2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全18件 (18件中 1-18件目)
1

小出郷文化会館で19:00から、雪とキャンドルのハートフルコンサートに行ってきた。サブ・タイトルが『“結”8万8千の雪灯りオープニングイベント』。文化会館のロビーと、屋外の雪壁とキャンドルの灯りを使っての幻想的な雰囲気の中でコンサートを楽しむことができた。 まず最初に、雪灯篭に灯すろうそくの炎を灯すために、縄文式の道具を使って火を熾すところからイベントが始まった。木と木を擦りあわせる摩擦熱によって火を熾すことは、知識としては知っていたものの、実際に目でみるのは初めてだった。摩擦によってできた火種を、枯れ草(だろうか?)の上に乗せて息を吹きかけると、あっという間に炎があがった。そうして点けた火を、ろうそくに移しかえ、屋外の大きなろうそくに点火した。 来場者には、小さなろうそくが配られ、各自が大きなろうそくから火を移し、会場に用意された雪灯篭の穴の中に置いていった。雪で白い暗がりの中に、ろうそくのやわらかな灯りがともり、おごそかな雰囲気がかもしだされていた。 点灯式が終わると、地元のハンド・ベルのサークルの演奏が始まった。ハンド・ベル・サークルの子供たちがステージに上がり、“エーデルワイス”と“ラヴァーズ・コンチェルト”の2曲を演奏した。その後で、大人のグループが“カノン”を演奏。聞きなれた旋律が、見慣れない形態で演奏されるのを聴くという、貴重な体験だった。(写真提供:NPO魚沼交流ネットワーク) その後、小出郷ジュニア・ブラスの4人の中高生の演奏で、ビートルズの“イエスタデイ”と“上を向いて歩こう”、そして坂本竜一作詞・作曲の“ビリーブ”という曲を聴かせてもらった。それぞれのパートを、とても丁寧に演奏していて、気持ちよく聴くことができた。 10分間の休憩の後、歌手の加来陽子さんとギタリストの西野雅人さんのハートフル・コンサートが催された。数々のミュージカルに出演されている加来さんの歌声はとても伸びやかで、とても心に響いた。さすがにプロの歌手だけあって、歌だけでなくMCでも、たくさん楽しませてもらった。ギタリストの西野さんは、ギター・ソロで“ボレロ”を演奏。合奏で聴く演奏の雰囲気をギター一本で再現するテクニックには驚いた。 中越震災被災直後のふれあいコンサートでは、童謡など耳慣れた曲がほとんどだったのだが、今回はオリジナルの曲をたくさん披露していただいて、新しい発見を楽しむことができた。魚沼に縁を感じていただいて、この地にちなむオリジナル曲なども聴かせていただき、タイトルのとおり心暖まるハートフルなコンサートだと感じた。新婚生活のことを語る加来陽子さんの照れながらも話さずにはいられない様子を、とてもほほ笑ましく感じた。 地元のグループの演奏も、加来さんと西野さんのコンサートも、とても心動かされる演奏だった。\1,000では、安すぎる内容だったと思う。行ってよかった。
2006/01/29
コメント(0)
最近の、というかここいち年くらいの調子の悪さは鬱というより孤独感なのじゃないか…という気がしてきた。 オンでもオフでも、たくさんの方たちとの出会いに恵まれて、人と接する機会、心触れあう機会にはこと欠かない暮らしをしているのだが、満たされないものは満たされない。うっわ、オレってほんと業が深いのなw 深いふかい孤独感であっても、誰かひとりオレに心開き、関心を持ってくれる人がいればそれはたちまちにして癒える。それは、オンでもオフでもね。だから、誰ひとり、オレの真の孤独を知ることはできない。知ろうとしてもらえる、あるいはオレに接してもらえるというそのことで、常に癒されているからだ。 ま、こんなこと改めて書くことでも、オレひとりに限ったことでもないんだよなぁ、きっと。ああでも、オレにとっては新しい気付きだった。誰もが、その人の真の孤独を知り得ない。誰かが孤独であるということは、知ろうとすると知ることができない、そういう測り知れないものなのである。 同時に、自分の孤独は誰にも伝わらないのだ、ということでもある。例えば自ら『さみしい、さみしい』と口にするときでさえ、そこにはある程度癒された孤独しか存在しない。その言葉に対して答えが返ってくるだろうという、期待という慰めが存在するからだ。これもまた、厳然とした事実のように思える。それなら、孤独感やさみしさは、伝えるあるいは伝わるべきものなんだろうか?という疑問が出てくる。 『さみしさはまぎらすものではないでしょう?』 鬱の治療のとき、カウンセラーの方から言われた言葉。あのときは、どういう意味かまったく判らなかった。さみしさを、“まぎらすべきもの”としか認識できていなかったから。 では、さみしさはどうするものなのか?言葉では書けない。人との出会いや関わりを求め、常に動き回ってきたこの2年間余のブログの日記が答えのひとつひとつなのだと言える。さみしさだけでなく、心に浮かぶどんな気持ちに対してでも、“自分はどうするか?”で答えを出してきた。正しいか誤っているかはともかくとしてな…。 人の孤独は他者に知りえるものでないのなら、『判ってもらえない』と不満をもらすこともあるまい、と思う。憐れんではほしくない。さみしいなら、会いに行け話しかけろ抱きしめろ…言ってみりゃ、そういうことなんだろう。自分はどうするかで答えを出していけばいい。それでも、自分の気持ちに対してまだまだもっと素直になれそうな予感には、心強い可能性を感じるんだよな。
2006/01/29
コメント(7)
