2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全30件 (30件中 1-30件目)
1
今日は支援センターで、ハモニカの演奏会。午前中はナツメロ中心のハモニカ演奏を楽しんだ。タンバリンを渡され、ハモニカに合わせて叩く。昔カラオケスナックでおぼえたタンバリン演奏が役に立った。 午後からは、友人Hと英語の勉強。過去問を解き続けることによって、だいぶ実力が備わってきたようで・・・。やっぱり、教えている人がいいからかなぁ・・・(笑)? 毎週土曜日は別ページの更新日。先週サボってしまったので、今日こそは何かUPしないと。 つーわけで、今日の日記はこれでおしまい。エッセイの仕上げの作業に取り掛かります(興味のある方は“みあしゃのお話のページ”の方へ足をお運びください)。
2004/01/31
コメント(2)
隣町で来月8日に開催される“国際雪合戦大会”へのボランティアとしての参加を決めた。会場設営と、雪合戦競技の審判をする予定。 ひとつの目的のために他の人と協力する。新しい出会いがあるかもしれない。 “人のお役に立ちたい”という思いだって、自分の中にちゃんとあるんだなぁ・・・。
2004/01/30
コメント(2)
いろいろと物議をかもした“ギロチン・・・”のタイトルでしたが、あれは自分の内にある怒りの感情を偽らずに(というか強調して)表現したものでして、殺意(ブルブル)はおろか、彼女を傷つけようという気すらありません。なんだか、殺人予告のように受け取られたような感じで、言葉の持つ力の怖さに改めて気づかされた思いです。 これからは恋愛関係の記述は減っていくかもしれないな、と思っています。今は待つことしかできないし・・・。自分が彼女を心から信じられるようになること、彼女が自分と真剣に向き合う準備ができること、そしてオレ自身が自分で自分を支えられるようになること。このすべてが満たされるまでは、動かないと心に決めました。心が揺れても、つらくなっても、信じる気持ちを糧として生き延びていこうと考えています。 昨日からYさんに会っていない(お休みをとったので、次に会えるのは来週の月曜日)。あえない時間に、彼女への想いを見つめなおしてみたいと思っています。
2004/01/29
コメント(0)
ここ最近、プチ鬱状態が続き、PCから遠ざかっていました。今日から徐々に復帰していきたいと思っています。 支援センターへは行かず、Kの会へ。いち日中お喋りしながらくす玉用の折り紙を折っておりました。 明日友だちに英語を教えてくれと頼まれた。作業療法士になるための専門学校の入学試験対策だそうな。英語・・・、喋るのはともかく試験問題なんて、英検以来ながめていないからなぁ・・・。ま、なんとかなるでしょ。 頭がさび付いていないことを祈るばかりなり・・・。
2004/01/28
コメント(2)

昨日はなんにもする気が起きず、日記もお休みしました。 今日は支援センターに行き、なにげないいち日を過ごして来ました。 ・・・おかげさまでYさんとも、うまくやっていけてます。 今日は友だちのNちゃんの誕生日。Gさんと一緒に書いたバースデーカードとくす玉をプレゼント。喜んでもらえて嬉しかった。センターからの帰り道、Nちゃんといろいろと話す。障害者に対する偏見のこと、自分自身を信じられない人のこと。ひとりひとりがかけがえのない自分なんだということ。 若い彼女には、振り回されることも多い。でもそのなかから多くを学び、考えさせられている。 26才の誕生日、おめでとう。
2004/01/27
コメント(1)
「嫌いになりたくなかったの・・・」 そう彼女は言った。「好きだ、好きだって何度も言われると嫌いになっちゃうの・・・」 オレはめったに人を羨ましがらない。それを自分に禁じていると言っていい。それなのに・・・ 羨ましいと思っちゃった。彼女は他人からの自分への好意を得ることが当たり前のことのように思えているんだなぁ、って。 一方オレの方は、誰かから必要とされたことがない。だから、自分からそういうものを求めていく。 この違いって・・・何? 彼女が抱いている気持ちは、はっきりと“驕り”だと感じた。恵まれすぎていて、自分では気づけない“傲慢さ”だとも。 貧しい人民が食糧難に瀕しているときに、「パンが無ければ、お菓子を食べればいいじゃないの?」 そう言ったマリー・アントワネットか、あんたは? 嫌いになりたくなかったって?自分が嫌われることはまったく考えていなかったんだ?どんなことしても、赦されるって? まったく、これだからいいとこのお嬢様は・・・。 正直な気持ち、彼女に対して言いたいことはたくさんある。自分の想いが報われなくてもかまわない。お互いに言いたいことを言い合える、そんな関係でありたいと願ってる。
2004/01/25
コメント(6)
