまま眠るように息を引き取ったそうです。病院で点滴などでまた痛い思いをするより(母の腕はもう点滴できる静脈がほとんど残っていませんでした。)自分の家で静かに最後を送ることができたことはきっと義母にとっても良かったのかもしれません。でも義母はまだ65歳の若さだったので、本当はまだまだ長生きしてもらいたかったです。。彼女は本当に素晴らしい女性だったので、義母が亡くなったニュースは多くの人たちを悲しませました義父の悲しみようは、特に周りからも観ていられないくらいでした。義母と義父は10歳の頃初めて出逢い、高校卒業してすぐに結婚しました。(あと2年で結婚50周年を迎える予定でした)結婚してから2年後には長男である私のダンナが誕生しました。それからず~っと仲むつまじく、2人は何をするにも一緒でしたダンナも自分の両親が今まで一度もケンカしたのを観たことがないそうです傍から観ていても、本当に仲が良く、お互い尊敬しあっていた素敵なカップルでした義母は、義父にとってそれこそ『心のよりどころ』だったので彼女の存在が消えてしまってから、義父は今も涙涙の日々を送っていますでもダンナや義妹が毎日のように義父を尋ねていったり、電話したりしていますが。。大切な人を亡くすということは、本当に実際経験してみなければ分からないことなのだと思います義母のメモリアルサービスは教会で行われましたが、多くの人たちが参列してとても素敵な式となりました私も式の中で義母に宛てた手紙を読むことができました偶然と言えばそれまでなのですが、実は昨年日本へ帰郷した際、両親が『ラマ子もそろそろ礼服持っていたほうがいいよ。』と言って、デパートで礼服を買ってくれたのです。まさかその礼服をすぐに着ることになるとは思いませんでした“お義母さん、今までいろいろとありがとう。本当はもっともっと長生きして、あなたの孫の成長を見て欲しかったです。。。これからは天国で是非あなたの家族を見守ってください。どうぞ安らかに眠ってください。”
2010.02.04
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