午後から新潟市へ。斉藤一人塾の“寺子屋講演会”で話をしに。 16:00くらいに新潟市について、1時間半、どうやって時間をつぶそうかと。駐車場の割引券を手に入れるべく、ISETANで買い物をしたり、ガストで食事したり。会場が初めて行く場所なので、地図をプリント・アウトして持っていったので迷わなかったのだが、駐車場から遠い場所だったので、かなり歩いた。 17:45くらいに会場に到着。受付を済ませて、開始を待った。待っているうちに、内山さんと息子さん、そしてmiruっちが聞きにきてくれた。ありがたいことである。 オレの他に3人の講師の方が話をした。オレは2番手で。 ひきこもりになる前から現在にいたるまでの7,8年間のことを話した。何の準備も無しに、10分間という制限付であったことを考えると、まぁまぁ納得の出来…と言っとこう。自己採点で85点くらいかな? ひきこもりに至る経緯として、原因のひとつとなった鬱。そして鬱の原因となった、母親の自殺未遂の件にまで遡って話した。鬱になってからの通院やカウンセリングのこと。その後のリストラの連続のこと。そしてひきこもりの期間。ひきこもりを止めるきっかけとなった一本の電話。NEETになってからの生活ぶり…と。時間が限られているのに話したいことが多すぎて、どうしても内容が希薄になる感は否めない。ざっと粗筋を語る…みたいな感じで。 この前の“ひきこもり・NEET体験発表会”で、1時間以上独演会のようなかたちで話したから、全然話したり無い感はある。ただ、10分という制限付でどれだけ話をまとめられるかという点では、興味深く楽しいチャレンジではあった。 この日の収穫は、内山さんが招いてくださった長岡市のひきこもり者のご家族の方とお会いできたこと。その方とは、休憩時間にたくさん話すことができた。当事者の家族ということで、とても真剣にこちらの話を聞いてもらえる。ありがたいことだ。 往復6時間かけて行った甲斐はあった。新潟市で見た、“雪の無い景色”が印象に残ったいち日。
2006/01/28
コメント(3)
墜ちました…。真冬の屋外の水の中に。 関係各方面に配慮して詳しくは書かないが、除雪中に足を滑らせて、足のつかない深さの水中に墜ちました。あっはっは…。寒中水泳かよっ? 笑ってこう書けるからよいものの、心停止しなくてほんとによかった。雪の降る地方の皆さん、除雪の際にはほんとに気をつけましょうね。 …それにしても、やはり生命の危機に瀕すると潜在的なパワーが発揮されるようで、墜ちてから這い上がるまでほんの2,3秒ほど(体感)だったぞ。オレにしては信じられない身のこなし(笑)。 思いがけない真冬の寒中水泳の記憶は今を遡ること30ン年前…。 弟と家の裏で遊んでいる時に足を滑らせ、真冬の池に墜ちたのは小学校の高学年くらいの時だったか。あれ以来のことだ。いやマジでビビったっす。あの時は頭からつま先までずぶぬれで、それこそ死ぬかというような思いをしたが、今回は着ていた防寒着の耐水性に救われた。防寒着の内側の着衣は少し濡れただけで、内ポケットの携帯もさいわいなことに無事だった。なによりである。 それにしても、関係各方面の方々には多大な迷惑をかけてしまい、非常に申し訳ない…。反省してます。やっぱり、安全が第一だよね。 実は昨日まで、メンタル的には最低最悪の状態がずっと続いていて、このブログも放置状態だった。1週間更新無しって、ほんっと久しぶりなんだなぁと、今日過去の日記をチェックして気付いた。いやほんと、何にもできる状態ではなかったのだ。だが、なんだか今日、こんな自分のミスでワタワタしまくるできごとが起きて、余計な力が抜けたというか…。足を滑らせて真冬の水の中に墜っこちちゃうような、ドジでダメな自分が精一杯強がろうと悶々としていたように感じて…。笑うしかないなって。 今回の鬱はなんだか周囲のすべてを敵に回しているかのような感覚が胸の内にあって、日記に書くこともできなかった。自分が報われていないかのような気持ちが募ってきて、恨みがましい苛立ちを覚え、ほんとにヤな自分なのに、そういう気持ちであっても、やはり手離したり誤魔化すことはしたくなくて…。 結局、抱え込み浸る方向で過ごそうかと。冷静にそう考えていたわけじゃなくて、そうするしかなかったというのが真相なんだけどな。捨て鉢で自棄になっていると、ほんときっついよなぁということを、あらためて体験した。 水に墜ちて頭が冷えた…というよりも肝を冷やしたというのが真相だが、こんなことでも何かのきっかけになると思うと、ほんと可笑しい。 ま、デコをちょっと打っただけで、命に別状無かっただけでもゴールデン・ラッキーだよな。水から上がってしばらくして、『あ、これブログのネタになる』と考えた自分のブロガー魂には、苦笑するしかなかったのだが。
2006/01/27
コメント(8)
小出郷文化会館のワークショップに参加した。今後の文化会館の望ましい在り方、について。 東京芸術大学から、教授とその学生さんたちが来てくれて、ワークショップをリードしていただいた。学生さんたちには、ファシリテイターと呼ばれる進行役(なのかな?)を務めていただいて、田舎のオジさんオバさんたちを指導していただいた。いくつかのテーブルごとにチームに分かれ、今後の文化会館の進むべき方向…みたいなことを話し合った。マンダラートとよばれる用紙やSWOT分析など、専門的な用紙を用いてアイディアを出しあい、各テーブルごとに話し合った内容を発表していく。 オレの座ったテーブルのファシリテイターの学生さんは、とてもハツラツとしたチアフルな学生さん(4年生)で、オレらオジさんオバさんの出し合った様々な意見に興味を示し、場を盛り上げてくれた。なるほど、クリエイティブな学問の場で専門的に学んでいる人は、その態度からして違うものだと感心させられたのだ。 ワークショップの内容は、文化会館の存在意義を各自定義付け、その具体的な在り方または将来像を描き、そのために為すべきことを挙げていき…というふうに、とてもしっかりした構造を持っており、どのテーブルの発表も説得力があった。やはり、確固とした理念に基づいたこうしたブレイン・ストーミングは、各自の意見のすりあわせ以上の意味をもたらしてくれるものだとあらためて感じた。 SWOT分析の結果を各チームごとに発表する際には、立候補して参加者の方たちの前で発表させてもらった。こうした場に参加するなら、できるだけ積極的でいて何かを吸収したいのだ。緊張したものの、自分では満足いくできだった。いい経験をさせてもらったと思う。 会場には30名くらいの参加者が居た。文化会館への関わりは皆それぞれなのだが、これだけ関心を持つ人があつまって、その将来を案じているということは、とても心強いことだと感じた。何より、外部からの意見を取り入れて、利用者・参加者本意の施設であろうとする気持ちの現れだと感じるのだ。 予定時刻の21:00を大幅に過ぎて、実り多いワークショップは幕を閉じた。様々な人たちのたくさんの意見を聞かせてもらい、新しい発見もいくつかあった。収穫の多い、とてもいい催しだった。