風邪をひいたらしい。 のどの痛み、咳、筋肉痛。だるい。 ・・・思考停止。
2004/01/24
コメント(2)
・・・なんだか、いち日おきに躁鬱っす。 つーことは明日は躁状態?今ちょっと落ち込んでいます。 それはさておき・・・ 支援センターからの帰り道。不安を感じながら雪の中、自転車を走らせていた。The Blue Heartsのアルバムを聴きながら。 なんかオレ、このままで自分が好きだなぁ・・・なんてこと、ふと思った。 それでいいんじゃないかって思う。どんなことになっても、自分のことを好きでいられる。そうならば、つまんないちっぽけな自分のプライドにこだわって、彼女を責めることもない。今のままでいい・・・って。 自分自身の内の、彼女を信じる気持ちを確かめてる。心に浮かぶ疑いの気持ちに抗って行動している。どこまで信じ続けられるのか?そうやって自分自身に常に問いかけている。ありのままの自分、このままの自分で、何ひとつ隠すことはない。そして、そのままの自分で、自分の気持ちを確かめるために彼女に近づいていく。言葉を交わしていく。何も求めることできなくとも、彼女を想いやれる自分なのか?それを知りたい。そうでありたい。
2004/01/23
コメント(0)
・・・なんか、いい感じ(?)。 Yさんへの疑いを捨て去ろうと決めました。やっぱり彼女の立場になって考えた場合、オレのことを蔑んでいるんじゃないかと疑い続けるのは酷な話しだよね。あくまで疑い続けるのなら、オレ自身自分を嫌いになっちゃうだろうし・・・。そんなことは望まない。そのために、自分から関わっていくしかないんだと思った。お互いの気持ちを確かめられれば、楽になるんだろうな・・・。 でも、彼女の状態が今、どうなのか?先週のような諍いを繰り返したくはない。彼女が、オレとの間におきたできごとについて気持ちが整理できるまでは、こちらからもそのことには触れられない。もちろんオレの方にだって、ほんとうに彼女を信じることができるのか?という問題だってある。今は自分の気持ちをある意味試してる、ほんとうにこれで行けるのか?って。 ともすれば勇み足になってしまう自分の気持ちに、どう折り合いを付けたらいいのか? 彼女を信じようと決めたことが即ち、ふたりの距離を究極に近づけることには繋がらない、と意識して考えることにしている。これをきっかけに、ふたりの仲が急速に近づいて・・・ゆくゆくは恋人同士に・・・なんて、自分の都合のいいことは、やっぱり考えちゃう(笑)。でも、それとは別の問題かな?とも。 自分の中で“終わったこと”になっているのなら、話は簡単なんだけどね・・・。 “その先”ってヤツを意識するから、慎重になっている。 オレは彼女が好きで、その気持ちを素直に表わしたい。そうできる関係を、新しく築き上げたい。 たくさんの人に相談にのってもらった。そうして、彼女を信じたいという気持ちに気づけた。 前にも言ったかな?信じられることではなく、信じたいことを信じるんだ。 今は彼女を信じたい・・・心から。
2004/01/22
コメント(4)
鬱かまたは不安神経症の症状だろうか?気持ちが落ち着かない。 病気の症状に気持ちが引っ張られて、後ろ向きな考えになることは最近無かったんだけど・・・。 不安。感じて当たり前。悪あがき?・・・そうだよ?それでもいいと思ってる。 本気で誰かを信じるって、つらさを伴うものなのかも?意味のあること?・・・わからない。 泣きだしそうな自分を感じてる。いつまで続くのか? 昨日が躁なら、今日は鬱だね・・・。こんな日もあるさ。 大丈夫。明日も生きていく。
2004/01/21
コメント(3)
最近、大バカ者の自覚をさらに深め、躁鬱状態が疑われる管理人、マチオです。 後ろ向きな発言の多かったこの頃の日記。完全に吹っ切れたわけではないですが、今日は気分が少し良いです。暖かいカキコをくださった皆さん、ありがとうございました。 “開き直り”がたいせつだと思うんですね。う~んと、自分はこうでしかない、っていうことを認めるっていうか・・・。なにげに完璧主義者だったりするマチオは、ともすれば自分の力以上のナニカを求めてつらくなることが多くって。そういうときって、自分でそのことにはなかなか気づけない。 開き直りって、自分を卑下するとかそういうことではないですよ。ありのままの力の無い自分で、これでどうだっ!ってぶつけてみるというか・・・。そこにある意思こそにプライドを持ちたいというか。うまく言えないですけど。 さてさて、今日も支援センターに行ってまいりました。Yさんにも会ってきた。話もした。 まるで金曜日の諍いが何も無かったような態度で話した。そうすることができる自分に驚く。・・・何故? 支援センターに向かう道すがら、考えていたのは不満や憤りばかり。オレはまだそれを引きずっているのか?とかいろいろ考えて・・・。会ったら、自分の気持ちを聞いてほしいとか、考えていたのね。でも・・・。 