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朝からつよくんと市役所めぐり。UMEXが主催する、“スマトラ沖地震被災地と魚沼をつなぐ会”の広報活動で。市役所の各支所を廻り、ポスターを掲示してもらえるよう頼んだ。どこへいってもすんなりと受け入れてもらって、当初心配していたつよくんとオレは拍子抜けな感じ。ま、順調にいってなによりなんだけど。町村合併直後だから、旧町村の役場にそれぞれの課が分散している。だから用事を済ませるのがとても面倒なのだが、今回のPRではそのおかげで市内にまんべんなくポスターを配布することができた。雪道を入広瀬地区まで走っていくのは怖かった。 他にボランティア・センターや各地区の公民館などに配布。小・中・高校からは、学生および教職員の方たちの参加を期待しているのだが、これは教育委員会にお任せということで、明日資料を持っていき配布してもらう予定だ。 湯之谷支所を訪れた際に観光課を訪ね、国際雪合戦大会(今年もボランティアとして参加します)の担当の方と初顔合わせ。『雪合戦大会のPRのための資料がほしい』と頼んだら、よろこんでたくさん渡してくれた。今回も楽しみながら参加させてもらおうと思う。 お昼ごろにH・Sさんと会い、ナップサックをもらった。ありがとう。彼女は自分の名刺がほしいというので、名刺作りを引き受ける。広報活動が終わって家に帰ってから作ったのだが、その際に著作権フリーの素敵な画像素材サイトをみつけた。そのサイトの素材を使って、またリニュしてみようかな?脱力生活日記♪いち大リニューアル…まぁ、時間があればだけどねw ボチボチやっていこう。 それにしても雪がえらく降って、雪片付けに大分時間をとられてしまう。おかげで楽天の友だちのページも巡れずにいる。ごめんなさい、近いうちに皆さんのところへ訪問しますので、しばしおマチオw(笑
2005/01/31
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※以前この日付でUPした日記、“コンストラクティブ・マッチング”は、1/24日分の日記に移動しました。 今日はUMEXの“巻き寿司パーティ”の日。 12時半にT・Y改め“つよ”くんから迎えに来てもらい、1時前に会場入り。会場設営や巻き寿司の材料の下ごしらえなどを手伝った。太巻きの材料のきゅうりやたくあんなどを細長く切った。イベントの開始時間が近づくほどに、国際大学の学生さんやUMEXメンバーとその子供たちなど、続々と開場を訪れた。学生さんに呼びかけて、下ごしらえを手伝ってもらう。食べたことはあっても、ほとんどの学生さんにとって寿司作りは初めての体験だったろう。女性の学生さんたちは特に、酢飯の作り方やまきすの使い方などを興味津々で見つめていた。 この日のメニューは、太巻きといなり寿司、そしてカッパ巻きとカンピョウ巻きと納豆巻きが少し。テーブルに並べられたまきすの上に海苔を置き、ご飯を敷き詰めて巻く。UMEXメンバーの先生のお手本を見たあとで、学生さんたちはおっかなびっくり巻き寿司を作っていた。皆手際がよく、大きさはまちまちながら美味しそうな巻き寿司が次々にできあがっていく。 子供たちはというと、別室でいなり寿司を作っていた。様子を見に行った際に、“秋葉系の人”というたいへんありがたくないニックネームを頂戴した。小学6年生くらいの、悪ガキ4人組だ。小さなお子さんの中には、U幼稚園の生徒さんの兄弟がいて、遠足に一緒に行った“ゆきぼうし”の人として認知されていたようだ。高い高いがお気に入りのようで、せがまれるままに何度も抱き上げた。たいへんいい運動になった(笑)。 巻き寿司といなり寿司の両方ができあがり、いよいよ食べる段に。どちらもびっくりするほど美味しかった。寿司と一緒に、お茶やコーラなどのソフトドリンクが振舞われた。あちこちで談笑しながら寿司をほおばる学生さん、UMEXメンバーと子供たち。記念撮影のフラッシュが、そこここで焚かれていた。美味しいものを食べているときは、皆いい顔をしているものだ。 大成功の寿司パーティ。かなり大量の寿司が、閉会までにはすべて食べ尽くされた。余っていたきゅうりや卵焼きや味付けしいたけなどの食材も皆で完食。今日のイベントでは英語を話す会員さんの参加が少なかったのだが、そのおかげで、美味しいものを一緒に楽しむのに言葉はいらないということを実感できた気がする。今回も、ごちそうさまでしたっ!
2005/01/30
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合宿2日目の朝。8時にKaccoさんが起き出す物音で目が覚めた。前日の疲れが残っていたものの、倦怠感は無い。すぐに起きて布団をあげ、スポーツ・センターのホールに行ってみた。 備え付けの厨房ではすでに朝食の準備に取り掛かっていた。パンあるいは前日の残りのカレーを使ったカレーうどんとサラダ、スクランブルエッグなどなど。どれも皆美味しかった。 昨日日帰りで帰ったはずの“わったん”が自分で焼いたパンを持参で再び来ていた。彼の焼いた食パンをいち枚、オレもいただいたけど、美味しかったw 特に、耳の部分が香ばしくて最高!前日の晩、眠らずにか眠れずにかわからないが、焼いたのだそうだ。 わったんもギターを弾き、ゆずのコピーをしているという話を聞いていたので、次回のレッスン・ルームで一緒にやってみないか?と誘った。…ところが、彼のギター歴はアルバムの“ユズモア”以降から、オレの持っている“ゆず全曲集”は古いもので、“トビラ”までしか載っていないことが判明。お互いに知っている曲を探すのは難儀しそうな雰囲気。まぁ、始めてみればなんとかなるだろうし、お互いに教えあってもいいわけだしね。“ユズモア”以降のゆずの曲も聴いてみようかと思う。 10時チェックアウトの予定だったのだが、Kaccoさんの交渉で12時まで延長され、それまで楽しくおしゃべりしながら過ごした。初参加だったのに、まったく無理なく受け入れてもらえたことには、うれしい気持ちと参加者のみなさんにたくさんの感謝を感じている。 前回の忘年会以来のプライベートな場でのお付きあいに参加させていただいて、以前から知っているKaccoさん、ねーさん、miru氏、マッキー、カズッチとはより深く知りあえたし仲良くなれた。感謝っ! わったんとは、ギターでのコラボを楽しみにしている。よろしくねw やっちには素敵なピアノの演奏をありがとう。また聴かせてくださいね♪ なちかさん、また面白い趣向で楽しませてくださいね。魚沼支部でも、負けずに盛り上げたいと思います。 コロさんには、次回のレッスン・ルームでお会いできたら、ギターの演奏など教えてほしいです。お願いしまっす! とーさん、お話できて良かったです。今度は泊まりでぜひ参加してくださいね。 かーさんのパワーには圧倒されっぱなしでした。またバスケで対戦しましょう。HPの方へも、お邪魔させていただきますね♪ ヒロさん、同じ魚沼市から参加者がいるとは思わなかったので、びっくり。これからも仲良くさせてください。 今回あまりお話できなかった方たちも含めて、参加された皆さんに心からの『ありがとう』を。 Kacco応援隊のメンバーとして、これからもいろいろなイベントに参加させていただきますので、その時にもっと仲良くなれたらいいですね。どうぞ、よろしくw
2005/01/29
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Kaccoさん主催の“雪合戦合宿”に参加するため、三条市まで行ってきました。 朝7時前に電車に乗り、相変わらず一部単線、30Km以下で運転の上越線で長岡へ。そこから信越線に乗り換えて、目的地の東三条駅に着いた。駅ロータリー脇のバス乗り場の公衆電話からKaccoさんの携帯にTelし、到着を告げた。 しばらくして迎えに来てくれたのは“ねーさん”電話では本名を告げていたため、来たのがオレだとは思っていなかったようで、ちょっとびっくりさせてしまったようだ。 駅から車でしばらく走り山道を登ったところに、今回の合宿の会場のグリーン・スポーツ・センターはあった。車を降り、荷物を降ろして建物に入ると、マッキー、カズッチなどの見知った顔に会い、ほっとひと息ついた。miru氏はそれより遅れて来たのだったかな?初対面の人が5,6人。早速前日用意した手製の名刺を配り、挨拶してまわった。同時にたくさんの方から名刺をいただき、お知りあいがまた増えた。 前日電話していただいたとき、Kaccoさんが『他に用事があるから朝は居ない』と言っていたのは、魚市場に競りに出かけていたからだった。オレが他の参加者にひと通り挨拶を終え、落ちついたとこにKaccoさんが到着した。合宿のための荷物・食材と、市場から仕入れてきたハタハタと、大きなカニを8杯持って。忙しく動き回るkaccoさんを、誰からということもなく皆自然に手伝いだす。出だしからとてもいい雰囲気に触れ、うれしくなった。 しばらくおしゃべり&休憩した後、有志で昼食のカレー・ライスを作ることに。にんじん、ジャガイモ、玉ねぎなどの野菜を切って下準備。玉ねぎのみじん切りを終えたところで、Kaccoさんから飯炊き役を頼まれ、戸外で竈(かまど)を使ってご飯を炊くことに。両手を回しても抱えきれないほど大きな釜を、専用の鉄製の竈を使って米を炊く。今回初対面のKacco応援隊のメンバー、“わったん”と“やっち”に手伝ってもらった。竈の下に薪を置いて、新聞紙を焚きつけにして火をつける。着火剤を使ったからか、最初から勢いよく燃え出した。『20分くらいしたら炊けるから』とのkaccoさんの言葉に従ってふたを開けてみると、いい感じに炊けているように見えたのだが、炊き上がったご飯をほぐしていると、釜の底や周囲の部分にこげ過ぎて炭化した米が…。おこげは美味しいものだが炭は食べられない。さいわいなことに、食べられないほどこげているのは釜周辺だけだったので、大部分のご飯は助かった。いいタイミングで釜を火から降ろすことを提案してくれた、わったんに感謝!しゃもじを使ってご飯を保温器の容器に移した。できあがったご飯は、おこげがまんべんなくいきわたり、見た目サフラン・ライスのようだった(笑)。 カレーは何故、大量に作ると美味しいのだろう?楽しくおしゃべりしながら楽しく美味しいカレーをいただいた。 何故か判らないが、カズッチの散髪を会場でやっていて、オレもちょっとだけ刈らせてもらった。考えてみるとひとの頭にバリカンいれるのって初めての経験。おっかなびっくりだったけど、仕上がりが1分刈りだからできること。散髪のほとんどは、なちかさんがやっていた。仕上がりの印象はわかりやすく言うなら、総合格闘技に燃える筋骨隆々なマルコメくん(笑)。頭蓋骨のかたちがよくわかる、見ていて気持ちの良い髪形(と言っていいのだろうか?)になった。『マチオさんもやってもらったら?』