2006/01/19
コメント(0)
市の生涯学習課が主催する講演会に参加した。思春期の心への対応、とかなんとか言う演題だった。講師は地元の中学校でハートフル相談員を勤めていた方。ハートフル相談員として、また4人の子育てをしてきた母親としての体験談から興味深い多くのお話をうかがわせていただいた。 ハートフル相談員というのは、中学校の一室に常駐して、生徒の相談に乗る役割であるらしい。講師の方は教員ではなく、学校の外からそういう方を向かえるという、かなり大規模な試みの一環であったようだ。 四人兄弟の末のお子さんがいわゆる不良学生で、その彼と彼の起こす問題行動に向きあい続けた体験の中で得られた経験をハートフル相談員として活かされたのだそうだ。親として子育ての失敗を認め隠そうとしない姿勢に、大きく頷かされるものがあった。 講演の趣旨は、中学生の思春期の心への対応というようなものだったが、講師の方はあくまで自らの体験からお話を進めていて、中学生だからこのような対応を、という話は無かった。相談やカウンセリングの場では、中学生だからとか不良だからとか、大雑把なくくりで相対する人を判断することはとても危険だと感じる。こういう人にはこういう対応を、という指針なりモデルなりを求めてはいけないと思う。メンタルな問題であればなおのこと、向きあう人が他の誰でもないその人であることを認めることがまず第一に必要だと思うのだ。マニュアル化された対応は、参考になる場合もあるが、参考にしかならないのだということも忘れずにいなければならない。 お話を伺いながら、つまるところどのような人に接する場合であっても、その人と向きあう際の誠実さ率直さが報われるのだという印象を受けた。ところで常々疑問に思っていることがある。『子供とどう接していいかわからない』という親御さんや教職員の方の声が多く聞かれることだ。…なんでだろう? 今大人と呼ばれ、大人としての役割、親とか教職員とかその他を担っているすべての人はかつて子供だったころが間違いなく誰にでもあるのだ。それでいて、『子供の心がわからない…』と言う。何故だろうか? 子供を、子供だからとなめてかかるとき、大人の気持ちの中には必ず『だって目の前のこの子は子供で、自分はもう子供じゃなんだから』という思いがある。子供の疑問や行動に手を焼いたとき、『お前も大人になればわかる』とか言ったりとかね。大人はなんでも知って判っていて、大人であれば間違いなく子供よりあらゆる面ですぐれていて、またはいなければならず、反対に子供であればあらゆる面で大人より劣っていて、またはいなければならないだろうか?よく考えてほしいものだ。 オレ自身の話をすれば、子供のころはよく『大人ってバカだなぁ』って思ってた。『大人ってときどき、心にも無いことを言ったりしたりするようなぁ』とか。『つまらない義理とかしがらみとかを、どうしてあんなに後生大事にするんだろう?』とかな。んw 今書きながら思い出して、子供のころのオレって、かなりキレてたって思うのだ。ああ、この場合の“キレる”は、激烈に怒るという意味のあれじゃなくて頭が冴えてるというような意味でね。子供のころのオレは、今よりずっと鋭い頭脳と感性を備えていたのだ。だから当然の帰結として、今の自分があの、子供のころにバカにしていたような、そういう頭の悪い、何かに囚われた自分自身であることも認めざるを得ないのだが。 『大人はわかってくれない』と嘆いている子供たちに伝えたい。それは仕方の無いことなのだ、と。だってオレらは君らより、遥かに頭が悪くなってしまっている。知らなくてもいい多くの情報を頭に詰め込み過ぎて、もはや何を考えたらいいのか判らなくなってしまってる。やりたくもないことを繰り返しやらざるを得ない経験と、チャレンジの成功と失敗と、あきらめの時間の積み重ねで、感性も鈍くなっている。誰もがそれぞれの子供時代を過ごしてきたにも関わらず、『子供の気持ちが判らない』と嘆く親や大人がいるのはそのためだ。オレらはもう磨り減ってしまっていて、君らの域には到底行き着けない。確固とした信念や高い理想に伴う、心の頑なさや不自由さの点においても、それに耐えうる自分自身では、もういられないようになってしまっているのだ。だから… 大人は皆、子供よりずっとバカなんだ。だから、自分よりバカな人間に判ってもらおうなんて、無茶言っちゃいけない…とオジさんは思う。大目に見てやってくれよ、と。 でもまぁこれは、大人であれば子供よりすぐれた存在でいなければならないと思い込み、何でも判り知っている風を装う大人たちの功罪がかなり大きいんだよな。『我々の言うことを聞いていれば間違いない』と、かなり間違っている風の大人たちあるいは親たちがよく口にすると思うけど、そんな言葉を信じちゃいけない。だってオレらはもうかなり鈍くなっちゃってる、バカなんだもんな(笑)。 『後生畏(おそ)るべし』とは、オレが心に刻んでいる言葉のひとつで。自分より若い人たちを畏れ敬いなさい…というような意味。日本では長幼の序(年配の人をいたわりたいせつにしましょうという考え方)は皆たいせつにするけども、自分よりも若い人をたいせつにするという気持ちを、あまりにも軽んじているのではないだろうか?と思わざるを得ない。子供は人間ではないと、これはもう比喩ではなくそう考えて、そのように子供を扱っている大人たちだっているのだ。子供が人間扱いされないのは、なにも江戸時代の話じゃなくて、今現在はっきりとそういうこともあるのだ。 おっとここまで書いてきて、だからオレは子供たちの味方だなんて言うつもりはまったく無い、ということを付け加えなければならない。オレは図体もでかけりゃ歳もくってるし、ズルくて理想より実利を選ぶこともあるし、状況によっては簡単に日和見主義にもなれるような、そんな大人たちの側の人間だ。それはもう、はっきりとな。自分がもう決して子供になれない戻れないことは、判っている。それに、子供がとても清らかで無邪気で素敵な存在だとも思ってない。