センターに着いてすぐに、Kさんが来た。先週の土曜日のS・Hの会で、折り紙でくす玉を作りたいと言われて、図書館で調べた。“みんなくすだま”という本に、Kさんの作りたいくす玉の作り方が書いてあったので、調べてひとつ作ってみた。Kさんに作り方を教えながら、Yさんのことについて相談・・・。Kさんはどっちの味方でもないから、話しをしているうちに自分自身のひとりよがりな部分に気付くことも多い。ともすれば、勇み足になる自分の気持ちをなだめてくれる。それに、当事者ではないKさんには、いろいろなことを遠慮なく話せるので、気が楽にもなる。そう、誰かに聞いてほしいのね、結局のところ。 くす玉作りは楽しい。人に教えることも、楽しい。そういうことをしながら、自分の気持ちを無意識に見つめていたのかな・・・?うん、自分のつらさや痛みにばかりこだわっていてはいけないというような気持ちになれた。はっきりと言葉にしてそう考えたわけではないけど。それはなによりも自分のためにならないんだって。そう感じていたんだと思う。 半分くらい作ってあったくす玉を完成させて、Yさんに見せた。そのときの自分は、なんの気負いもない素直な子供のような自分だったと思う(自分で言うと照れちゃうね:←やっぱバカ?でもそうだったんだもん)。何かを成し遂げたことを母親に自慢する子供のようだった。・・・なんか、もうこれでいいんだ。 もうこれ以上彼女を責めたくはないと思ってる。自分の中の彼女への疑いは、彼女のアイデンティティに関わる問題で、彼女にすれば認めるわけにはいかないものかも?って思った。そしたら自分の中の怒りや納得のいかない思いを大義名分にして、そのことにあくまでもこだわって責め続けるのは残酷なことだなぁ、とも思う。だったらそんな気持ちは手放したっていいや、って・・・。 つらさも悲しみも怒りも、消えてはいない。けど、それにばかりとらわれてはいけないんだと思う。そんなちっぽけな自分の感情で、傷つくほどの安っぽいプライドは持ち合わせていないと言いたい(ドラマ、“プライド”の影響?)。 まーね。彼女に対して意地悪になっている自分も感じる。だからこそ、今度からは簡単には自分の本音は見せられないよっ、っていうような気分。本音を隠して、やさしくしてやろう、とか思ってる。ある意味恋の駆け引き・・・なのかな? もう、気負いもてらいも無い。小器用になってなんなくていい(from “傍観者”by ゆず)、自分にできることをやっていればいいんだ。相手の気持ちを確かめる必要も、今は無い。信じたいことを信じる方がいい。そう思ったら・・・ なんだか、まだ上手くいくこともあるんじゃないかって・・・(爆)。 大バカ者の自覚を深めていっているのは、こういうわけなんです。
2004/01/20
コメント(0)
倦怠感・・・。何かを失くしたような喪失感。 少なくとも今、生きている。 今日は何をしてても楽しくない。明日できることは皆、あしたにしてしまおう。
2004/01/19
コメント(1)
図書館で、本を借りてきた。“かあさん、わたしのことすき?”という絵本。 イヌイット(エスキモー?)の母子のあいだに交わされる言葉だけで構成されたストーリー。母の娘である女の子は、自分の母親に何度も何度も尋ねる。「かあさん、わたしのことすき?」 その度に母親は答える。「ええ、あなたが大好きよ」 女の子は、母親を試すような言葉を並べる。「もし わたしが、ランプに 水を こぼしたら?」 いたずらしても、それでも好きかと尋ねる娘。「そりゃあ、とっても おこるでしょうね。でも それでも かあさんは あなたが すきよ」 親だからと言って、怒らないわけではない。悪いことをしたら怒るのは当たりまえ。でも、それと好き嫌いは別のこと。 女の子は問う。「もし、わたしが 北きょくぐまに なったら?・・・中略・・・かあさんを テントの中まで おいかけて、なかせてしまったら?」 母親の言葉。「・・・前略・・・でも くまの皮をかぶっていても、あなたはあなたなのだから、かあさんは あなたが すきよ」 この絵本を読むとき、ボクは絵本の中の女の子になって、“かあさん”に尋ねる。「かあさん、ボクのこと好き?」・・・って。 こういうお話を読んで、自分と引き比べて悲しくなることはない。母と子(親と子)って、こうあるのが望ましいよなぁ・・・くらいは思う。自分がそうでないことはやっぱりちょっと悲しいかな?あんまり考えないようにしているんで・・・。強がってる?・・・かもね。 正直、いいお話だなあって思う。特に好きなのは、「あなたはあなたなのだから、かあさんは あなたが すきよ」 という部分。あなたがあなたであれば、わたしはあなたを愛するというメッセージ。今の自分には夢物語にしか過ぎないけど、そしてそれを母ではなくて、他の誰かに求めていたけれど・・・。 ありのままの自分で、愛されるって・・・どんな気持ちがするんだろう?
