雨の日は音楽を

雨の日は音楽を

2023年01月20日
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カテゴリ: 歌曲
 「魔王」全147小節を聴くたびに以前から不思議に思ったことがある。このすごく切羽詰まって急テンポの曲はハープシコード・チェンバロで演奏可能なのだろうか?ちょうど普及しだしたピアノフォルテ(ピアノは最初強弱をつけられる楽器として普及した)に合わせて作曲されたのではないか。だから作曲したら、友人たちとわざわざ教会にあったピアノのところまで行って、シューベルト自身が初演奏したのではないか?

 筆者が「魔王」を演奏会の演目に選ぼうとすると、ピアニスト様達は皆さんが難色を示すか、テキトーに音符を飛ばして弾いても良ければ伴奏しますって言ってくる、いわゆる「手がつりそうな」曲である。そういう意味では「難曲」と言えるのだろう。

 いきなり驚くような3連符が続く。それもフォルテだ。なるほど攣りそうになるのは分かる。同じ指の置き方で15小節まで、速度指示の Schnell 早くで弾くのだ。もし前の曲がスローで優しいの聞いたあとで、突然のこの3連符のけたたましい連続が出てくれば、半分まどろみかけた観客はびっくりするだろう。

 また手元の楽譜には4分音符=152と指示があるが、もちろんそんな速度で歌うのは大変である。筆者が手元で単純計算すると、147小節x4拍=588拍を速度指示の152で割るとおよその演奏時間になるが、3分51秒となってしまう。手元の「魔王」の音源で4分を切っているものが無いことから、法外な?速度かなと思う。長音も単音も聞き分けられないような早口での歌唱となり、筆者では舌を噛んでしまうだろう。

 問題の三連符だが、これは何を表現しているのだろうか。筆者は、三連符一つ、つまり一拍で馬の蹄が地面を蹴る様を表していると考えている。熱を出している息子を抱えた騎乗の父親は、馬を走らせる。最初の1小節は馬の蹄の音が聞こえるが2~3小節目には、「ラシドレミファ-ミドラ」の不気味なテーマが浮かび上がる。この親子は魔界の入り口に入ってしまったのだ。魔界に入っても、馬は走る。この「ラシドレミファ-ミドラ」のテーマは曲中の魔王の話す言葉の時には出現しないということに注目しておこう。

 右手は3連符の連続だが、左手は少し不気味な同じフレーズが3回繰り返され、聴く者を不安にさせる。「ラシドレミファ-ミドラ」と重なった歌い出しは、この親子が魔界に入ってしまたことを暗示しているかのようだ。

 15~32小節は、「夜の闇と風を縫って、深夜に走るのは誰ぞ」から始まるナレーターであるからして、魔界でもこの父子の居る世界でもないところで、遠目に見ているのだから、声を張り上げる必要も、小さな声で歌う必要もないメゾフォルテで感情移入せずに歌いたいものだが、既にストーリーを知ってしまった歌い手は、20小節辺りからつい「あ、そっちに行っちゃダメー」みたいな気持ちになってしまう。

 35小節にピアニシモが付いているが、これは父親の台詞部分の事ではない。筆者は、この曲を、ナレーターの居る演奏されている舞台、父子の居る夜の街道、魔王の居る魔界の三つが絡み合う複雑な構成を持つものとして考えている。この小節から、魔界に入ってしまった子供が見た魔界の異様な生き物に怯えを見せる子供に訝しげにしかし優しく尋ねる父、しかし背景のピアノ伴奏は極端に小音量になっていて、父子が先程まで走っていた街道では「ない」魔界に入ったことを示している。並行して父子の世界のものである馬は何事もなく走っているが、魔界からは蹄の音が良く聞こえない、という設定なのだ。上行形の父の問いかけには、心配してクレシェンドして良いが、ピアノ伴奏に付いているフォルテまでは声を張り上げるべきではない。息子に怒鳴っているわけではないからだ。

 41小節の先頭には、ピアニシモが出現するが、子供が魔王を見て怯えているので、囁くがごとくピアノで歌う。まだ魔王は父子に近寄ってはいない。父親はメゾフォルテで安心させようとする。ここで本格的に息子に興味を持った魔王が近寄って来る。56小節目のでデクレシェンドで、魔界がこの父子を飲み込んでしまったのだろう。
今までの三連符の連続は、少し変化して人間界を離れ、異界に入ったことを示す。以降魔王の部分はすべてこの伴奏となっている。魔界になったピアニシモの伴奏の上で、魔王は息子に、優しく一緒に遊ぼうと声をかける。息子は驚いて、父親に呼びかけるが、伴奏は元の三連符に戻っている。

 魔界と父子の居る世界が交錯して出現するのをシューベルトは、巧みに強弱をつけた伴奏で示してくれる。歌い手としては、どちらの世界に居ても会話は会話として成立しているので、特に強弱にはこだわらないで良いのではないかと筆者は考えている。

 邪道じゃぁ!とお叱りを受けそうだが、誘惑に勝てず、魔王の部分だけ、歌うときの表情を変えることにしている。変な顔を更に歪めて少しダミ声っぽい声で歌う。賛否両論あるかもしれないが、魔王の最後の歌詞 "so brauch ich Gewalt." 特に "Gewalt"   は、音程無視して伴奏のフォルテシモに合わせて、 "-walt" を怒鳴ってみたが、余りの改変にその時楽屋で聞いてくださった方々は何も仰らなかったので、うんこれ気が済んだ!と考えている。歌にピッタリしていると思ったんだがな。

 魔王は、魔界では実在しているのだろうか、息子の腕を掴んで連れ去ろうとして、息子が声を張り上げて、魔王が痛いことするよぉ!と。再び「ラシドレミファ-ミドラ」のテーマが出現して、異界との入り口を抜けて出たことを聴衆は知ることになる。

 息子の様子がおかしいので、驚いた父親は、"er reitet geschwind," 「更に馬を駆る」の部分はアッチェレランドとなって、父親の焦りをナレーターが歌う。「ぐったりした子供」に、最後の「ラシドレミファ-ミドラ」が出て、人間界に戻ったことを示している。このフレーズは、魔界と人間界の間の扉なのだろう。もう医者の家の中庭 "Hof" に着いたので、馬を歩かせてテンポが落ちる。141小節辺りからリタルダンドして、クタクタになった父親が腕の中の息子を見る。144小節目の二拍目からの4拍は父親の驚きと失望の間。その後のナレーターは同情しながらも真実を伝えるのだ。

オマケ: 筆者にとって、下一線ドのシャープはとても出しにくいので、出しやすい一番低い音で "war tot" 「死んでいた」を半音で歌うことにしているので、楽譜通りに歌いなさいよと聴いて下さった方々から叱られるのは間違いが無いだろう。​
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Last updated  2023年01月20日 17時49分07秒
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