そりゃまぁ、純粋さや聡明さという部分ですぐれてもいるが、残酷さ頑なさわけのわからなさだって、子供には到底太刀打ちできるものではない。人として備えている善と悪とそのどちらにも属さないあらゆる面で、子供たちは大人たちをはるかに凌駕している。人としてのパワーが、もう格段に違うのだ。 そんな、自らが決して敵わないような存在に対して、見守るとか教え導くとか…なんだかとってもおこがましいではないか。むしろ多くを教わり、助け導いてもらえるように、こちらから頭をさげるべきなのだ。おそらくほとんどすべての大人たちが、子供たちを畏れている。だから、相対しようとするときに、アンフェアな手法を用いるのだ。『子供は知らなくてもいい』とか『子供は口出しするな』とか『子供にはわからない』と言いながら、誤魔化しながらな。 子供に対していかに接するか?ということが問題なのではない。今目の前に居る誰かに、いかにして接するかが、生きてりゃ必ず問われてくるのだ。胸襟を開き、自らの考えや気持ちや在り方がどのようであれできるだけ隠さずに接すること。自らのなけなしの誠実さを示そうとする、ということのたいせつさ。それは相手が子供だろうが大人だろうが、まったく関係無いことだよな。こんなこと、言うまでもないんだけどさ。 なんだか講演の内容からかなり離れてしまったような気がするが、こんなことを考えさせられた…ということで。 大人たちの作り上げたシステムや口車に乗せられ騙されていなければ、子供たちよ、君らは本来皆畏るべき存在なんだ。彼ら彼女らには到底敵わないことを知りながら、オレはそのよきライバルでありたいと願っている。子供たちに負けたくない、と思う気持ち。それがオレの残した子供っぽさであるならば、やっぱりたいせつにしたいと思うのだ。かつて子供だった自分としてはな。
2006/01/18
コメント(4)
この日は、劇団ゆきぐにの入団説明会に参加した。劇団の運営方法やこれまでの活動について知ることができた。ゆきぐには、劇団の目的が明確でとても良い。ひとりひとりが演劇という自己表現と、ひとつの舞台を一緒に創るという体験を通して新しい自分の可能性を開花させることがその大きな目的のひとつなのだと感じた。 組織もしっかりしている。制作・演出・脚本・大道具小道具など、それぞれに分担が決まっており、照明や音響の専属のスタッフもいるとのこと。演じることが演劇の楽しみのすべてではない。観客の目に触れないところで、芝居に無くてはならない音響・証明・道具類などを創る楽しみ、というものもあるのだ。もちろん、それらを楽しめるものにするためには、役者裏方さん全員の一体感が無くては話しにならないだろう。堅苦しいこと抜きで、説明会の雰囲気がとても和やかで、演劇というひとつの好きなことを繋がりとして集まった、とても楽しい場であることを強く感じた。 実は今年から、地元の劇団がその運営方法の転換を迫られているので、そのための参考にと出かけてみたのだが、非常に多くを教わることができた。来歴も背景も違う老若男女が集まって、一緒に活動していく組織は、劇団ゆきぐにのようでありたいものだと感じた。 前回の舞台で演じた役者さんの素顔を拝見する機会でもあって、パワフルな人シャイな人…それはさまざまなのだが、舞台上での印象との違いを感じるほどに、芝居を打つということのなんと言うか摩訶不思議なパワーを肌で感じられてうれしくなった。 劇団員の方たちとの交流が持てたことも大きかった。皆とても魅力的な方たちばかり。いや、演劇を通じて、自分の魅力を表現することを身に着けてきた成果なのだろう。演劇に限らずどのような自己表現でも、心の内の想いを伝え受け取る好意には、演じ手受け手の間のパワーのやり取りの中に、双方が何かしらに向かって動機付けられる相乗効果のようなものがあるのだ。 とにかく気の置けない雰囲気の中で、思ったこと感じたことを尋ねさせてもらい、ありがたかった。 来月2月に行われる、演劇ワーク・ショップのお誘いを受けたので、参加しようと思っている。未だ自分自身すら知らない、自らの内に眠っている可能性を、アクションを起こすことでかたち作っていく作業は、この上なく楽しいのだ。劇団ゆきぐには、参加者にそういうものを提供できる力を備えた組織だと感じた。今後も続けて関わっていきたいと思っている。 “劇団ゆきぐに”公式HPはこちらから。
2006/01/16
コメント(0)

ネットの付き合いがらみで、昨晩、いきなり頭をぶん殴られるようなショックなできごとがあった。 ぶっちゃけて言えば、mixiでどうやらアクセス拒否をくらったらしいのだが、理由が全然判らない。強いて思い当たるのは、彼女との共通の知人とオレとの、最近の確執が原因か?うーむ…。 実は癇癪持ちなオレの姿を知っている人は、オレがさぞかし怒っているだろうと推測されるかもしれないが、今回はそうではない。理由を確かめようがないから、憤ったものかどうかもよく判らないのだ。 ただ、ひと言の断りも無しに拒否られた…ってのがね。人からないがしろにされることが何より苦痛なオレとしては、もう凹むしかなくってさ。混乱した頭の中で何も考えられず、虚しい気持ちをただ、抱え込むしかなかった。 その時にふと、頭をよぎった言葉…。 『人には皆、それぞれに相応しいものが常に与えられるのだ』 * * * さて、今日は夢っくすのイベントで、十日町市の賽の神の催し物に出かけてきた。国際大学の学生さん10名くらいと、賽の神とどんど焼きという神事に参加してきた。 オレも車を出したのだが、同乗した学生さんふたりは、ノルウェーとフランスの出身。日本語があまり話せないということで、オレの車に乗ってもらったのだ。往復の1時間あまりの時間は、すべて英語での会話で、最近あんまり使ってなくてさびついた脳細胞をフル回転させるいい機会だった。 さて、賽の神の会場である神社に到着して、どんど焼きで燃やされる賽の神の像を拝見した。 写真では判りにくかろうが、立派な男性のシンボルが付いていた(しめ縄の下辺りがタマタマですな:笑)。 稲わらで作られたこの巨像とこれから行われる催しについて、学生さんから興味津々な様子で質問を受けたのだが、オレ自身もよく知らないということを発見した。