2004/01/18
コメント(2)
今日はS・Hの会へ行ってきた。 そこで、生活支援センターのメンバーのKさんとお話しする。Yさんとのことを聞いてもらった。 話していくうちに、自分の今抱えている問題って、なんだかちっぽけなものに思えてきた。見下されているから何?みたいな。 話しにのせられて、気が大きくなっちゃったのかな?なんだか、赦してしまった方が楽な気がする。いろいろなこと。そしてそれはいいことなんだ、って。 そう考えたら、もうあんまりそのことにこだわるのもどうかなぁ・・・、とか。 いいのいいの。今までだって、これよりつらい体験いっぱいくぐり抜けてきたんだし・・・、とか。 “赦す心”がオレの最大の持ち味だとおもうわけ。だったら、それを前面に押し出していくしかないもんね。ほんとにYさんがオレのことを軽蔑していたとしてもいいの。オレは信じたいことを信じることにしようって。自分の悩みを人に話すと気分が楽になる。話せるくらい、自分の中で気持ちに整理がついたということかも。 なんだか、悲劇の主人公を演じることが滑稽に思えている。 もう、何もかもをあっけらかんと赦してしまったほうがいい。そんなふうに思ってる。
2004/01/17
コメント(0)
・・・やっぱ、オレってバカ。 わかっていたのに、やっちまった・・・。結局不毛な言いあいを20分くらい続けたかなぁ・・・。かなり消耗した。今日話し合ったことは、ほとんどが何の意味もないこと。いや、自分の中の不信感を募らせることにしかならなかった。 気持ちを整理して臨んだつもりだったのに、やっぱり怒りがおさまっていなかったのかなぁ?深く反省。でも、後悔したってしようがないもんね。「好きじゃない」って彼女に言った。本心?・・・わからない。 正直なところ、何もかも忘れたい。自分のために。でも、忘れられないこともわかっている。 いったい、誰を責めたらいいの?オレ自身が悪いわけ?オレの行動が悪いわけ?って思う。 自分自身、無かったことにしてしまいたいと思えたら、楽なんだろうなぁ・・・。“好きじゃない”って気持ちが本心からのものなら、そう思えるんだろうか? ・・・未練。・・・バカ。
2004/01/16
コメント(0)
今思っていること。 Yさんの言うこと、言ったことは今はすべて信じられない。理由のないことではない。信じたいとは思うけど・・・。ダメダメ、今はまだ不信感が消えていない。 彼女に会って、話しをすれば、今は自分が受けた仕打ちに対しての恨み言しかでてこないような気がする。言われたことの揚げ足をとって、相手を責める言葉しかでてこないとしたら、そんな不毛なことは望まない。また、彼女がどう感じているのか、彼女自身がオレにわかる言葉で語れる状態なのか?そうでなければ、待つつもり。 というわけで、しばらく距離を置いた方がいいと思うんだ。自分の中の不信感が消えるまでは、一緒に過ごすことすらつらいこと。飾らない普段の彼女が魅力的に思えるほどに、自分の中の不信感がオレ自身を苦しめるから。ただ無言の圧力をかけているとか、彼女を避けることで傷ついた自分をアピールするとかいうふうにとられると心外だから・・・。そのことだけは明日伝えようと思っている。 オレって、ひょっとしたらすっげーバカじゃん?でもいいやそれで。 別に自分を卑下しているわけじゃないよ。胸を張って、バカなままでいようと思う。ほんとうの自分なら、常に隠すことなく誇りを持っていようと思ってる。
2004/01/15
コメント(0)
もう、なーんにもしない。 なーんにも、考えたくない。
2004/01/14
コメント(1)
Yさんに会って、話してきた。今は彼女の言葉を、いままで言われたことも含めてすべて、信じられないって・・・。 しようがないよね。告白して、次に会った時。彼女は言ったんだ・・・。「気持ちに応えられないことが、悲しくなる」って。 もう、それだけで自分の気持ちは報われた気がしたんだよね。少なくとも、自分ときちんと向かい合ってくれるつもりなんだって、そう思った。それだけで、告白して良かったと思えたのに・・・。 その次に会った時に、「そんなこと言ったっけ?憶えてない」って。 どういうこと?って思うでしょ?オレはその言葉を受けとめて、自分の気持ちより彼女の気持ちをたいせつにしようって決めたのに。言った憶えが無いんだって・・・。