と誰かが言っていたが、丁重に遠慮させていただいた。 昼食後休憩を取り、体育館で運動することに。今回は“雪合戦合宿”ということだったのだが、雪が少なすぎたので体育館での運動のみに変更になったようだ。体育館への移動の途中、ふざけあって雪玉をぶつけあったりした。 体育館での運動。まずはソフト・バレー・ボール。普通のバレー・ボールよりふた周り以上大きくてやわらかいボールを使ってプレーした。オレはバレー・ボールは苦手だと思っていたのだが、ソフト・バレーに関してはその限りではないらしい。決して上手ではないが、それなりにプレーできることを発見してうれしく思った。内履きを持参しなかったので、最初はスリッパを履いてプレーしていたのだが、あまりに動きづらくて業を煮やし、裸足で参加することにした。足は冷たかったが、思い通りに動ける事が何より重要だったので。2チームに分かれての対抗戦は、3セットマッチの1セットずつを取りあい、最後はオレのいたkaccoさんのチームの勝利。まぁ、向こうのチームは6人なのにこっちは7人だったんだけどね…。 その後、有志参加でバスケット・ボールの試合。これには、参った。ソフト・バレーと違い、運動量が半端じゃない。走って、走って、息が切れて…。それでも楽しくて、ぜいぜいいいながらボールを追いかけ、相手チームの選手をマークし、時にシュートする。最後はくたびれ果ててダウンしたが、めちゃくちゃいい運動になった。 休憩を挟んで夕食の準備。メインはハタハタを使った鍋と、丸ごと茹でたカニ8杯。それに焼きソバやから揚げ、焼き鳥などなど。夕食の時もほとんど全員で準備した。カニは鍋に放り込まれるまで生きており、茹で上がると甲羅が真っ赤になった。鍋はハタハタの他に白菜、だいこん、にんじん、えのき、しらたきなど。しらたきはオレが塩もみして入れたのだが、カットするのを忘れたために鍋の中でラーメンのような状態に(笑)。これもご愛嬌というもの。 1泊してこれだけのごちそうをいただいて、参加費¥3,000は破格の安さ!Kaccoさん中心にみんなで用意した料理はどれも美味しかった。『カニを食べていると無口になる』と言われるが、そういえば夕食が始まった直後は皆黙々と食事にいそしんでいた。もちろん、オレも。パイナップルが丸ごとふたつ、デザートとして用意されていて、Kaccoさんが上手に装飾してカットして出してくれた。パイナップルの芯は、ほとんどオレが食べました。歯ごたえがあって美味しいのだ。生のパイナップルは滅多に食べないのだが、パイナップルの芯は大好物だ。実の部分は嫌いじゃないが、特に食べたくなることはない。 食事の前後に、Kacco応援隊メンバーのやっちが、ピアノの演奏を披露してくれた。Kaccoさんは、新潟市で、楽器などの演奏の練習をする場、“レッスン・ルーム”を主催しているので、メンバーの中はいち芸に秀でた人がたくさんいるのだろう。FFのチョコボの曲が、オレ的には耳に馴染んでいてうれしかった。その他の曲の演奏も、とても良かったと思う。 食事の後、日帰りメンバーが帰ったあとで、スポーツ・センターの大きな風呂に入って汗を流した。Kaccoさん、ヒロさん、カズッチ、わったんと後から来たコロさんと一緒。足の伸ばせる大きな風呂は最高。スポーツで汗を流した後ならなおさらだ。ここには書かないし他言できないのだが、入浴中にちょっとうれしくなるような話を聞いた。身体だけでなく、心もあたたまるような。誰かのしあわせをよろこべる自分をみつけることができたことに、感謝したい。 入浴後、久しぶりにビールを2杯のんだ。最初にちょっとだけ飲んで、後はお茶で酔いを覚ましていく。飲み会での最大のイベントはカズッチをはじめとする応援隊メンバーによる仮装披露大会。本人の希望により、誰かさんの分は割愛させていただく。 カズッチは総合格闘技の胴着を着て登場。他にいわゆるひげメガネ風の変装グッズをみんなで試着したりして楽しんだ。酒が入っていることもあり、悪ふざけはどんどんエスカレート。カズッチの後頭部にボールペン(!)で顔を書き、メガネを装着してみたり、ケチャップを血糊に見立てて乱闘シーンを模した写真を撮ったりもした。…ちなみに顔をケチャップまみれにしたのは他ならぬオレでした。 深夜1時くらいまで、飲みながらしゃべってた。つーか最後の方はかーさんの独壇場だったか(笑)。皆眠くなったので、お開きに。それぞれ割り当てられた部屋に戻り、就寝。Kaccoさんの隣の寝床で寝付くとき、少し言葉を交わした後に寝た。 続きはまた明日w
2005/01/28
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お昼過ぎごろだったか、Kaccoさんから電話をいただいた。明日の“雪合戦合宿”の参加確認の件で。 こちらから連絡しなければなw …と思いつつも、鬱モードでだらだら先延ばしにしているところだったので、電話してもらって救われた思いがした。もちろん参加するつもり。人様のお家にお泊りするのは久しぶりw 今回はどんな人と知りあえるか、今から楽しみだ。 つーわけで明日のために名刺を作ってみた。ヤフーで検索して、名刺プリント用のフリーソフトをダウンロード。名前とHPアドとメルアドのみの名刺。フリーソフト(その名も“名刺を作ろうっ!”。まんまやん…)の操作は簡単で、ほとんど悩まずにできた。とりあえず16枚作ったので、明日初対面の人がいたら渡そうと思っている。 今日はまぁこんな感じで。風呂入ったらギターをちょっと練習した後で寝よう。明日は朝が早いのだ。 掲示板やメールで言葉をくれたみなさんに感謝です。どうもありがとうございました。
2005/01/27
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調子が良ければ、国際大学の日本語授業ボランティアに行こうと思っていたのだが、9時過ぎに始まる授業のため、7時前に出かけなければならないことが億劫でやめにした。南魚沼市に出かけるのなら、デイケア施設やU幼稚園に行こうとも思っていたのだが、なんとなく気持ちがそういうふうに乗ってこないんだからしようがない。 とりあえず何かしたい気持ちはあるというか、何もしないでいるのは非常に居心地が悪いのだ。休み休み、家の周りの雪を片付けたりして過ごした。 そういえば午前中弟と、近所の蕎麦屋、“いたや”に行ってきた。隠れた名店だという評判なのだが、雪の積もっているこの時期は、隠れすぎていて辿り着くのに迷ってしまった(笑)。コシがあって歯ごたえの良い蕎麦。大盛りは¥200増しとお高めなのだが、それだけに驚くほどの量で出てくる。ごちそうさまでした♪ 2時半ごろ、Oさんから電話がかかってきて、かたくりの会に来ないか?と誘われる。そういえば今日は水曜日だったっけ…。とおっとり出かけていき、4時くらいまでOさんとSさんとおしゃべりして過ごした。『人間は怖いけど、でも人間が好きなんだよね』とは、Sさんの言葉。まったく、同感だ。 それから、超久しぶりに創作系のページを更新し、データをUPしたっ!フィクションの文章を書くことに関しては、リハビリしながら徐々に再開していきたいと思う。 雪を掘って身体を動かすとアドレナリンが分泌されるからか、ちょっとだけ調子が良くなるようだ。そういう時間を利用して、日記を書いている。何だかよく判らんが、春よw 早よこいっ!ってな気分でいる(笑)。
2005/01/26
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ボランティア・センターへ、心配事相談に行ってきた。 相談員のY沢さんと、去年の10月ぶりに再会。おかげで話すことがたくさんあった。『鬱ででもなけりゃ、過労死するかも?』というオレの言葉に笑ってくれた。いや、ほんとうにそれくらいやりたいことがあり、行くべき場所、参加できる活動には恵まれているのだ。まー、ほんとに鬱の症状がかなりこうじていて、つらいことはつらいのだが、これはこれで深い理由があってのことかもしれないしね。オーバー・ワークを避けるための、心の防衛機能なのかもしれん。 いつだって、その時なりにそれなりに、それしかできないしやるしかない。 どうにも何かやる気が起きず、日記も滞っているんだが、それもまぁ、いいんじゃない?ダメなときはダメなんだから、焦らずゆっくりとやる気が起きるのを待つのがいいのかもしれない。 誰か何か、言葉をください。お願いします。
2005/01/25
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※この日記は1/30に書かれました 1/23の“リカちゃんのサイコのお部屋”に関しての追加記事を書こうと思って、なかなか書けなかった。コンストラクティビズム(現実構築主義)について思うところを書こうと思っていたのだが、なかなか思考がまとまらなかった。 今回Kaccoさんの合宿に参加させていただいて、その実践のための最良の場を提供してもらったと感じている。コンストラクティビズムというのは、 自分の認識している現実は、単に自分自身の認知システムが独自に構築したものに過ぎない。ひとりひとりがそれぞれ違った認知システムを用いた現実を抱えているのだ。つまり、ひとりひとりにとっての現実は人の数だけある、という考え方。 なんだか自明のことのようだが、実践することは難しい。ともすれば人は、自分自身の常識や信念にとらわれ、ときにそれを他人に求め、あるいは強要する。それに合致しない者は虐げられ蔑まれあるいは怖れられて、差別や偏見を生む原因になっている。 自らの心の内に他者への共感を生み出すための想像力には限界があり、受け入れ難い思想や信念を肯定も否定もせずに、他者の心の内にあるがままにしておくことは人間にとってとても難しいことだと思う。理解が困難なものは皆、否定し排斥しようというふうに心が動いてしまう。それもまた、人の心の持つ弱さゆえであり、避けがたいものではあるのだが…。 『私はこう思う』『私はこう感じる』ということは誰にも否定できない。同時に他者のそれもまた、自分にとってどんなに受け入れ難いものであっても、否定することはできないのだ。理解不能なものを怖れる自然な心の動きとは別に、そういう考え方を受け入れることによって、まずは他の人の言葉に耳を傾けていく。自分にとってどんなに受け入れ難いものであっても、その人がそう感じているということを認めるということ。心の深い部分を開いて人と接するにはまず、その姿勢がないといけないと信じる。 自分自身の現実と他の誰かの現実との違いを認め、より深い関係を築くために新たに現実認識を再構築していく作業を、コンストラクティブ・マッチングと呼ぶ。お互いの認識している現実を知り、どちらも否定せず認めあって共通の現実認識を作りあげる作業だ。完璧に一致することは決してない。ただ、お互いのそれを認め、尊重しあうというだけでも、得られる信頼は格段に違ったものになると信じる。信じあう、ということは決してひとりではできないのだ。 耳を傾けること。そして、信じること。決して完璧じゃなくていいから、常に思い出しては自分自身の言動と態度を改めていきたいものだ。他の誰かの話に耳を傾け、信じること、そして認めること。自分と違う現実認識を持つ他者との触れあいの中には、自分には知りえない驚きと知恵とよろこびがつまっているのだ。そういうものを、もっと知りたいと願う。