地元の夢っくすメンバーの方に聞いた内容を英訳して伝えた。 賽の神とは、怠惰を戒める神様でもあるらしく、この稲わらの像が、人々の怠惰な気持ちの象徴なのだろう。なるほど、それを燃やして灰にして、天に舞い上げ昇華させるというような意味あいがあるのだろう。会場には地元のご家族が先に来ていて、2,3歳くらいの小さな女の子が、スノー・ウェアに身を包んだ様子が可愛らしく、何人もの学生さんが記念に写真を撮っていたほどだ。 神社のお堂の脇には、雪で作られた祠に道祖神(どうそじん)の姿が。これもまた、学生さんたちの興味を惹いていた。 定刻の14:00が来て、稲わらで作られた像に火が放たれた。 この炎で、例えば書初めをした紙を燃やすと字がうまくなるとか言われている。これもまた、怠け心を戒めるイベントゆえのいわれであろう。燃え盛る火でスルメを焼いたものと、地酒が参加者に振る舞われた。オレはスルメだけいただいたが、とても美味かった。これは無病息災祈願の意味がある。 どんど焼き会場で、学生さんたちと記念写真。左からそれぞれ、ノルウェー、インドネシアの学生さん、オレ、そしてネパールからの学生さんだ。写真をご覧いただけばお判りだろうが、最近口の周りに髭を蓄えはじめたのだ。口にくわえているのは、スルメである。 往き帰りの車中でご一緒したノルウェーからの学生さんは、以前はジャーナリストで新聞、ラジオ、TVのレポーターの仕事をしていたこともある、とのこと。その他興味深い話をたくさん聞くことができた。 どんど焼きの後は、一風変わった羽根突き大会。“こしき”と呼ばれる、昔風の木製のシャベルを模した羽子板(?)で、鴨の羽を使った手作りの羽根を大勢で打つ。勝負ではなく、どれだけラリーが続くかを皆で力を合わせてチャレンジする。ミスをすると、こしきを使って雪をかけられる。これもまた、ユニークで楽しめる演出だった。年甲斐もなく激しく動き回って、身体が熱くなるほどだった。 ひととおりのイベントを楽しんで、大学への帰途に着いた。帰りの車中でも、ノルウェーとフランスの学生さんと、特に日本の冬の暮らしぶりなどについて、楽しくおしゃべりさせてもらった。 国際大学到着後、玄関で解散。その際に、来月の国際雪合戦の参加者3名を見出すことができた。これで参加者探しには、ひと段落ついたようだ。 国際大学から帰りの車内、楽しい時間を過ごした直後で、ひさしぶりに少しだけ興奮気味の自分自身を感じた。オレは今、すごくラッキーに違いない。どんな自分でも、自分自身であることをよろこべる、そんな時間が与えられているのだから。たった今なんらかの心の不具合で、それを確かに感じられないとしても、でもなんかもうそれでいいや…そんな気持ちになった。自分自身に充分に満足できているオレは今、しあわせに違いない。そう信じられる気持ちが、何よりのさいわいなのだと感じた。 『人には皆、それぞれに相応しいものが常に与えられるのだ』 もういち度、その言葉を深くかみしめた。
2006/01/15
コメント(2)
毎月恒例の読み聞かせ会、“とんとんお話のへや”。今回は司会を務めました。 思いがけず大勢のお客さまを迎えた今回の読み聞かせ会は、子供たち20名以上、保護者の方を含めると30名以上の大賑わいの会となった。 お正月にちなんだ干支の絵本、もちとお年玉に関する昔語り、“さるじぞう”の紙芝居と、“ラチとライオン”という絵本。それぞれの担当の方が、それぞれに読み、語った。今回の会は盛会なだけでなく、物語に熱心に聞き入る子供たちの表情が心に残る良い会だった。手に負えない腕白坊主の兄弟ふたりが来ていて、読み聞かせ会のメンバーで手を焼いたが、ああいう落ち着きの無い子供たちをすったもんだしながらも受け入れることのできるこの会の雰囲気は得がたいものだと感じた。 工作の時間では、ボール紙と爪楊枝またはマッチ棒を使ったコマ作りをした。厚紙を切り抜いて色を塗り、爪楊枝あるいはマッチ棒を刺してコマを作った。思い思いの模様を書いたコマを回して見ると、色々な模様があらわれて目に楽しいのだ。 絵本や紙芝居を読むことの無い司会役だが、これが結構難しい。至らない司会役だが、何とか務めさせてもらった。来月は雪合戦がらみで参加できないのだが、3月の会では絵本か紙芝居を読ませてもらおうと、今から楽しみなのである。
2006/01/14
コメント(0)

唐突だが、猫のしっぽの話しから始めよう。うちには三毛ブチの猫(♀)が居いる。 『うちの猫ちゃんは世界でいち番可愛い猫ちゃんなのぉ』とか、愛猫家が言っているのを誰もがいち度くらいは耳にしたことがあるのではないだろうか。まったく文字通りの盲目的な猫っ可愛がりで親バカで、愛猫家というのはどうしようもないものである。世界でいち番可愛い猫は、うちの猫に決まってるではないか! …という小ネタはさておき、猫のしっぽの話である。 ところで猫のしっぽと脳細胞は、はたして神経で繋がっているのだろうか?猫はよく、しっぽとそれ以外の部分で別々の生き物と言われることがある(そんなの聞いたことが無い、という方。言われてるったら、言われてるんです!)。実際うちの猫を見ていても、そう感じることがよくある。猫それ自体がわがまま気ままな生き物だが、猫のしっぽはそれ以上に気ままで、猫本体のことすら気にかけていない動き方をする。しっぽは猫本体の支配下に、必ずしもないのではないかと思わせる動き方をするのだ。犬の場合は違って、彼らは自分でしっぽを“振って”いる。犬を見ていると、そのことが手に取るように判るではないか。 猫のしっぽに主の意志を離れた主体性を感じるように、人間の心の中にも、まったく自分自身では支配もコントロールもできない部分があるよね、って言うのが今回の日記のネタなのだ(猫が自分のしっぽをコントロールできていないかどうかは、確かめようのないことではあるのだが)。 話は変わるが、昨年末から続いている鬱的心理状態はあんまり変化の兆し無く、今も続いている。鬱的ということを言えば、もういち年くらいずっと鬱状態だけどな、オレ。そしてこの、なんとなく常に気が重く盛り上がらない、世の中ろくでもないことばっかりだ(根拠無し)みたいな気持ちや感情は、それ自身自らの意思をもって、オレの心の中に存在している感があって…。 