本気で言った言葉じゃないんだって思った。オレの言ったことに対する揚げ足とりと、その場かぎりのいい加減な言葉を並べ立てることで、ごまかそうとしているとしか思えない。 まあ、こんなことが何度も続いて、いくら言葉を交わしても、彼女のほんとの気持ちは伝わってこない。ひとりの人間として、まともに向き合ってもらえているとは到底思えない。そして、「以前のような関係に戻るために、時間がほしい」って、必ず言うのね。 でも、それって本当にそう思ってんの?そう言っておいて、オレの行動を封じ込めて、自分はいっさい傷つかず、何もせずにただ、自分にとって都合のいい状態になるのを待っているだけじゃない?こっちの想いが萎えるのを、何もせずに待つつもり。こっちの気持ちが伝わっていたら、そんなこと言えるわけないって、そう思うのね。 だから、信じられない。そんなことできるのは、相手を見下しているからとしか思えない。そういう気持ちを彼女に伝えた・・・。 黙ってた・・・。何かを考えている風だった。 黙らないで、言ってよ。オレの考えが誤解なら、否定してほしいよ。そうじゃなければ、認めてほしい。どんな気持ちだって受け入れる。そう言った言葉は嘘じゃないからさ。 彼女の言うどんな言葉も、今は信じられない。また、「そんなこと、言ったっけ?」って、とぼけられるだけだと思ったら、信じられるわけがない。これも伝えた。 真実のことを知りたいんだ。ごまかさずに、向き合ってほしい。そう願うことがなぜ、許されないのか? ・・・わからない。 自分の気持ちを伝えたことで、怒りや恨みの気持ちには、振り回されずに済むと思うんだ。オレの思っていること、誤解ならいいとおもってる。その上でどうなるのかは、今はわからない。でも、自分のため、彼女のために、お互いの信頼を築いていかなければならない。そしてそれができると、今強く信じてる。
2004/01/13
コメント(0)
誰かのページに行って、カキコさせてもらうときに感じるのは、その人へのメッセージと同時に自分自身にも言い聞かせているってことです。今回の片想い中の恋のことでも、多くのことを気づかされました。ほんと、“カキコは人のためならず”ってとこでしょうか?自分自身のためでもあるんですね。 彼女との関係が破綻したとしても、平気かな?って思えるのは、今回自分には、後ろめたいところがまるでないと思っているから。ありのままの、正直な気持ちにしたがって、それを伝えた。それだけのこと。なんにも悪いことしてないよ。相手のことも、自分にできるかぎり思いやったつもり。それに応えてもらえなかったことが、つらいけどね・・・。 もうひとつは、多くの人たちに支えられている自分に気づいているから。ネットでも、オフでも、たくさんの人たちがオレのことを気遣って、応援してくれている。だから、これで終わりじゃないんだって。終わりかもしれないけど・・・。終わりは始まりなんだって思ってる。 強がってる?そうかもね。でも、強がらなければやっていられない自分は認めてあげようと思う。オレはそんなに強くない。できることをできないとごまかさなければ、どんなに弱くたっていいさ。 いままでカキコしてくれた皆さん。ありがとう、そしてこれからもよろしくね♪
2004/01/12
コメント(1)
自分の中のネガティブな感情を表わした詩を2篇追加しました。今感じているままをそのまま書きました。詩として公表するのは、その気持ちを吐き出すことによって、ある程度手放すため。そう思って書きました。 怒りや悲しみをうまく表わせないことで、自分自身を責めてつらい思いをしてきたことをあらためて思い返しました。気持ちが報われないことが悲しいんじゃなくて、ひとりの人間として向き合ってもらえないことが、悲しい。今、そんな気持ちです。 怒りや悲しみにまかせて振る舞えば、相手だけでなく自分自身も傷つけてしまう。そんなことばかり、経験してきたから今度はそうするまいと思っている。そういう意味では、つらかった経験も無駄ではなかったと思えます。 言葉を尽くして、自分の気持ちを明らかにしていけば、受け入れられなくとも受けとめてもらうことはできる。自分のために、彼女のために、そう信じていたいんです。
2004/01/11
コメント(1)