2005/01/24
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【強迫観念】 【強迫行為】 【拒食症】 【ボディ・イメージ】 【自閉症】 【豊かな自閉】 【スチューデント・アパシー】 【無気力・無感動】 【幻覚】 【情動錯覚】 【象徴界】 【内部時計】 【睡眠相遅延症候群】 【移行領域】 【リンボ界】 【クレランボー症候群】 【抑うつポジション】 【抑圧】 【白昼夢】 【二次加工機能】 【空想虚言症】 【作業神経症】 【遁走】 【短絡反応】 【郷愁反応】 【健忘】 【追想錯覚】 【追想機能】 【パノラマ現象】 【無意識の核】 【夢の臍】 【山あらしジレンマ】 【ピーターパン症候群】 【シンデレラ・コンプレックス】 【不思議の国のアリス症候群】 【恐怖症】 【隠喩】 【ソジーのイリュージョン】 【オートソジー】 【皮膚寄生虫妄想】 【腸内寄生虫妄想】 【応声虫】 【敏感関係妄想】 【中核性別同一性】 【トランスセクシュアリズム】 【森田神経質】 【来談者中心療法】 【ガンゼルの偽痴呆】 【マリファナ神経病】 【無動機症候群】 【不完全相互認知性・交替性多重人格】 【荷下ろしうつ病】 【引越しうつ病】 【昇進うつ病】 【ティプス・メランコリークス】 【天才和音】 【二人組精神病】 【オセロ症候群】 【嫉妬妄想】 【境界例】 【イマジナリー・コンパニオン】 【脱錯覚】 【デジャ・ヴュ】 【エディプス・コンプレックス】 【ダブルバインド】 【ゴムの壁】 【内省型】 【ナルシシズム】 【迂回されたナルシシズム】 【対称癖】 【病的幾何学主義】 【現実との生ける接触】 【フェティシズム】 【虚勢不安】 【ライフ・サイクル】 【自己同一性】 【同一性拡散症状群】 【汚言症】 【言語新作】 【コンストラクティビズム】 【コンストラクティブ・マッチング】 【社会的催眠】 【永続的な祝祭】 【ディオニュソス的陶酔】 【トントン拍子体験】 【イントラ・フェストゥム】 【孤独飲酒・社交的飲酒者】 【アクティング・イン型】 【複雑酩酊】 【出会い損ね】 【会食不能症候群】 【分裂(スプリッティング)】 【バーチャル・リアリティ】 【離人症】 【異常接近感覚】 …っと。 上に挙げたのは、“リカちゃんのサイコのお部屋”(香山リカ著 扶桑社刊 ¥1,200)に出てきた、主に精神保健に使われる用語の数々。必ずしも精神疾患への関連性を意味しないとしても、人の心の中に起きる問題を扱うためのキーワードたちだと思ってください。前述の書の巻末の索引から抜書きしてみた。こんだけ並べたのは、数の力の説得力を借りようと思って。全部読んだ方(いないと思うけど)、おつかれさまでした。 “リカちゃんのサイコのお部屋”は、扶桑社の雑誌“SPA!”に連載されていた、著者香山リカさんの相談コーナーに寄せられた質問とその回答によって主に構成されている。ダイエットや会社での人間関係、家族の奇妙な癖についてなどのわりとありふれた質問に混じって、『ホンマかいな?』と首を傾げたくなるような珍妙でディープな相談も載せられていて面白い。『このコーナーに寄せられる質問は、皆ほんとうに読者から送られてきたものなのでしょうか?』という質問に答えている回もあり、著者の言によると、多少の脚色やプライバシーへの配慮はあるにせよ、すべてが実際に読者から送られてきた相談を基にしているもののようだ。 おそらくは、上に挙げた専門用語でさえ氷山の一角なのだと感じる。生きている人間の数だけ、心の問題や悩みはあり、それぞれに共通性はあるにせよ、おそらくは皆別の問題として扱われるべきなのだ。ただ、それだと学問体系が構築できないし、臨床にも応用できないから、人の心に起きる同じような反応を便宜的に名前を付けて呼んでいるだけで。抑うつだろうが、境界例だろうが、それぞれの心に起きている現象は皆それぞれに違うものなのだ。上記の言葉たちは皆、人の心に起きうる問題を説明するために用いられる。おそらくは過去から連綿と、幾多の人々の心に去来した感覚または精神の機能なのだと思われる。文明が進み、食べることに困らなくなった現代日本だからこそ、その次の段階の精神が問題にされる土壌がそなわってきた結果なのだろう。衣食足りて精神疾患を知る、というところか。 鏡の中の自分自身に恋をしたり、一緒に食事をした異性が口を拭いた紙ナプキンにしか性的興奮を覚えなかったり、自分は超能力者だと信じ、その力を社会に役立てるにはどうしたらいいでしょうか?という質問を送ってきたり…。本人でなければその感覚を想像することが困難な相談内容であっても、香山リカ先生は皆きちんと、冷静に受け止めて回答している。『人間の頭の中に起きる感情や考えは、まったくなんでもありなんだ』ということを良く知っているからこそだろう。 『数の力の説得力を借りる』と書いたけど、これだけ精神的な問題やそれに関わる言葉が並んでいれば、その中のどれかは自分にあてはまるかも?って感じてもらえるかな?と思って。そう思いながら読んでみると、『あ、ひょっとすると自分はコレかも?』っての、ありませんか?あてはまらないまでも、『これはかすっているかも?』とか。敢えてそれぞれの説明はしない(できない)けど。何かひとつ、自分にピンとくるものがあるのではないでしょーか? …いやいや、別に脅そうってわけじゃなくて(笑)。上記の言葉たちは診断名として使われるものは多分そんなに多くないです。よく聞く鬱だの統合失調だのと言っても、自分のその症状と折りあって生活できるのなら、そんなに騒ぎ立てるほどのものではないと思うしね。よくしたもので、心のトラブルというのは実は、心理的なカタストロフィ(破綻)を避けるために起きていることが多いようです。つまり、より深刻な事態にならないための防衛手段として、心に備えられているれっきとした機能の発露であると。適応機制とか防衛機制 (高校の保健体育で習った?)のようなものでしょう。程度の差こそあれ、誰の心にも起こりうることだし、それがまったく無い人の方が、なんだか怖い気がするくらいのもので。 病気として治療を要するかどうか、あるいはそれらが大きな問題とされるかどうかは、つまるところその人自身がどう社会に関わっていくのか?という問題に於いて測られるべきもので、十把一絡げに精神疾患だからとか、神経症だからとかで危険人物扱いされたり、憐れまれたり蔑まれたりという偏見の目で見られることもすごく苦痛なんだよね。身体的に完璧に健康な人が存在し得ないように、心的にも完璧に健康なんてあり得ないんだしさ。要は心の振幅の揺れ幅の問題なんさ。自分自身の状態と問題を認め、受診することでそれらに向きあっている人たちよりも、『自分は大丈夫』って何の根拠も無いままに信じ込んでいる健常者の方が、ある意味よっぽどアブないんじゃないの?(あ、また健常者差別発言が…)。
2005/01/23
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市の社共の主催する、“シェイクハンドの会”へ行ってきた。いつも¥200でご飯とおかず3品つきの昼食がふるまわれる。今回はシチューとほうれん草の胡麻和え、フルーツ・ヨーグルトサラダ(?)と、グリーンピースご飯だった。美味しかった。 集まる人は皆、精神疾病を患っている方で、見知った顔ばかりだ。先月はUMEXの行事で出席できなかったため、2ヶ月ぶりの参加になる。『お久しぶり』と声をかけてくれる人が多かった。特別な行事が無いときは、皆思い思いに、おしゃべりやカラオケをしたり、将棋を打ったりして時間を過ごす。オレの倍の歳のヒロシさんというおじいちゃんやその他ふたりの人とオセロを5回、対戦した。4勝1敗の成績。最後の方は近所に住む人で、苦戦の末に敗退。なかなかいい勝負だったと思う。 今月は1月ということで、2チームに分かれて競いあう、福笑いなどのゲームが行われた。オレも目隠しをして福笑いに参加したけど、きちんと整いすぎて、笑いを誘う顔にならなかったのが残念。指先の感覚だけで空間を認識する不自由さが面白かった。『福笑いなんて』と侮れない。何ごとも実際にやってみないと、判らないことはあるものだ。 それぞれのゲームごとに、¥100ほどの賞品を皆思い思いに選んでもらっていく。オレがもらったのは、あひるの顔がついたハンガー、プラスティックの皿、携帯用買い物袋と森の香の芳香剤の4点。 ↑はハンガーについていたアヒルの顔。久しぶりに“ペイント”を使って描いてみた。どうも…かわいすぎるなぁ。実物はもっと、とぼけてふてぶてしいような、それでいて愛嬌のある顔をしている。賞品は他に、カップ・ヌードルやタオル、ティシュ・ペーパーなどがあった。オレがもらったものは皆、¥100ショップのダイソーで仕入れてきたもののようだった。 シェイクハンドの会から帰って来て、放ったらかしだった家の脇の雪を片付けることにした。家の南に面した側は、自然落下で屋根から雪が落ちるので、片付けなければ積もり放題で、1回のサッシのガラスを覆い尽くしていて、割れるのではないかと弟が心配していたのだ。 山と積もっている雪の上に登り、スノー・ダンプを使って雪を河原の方に落としていく。しっかりと踏み固められた雪と違い、雪それ自体の重みで溶け、ところどころクレバス状になっている。表面から見ても判らないので、不意に足をとられて雪の中に埋まるハメに。自然にできた落とし穴のようなものだと思ってもらえばいいだろうか。 悪戦苦闘の末、なんとか大丈夫だろうと思えるところまで、雪を片付けた。表は寒いが、休憩をいれるたびに汗だくになっており、その度に着替えなければならないほど。うん。いい運動にはなった。 身体を動かす単純作業はいいもんだね。なんだかんだと考えなくても、自分のしたことの結果は、終わってみればハッキリと目で確認できる。雪片付けの終わった部分は、特別にしつらえた雪のステージのように思えて楽しい。いつなんどき屋根から雪が落ちてくるかわからないので実際に使えはしないが、自分の仕事に満足できるのはとてもうれしい感覚だ。 ようやっと日記が、現実の時間に追いつきそうである。焦って書き込まなければならないものではないけどね。ま、こんな感じでボチボチと行きますわ(って、誰に宣言してんだか?:笑)。
2005/01/22