以前、さみしさを擬人化して受け入れるという内容の日記(“さみしさ”は友だち)を書いたことがある。つい最近では、チックという神経症の症状を、やはり擬人化して受け入れるという経験(最悪のはじまり)をした。このふたりはオレにとって、もう友だちのようなものだ。多少付き合いづらくはあるけども(笑)。そう言えば、悲しみやせつなさと呼ばれる感情はぶしつけな訪問者で、予告も無しに訪れてはオレに『泣いちゃえば?』と囁きかける(グリーフ・ワークのすすめ(その1))。そしてそういうかたちで悲しみが訪れた時は、必ず自分が泣いた方がいいときなんだよね。感情を脇に置いた自分では、決して気付けないことなんだけど。 その他にも怒り・ねたみそねみ・恨み等々、感じることをどうしようもない感情が、次々と心に現れては、意識を刺激する。ものごとの感じ方・捉え方とそれに従った行動の仕方は、気の持ちようでなんとかなる部分もあるけども、それらを感じることそれ自体は、人間であるかぎり避けようのない“人としての業”のようなものだと思うわけで。ここで重要なのは、『人間の心の中には、本人にもいかんともしがたい部分がある』ということなんだけど。 『ものは考えよう』ということは確かにあって、考えようでポジティブにもなるし、ポジティブ・シンキングで行動の仕方を決定することで、目の前に道が開けるという場合も多くある。でも、『ものは考えよう』ではどうしようもない感情の領域も確かにあって、それはもう“感じるしかない”という部分が確かにあると思うんだよな。怒りとか悲しみとか恨みとか、みんな“負の”感情とか呼ばれて不遇な扱いを受けているけど、それを正にするか負にするかは、その人の“感じ方と向きあい方次第”だと思う。まぁ、『何ごともすべて、必ずしも正でなければならないということはない』と言ってもいいけども。 よろこばしいものであれそうでない場合であれ、心の内に確かに感じる感情を持っているということが、たった今何にも代えがたい財産だと思うわけで、それらを偽ったり向きあうことをおろそかにすることはもったいないよね、と言いたいのだ。だからオレは、堕ち込んだり悩んだりしている人は、とことん堕ち込んだり悩んだりすればいいと思ってる。無論、オレ自身も含めて。どん底に堕ち込むことで得られる感覚は、間違いなく頂点を極めて得られるそれよりもしなやかで確かな力に変えられると知り、そう信じているからだ。 どん底まで堕ちたら、あとは這い上がるしかない。その感覚が、今のオレを支えているんだよね。 虚しさに心委ねて…。今のこの気持ちがオレをどこに連れて行ってくれるものか?あくまでもテンション低いままに、それとなく期待してる。
2006/01/14
コメント(0)
午後から自宅で新潟日報の記者の方の取材を受けた。今後のひきこもり・NEETサポートの会“あ・ぴえ”の取材なのだが、オレがこの活動を発願した経緯とか背景に興味を持っていただいたようで、インタビューの大半は、オレがこれまで生きてきたあらましのようなものを話すことになった。 小・中学生当時の登校拒否時代のことや、成人してからの職業遍歴。鬱のことACのこと、両親との関係のこと。記者の方から熱心に質問していただき、また質問の意図をそのたびに明確にしていただいたおかげで、とても話しやすかったし、こちらから知ってもらいたいことをたくさん話せたと思う。 今回の取材を受けて、気づいたことがいくつかあった。記者の方から指摘されて気付いたのだが、オレは生まれてこのかた、住む環境やものの考え方、自分自身の在り方が常に変化している。だいたい3年から5年くらいのスパンで、自ら望むと望まないに関わらず、何らかの変化が訪れている。物理的にも心理的にも、ひとところに落ち着けない自分自身は何となく感じていたものの、指摘されたことで、現状に満足せず常に変化を求め続ける自分自身の心の在り方にあらためて考えさせられた。 『(ひきこもり・NEETサポート活動に関して)今後、思い描く未来像はありますか?』という旨の質問に対して、『ありません』と答えるしかなかった。今の鬱の心境がそうさせるものか、この先に思い描く自分なりの“成功”とか“しあわせ”の具体的なイメージって全然湧いてこない。『これが手に入ったらしあわせ』とか、『自分自身がこうなったらしあわせ』とかいうかたちでオレは自分のしあわせを想起しなくなったものらしく、『自分自身の貧困なイメージの中で思い描いた望ましい状況を手に入れることが、必ずしもしあわせではないと思うんです』とか、ちょっと不遜な気がするコメントをしたが、実際に偽りなき自分自身の気持ちなのである。 たった今この時に自分自身がしあわせかどうか?ということがオレにとって最重要なことであって、将来どうなるとかいうことはあまり考えない。たった今オレが手にし感じているしあわせのすべてが、前もって望んで与えられたものでも、自ら努力しそれを目指して手に入れたものでもないから、だろうか?今手にしているしあわせは、そのいずれもが、人やものごととの巡り会いを通じて、まったく思いがけないかたちで与えられたものばかりだ。そうそう、オレにとってのしあわせの定義は、『自分自身の現状に満足できる心の在り方』というようなものなのだが。 だから、鬱で調子悪くて思うように動き出せなかろうが、問題たくさん抱えて考え込むような時間を過ごしていようが、そういう自分に満足できればその時はしあわせ、なんだよね。そういうしあわせが、次のしあわせを招きよせるみたいだ。最近そのことに、だんだんと気付いてきた。 今後も継続して取材していただけるとのことで、まったくもったいない程ありがたいお話だと感じている。取材というよりも、記者の方と気の置けないおしゃべりをしている感があって、2時間はとても楽しく、あっという間に過ぎた時間だった。
2006/01/12
コメント(0)
この日は新年を迎えて初の夢っくすサロン参加。来月の国際雪合戦を、サロン周辺に居合わせた学生さんたちにさせてもらった。感触は良好だったから、夢っくすメンバーを含めた1チーム5人の編成はなんとかなるだろう。 この日は新学期始まったばかりで、学生さんのサロンへの参加はなかった。いつもどおりのサロン参加メンバーで、気の置けないおしゃべりをして過ごした。 今学期の日本語プログラムには、チューター役として参加することにした。どんな学生さんとの出会いが待っているのか、今から楽しみなのである。