今日は子供のための読み聞かせの日(毎月第二土曜日)。36個のつぶらな瞳+お母さん、お父さんの前で紙芝居を上演してきました。 演目は、「よわむしちゅう太はゆきだるま」。気の弱いねずみのちゅう太が、雪だるまに変身して、他の動物たちに、自分は弱虫ではないと言い聞かせ、最後には仲良くなるというようなお話。 誰もが、弱虫だと思うんですよ。自分より大きな者、力の強い者には怖れの感情を抱くのは自然なこと。ことさらにそれをあげつらって、ちゃかしたり、ひやかしたりするのは恥ずかしいことじゃないのかなぁ・・・。というようなメッセージを込めて演じました。 この地方の読み聞かせ活動は、非常に成功していて、子供のお話を聞く姿勢も真剣です。それだけに、演じる方もごまかせない部分があって・・・。やりがいを感じています。 読み聞かせが終わると、工作の時間。ダンボール紙でコマを作り、画用紙を使って風車を作った。風車が特に人気で、できあがった子供から、部屋の中を駆け回って、風車が周る様子に興じていた。自分がいまここに在ること、楽しむことができることに何の疑問も感じていない、無邪気な様子には、心を洗われる思いがする。何もなくても幸せな気持ちになれる。そしてこの気持ちは、生きていく上でボクをいつも助けてくれる。
2004/01/10
コメント(2)
なんだか今日はちょっとブルーだったんだけど・・・。窃さんのページの詩を読んで、元気がでた。“ボクの生き方”という詩。 変わらない、変えられない自分を誇りを持って受け入れようと思う。 どんなにつらくても、周りの都合では、自分を変えるつもりはない。 変わらない自分はそのままに、“変わりたい”とそう思う今のこの気持ちにだけ、従っていこうと思ってる。“自分は間違っていない”とそう言おう。 自分のためにそう言えるのは、自分だけだから・・・。
2004/01/09
コメント(2)
久しぶりに曇よりと落ち込んでいる。何も特別なことがあったわけではないのに・・・。 隣町で週2回、心配事相談ということをボランティア・センターでやっている。午後からそこに行って、Mさんという人と話してきた。このページの話になって、このページに書いてあるような、ありのままの事実と自分の感じていることを伝えた。「自分ばっかり、ひどい目に遭ったようなこと言ってるけどさ・・・」 と言われて、ショックを受ける。そうじゃないんだって。自分だけがひどい目にあっているわけじゃない。父も母も、兄弟たちも、ひどい目には遭っている。それはわかっているんだって。でもね、自分がひどい目にあって、傷ついているってことを、自分が言わなくてどうするんだ!って思うのね。それだけは、自分で言うしかないことなんだもん。誰も代弁してくれないし、できないことなんだ。そうでしょ? 人の都合、人のつらさ、悲しみ・・・。自分自身が安全でなければ、そんなこと気にしている余裕はないんだって(怒)!分かちあえるものじゃないんだからさ。比較的幸運に恵まれて生きてきた人を自分と区別したくなるのは、こういう時。虚しい・・・。-------------------------------------------------------- 今日も支援センターへ行ってきた。朝、Yさんとふたりきりの時間が5分。 ・・・でも、特に感慨はない。自分の気持ちを表わす特別なことをするつもりもない。相手の気持ちを確認もせずに、自分ひとりで喜べない。普通に会話する。それだけでいい。 心配事相談の後、センターで毎週やっている、カラオケの時間。訪ねていったら、Yさんがひとりだけで仕事をしていた。他のメンバーは誰もいない!?ま、朝の時と同じ。何も特別なことは無かった。 最後にふたりだけで話したとき(昨年のクリスマス)、彼女は言った。「気持ちを整理したい」と。 期待が持てると思ったわけじゃない。本当にそうなんだと彼女の狼狽ぶりからわかったから・・・、時間が必要なんだって。そう思って、今日まで何も特別なことをしなかった。それよりも、自分の気持ちを肯定的に受け入れてもらうためには、信頼を勝ち得なければならないって思っていたから。 あいかわらず、彼女のことを想ってつらい気持ちになることはない。会えば、話せば、彼女が笑えば、ただ嬉しい。前よりも好きになっている、それだけ。 自分で書いていても、嘘くさいな~って思うよ。好きなのに、なんで?って思う。でも、どういうわけだか知らないけど、諦めずに、つらくならずにこの気持ち、持ち続けられると信じてる・・・。このことを彼女に信じてもらえるなら、お互いにもっと楽しく一緒の時間が過ごせるんじゃないかな?そうだといいな♪