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金曜日の夜のUMEXサロンでは、スリランカ沖地震と津波について、現地出身の学生さんたちから現状を学ぶ会に関してミーティングが行われた。インド・インドネシア・タイなどの国からは、たくさんの学生さんたちが国際大学に来ているし、知りあいの学生さんたちも多い。TVその他の報道機関を通しての情報ではなく、その地域出身者の生の声を聞こうという試みには大きな意義があると感じる。国際大学の学生さんの中には犠牲者はいなかったのだが、家族や友人が犠牲になったケースはあるらしく、痛ましいことだと思う。 中越震災の記憶や関心は、時間が経つほどに薄れてきている。どんなセンセーショナルなできごとも時の流れとともに、記憶の中から徐々に削除されていくのは自然の理なのだろう。それを批判する気は毛頭ないし、なんとなれば阪神大震災や普賢岳、三宅島の噴火のときの自分を振り返れば、そのことで他人を責めるよりまず自らを反省することが先だと感じる。同じ市の中に、震災のために家に帰ることができず、今も仮設住宅に住んでいる人だっているのに、そんなこと忘れてしまったように暮らしている自分がいる。たいせつなことは、忘れないこと。当事者の立場に立たなければ、気付けないことだと思う。 同じように地震の被害と恐怖を経験した者として、この地域からつなみ被災地をサポートしようという試みが立ち上がることはとても意義深いと思う。困っている人がいるのなら助けあう、というのは当たり前になるべき意識だと感じる。7・13水害の被災地で、中越震災の被災地で、全国から集まってくる助けの手を身近に感じ、この国はそういう助けあい・支えあいの意識が豊かに育っているという感想を得た。エコロジーとか、ボランティアとか、そういう良いことが日本人は好きなんだな。そういう面での日本人の善良な国民性は、肯定的に認めても良いのではないかと思う。流行でもいいのだ、廃れさせなければ。 今、この地から行動を起こすことは、“施し”ではあり得ないのだ。いつまた同じような災厄にみまわれるか判らないということを、身を以って学んだ直後だから。つなみの被災地をサポートすることは、単に現地の利益にかなうばかりではなく、自分たち自身のためでもある。忘れない・忘れられないことの意味を、被災した当事者とサポートする者両者の立場から学ぶ機会が与えられていることは、恵まれているとさえ言えるだろう。 ミーティングでは、当日発表する学生さんたちとメンバーで催しの内容と進行についてとサポート活動の方法について、熱心な議論が交わされた。正直言って今は手探り状態。義捐金の使い道や送金方法、その他の支援として何ができるのか?UMEX内部にも、サポートの具体的な方策の案は未だに無いし、どのようなことが有効かつ可能なのか?それを知るには現状を学び、現地の人々の意見を訊かなければできないことだろうと考える。T田さんが言うように、とおり一遍のものでなく、復興に要する長い期間を継続して行われるものになるように、自分のできることに微力を尽くしたいと思う。折々に、おぼえて祈り続ける。そのことを続けられるように。
2005/01/21
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木曜日は心配事相談の日。13時半から、N沢さんを訪ねた。弟から車を借り、市のボランティア・センターに向かった。 先月からのもろもろのできごとや、最近思うことなど。1時間半たっぷり使って3時まで、とにかく話したいことを話して、聞いてもらった。毎回毎回、話すことは尽きない。とめどなく続くオレの話に付きあってくれる相談員の方たちは、いつもさぞやたいへんだろうと思う。心許せる相手がいるということは、ありがたいことだ。 ホームページ・コンテスト応募受付完了のメールが届いた。創作系のページの方も、エントリーするために更新作業を再開しようと考えている。まぁあせらずゆっくりと。
2005/01/20
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この日はお昼から、前日刷り上ったUMEXのニューズ・レター、“かわらばん”の発送作業に参加した。専用の封筒にプリントされた宛名シールを貼り、“かわらばん”を、いち枚いち枚手で折ってその中に入れていく。郵送代節約のため、前日の母国紹介のイベントに来て持って帰った人の分は除いて発送するのだが、T田さんの書いたメモの略字の解読作業がいち番てこずった(笑)。 T・YくんとBさんという会員の方とともに作業していたら、子供づれの外国の方がサロンを訪れてくれた。日本語チューター・プログラムに参加したいとのこと。あれこれ説明した後で、レターの封筒詰の作業を手伝ってもらうことになった。シンガポール出身の方で、IUJ(国際大学)の教授の奥さんなのだとか。新潟に来る前は、大阪で暮らしていたそうだ。一緒に来ていた娘さんは3歳。ちょっと人見知りの、とてもかわいらしい女の子だった。 作業をしながら、とても楽しいおしゃべりの時間を過ごした。昨年の12月にこちらに赴任してきたばかりで、お知りあいや友だちもまだできていなかったようで、UMEXを利用してこの地域に慣れてほしいものだと感じた。 BさんT・Yくんを交えて、4人とちいさいひとりで、和やかに過ごすことができた。思いがけない出会いがあるのも、こうして外に出て人と触れあう機会があってこそ。最近、オレの対人関係のセンスがインフレーションを起こしているような気がするので、オンでもオフでも、出会いと交わされる言葉と、お互いの気持ちをたいせつに、改めて考え直してみたいと思う。 住んでいる魚沼市で、ホームページコンテストなるものが催され、このページをエントリーした。個人部門は内容に特に制限は無く、応募資格は魚沼市在住者または出身者のウェブ・ページであることのみ(※魚沼市に関連する個人の作品の場合は出身を問わない)。去年の最優秀ページを募集要項のページから訪れてみたのだが、川魚を題材にしたコミカルな3DCGの作品が多く掲載されている、すごくカッコいいページだった。3Dグラフィックに興味のある方には、ぜひお奨めのページです。上位入賞を目指しているわけではないけど、身近にこういう生活送っている人間がいるって、アピールできたらうれしいと思ってます。最優秀賞の、文具券3万円分は確かに魅力的だけどねw
2005/01/19
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夜19時半から、ユメックスのサロンで母国紹介のイベント。今回はモンゴルの学生さんがプレゼンター。PCで作成したファイルと、動画をプロジェクターに繋いでホワイトボードに映し出して説明した。 モンゴルでは牛肉が日本の1/10の値段だとか。スポーツは相撲、乗馬、弓道が盛んだそうで、さすがは遊牧民族の国だ。夏のお祭りのときのモンゴル相撲大会や、モンゴルの鷹匠、ゴビ砂漠を走り抜けるオフロード・バイクや駱駝の映像など、とても楽しめる興味深い内容だった。プレゼンターの学生さんの、日本語チューター・プログラムのパートナーの方が通訳を務め、IUJの海外からの学生さんとUMEX日本人メンバーが同時にモンゴルについての理解を深めることができた。 プレゼンテーションが終わり、質問の時間には驚くほどたくさんの質問が、学生とメンバーの双方から出された。人数的にも、サロンの一室に入りきれないほどの来場者があり、大成功の母国紹介だったと感じた。 母国紹介が終わった後で、T田さんがプリントし終わった1月号のニューズ・レター“かわらばん”を持ってきた。刷り上った実物を見るのに、実はちょっとドキドキだった。T田さんからも、広報担当のM・Tさんからも、『初めてにしては上出来』という評価をいただいて、ほっとひと安心。最後の仕上げは、T田さんにお任せだったけども。何はともあれ、滞りなくやり終えて、よかったw
2005/01/18
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まずは前日の、“こわれ者ロック”公演後の食事会の模様から。 主催者のmiruさんを含めた、10名のオフ会メンバーでイタリアン(?)料理のレストランへ。皆思い思いに注文し、オーダーが終わったところで簡単な自己紹介をした。初顔合わせの方が、4名ほど。今回も遠路はるばる埼玉から来たイクコちゃんや、マッキー&カズッチ、朱鞠さんとその彼氏などのいつもの面々と久しぶりの再会を果たした。 それぞれにオーダーを終えると、簡単な自己紹介。向かい側に座った、初対面の3人の男性は、いずれもKaccoさんの“レッスン・ルーム”の関係で、今回のイベントに参加したようだ。皆、『パフォーマンスの迫力に圧倒された』との、共通の感想を抱いていたようだった。 真向かいに座っていたおふたりさんは兄弟で、朝日村から来たとのこと。お兄さんの方がKaccoさんから『お笑いに向いている』と言われ、相方を募集しているという話になった。ショート・コントをやりたいのだそうだ。『募集しているのは、ボケですか?ツッコミですか?』と訊ねると、ツッコミ役を探しているとのこと。Kaccoさんの“レッスン・ルーム”には、昨年からいち度訪ねてみようと思っていたので、いい機会だと思って、相方に志願した。アポイントがあれば、動悸付けが強まるから、遠い新潟市へも出かけていく気持ちが強まるというものだ。今から来月のレッスン・ルームが楽しみになってきた。 月乃氏が食事会の会場へ来るという話だったのだが、うれしいことに月乃氏と付き人さん、C.Jさん、アイコさん、そして新潟お笑い集団NAMARA代表の江口さんが来てくれた。こわれ者第一回公演からずっと参加し続け、またサポート活動に真剣に取り組んでいるmiruさんの人徳だろう。メンバーの方とステージを離れた交流が持てることは、たいへんありがたいことだと思う。新に参加してくれた出演者を交えて、会はさらに盛り上がり、こわれ者イベントやお互いの活動、メンタルな問題の近況などについて、テーブルのあちこちで盛んにさかんに話しあう姿が見られた。もちろん、堅っ苦しい席ではなく、C.Jさんの名前の由来(コールド・ジョーカーすなわち寒いギャグを言う人)など、笑える話でも盛り上がり、和気藹々の雰囲気だった。イクコちゃんはC.Jさんの大ファンで、月乃氏が『どこがいいの?』と訊くと、『全部っ!』と答えるほど。仲むつまじい様子のふたりを、とてもほほ笑ましく感じた。 終電で帰る人は三々五々会場のレストランを後にし、車で帰る人と泊まる予定の人間が、閉店の12時ちかくまで話し込み、閉会となった。C.Jさんに『駅の近くまで送ってくれない?』と頼んで、乗せてもらったのだが、実は会場のレストランは駅と目と鼻の先…。すぐに車を降り、その夜を過ごすマンガ喫茶などを探すことにした。イクコちゃんは駅の近くのホテルに一泊して帰る予定。オレは近くにマン喫があるとアイコさんが教えてくれたので、それを探して夜をあかそうと決めた。 …ところが、歩けど歩けど件のマン喫は見つからず、結局駅近くのドン・キホーテのあるビルの休憩スペースで朝を待つことに決めた。持っていった“魔法使いハウルと火の悪魔”を読み終え、余った時間はこのページ用の日記(昨日掲載分)を手帳に書き込んだりして過ごした。マン喫は見つからなかったが、前回の池袋滞在のときにくらべたら、天国みたいなものだった(笑)。 * * * どうにか夜をあかし、6時半の高速バスに乗り込む。長岡駅に着くまでの間、1時間ほど眠り込んだ。寝付くまでのあいだに、朝早くだというのに次々とバスに乗り込んでくる人々。新潟市を出るまでには、ほとんど満席だったのではないだろうか? 8時少し過ぎに長岡駅前に到着。上越線のダイヤを調べてみると…。ガーンッ!10時過ぎまで無いではないか。と、上越線の横の上越新幹線の発着時刻表示を見ると、あと5分ほどで東京方面行きの新幹線があることに気付き、ちょっと迷った末にそれに乗って浦佐駅に行くことにした。料金は在来線の倍くらいの¥1,500ほどだったが、Time is money...っつーことで。この日は国際大内のUMEXのニューズ・レターの編集の仕事が残っていたから、なるべく早く着きたかったのだ。 そういえば新潟に向かうとき在来線に乗ったら、地震被災地をとてもゆっくりトコトコと走る電車に、なんだかうれしいようなほのぼの感を抱いた。普段は複線での運転なのだが、震災の影響から現在はいち部単線での往復運転になっているのだ。 新幹線なら、長岡→浦佐間はたったひと駅。駅から大学のバスに乗り、UMEXサロンに向かった。 10時くらいから夕方5時まで、途中食事休憩を挟んでずっと作業を続けていたおかげで、ニューズ・レターは1面を除いてほとんどのレイアウトが終わった。5時に大学を出るバスで、浦佐駅へ。そのあと上越線、只見線で家に帰った。久しぶりに、ほんとに長いながーい2日間だった。自分に、おつかれさまw
2005/01/17
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“こわれ者ロック”参加してきましたっ! 会場に17時に着くつもりが、バスを降りる停留所を間違えて、30分の遅刻。長岡駅からは、乗ってきた高速バスより30分前に発車するバスもあったのに、初めて行く場所だということを考えれば、それに乗るべきだったのだと、自分の思慮の浅さとうかつさを恨めしく思った。 17時半に開場に着くと、こわれ者メンバーから当日出演する、月乃光司さん、アイコさん、C.Jことコールド・ジョーカーさん、木林おずさんの面々と、Kacco応援体調のmiruさんその他のボランティアスタッフ8名がいた。会場の準備はすでに整っており、とりあえずmiruさんと挨拶を交わし、リハを聴きながら近況を伝えあった。 開場30分前くらいに、受付の人員が必要だということで、志願した。それくらいさせてもらわなければ、何のために早く会場入りしたのかわからない。miruさんが入場料の係、オレは来場者にパンフレットを渡す仕事を担当させてもらった。『こんばんは』と、ひとりひとりに挨拶しながら、用意されていたパンフレットを来場者に手渡す。開演前からロビーで待っていた人たちが開場に入りきると、しばらく暇になったが、その後も来場者はほとんど途切れることなく訪れた。当日、会場に用意された席は100席。開演10分前にはそのほとんどが来場者で占められ、開演後に訪れた人もあわせると100名を越えていたのではなかろうか?『満員御礼ですね』とのmiruさんの言葉に、まったくそのとおりだと、我がことのようにうれしく思いながら頷いた。 予定通り7時に開演。差一は出演者全員の簡単な自己紹介と挨拶。司会を務める月乃さんの、『この中でこわれ者のイベントを知っている方は?』との質問に、挙がる手はちらほら。来場者の大半が初めての参加だったようだ。 木林おずさんのギター演奏と歌のパフォーマンス。受付の席からは遠くてよく見えなかったのだが、どうやら小型のアンプを身につけての演奏だったようだ。強迫ノイローゼの体験から書かれた歌詞が伝えるメッセージは、深い。想像力を刺激されるパフォーマンスは、聴いていて興奮を覚える。おずさんの、ギターを自在に操る姿はとてもカッコいい。妙玄さんのときもそうだったけど、カッコ良くギターを弾く人を見ると、自分も同じようになりたいと思う。熱くなったり、醒めたりを繰り返しているから、オレはなかなか上達しないのだ、と改めて思った。こういう気持ちは貴重で重要。おずさんはC.Jさんの朗読のバック演奏や、月乃さんとアイコさんとのコラボなど、この日は大活躍だった。 いじめられっこ自慢のC.Jさんの、朗読。以前C.Jさんと話したのだが、いじめの問題はほんとうに露わになりにくい性質を持つものだと感じる。他の問題も同様なのだが、“誰かをいじめたい”という、いじめのターゲットを蔑む気持ちとそれを行動に移す衝動や行為には、皆身におぼえがあり、同種のうしろめたさを感じ抱えているのではないかと思う。そうだからこそ、なかなか公に語られることが無いのだ。“いじめをしたい”という気持ち・衝動を恥ずかしく感じるセンスは重要だ。しかしそれを恥とするからといって、自らの内に厳然とあるそれらの気持ちを、あたかも存在しないものであるかのように隠そうとするから、誰もが口を閉ざし目を向けようとしないという、すごく気持ち悪いことになっている。敢えてそれを口にするのは、できるのは、いじめられた側だろうということを考えると、いじめられた経験を自らの意思で語ろうとしているC.Jさんの姿勢には、深い共感と応援の気持ちを強く感じるのだ。 最近知りあった人たちとのコミュニティの中で今、わりと古くからの友人が悪者になっている。そして自分自身の内側に、最近“いじめたい”という感覚を頻繁に感じることがとても煩わしく感じている。友人であるそいつを除くメンバーで集まったときに、とりあえずそいつの悪口を言っておけば場はその話題で盛り上がるし、友だちとしての結束も深まる、というような。ひとりを悪者として犠牲にして、共同体の結束が深まるというこの構図は、古くから世にありふれたモノなのだと感じる。往々にして、あることなのだろうし、珍しくもない。 自分がそういう“いじめたい”という感覚・衝動から自由だから、居心地の悪さを感じているのではない。そういうモノに抗いがたく流されてしまう自分を感じているからこそ、自分自身のその醜い在り方を嫌悪するのだ。認めなきゃなんない、そういう自分自身の内側の醜さ・卑しさは。それらを当たり前に受け止め、うやむやにやり過ごすことをしないために。どうもその辺が、弱者としてのいじめる側の体のよい言い訳になっている気がしてしようがない。自分より弱いとか、劣っているとか感じられる人間を叩き続けることは、生きるために必要なことだろうか?今のオレには答えは無いが、これからも考え続けていきたいものだ。 アイコさんは、以前自分のHPで発表した自作の詩に曲をつけ、ピアノの弾き語りで披露してくれた。この詩には、彼女のHPの掲示板に感想をカキコして、とてもうれしいレスをもらったので、印象に残っていた。孤独を深く知るほどに、人との繋がり・関わりの重さや温かみを感じ取るセンスは敏感になる。おそらく始まりは両親への思いだと感じるのだが、他者との深い関わりを求め続けてきたオレだから、それは唯一絶対無二の価値あるものに感じられるのだ。しかし、必ずしもそうでない人もいるし、そういう人と比較してどちらがより優れているという話でもないのだ。一昨年からの恋愛というか失恋で、身にしみてこっぴどく思い知らされたこと。好みとかセンスの問題なんだろうな。『独りじゃない』という、その言葉がリアリティを持つそのあとさきにどんなことがあったのだろうか?どんなことがあったにせよ、それはとても尊いことだったに違いない。『独りじゃない』というその言葉に、たいせつな何かを感じ取れる人が、今のオレは好き。『いち番たいせつな人を想いながら聴いてください』というアイコさんの言葉に、 いち番たいせつな、誰の顔も想い浮かんでこなかった自分に、せつない孤独感を感じ、全身の体温が一瞬だけ1,2度下がったかのような錯覚にとらわれた。 ゲストとして招かれた、性同一性障害デュオのふたりのパフォーマンス。読み上げられる文は、頭の中にいつのまにか刷り込まれていたに違いない、ステロタイプ…。そんな風に感じることが、今現在のオレ自身の調子の悪さを象徴しているんだな、と感じた。目の前に、厳然と在って、その肉声を聴くことができるのに、それが心に響かないのは、オレ自身に問題があるからだ。 ゲストのふたりは、世間で言うところのおナベで、ふたりともとても男らしかった。おカマの人たちにも言えることだが、彼ら・彼女らには、“自分の在り方を、自分自身で選び取った”という自負がある。漫然とただ、生まれついた男という性をだらしなく続けてきただけの男なんぞより、彼らははるかに男性的だ。なんとなれば、幾多の困難に立ち向かい、常に男たらんと欲し、今もなおそのためにチャレンジを続けているのだから。おカマの人たちの女性らしさもまた、同じ。 “自分らしさ”とか、あんまり関係ないのかもな、って思う。あるいは“らしさ”ってヤツが、そのままイコールで自らが望む姿なんだろうか。与えられたモノを甘んじて受けるのではなく、捨て去って変革を続けていくことは潔いが傲慢で不遜でもあるとも感じる。でも実は、オレはそういう感覚が大好きなのだ。自らの願い求める気持ちに素直に従って、周囲と自分自身を傷つけ続けていた、そう遠くない過去の自分を、嫌悪しながらも同時に好きだったし、今でもそんな自分の不遜な部分が好きなのだ。そう在りたいと願ったところで、その気持ちだけで戻れるわけではないのだが。 自らの胸の内の願いをたいせつにしている人は応援したくなる。小器用にうまくごまかせる人たちより、不自由に傷つき傷つける人の方が、自分と同じ気がして好きになれる。 不器用と言えば、月乃氏だろう。C.Jさんやおずさんに熱烈なファンがいて、自分にはいないということをネタにして、自ら笑っているのは本心からなのか?その点ではどうにも正体がつかめない気がするし、本気でモテることを望んでいるのかさえ疑わしく感じるときもある。正直な人なんだろうな、と思う。本当のことしか口にできないから、うまく騙したり騙されたりということに耐えられないのかもしれない。会場では、尾崎豊と自分を比して語っていたけれど、月乃さんはたぶん、“それでも死ななかった自分”を代表して体現しているように感じる。つらい目に遭った、死んでしまいたいと願い、それでもおめおめと生きている自分に、誇りを持って胸を張り、歌い叫んでいるのだろう。月乃さんは常に、敗者の側に在ることを感じさせられる人だ。あきらめずに負け続けることを、おそらく自ら意識的・無意識的に望んでいる印象を受ける。こわれ者の試みは今、着実な成功の道を歩みだした感があるが、月乃さんには奢ったところはまったく見受けられない。そういう部分で調子に乗っちゃえば、きっとモテたりするのだろうけど、おそらくそれは彼が生きていくうえで、かなり困難なことなのかもしれない。 月乃さんが、こわれ者メンバーや来場者に深いシンパシーを感じ、たいせつに想っていることはステージからひしひしと伝わってくる。『人生ぼろぼろでも、人生ずたずたでも…』『生きていれば大丈夫っ!』と、そう叫ぶために、自らの勝利と成功を犠牲として差し出してしまったのではないかという、おそらく本人が聞いたら怒り出すかもしれない、余計なお世話的な感想を、どうしても抱いてしまう。 周囲に感じさせる畏怖の念が、彼から女性ファンを遠ざけている気がする。そして自らの希求や欲望が満たされることでさえ、きっと彼は犠牲にして、多くの人たちを救い続けているのだ。なんという自己犠牲。我々は多分今、光輝く広いひたいを持つメシアを目にしているのかもしれない。 公演は9時まで行われた。言葉と音楽でのメッセージは、おそらく来場者にも伝わって、数字的にだけでなく、内容的にも大成功の催しだったと感じた。音楽は理屈じゃない部分を、言葉を超えた力で伝える働きがある。いつもの“こわれ者”イベント同様、今回もすごく心動かされる、すばらしいコンサートだった。