2006/01/10
コメント(0)
さてさて本日の、普通救急救命講習ですが…。 開始時間を間違えて、1時間の遅刻。19:00からだと思っていたのだが、18:00からだったのだ。会場の消防署の4F第一会議室のドアを開けたら、大勢の人たちが心肺脳蘇生法の練習をしていた。それでも受講は可能らしく、受付を済ませて練習に加わった。 意識の確認→救急車、AEDの要請→呼吸の確認→人工呼吸→循環の確認→心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す…までの手順をおさらいした。ちなみにこれは、心静止および呼吸が無い場合の処置。状況によって、無論変わる。 AEDとは、自動体外式除細動器のことで、病院の救命救急とかで「1,2,3…ビリビリッ!」って言う、いわば電気ショックのこと。法改正で資格が無くとも使えるようになり、今後公共の施設に備えられるようになるのだそうだ。映画やTVドラマのように、両手に持って「ドンッ!」って感じじゃなくて、すごいぞ最新テクノロジー!傷病者に取り付けてスイッチを入れるだけで、除細動(電気ショック)が必要かどうかをマシンが判断し、必要な場合は電気を流すというもの。 前述の手順に、AEDによる除細動を試すことが加わったのだ。これは随時であり、AEDが到着次第行う。なるべく早い方がいい(つまり蘇生率が高い)のだそうだ。電源を入れ、ふたつの粘着する電極を傷病者の所定の位置に貼り付けてボタンを押す(押す必要が無いものもある)マシンが心電図を測り、除細動が必要かどうかを判断する。必要であれば、除細動を促す旨のアナウンスが流れ、通電ボタンを押すと電気が流れる仕組み。除細動だけでなく、電源を入れた次の瞬間から、マシンが人間のとるべき行動を教えてくれる仕組み。初めての人でも使えるように工夫されているのだ。電気ショックの時はもちろん、心電図を診断している最中も傷病者に触れてはいけないので、この点は要注意だ。 さて、上記の脳心肺蘇生法をおさらいしたのだが、前回から半年くらい経っていて、手順を忘れたり間違えたりした箇所がいくつかあった。ま、忘れてしまうんで定期的に受けようと思っているのだが。 初回、2回目、そして今回の3回目と、回を追うごとにだんだんと手順が脳内に組み込まれてきてはいるようだ。前々回より前回、そして前回よりも今回の方が、少しずつだが上達…というか、遠慮無くできるようになっている。頼りない記憶をたどりながら挑戦し、失敗して恥をかくのもまたいいもんだ。そのようにした恥ずかしい失敗は、今後の記憶を他の何よりも確かなものに変えてくれるから。ま、いち番の失敗は、開始時間を間違えて、19:00に現地に到着したことなんだけどな。半年後くらいに、また、受講しに行こうと思っている。その時は、遅刻しませんようにw (笑 消防署に、魚沼一座の座長が居てびっくり!座長の本業は消防士。居ても当たり前だし、知ってはいたけども、意外だったなぁ…。よく知っている座長から救急の手順を習うのは、なんだか妙な気分だったが。
2006/01/09
コメント(0)
ひきこもり・NEETを考える会“あ・ぴえ”では、同名のミニコミ紙の発行もその活動のひとつ。と言うわけで、今日はその編集作業に主な時間を費やした。wordを使った編集作業も終わり、ずーっと前に出した第1号からかなり経って、第2号の発行にこぎつけそうだ。 A4片面のわずかな情報量だが、伝えたいことを書くには充分だ。前回の“ひきこもり・NEET体験発表会”の記事と、ひきこもり家族会立ち上げへの意欲をPRするつもり。 メンタル的に好調でないときに何かやるには、「今、このひとつのことだけ」と、心を決めてやるのがいいようだ。いち日にひとつのことを、丁寧にやり遂げる。余裕を持って無理せずに、ゆっくりと。それが、たいせつなこと。 これでもう、今日は何もしなくてもいいようなもんだが、これから消防署で普通救急救命講習を受けにいくのだ。救急救命講習のことは、次の日記に書こう。
2006/01/09
コメント(0)
年賀状をいただいた10名の方々に、寒中見舞いを書いて送った。結局お互いにすれ違いになってしまう賀状より、こっちの方が答礼というかたちでなんだかしっくりとくる。 いただいた年賀状の内容に添って返信するために、あらためて年賀状ひとつひとつを読み返す時間もまた、いいものだ。 筆ペンとボール・ペンでいち枚いち枚、書いたのだが、手書きの手紙を書くときは、自分自身の悪筆があらためて判って、あんまり気分よくない。ま、読めない字じゃないから、いっか。 今日もチックが元気でw もうヤツと、ひとり分の元気を分けあうことに決めました。んなんで今日は、もう何もせずに寝ることにします。 皆さんも、風邪など召さぬようにw
2006/01/08
コメント(2)
今年もそろそろ、国際雪合戦の時期が近づいてきた。 昨年一昨年とボランティア・スタッフとしての参加だったが、今年は選手として参加しようと思っている。国際大学の学生さんの参加を募って、1チーム5人での参加を実現したい。告知のポスターはすでに作ってあり、大学の許可を得て、学内に貼らせてもらおうと思っている。 さて、学生さんたちにルールの説明等をするために、日本語で書かれたルール説明の文章を英訳しなければならなかったのだが、これが日本語で読んでもちと判りづらい文章で、英訳をどうしたものか…と、ちょっと途方にくれてしまった。そこで、国際大でいつも良くしてもらっているベトナムからの学生さんにお願いして、翻訳してもらうことに。15:30に学内の喫茶スペースで待ち合わせをして、翻訳作業をお願いした。 Hさん、日本で暮らす上ではなに不自由ないほど日本語が堪能で、驚くほどの日本語のボキャブラリーを備えている。メールを送る時も普段話す時も、海外出身であることをまったく意識しないでいいくらいなのだ。 翻訳作業の合間に、いろいろとおしゃべりできて楽しかった。気の置けないおしゃべりができるのは、日本語を上手に話せるというよりもむしろ、彼女の人柄のおかげか。これまで何度もこちらの厚かましい申し出を、嫌な顔ひとつせず毎回助けてもらっている。 翻訳作業は2時間以上に及び、さすがに疲れた様子。たいへんな作業をお願いして、申し訳なかったが、翻訳は無事に終わった。これで、参加者を募る準備は終了。たいへんな作業を引き受けてもらって、心から感謝している。 卒業まであと半年。彼女には、日本でのたくさんのいい思い出を作ってほしいものだと思う。