2004/01/08
コメント(1)
今日は支援センターには行かず、Kの会(仮名:あ、怪しい・・・)へ出かけてきました。 とは言え、支援センターから職員の人が午前中だけ来ることになっている。はたして今日はYさんは・・・ 来た!ラッキー♪こっちは少ない人数だし、事務仕事とかに時間を取られないから、ゆっくりとお喋りできるのでした。 会って、話をするだけでいいのさ~♪-------------------------------------------------------- 午後からは、このページの更新&別HPのリンク作成作業に没頭。他の人のHPの紹介文には気を使うから疲れるんだよな~。いい加減な仕事ができないからね。 ネットでのお知り合いとのお付きあいに加えて、新しい作品や企画の管理もしなけりゃならないので、忙しいの・・・。 病気の所為かも知れないけど、いち日を終えて、たくさんHP関係の仕事をしていたとしても、なんだかやり残しがある気がして・・・。なんだか充実感みたいなものが心の中から消えうせている感じ。 ほんとうにほしいものは、手に入れていないからね・・・
2004/01/07
コメント(0)
福祉関係の施設だからといって、職員の人の全てに偏見が無いというわけではない。むしろそういう場所だからこそ、そういう意識が目立つし、裏切られたような気がして嫌になる。 結局、仕事でしているわけだから、決められたことが予定通りに進んでいくことが望ましいのはわかる。でも、そのために人の気持ちを後回しにすることはどうだろうか? と、思わされるような相談を、今日友人から受けた。彼女の一方的な話を、全部そのまま受け取れないとしても、自分自身思い当たることもいくつかある。 疑問なのは、世話をする方の人は上で、される方のひとは下っていう上下関係が存在するのか?ということ。なんだか、暗黙の了解で、そういう雰囲気が作り出されているようで、怖い気がする。 人の助けを必要とすることは、劣っていることだと、支援センターで働く人たちがそう思っているのなら、怖い・・・。それも、なんの疑問も抱かずに、それが当たり前だと思っているのなら・・・。そういう人たちを信じて、頼っている自分たちの安全は守られるのだろうか? “世話になっている”という負い目、みたいなものがやっぱりあるんだよね。だから、それは手放していかなければならないな、って。そういう関係は絶対的にあって、無視することのできないものではあるけれど、そのあいだに上下関係は存在してはいけないと思う。我々はあくまでも対等でなければならない。 何かをアドバイスされるときでも、こちらを蔑んでいる様子が伝わってくるようなこともあるわけで、そういうときは、自分の言動が他者に与える影響について無頓着な人たちの無神経には、理解不能な部分があるんだよね。 障害者ではないから、メンバーとして助けを必要としていないから、自分が絶対的に正しいんだっていうような“驕り”を感じることもある。メンバーさんは皆、ナイーブで傷つきやすい人たちなのに、一部の心無い職員の言動で深く傷ついている人がいるというのに、事務手続きの処理にのみ追われて、人の心をないがしろにする人には、共感を感じる余地はない。 つまり・・・、実はわたしはOさんが嫌いです。
2004/01/06
コメント(0)
今年は雪が極端に少ないです。例年なら、根雪になる雪が数十センチ積もっていてもいいころ。とはいえ、いつ降るかわからない状況で、自転車で支援センターに通うことはいつまでも続けられない。 そう思ったので、弟にバスの定期代をだしてくれるように頼んだんですが・・・。なんだか、無下に断られてしまって、悲しくなった。わかってんの、彼だってお金が無いのは。両親の入院費だって、バカにならないし。だから、養ってもらっていることについても、申し訳ないと思っている。家族だから、兄弟だからと、それを当たり前には思っていない。 言い出しにくいんだよね・・・。「お金ちょうだい」ってさ。だから、よっぽど切羽詰らないと言えないし、言うときにだってすごいプレッシャー・・・。 