2005/01/16
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しばし日記の更新をサボっておりましたw …なんとなくね、そういう気になれなくて。豪雪による蟄居生活でクサクサしてたんすw 昨日、今日と出かけて人に会い、活動することで徐々になんとか少しずつ気力がわいてきました。なんかやることが無いと今のオレはダメなんだなぁ、って。ひきこもっていた頃とは全然違うのね。 以前の日記で書いた、UMEX(国際交流協会)のニューズ・レターの仕事を昨日から始めました。火曜日くらいから気がもめてはいたものの、電車が不通でIUJ(国際大学)に行くことがかなわなかったのだ。始めてみると、パブリッシャーを使った編集作業自体はそんなに難しくない。ただ、レイアウトだなんだを決めることの方がたいへんだと気付いた。これはいきなりPCに向かうより、ページデザインをあらかじめ紙に書くなりして決めておいた方が作業効率は良いだろう。 間抜けな話なんだけど、浦佐駅から大学のバスでIUJに向かおうと思っていたら、平日以外は運行されていないのだ、と今日駅に着いてから、というかバス停でバスの到着(するはずの)時刻になってから気付いた。…バカである。そのことに気付いたちょうどその時、交換留学から帰って来る学生さんを出迎えに来たm子さんの車が駅に入ってきた。まさに“地獄に仏”、であった。 一緒に学生さんの乗った新幹線を待つ間に世間話をしていると、彼女が弟ヒロキの高校時代の部活がらみの後輩で、よく知っていることが判明。世間は狭いねw とびっくりした。新幹線で浦佐駅に到着した学生Aさんとともに、m子さんの車でIUJまで送ってもらった。Aさんは交換留学でずっとドイツに居たのだそうで、留学中に日本語を完璧に忘れてしまったとか。もちろんジョークだろうけど。 5時近くまでUMEXサロンのPCを使って、ニューズ・レター作りの試行錯誤を繰り返す。昨日、今日といろいろやってみたおかげで、ソフトの使い方などは大体判った。サロンが開いているのに気付いて、学生さんが2人ほど訪ねてくれてよかった。誰も居ないサロンでの独りきりの作業は、さみしすぎるのである。 サロンの後片付けと施錠をして、警備室に鍵を返し、駅まで歩いて行こうと大学の門を出たところで、駅方面に向かうため車を運転している学生さんに声をかけられた。『どこか行きたいところがあるのか?』と訊かれたので、『駅まで行きたい』と答えたら、『乗っていけ』という。ありがたい申し出を、素直に受けることにした。実際車に乗せてもらわなければ電車に間に合わなかったかもしれないので、ほんとうにありがたかった。トルコからの学生Iさんには、非常に感謝であった。 明日、新潟に行くとなると、地震の影響で今電車の本数が極端に少ないから、かなり時間がかかることに気付いた。17時に開場に着くためには、こちらを11時半くらいに出なければならない。…それに、日帰りで帰って来れるのかなぁw …池袋の時の様には行かないだろうから、その辺も算段しておかないと。ともあれ、超久しぶりのコンサート。楽しんで来たいと思います。
2005/01/15
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赤城高原ホスピタルで、最初のカウンセリングを受けたのは5年くらい前になる。 カウンセラーは女性で、オレはちかこさんと呼んでいた。苗字は忘れてしまった。 ACとしてのカウンセリングだから、小さい頃の両親との関係とか、それを原因としたその当時オレが抱えていた生きづらさなどが主な話題だった。あの頃もまた、女性に振られたことで落ち込んでいたので、そういった自分の心情を聞いてもらうこともあったと記憶している。 お袋の自殺未遂と失恋のダブルパンチで、まぁあの頃は心理的に危機に瀕していたんだと思う。意識に上らない分だけ、鬱の症状として出ていたのかも。カウンセリングで印象に残っているのは、意見の食い違いや、こちらが素直に受け入れられないようなものの見方であっても、いつも真剣に話を聞き、真摯な態度で言葉を返してくれたちかこさんの様子だ。判ってくれる人、ではなかった。意見の食い違いに悔しい思いをしたり、言われたことへの反発から、なんだかよく判らないことをしてしまったりした。その当時甘えたくてしようがなかったオレの心を傷つけないように気を配りながら、適切な距離感を保つことはたいへんだっただろうと、今になって思い出してみればそう思う。 カウンセリングを受けたことで感じるのは、自分に関するものごとに対して、他の立場からの視点を得たということだろうか。どんな気持ちであれ、胸の内にあるものは皆表現されたがっている。独り叫ぶことでもそれは可能なのだろうが、聞く耳を持つ人が目の前にいて、素直な気持ちを遠慮なく吐き出せることだけでも、とても救われる気がしたものだ。カウンセリングは時に議論にまで発展し、納得できない意見を言われ、次回のカウンセリングまでそのことについて考え続けたりもした。オレにとってちかこさんというのは、相談相手であり、友だちでもあり、論破したい論敵でもあった。人との関わりや繋がりを心の深い部分で願い求めていた時期だったし、その時のオレには、心を開き話せる相手が必要だったのだろう。信頼したり、憤ったり、失望してはまた信じたりを繰り返して、隠したい自分の部分も明らかにできる存在へとだんだんと変わっていったのだと思う。 残念なことに、半年くらいで彼女は妊娠して、出産のために休業もしくは辞職(どちらだったのかは未確認)するために、赤城高原ホスピタルでのカウンセリングは中止になった。他のカウンセラーの人を求めなかったのは、やはり『彼女でなければあこまで行く意味がない』と思っていたからなのだろうな。その後は地元の精神科にかかることにした。 ACとしてのカミング・アウトの場として、カウンセリングを受けたことはとてもいい経験になった。人間の心理を学んできた人だという安心感と、言葉を交わしながら過ごした時間から得た信頼感が、自分のことを明らかにしても良いのだという感覚を与えてくれた。この感覚は、その後いろいろな場所で自分の悩みや問題、心情を相談するときに大きな助けになってくれたと思う。 * * * 次々とものごとを推し進めていく熱は凪いでいて、自己主張しながら意見を発信するよりも、今はたくさんのことを吸収する時期なのだと感じている。今進んでいられるのは、今までしてきたことの余力が残っているからで、それはそのままでもいいと思う。 言葉ではなく感覚で、気持ちの整理を、無意識にしているのかもしれない。生きていくうえでたいせつなのは理屈じゃなくて、むしろ身体の感覚かも?つまり、気持ちいいか、どうか?心的に身軽であるために、必要なこと。 きっといつだって誰もが何か欠けているんだけど…。足りないモノを願い求める気持ちがどれだけ募っても、自分に備えられていないモノが必ずしも満たされるべきモノではないのかもしれない。欲望を時には手離して、拘らず縛られない自由を得る。そういうしあわせのかたちもあるのかもね。
2005/01/12
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『さぁ、みんなで精神科に行こう!』と言っている本人が、精神科に行っていることを隠してんじゃねーよ…ってことでw 今日の日記はオレ自身の精神科受診の様子や、ACとしてのカウンセリングに関して書こうと思います。 つっても、診察に関しては他の科と大差ないと思うのね。初心の場合なら、どんな症状が出ているか?何が問題なのかを明らかにするために問診をされるんだけど、内科とか他の科と一緒でしょ?短い時には10分くらいで診察は終わる。症状にあわせた薬の処方に関する話だけのときもある。そうかと思うと、1時間45分くらい話し込んだこともあった。その様子は以前この日記にも書いた。 かかりつけのT医師とは、とてもいい関係を築けていると思う。ぼーっとした風貌とはうらはらに、とても仕事熱心な医師で、頼りにしている。もちろん、オレにとっていい医師だからと言って、他のみんなに対してそうだとは言えない。T医師を悪く言う人もいるし、そう言う人の意見には頷ける部分があったりもする。T医師は数年前、自身が精神的に失調をきたしたことがあるそうで、そういう話を昔の彼を知っている人から聞いたりもするのだが、それだからと言って毛嫌いするつもりもないし、信頼を手離す気も無い。聞くところによると、かなりイッちゃっててぶっ壊れていたそうなのだが(笑)、まぁその方が人間的で親しみやすいとも言えるのだ。過去がそうであっても、少なくともオレは今のT医師を信頼できる。医師という職業に誇りを持ち、信念を持って仕事をしていると信じることができる。それがいち番たいせつなことだと思う。 精神科に限らず、どの科の医師にも言えることだが、“合わない”とか“どうも信頼できない”と思ったら、医師あるいは病院を変えてみることだと思う。『近いから』とか、他の病院にかかるのは『面倒くさいから』とかで、自分にとって合わない、あるいは信頼できない人に生命や健康を任せてはならない。信頼されない医者は仕事を失うというくらい、もっと皆が贅沢になり、選んでいいのだ。 最初に鬱が発症したとき、オレはネットでACのケアをしてくれそうな病院を探し、高速で1時間以上かかる隣の群馬県のA高原病院を選んだ。鬱の症状を緩和する薬をもらい、ACとしてのカウンセリングを受けた。臨床心理士の人と会い、カウンセリングを受けたのはそれが初めてだった。 次の日記では、カウンセリングを受けたときのことを、記憶をたどって書いてみたい。うん、こっちの方がなんだか読んで楽しめるものになりそうな気がする。臨床心理士のちかこさん…懐かしいなぁ。できたら会って、今はこんなことをしていますよ、と話すことができたら、きっと楽しいだろう。あのとき彼女のお腹に宿っていた命は、今はどんなふうに成長しているだろうか?生まれたのは男の子だったのか?それとも女の子?懐かしい名前に、なんだかちょっと楽しい空想を抱くことができた。 * * * …ところで。 こっちの地域は大雪警報発令でw 雪がやみません。積もりに積もってます。玄関の前を片すだけで、くたくたになった。明日になれば、また雪を掘らねばなるまい。難儀なことだ。 今日の国際交流協会は、大雪のためお休みだったらしく、弟から車を借りて、凍った道を慎重にゆっくりと走って国際大学に到着したものの、サロンの灯は消えていて、誰も来ていなかった。結局雪道をスリルのあるドライブしただけに終わって、言い知れぬ徒労感。 国際雪合戦大会は、市町村合併後に魚沼市国際雪合戦大会として開催される予定。今日は市の観光課に連絡を入れ、ボランティアとしての参加を決めた。国際大の学生さんたちにもPRすべく、資料を郵送で送ってもらうことにした。英訳して、大学内の掲示板に貼り出そうと考えている。んw なんか忙しくなってくるほどに、鬱とかどうでいいと思えてくるのは、いい兆候なんだろうな…とは思う。