2006/01/07
コメント(0)
14:00から、地元紙・新潟日報の方の取材を受けた。今オレの行っている様々な活動の様子も併せて何度か取材していただけるようだ。もったいないくらい、ありがたい話だと思う。 そういった取材の予定を立てるためにオレの活動予定を確認するための会見だったようなのだが、記者の方が、オレの行おうとしているひきこもり・NEETサポート活動や前回の体験発表会の内容などに非常に興味を示してくれて、たくさん質問していただいたおかげで会見は長時間に及んだ。うれしい限りである。 取材の中で受けた質問から、いろいろと考えさせられ、気付かされたこともあった。ひと口に支援活動といっても、独り善がりなものにはしたくない。そういう面では、当事者と家族の要望を集めながら、今後の活動を画策していこうという腹積もりではいたのだが…。 やはり“社会復帰”(=就職?)とか、ひきこもりであれば“家から出られるように”といった、判りやすい目標を掲げないと、当事者やその家族に対するアピールが弱いのかなぁ?と。隠されていてなかなか表に出てこない、当事者と家族のニーズを集めるためには、やはりその心に強烈に訴えるものがないと先に進めないものかもしれない。 社会復帰にしろ就職にしろ、それらを求める当人の気持ちが備わっていなければ、オレは何もできる気がしないし、したくもない。それは、怖いからだ。かつての自分の身に置き換えて、意志の無いままに行動や考え方を他人に強制されることは、この上無くつらいことだと感じる。それらに従えない自分が間違っているとか劣っているとか考えて、よけいに自分の殻に閉じこもらないとも限らない。だから自分以外の誰かに、それを強いることはできない。 あくまでも当事者の意志に委ねる。それはマニュアル化できない、手間のかかる方法で出来れば避けたいくらいのものだが、それこそが当事者にとって良く働くとオレは信じている。かたちだけ、家から出られればいいのか?かたちだけ、他人とそれほど違わない暮らしぶりが手に入ればいいのか?という疑問は捨てない。当事者の気持ち、何よりも生きていく上で必要な安心感が備わってこそだと思うからだ。ひきこもり・NEET本人の気持ちをどんな時にでも尊重するという考え方は、経験者であればこそのオレの拘りかとも思う。そう考えると、それを手離すことはできない。 これから行おうとしている活動は、未だ明確にデザインできていない。そして、それでいいと思う。まずは多くの声を集め、寄せられた要望や必要に対して、どのような働きかけができるのかを模索していくところから始めるつもりだから。中途半端な拘りは、あまり持たない方がいいと思うのだ。できるだけ柔軟な方がいい。 今後のことを、自分ひとりで抱え込むつもりはまったく無い。多くの人たちに助けてもらい、時間も労力も提供してもらわなければできないことだと判っているから。ひきこもり・NEET当事者の人たちからだって、助けてもらわなければならないし、教えてもらわなければならないことがたくさんあるのだ。 決して自信満々じゃない今の自分の方が、むしろいいのだと思えることが、何よりもさいわいだと感じている。
2006/01/05
コメント(2)
大晦日から正月2日まで、鬱の波の底の底の方をうだうだ這いずり回ってました。ほんと、こんなに自堕落でグダグダの時間を過ごしたのは、ひきこもり以来だ。昼夜逆転生活、簡単に復活しちゃうしねぇ。この3日間でやったのは、食って寝るの他には、PS2で“いただきストリート”(ボード・ゲームね)を延々と…。“TRICK”のDVDを借りてきて観たこと…そのくらいか。 いち日いち日を、無駄に過ごしていることに対しての罪悪感、焦燥感はある。それをとりなしてくれたのは、チック。チックにも、おそらくいろんな症状の出方があるんだろうけど、オレの場合は左目の微かな痙攣として現れる。数年前、チック症状の出始めには、顔中のいろんな箇所がピクピクしてたんだけど、どうやらオレのチックはオレの左目を安住の地と定めたようで。最近は左目の上まぶたにしか出ない。こいつが出る限り、オレは『何もせんでいぃw 』と思うことができた。 3日間、どうしようもなく不安でやりきれない気持ちに対して、心を解放するようにしてた。どんよりとした気持ちなら、それなりにどんよりしているよりしようがない。たいせつなのは、沸き起こる感情を無理に押さえつけないこと…じゃないかな?無理して前向きになんて、なる必要はないんだ。 自分の気持ちの“ままならなさ”が悲しみとして心に定着したようで、昨日の晩はひさしぶりに布団の中で涙を流して泣いた。諸々の感情が悲しみに変えられたら、涙として身体の外に出すのは、泣き慣れているオレの場合は簡単なこと。おかげで今日は、ちょっとだけ気持ち軽くなっている。 2006年の新春は、まさに“最悪のはじまり”(“レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語”の原作本第1巻のタイトル)で。 鬱はオレにとって不運なできごとかもしれないが、だからってオレが即ち不幸なわけではない。ボードレール三姉弟妹(きょうだい)のように、どんな時にでも生きることをあきらめるまい。 “レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語”についての過去日記 いままでも、そしてこれからも。与えられるどんな時間であっても、無駄なものなどなにも無いのだ。そう信じることが、たった今しあわせなことなんだよ…。
2006/01/03
コメント(8)
全18件 (18件中 1-18件目)
1
![]()