働かなくても食べていけるなんていいご身分だという意見もあるだろうけど、実際はそんなに気楽なもんじゃない。いつだって引け目を感じないわけにはいかないし、今現在働くことができない自分のことをあらためて考えてみると、自分自身がすごく劣っている人間に思える。でも、そうじゃない。 なんだか、自分の存在が迷惑なだけみたいに思えて、つらくなった。働かずにお金ばかり使って、弟の足を引っ張るだけの自分って・・・。生きている意味があるのかな?とか。 こういうことがあると、自分の弱さをどうしても感じてしまう。それは、つらい。 肉親だからという甘えが自分の中にあるのは、わかっている。それとだって、向かい合っていかなければいけないんだと思ってる。-------------------------------------------------------- 支援センターでは、今日はパソコンを利用できる日。このページのプロフに載っける写真をデジカメで撮ってもらいました。カメラマン役の職員の人にああだ、こうだと注文をつけてうるさがられる。しようがないじゃん。載せるからにはいいものをって思うじゃない、ねぇ?そんなこんなすったもんだの末の写真が、プロフに載せている画像です。 画質を落とさずに、大きな画像をUPするのは、大変。被写体がいいから、いいけど(笑)。いやぁ、正直な話、自分の顔とこんなに真剣に向き合ったのは久しぶりと言うより、初めてなんじゃないかな?かなりプレッシャーを感じる作業でした。
2004/01/05
コメント(1)
“マチオを読み解く(?)キーワード”のコーナーに、“父について”と“母について”を追加しました。 マチオとその両親の関係について、興味のある方はお読みください。このふたつのページを作るのに、昔のこと思い出したりして、精神的に非常に疲れました・・・。 偽りのない正直な気持ちを遠慮なく表現できるのは、HPならではのこと。これからも、なるべく正直に自分のことを明らかにしていきたいと思っています。
2004/01/04
コメント(0)
今日は、別HPのための作品をhtmlに書き起こしていました。友だちと紙芝居を作ろう!ということになって、そのためのストーリーを書いたもの。できたら挿絵のついた形で発表したいと思っていたのですが、絵をお願いした人が多忙なので、先にストーリーだけUPすることに。 干支にちなんて、というワケではないのですが、猿が主人公の物語。HPにUPするにあたって、校正&書き足し等を行いました。わりと短めのお話なんですけども、オフでの評価は良いようで、ネット上で、どのように受け取られるかが楽しみです。
2004/01/03
コメント(1)
正月二日・・・。今日から、地域生活支援センターは仕事始め。 お休みの日を3日以上連続で設けないというポリシーのために2日から開いているんです。11時ごろ着いて、新年の挨拶をメンバーの皆さんと、そしてYさんと交わす。いつもどおりの日常。 年が明けても、メンバー同士の会話は相変わらずの気の置けないものばかり。お正月だからと言って、特別なことの何もないいち日・・・。 Yさんには、HPの作業のはかどり具合を聞いてもらった。「ちゃんと他のことも、できていますよ」というメッセージを込めて。彼女の気持ちがどんなふうなのか?まだ、わからないけど、こちらの話を嫌がらずに聞いてくれる。それだけでも、嬉しい。 一緒に笑い会える。会話も交わせる。不思議なほど、好きな人の目の前にいるというのに、まったく気負いを感じない。感じるのは・・・、前よりも好きになったということ。そして、それだけで今のボクには心地よい・・・。 彼女を想うとき感じるのは、つらさや悲しさではなく、敢えて言葉にするなら、 “せつなさ” だろうか?この気持ちはきっと、彼女への想いが通じても感じるものだろう。ひょっとしたら、今よりも、もっと強く。 可笑しな話なんだけど・・・ もう、彼女と結ばれたような、そんな気分になって、あっけらかんと幸せな未来を描けている。 自分にとって、都合のいいできごとは、何にも起きていないのにね・・・。
2004/01/02
コメント(1)
今年の目標: 面白おかしく暮らすこと 以上!
2004/01/01
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1