2005/01/11
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久々の、IUJ(国際大学)訪問。今日は新しく来た交換留学生さんたちの歓迎会が催された。十数人の学生さんたちを迎え、サロンが狭く感じたほど。アメリカ、フランス、台湾と中国の学生さんとお話をした。皆気さくな人たちばかりだ。サンドイッチやお菓子とともに、ソフトドリンクをいただく立食パーティとともに、抹茶をいただく茶道を体験するコーナーも設けられた。後でオレも抹茶をいただいたけど、とても美味しかった。 新しく編入された留学生の人たちにUMEX(国際交流協会)の存在を知ってもらうとともに、留学生同士の交流のきっかけになったのならとてもうれしく感じる。3ヶ月ほどの日本滞在を、できるだけ楽しく過ごしてもらいたいものだ。 歓迎会が終わった後で、UMEXのミーティングに出席した。今後のイベントの予定やプランを話しあった。以前メールで志願した、UMEXニューズレターの編集の仕事を任された。これが今年の初チャレンジ、うまくいきますかどうか? その後でT・Yくんと一緒に、カフェにいくさんを訪ねた。仕事中はあまりおしゃべりできなかったが、いくさんの仕事が終わってから、一緒にいろいろなことを話した。実は今日は寝過ごしてしまって、予定をキャンセルしてしまったのだが、アポ無しでの訪問を計画していただけだったので、まぁ良しとしよう。それも含めて、明日以降できることは皆、後まわしにしよう。今は焦らない、そのことがきっと大事だから。 学生さんの要望から、大学周辺の地図を作ることにした。ネットで地図を探し、拡大コピーして、必要な情報を付け加えて、まずはオリジナルの最寄駅周辺グルメ・マップのようなものを作りたい。こちらは家に帰ってきてから早速手をつけて、明日から試作品を作り始める予定。地元の人たちの協力をあおいで、だんだんと完成を目指そうと思う。
2005/01/10
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雪が、降る降るw 今年が暖冬だと言うのは、真っ赤な嘘ではなかろうか?昨日、今日とどかどか降りやがって、片付けても片付けてもキリがないわい。つい先刻まで、玄関先の雪片付けをしてきた。つかれたw TVドラマ“さよならの花びら”、いまいちだったよなぁ。シナリオが淡白過ぎて、1時間という短い時間で語れるドラマではないと感じた。特に、主人公の内面を描くことが主眼となっていると思われるのに、それらを描くエピソードやハプニングに乏しいのは、1時間という時間の制限があるとは言え、残念だ。もう少し時間をかけて描かれるなら、主人公への感情移入の余地がもっと広がるのではないだろうか?1時間ドラマの脚本ではなく、連続ドラマ向きだと思う。 真鍋は、女優向きではないなw 今回の演技にも、目を瞠るべきところは無かった。女優として必要な、“したたかさ”が無いと感じる。てらいの無い“媚び”のようなものとは程遠い人なので、演技に艶っぽさを求めるのは、無理と言うものか。彼女のウエディング姿も良かったが、“サイエンス・ゼロ”で観たときの方が良かったゾ。あれれ…酷評? そう言えば真鍋ブログ“ここだけの話”、2005年の日記初UPは波乱の幕開きだったらしく、彼女の危ないいち面がまたもや公表されている。身体とPCのケーブルには、特に気をつけてほしいものだ。 出演者の中では、東ちづるさんに注目。ACとしてカウンセリングを受けた経緯を公表している、芸能界では稀有な存在だ。でも、鬱の高嶋さんとか、精神病歴を公表することが広く受け入れられるようにはなってきていると思う。有名人のカミングアウトは社会的に多大な影響力を持つことは当たり前だとしても、個人でできる草の根的な活動もピンポイントでかなり有効な方法だと感じる。まずは、自分から。 そう言えば、“みんなの精神科”の著者、きたやまおさむ氏は、かのヒット曲、“帰って来たヨッパライ”のフォーククルセイダーズの主催者だったそうで(読んでいる途中で巻末の著者紹介に気が付いた)、意外な転身に驚きを感じた。いや、それだけなんだけど。 明日はお年寄りのデイケア施設を訪問後、国際大学の新入交換留学生の歓迎会に出席する予定。今の心境では、何かに役立とうとがんばろうとするのではなく、できるだけ楽しむことを心がけよう。まぁそれも、がんばらずに、自然体で。愛実のHPの前のタイトル、『生きるより愉しもう』その言葉がなんだか今の心境にはとってもしっくりくる。こんなところでも、励まされてる。ありがとう。
2005/01/09
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今日は月にいち度の読み聞かせ、“とんとんお話のへや”の日。12時くらいに早めに行って待ってたら、会場のコミュニティ・センターの管理人さんが玄関周りの雪を片付けてほしいというので、除雪作業をさせてもらった。車椅子での来場者のためのスロープが雪で埋まってしまっていた。建物に入るときに気付いてもおかしくなかったのに、やはり自分に直接影響の無い部分には注意がおろそかになるものだ。いい体験をさせてもらった。 今日のオレの役割は、絵本の人の補欠のようなもので、正選手がふたりとも来ていたので、オレの出番は無し。開場の時間に雪がひどく降っていたからか、今日の参加者は極端に少なかった…。絵本と紙芝居と昔語り。工作の時間では、ボール紙とマッチ棒でつくるコマを作って遊んだ。あとはお手玉と、わらべ歌。参加してくれたわずか5人くらいの子供たちには、楽しんでもらえたようでよかった。 なんだかなw なんとなーく、やる気が出んのよン。もうしばらく、だらだら自堕落に過ごします。
2005/01/08
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今日は黒岩秩子さん宅を訪ねた。バスと電車を利用して、約束の1時半に到着。一緒に行くはずだったH・Sさんが体調不良だったので、ひとりきりでの訪問。 昨年末の“こわれ者”忘年会の様子や、オレの携わっている活動のあれこれなど、いろいろな話を聞いてもらい、また聞かせていただいた。秩子さんの持つ、ネットワークの層の厚さと広さは、ともかく常に行動することから生まれてきたものなのだろう。誉める人は手放しに誉め、けなす人からはケチョンケチョンに言われる彼女。自ら『誤解の天才』を自認し、失敗談も多く明らかにしている。自分自身の言動の周囲への影響力に無頓着な方なので、そういう点でハプニングにはことかかない存在なのかな?と、失礼ながら思ったりする。 著作を2冊読み、メールや掲示板でやり取りし、実際に会ってお話させていただいた印象では、非常にキレる、そして確固とした信念を持った、しかしどこかしら抜けているところのある人だとも思う(笑)。文句無しに優れた印象を与える人には、魅力よりも先に胡散臭さを感じるものだ。しかし秩子さんの言動からは、人間らしい不完全さを感じる。すんなりと受け入れられない部分もまた人間であることの魅力というか証なのだ、きっと。 オレは権威めいたものが大嫌いで、肩書きその他をあまり信用しないようにしている。権威そのものが嫌いというよりも、むしろ自分はそういうものが好きなんだろうと感じる。自分自身にそれらにおもねる気持ちが強くあるからこそ、そういった自分自身の心の在り方をこそ嫌悪するのだろう。なんだかエラい人が居て、その人に全て任せて置けば安心だ…という状況に、依頼心の強いオレは実はとても弱いのだ。心の底では常に、それを求めているのかもしれないと思うほどに。ただ、今まで生きてきた経験の中で、権威に過度に期待しすぎて、あるいは求めすぎて痛い目見てきているんで、かなり用心深くなった。とにかく名前だけの権威にはおもねるまい、と決めている。全ては自分自身の印象または判断による。その人がどんな人か、何を考え、何をしているのか?ということ。知ろうとしなければ、知ることのできない部分。 これはどんな人にもあてはまること。権威に目くらませられないためと同時に、人を蔑み見下さないための心構えでもある。名前でくくって、先入観だけで判断されることで、どれだけ多くの人たちが被差別感を感じ、悩み苦しんでいることか。レッテルなんかに何の意味も無い。その先にあるものこそが、たいせつなのだ。 約2時間ほど楽しく話し、また正月料理をたくさんご馳走になって帰ってきた。帰りは電車の連絡がうまく行って、すんなりと帰宅できた。ひと駅分¥40の乗車賃にびっくり。…そんなに安かったっけ? * * * 訪問の往き帰りに待ち時間やバス・電車の中で読んでいた、“みんなの精神科”(きたやまおさむ著 講談社刊)という本が面白い。昨日図書館から借りてきて、今読んでいる途中なのだが、精神科受診を特別なものとせず、誰でも気軽にカウンセリングや受診に訪れてみるといいという主張がユニークだ。ジョン・レノンや尾崎豊、映画に出てくる症例やエピソードなどを例にあげての記述は、判りやすくて興味深い。日本の中ではなかなか精神疾患に関することがオープンにならないその現状を変えようとする姿勢には、とても共感を感じる。誰でもどこかしら具合の悪いところがある、というのは何も身体のことばかりでなく、心もそうなのだ。調子が悪ければ、しかるべきところへ相談するのが当たり前なのに、精神科は、受診しようとするその人の心の中で敷居がとても高い。気兼ね無く出向くことができれば、件の著書に書いてあるとおりに、新しい発見が得られることだろう。鬱が“心の風邪”であり、日本では3人にひとりがかかる病気として認知が深まってはいるものの、他の病気に関してはまだまだ、先入観が先行して、実体が公には理解されていない現状は相変わらずだ。ひと頃、『癒し、癒し』とブームのようになったけど、問題のある自分自身を認め向きあうことが癒しへの第一歩と思われるわけで、そういう意味でもいち度、誰でもが精神科を受診してみるべきだ。カウンセリングを受けるということは、なかなか興味深いことでもあるし、自分自身の心の在りようと向かいあってみるということは、新しい発見があって楽しい側面もある。 さぁ、みんなで精神科に行こう! * * * このページで以前2回ほど紹介した、“さよならの花びら”。本日放送予定です(いち部地域は後日。放送時間の予定は、こちら)。このページに来ている真鍋ファンは(いるのか?:笑)。忘れずに観るようにw
2005/01/07
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今日のできごとを簡潔に。 K病院の予約。10時からだったが、二度寝したら起きられず、2時ごろ再び起床。病院へ向かった。T医師は相変わらずどことなし、ぼーっとしている印象。内面の仕事への熱意を表に表わさない人だ。診察は、最近の心境とできごとや今関わっている活動などを聞いてもらった。可も無く不可も無し。 診察の待ち時間に読んだ“オレンジ・ページ”の記事が面白かった。血液型占いらしいのだが、質問が用意されていて、それに答えた結果と生まれ持った血液型でA,B,O,ABのふたつの組み合わせ4×4=16とおりに分類される。結構当たっている気がして、面白かった。オレはBがかなり入っている後天的O型タイプA(?)らしい(実際の血液型はA型)。 診察の支払いを済ませ帰ろうとしたところで、U幼稚園の生徒のUくんに出会った。新年の挨拶を交わし、一緒にいたお母さんにご挨拶。予期せぬところで知り合いに会えるのはうれしいものだ。 相変わらず心理的には不調が続いているものの、悪いときは悪いなりに…が、結構身についてきたようで、今の自分の状態に相応しく、なんとなーくだらだらと、もう少し過ごしてみようと思っている。
2005/01/06
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“こわれ者の祭典”2/20東京公演の告知「生きることの障害を受け入れた、僕たちのメッセージ」七輪で死のうとする前に、これを見てくれ!会場:新宿ロフトプラスワン 入場料:1,500円(飲食別)正午12時開場 / 午後1時開演 (午後4時終了予定)--------------------------------------------------------------------------------出演:月乃光司 / 木林おず / 金長男 / Kacco / アイコ / 木原大吾ゲスト:作家『雨宮処凛』 司会:江口歩(NAMARA)フジテレビ『スーパーニュース』、日本テレビ『Dの嵐!』で話題沸騰の心身障害者パフォーマンス軍団『こわれ者の祭典』が東京上陸!アルコール依存症自慢・神経症自慢・強迫行為自慢・引きこもり自慢・摂食障害自慢...etc赤裸々な体験談と病気パフォーマンスによる人間賛歌!笑って泣けるイベントです。新宿ロフトプラスワン ≫ http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/map.html-------------------------------------------------------------------------------- 主催:新潟お笑い集団 NAMARA事務局 東京支局東京都港区赤坂9-6-28 アルベルゴ乃木坂902TEL03-3479-6026 FAX025-244-9807 “こわれ者の祭典”公式HPへのリンクはこのページ内にあるけど、この日記にも。 http://niigata.cool.ne.jp/cat_girl/koware/index.html# 新潟市近郊の方には、こちらっ!・1月16日 新潟「こわれ者ロック~僕の心を探すために・・・~」出演:月乃光司 木林おず アイコ Cold Jokerゲスト:小田嶋学&高橋輝(性同一性障害デュオ)会場午後6時30分 / 開演午後7時 \500(中越地震チャリティー)会場:新潟市音楽文化会館( HP ) 一番堀通町3-2(りゅーとぴあ隣) 東京公演は同時にバスツアーが企画されており、格安で東京への往復が可能になっています。魚沼市・南魚沼市近郊の方で、興味のある方は、このページの掲示板あるいは私書箱にご連絡ください。 告知終わりw * * * ここからが日記ですっ! …なんだか頭が痛いっつーか、思い感じでw 風邪かな?大事をとって、今日は早く寝ることにしますかw
2005/01/05
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昨日の雪おろしのせいで、身体の節々が筋肉痛。普段いかに動いていないかが、こういう時に出るもんだ。そんなに痛くはないが、だるだるw 今日はどこへも出かけずに、いち日中家にいた。エンスト気味に始まった新年を、ノッキングを繰り返しながらなんとかスタートさせている感じで。楽天のお友だちのページに、新年の挨拶をして回った。 始めなければ、始まらない。明日は創作系のページのための作業に没頭する。ここでこうして書いとくことで、自分自身のモチベーションを上げようという作戦。…うまくいくかな? 楽天の、このページの常連さんのページを紹介するリンクページを用意しようと思っている。人と人との出会いの場、繋がることのできるページ。どこまでできるかわからないが、今年はそのためにできるだけたくさんのことに挑戦してみよう。 ROMしている読者の皆さんにも、この場で感謝と新年のご挨拶をw あけましておめでとうございます。今年もこのページは、マイペースに脱力系でお送りする予定です。今年も変わらぬご愛顧を、どうぞよろしくお願いいたします。 * * * みずまみあさんのページが削除されていた。オレ自身のメンタル不調の最中のことだったらしく、詳細がつかめない。理由は確かめようがないが、心穏やかに過ごしていることを祈っています。本人が納得して、楽天HPを卒業していったと思いたい。幸運を、祈ります。
2005/01/04
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今日の午前中は、昨日頼まれたGさん宅の雪下ろし。T・Yくんの車にスノーダンプなどの除雪用具を積んで、8時半くらいに出発。9時前に到着。 ※雪のあまり降らない地域の人には馴染みが無いであろうスノーダンプ。某日用品店のページにリンクを貼って置きましたので、興味のある方は文字をクリックしてください。雪国では、こういうものを使って除雪します。あと、除雪に関する専門ページをみつけたので、そちらもリンクしておこう。こちら→除雪のページ(もしかして日本初?) 年末年始に降り積もった屋根の上の雪は、ゆうに1mを超える高さに積もっていた。まぁこの辺ではそのくらい、別に珍しくもないがw 3人して屋根に登り、屋根の下に雪を落としていく。下を見下ろすと、くらっとしそうな高さ…。とにかく落ちないようにと声をかけあった。 オレの家は、雪が自重で滑り落ちるいわゆる“自然落下”方式の屋根なので、雪下ろしのために屋根にあがるのはとても久しぶりだった。昨日は晴れていたから、解けた雪が固まって硬くなっていないかと心配したのだが、さいわいにもそういうことはなかった。それぞれが分担して、屋根の雪を下ろしていく。 10時半くらいにはメインの屋根の雪は下ろし終わり、下屋の屋根を下ろし終わるころには昼近くになっていた。天気は上々、久しぶりの肉体作業に気持ちよく汗をかいた。 Gさんがラーメンをおごってくれるというので、近くのラーメン屋に行って3人で食事。ねぎチャーシュー麺をいただいた。ごちそうさま♪ Gさん宅に戻り、2時半くらいまでダベって過ごして帰ってきた。なんだか今年を始めるためのいいスタートを切れた。おかげさまでひさしぶりに、かせいだげ(方言:はたらいたw って感じ)な気分になれた。Gさん宅の屋根に雪が積もったら、また雪下ろしにいくつもり。 そう言えばGさん宅は、新潟中越地震でかなりの被害を被ったのだ。風呂場の壁が歪んで亀裂が入り、隙間から外の様子がわかるようになっていた。タイルが剥がれ落ち、見るも無残なありさま。義援金その他のお金が出るので、修復はそれでまかなうとのことだった。 * * * 1月7日、夜23:15から放送の“さよならの花びら”の公式サイトへのリンクを貼っておきます。トラックバックしてくださった方のページで知りました。ありがとうございます。 “さよならの花びら”公式サイト
2005/01/03
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ここ2,3日の空模様は、オレ自身の心情を露骨に反映しているようで、今日は冬晴れの気持ちのいいいち日だったが、大晦日と元旦は湿った雪の降り続くうす暗い天気だった。 大晦日と元旦の二日間は、言葉を失うくらい精神的に堕ちていて、日記も書くことができなかった。30日に支援センターに行ったことが、精神的にかなり負担になったらしい。くわばら、くわばら。 それでもなんとか自分を引っ張り挙げることができたのは、東京在住の地元の同級生の旧友が帰省がてら訪ねて来てくれたことと、こわれ者関係の方から2通、読み聞かせをやらせてもらっているU幼稚園から1通、年賀状をいただいたこと、それからメールでもたくさんの人たちから年賀状をいただいて、うれしさを味わった…そういうもののおかげ。 今回の心理的ダウンの原因は、年末にかけてのいろいろなできごとでの疲れが溜まったからみたい。名前も無く誰も知らない、ただここに在る者として、静かに息づいていたい…そんな感じで。だらしなく、あくまで自堕落に過ごしました。これはまぁ、普段自分と言うものに執拗に拘り続けているオレだから、疲れが溜まるとそういう風な形で出てくるんじゃないかなぁ?と。自分と言う者、それへの拘りから離れてみるという点では、とても貴重な2日間だった。 その2日であっというまに昼夜逆転の生活になってしまって。昨日の晩はそれでも朝4時くらいには眠ついたけど、眠れない時間はいただいた年賀状にお礼のはがきを書いたりして過ごした。これはとても楽しい作業で、現実の自分に戻ってくるためのいいリハビリになった感じ。今日投函してきました。 気の置けない友だちと、肩肘はらずに過ごせたことも大きかった。東京から訪ねてきてくれた友人には、感謝している。まぁこんな感じでだらだらと、今年からを始めていけばいいかなw(笑)。
2005/01/02
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